“魔法学院”にある“アルヴィーズの食堂”。
“トリステイン魔法学院”に通う“貴族”の子弟達は、朝昼晩の3食にわたって、此処で食事を摂るのが慣わしである。
アンリエッタの命令で、才人達が“アルビオン”からティファニアを連れて来た日から、1週間程が経っていた。
そんなこの日も、才人達は礼によって3年生用のテーブルで朝食を摂っていた。
食堂のテーブルは長く、入り口を正面にして縦に3列並んでいる。正面に向かって3年生、真ん中が2年生、右側が1年生のテーブルである。
「しっかし、彼女の人気は凄いな」
才人は肉を切って居たナイフを止めて、軽く呆れた声で呟いた。
「何? 人気?」
眼の前に座っていたギーシュが、目を丸くして振り返る。
才人とギーシュの周りには、例によって“水精霊騎士隊”の隊員達が集まっている。昼間であるというにも関わらず酔っ払っている彼等は、赤く染まった目をギーシュや才人と同じ方に向けた。
そこには……金髪と悩ましい身体のラインが眩しい妖精が、少し戸惑った表情を浮かべていた。
ティファニアである。
アンリエッタの口利きで、一ヶ月遅れで1年生のクラスに編入することになったティファニアは、入学して直ぐ、“学院”中の話題を独り占めにしていたのである。
それほどに、“アルビオン王家”と“エルフ”の血がブレンドされることで出来上がった芸術品であるかのような彼女の美貌は眩いといえるのであった。
勿論……その両方の血は秘密となっている。ただ、アンリエッタだけでなく、シオンからも口利きがあったと知られているだけである。
“学院”内で彼女の正体を知る者は、アンリエッタとオスマン、才人とルイズ、キュルケとタバサとギーシュ、シオンと俺だけである。他にはいない。
2重の秘密に包まれているティファニアは、目に見える一方の秘密……“エルフ”の血を隠すために、耳を覆う形で帽子を冠っている。
そんな格好で授業を受けることや、食堂に入ることは本来で在れば許可出来ないことである、がしかしティファニアは、肌が日に特別弱い、という表向きの理由を作ることで、屋内で帽子を冠ることを許可して貰ったのである。窓から入る太陽光に当たっただけで彼女の弱い肌は焼けてしまう、と、アンリエッタとシオンからの要請で彼女の後見人の1人となったオスマンは教師や生徒達に説明をしたためであった。
本来であれは、そのような嘘は誰も信じなかったであろう。
しかし……ティファニアの肌の白さ、日焼けを嫌う“貴族”の女子生徒達の中でも群を抜いていた。ティファニアの肌を見ることで、誰もが(この娘は太陽に抗えない)と想い込むという寸法である。
そんな淡く光る青い月のような儚さと、その儚さに似合わぬアンバランスな肢体、シオンが治める“アルビオン”からやって来た訳ありの“貴族”としての生い立ち……。
その3つの要素が上手い具合に絡み合い、謎めいた魅力を醸し出し、ティファニアの周りの男子生徒達はすっかり参ってしまったのであった。
“魔法学院”の制服に身を包んだティファニアの周りには、目の色を変えた男子生徒達が十数人、飴玉に群がる蟻であるかのように集まっているのであった。
「人気だな。いや、大人気だな」
ティファニアを見詰めながら、ポカンと口を開けてギーシュが呟いた。
「あいつ等は、一体何を考えているんだ? まるで御姫様と家来だ」
ギーシュの右隣に座る、“水精霊騎士隊”の実務を担う積りでいるレイナールが、眼鏡をチョイと持ち上げながら言った。
レイナールの言う通りであった。
1年生の紺色だけではなく、2年生の茶色、3年生の黒マントまで見えているのである。
彼等は、ティファニアが御茶を一口飲めば直ぐ様御代りを注いでやり、ティファニアが前菜を一口食べたら直ぐ様自分の分を勧め、ティファニアが肉料理に手を伸ばせば代わりに切り分ける、といった具合である。
大変なのは、当のティファニアで在る。一気に10人以上もの給仕に傅かれることになったこの金髪の美少女は、持ち前の引っ込み思案さを存分に発揮してしまい、そんな煩わしい状況にも文句1つ言うことができず、されるがままになってしまっているのである。
集まった男子生徒達の視点は、ティファニアのその透き通るような白肌の途轍も無い美少女顔と、とある一点を交互行き来していた。
そのとある一点について、ギーシュは感想を漏らした。
「僕はね、“アルビオン”からこっち、ずっと深く考えていたんだ。そして結論に達した」
ギーシュの左隣に座っていたマリコルヌが、ニヤッと唇の端を持ち上げて、ニヒルな笑みを浮かべた。
「ギーシュ、御前の結論をこの“風上”に聴かせてくれ給え」
まるで討論の授業で、自信たっぷりに自説を述べるかのような勿体ぶった口調でギーシュは答えた。
「良かろう。僕の結論だ。あのティファニア嬢の胸部に付いている2つの鞠状の物体は、世の中の半数の人間を狂わせる、魔法兵器だ」
「詰まりその、世の中の半分の人間というのは……?」
「男性だよ。君」
マリコルヌは、顎に指を置いて深く考え込んだ。然る後に重々しい仕草で口を開く。
「兵器と言うのは、詰まり性的な意味において?」
「勿論、性的な意味においてだ」
2人の低能は、才人の眼の前で「もっともだ」と言わんばかりに首肯き合う。
「君は天才だな、ギーシュ」
「それはちと性急な結論だな。僕の仮設は、未だ検証を経ていない」
ギーシュは、グイッとコップのワインを呑み干した。
「さて、行くぞ」
ガタンと、ギーシュは立ち上がった。
マリコルヌも、のそり、と立ち上がる。
今から陛下の拝謁を賜るとでも言わんばかりの態度で、2人は身嗜みを整え始めた。
2人の低能は首肯き合うと、ユックリと1年生のテーブルへと向かう。
レイナールが才人に尋ねる。
「あいつ等は、何をする気なんだ?」
