「こ、ここがその、胸が不自然な“ハーフエルフ”が住むという村だな」
ソワソワとした調子で、ギーシュが言った。
「そういう言い方すんなよ」
「君が言ったんじゃないのかね。その“ハーフエルフ”の少女の特徴を教えてくれと言ったら、耳が長い、あと、“胸が可怪しい”って」
「貴男達、コソコソ何やら話していると思ったら、そんな善からぬ会話をしてたって訳ね」
キュルケがニヤニヤとしながら誂うような調子で言った。
「だ、だってこいつが、どうしても特徴を聞きたいって言うもんだから!」
「僕の所為にしないえくれ給えよ」
「でも、ホントにその娘、胸が可怪しいの? あたしとどっちが可怪しいの?」
キュルケが、自身の胸を持ち上げて才人を誂う。
「し、知るか」
少し照れた様に、才人は言った。
“ウエストウッド村”に一行が降り立ったのは、夕方になろうかという時間で在った。月の関係などから“アルビオン”が“トリステイン”にかなり近付く日であったことが幸いしたのだが、それでもフルスピードで飛ぶシルフィードであっても半日掛かってしまったのである。
一行は、“ガリア”行きの時に比べると、随分と砕けた雰囲気であった。今回の任務は、ティファニアを連れて帰るだけであるためだ。
面倒なことといえば、精々ティファニア達を説得することくらいであろうと想えたためでもある。危険なことはないと、といった雰囲気が、一行の態度を明るいモノにしているといえるだろう。
面倒な任務でなくて良かった、と才人はホッとした。
何せ今ルイズは“虚無”を使用する事が出来ないのだから。
そのルイズは、1人明るい雰囲気の蚊帳の外であり、ずっと黙りこくった侭であった。
キュルケが、才人を突いた。
「ねえサイト。ルイズ、一体どうしちゃったの? 朝から変よ。黙っちゃって……」
「いや……じつはな」
言おうか言うまいか迷った後、才人はキュルケに打ち明ける事にした。
「まあ! “精神力”が!」
「しっ! 声が大きいよ」
才人は前を歩くルイズに聞こえないよう、声を潜めた。
「あらら、じゃあ“ゼロのルイズ”に逆戻りって訳? でも、爆発すらしないんじゃ、更に重症ね」
「言うなよ。気にしてるんだから」
「でも、そっちの方が良いんじゃない?」
キュルケが、真顔で言った。
「何でだよ?」
「あの娘に伝説なんて、常々荷が重いって想ってたの。あたしくらい楽天的な方が、過ぎたる力には丁度良いのよ」
そうかもしれない、と才人は想った。
才人は、懐かしい村を見回した。
“ウエストウッド村”は殆ど変わっていないといえるだろう。シオンを始めと、皆ちょっかいを出してはいないのが一因だろうか。
才人は、森の中に建てられた小ぢんまりとした佇まいの素朴な家々を見詰める。
ティファニアの家は、入り口から直ぐの所に在る。藁葺きの屋根から、煙が立ち昇っているのが見える。
「お、居るみたいだな」
「いやぁ、こんな簡単な任務で良いのかねぇ。いつもの苦労に比べたら、何だか拍子抜けしてしまうよ」
ギーシュが鼻歌交じりに言った。
「もう、ホントに御前ってば緊張感がない男だな」
「君に言われたくないな。と言うか最近の君は可怪しいぞ」
「俺が?」
「そうさ。副隊長になって張り切る気持ちも理解るがね、何だか妙な使命感に振り回されているように感じるよ。昔の君はもっとこう、テキトウだったじゃないか?」
「そうか?」
「ああ。もっと気楽に行き給えよ。気楽に! あっはっは!」
ギーシュは大声で笑った。
「そんな油断してるとね、碌な事がないわよ」
キュルケが窘める。
「望む所さ! 悪魔でも何でも来い! さてと、この家だな」
ギーシュはティファニアの家の前まで来ると、大声を上げた。
「御家中の方に申し上げる! “水精霊騎士隊”隊長、ギーシュ・ド・グラモン! 王命により参上仕った! では御免」
返事も無しに、ギーシュは扉を開けた。
ギーシュのその身体が、一瞬で固まってしまった。
「何よ? どうしたのよ? 中で女の子が着替えでもしたたの?」
次にキュルケが、呆れた声で、中を覗き込む。
やはり、彼女の身体もまた硬直してしまう。
才人とタバサは顔を見合わせた。
首肯くと、2人は同時に扉の中に顔を突っ込んでみた。
扉の向こうは、居間になっている。
才人も嘗て食事を摂ったりしたテーブルに、2人が座っていた。
先ず、呆然とした顔で一行を見詰めるティファニアの姿。
しかし、懐かしいティファニアに、声を掛ける余裕は才人にはなかった。
残りの1人が、問題であったためである。
最後の扉の中に首を突っ込んだタバサが、呟いた。
「フーケ」
果たして、ティファニアの家の客は、仇敵ともいえるフーケであった。
才人の肩が震え出す。
この“アルビオン”の地で最期を看取ったウェールズの顔が、才人の脳裏に蘇る。
勇気ある皇太子を殺害したワルドに協力していた女。
盗賊、“土くれのフーケ”。
アンリエッタの泣き顔が、焼けた“タルブの村”が、あの悲惨な“アルビオン戦役”の数々の光景が、才人の頭の中に蘇ったのである。
「フーケェエエエエエエエエッ!」
才人は絶叫すると、背中のデルフリンガーを抜き放った。
才人の左手甲の“ルーン”が一際強く光る。
間髪入れずに、才人はフーケへと斬り掛かった。
しかしフーケも然る者である。飛び掛かった才人に臆することもなく立ち上がり、“杖”を抜き、デルフリンガーを受け流す。
一瞬の剣戟の後、2人はパッと飛び退いて距離を取った。
「何で手前がここに……?」
「それは私の台詞だよ」
2人は互いに2撃目を加えようと、ジリジリと間合いを測った。
その時……。
「止めてぇッ!」
ティファニアが2人の間に飛び込んで来たのである。
「何で2人共戦うの!? サイト! 剣をしまって!」
「で、でも……」
「マチルダ姉さん! この方に手を出しては駄目!」
「マチルダ姉さん?」
才人は、(人違いか?)とフーケを見詰めた。が、其の鋭い目と、意思の強そうな顔は、紛れもなく嘗てその“ゴーレム”と戦った、“土くれのフーケ”であることが判る。
フーケ――マチルダは、どうしたものか、とでもいうように、才人とティファニアを交互に見詰めた。
「やめておけ。それでも“剣”と“杖”を向け、振るうというのであれば、俺が相手になろう」
才人達一行は、一斉に後ろを振り返る。
ティファニアの家の外――“ウエストウッド村”の出入り口に当たる場所に、シオンと俺は到着したのである。
「セイヴァー……御前達は何も想はねえのかよ!?」
「想う所はあるよ。でも、それだけ……」
「言っただろ、才人。総ては“間が悪かった”だけだと」
「…………」
「セイヴァーさん? あの……」
俺の声、才人の言葉で気付いたティファニアは、大きな声で外にいる俺へとどうにか説明をしようと試みる。
「ああ、理解っている。この前、ここに、俺達がいた時に話してくれた君の大事な人だろう?」
ティファニアの様子、俺の登場と言葉に、フーケは参ったといったように首を振った。
「仕方無いね」
才人は怒り憤懣やるかたない様子で、なおも飛び掛かろうとしたが……ティファニアはその腕にしがみ付く。
「御願い、サイト。止めて。何があったかしらないけれど、戦いはやめて。御願い……」
ティファニアは泣いていた。
才人は、そんなティファニアを見て、くそ! と怒鳴ると、デルフリンガーを再び背中の鞘へと収めた。そして、でんっ! と床に腰掛ける。
「有り難う」
ティファニアが、泣きじゃくりながら御礼を言った。
ギーシュとキュルケ、そしてタバサが顔を見合わせた。
「あんた達とも随分と久し振りだねぇ。先ずは旧交を温めようじゃないか」
マチルダが、疲れた声でそう言った。
「貴女、は……?」
泣きじゃくるティファニアは、シオンに気付いた様子を見せ、見上げる。
「貴女が、ティファニアさん、ですか?」
シオンは、ティファニアへと笑顔を浮かべ優し気に声を掛ける。
そんなシオンの言動に、ティファニアは少しばかり落ち着きを取り戻した様子を見せる。
「私は、シオン・エルディ・アフェット・アルビオン。“アルビオン王国”現女王です」
シオンの自己紹介に、ティファニアの表情が固まる。
そして、マチルダが“杖”を構える。
「先王、そして私の家族の非礼を……この場を借りて、謝罪させて頂きたいのです。本当に、申し訳御座いませんでした」
シオンは深々と、誠心誠意を込めて謝罪をした。
すると、ティファニアとマチルダの2人は面食らった様子を見せた。
俺とシオンが座る中、マチルダと才人達一行は暫くの間睨み合っていたのだが……先ず、痺れを切らしたのはマチルダであった。いや、年長者である自覚があることも理由の1つだろうか。
「あんた達も、“杖”をしまって、先ずは座りな。長旅で疲れてるんだろう?」
