ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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新学期

 才人達は新学期の中、激しく暇を持て余してしまっていた。

 ルイズの実家であるラ・ヴァリエール家から帰って来て、既に3日が過ぎている。“学院”に戻ると、いつもと代わり映えのしない日常であったためである。

「ったく……ハッキリと悪い奴が判ったんだからよ、こっちから行ってケリつけるべきじゃやないのかよ?」

 いつもの“水精霊騎士隊”の溜まり場で、才人は肘を突いて言った。

「いつからそんな好戦的になったんだね? 君は」

 ワインを呑みながら、ギーシュが言った。

 放課後のこの時間、体の良い溜まり場が出来た“貴族”の少年達は、兎に角呑みまくるのである。

 教師達が苦い顔をすると、「訓練の垢を落としてるんです」などと尤もらしい言い訳を並べ立てるのが常であった。一応“水精霊騎士隊”は女王の肝入りで創設された近衛隊であるために、訓練を引き合いに出されてしまうと、教師で在ろうともそう簡単には文句を言う事が出来ないのである。

「だって可怪しいだろ。あいつ等、ほら、あの“ガリア”。国が大きいからって何様だっつの。ルイズや俺、シオンやセイヴァー達を襲うわ、タバサとその母ちゃんには非道い事するわ。ありたい放題じゃないかよ」

「御偉方なんてそんなモノさ。欲しけりゃどんな手を使っても奪うし、気に入らなけりゃ闇に葬る位は朝飯前だよ。一々目くじらを立てて居たらキリがないぜ」

 慣れきっているギーシュはもう、涼しい顔で在る。御咎めなし、と云う事に成ると、本来の調子を取り戻したのであろう。

「タバサの母ちゃんの事だって、何とかしてやりたいし……」

「まあ、そうだなあ。でも、“エルフ”の薬でやられたんだろ? 僕達じゃ御手上げさ。セイヴァーにでも頼ってみればいいんじゃないのかい?」

 いやまあそうなんだけど、と才人は首を振った。

「兎に角、“ガリア”から公式の抗議がないだけ御の字と言うモノだよ、君。普通だったら戦争が起こっても可怪しくないんだぜ? 何せ向こうは大国“ガリア”の王様だ。こないだも言っただろうけど、僕達個人が相手にするには大き過ぎる相手だよ」

 ギーシュの言う通り、“ガリア”は未だ何も行ってはいない。

 その沈黙が不気味であると感じさせるが、公に出来ない事情というモノが向こうにはあるのであろう。

 また、ギーシュ達は未だ知らない事では在るが、影では“聖杯戦争”という戦争――殺し合いが行われている。

「大国の王様かぁ……」

 その様な事を考えながら、才人はボンヤリと空を見上げた。

 そういった連中を相手にして生きて帰って来る事が出来ただけでも、本来で在れば御の字であるのだが……。

 それでも、才人は赦す事が出来なかった。

 どうにかして懲らしめる方法があるんじゃないかと、才人は頭を捻り始めた。が、当然そうそう簡単には想い付きはしない。

 向こうには、悪知恵に長け野心豊かなジョゼフ王、ルイズやティファニアと同じ“虚無の担い手”……そして、才人と同じ“虚無の使い魔”、“サーヴァント”もいるのである。

 大国と、“虚無”、“サーヴァント”。やはり、どうにも大き過ぎる相手であるといえるのだが……。

 剣を振り回すだけじゃ勝てない敵ってのもいるんだなぁと才人が軽く切ない気持ちに浸っていると、ギーシュに肩を叩かれる。

「兎に角だ! 僕達みたいな勇者には休息も必要さ。というか人生は君、楽しまなきゃ損だぜ? まあ君も呑み給え。ルイズの家では大変だったんだろ?」

「ま、まあな……」

 結局、ラ・ヴァリエール家で才人は“ガリア”でのそれ以上に揉み苦茶にされてしまい、疲労とダメージが溜まり、とうとう寝込んでしまったので在った。やっとの事で起き上がる事が出来るようになったのは今日の昼である。才人が、目覚めると、ルイズもシエスタもいなかった。

 仕方なしといった風に才人がここにやって来ると、皆授業をサボって三日三晩の間どんちゃん騒ぎを繰り広げていたという訳であり、なし崩し的に才人もそれに加わり、今に至るのであった。

「いやぁ、然し、君達は大したもんだな! 何せあの“ガリア”に侵入して、タバサ……否“ガリア”の“王族”の少女だっけ? を救い出して来たんだから! 流石は隊長と副隊長だよ!」

 酔っ払った隊員の1人が捲し立てる。

 ギーシュは嬉しそうに首を縦に振りながら、「何、君達がキッチリ援護してくれたおかげだよ。あの“フネ”で、“竜騎士隊”を“ゲルマニア”国境まで引き付けてくれたんだからね。僕が将軍だったら、君達に勲章を授与しているところさ」と言ってのけた。

「そうか! やっぱり、僕達も役に立ったんだな!」

「当ったり前じゃないかね! あっはっは!」

「おいギ~~~シュ~~~ッ! 御前、タバサの事話しちゃったのかよ!?」

「うん」

 アッサリとギーシュは首肯いた。

「御前って、ホントに口が軽いのな!」

「な、何だね!? 別に知られて困るもんじゃ無いだろう!?」

 才人に首を絞められて、ギーシュはモゴモゴと呻いた。

「何処で誰に狙われるか判らんだろう~~~!」

「だ、大丈夫だって! 騎士隊以外の連中には話していない!」

「ホントだろうな?」

「当ったり前じゃないかね。流石の僕だって、そこまで御調子者じゃ無い」

「自分の事、キッチリ理解ってるじゃねえかよ」

 2人がそんな遣り取りをしているところに、膨よかなマリコルヌが新1年生の女の子達を引き連れて現れた。

「マリコルヌ様! 凄いですわ!」

「もっと御話を聞かせて下さいな!」

 何だか可愛らしい少女達である。

 マリコルヌはというと何故か、羽の付いた帽子を冠り、ギーシュのモノと似たシャツに身を包んでいた。

 騎士隊の少年達は、(何だあいつ?)とそちらへと視線を集中させた。

「困った子猫ちゃん達だなあ。しょうがない、してあげようじゃないか」

「きゃああああ! 素敵ぃ!」

 得意げに指を立てたマリコルヌに、周りの女子達から歓声が飛んだ。

「さて、“アーハンブラ”の城に着いた僕は、部下共を指揮して“ガリア”軍を眠らせた! そこでとうとう“エルフ”が登場と来たもんだ!」

「きゃあきゃあ!」

「僕は恐れずに、“杖“を突き付けてこう叫んだ! ”おい長耳野郎。命が惜しかったら、姫を置いて逃げ失せな。じゃないと、手前の先住魔法より強力な、僕の風魔法が飛ぶぜぇ……“ってね。あ、この姫ってのは勿論、タバサの事さ。あの小さい女の子ね」