「放っとけ。馬鹿が感染る」
“水精霊騎士隊”の面々は、ギーシュとマリコルヌを心配そうに見詰めた。
酔っ払った2人は、ティファニアに群がる1年生を押し退けた。
近衛隊で在り3年生であるギーシュとマリコルヌに文句を言える1年生など存在する訳がないのである。
人垣が割れ、ティファニアへと通じる参道が完成する。
ギーシュとマリコルヌは、胸を反らせてその参道を歩く。
ティファニアの横に立ったギーシュは、緊張で更に縮こまってしまっているティファニアに深々と一礼をする。
次の瞬間、それは起こった。
ギーシュは無言でティファニアが持つ猛烈な2つの魔法平気――胸に手を伸ばす。
ティファニアの顔が、えぐ、といった感じに歪む。
一瞬で、食堂の空気が凍り付いた。
「あの馬鹿」
才人が立ち上がる。
しかし次の瞬間、ギーシュの身体は、突然現れた巨大な水柱に包まれてしまった。水中花の様に、水柱の中で、ギーシュの身体が、おがごげ、と蠢く。
ギーシュの後ろを見ると、例によってモンモランシーが立ち尽くし、無表情のまま“杖”を振っているのである。
ピキーンと凍り付いた食堂の雰囲気の中、水柱はモンモランシーの“杖”に合わせてユックリと動き、外へと運ばれて行く。
食堂からは死角になっていて見え無ない所で、水柱が弾ける音がする。次いで、ギーシュの叫び声が響いた。
「ちょっと確かめたくなっただけなんだ! だって、あんなモノを見たら君、学術的好奇心が膨れに膨れ上がって、膨れ上がってどう仕様もなくなってしまって! ごぼ!? ぐげごぼ!」
バシャバシャと大量の水がギーシュを襲う音が、才人達の耳に届く。
荒れ狂う水音が響き続け……そのうちに静かになる。
才人は溜息を吐くと、再び料理手に手を伸ばす。
そんな才人に、レイナールが呟く。
「解せないな」
「いつものあいつだろ。酔っ払って調子に乗りやがって……何にせよ手が触れる前で良かった」
「いや、君の事だよ」
「俺?」
才人はキョトンとした様子で、レイナールを見詰めた。
「ああ。いつもなら先頭切って行ってたはずだ」
「ティファニアの胸が本物かどうか確かめに? そこまで俺は馬鹿じゃないよ。あいつ等と一緒にするなよ」
レイナールは、眼鏡を持ち上げると、才人を見詰めた。
「いや確かに、君は割りと照れ屋なところがあから、幾ら酔っ払ったからとは言え、こんな真っ昼間から堂々と本物かどうか確かめに行ったりはしないだろうが……行きたくてウズウズして、つい腰が浮き掛けてまた座り直すくらいのことはするはずだ」
鋭すぎる、レイナールの指摘であるといえるだろう。
「そんな君なのに、どうしたんだよ? その余裕は……」
「良いから食おうぜ。冷めちまう」
才人は涼しい顔で、料理を食べ始めた。
その時……数人の少女が、才人の周りに群がった。
筆頭は、2年生のケティで在る。
周りにいるのは、1年生の女の子達である。
「サイト様! デザートにこのプディングはいかがですか?」
冷気の“魔法”が掛けられたミルクとフルーツで作られたプディングは、ヒンヤリとして美味しそうであった。
才人は澄ました態度で、有り難う、と首肯くとそれを受け取った。
そんな才人を、“水精霊騎士隊”の面々は羨ましそうに見詰めた。
「サイトさんは本当に凛々しくおられますわ」
「それ程でもないヨ」
軽く気取った態度で、才人はギーシュ張りに脚を組んだ。
そんな姿で在っても、脳に幻想のオブラートやフィルターが掛かってしまっている女子生徒達は歓声を上げる。
「格好良い! やっぱりサイト様は、ギーシュ様何かとは大違いですわね」
ケティは、冷たい目でギーシュが去って行った方角を眺めた。
「そんなことないヨ。俺だって、余り変わらないヨ。まあ、あいつ等みたいに馬鹿はしないだけさ。あっはっはのは」
ウットリとした目で、女の子達は才人を見詰める。
「嫌だ……サイト様って、本当に素敵な御方なのね」
「それだけじゃないわ。とても御強いのよ」
「そうですわ! 何せ、あの“アルビオン”軍を、セイヴァー様と2人で止めた御方の1人なんですもの!」
ケティが、ウットリとした顔で言った。
「サイト様なら、あの乱暴な空中装甲騎士団も、やっつけておしまいになられるわ!」
「ケティさんも、あのクルデンホルフ家の連れて来た騎士団が、御嫌いなの?」
1人の少女が、ケティに尋ねる。
「ええ。だってあの方達、私が散歩に出掛けたら、ずっと着いて来るのよ! “花を摘みに行きませんか?” 何て話し掛けて来たわ!」
「まあ下品ね!」
「ホントよ! サイト様とは大違いだわ!」
キャアキャア、と女の子達は噂し合う。
そんな姿を見て、(余裕が大事なんだよ。がっつかない、余裕の態度が、花の様に
女の子の声が1つ「きゃあ」と響く対に、甘美な脳内分泌液が、才人の中を染み渡って行く。
そんな風にキャアキャア言われながら、才人はチラッと横目で、ルイズ達がいるテーブルの方を見詰めた。
そこでは、ルイズは澄ました様子で食事を摂っている。しかし……ときたま才人の方を見ているのが判るだろう。ときたまルイズは、皿をガシガシとフォークで突いて居る。
才人は鼻孔を拡げ、優越感を胸一杯に吸い込んだ。それから、(ほらほら。出来上がって来ましたよ。あの猫)とそんな言葉を心中で呟いた。
何故才人は、これほどまでに勝ち誇っているのか、(余裕が大事)などと想う才人の真意、ルイズを猫扱いする意味……。
それ等は、“アルビオン”から帰って来る、“フネ”の中での誤解が原因であった。
ティファニアや子供達を連れて“
ルイズの気持ちがしっかりと伝わって来る、熱いキスであったといえるだろう。
これだけ熱けりゃ良かろうと、キスを交わしたあと才人は、(ルイズ、良い具合に火照ってます。従って自分、手、出します)と考え、当然とばかりにルイズに手を伸ばしたのであった。