才人達一行はどうしようかと顔を見合わせたが、キュルケが「そうね」と呟いて腰を掛けた事を契機に、皆仕方無くといった様子でそれに倣う。
「ねえティファニア。何でこいつ等と知り合いなのか、話して御覧」
ティファニアが、良いかな? といったように才人を始め俺とシオンを見詰める。
才人が行きがかり上、説明しない訳にはいかないだろうといった様子で首肯いた。
俺とシオンもそれに続き、同様に首肯いた。
ティファニアは、マチルダに掻い摘んで理解り易く説明をした。
“アルビオン”軍を食い止め、死にそうになってしまっていた才人を救けたこと。
迎えに来たルイズ達とも知り合いになったということを……。
「ああ、じゃああれはあんた達だったのかい。110,000の“アルビオン”軍を、たったの2人で喰い止めたっていうのは」
才人と俺は首肯く。
「ふふ、やるじゃないの。少しは成長したようだね」
マチルダは、才人を見て嬉しそうに笑った。
「じゃあ次はこっちの番だ。御前とティファニアは、どうして知り合いなんだよ?」
マチルダの代わりにティファニアが、才人達へと説明をする。
「いつか話したことがったよね? 私の父……財務監督官だった大公に仕えていた、この辺りの太守の人がいたって」
「ああ」
「彼女は、その方の娘さんなの。詰まり私の命の恩人の娘さん」
「何だって!?」
才人は驚いた。
「それだけじゃないの。マチルダ姉さんは、私達に生活費を送ってくださったいたの」
才人達は何かを言おうとしたのだが、マチルダに遮られてしまう。
「おっと。あんた達、私の前職は言わなくていいよ。ここじゃ秘密で通ってるのさ」
「サイト、セイヴァーさん、マチルダ姉さんが何をしていたか知ってるの?」
ティファニアが、身を乗り出して尋ねて来た。
「ん? あ、ああ……」
「勿論、知っているとも」
「教えて! 絶対に話してくれないのよ!」
マチルダは、ジロリといった風に俺と才人を睨んで言った。
「言ったら、殺すよ」
才人は仕方無く、苦し紛れの嘘を吐く事にした。マチルダの正体を知る事で、ティファニアが悲しむだろうと想ったからである。
「……その、宝探しって言うか」
「トレジャーハンター? 格好良い!」
キュルケが、ぷ、と口元を押さえ、笑いを堪える。
「笑うんじゃないよ」
「何よ、おばさん。“ラ・ロシェール”での決着を付けとく?」
キュルケの挑発に、マチルダは苦笑を浮かべ、答える。
「まあ、そんな仕事をしていてね。こいつ等とはその、御宝を取り合った仲なのさ」
ホッとした様子で、ティファニアが言った。
「だから仲が悪いのね。駄目よ。仲直りしなきゃ。ほら、乾杯しましょ!」
ティファニアは、戸棚からワインとグラスを取り出した。
仇敵同士の、奇妙なパーティーが始まる事になった。
誰もが黙々とワインを口に運ぶばかりであり、全く会話が弾む事がない。
あれだけ陽気だったギーシュさえも、うむ、うん、と呟くばかりで、言葉を発しないのである。
キュルケは時折目を光らせ、胸元に差し込んだ“杖”に手を遣り、また戻す、ということを繰り返している。
ルイズは相変わらずボンヤリとしている。あれだけアンリエッタや才人達を苦しめたマチルダが眼の前にいるというのに、心ここにあらず様子である。
才人は、やはり強く想うところがあって、割り切る事が難しいのであろう。(嗚呼、何度このフーケに、痛い目に遭わされたっけか)と想い、ギリリ、と唇を噛んでマチルダを見詰めている。今直ぐにでも飛び掛かりたい衝動に駆られているといった様子である。
そんな中、俺とシオン、ティファニアだけがどうにか会話をする事が出来ている。
黙々とワインを呑んで居たフーケが、そんな才人をあやすように尋ねた。
「で、今回は何をしに来たんだい? ただ遊びに来ったって訳じゃないんだろ?」
才人は、フーケとティファニアを交互に見詰めた後……言い難そうに告げた。
「……ティファニアを、連れ帰りに来たんだ」
フーケの眉が、軽く動いた。
ティファニアも驚いて才人を見詰める。
才人は、身を乗り出した。
「ティファニア、俺達と一緒に、“トリステイン”に行こう」
ティファニアは、当然だが困った様に身を捩らせる。
「でも……私……」
必死になって、才人はティファニアを説得しに掛かる。
「勿論、子供達も一緒だ。生活は“アルビオン”と“トリステイン”が保証する。そうだよな、シオン?」
「ええ、勿論。ただ、先ずは“アルビオン”国籍……それから“トリステイン”に留学というかたちになるけど……」
「外の世界が見たいって言ってただろ?」
才人の言葉に、ティファニアの顔が僅かに輝いた。
それから困ったように、ティファニアはフーケを見詰める。
才人は、(“駄目だ”とか何とか言うにちがいない。俺達との同行を、今までずっとティファニアを援助していたこいつが許す訳もないよな。そうなったら、今度こそデルフの出番だ)と想い、マチルダを睨んだ。それから、才人はデルフリンガーにソロリソロリと手を伸ばす。
緊張が部屋を包む。
一触即発とでもいえる空気が流れる。
皆にとって無限にも感じられるであろう時間が流れた後……。
フーケは目を瞑り、コクリと首肯いた。
「良いよ。行っておいで。ティファニア」
その場の、俺とシオンを除いた全員の顔が驚きの形に歪んだ。
「御前もそろそろ、外の世界を見た方が良い歳だ」
「おい! 良いのかよ!?」
「ああ。それに私は今や文無しでね。仕送りをしたくてももう出来ないのさ。今日はそれを言いに来たんだ。丁度良いかもしれないね」
「マチルダ姉さん……」
ティファニアの顔が、クシャッと歪んだ。
フーケは、そんなティファニアへと近付き、その身体をギュッと抱き締めた。
「馬鹿な娘だね。何で泣くんだい?」
ゴシゴシと目の下を擦リながら、ティファニアが言った。
「だって、そんなに苦労してるん成ら、どうして言ってくれなかったの?」
「娘に心配掛ける親がいるかい?」
「マチルダ姉さんは、私の親じゃないわ」
「親みたいなもんだよ。だって、小さな時からずっと知っているんだものね」
晩御飯の時間が近付き、子供達が挙ってティファニアの家の外へと来る。
子供達の数と様子を目にし、才人とルイズとシオン、そして俺とマチルダを除いた皆が驚いた様子を見せる。
「さて、晩御飯だけど……何が良いかな?」
「子供達もいるし、あんた達は長旅で疲れてるしね……」
ティファニアとマチルダと俺は、調理場へと立って献立についてを相談している。
「そうだな……人数が多い、育ち盛りの子供達、疲労回復……」
「何か良い案でも有るのかい?」
マチルダの言葉に、首肯く。
「ああ。俺と才人が居た国でメジャーな料理、食べ物だが……」
「どんな料理なの?」
ティファニアが尋ねて来、俺はそれに答える。
「“カレー”、そして“ハンバーグ”という料理だ。簡単に作る事ができ、量も沢山用意できる。だが、“カレー”の方は少しばかりスパイシーだ」
「そんなに辛いのかい?」
「いや、少し工夫すれば、甘口にする事もできる。子供達もいるからな、甘口の方が良いだろう。そしてこれがレシピだ。出て行く際にこれを持って行くと良い、マチルダ」
「へえ、あんた達の故郷の料理っていう割にはここ等辺の材料でも作れるんだねえ」
「なに、ある程度のアレンジは施してある。“ハルケギニア”で作れるようにな」
そう言って、俺達3人は“カレー”と“ハンバーグ”を作る事にした。
その夜、ティファニアが泣き疲れたことや食事が終わった音もあり、眠ってしまった後……フーケは帰り支度を始めた。
「おい、待てよ」
才人が、そんなフーケに慌てて言った。
才人の目が赤く腫れており、いつかどこかで泣いていた事を理解させる。
「何だい? どうしても遣り合いたいって言うのかい? 面倒な子だね」
「違うよ。ティファニアに、挨拶しなくて良いのかよ?」
憮然とした調子で、才人が言うと、フーケは首を横に振った。
「急ぐんでね。これでも、色々と多忙なのさ」
シンミリとした別れが嫌いだという事も理由の1つであろう、フーケは言った。
才人はそれ以上、何も言う事が出来なくなり、ドアを出るフーケを見送った。
想い出したかのように、フーケが振り返る。
「あの娘をよろしく頼むよ。世間知らずなんだ。変な虫が付かないように、良く見張るんだよ」
「ああ」
才人は首肯いた。
それからフーケは一同を見回した。
「さて、次逢う時は敵だね」
「今でも敵だけどな」
「まあね」
フーケは、薄ら笑いを浮かべる。
「じゃあね。精々、元気で遣るんだね」
去ろうとするフーケに、才人は尋ねた。
「今度はどこでどいつと悪巧みをする積りだ?」