「凄いですわ! “エルフ”を遣り込めるなんて!」

「まあね、なぁに、あんな連中見掛け倒しさ。僕が本気を出せば、ぴゅーって飛んじゃうさ。ぴゅーってね」

「御前がぁああああああ! ぴゅーれぇ!」

 才人の跳び蹴りが、マリコルヌの鳩尾に叩き込まれる。

「――ぎうほッ!?」

 マリコルヌは翻筋斗打って倒れた。

 しかし、マリコルヌはケロッとした様子で立ち上がってみせた。

「やあサイト。今の僕は、モテモテのオーラが掛かってるから、そのくらいのキックはへっちゃらだよ。遣っ付けたいなら、“竜騎士”一個軍団引っ張ってきな」

「お、御前等って奴はぁ……緊張感がゼロっていうかぁ……」

 ピクピクと怒りで震える才人の肩を、マリコルヌがポンポンと叩いた。

「いやぁ、“英雄”って良いネ。この娘達、是非とも君の活躍を聞きたいそうだよ。話してやれよ、副隊長さん」

「貴男がサイト殿ですかぁ?」

 髪を左右に垂らした少女が、ブルーの瞳を光らせて才人に尋ねる。

 新1年生の女の子達は、キラキラした目で才人を見上げていた。

 後ろを見ると、何時ぞやのケティもいることが判る。

 彼女は新1年生の肩を叩いて得意げに、「そうよ、この方が“水精霊騎士隊”の副隊長、サイト殿よ。サイト殿が立てた綺羅星の様な手柄の数々を聞いたら、貴女達目を回しちゃうんだから!」と我がことであるかの様に自信満々かつ嬉しそうな様子でケティは言った。

「いやぁ~~~! 素敵ぃ!」

 新1年生の女の子達は歓声を上げる。

 険しかった才人の顔が、徐々に崩れて行く。

「そ、それ程でも……」

「冒険の話を聞かせて下さいな!」

 すると後ろからギーシュが、ぬぅ、と顔を出して、「隊長に訊き給えよ。隊長に……」、と薔薇を咥えて、優雅にポーズを取って言った。

「グラモン家の御方だわ!」

「ギーシュ様ですわね! 格好良い!」

 ギーシュは、身震いした。

「もっと言い給え」

「え?」

「もっと、今言った言葉を繰り返し給え」

「か、格好好いって……」

 スサッ! とギーシュは両手を前上方に突き出すと、額の前に戻した。それから髪を右の指で弄り始める。

「“水精霊騎士隊”の、隊長殿、隊長、たいちょお、ギーシュ・ド・グラモンだ。なぁに、僕位優秀じゃないと、こんな無骨な連中の隊長は務まらん。およ、君は可愛いな。否、君はまるで“ラスコー”の宗教画に描かれた“聖女ジョアンナ”の様だな! おやおや、君何かまるで薔薇みたいじゃ成いか!」

 少しばかり増えたボキャブラリーで、ギーシュは普段と変わることなく女の子達を口説き始める。

「ねえサイト殿」

 長い、ストレートの栗色の髪を揺らして、ケティが才人へと詰め寄る。

「な、なに?」

「私達、その、“女子援護団”をつくったんです!」

「じょしえんごだん?」

「はい! 2年生と1年生の女子生徒達で、編成されてます。ねー」

 その場にいた女生徒達が、ねー、と可愛らしく首肯き合った。

「“水精霊騎士隊”、大変な御仕事じゃありませんか? 御手伝いする娘達が必要だと想うんです」

「御手伝い?」

 才人がキョトンとしていると、ケティは傍らのバスケットからなにやらゴソゴソと取り出した。

「はい! あのですね、つまらないモノですけど私達で御料理を用意したんです! 訓練の合間に食べてください」

 ケティが料理を並べようとすると、詰め所のドアがバターン! と破られて、シエスタを筆頭に厨房のメイド達が飛び込んで来た。

「シエスタ!?」

 シエスタ達メイドも、やたらと大きな料理を抱えている。

「サイトさん! ずっと寝ていらしたから心配しましたけど、元気になられてなによりです!」

「あ。有り難う」

 シエスタ達メイドはテーブルの上に次々と料理を並べて行く。

 “貴族”の女子生徒達は、“平民”のメイド達に文句を付け始めた。

 しかし、シエスタも然る者。キッ! とケティを睨んだ。

「“貴族”の方々に料理を作らせたら、私達の首が飛んでしまいますわ! ねえ、皆さん?」

 そうですわそうですわとんでもない話ですわ、とメイド達は首肯き合う。

「そういう訳で、騎士隊の御食事の御世話は私達がいたしますわ。御嬢様方は御勉強に勤しんで下さいませ」

 澄ました顔をで、シエスタが料理をテーブルに並べ始めた。

 ケティはムッとして、その料理の皿を取り上げ、モグモグと食べ始める。

「食べないでください!」

「“平民”風情が生意気なのよ!」

 メイド達と、“女子援護団”の女子達は、御互いに譲らず、そのうちに押し合いになってしまった。

 才人はその真ん中にいたためだろう、当然揉み苦茶にされてしまい、此の世の春と地獄を同時に味わう事になった。

 テンパったマリコルヌが、「僕を取り合って喧嘩するのはやめてくれ!」と叫んで、両方から蹴飛ばされる。

 騎士隊の面々も巻き込まれてしまい、溜まり場の中は大騒ぎになった。

 

 

 

 そんな様子を窓から見詰めていた3年生の女子達がいた。ルイズとモンモランシーとキュルケである。

 モンモランシーはギーシュの態度を見て、「またじゃないの! またじゃないの! 何が“僕は君だけの騎士だよ”よ! 全く! 今日という今日はキッチリ話をつけてやるわ! ルイズ! 貴女もきなさいよ!」、と怒鳴り入り口に向かおうとしたのだが、ルイズは動かない。