才人はそう判断したので在る。
しかし、ルイズは恥ずかしそうに俯いて……伸ばした才人の手を振り解いたのである。そして消え入りそうな声で呟いたのだった。
「……だから、やだ」
拒否されてしまった才人は当然のことながら傷付いてしまった。(あんだけ熱いのにどうして?)といった様子を才人は見せる。
「な、なな、何で?」
するとルイズは、怒った様に怒鳴った。
「2度も言わせないで!」
ルイズのその声に反応して、隣の部屋からキュルケの声が響いた。
「どうしたのー? ルイズ」
「な、何でもない!」
そのような遣り取りで、それまで漂っていたであろう甘い雰囲気はどこかへと行ってしまった。
2人は顔を見合わせると、御互い顔を赤らめてベッドへと潜り込んだのである。
そして、目を瞑って寝ることにしたのであった。
その時、才人は気付なかったのだが……ルイズは才人を拒否したという訳ではなかった。
ただ、場所を選びたかっただけなのであった。
その時のルイズの台詞は消え入りそうなほどに小さかったために、前半の一部が才人の耳に届くことはなかったのである。
この「……だから、嫌だ」という言葉の前には、「“フネ”の中」という言葉が存在していたのである。
「“フネ”の中だから……やだ」
ルイズはこう言ったのであった。
別に才人を拒否したという訳ではなかったのである。
しかし……才人はどうにも抜けていたために、そこまで気が回らず、船室のベッドの上、ルイズの言葉を捏ね繰り回して、理解し難い結論へと飛び付いてしまったのであった。
才人は、(好きがたりねえんだ。ルイズの気持ちは確かに俺を向いてるかもしれねえ。でもまだ……全てを許すまでには昂ってないにちがいない。どうしたら良いんだ? 俺)、と考えた。
その瞬間……才人の心に閃くモノがあった。
いつかのルイズの黒猫姿を想い出したのであった。
それから、(そういや、ルイズって猫っぽいよな。大粒の瞳がクルクル変わり、気紛れに翻弄するところなんてソックリだ。ええと、猫という動物を手懐けるには、どうすんだっけ? そうだ。猫は、こっちから近付いたら逃げるんだ。そして澄ました顔で、無視しやがる。ああ、それってルイズ。じゃあ、こっちが無視したらどうだ? そういう時の猫は、先ず様子を窺って来て……そおれでも無視を続けると、痺れを切らして近付いて来る。そして終いには、ゴロゴロ鳴きながら頬を擦り寄せて来る。これだ。これだよ!)と才人はベッドの中で、我が意を得たりとばかりに首肯いたのであった。
また、(な、な、舐めんなよ~~~、桃髪生意気能天気め……気紛れに翻弄しやがって……御前が頬を擦り寄せた瞬間、く、くく、首根っこ捕まえてやる。やや、やっからな!)とも才人は想ったのである。
詰まるところ、才人は底なしに抜けていたのである。
さて、才人がそんな誤解妄想を抱いているとは露知らず、“アルビオン”から帰って来た日の夜、健気なルイズは御風呂に行き、念入りに身体を洗った。それから祭壇室に赴き、“始祖ブリミル”に対しての長い長い懺悔を行ったのであった。
「“始祖ブリミル”よ……婚姻より前に、その、何て言うかその、言えませんその、そのいわゆる。いわゆるその、行うことをその、御赦しくださいその、でもだって仕方がないじゃありませんかその、あいつきっと、私が許さなかったらその、絶対他の女の子とその、いやもうホント、頭空っぽメイドとかいるんで仕方なくその、敬愛していた姫様もなんか一時は怪しくてその、胸が可怪しい“ハーフエルフ”まで最近側にいるんで血迷いやしないかその、嗚呼、そういう比較的身体が女性らしい女の子だけじゃなくってその、青い髪の小さな“ガリア”の御姫様もいてその、いやあの娘はそういう気持ちじゃないって女の勘で理解るんですけどその、万が一ってこともあるしその、というかあの馬鹿は小さいとか大きいとかあんまり関係ないことが判明してその、となると余計に危険対象が増える訳でその、兎に角そういう訳なので、御赦し下さい。かしこ」
などといった懺悔なのか妄想なのか訳の理解らない文言を吐き出した後、ルイズは右手と右足を同時に出しながら自分の部屋へと戻ったのであった。
ルイズが(サイトはどんな顔してんのかしら? やっぱ緊張してるのかしら?)と想いながら部屋に入ると、“使い魔”はといえば何だか余裕の態度といった様子で御茶などを飲んでいるのであった。
ルイズがこれほどまでに特別な夜を迎えて緊張しているというのに、才人はいつもの様子と変わらないのであった。それどころか目を細くしながら、「やァ、ルイズ。穏やかな夜だネ」などと訳の理解らないことを口走った。
ルイズは、(何それ?)、と想いながらベッドへと入った。
次いで、才人もベッドへと入って来た。
その後に、メイドで在るシエスタも入って来た。
何故かこの部屋で暮らす3人は、このようにしてベッドで川の字になって寝ることが習慣となっているのである。
ルイズは緊張の余り、失神しそうになってしまった。
ルイズは、(でも、まだ早いわ。サイトだって馬鹿じゃないもの。シエスタが寝静まってから、その、いわゆるその、行動に出るにちがいないわね)と想い、必死になって寝たフリをした。
直ぐに、シエスタの寝息が聞こ得て来た。
ルイズの緊張は頂点に達した。余りに緊張してしまい、握り締めた毛布を噛み破ってしまったくらいである。
そしてとうとう……才人の手が伸びて、ルイズの肩に置かれた。
ガタガタガタ、とルイズの全身が震えた。
「……馬鹿、シ、シエスタがいるじゃない。もう、それなのに御主人様に手をそ、のの、伸ばすなんてどういう積りよ?」