「私は、あんた達がどうして、あの娘を連れて行くのか訊かないよ。だからあんたも訊くんじゃない」
「どうして訊か無いんだよ? 心配じゃないのかよ?」
フーケは、微かに寂しそうな表情を浮かべた。
「どんな道だろうが、私と行くよりは、マシだからさ」
ローブを深く冠り、フーケは言った。
「あんたもたまには、故郷に帰えるんだね。親に顔を見せてやりな。私みたいに、帰る場所が失くなっちまう前にね」
フーケが行ってしまった後、才人達は床に就く事にした。
ソファに座り込み、才人は眠る事が出来ずに双月を見上げた。
夕御飯に出された“カレー”や“ハンバーグ”も一因であるだろうが、フーケに言われた「故郷に帰えるんだね」といった言葉が才人の頭の中で渦巻き始める。
才人は、「帰りたくても、帰えれねえんだよ」と呟いた。それから、(でも本当に俺は帰りたいのか? こっちでやりたいことを見付ける、なんて、どことなく漠然として、掴みどころの無い話じゃないか?)と考えた。
「サイト」
名前を呼ばれた。
見ると、ルイズが才人の側に来ていた。
「ルイズ」
才人は、呼び掛ける。それから、(ずっと黙ってたってのに……一体どうしたんだ?)と想い、スッと手を伸ばすと、手がルイズの頬に触れた。
ルイズの頬が、濡れている事が判る。
ルイズは、泣いているのであった。
才人は慌てた。
「おい、どうしたんだよ?」
「ねえ」
「泣いてるじゃねえか」
才人の言葉を無視して、ルイズは言った。
部屋は暗いために、ルイズの表情が判り難い。
それが才人を不安にさせた。
「あんた、帰りたくないの?」
「……え?」
「故郷に、帰えいたくないのかって、訊いてるの」
「どうして、いきなりそんなことを訊くんだよ?」
「答えて」
才人は、ユックリと考え……最近いつも繰り返していた言葉を口にした。
「いや、こっちの世界で、やれることをやってから帰ろうって言うか……」
「嘘」
「嘘じゃねえよ」
「じゃあ、どうして、小姉様の前で泣いたの? 故郷に帰りたいって、泣いたそうじゃない?」
「それは……」
突然、想い出してしまったからだといえるだろう。カトレアの胸に抱かれていることで……才人は突然想い出してしまったのである。母の温もりを。故郷を……。
「どうして、御前が知ってるんだよ?」
「小姉様からの手紙に書いてあったのよ」
ルイズは、才人にトゥルーカスによって届けられた手紙を見せた。ルイズの様子が可怪しくなった原因ともいえる手紙である。この手紙は、カトレアからのモノであったのだ。
才人はテーブルの上のランプを引き寄せ、火打ち石で点火した。
ランプの灯りに手紙を翳す。
タバサと勉強をしたおかげだろう……字を追うだけで、才人の頭の中にその内容が飛び込んで来た。
そこには、ルイズの帰郷を喜ぶ挨拶から始まり……才人の事が記載されていた。
故郷を想って、才人が泣いたこと。
そんな才人が心配であるということ。
ルイズは、何としてでも才人を故郷に帰す義務が有るということ。
それは、何より優先せねばならないこと……。
涙で顔をぐしゃぐしゃにして、ルイズは言った。
「どうして、あんたは私の前で泣かないの?」
「どうしてって……」
「どうしてあんたは、私に本音を打ち明けてくれないの?」
(何故だろう?)
ボンヤリと、どことなく遠くなる思考の中で才人はそう想った。
ルイズの事が好きだから。
惚れた女の前では、涙を見せる事が出来ないから。
だが……それだけではない。
やはり、それだけではない、と才人は思った。それに、気が付いた。
「ねえ、どうして?」
ルイズの問いに、後ろから小さな声が答えた。
「“使い魔”だから」
「タバサ」
ルイズの後ろに、いつしか小さな青髪の少女が立っている。
嫌々をするように、ルイズは首を横に振った。自分に言い聞かせるような声で、ルイズは言った。
「そう。その通り。タバサの言う通りなんだわ。だからあんたは、あんた達は、私やシオンが側にいると、帰りたいと心の底から想わない。いええ、想えないのよ。“こっちの世界”に、いなければならない理由まで作り上げて、あんた達は私達の側にいようとする。ううん、させられてる」
そのルイズの言葉に、シオンが立ち上がり、“霊体化”している俺へと視線を向けて来る。
シオンのその視線を受けて、俺は実体化した。
「違う。それは違う。其れは……」
上手く説明をするのが難しいのであろう、才人は口篭ってしまう。
ただ、そう想った事は確かなことであり……それはルイズの言う通りであるかもしれない、心の中から湧き出した気持ちなのかもしれない、と才人は考えた。
何方にせよ、今の才人には否定し切る事が出来なかった。
自身の心の中身が本当なのかどうか、そういったものなど才人に理解る訳がないのであった。
「そんなこと訊かれても……」
「私も、気になっていた」
タバサが呟いた。
「貴女の言葉の習得の速さに感じた瞬間……それで、1つの事実を想い出した」
「事実?」
「“使い魔”は、主人の都合の良いように記憶を変えられる。記憶とは、脳内の情報全てのこと。貴男が簡単な勉強で、私達の文字を覚えたのもそう。余り故郷の事を想い出さないのもそう」
「そんな事はねえよ。俺だって、たまには故郷を想い出して……」
「その時、側にルイズはいた?」
その言葉で、才人は呆然とした。
才人が故郷を想い出してシンミリとした時は、何度かあったのは確かである。
シエスタと、“タルブ”の草原を眺めた時。
この“ウエストウッド村”で、ティファニアのハーブの調べなどを聞いた時。
カトレアに抱かれた時……。
黙ってしまった才人を見て、タバサは言葉を続けた。
「“ガンダールヴ”の“ルーン”は、“使い魔”としての“ルーン”は、貴男達の心の中に、“こっちの世界”に居るための偽りの動機、を作ったのかもしれない。貴男達は本当の気持ちを誤魔化されてる可能性がある。“こっちの世界で何かしたい”。そう想わされることで、本当の気持ちが見えなくなっているのかもしれない」
才人は驚いて、言った。
「そんな事あるのかよ?」
タバサは淡々とした調子で言葉を続けた。
「その効果は、時間が経つに連れ、強くなる。“使い魔”が徐々に慣れ、最期には主人と一心同体にもなるのは、そういうこと」
「おいおい、そんな、自分が自分でなくなるなんて、そんなことが……」
才人がそう言うと、デルフリンガーの声が響いた。
「まあな。そこのセイヴァーはそうでもないだろうが……自分の事は、自分が1番理解らんもんさ」
気付くと、その場の全員が目を覚ましていた。
「確かに、最近の君は可怪しかったな。妙に生真面目というか……」
ギーシュが、うーむ、と悩みながら言った。
「まあね。主人に似たのかも、何て想ったわ」
キュルケも呟く。
ルイズが、目の下を擦りながら言った。
「だって、再逢してからのあんた、少し可怪しいもの。何だか妙な使命感に目覚めちゃって……そんなのあんたじゃないわ」
「でも……でもな。それはこう、何か上手く言えないけど、別にそれほど変でもないって言うか……うーむ」
「サイト、セイヴァーさん……それ、本当なの?」
「ティファニア」
すっかり眠っていた筈のティファニアも、才人の側に来て言った。
「理解んねえ。自分がどうなのか、自分じゃ良く理解んねえ」
「そうだな……御前達の言葉に一理、いや、同意できる……まあ、“神様転生”した時点で、前世の記憶を持とうが持つまいが、それはもう以前の自分ではないしな。その時点で、俺は既に自分を忘れている。どこかに居続けるための理由を探し続けてるんだろうさ」
皆に見詰められてしまい、俺が正直にそう呟くと、ルイズがティファニアの方を向いた。
「ねえ、ティファニア。貴女、記憶を消せるじゃない? その部分を消すことが出来る? “ガンダールヴ”、“使い魔”の“ルーン”が作った才人とセイヴァーの心の中の、“こっちの世界にいるための偽りの動機”、を消すことができる?」
「判らないけど……」
「出来るだろうさ。“虚無”に干渉できるのは、“虚無”だけだ」
「おいおい、他人の心に勝手な事すんなよ!」
ルイズとティファニアとデルフリンガーの会話に、才人は叫び拒否しようとする。
「ねえサイト」
「何だよ?」
ルイズは、決心したような顔で才人に告げた。
ルイズがこうなると、意地でも自身の考えを曲げることがないということを、才人は知っていた。
「あんた達の心の中には、2つのメロディが流れてる。認めたくないけど、それはやっぱり本当なのよ。いつまでも、そんな二重奏を続けさせる訳にはいかないわ」
困ったような声で、デルフリンガーが言った。
「でもな、娘っ子……その部分を消したら、御前さんへの気持ちも失くなっちまうかもしれないんだぜ?」
「良いわ」