「何よルイズ。貴女も見てたでしょ。サイトってば、メイドだけじゃなく、1年生やあのケティとかいう有名人なら誰でも良い女の子に囲まれて、鼻の下こぉーんなに伸ばしてたわよ。とっちめなくていい訳?」

 ルイズの返事は、モンモランシーの予想を大幅に裏切るモノであった。

「良いわ。放っときましょ」

 そんなルイズの態度に、キュルケも目を丸くした。

「嫌だわルイズ。貴女一体どうしたの?」

「どうしたもこうしたもないわ。一々“使い魔”の遣る事に腹を立ててたらキリがないモノ。と言うかね……」

 ルイズは、つん、と澄まして上を向いた。

「どうせあいつ、私にメロメロだもん。迷惑だわ。と言うか困るわ。この私は何とも思ってないのにね。あらあら、あの娘達、あんな馬鹿犬の何処が好いのかしらないけど、御料理渡すの渡さないので揉めているわ。あの脳の弱かろう女の子達が可哀想……馬鹿犬、御主人様に夢中なのに……」

 キュルケが真顔でルイズの額に手を置いた。

「熱はないわね」

「ルイズ、何かいけない“ポーション”呑んだでしょ?」

 モンモランシーが心配そうな声で言った。

「呑んでないわよ。と言うかモンモランシー、貴女に教えて上げる」

「何を教えてくれるの?」

「良い女は、余裕が大事なの。それが高貴な女性の嗜みなの」

「高貴もなにも、そういや貴女、“貴族”の身分、返上したんじゃなかった?」

 冷静にキュルケに突っ込まれてしまったが、ルイズはやれやれといった様に首を横に振った。

「姫様は、やっぱりとっても素晴らしい御方だわ。私、その御考えを聞いて感動したの。だからもう1度、きちんとご奉仕する事にしたの」

「女王陛下に、何か妙な事を吹き込まれたみたいね」

 モンモランシーとキュルケは、顔を見合わせて首肯き合う。

「妙な事って何よ!? ただ、殿方は泳がすのも大事って言われただけよ!」

「あらルイズ、貴女駆け引き? 駆け引きしてる積り?」

 キュルケがニヤ~~~ッ、と笑みを浮かべて、呟いた。

「か、駆け引きって何よ!? 駆け引きもなにも、私好きでもなんでもないもん!」

 ルイズは顔を真っ赤にして、キュルケの言葉を否定した。

「あのねルイズ。良い事教えて上げる。そう想ってるの、貴女だけよ?」

 キュルケは、ルイズの肩に腕を回した。

「そんな貴女が楽し過ぎから、あたし、貴女の恋路を手伝って上げる。と言うか“ガリア”で御礼の積りで持って来た品があるの。それを貴女に上げるわ。恋の駆け引きを覚えるなら、それに似合った格好ってモノがあるのよ?」

「要らないわよ!」

「あらそう。じゃあ上げ無い」

 そう言われて、ルイズの中に好奇心が高まって行く。

「み、見るだけなら見て上げても良いわ」

「あのねルイズ、この“微熱”が大人の女性の嗜みってモノをアドバイスして上げって言ってるのよ? 理解ってる?」

 アドバイス。

 そのキュルケの言葉で、数々の失敗がルイズの脳裏に蘇る。

 黒猫。

 セーラー服。

 やってしまった記憶で、ルイズの中に言いようのない恥ずかしさが膨れ上がって行った。

「駄目。他人のアドバイス、いっつも失敗したもん。やっぱり普通が1番だわ」

「誰のアドバイス?」

「け、剣」

「サイトの、あの喋る剣? 貴女、あんなただの鉄の板っ布の言う事と、こと恋に関しては百戦錬磨のキュルケ様の言う事を、同列に扱う気?」

 正直、ルイズにとっては、この女――キュルケ・フォン・ツェルプストーは気に入らないといえるだろう。だが……その恋の手練手管に関してだけは認めざるをえない、と想ってはいた。何せ、ラ・ヴァリエールはキュルケの一族で在るフォン・ツェルプストーに恋人を盗られまくっている家系なのであるからして……。

 ルイズはプルプルと震えながら、それでも精一杯威厳を保とうとする声で言った。

「ま、まあ、暇だし、ちょっと付き合って上げても良いわ」

「そう来なくっちゃ。楽しくなって来たわ」

「わ、私も、聞くだけ聞いて上げる」

 モンモランシーが頬を染めて言った。

「良いわよ。纏めて面倒見て上げる」

 

 

 

 ルイズとモンモランシーが遣って来たのは、キュルケの部屋で在った。

 相変わらず、というのかとてもゴージャス、豪華な部屋であるといえるだろう。

 ベッドよりも大きな衣装箪笥が2つもあり、西側の壁には床から天井まで達するであろう、巨大な姿見が置かれているので在る。ラメ入りの緞子や、レースのカーテン何かが天井から垂れ下がり、彫刻や絵画といった様々な美術品が所狭しと並んでいるのである。

 キュルケは、楽しくて堪らない、といった風情でベッドに腰掛けると、2人に命令をした。

「さてと、じゃあ脱いで」

「はい?」

 ルイズとモンモランシーは、キョトンとした。

「脱いで。今、どんな下着を身に着けているのか、このキュルケに見せなさいって言ってるの」

 当然、生徒という立場に在る2人は顔を真っ赤にさせて抗議した。

「ねえキュルケ、ハッキリ言いますけど、私そんな趣味ありませんからね!」

「私もよ!」

「あたしだってないわよ。貴女達に、恋のイロハを教えて上げようっと言うんじゃないの。教師はあたし。貴女達は生徒。絶対服従よ」

「ふざけないで!」

 2人は怒りに震えて叫んだ。

「何よ貴女達、恋人があっちにフラフラ、こっちにフラフラするのが赦せないんじゃなかったの? 成る程、ギーシュとサイトの気持ちが理解ったわ。そんなに怒りっぽかったら、そりゃあ、他の女の子と仲良くしたがるわよえねぇ」