ルイズは、小さく声を掛けられどこかへと案内されると想っていたのだが。ルイズは、倉庫、否、流石にそれはあんまりだとえたために、何か都合の良い別室などとかを想像していたのである。ルイズは、(しかし、このベッドでとは。隣でシエスタが寝ているベッドでとは! 何てこの“使い魔”は大胆なのかしら!)と驚いた。
驚いたのだが、やはりシエスタではなく自身に手を伸ばされたという優越感と歓喜で、ルイズの心は一杯になってしまった。
それからルイズは、(シエスタが横にいるのに……メイドが横にいるのに……頭空っぽメイドが横に! いる! のに! そう。メイド。良くも今までぇ~~~、何でもないことでぇ~~~、勝ち誇ってぇ~~~、くれたじゃない? これで私の勝ち! でも、やっぱり横で他の女の子が寝てるところでなんて……)と想った。
すると……。
「――あ!? ひ!」
才人の手がルイズのネグリジェの中に滑り込んだ瞬間、そんな声が喉から漏れて、ルイズの頭の中は真っ白になってしまった。
ルイズは、(メ、メイドがいるのに! メイドがいるのに。めいどがいるのに……ひ、ひゃん!?)と堪える。
が、才人の手は大胆な動きでネグリジェを巻き上げ、ルイズの控え目な胸を露わにさせてしまった。
ルイズは目を瞑り、顔を真っ赤にさせて、息と動悸を荒くさせた。
もうルイズには、何も考える事はできなかった。
ただ1つルイズが理解できていたことは……これほどまでにドキドキしているのは生まれて初めてだということだけであった。
才人の口から出て来るであろう言葉が、幾つもの予想の台詞となって、(オ、オーソドックスに、“愛しているよルイズ”かしら? それとも“怖がらないで”かしら? 何よ何よ。あんた、こんな時何て言うのよ? 嫌だ、きっと私その言葉、一生忘れないわ。恥ずかしいし、癪だけど忘れないわ。もう嫌だ。やん……)とルイズの頭の中を巡る。
しかし……才人の口から漏れた言葉は……。
「グゥ……」
ルイズの予想を、聳え立つ火竜山脈程にも超えたモノであ在った。
ルイズは、(今の何? 寝息? ま、まさかね……)と思い、少し待つ。
「グゥグゥ」
真に迫った寝息が聞こ得て来て、ルイズは焦った。
ルイズは、(寝た振り? どうして?)と思い、胸に滑り込んだ才人の手を試しに握ってみた。
全く反応はない。
それどころか、スルリとネグリジェの中から、才人の手は摺り抜けてしまった。
「グゥ。グゥグゥ」
ルイズは恐る恐る振り返った。
そこにあったのは、紛うことなき才人の寝顔であった。幸せそうな顔で、口から涎など垂らしているのであった。
ルイズの顔が青くなり、次いで赤く染まった。唇の片方が吊り上がり、クケ、と呻きが漏れる。
ルイズは、(死刑でしょ。普通、死刑でしょこれ。何事か? 準備が出来てしまったこんなに可愛い御主人様が横で寝てるのに、寝息を立てるとは何事か?)と想い、その手が“杖”に伸びる。取り敢えず、灰にでも変える積りになってしまったのである。
がそこで、(まぁ、疲れているのかもしれないし……ね)と、毛布を冠り、ルイズは目を瞑った。
ルイズにとって、中々寝付けない夜が始まった。
翌日、ルイズは(やっぱり……隣でメイドが寝てるのは不味いわ。他人がいる部屋で……というのは、“貴族”としては大変よろしくないもの)と考えた。
従ってルイズは、才人が「そろそろ寝るかぁ」と呟き、ベッドに入ろうとした時、わざとらしく椅子から立ち上がった。
「さ、ささ、さ」
「さ?」
「散歩でも、し、しし、して来ようかしら?」
「お、風流だな。まだ夜は冷えるから、風邪引くなヨ」
才人はニコッと笑うと、そんな世迷い言を言った。
引っ込みが付かなくなってしまい、ルイズはネグリジェ姿で表に出た。
ルイズは2時間待ったのだが、才人が来ることはなかった。部屋に戻ってみれば……大口を開けて寝ていたのである。
ルイズは、(今日こそ灰ね)と想って“杖”を握ったが、(疲れてるのよ。きっと)と想い直す。
その翌日も、ルイズは散歩に出掛けた。
4時間待った。
才人は来なかった。
ルイズが部屋に戻ると、才人はベッドに潜り込んで深い寝息を立てていた。
そのまた翌日。
ルイズは3度目の正直の散歩に出掛けた。
やはり待てど暮らせど才人が遣って来ることはない。
ルイズは地面に棒切れで絵を描いて時間を潰した。
鈍感な才人が跪いて、ルイズへと赦しを請う図である。
ルイズが気付くと、朝に成って居た。
代わりに、ルイズが満足できる力作ができあがっていた。
そろそろ流石に気付くでしょう、と翌日もルイズは散歩に出掛けた。
が、才人はやはり来なかった。
ルイズは半泣きで絵を描き始めた。
絵の内容は、間抜けな才人がルイズの手によってとうとう縛り首に成る図であった。
朝まで掛かって、ルイズは大作を描き上げた。
そんな風にして、1週間が過ぎたのである。
いつのまにか、ルイズの絵画は連作となり、才人はその連作の中で12回鞭で叩かれてしまい、10回縛り首になり、8回地獄に落ちて、4回虫螻に生まれ変わってルイズに踏み潰されてしまったのであった。
ルイズの怒りはこれ以上ないくらいに頂点に達し、ついに悟りの境地にまで達し、それから冷えた何かとなってルイズを包んだ。
しかし、事が事だけに、そんな怒りを表にすることはルイズにはできなかった。
それはダイヤモンド選より硬い、ルイズのプライドが許さなかったためである。
必死になって怒りを抑え込み、青い顔をしてときたまワナワナと震えるだけのルイズ。そんなルイズを、才人は、(おやおや出来上がりつつある)と評した。
実態は全くの逆であるのだが、勘違いをして調子に乗ってしまっている才人には気付くことができなかった。
才人の鈍感は、紛うことなき本物であったのである。