ルイズは、キッパリと言った。涙を拭いながら、ルイズは気丈に言い放ってみせた。
「め、迷惑だもん。す、好きでもない男の子に言い寄られるなんて非道い迷惑だわ。勝手にナイト気取りで可怪しいわよ。放っといてよ!」
「ルイズ……御前……」
「ほら、さっさと“魔法”掛けられて、元のあんたに戻るが良いわ。元のあんたに戻ったら、帰える方法を探しなさい」
「ルイズ!」
ルイズは駆け出したが……一旦立ち止まり、俯いた。
「私、御手伝いしたいけど。今の私じゃ無理よね。本当の“ゼロのルイズ”じゃ……」
ルイズはそれだけを言い残すと、部屋を飛び出して行った。
駆け寄ろうとした才人の腕を、キュルケとギーシュが掴んだ。
「離せよ! 離せ!」
「僕はね、君達を友人だと想う。だからこそ、こうした方が良いと想うんだ」
「あたしも同じ気持ちよ」
2人は珍しく真剣な様子で、首肯き合う。
「シオン……」
「ええ。やって」
シオンは真っ直ぐ才人と俺を見詰め、ティファニアに首肯き、促した。
「“ナウシド・イサ・エイワーズ”……」
才人と俺の耳に、“虚無”の“ルーン”が聞こ得て来た。
「“ハガラズ・ユル・ベオグ”……」
「ティファニア……」
才人が呟く。
見ると、真剣な顔をしたティファニアが、俺と才人に向かって“虚無”の“ルーン”を唱えている。
「“ニード・イス・アルジーズ・ベルカナ・マン・ラグー”……」
“呪文”が完成する。
才人の意識が薄れ……才人はその場に崩れ落ちてしまった。
「只今」
学校から帰えって来た才人は、自宅の玄関を潜った。
制服のジャケットを、玄関から直ぐの居間に脱ぎ捨て、テレビの電源を点ける。
何時もの日課で在った。
才人がボンヤリとテレビを見詰めていると、電話が鳴った。
才人は受話器を取った。
クラスメイトからの電話であった。
『才人、あの番組、ビデオに取っといてくれよ』
「何で俺が取らなくちゃいけねえんだよ?」
『御前くらいしか暇な奴がいねえんだよ』
どうでも良い会話。
どうでも良い毎日。
だが、何にも代え難い毎日……。
才人は、“インターネット”をしようと思って、“ノートパソコン”の電源を点けた。
「あれ?」
点かない。
電源が入らないのである。
何度も押していると、母が後ろに立っていることに、才人は気付いた。
短めの髪に、最近太り始めてしまった身体。
「母ちゃん。腹減った。飯にしてよ」
「まだだよ」
「何でだよ? “味噌汁”が飲みたいよ」
何故か、才人はそれを無性に飲みたくなってしまったのである。
母が作った“味噌汁”。
何でもない、どうでも良いだろう味であるのに、至高の味であるかのように才人は感じられたのである。
「才人」
「何?」
「あんた、やることやったのかい?」
「やることって?」
「あるだろ。やらなきゃならないことが」
「勉強?」
「それもそうだけど、あるだろ? 約束した事が」
「約束?」
「ああ。友達と大事な約束をしたんじゃないのかい?」
才人は想い出すことが出来ないでいた。
焦って、想い出そうと、想い出そうとするうちに、才人は目を覚ました。
才人はベッドの上で横たわっていた。
側にはタバサが座っており、本を読んでいる。
タバサの横には“霊体化”しているイーヴァルデと俺がいる。
才人にとって見覚えのあるベッドであり、部屋であった。“ウエストウッド村”の、ティファニアの家の部屋である。
ここに滞在している時に、才人が使っていたモノであったのだ。
清々しい朝の陽光が窓から射し込み、才人は目を細めた。
どことなく……才人はスッキリとした気分であった。
頭の中のモヤモヤが解けて、自由になった気分とでもいえるだろうか。
才人が目覚めた事に気付くと、タバサは本を閉じた。
「どう?」
「ん? 何かスッキリした気分だけど……これってティファニアの“呪文”の所為なんかな? たっぷり寝た所為のような気もするし……良く理解んねえ。いつもと変わらん気がするけど。でもやっぱり、何か消えたのかな」
タバサは首肯いた。
「皆は?」
「先に帰った。あの、“ハーフエルフ”の女の子と子供達を連れて」
「そっか……薄情な連中だな。人に変な“呪文”掛けといて、おまけにおいてけぼりかよ」
タバサは立ち上がると、才人の顔を覗き込んだ。
「どうしたい?」
「“味噌汁”が飲みてえ」
ポツリと、才人は言った。自然と、そんな言葉が、才人の口から出た。
「それは、何?」
「ああ、俺とセイヴァーの世界の飲み物で……スープみたいなもんかな」
そう言った時、才人は頭を抱えた。
ドッ! と才人の中で激情が襲って来たためである。
それは感情の奔流であった。
今まで溜め込んで来た、抑え付けられていた郷愁という2文字が、文字通り滝の様な流れとなって、才人の頭を流れていくのであった。
隣の席に座っていた女の子。
一緒に遊んでいた親友。
そんな人達の顔が、才人の中で、浮かんでは消え、浮かんでは消え、と繰り返される。
いつも殴って来ていた体育の先生の顔もまた、同様に才人の脳裏に浮かび上がる。そんな人間でさえも、才人は懐かしく感じるのであった。
「どうしたの?」
「……帰りてえ。帰りてえよ」
そっか……と才人は呟いた。それから、(こんなに故郷を想い出して泣くってことは……きっと、“こっちの世界にいるための偽りの動機”、って奴は消えてしまったんだ。こっちに来てから、1年以上も経ってる。家に帰りたい。“味噌汁”が飲みたい。友達に逢いたい。学校に行きたい。“インターネット”がしたい)とそう想った。
ずっと……張り詰めていたモノが、プチンと音を立てて割れた様に才人は感じた。
カトレアに「とんでもないことが起こるとね、人間って心に鍵を掛けてしまうのよ」と言われたことを、才人は想い出した。
今は丁度、その鍵が外れてしまった状態で在るといえるだろう。
才人は泣きながら、あー……と、微妙に切ない声を上げた。
「どうしたの?」
タバサが尋ねた。
才人は、ボンヤリと左手甲の“ルーン”を見詰めた。
「何だよ。“ルーン”はあるじゃねえかよ」
立て掛けたデルフリンガーが答える。
「ティファニアが消したのは、“こっちの世界にいるための偽りの動機”、だけさ。御前さん達の“使い魔”としての能力には、全く関係ねえ」
「……どうせなら、こいつも、“サーヴァント”としての力も消しちまえば良かったんだ」
才人は、“ルーン”を見詰めて言った。
「そうかもしれんね。その“ルーン”は、御前さんの心の震えに反応する。こっちにいる理由を失くしちまえば、こっちでの出来事に心が震える事もあるめえよ」
ボンヤリと、遠い声で才人は言った。
「なあデルフ」
「何だね?」
「俺の……ルイズへの気持ちって言うかさ、それもやっぱり、“使い魔”の“ルーン”が寄越した、偽りの感情だったんかな?」
暫くデルフリンガーは考え込んでいたが……。
「さあね、其奴は俺にも理解らねえ。相棒の心の事だろうが」
「もし、そうだったとしたら……俺はどうすりゃ良いんだろうな」
「さて、どうすりゃ良いんだろうなあ」
ルイズとシオン達は、“ロサイス”への道を馬車で移動していた。
「ここから“ロサイス”は50“リーグ”離れてるんだろ? そんな距離を馬車で移動するなんて、いや、まあ、馬車だからマシだけどさ。随分と大変だな」
「仕方無いでしょ。タバサが残るって言うんだから。帰える方法を探すって、そんなにサイトとセイヴァーの生まれた国って、遠い所なの?」
ルイズは黙って唇を噛んで居る。
「何てね。ホントはあたし、知ってるの。サイト達が、別の世界とやらから来た人間だってこと。ジャンに聞いたのよ」
キュルケは、チラッとルイズとシオンを見詰めた。
「しかしまあ、あんた達も冷たいわよね。そんな行き場所のないサイトとセイヴァーを置いて行っちゃうなんて」
ルイズは押し黙った侭、何も答えない。
「ねえルイズ」
「何よ?」
「あたし、貴女に色んな事教えて上げたけど……大人の女性の振る舞い方とか、下着の選び方とか、愛され方とかね。でも、そんな嘘の吐き方は教えてなくってよ?」
「嘘じゃないもん」
キュルケは、ルイズの頭の上に手を乗せて、顎を置いた。
「ホントは貴女、怖いんでしょ?」
「何が?」
「サイトの自分に対する気持ちが、“使い魔”としての気持ちだったらどうしようって……貴女はそれを見たくない。だからこうやって結果を見届けずに逃げ出してる」
「違うわ」
「タバサが、“預かる”って言ってくれなかったら、どうする積りだったの? 放っておいたの?」
「そんな事しないわ。姫様が急いでティファニアと子供達を連れて来いって言うから、仕方無く先に行くだけよ。タバサがそう言ってくれなかったら、そりゃ残ってるわよ」
「言い訳だけは一人前なんだから」