 く……とルイズとモンモランシーは、悔し気に拳を握り締めた。

「良いから早く、シャツとスカートを脱いで、あたしにどんな下着を身に着けているのか見せなさいな」

 意を決した様に、モンモランシーがシャツを脱いだ。少し痩せ気味なモンモランシーの身体が、その下から現れる。

「脱いだわよ!」

 その姿を見て、ルイズも仕方無しといった風にシャツを脱いだ。

「スカートもよ」

 肘を突いて、キュルケが心底愉しげな声で命令した。

 ルイズは、はう! と叫びながらスカートのホックを外した。

 すとん、と輪になってスカートが床に落ちる。

 モンモランシーとルイズを交互に見詰め、キュルケが講評を開始した。

「貴女達、ホント子供ね」

「ななな、何ですってぇ!?」

「そんな下着を、恋人に見せる気?」

「別に見せないわよ! ただ着てるだけよ!」

 別に、ルイズもモンモランシーも、変な下着を身に着けている訳ではなかった。白い、清楚なモノである。で以て2人共似た様なキャミソールに身を包んでいるのである。レースの飾りが付いており、中々に高級な代物であったのが、成る程言われてみれば確かに子供っぽいデザインであるといえるだろう。

「あのね、貴女達」

「何よ!?」

「下着に気を遣わない女は、男に気を遣われないモノよ」

 2人は、「うぐ」と黙ってしまった。

「貴女達、出入りの商人や、御店の人が勧めるモノをテキトウに買ってるでしょ? あの人達、学生相手だからって、そういう子供っぽいデザインのモノばっかり選ぶのよ」

 キュルケは、部屋の隅に寝そべっていた“サラマンダー”のフレイムに命令した。

「フレイム、こないだ実家から持って来た行李を御願い」

 きゅるきゅると鳴きながら、フレイムはベッドの下から古木瓜た行李を引っ張り出して来た。

 キュルケは2人に顎をしゃくった。

「開けて御覧なさい」

 ルイズとモンモランシーは顔を見合わせると、2人で行李を開けた。

「んな!?」

「な、何よこれ!? 厭らしい! 厭らしいわ!」

 2人は中から現れた下着を見て、目を丸くし、思わず手で顔を覆う。

 キュルケは得意げに髪を掻き上げた。

「あたしが、子供の頃に身に着けていたモノよ。貴女達、それだったらサイズが合うんじゃない?」

 2人にとってプライドが傷付くで在ろう言葉であったのが、実際にその通りであるともいえた。

 そのため、2人は何も言い返す事が出来ないでいた。

「覚えておきなさいいな。下着は、女の武器よ。殿方の心を抉る魔法が掛かってなくてはいけないの。見せずとも、身に着ける事で大事にされる女のオーラが漂うわ」

 

 

 

 

 

 散々な騒ぎの中で、やっとの想いでどうにか抜け出すことに成功した才人には想う所が有って図書館へと向かって行った。

 図書館は本塔に在る。

 入り口では眼鏡を掛けた司書が座り、出入りする生徒や教師をチェックしていた。此処には門外不出の秘伝書や、“魔法薬(ポーション)”のレシピなどが記載された書物などが蔵書されているために、“平民”では先ず基本的に入る事が出来ないのであった。

 若い女性の司書は才人をチラッと見てマントを確かめると、再び視線を読んで居る本へと戻した。

 才人は、(ううむ、騎士の身分はやっぱり役に立つなあ)などと思いながら、図書館へと入って行く。

「うお。いつ見ても凄えなあ」

 図書館に入ると先ず、圧倒されるで在ろうモノは其の本棚である。

 高さは30“メイル”程はあるであろう。目眩がしそうな程の高さであるといえる。どうやら、本塔の大部分は、この図書館で出来ているらしい。

 兎に角膨大な量の本に、才人は尻込みしてしまった。

 時間は夜の8時過ぎ。

 才人は、(何時まで遣っているのかな?)などと考えながら、1冊の本を手に取った。

 アルファベットを崩したかの様な“ハルケギニア”の文字が並んでいる。

 暫く眺めていたのだが、どうにもこうにも、やはり才人には理解する事が出来なかった。

「まあ、そりゃそうだよな……」

 何でまた才人が本などを眺めに来たのかというと、此方の文字を覚えようと想い立ったからである。

 今度の敵は、大国の王様と“サーヴァント”である。

 相手が国王であるのならば剣を振り回すだけで話にならないといえるだろ。騎士という身分を得たこともあり、読み書きくらいは出来ないと話にならんと、と才人は考えたのであった。

 その結果、此処図書館へと入館したのであった。

「日本語の辞書ねえかな?」

 勿論その様なモノは置いている訳がない。

「……セイヴァーに教えて貰うべきかな?」

 才人は本を眺めながら、(でも、何故言葉は通じるんだろう?)などと疑問を再び覚えたのである。

 いつだか才人がデルフリンガーへと尋ねると、「良く判らんが、こっちに遣って来た時に潜った“ゲート”に秘密があるんだろうさ」などといった答えが返って来たのであった。

 兎に角、直ぐに浮かび上がる答えは、やはりというか“魔法”であった。

 “魔法”のおかげで、本来は通じない言葉が通じているのである。飛んだり跳ねたり、炎を出す事や、怪我を治療したりされたり、文字通りの“惚れ薬”が存在するなどといったくらいであるのだから。

 そういった事もあって、才人は、どの様な“魔法”が存在しようとも驚く事はもうないであろう。

 才人は、(もしかしたら、ルイズの“虚無”が関係してるのかもしれないな。担い手のルイズにも、どんな“魔法”が存在してるのか判ってないくらいだし、翻訳機能を備えた“魔法”くらい普通に存在するだろ。でも、それなら字も理解るようにして欲しいよな)と才人は想うのであった。

 一体どうしたもんか、などと頭を捻らせていると、遠くのテーブルに見知った顔を才人は見掛けた。

「タバサだ」

 青い髪の少女。

 救け出して以来、才人とタバサは殆ど口を利いていなかった。

 元々、タバサからは話し掛け難い雰囲気を出しており、ルイズの実家に共に行ったり何だりで忙しかった事もあってか、それどころではなかった所為もあるといえるだろうが。

 だが、どうしして母親を“ゲルマニア”において再び“魔法学院”に戻って来たのか、才人には理解らなかった。

 才人は、タバサに近付き話し掛けた。

「よう」

 いつもの様に無視されるかと思えば、違った。

 タバサは読んでいた本を閉じると、才人は見上げた。

「はい」

 無垢な子犬の様な目で、タバサは才人に返事をした。

 その態度が意外だったのだろう、才人は少しばかり驚いた。

「いやその……用事が有るって訳じゃないんだけど、もう大丈夫なのか? 身体とか……」

「大丈夫」

「そ、そっか……ああ、あと言っとかなきゃならないことがあった。ギーシュ達がさ、その、御前の正体皆に喋っちゃたんだよ。“ガリア”の御姫様って事……ああ、元だっけ? 不味いよなあ」