“トリステイン魔法学院”の放課後、殆どの女子生徒達は食堂から張り出したテラスで、御茶を飲むのが日課であった。
ルイズ、モンモランシー、キュルケの3人も例外ではなく、丸いテーブルを1つ使って、会話と御茶を楽しむんでいる。普段と違う点を上げるとすれば、シオンがいないことくらいであろうか。
しかし、話しているのは主にキュルケだけであり、聞き役はモンモランシーである。
ルイズはといえば、目を血走らせて、何かを一生懸命にしたためているのであった。ときたま眠そうに、ふぁあああああ、と欠伸を噛ます。
「ねえルイズ。あたしが話してるのに、欠伸をするなんて失礼じゃない?」
「っさいわね」
キュルケの話題は主に、1週間程前の“アルビオン”での冒険のことであった。
「ところで、いやぁ、あの大きな“ゴーレム”凄かったわねぇ」
キュルケが心底楽しそうな口調で言えば、ルイズが眉を顰める。
そんな2人を見て、モンモランシーがジロリと睨んだ。
「何よ。“ゴーレム”って何よ? 貴女達、一体“アルビオン”に何しに行ったのよ?」
モンモランシーは“アルビオン”行きに同行していなかったために、何があったのか知らないのである。勿論、ティファニアの正体を知るはずもない。
「それは言えないわよねぇ~~~。さるやんごとない御方の秘密が絡んでるんだもの」
キュルケが勿体ぶって言えば、モンモランシーは少しムッとした顔になって、「良いわよ。別に知りたくもないわ。私、政治絡みのことに首突っ込む気ないから」、と強がってみせた。
それからモンモランシーは長い巻き毛を揺らして、テラスの向こうに広がる中庭へと視線を移した。
丁度、金髪のティファニアが通り掛かっところであった。
困った様にモジモジとしながら歩くティファニアの後ろには、金魚の糞の様に何人もの男子生徒達がぞろぞろとくっ着いている。
その中にギーシュの姿を見付け、モンモランシーは苦々しい顔になった。
「あいつ! あんだけ痛め付けたのに! 全く懲りないようだわ!」
その言葉で、眠た気だったルイズの目が一瞬だけだが、キラリと光った。顔を上げ、ティファニアの取り巻きの中に才人の姿がないことを知ると、少し考え込むように目を瞑った。
それからルイズは、再び書物へと目を移す。
「ねえルイズ! 貴女達が連れて来た娘は何な訳? 私、政治の世界には興味ないけど、あの娘にだけは興味あるわ! 建物の中でも帽子を外さないし、自分の事は一切喋らないし!」
「胸が大きいし?」
キュルケが、誘う様な口調でモンモランシーを挑発する。
「ふんだ! あんなの偽物でしょ! はしたない! あんな底上げ技術で殿方の気を惹こうだなんて!」
モンモランシーがそう捲し立てた時、ルイズは立ち上がった。
「あらルイズ、どうしたの?」
「帰る」
ルイズは、目を爛々と光らせながら呟いた。その目の中には、冷えた怒りの氷嵐が渦巻いていることがわかるだろう。
キュルケは、目を細めて笑みを浮かべた。
「サイトに宜しくね」
その言葉で、ルイズの左肩がピクッ! と動いた。その痙攣は次いで右肩に移動する。徐々にその揺れは大きくなり、ルイズの全身がワナワナと震え始めた。
ギクシャクとギコチナイ歩き方で、ルイズは寮塔へと向かう。怒りが、ルイズを真っ直ぐに歩かせることを許さないのである。
そんなルイズは中庭で、これから訓練に向かうであろう“水精霊騎士隊”の男子達と擦れ違った。
勿論、その中には才人もいる。
ワイワイガヤガヤと、才人達はルイズへと近付く。
ルイズは立ち止まった。才人の顔を真正面から見ないように、横を向いた。正面から見てしまうと、恐らく何かが爆発してしまう、とルイズはそう感じたためである。
才人もルイズに気付いたらしい。しかし、澄ました顔で目を逸らす。
横目でそんな才人の顔を盗み見るルイズの頭に、かぁっと血が昇った。これ以上ない、というくらいにルイズは震えてしまった。しかし……皆が見ている前で、怒りを爆発させる訳にはいかない、と“貴族”としてのプライドが上手く働き、どうにか堪える事に成功した。ルイズは深く深呼吸をすると、がしッ! と太腿を抓んだ。激痛が奔る。それで怒りを抑え、ギクシャクと歩き出したのである。
擦れ違い様に、才人ではなく、隣にいたマリコルヌがルイズに声を掛けた。
「やあルイズ! 今から訓練でね、君の“使い魔”を借りるぜ」
「ど、どど、どどどどどどどどどどどどどど」
「ど?」
嫌な予感でも覚えたのだろう、マリコルヌの顔が一瞬青褪める。
「どどどどど、どうぞ御事由に」
震える口調でルイズはどうにか、そう言うことができた。
才人も澄ました顔で横を向いたままである。
そんなルイズと才人とを交互に見詰め、マリコルヌは首を傾げた。
「どうしたんだい? 喧嘩でもしたのかい?」
「喧嘩? あっはっは! そんなことする訳ないじゃないか! さて諸君、急ごうじゃないか! 訓練の時間は短いからね!」
才人は、マリコルヌを促すと妙に浮かれた足取りで歩き出した。
マリコルヌや騎士隊の面々は、首を捻りながら才人の後を追い掛けた。
ルイズは全とした顔でその背中を見送った。その顔が、次いで真っ赤になる。ワナワナワナと震えた後、ルイズはポケットから先程のノートを取り出した。そこにサラサラと、何事かを書き込む。再びそのノートをポケットに入れ、ルイズは歩き出した。
その夜……。
女子寮の部屋の中、シエスタの給仕でルイズと才人はワインを嗜んでいた。
嬉しそうな声で、シエスタが2人にワインを注ぎ乍なが何でも、“ガリア”のワイン品評会で2等賞に輝いた逸品なんですって。名前は忘れちゃいましたけど……」
しかし、才人とルイズは黙々とワインを傾けるばかりである。
シエスタは、そんな2人を怪訝な面持ちで見詰めた。