「言い訳じゃないもん」
「もし、サイトの貴女に対する想いが、“使い魔”としてのそれだったら、貴女はどうするの?」
「どうもしないわ。兎に角、帰る方法を探して上げる。それだけだわ」
「じゃあその想いが、サイト自身の本物だったら?」
「か、帰る方法を探して上げるわ」
「今、照れたわね」
「照れてない。照れてないわ!」
「ホントに判り易い娘ね。貴女。やっぱり大好きなんじゃないの。サイトの事こと」
「勘違いよ! 馬鹿!」
「ねえルイズ。貴女の今の行動、卑怯よ。相手の気持ちが偽りだったとしても、貴女の気持ちがそうじゃないなら良いじゃない。今度こそ、自分自身の魅力で勝負すれば良いだけの話だわ」
「……私、好きじゃないもん」
唇を尖らせて、ルイズは言った。(好きじゃない。私はあいつのことなんか好きじゃない)と心の中で何度も、ルイズは自分に言い聞かせた。同時に、(当ったり前じゃない。何でこの私が、あんな奴のこよ好きにならなくちゃならないのよ。きっとあれね、“使い魔”だから、私も恋してるみたいに焼き餅妬いたりするんだわ。そうだわ、私のこの気持ちは、あいつが“使い魔”だからなんだわ)とも考えた。
何度も言い聞かせるうちに……ルイズの目から涙が溢れ始める。
ルイズは、(どうして、こんなに涙が出るのかしら?)と思い、「私、臆病だわ」と呟いた。
どのような敵が眼の前に現れても、ルイズにとってこれほど怖いことはなかっただろう。
サイトの気持ちが、“使い魔”として与えられた偽りのモノ。
その事実より、ルイズにとって怖いことは存在しなかったのである。
だからルイズは、こんな見っともなく、尻尾を巻いて逃げ出してしまっているのであった。
ルイズは、(もし、サイトの、私に対する好き、が“ガンダールヴ”が与えた、“偽りのこっちにいるべき理由”だったら? サイトと過ごした時間が……全部嘘になってしまう。宝物のような想い出が、掛けられた言葉が、全部嘘になってしまうの? そうなったら、私、死んでしまうわ)と想った。
それからルイズは、(そんなの、確かめられる訳ないじゃない)と想い、グシグシと目の下を擦った。
「で、シオン。あんたはどう成なの?」
「大丈夫。セイヴァーは……2人は必ず、戻って来る」
シオンは、真っ直ぐに尋ねて来たキュルケを見詰めて答えた。
ルイズ達の横に座って居るティファニアが、去り行く“ウエストウッド村”の方を見て呟いた。
ティファニアは、ローブに、耳を隠すための大きな帽子を被った旅装姿である。
「……ホントに良かったのかなぁ?」
ティファニアが2人に“忘却”の“呪文”を掛けたのは、可哀想だと思ったためである。本当の気持ちを抑えて生きるということの辛さを、ティファニアは人一倍良く理解しているのである。
子供達の母代わりとして暮らして来たティファニアは、知らず知らずのうちに彼女もそれに似た気持ちであったということに、“呪文”を掛けた時に気付いたのである。
無意識のうちに、遣りたい事ありたいことを我慢していた。だからこそティファニアは、“忘却”の“呪文”を掛けたのである。
“こっちの世界にいるための偽りの動機”、を消すために……。
そんなティファニアの周りに、燥ぐ子供達が群がって来る。
1人の小さな少女が、ティファニアの袖を引っ張りながら尋ねた。
「ねえ、テファ御姉ちゃん」
「なぁに? エマ」
「“トリステイン”ってどんな所?」
「さあ、私も行ったことがないから良く理解んないな」
「楽しいと良いね」
「楽しいわ、きっと」
ティファニアは、子供達を安心させるために、微笑んでやった。
新しい生活に対する期待と不安が、ティファニアの中で入り混じる。
「今度逢う時は、違う貴男達なの? サイト……セイヴァーさん……」
ティファニアは、小さな声で呟いた。
更に後ろで座っているギーシュは、独り言を呟いていた。
「何だか哀れになって、サイトとセイヴァーの、“こっちの世界にいるための偽りの動機”、とやらを消すことに賛成してしまったが……考えてみたら余計に可哀想な事をしてしまったんではないかな?」
ギーシュは、(もしかしてサイトとセイヴァーは、そう想う事で精神のバランスを取っていたんじゃないのか? 帰えりたい、やってられねえ、そんな風に健全に想う事は良いけど、もし、もしだよ? 帰る方法とやらが見付からなかったらどうするのだね? 普通の神経だったら、参ってしまうんではないだろうか? “こっちの世界にいるための偽りの動機”。“こっちの世界で自分が出来る事を探す”というのは……それは“使い魔”だからというだけでなく、精神のバランスを取るために、2人の心が生み出した苦肉の策じゃないのかね? でも、それはやっぱりあの手この手で帰る方法を探して、どう仕様もなかった場合のことだな。サイトとセイヴァーが帰る方法を探しているのを見た事は、終ぞないじゃないか)と、自分がもし“使い魔”として“召喚”された場合などを想定し、考えた。
然し、やはりというべきか、ギーシュの想像が行き詰まってしまう。
ギーシュは、(えっと、先ず、サイト達はどこから遣って来たんだっけ? 何だ、確か、“ロバ・アル・カリイエ”の方角から遣って来たと言っていたな。良し。僕は今、“ロバ・アル・カリイエ”まで“召喚”された)と想像を始める。
「うーむ」
だがやはり、ギーシュは首を捻らせた。
上手く想像する事が出来ないのである。“ハルケギニア”しか知らないギーシュは、他の土地のことなど当然上手く想像することが出来ないのであった。
「酒場はあるのかね? 後御城とか」
それすらも、ギーシュには判らなかった。少しは真面目に授業に出るべきだったなあ、と反省をした。
仕方がないといった風に、ギーシュは取り敢えず自身の好きなモノをおいて、(えっと……先ず、女子だな。次に女の子。もう1人、女の子がいて……最後に女の子だ。で、忘れちゃいけないのは……)と考え始める。
「皆可愛い、という点だな、うん」
ギーシュははた、と膝を叩き、(何だ、そんな場所に“召喚”されたら、帰る必要なんかないんじゃないか!)と思った。
この世の真実とでもいえるだろうことに気付いたギーシュは、その事実を落ち込んでいるルイズに教えてやろう、と駆け出した。
その時……。
一行が乗る馬車が大きく揺れ、吹き飛ばされてしまった。
「――きゃああああああああああああああ!?」
中にいる皆は悲鳴を上げ、何時かの“烈風”によって吹き上げられた時の事をルイズ達は想い出す。
悲鳴を上げながらも、シオンやティファニア、キュルケにギーシュ達は子供達を抱え、庇う。
馬車は転倒してしまい、繋げられていた馬は鳴きながら逃げ出してしまう。
どうにか倒れた馬車から抜け出した皆が目にしたのは、恐るべきとでもいえる光景であった。
高さ20“メイル”以上はあろうかという巨大な剣士人形――“ゴーレム”が3体、そこに立っていたのである。
「な、何よあれ!?」
朝の陽光の中、禍々しい雰囲気を辺りに撒き散らしながら、その巨大な剣士人形達は眼下を睥睨する。鈍色に光る鎧を纏い、手には身長程も在るだろう剣を握り締めている。
子供達が怯え、それぞれ救け出し呉れた人達に抱き着く。
抱き着かれた者もまた、恐怖に駆られてしまうが、子供達の手前である手前どうにか堪えてみせる。
剣士人形の1体が、滑らかな動きでその剣を振り上げ、地面へと叩き付けた。
巨大かつ膨大な粉塵が舞い、一行は咳き込んだ。
「御久し振りね。“虚無の担い手”」
その声に、ルイズは聞き覚えがあった。此処“アルビオン”で、舞踏会の日に“学院”で聞いた声……“ガリア”の“虚無の使い魔”……“サーヴァント”。
ルイズ達を付け狙う、謎多き女……。
「あんたは! “ミョズニトルニルン”!」
「覚えていてくれて光栄ね」
ルイズ達がハッとして上を仰ぐと、その声は剣士人形の頭の部分から聞こ得て来る事に気付く。
そこに入っているのか、それとも、声を発しているだけであり別の場所にいるのか。
ルイズとシオンは、後者であると当たりを付けた。
この“ミョズニトルニルン”は、“汎ゆる魔道具を自由自在に使い熟す”事が出来る“虚無の使い魔”であるのだ。自ら戦うということは、先ずないといえるだろう。
「何しに来たのよ!?」
「御礼をしに来たのよ。この前は、我々の姫君を良くも攫ってくれたわね」
「何が姫君よ! 幽閉して、心を奪おうとして癖に!」
「心を奪う? あら、貴女も同じじゃなくって? 自分の“使い魔”の心を奪うなんて、随分と粋な事をするじゃない。“
ルイズは“杖”を構え、“呪文”を唱えた。
しかし……やはり“虚無魔法”が発動する様子はない。
我に返ったギーシュ、ルイズと同時に“杖”を構えて居たシオンとキュルケが“呪文”を唱える。