 タバサは首を横に振った。

「別に。ホントの事だもの」

「そ、そうか。でも隠してたんじゃないのか? 偽名まで使って……」

「もう、関係ない。構わない」

「ああ、“聖杯戦争”とか“サーヴァント”、イーヴァルディの事に関しては話していないみたいだから、安心してくれ」

 才人は、タバサと其の隣で“霊体化”し待機しているイーヴァルディを其々見遣り、他の生徒や教師達に聞こえないように小声で言った。

「そう」

 淡々と、まるで他人事であるかの様にタバサは言った。

「御母さんは、良いのか?」

 そう才人が尋ねると、タバサは少し俯いた。

「“ゲルマニア”にいた方が、安心」

 側に着いてなくて良いのかという意味であったのだが、これ以上訊く事を才人は躊躇った。

 タバサには、タバサの考えがあるのである。

 それに元々口数の少ない少女である。

 才人は、(質問攻めにしたら可哀想だろう。今だって、無理して答えているかもしれないしな)と想った。

「そっか、理解った。読書の邪魔して悪かったな」

 そう才人は笑い掛けて立ち去ろうとすると、「貴男も、読書?」とタバサに尋ねられた。

 タバサに質問される事が初めてであるために、才人は面食らってしまった。

「え?」

 才人は思わず訊き返した。

「貴男も、読書をしに来たの?」

「ああ、違う違う。読書どころか、こっちの字が読めないからさ。覚えようと想って……」

「こっち?」

 タバサに訊き返され、才人は慌てた。

 才人がこっちの世界の人間ではないということを、タバサは知らないのである。知っているのはルイズにアンリエッタ、シエスタ、カトレア、ティファニア、コルベール、オスマン、シオン……そのくらいであるのだ。“水精霊騎士隊”の連中も知らないことである。

 今更隠す事でもないような気がする才人であるが、特に話す理由もないということもあって、黙っていることにした。

「ほら、俺は元“平民”だし、“ロバ・アル・カリイエ”出身だからさ、字が理解らないんだ。でも、騎士になったから、少しは覚えないとな、と想ってさ。でも……やっぱり無理だったな。ちんぷんかんぷんだよ」

「それは可怪しいよ、“シールダー”。“サーヴァント”なら、“聖杯”から基本的な知識を与えられてる筈だけど」

 イーヴァルディからの言葉に、才人は驚いた。

「え? そうなのか? 俺にはそんな知識ないけどな……もしかして、俺が“サーヴァント”としての力を持つだけの人間だから……純粋な“サーヴァント”じゃないから、とか……」

 するとタバサは、スッと立ち上がり、本を抱えて立ち去って行った。

「あ、おい」

 才人が読み止めたのだが、タバサはスゥッと“魔法”で飛び上がり、本棚の遥か高みへと上って行ってしまった。

 20“メイル”もの高さであるために、飛ぶ事が出来ない才人は追い掛ける事が出来ない。よくて、ジャンプをして一時的に横へと並ぶことができるくらいだろう。

 才人が(やっぱり読書の邪魔をされて嫌だったのかなー?)と思いながら図書館を出ようとすると、行き成り眼の前にタバサがストンと降りて来た。

「うわっ!?」

 驚いた才人に、タバサはスッと本を突き出した。

「……え?」

「この本だったら、簡単だから」

 どうやら、才人に合うであろうと想える本をタバサは探しに行っていたらしい。

 しかし、いつもは他人のする事に対して無関心だという様子を見せるタバサにしては意外な事であるといえるだろう。

 才人は、受け取って、(一体タバサはどうしたっていうんだ?)と想った。

 更に驚くべきき台詞を、タバサは口にした。

「私が字を教えて上げる」

「はい?」

「本を眺めているだけじゃ、覚えられない」

「いやま、そうだけど……良いのか? 結構大変だと想うよ。俺、あんまり頭良くないし」

「構わない」

 タバサは才人の手を取ると、机に向かって歩き出した。

 

 

 

 “ハルケギニア”の文字は、アルファベットに似ているのだが、少し違うといえるだろう。

 タバサは先ず、文字の読み方を1つずつ丁寧に才人へと教えた。

「アー、ベー、セー」

 何処かで聞いた言葉の様であったのだが、才人は上手く想い出す事が出来なかった。もしかするとそう聞こえているだけかもしれないな、とそう才人は考えた。

 次に、タバサは文字の1つ1つを指さし、その意味を丁寧に教えた。

 しかし何が不思議かというと、いざ単語になると……序章、8月、私、などといった言葉みたいに日本語へと自動変換されて才人に聞こ得て来るのであった。

 タバサは、“ハルケギニア”での発音を行っている。しかし、それが才人の耳に届く頃には日本語になってしまっているのである。

 そして更に不思議な事に、タバサは少しずつ言葉の意味を教えるたびに、今までただの文字の連成りにしか見えなかった文章が、一瞬見ただけでその意味を理解する事が出来るようになって行くことを才人は理解した。まるで、頭の中に翻訳機でもあるかの様だといえるだろう。

 そのような切っ掛けを掴むと、元々の飲み込みの良さから才人は1時間もすると簡単な文章であれば読む事が出来るようになっていた。

 才人は、教科書として使っていた簡単な本をスラスラと読み上げて行く。

「どういう事?」

 いつもと変わらぬ抑揚で、タバサが言った。

「え?」

 タバサは、一文を指さした。

「此処には、“皿の上のミルクを零してしまった”と書いてある。しかし貴男には“取り返しのつかないことをしてしまった”と読んだ」

「いや、そう読めたと言うか、何と言うか。ごめん、違ったか?」

 タバサは首を横に振る。

「ううん。貴男は間違えていない。この“皿の上のミルクを零してしまった”と言う文章は慣用表現。その意味は確かに、“取り返しのつかないことをしてしまった”になる」

 タバサは言葉を続けた。

「貴男はさっきから、書いてあることと微妙に違う文章を読んでいる。でも、間違っていない。むしろ良く要約されて、文脈からするとより的確な表現になっている。まるで文章全体を、言葉の様に捉えているみたい。確かに、犬や猫を“使い魔”にすると、ヒトの言葉を喋ったり出来るようになる。でも、それだけでは、要約が可能な理由の説明にはならない。今みたいな朗読はありえない」