“アルビオン”から帰って来てからというモノ、2人はこの調子なのである。御互い、殆ど口を利かないのであった。何か怒ったかのように黙りこくり、目も合わせようとしないのである。
それにルイズは、夜中になるとどこかに行ってしまうのである。目の下に隈を作って帰って来るのだが、その剣幕から、シエスタは何も訊くことができないていた。才人に相談すると、「ルイズなりに色々考えることがるんじゃないカナ」などと、妙に浮かれた答えが返って来るばかりである。
2人の様子と態度の意味が、シエスタには全く理解できなかった。
そんな雰囲気が嫌でシエスタはわざわざワインを貰って来たのだが……良い御酒も雰囲気の緩和には余り効果はない様子である。
「じゃあそろそろ寝ますか」
シエスタはベッドを用意すると、2人を促した。
今日は、ルイズは夜中の散歩には出掛けないようである。
モソモソと、才人とルイズはベッドに入る。御互い背を向けて、2人は丸った。
シエスタは寝間着へと着替えると、才人の隣にチョコンと滑り込む。
ソロソロと才人の肩に頬を乗せようとしたのだが……シエスタは妙なオーラに気付いた。
そのオーラは、ルイズの背中から発せられているのであった。
ドヨンドヨン……とそのオーラはルイズの背中で淀み、蠢き、シエスタを圧迫するのであった。
シエスタは才人に伸ばした手を引っ込めた。何故か、そうしないといけない気がしたためである。
才人の肩に頬を預けようかどうかと暫く迷った後……昼間の疲れなどがドッと身体を襲い……シエスタは寝息を立て始めた。
シエスタが眠りに就くと、ルイズの身体が動き始める。クルリと回転し、才人の方を向いた。
才人も起きていたようり、横目でそんなルイズを見詰める。
ボソリと、怒りを通り越した声でルイズは呟く。
「何で昼間は無視するのよ~~~? というか最近、ずっとそんな感じじゃない~~~。何なのよ~~~?」
色々と尋ねたいことがあったルイズで在るが、深い質問では出来ないでいた。取り敢えず昼間の態度から攻めることにしたのであった。
涼しい声で、才人は言った。
「え? 御前が無視するからだろ?」
「こ、こういう時は、そっちから話し掛けて来るのが当たり前じゃない!」
すると才人は微笑を浮かべてルイズに言った。何だか温い、微笑であるといえるだろう。
「勝手な理屈捏ねるなヨ。我儘さんだなルイズは。明日も早いんだ。ほら寝るぞ」
才人は目を瞑ると、シエスタの方を向こうとした。
するとルイズは、フニャッと顔を崩し、毛布の中でジタバタと暴れ始めた。何だか、とても悲しくなってしまったのである。
「そっち向いちゃ駄目」
そしてルイズは、才人の袖をツイツイと引っ張った。
しかし、釣れない態度で才人は言った。
「御休み」
「こ、こっち向きなさいよね!」
しかし、才人はシエスタの方を向いたままである。
「良いもん。そんな“使い魔”知ら無い!」
ルイズは毛布を引っ冠る。しかし……直ぐに気になってしまったのだろう。再びコッソリと様子を窺うかのように毛布から顔を半分だけ出した。
それでも、才人の背中は依然シエスタへと向けられたままである。
ルイズは半泣きになってしまい、悔しそうに、う゛~~~、う゛~~~、と唸った。
然し、やはりどうにもこうにも才人が振り向くことはない。
そのうちに、才人もまた寝息を立て始めた。
ルイズは、ワナワナと震えた。
ルイズは、(何なのよ!? この1週間のこいつの態度、何な訳? “フネ”の中であれだけのことしといて、この掌返したような態度は何? 信じられない!)と想い、毛布の中で怒りをグルグルと回転させた。
しばらくルイズは毛布の中でジタバタと小刻みに暴れ……(いっつも“好き”だって言ってなかった? もしかしてあれ嘘なの? “アルビオン”での“フネ”のこと、もしかして一時の気の迷いとか?)と不安を覚えたが……当然どうにもなるはずもない。
だが、ルイズには何となく想い当たる節があった。
才人はいつも「好き好き」とルイズに言っているのだが……ルイズは自身の気持ちをしっかりと伝えていないことである。
ルイズは、(でも、でもでも、仕方無いじゃない! サイトが帰る時に、気持ちを伝えるって決めたんだもの! だからこそ、早い所帰る方法を探しに行きたいのに、この馬鹿ときたらズルズルといついてる。まあ、何となくその理由も理解るけど……)と想った。
“虚無の担い手”であるルイズは、“ガリア”に狙われている。
タバサと、彼女の母の問題も解決していない。
“聖杯戦争”の最中である。
それ等を放り出して帰ることは、才人の責任感が赦さないのであろう。
“ガンダールヴ”や“シールダー”として与えられた此方にいるための理由としての、偽りの責任感などではなく、才人個人の責任感として……。
また、(でも、こっちにいるならいるで、もう少し優しくしてよね。と言うか放ったらかしってどゆ事? 何が桃髪能天気よ! 好きで桃色なんじゃないわよ!)、とこの前の才人が口にした台詞などを始め色々なことが次々と頭の中で蘇り、ルイズは混乱と怒りで震えた。こうなってしまうと、言われた言葉や、以前の態度が脳裏に蘇り、更にルイズを苛立たせてしまうのであった。
そんな苛立ちの中で、ルイズは徐々に不安を感じ始める。
1番間抜けであるといえるだろうことは……そんな風にルイズが(帰る方法を見付けてから気持ちを伝える)と決めたは良いが、その前に才人の気が変わってしまうかもしれないということである。
もしルイズではなく、他の女の子に惹かれて、「やっぱこっちにいる」などと言い出されてしまう可能性だってあるのだから。
ルイズの頭の中で、数々の魅力的な女の子達の姿が順番に浮かび上がり、(姫様は、どうやら一時の気の迷いだったらしいけど……まだ私とサイトの近くには、油断ならない女の子が沢山いるわ。シオンは大丈夫でしょ。警戒すべきなのは、そこで寝ている健気なシエスタね。どうやらサイトに尽くす積りの小さなタバサ。でも何より、警戒しなくちゃいけないのは……)と考えた。