7体の“青銅の戦乙女”達が現れる。
「“ワルキューレ”! あいつ等を遣れ!」
“ワルキューレ”達は、巨大な剣士人形へと短槍を突き付ける。
がしかし……呆気無く短槍は弾かれてしまう。
「ちょっと……そんなチャチな“ゴーレム”で、この“ヨルムンガント”に傷を付けようっていうの?」
“ヨルムンガント”と呼ばれた巨大な剣士人形の1体が、足を軽く動かした。
7体の“ワルキューレ”達は、まるで人間の足に纏わり付いていた蟻の様に、吹き飛ばされてしまう。
次いでキュルケが、“炎”の“魔法”を唱えた。
巨大な炎球が“ヨルムンガント”へと伸びたのだが、其の球は表面で僅かに弾けただけであった。
分厚い鎧には、傷1つ無い。
「無駄よ。此の“ヨルムンガント”を、“系統魔法”でどうにかしようとすること自体、間違いだわ」
“ヨルムンガント”が、1歩踏み出す。中に人でも入るっているのでは、と想わせるほどに、滑らかで流れるような歩みである。
驚くべきことに、巨大な身体であるというのに、足音が殆ど響かないのである。猫などのような忍び足で歩くということが可能であることが判る。
「何て“ゴーレム”なの!?」
「“ゴーレム”? 失礼な言い方だね。この“ヨルムンガント”を捕まえて“ゴーレム”とはね!」
剣を振り被り、1体の“ヨルムンガント”が一行へと向かって叩き付ける。
その衝撃は、地震のそれに近い。
「きゃああああああああああああああッ!」
一行は地面に叩き付けられてしまった。
パラパラと舞い散る土埃の中、2体の“ヨルムンガント”の腕が伸び、ルイズとシオンを其々が握り、持ち上げた。
「ひ……」
ルイズは恐怖で、頭の中が凍り付く様な感覚を覚えた。
「サ……」
ルイズは、才人の名前を呼ぼうとした。しかし……直ぐにその名前を呑み込む。ルイズには、今のルイズはその名前を呼ぶ権利がない、偽りの心で守って貰う訳にはいかない、と想っているからであった。
ルイズは、キッ! と“ヨルムンガント”を睨み付けた。
シオンは、静かに“ヨルムンガント”を見詰める。そして、目を閉じた。
「なあセイヴァー……御前はどうなんだ?」
“霊体化”していた俺は、実体化して才人へと顔を向ける。
「そうだな……別段変わったところはない」
「それはない」
タバサが否定する。
「それが、あるんだ……俺は“サーヴァント”だ。そして、今現在俺が所有している“宝具”の1つに、“Bランク以下の汎ゆる干渉を無効化する”と言いうモノがある……その効果によるモノだろう、弾いてしまった」
正直な所を言ってしまうと、確かに郷愁の念はある。家族や友人達に逢いたい……母親に、父親に、兄弟に、親友に逢いたい。だが、それだけである。今の俺であれば、直接逢う事は出来ずとも、皆がどのようにして過ごしているのか、どういったことを考えているのか手に取る様に判ってしまうのだから。
「ん?」
そんな俺の言葉に、眉を顰める才人とタバサ。
だが悩む才人の左目が不意に霞んで、巨大な騎士人形が映った。左目の視界の中、才人は空中で散々に揺られているのである。遠くにギーシュ達の姿も見える事に、才人は気付いた。
いつぞや見たルイズの視線であるということを、才人は理解した。
主人が危険な際、目に飛び込んで来るという……。
「全く……何でこいつってば、こう間が悪い訳?」
何だか恐ろしそうな騎士人形が暴れ狂う様を見ながら、つまらなさそうに才人は言った。
俺の視界にも、シオンが今現在見えているモノが映って居る。
才人の傍らに立て掛けられているデルフリンガーが、声を掛けて来る。
「娘っ子達がやべえのかね?」
「ああ。見える。左目に、バッチリ映ってら。セイヴァーは?」
「勿論、見えている。ふむ……成る程な」
「どうするね? ハッキリ言うが、好きでも何でもないんなら、放っておきな。心が震え無え“ガンダールヴ”は、ただの足手纏だよ。“サーヴァント”であってもな。行くだけ無駄ってもんさ。おりゃあ、巻き添えは嫌だからね」
才人は、深い溜息と共に呟いた。
「どうせなら、“使い魔”と“サーヴァント”としての能力も、ついでに消して欲しかったぜ」
「何で?」
「そしたら、行かなくて済んだじゃねえか」
デルフリンガーは、カタカタと笑った。
俺も笑う。
「違げえねえ」
才人は立ち上がると、笑うデルフリンガーを握った。
「タバサ、向かってくれ」
「相棒、娘っ子の事は好きかね?」
憮然とした声で、才人は言った。
「駄目だ。やっぱり好きじゃねえ。あんな女、我儘で、馬鹿で、気位ばっかり高くって……おまけに最近は調子に乗って“褒めろ”とか言い出すし。こう冷静に考えてみると、やっぱり全然好きじゃねえ。と言うか腹立つ。何らられそうになってんだよ。迷惑だっつの」
「じゃあ何で、救けるんだね?」
「……そんな女だけど、悔しい事に見てるとドキドキすんだよね。若しかして、これが巷でいう一目惚れだとしたら、俺はその存在を呪おうと想う。性格を良く知っていれば、起こらなかった事故だと想う。あーあ、折角サヨナラ出来るところだったのに……って、え?」
次の瞬間、才人は驚いてタバサに詰め寄る。
「なあ御前、今笑った?」
「気の所為」
「なあ、笑ったろ? なあ!」
窓辺にシルフィードが現れた。
「さて、セイヴァー。御前さんはどう何だ? シオンの娘っ子のことはどう想ってるんだ?」
「そうだな……人として好ましいと想っているよ。。嗚呼、実に“愛”しい……“愛”い奴だ。彼奴も、御前達も……」
そう言って俺は、金と黒のバイク――“ゴールデンベアー号”を“投影”する。
「それって、確か……」
「“アーハンブラ城”での」
才人とタバサが想い出して言う。
「応ともさ。こいつは、“ゴールデンベアー号”。俺と才人が元いた世界、国の“英雄”、“坂田金時”が乗っていたゴールデンなデビルモンスターマシーンだ。彼曰く、“スゲェだろ、最高のブッこみをキメられるMachineだ”ってな」
「ごー、るでん?」
「ということでな、俺はシルフィードには乗らない。こいつで行くからな」
俺はそう言って、“ゴールデンベアー号”へと跨る。
タバサがシルフィードへと飛び乗り、デルフリンガーを握った才人も彼女へと続く。
「確り捕まってて。飛ばす」
タバサは、いつも通りの調子で言った。
“ヨルムンガント”に握られたルイズは、シオンとは対象的にジタバタと暴れた。
「離して! 離しなさいよ!」
「そう言われて離す奴がいたら、御目に掛かりたいモノだね」
ルイズの間近に、“ヨルムンガント”の顔が近付く。
古めかしい剣士の兜の奥に、淡い灯が灯っていることが判る。其の周りは黒い。まるで空洞の様に空っぽである。
まるで南の地方にいるという、“
その“ヨルムンガント”を間近にしても、シオンは眉1つ動かす事もなく、静かに見詰めている。 “ミョズニトルニルン”を、“ヨルムンガント”を通して見通すかのように。
“ヨルムンガント”の残り1体が、キュルケ達の前に立ち塞がる。
「逃げようなんて考えちゃいけないよ。次逃げたら、容赦なく踏み潰す」
「子供まで踏み潰す気なの!?」
「ああ。歩いている時に、ウッカリ蟻を踏み潰すみたいにね。一々選んでられないだろ?」
ルイズは、“ミョズニトルニルン”のその物言いに震えた。
“ミョズニトルニルン”の声と調子は、何とも愉しそうな、歌うようなそれであったのだ。
「どうやら、あんたは“虚無”を撃てないようだね」
「な、何ですって!? 撃てるわよ! 言ったじゃない! “貴族”相手にしか……」
「そんなつまらない嘘はよしな。何度も撃てるチャンスはやったんだ。それなのにに、放ってこないってことは、あんたはもう、抜け殻。詰まりは用無しってことさ」
“ヨルムンガント”が、ルイズを地面に放り出した。
咄嗟にキュルケが“レピュテーション”を掛けたのだが、援護はそれが限界であった。“ヨルムンガント”を止められるほどの“系統魔法”はそうそう簡単には唱える事が出来ないのである。
緩やかに落下したとはいえ、咄嗟の“呪文”であったために地面に叩き付けられてしまい、ルイズの身体を激痛が襲う。
その痛みに、息をすることが難しくなり、ルイズは上手く動く事が出来なくなってしまう。
「じゃああんたから、踏み潰してやろうじゃない。蟻でも御祈りは唱えるのかね?」
“ヨルムンガント”が足を振り上げた。
その時……。
ルイズとキュルケとギーシュには聞き覚えのある音が、遠くから聞こ得始める。
その音は“竜”もかくやという音であり、ティファニアと子供達が更に怯え始める。
「この音は……?」
“ミョズニトルニルン”は、そんな音に周囲を警戒し始める。
「――“そんじゃあカッ飛ばそうか! ベアーハウリング!