 タバサは才人を、蒼い、透き通る様な目で見詰めた。

 才人は冷たい瞳のその奥に、微かな好奇心の光を感じた。

 タバサは本当の事を知りたがっているのである。才人は何者であるのかということを……。

「……確かに変だよな。いやその、何て言うかさ、正確に言うと俺、読んでないんだよ。タバサに言葉の意味を教えて貰ったのが切っ掛けだと想うんだけど……書いてあることの意味が直接理解るんだよね」

「どうして?」

「俺が“ハルケギニア(こっちの世界)”の人間じゃないからだと想う。俺は多分、タバサ達とは全く違う言葉で喋っている筈だ。詰まり、言葉が頭の中で翻訳されてるんだけど……何で意味が微妙に変わるんだろう? ああそうか!」

 才人はその理由に気付いたのだろう、思わず叫んだ。

「本の場合は、一旦俺の頭の中で翻訳されて、口に出す時にまたこっちの言葉に翻訳されてるんだ」

 “日本語”で書かれた文章を“英文”にする。その“英文”を翻訳して再び“日本語”の文章にすると、最初の文章とは微妙に変わってしまうことが多い。本などを読む場合、そういったことが起こってしまっているのである。

 才人は、自力でそれに辿り着き、理解することができた。

 才人が(成る程、そういう事か、うん)と納得していると、タバサに尋ねられた。

「こっちの世界?」

「しまった」

 

 

 

 成り行きで、才人はタバサとイーヴァルディに自分達の境遇を説明する羽目に成った。

 タバサは鋭いために、これ以上誤魔化す訳にもいかなかったのである。

「違う世界の人間。そう」

 才人の話を聴いたタバサは、軽く目を瞑った。

「信じて呉れるのか?」

「貴男は嘘は吐かない」

 タバサは、真っ直ぐに才人を見て言った。

 才人はその言葉で、少しばかりドキッとしてしまった。照れ臭く成ってしまったのだろう、才人はタバサから顔を逸らした。

 才人は、(こんな小さな女の子にドキドキするなんて、捕まるぞ俺)と思いながらも、真っ直ぐな瞳から目を離す事が出来ないでいた。

「貴男、帰りたくないの?」

「え?」

「自分の家に……御母さんの所に、帰りたくないの?」

「そりゃ帰りたいさ」

 才人は言った。

「じゃあどうして?」

 帰えらないの? と尋ねた積りなのだろう。

 才人は首を横に振った。

「帰る方法が判らないんだ」

「探せば良い」

「見当も付かね様に見える」

 タバサは言った。

 その言葉に、才人は頭を掻いた。

「いや……何て言うかさ、帰るのも良いんだけど、“こっちの世界”で遣り残した事も有るし、帰る訳にも行かないんだよ」

「どういう意味?」

「ルイズの力を狙っている奴もいるし……」

「“虚無”?」

「知ってたのか」

「見れば判る」

 タバサは淡々とした様子で言った。

 知識の塊であるかのようなこの少女に隠し事をしたところで、ほぼ無意味であるといえるだろう。ましてや、才人は隠し事が苦手なのである。

「そう。だから誰かが守ってやらなきゃしょうがねえだろ。それに……」

「それに?」

「俺は“ガンダールヴ”なんて、“シールダー”なんて力を得ちまった。そんな俺には“こっちの世界”で何か出来る事があるんじゃないかって……そんな気がするんだよね」

 ポツリと、タバサは言った。

「無理してる」

「え?」

「貴男の中に、もう1人の貴男がいて、そう言い聞かせているように感じる」

 才人はドキッとしてしまった。

 呟く様な小さな声で、タバサは言った。

「……どっちが貴男の勇者なんだろう?」

「何だって?」

 小さくて、才人には上手く聞き取る事が出来なかった。

 タバサは顔を伏せると首を横に振った。

「何でもない」

 2人の間に、否、3人の間に沈黙が訪れた。

 気不味い、そういった雰囲気である。

 先程の司書が閲覧室へと顔を出し、「そろそろ閉館の時間です」と告げた。

 才人はこれ幸いと立ち上がり、「有り難う。助かったよ。あとは1人で勉強するわ」と言った。

 すると、タバサは首を横に振る。

「最後まで付き合う」

「え?」

「難しい単語も存在する。“ルーン文字”だって在る。1人じゃまだ無理」

 才人は、(言われてみればそうかもしれないな。でも、これ以上付き合わせるのも悪いしな)と想った。

「良いよ、御前の読書の時間を奪ったら悪いし……」

「構わない」

 タバサはそう言うと、本棚から再び何冊か本を取り出して来た。

「次の教科書」

「今から? もう遅い時間だぜ?」

 こくり、と何の躊躇いも見せる事なくタバサは首肯いた。

 

 

 

 溜まり場に料理を提供した後、シエスタ達は食器の片付けや掃除などがあったために途中で退室をした。

 帰り際に、彼女達がもう1度溜まり場を覗いたら、見習い騎士の生徒達がヘベレケに酔っ払ってしまっていたのだが、才人の姿は既になかった。

 “貴族”の少女達が作った料理と、メイド達が作った料理の何方が美味しかったのか未だ感想を聞いていないのであった。

 シエスタは、(早いところ感想を伺いたいわ)と思いながら部屋へと帰える。すると、そこは桃源郷とでもいうことができるような状態であった。

「ミス・ヴァリエール?」

 シエスタは、才人の主人である桃色の髪の少女を見詰めた。

 いや、そこにいるのは、少女の格好をした……。

「“マダム・バタフライ”の出来損ない?」

 ルイズはツカツカと歩いて来ると、シエスタの前で腕を組んでみせた。

 何処で覚えて来たのだろうか、腰を振りつつの妙な歩き方であるといえるだろう。つん、と腕を組んで澄ました態度は、いつものルイズ其の物で在るのだが、何かが違うといえた。