ルイズの脳裏に、昼間の出来事が蘇る。“アルビオン”から連れ帰って来た、金髪の妖精の姿が瞼の裏に浮かぶ。
彼女の取り巻きの中に、才人が入らない、などという保証はどこにもないのである。
才人は、ルイズの事を「好き好き」と言うが、どれだけ気紛れな性格をしているのか、側にいるルイズは良く理解していた。
ルイズは、(そうよ。こいつ、いっつも大きい娘見てたじゃない)といった不安を覚え、もうどうにもならなくなってしまった。
ルイズは、(ううん、私より小さなタバサだって怪しいわ。“ルイズより小さい! それって最高!” 何て言い出して夢中になるやも限らないもの。帰る方法を捜す前にそんな事態が訪れてしまったら? 自分の気持ちを伝える前に、サイトの気持ちが変わってしまったら? “聖杯戦争”中に、“ガリア”側の“サーヴァント”達に殺されてしまったら? 私は“ハルケギニア”一番の間抜けとして歴史に名を残すかもしれないわ)と考え、考えれば考えるほどに頭が混乱して行く。そのうちに、ルイズは考え疲れ……睡魔の誘惑に抗いきれなくなり……寝息を立て始めた。
ルイズが眠ったことに気付くと、才人は目を開いた。
ホントに寝たのかどうかを確かめるために、才人はルイズの鼻をチョンチョンと突く。
くか~~~、と可愛らしい寝息が響く。
どうやら、ルイズはきちんと寝ているようである。
才人は心の中で、凱歌を上げた。それから、(ルイズの扱いは猫のそれに近い、と判断した自分は間違ってなかったんだ。こっちが近付くと、ルイズは調子の乗る。そりゃもう、天を衝くくらいに能天気に調子に乗る。熱っぽく見て上げている俺を見詰め、“嫌だ。可愛いって罪ね!”くらいのことを平気でのたまう。でも……ほら、この様にちょっと冷たくしたらどうだ? 先ず、こっちの反応を窺うために離れる。夜の散歩がそうだ。それでも追い掛けないでいると……不安気にこっちの様子を窺い、しかる後に近付いて来る。ああ、ぴったしじゃねえか。凄え。天才だ俺……)と想った。
それから才人は、(そう。余裕が大事なんだよ。余裕こそが、ルイズのみたいな、自分が世界の中心と想ってる女の子を振り向かせるのだ)と強く心に言い聞かせた。
次いで才人は、(でも、こうやって寝顔を見てると、ルイズはホントに可愛い)と想った。
スッと伸びた鼻筋……長い睫毛が被さった、閉じられた目の形……小さくて、僅かにポテッとした唇。
思わず唇に自身のそれを近付けようとして……才人は首を横に振り、留まる。
そして才人は、(まだだヨ。まだなんだヨ。もうちょっとで、ルイズは完全に転ぶ。今、手を出してみろ)、と自身に言い聞かせた。
才人の頭に、勝ち誇ったルイズの顔が浮かび上がり、(“嫌なもぐら! やっぱり私に触りたいのね! どうしようっかな? ああそうだ! 触りたかったら私のこと、一冊の本になるくらい褒めてよね。じゃないと何もして上げなーい。なーい”、くらい平気で言い放つだろうな)と想像した。
負けて溜まるか、と才人は己の右手首を握り締め、(我慢だ才人。勝利の甘い果実は直ぐそこだぜ? ここで誘惑に負けたら、今までの……“アルビオン”から帰って来てからこっちの努力が、全て水の泡じゃねえか)と考えた。
がしかし、どうにもこうにも才人は、ルイズが可愛らしく想えて仕方がないのであった。
才人は、唇を伸ばし、引っ込め、手を伸ばし、引っ込め、を繰り返す。
すると、才人は後ろから声が掛けられた。
「何をしてるんですか?」
シエスタの声で在った。
才人が振り返ると、シエスタはニコニコと笑みを浮かべている。
「お、起きてたの?」
「何かガサゴソ音がするもんですから。起きちゃいました」
ニコッとシエスタは笑った。
「ご、御免……」
と、才人が言うと、シエスタは首を横に振った。
「帰る方法。探しに行かないんですか?」
いきなりの言葉に、才人はギョッとした。
「……え?」
「ミス・ヴァリエールがいつも仰ってるんです。“あの馬鹿、全くいつになったら帰る方法探しに行くのよ?”って」
ポリポリと才人は頭を掻いた。
「そりゃ帰りたいさ」
「じゃあどうして?」
グイッと、シエスタは才人へと身体を近付ける。
「世話になった人達の問題が解決してない。放っ放り出したら、後味が悪い」
才人が真面目な声でそう言うと、シエスタは微笑んだ。
「やっぱりサイトさんは、私が決めたサイトさんだわ」
「へ?」
シエスタに真顔でそのようなことを言われて、才人は思わず赤面した。
「でもいつか……サイトさん達は帰っちゃうんですよね。そうなったら御別れなんですか?」
急にシンミリとした空気が、2人の間を覆う。
「それは……」
「私、嫌ですからね。そんなの」
才人は黙ってしまった。それから、(もし、帰る方法が見付かったとして……俺は素直に、こっちの人達と御別れできるのか? ルイズと御別れできるんだろうか?)、と考える。
そう考えてしまうと、帰る方法を探すにしにも、才人は余り積極的な気分になれなくなって来るのであった。帰りたい。が、ルイズ達と別れたくないのである。
そんな矛盾する2つの希望の間で、才人は揺れてしまっているのである。
才人が考え始めると、シエスタはニッコリと笑った。
「あまり難しく考える必要はないんじゃないですか? その時が来たらその時考えれば良いんです」
シエスタにそのように言われ……才人は“アルビオン”から帰って来て以来、何か胸の中で渦巻いていたモヤモヤが晴れて行く気がした。
「シエスタ、頭良いな」
そうだな、と才人は想った。そして、(そのうち、きちんと答えは出るだろうしな。今は眼の前のことだけ考えよう)と想った。