金と黒のバイクが、シオンを掴んでいる“ヨルムンガント”と勢い良く打つかり、20“メイル”もあるそれを軽々と吹き飛ばしてみせた。
“
そういった事もあって、タバサが駆る“風竜”で在るシルフィードよりも早く辿り着いたのである。
その衝撃で、シオンは“ヨルムンガント”の手から解放される。が、同時に放り出されてしまう。
俺は、放り出されてしまったシオンを、しっかりと抱き留める。
「有り難う、セイヴァー」
「当然の事をしてるだけだ」
少し遅れて、振り下ろされた剣によって、ズシン! と音が響き……濛々たる土埃が舞う。
ルイズ達は恐る恐る、目を開いた。
ルイズが気付くと、そこは空の上で在った。
シルフィードが間一髪、踏み潰されそうになったルイズを、“ヨルムンガント”の足の下から救い出したのである。
俺がシオンを救出する、才人達がルイズを救出する2つの出来事は、瞬きでもするかのようなほんの一瞬の出来事であった。
「何やってんだよ?」
呆れた声にルイズが振り返ると、才人が座り込んでいた。ルイズは目を大きく見開いて、叫んだ。
「あ、あんたこそ何やってんのよ! 呼んでないでしょうが!」
次に、ルイズはタバサへと目を移す。
「タバサ! あんたもよ! サイトの帰る方法探すの手伝いなさいって言ったじゃない!」
「御前なぁ、救けて貰ってその言い草はねえだろ」
ツン、とルイズは腕を組んで言い放つ。
「……全く、ティファニアの“魔法”は効かなかったみたいね! この馬鹿、こうやって来ちゃうんだもん」
「確かにセイヴァーには効かなかったみたいだけど、俺には効いたよ。効きまくりだよ。正直、俺は寝惚けていたみてえだな。こっちの世界で出来る事ぉ? “インターネット”も無いのにぃ? 無理! “照り焼きバーガー”も無いのに? 不可能! 嗚呼、酔っ払っていたとしか想えねえ。恥ずかしい。これも全部、御前の所為だかんな。“ゼロのルイズ”さんよ」
「え?」
「しっかし、全く余計な事しやがって……今より、まだそっちの方がマシだったぜ。なーにが、“虚無”だっつの。なーにが、偽りの記憶消去だっつの。おかげで散々想い出したよ。1年分、想い出した。見ろ、ワンワン泣いちまったじゃねえか。帰る方法が見付からないのに!」
才人は、赤く腫れた自身の目を指さした。
ルイズは、プイッ! と顔を逸らせた。
「よ、良かったじゃない。これでスッキリ、帰る方法を探しに行けるわね! もう、“こっちの世界で俺が出来る事”、何て寝言言わないわよね!」
「ああ。おかげさまで何だか眼の前のモヤモヤが取れた気分だよ。ホント、こっちの世界のこと何かどうでも良い。“虚無”だか“聖地”だか知らねえけど、勝手にやってくれって感じだ。俺は帰るぞ。ああ帰る」
「馬鹿! 馬鹿馬鹿! じゃあサッサと行きなさいよ! 私のことなんて放っておけばいいじゃない!」
「うん。そんな憎らしい御前は良いけど、見て御覧、ほら、シオンやキュルケ、ギーシュ、ティファニアがやべえだろうが。シエスタとか姫様とか、タバサの母ちゃんだって放っとけねえだろうが。自分1人だけで世の中回ってるとか想うなよ。俺は友達を救けに来たたけだ!」
「何ですってぇ?」
「俺が、こっちの世界で出来ること、ってのは精々その程度何だよ! 気付いたよ! 覚えとけよ、俺は“ガンダールヴ”や“シールダー”である前に、一個の、1人の人間ですから! 平賀才人ですから!」
ルイズは、頭に血がカァ~~~ッ、と昇るのを感じた。それは理屈では全くなく、感情の昂ぶりであった。
「私は? 私はどうなのよ!? その中に私は入ってない訳!? 何よ! やっぱり“使い魔”だから“好き好き”言ってたのね! 最っ低!」
才人は、怒りを通り越した声で叫んだ。
「あのなあ。あんだけ好き好き言ってるのに、応えてくれない女を好きになる奴なんていねえよ! いたら勲章やるから連れて来いよ!」
「え?」
「何なの御前? 誰にも相手にされない、気くらいばっかり高い、寝相が悪い、パンツ穿いてない、胸が不自由な少女に同情したんで、仕方なーく好きって御情けで言ってやったら、本気にするし。終いにゃ調子に乗ってもっと褒めろとか言うし。チラチラ見せといて挑発しといて、いざこっちが御情けでその気になってやったら、“使い魔に対する御褒美だったのにぃ、勘違いしてるしぃ、涎垂らしてキモいしぃ”、と言いやがる。胸とか頭がゼロの癖に、勝ち誇るな馬鹿。現実を知れ。桃髪能天気」
「だって、そ、それはその……と言うか、其処まで言ってないし……ドサクサに紛れて非道いこと言ってない? 私も悪いから、今回はまぁ、赦すけど、普通3回は殺してる言葉じゃない? それ」
「煩え。だから御前への好きは、可哀想な少女に対する同情、及び、百歩譲って“使い魔”として好き。以上でも以下でもありません。俺はこれから、そういうことにする」
「ちょっと待って! それは非道い! 非道い! 非道過ぎるわ!」
ルイズは髪の毛を逆立てて言った。
「おーい! 僕も救けてくれえ!」
才人達の下からギーシュの声がする。
見ると、ギーシュは“ヨルムンガント”に握られて苦しそうに呻いている。
その隙に、キュルケとティファニアは、子供達を連れて遠くに逃げていた。
「あいつ、囮になったみたいだな。やるじゃねえか隊長殿。褒めて遣わす。待ってろ!」
才人はそう叫ぶと、シルフィードの上から飛び降りた。
落下と同時に、ギーシュを握った“ヨルムンガント”の左腕を、才人は斬り付けた。
然し、キィーン! と金属と金属が打つかり合う音が響くだけであり、才人が振り下ろしたデルフリンガーは弾かれてしまう。
「斬れねえ!」
次の瞬間、“ヨルムンガント”の右腕が、止まった蚊を叩くかの様に才人へと伸びる。
才人は咄嗟に、斬り付けた“ヨルムンガント”の左腕を蹴り、其の恐るべき拳から逃れた。
「くっ!」
軽業師であるかのように、才人は地面に降り立った。
同時に、恐るべきスピードで、“ヨルムンガント”の足が伸び、才人を踏み潰そうとする。
ジャンプして、才人はそれを避ける。
「何だこいつ!? ただの“ゴーレム”じゃねえ! 速過ぎる!」
いつだか戦った、フーケの“ゴーレム”などとは、根本的に速が違うをたったの数手で才人は理解した。
フーケの“ゴーレム”を亀と例えるのであれば、この“ヨルムンガント”は猫であろうか。勿論、ただの猫などではない。鋼鉄の腕と、足と、巨体と……ヒト並の器用さを兼ね備えているのである。
「どうする? セイヴァー」
才人はそう言って、間合いを取るために、後ろへと跳び退った。
“ヨルムンガント”は腰から剣を抜いた。
「おまけに、あんな獲物まで持ってるのかよ!」
「そうだな……才人、御前はその1体を相手にしろ。俺は残りの2体を」
「大丈夫なのかよ?」
「当然だ。俺は、“サーヴァント”だ。例え、“国を相手取っても恐れはせん”」
大きく剣を振り被り、“ヨルムンガント”は才人目掛けて振り下ろす。
才人はそれを、横へのステップをする事で躱す。
しかし、完全に読まれてしまったのであろう。“ヨルムンガント”は左手を右肩に回すと、その器用な指先で、隠されていた投げナイフを纏めて3本、才人へと放った。
投げナイフとはいっても、1本がヒトでいう大剣と同程度のサイズである。
当たってしまえば、ヒトであれば意図も簡単にバラバラになってしまうだろう。
2本を避けることに成功しはしたが、3本目を避けることはできずに、才人は已む無くデルフリンガーで打ち払った。
恐ろしい速さであるといえるだろう。
だが、“サーヴァント”であれば、対処はできる程度である。
才人は4連続の剣戟をどうにか躱し、踏み込み過ぎた“ヨルムンガント”の足を斬り付けた。
しかし……やはり乾いた音と共にデルフリンガーは弾かれてしまう。
「デルフでも斬れねえなんて!」
「こいつはあれだ。例の“
「あの“エルフ”が使ってた奴かよ!」
“アーハンブラ城”での戦いを、才人は想い出し、(すると……ルイズの“ディスペル”しか、この鎧には通用しないのか!)と想った。
「でも、大量に“カウンター”を使っているおかげで、鎧には刃は届いてる」
「実際、斬れないんじゃ話にならないだろ!」
拳を横に飛んで躱しながら、才人は叫ぶ。
タバサのシルフィードの上で、ルイズはハラハラしながら才人の戦いを見守っていた。
才人の“剣”は、“ヨルムンガント”に全くダメージを与えることができていないのである。
「どうしよう……あの侭じゃ、サイト、遣られちゃう……」
タバサがルイズの方を向いた。
「“虚無”」
「撃てないのよ!」
「何故?」
「“精神力”が切れちゃってるの!」
「溜めとか為なきゃ」
「“虚無”は寝れば溜まるってもんじゃないのよ!」