「誰が出来損ないよ?」

「す、すいません! それとも何ですか、何か今から仮装パーティーでも始まるんですか? 私、何も聞いてませんけど……」

「何で仮装パーティーなのよ?」

 ルイズはジロッとシエスタを睨んだ。

「だ、だって、ミス・ヴァリエールのその格好……」

 シエスタは呆れた顔で、ルイズの衣装を見詰めた。

 いつものルイズの部屋着は、丈の長いネグリジェか、可愛らしいキャミソールであるのだ。

 しかし、今日のルイズは何処から持って来たのだろうか、黒いベビードール姿であった。

 ルイズは澄ました顔をし、ベッドに座って足を組む。

「ふぅ」

「ぷ」

 シエスタが含み笑いをした。

 ルイズは素早くシエスタに近付くと、馬乗りに成って“杖”で突き回し始めた。

「何笑ってるのよ? 言って御覧なさいよ」

「わ、笑ってません!」

 ルイズは何かに気付いた様子を見せ、シエスタから離れた。

「いけない。大人の女は、このくらいのことで怒ったりしないの」

 シエスタが、ベビードールの胸を指さして言った。

 ルイズの頬がピクン、と震える。しかしルイズは、首を横に振って言った。

「胸の大きさなんて、レディの魅力には関係ないのよ。大事なのは仕草と教養と……」

「と?」

「雰囲気よ」

 そしてルイズは、気怠げに髪を掻き上げた。

 ルイズがまた誰かに吹き込まれてしまったということを、シエスタは察した。

 黒猫、メイド……そして次は大人の女性という訳ね、とシエスタは見当を付けた。

「でも、どっかの誰かさんは、雰囲気よりボリューム重視の様な気がしますけど……」

 待ってました、と言わんばかりの勢いでルイズは振り向いた。

「違うの。それはね、間違いだったの。知ってる? サイトってば、私に夢中なのよ」

「えー、だってサイトさん、女王様にも想いを寄せられていたじゃありませんか。サイトさんも、何だか満更じゃないって顔されてました。其処にどう遣ってミス・ヴァリエールが入り込むんですか? 普通に考えたら難しくないですか?」

 ルイズは得意げに髪を掻き上げた。

「それがあの馬鹿、私を選んだみたい」

「えー」

「姫様自ら仰ったの。サイトは、私の事しか見てないって。困っちゃうわ! 私、好きでもなんでもないいのに……迷惑だわ。まあ選ぶなと言うのも可哀想だし、想いを寄せられるだけなら、まぁ良いかなって」

 ルイズは嬉しそうに、鏡の前でポーズを取り始めた。

 そんなルイズを冷ややかいシエスタは見詰め、言った。

「浮き浮きしてます事」

「兎に角、そんな私はもっと大事にされなくちゃいけないの。で、大事にされるためにはまあ、それなりの格好をしなくてはね。胸が大きいだけで、頭が空っぽのメイドなどとは、そこが違うのよ。どう? 似合ってるでしょ」

 キッパリと、シエスタは言った。

「似合いません」

 暫しの沈黙の後、ルイズは“杖”を取り出し、シエスタを突き始めた。

「何吐ったの? 何吐ったの? 何吐ったの?」

「だって! ミス・ヴァリエールの身体付き、どう見ても大人から程遠いんですもん! もっと可愛い御召物を身に着ければよろしいのに!」

 ルイズは立ち上がると、シエスタに背中を向けた。

「そのうち、着いた雰囲気がカバーしてくれれるわ」

「着くかなぁ?」

「着くわよ。何言ってるのよ。こういうのって、気分が大事なんだから」

「ま、大人は良いですけど……このあいだの約束通り、そろそろ1日貸して下さいね」

「好きにしなさい? と言うか、良くってよ」

「ホントに? 良いんですか?」

「良いわよ。約束したじゃない。大人の女のその1。約束はきちんと守る」

「だったらそうさせて貰いますね。何着ようかしら。うふふ」

「良かったら、服も貸して上げるわ」

「ホントですかっ!?」

 シエスタは小躍りすると、クローゼットを開けた。

「私、じつは着てみたいなー、と想ってた服があるんですよ? ほら、これ!」

 それはいつぞやルイズが身に着けていた、黒いワンピースであった。胸元が大きく開いた、袖なしのデザインをしている。

「そんな地味なので良いの? ま、何着たっておんなじだけど」

 嬉しそうにシエスタはその黒いワンピースを身に着け始めた。

「わ……キツい! でも、想った通りこの生地伸びますね」

 ルイズのワンピースを身に着けたシエスタは、嬉しそうに鏡の前でポーズを取った。

「うわぁ、これ、身体のラインがクッキリ判っちゃいますね。嫌だわ、どうしよう? こんなの着てたら、良いですよ♪ って言ってる様なもんじゃありませんか。困りますわ……そんなの……」

 そう言いながら、茹だった顔でシエスタは身を捩らせる。

 確かに、黒いワンピースははち切れんばかりに膨れ、脱いだら凄いシエスタの胸をことさらに強調しまくっているといえた。大きく開いた胸元からは、白い谷間がこれでもかと言わんばかりに存在を主張しているのである。

 シエスタは、己の武器をルイズに見せ付けた。

「どうですか? 大人って、こういう雰囲気を言うんじゃありませんか?」

「違うわ。彼奴はきっと、私みたいな小さな娘が好きなの。だから姫様にもあんたにも靡かなかったにちがいないわ」

「いっつも、胸の谷間とか夢中になって見てましたけど」

「胸が大き過ぎる珍しい生き物がいるなーって、きっと生物学的好奇心なんだわ。良い事? 私が纏うのはただの大人の雰囲気じゃないの。私みたいな小さくって高貴な娘が大人の雰囲気を纏う。それが良いの。おまけにちょっとやそっとじゃ怒らない寛容さを持ち合わせてしまった。嫌だ。こりゃ無敵だわ」