「兎に角今を楽しまないのは、損です。だから一杯楽しみましょうね。その御手伝いなら幾らでもしますから!」
ガバッと、シエスタは才人に抱き着いた。
柔らかな胸を押し付けられ、才人はそれだけで悶絶しそうになってしまう。
シエスタは熱っぽい目で才人を見上げると、積極的に唇を押し付けた。
「ちょ、ちょっと……」
「しっ……ミス・ヴァリエールが起きちゃいますよ?」
悪戯っぽい笑みを浮かべ、シエスタが言った。軽く唇を才人に押し付けると、シエスタは才人を熱っぽく見詰めた。
「楽しむのは良いですけど、他の女の子とこういうことしちゃ駄目ですからね」
「う、うん」
「ミス・ヴァリエールはまあ、しょうがないですけど。例えば、そう、サイトさん達が“アルビオン”から連れて来た方とか」
「テファ? まさか! 友達だよ」
「こっちがそう思ってても、向こうがそう想ってないことだってあるんですから」
シエスタにそのようなことを言われ、才人はギョッとした。
「ど、どういう意味?」
しかしシエスタは答えない。
シエスタは毛布を冠ると、「御休みなさい」と言って目を瞑った。
「シエスタ、ちょっと。さっきの……ぐえっ!?」
頭に衝撃が奔り、才人は恐る恐る振り返った。
「ふが……」
ルイズが、両腕を大きく広げて寝息を立てている。どうやら寝惚けて、才人の頭を叩いたようである。
才人は唇に手をやり、それから叩かれた頭を擦った。それから困ったように口をへの字曲げながら、ルイズの布団を掛け直してやった。
両腕を頭の後ろで枕にして、才人は目を瞑る。
シエスタの先程の言葉で、ティファニアのことが才人の脳裏に浮かんだ。(そういや、“アルビオン”からいきなり外国に連れて来られて、困っていないだろうか? 昼間の様子を見るに、そんなに心配することもないのかな? かなりの人気者になってるみたいだし……話し掛けようと 思っても、取り巻きが多くてそれどころじゃないしな。夜、寮の部屋を訪ねても良いけど、1人になりたい時間もあるだろうし。それに……)とも考える。
ティファニアには秘密が多過ぎるのである。
その秘密を知られちゃいけないと考え、接触を控えていた部分が才人にはあった。とてつもない手柄を立てて“平民”から“貴族”になった才人は、良くも悪くもここでは有名人なのである。そんな才人と親しげにしていることで、余計に(あの娘何者?)、と勘繰られてしまう可能性があるためだ。
だが、(そろそろ様子を尋ねに行こう)と才人は想った。
殆どあの“ウエストウッド村”しか知らなかったであろうティファニアにとって、行き成り外国で暮らす、ということはかなりのストレスであることにちがいはないだろうことは簡単に判る。幾ら本人が(外の世界を見てみたい)と望んでいたからといっても、ストレスを感じ溜めてしまうことには変わりはないのである。
実際に、それを経験している才人には、十二分にそれを理解することができていた。
才人は、(明日辺りに、ティファニアと話してみよう)と考えながら、眠りの世界へと旅立って行った。
「報告は以上になります」
「有り難う、ホーキンス将軍。こんな夜遅くまでごめんね」
「いえ。陛下が働かれておられるのに、私が休む訳にも参りますまい」
“アルビオン”、“王都ロンディニウム”にある“王城ハヴィランド宮殿”。
その会議室にて、シオンはホーキンスからの報告を受けていた。今日の分の終了した仕事内容や出来事……詰まり、シオンが“トリステイン魔法学院”にいる間に起きていたことと彼を始め士官達がシオン不在の時にこなしたことなどである。
「“学院”での方は、どうですかな?」
「ええ。充実してるよ。これも、皆が頑張っくれているからだね。感謝してもし切れないよ」
シオンは柔らかな笑みを浮かべ、傅くホーキンスへと礼の言葉を口にする。
シオンのその言動に、ホーキンスは更に畏まった様子を見せる。が、疲れが吹き飛んだかのように、どこか楽になったかの様子を、ホーキンスは見せる。
「あれの、開発、量産はどこまで進んでる?」
「万事滞りなく。予定通りです。しかし……セイヴァー殿には、驚かされてばかりですな」
「あ、はは……」
シオンは苦笑を浮かべる。
シオンはホーキンスに心を許すことができているのだが、それでもやはり“聖杯戦争”などに関することはまだ話すことができていない。
ホーキンスの方も、シオンが何かを隠しているということ気付いてはいるのだが、わざわざ気付いていない振りをしてくれている。
そんな2人であるが、そういったことがありながらも関係が壊れることや崩れることはない。互いが互いを気遣い、想い遣り、信用し、信頼することができているためであろう。
「ホーキンス将軍」
「何で御座いましょうか?」
「私が、巷では、民達からどう呼ばれているか知ってる?」
「…………」
いつかアンリエッタとマザリーニが交わした会話に似た内容を、シオンは口にする。
「“傀儡女王”なんて呼ばれてるみたい……でもね、それと同時に、セイヴァーと合わせてだけど、“稀代の発明王”やら呼ばれてもいるみたい……アンと合わせて“ハルケギニアの二大華”なんていう風にも呼ばれたり……貴男は、私の事をどう想ってる?」
「そうですね……優れた知恵、そして人を見る眼や判断力などを御持ちの方だと」
「そっか……変なこと訊いて御免ね。今日の仕事はもう終わり。ユックリ休んでね。私もしっかりと休むから」
ホーキンスの言葉を聞いて、(私は、そんな大層な人間じゃないよ。過大評価も良いところだよ……)と想い、シオンはまたも苦笑を浮かべた。
「理解りました。陛下も、十分に御休み下さいませ。では、失礼いたします」
ホーキンスは、礼をして退出をした。