タバサは暫く考えていたが……いきなり、シルフィードを才人目掛けて急降下させた。それから素早く“呪文”を唱え、“レピュテーション”で浮かべた才人を空中でキャッチする。
「何だよ!? 逃げるのかよ!? ここで逃げたって、あんな素早い奴が相手じゃ、捕まっちまうぞ! 子供達もいるんだ!」
急に戦いを中断させられた才人が怒鳴る。
「貴男だけじゃ、勝てない」
「いやま、そうかもしんねえけど! それでも、セイヴァーに任されこともあるし!」
「黙ってて」
タバサは、毅然とした声で言った。
「はい?」
次にタバサは、ルイズにも聞こ得るような声で、才人に告げた。
「この前の続きをする」
「は? この前の続きってなんだよ!? 何だか理解らないけど、今はそれどころじゃ……むぐっ!?」
才人はそれ以上、喋る事が出来なかった。
何故かというと……。
タバサの唇が、才人のそれを塞いでしまったからである。
「む……んむ……」
才人は突然のキスに、目を回した。
而もタバサは、その小さな身体に似合わないであろう動きで、濃厚に舌を絡めて来たのである。まるでルイズに見せ付けるようにして、タバサは才人の舌を吸い上げる。
ルイズは、眼の前の光景が一瞬、何のことであるのか理解らないでいた。
突然のことに、頭が着いて行かないのである。
しかし……タバサの唇が才人のそれを
ルイズの肩が、まるで地震が起こったかのように震え出した。
「あ、あんた達ぃ……こここ、こんな時にぃ……」
次にタバサは、ユックリと才人の首に腕を回し、強く抱き締めた。
小さなタバサの身体が、才人の身体に密着する。
ルイズの脳裏に、タバサが発した言葉が蘇る。
「而も、こ、ここ、この前の続きてすってぇ~~~ッ!?」
桃色の髪が、ブワッと逆立ち、ルイズの鳶色の瞳が燃え上がった。激しい、燃える様な怒りがルイズの身体に満ちて行く。
極限まで高められた怒りが、強い“精神力”を生み出し、“魔力”のオーラと成ってルイズの身体を包む。
ユラリと、陽炎のように立ち昇るルイズの“魔力”を確認したタバサは、才人の身体からパッと離れた。
「今」
ルイズは我に返り、“呪文”を唱え始めた。
「“イサ・ナウシド・ウンジュー・セラ”……」
デルフリンガーの声が響く。
「“ディスペル”じゃ無え! 鎧自体に攻撃は届く! “エクスプロージョン”で吹き飛ばしな!」
ルイズの中で、古代の“ルーン”が畝り始めた。
“エクスプロージョン”。
爆発。
それはルイズにとって、1番馴染み深い“呪文”で在った。
「“エオルー・スヌ・フィル・ヤルンサクサ”……」
ルイズは唱えながら、(怒りが、自分の力の源なのかしら? 私は、ずっと……こんな怒りを溜めて生きて来たの?)とそう想った。
「“オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド”……」
怒りと……もう1つの感情に、ルイズは行き着いた。
「“ベオーズス・ユル・スヴェエル・カノ・オシェラ”」
その感情を認めることが、ルイズは怖いと感じた。
“呪文”を完成させたルイズは我に返った。
完成させた“呪文”により、行き場を求めて、“魔力”がルイズの身体の中を回り始める。
その“魔力”を肩、腕、手、指、“杖”の先へと巡らせ……ルイズは“エクスプロージョン”を撃ち放つ。
白い光が、“ヨルムンガント”の鎧の一点に現れた。
「うお……」
才人の呻きが、ルイズの耳に届く。
タバサも、目を見開いてその光に見入っている。
光は、大きく広がって“ヨルムンガント”を包み込んで行く。
同時に“ヨルムンガント”の鎧が、風船が膨らむかのようにして膨れ上がり……次いで耳を劈く様な爆発音が響いた。
中に爆薬でも仕込まれていたかのように、“ヨルムンガント”は四散した。バラバラになった鎧が、辺りに飛び散った。
「久し振りね、“オルタネーター”」
「ああ、少し振りだな。“キャスター”、“ミョズニトルニルン”……いや、シェフィールド」
20“メイル”もの巨躯を誇る“ヨルムンガント”が2体、俺とシオンを見下ろす。
そのうちの1体の頭部であろう部分から、“ミョズニトルニルン”の声が聞こ得て来る。
「あら、私の名前を知っているとはね。光栄だわ。さて……やりなさい、“ヨルムンガント”」
身長と同程度の大きさをした剣を振り翳し、“ヨルムンガント”が俺とシオンへと攻撃を仕掛けて来る。
俺の後ろにいるシオンは、真っ直ぐに俺の背中を見詰めて来る。それは信用や信頼などから来るモノであった。
「挨拶して直ぐに、攻撃とはな……随分と釣れないじゃないか」
「その“魔法”は……一体、何なの!? “詠唱”もなしに……」
俺は、そんな“ヨルムンガント”が持つ大剣を、“
珍しく、シェフィールドは驚きと強い警戒を向けて来る。
「“詠唱”? 生憎、“
“ヨルムンガント”の足元に、“魔法陣”が現れる。その“魔法陣”の中から、無数の細木の枝で構成された巨人――“
その大きさは、“地球”に存在するビルと同程度であろうほどである。目測でも、数十メートルはあるだろうことが判る。
“
「さて、終いだ……」
“約束された勝利の剣《エクスカリバー》”を“投影”し、構える。
星を救う輝きの聖剣。星を滅ぼす外敵を打ち倒すために造り上げられた、大凡汎ゆる悪を退ける黄金の刃。
“投影”された“約束された勝利の剣《エクスカリバー》”には、本来在るべき風の鞘――“風王結界”ない。
「――“約束された勝利の剣《エクスカリバー》”――ッ!!」
下から上へと、振り上られ、“約束された勝利の剣《エクスカリバー》”の刀身から黄金のフレアが発生する。
煙が舞い、“ヨルムンガント”の破片が転がる地面に才人達3人とシルフィードが降りると、隠れていたで在ろうキュルケ達が駆け寄って来る。
「サイト! ルイズ! 遣ったじゃない!」
「いやぁ! 君達は流石だな! あんな化け物をやっつけるなんて!」
「良かった……村を出てそうそう、死んじゃうかと想った!」
ギーシュとキュルケとティファニアは、才人の手を取って小躍りをした。
子供達も駆け寄り、その輪へと加わる。
暫くそうやって仲間達は喜んでいたが……そこで、才人は想い出したように真剣な様子を見せる。
「まだ終わってまい。セイヴァーが……いや、終わった、みたいだな……」
だがそれも一瞬の事で在った。
黄金のフレアが、柱となって天へと昇って行くのが皆には見えた。
「綺麗……」
誰かが、そう呟いた。
「あの光は……」
ティファニアは、その光に見憶えがあった。
瀕死になった才人を救けた日、エマが才人の事を教えて救ける前。その時に目にした光で在る。
そう遣って呆然としていた一行だが、シオンと俺が合流することで、はたと我に返る。それから、キュルケとギーシュは真顔になり、才人と俺の顔を覗き込んで来た。
「……あのだね、君達はまた、こういう活躍をしたいかね? その、何だ、大きな敵をやっつけて人救けと言うか……」
才人は、心底疲れた声で言った。
「巫山戯んな。もう2度と御免だよ。頼まれたって遣るもんか」
キュルケとギーシュは、ニッコリと笑った。
「きゃあ! 情けない! 格好悪い!」
「でも、それこそサイトだ!」
「御前等、ホントに俺のこと舐めてるよな……」
そんな風に和気藹々の雰囲気の中、1人肩を震わせている少女が居た。
ルイズで在る。
彼女は、ツカツカツカ、と才人に近付くと、ギーシュ達と喜び合う才人の耳を掴んだ。
「な、何だよ!?」
ルイズは、笑みを浮かべた。しかし、その唇は引き付けを起こしたかのように震えていることが判る。
「どゆ事?」
「え?」
ルイズの目が、キラキラと光り始めた。
「この前の続きってどゆ事?」
才人は慌てた。
「馬鹿! あれはどう見ても、タバサの機転と言うかその」
「まあね。理屈じゃ理解ってるの。と言うか、犬のあんたが何しようが犬の勝手。でも不思議ね、感情が駄目って言うわ。ええ、きっとあんたが“使い魔”だからよね」
直後、鬼の様に目を吊り上げ、猛禽類が獲物を巣に運ぶ様にして、ルイズはズルズルと才人を茂みへと引っ張って行く。
才人の切ない絶叫が、“アルビオン”の青空に吸い込まれて行った。
そんな一同に隠れて、“ヨルムンガント”の鎧を回収する影が在った。
シェフィールドで在る。
彼女は、バラバラになってしまった鎧の一欠片を大事そうに抱え、「あの様な爆発に、“宝具”に耐える鎧は……“エルフ”の“魔法”を使えばできるかしら? 成る程、面白くなって来たじゃないの」と呟いた。
悲鳴を上げる才人を見ながら、シオンと俺は苦笑を浮かべる。
そして、隠れて回収作業に入っているシェフィールドのいる方向へと俺は目を向けた。
「どうかしたの? セイヴァー」
「いや、何でもないさ。大した事ではない」
シオンに、そう答え、俺は再び、日常へと目を戻し、“