「そういうもんですかね?」

「そういうモノよ」

 ルイズは鼻歌交じりにポーズを取り始める。

 シエスタは、そんなルイズを何だか疑わしげに見詰めていたのだが……窓の外に想い人を見付け、大声を上げた。

「サイトさん!」

「サイト? ドアは開けてないわよ」

「窓の外を、飛んでました!」

「はい?」

 ルイズは窓から顔を出した。

「な、何よあいつ!?」

 才人がタバサに手を引かれて2階上に在るタバサの部屋へ入って行くところが、月明かりに見えたのである。

 ルイズはダッシュで部屋を飛び出すと、階段を二段飛ばしで駆け上がり、タバサの部屋の扉をバァーンと開けた。

 机に座ったタバサの後ろ姿と、横に立つ才人の姿が在る。

 2人は同時に振り返った。

「何だ、ルイズか。どうした?」

 キョトンとした様子で、才人が言った。

 ルイズが怒りが湧いて来る事を覚えた。がしかし、その怒りをグッと堪えてみせた。

 平常心。

 ルイズにとっての大人の女と云うモノは、このくらいのことでは怒ったりはしないものであるのだ。

 ルイズは、(別に未だ、浮気をしていると決まった訳ではないし……)と余裕の態度を気取り、髪を掻き上げた。

「あら、あんた。こんな所で、何をしているの?」

「ああ。字を教えて貰ってたんだ」

「字?」

「うん。こっちの字が読めた方が、色々と便利だろ?」

 ルイズの頬が、ピクン、と動いた。(どうして私に言わないのよ? と言うか私に“教えて下さい”って言うのが筋なんじゃないの?)、と想ったのである。

 しかしルイズは、その怒りをどうにか呑み込んだ。

 ルイズは掌に、レディ、と書いてそれを舐めた。

 心の中にいる大人のルイズが、怒り狂う子供のルイズを、「良い事? 子供ルイズ。大人の女はね、余裕の態度を忘れてはいけないのよ」と宥める。

 そんなこんなといった風に冷静さを装い、ルイズは才人に尋ねる。

「あんた、習う相手を間違えてるんじゃないの?」

「だってタバサが教えてくれるって言うもんだから」

 ルイズは、(この無口少女が、自分から言い出したですって?)と、チラッとタバサを見た。

 然し、タバサは相変わらず無表情といった様子である。その目から感情を読み取る事は難しいといえるだろう。

 ルイズは、(でも……このタバサに限って、才人に恋愛感情を抱くなんてことはありえないわよね。たぶん、救けてくれた御礼の積りにちがいないわ)と考える。

 そう安堵する事で、ルイズの中で再び自信が湧いて来た。(何せ今の自分は、大人の魅力溢れる……)とも考える。

「え?」

 ルイズは、才人が恥ずかしそうに目を伏せた事に気付いた。

 ルイズは、(あう。いけない。今、自分は殆ど下着姿も良い所じゃないの!)と自身の格好を想い出す。そんな格好で廊下に飛び出し、他人の部屋にまで闖入してしまったのだ。恥ずかしさで死にそうになったが、ルイズは堪える事に成功した。死ぬ気で堪えてみせた、といっても良いだろうか。

 ルイズは、(字なんかより、どうなのよ? こんな大人の私が、ほらほら、行き成り現れた。部屋で見るより、インパクトが強いんじゃないの? ほら、どうなのよ? 思いっ切り夢中になるが良いわ。こんな大人で、色気たっぷりな私に夢中になって、永遠の奉仕者になるが良いわ)と勝ち誇った様子を見せる。

 ふぅん、とつまらなさそうに呟いて、ルイズは壁に手を付いて、腰を横に突き出してみせた。

 本人は色っぽいと想っているであろ仕草で、才人を悩殺しようととうとう軽く親指まで咥えてのけた。

「ちょ、ちょっと。な、何だよ? 其の格好は……」

 ルイズは、(乗って来たわ。乗って来たじゃないの。馬鹿犬。やん、私のこの大人な魅力に気付いてしまったのだわ)と思った。調子に乗りまくってしまったルイズは、次に右手を首の後ろに置いて、腰を逸らせ、才人に流し目などを送ってみせた。

 ルイズの細い肢体が、妖しい雰囲気を帯び始める。

 才人の顔が増々赤くなって行くのが、傍目からでも判るだろう。

 横のタバサの様子は全く変わらないことが、良い対比で在る。

「可怪しいだろ。それ……」

 ルイズは、(可怪しくないの。これが私の実力なの。ねえ犬。気付いた? 犬。あんたってば、御主人様が持ち合わせた、とんでもない魅力に気付いてしまったようね。さあ、今こそあんたは私の永久の奉仕宣言をしなくちゃいけないわ)と考えた。

 それからルイズは、とうとう奥義を繰り出した。

 右手を胸の上に置いて髪の毛を一筋咥え、左手でベビードールの裾を僅かに持ち上げてみせたのである。

「め、目の遣り場に困るだろっ!」

 才人が絶叫した。

 ルイズは心の中で、高らかに凱歌を上げた。

「ピッチピチじゃねえかよ!」

 ルイズは、(え? ピッチピチ?)と困惑する。

「シエスタ、それ、ルイズのワンピースだろ? そんなの着るなよ! サイズが合ってないじゃないか! だからその、身体の各部分と言うかその、ラインがクッキリと言うかその、兎に角目の遣り場に困るんだよ! と言うか誰かに見られたどうすんだよ!?」

 ルイズの中で、凱歌が音を立てて崩れて行ってしまう。

 ルイズの横に立ったシエスタが、イヤン、とつぶやくいて身をクネらせる。

「そんなにジロジロ見られたら、恥ずかしいですわ」

「恥ずかしいのはこっちだよ! もう!」

 才人は顔を真っ赤にして目を逸らす。

 ルイズは、小さな声で才人に尋ねた。

「ご、御主人様は?」

「あ? そう言やルイズ、御前なんか変な格好してるな。何それ? カーテン?」

 ルイズの肩が、ワナワナと震え出す。

 ポツリとタバサが呟いた。

「似合ってない」

 同時に、才人が爆笑をした。

「うわルイズ! 何それ!? もしかしてベビードールかよ! いや、レースのカーテンでも身体に巻き付けてるのかと想った」

 ルイズは無言で倒立前転すると、才人の腹に、鮮やかとしか言いようのない動きで両脚を揃えたキックを叩き込んでみせた。

 壁に打ち当たって悶絶する才人に、ルイズは“杖”を突き付ける。

「あんたは死んで生まれ変わって死んで、2回位、死になさい」

 しかし……その前に“杖”を構えたタバサが立ち塞がった。

「何よ!? あんた!?」

「この人には手は出させない」

 純粋に庇う言葉であったのだが、ルイズは深い意味に受け取ってしまった。

「おまけに、手を出したって訳? いや、随分と御手が早い事で」

「あのな……」

「わ、私より小さな娘に、ちちち、ちち、小さな娘に! 小さな娘に!」

 唯一のアドバンテージだと想っていた部分を呆気無く否定されてしまったと想ってしまい、ルイズは震えた。それから“杖”を勢い良く振り下ろす。

「うわあ!?」

 才人は頭を抱えた。

 しかし……この場にいる皆が覚悟した事は起きない。

 何も起こらない。

 あの恐怖の代名詞とでもいえる爆発音が響かないのである。

「あれ?」

 ルイズの、間が抜けた声が響いた。

「何だ? どうした?」

「出ないわ。“エクスプロージョン”が出ない!」

「命拾いか」

 才人はそう呟いたが、ルイズはもう半狂乱といった様子である。

「ええええ!? どゆ事!? 何で出ないのー!?」

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