ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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白の国からの編入生 中編

 “魔法学院”の朝は、寮塔から本塔にある食堂へと向かう女子生徒達が見え始めることから始まる。

 男子寮は本塔にあるために、男子生徒達は本塔にやって来る女子生徒達を、食堂の中2階に張り出されたバルコニーから眺めながら、朝食のメニューを噂し合うのである。

 才人はバルコニーに肘を突き、ギーシュやマリコルヌとそんな様子をボンヤリと眺めていた。

 女子生徒達の中に、ティファニアを見付けた才人は彼女へと手を振った。

 ティファニアも気付いた様子を見せ、才人へと手を振り返す。

 ギーシュが、才人に尋ねた。

「あんな魔法兵器を見て、君は良く冷静でいられるな」

「御前達が可怪しいんだよ。胸ムネむねって。おっぱい星人かよ」

「あんなモノを見てしまったら、そりゃ聖人にもなるさ」

 ギーシュはそれから才人を、心配そうに見詰めた。

「何だよ?」

「君……もしかしてまだ、ルイズの“魔法”が抜け切っていないじゃないのかね? もしかして、今度は“使い魔”だからルイズしか見えなっているとか? そういうことはないかね?」

 マリコルヌも、才人へと疑わしそうな視線を向けた。

「そうそう。ルイズの“魔法”何か知らないけど、変だよサイト。こないだ、僕達に付き合ってくれなかったしな。折角本物かどうか確かめるチャンスだったのに……」

 2人の低能は、顔を見合わせて、うむ、と首肯き合う。

「馬鹿言うなよ。良いか、御前達に1つ教育してやる」

 才人は得意げに腕を組んだ。

「是非とも頼む」

「ええと、例えば、俺達は犬だとする」

「犬なんて嫌だよ」

「同意だ」

「例えばの話だっつの。良いか、俺達は犬で、骨を咥えているとする。一生懸命になって、手に入れた骨だ。そこで新しい骨を見付けた。さあどうする?」

 ギーシュが、隙かさず答えた。

「拾う」

「馬鹿。今まで咥えていた骨はどうするんだ? 落っこちちゃうだろ?」

 ギーシュは、はっ! とした顔になった。

「詰まり、君の言いたいことはこうだな? 今まで咥えていた骨はモンモランシー。道端に落ちている骨は、あの胸が可怪しいティファニア穣や、女王陛下、そして1年のシゲルのクラスのマリアンヌ、同じく1年生の巻き毛が眩しいマルゴー……」

「御前はいつの間にそんなチェックしてんだよ? まあ、兎に角そういうことだな。2つの骨を咥えることは、人間には無理なんだよ」

 才人は理解ったように首を縦に振った。

「詰まり、君はもう骨を咥えるている、ということなんだな?」

「ああ。咥えている骨、怒っちゃうだろ。そういう態度を見せないことが何より大事なのさ」

「ということは、君……」

 ギーシュがニヤッと笑みを浮かべ、才人の横腹を突いた。

「ルイズをもう、きちんとその口で咥えたのかい? その時の様子を、微に入り細に入り。語り給えよ」

 才人は首を横に振った。しかし、何故か自信たっぷりな様子を見せる。

「まだだ。しかし……時間の問題だな」

「あのじゃじゃ馬を、よくもまあ手懐けたもんだな!」

「ちょっと冷たくしてみたら……」

 才人は手を広げて、空を仰いだ。詰まり、調子に乗っているのであった。

「し、しし、尻尾振って来やがったぜぇ。ちくしょう、今まで散々調子に乗りやがってぇ……見てろよ……俺が味わった屈辱を何倍にもして返してやるぜぇ……」

 空を見上げ、ワナワナと震えながら才人は拳を握り締めた。

 そんな才人をギーシュは頼もしげに見詰める。

「いやぁ、それでこそ副隊長。そうだよ、女の子に馬鹿にされっ放しじゃ、“貴族”はやってられないよなぁ」

「“貴族”は兎も角、そのくらいしても罰は当たらないと想う。今までの態度をかんがみるに、な」

「なあ、君」

 そんな才人に、ギーシュは目を細めて言った。

「ん?」

「こないだから、ずっと想っていたんだが……」

「何だよ?」

 このような馬鹿話をしている時であるというのに、ギーシュのそれは妙に真面目な口調である。

「こっちにずっといたらどうだ?」

「へ?」

 それからギーシュは、少し恥ずかしそうに顔を伏せた。

「何と言うかね……君達のいた国はどうか知らないが、こっちにだって可愛い女の子はいるし……“貴族”にだってなれたじゃないか。もしルイズに放り出されるようなことがあったら、僕の領地に来れば良い。君1人くらい、養ってやるぜ」

 いきなりそのようなことを言われて、才人は照れ臭くなった。その照れを誤魔化すために、才人は横を向いて言った。

「どういう風の吹き回しだよ。御前がそんなこと言うなんて」

「う、煩い! 良いじゃないかね!」

 ギーシュも横を向いた。

 才人は空を仰ぎ、(こっちの世界でずっと暮らす、かぁ……ルイズの“魔法”によるものかどうかはしらねえけど、こっちの世界で何か自分に出来ることを探す、なんていう呪縛から解放されて、里心に目覚めた俺だ。やはり、家族の絆は断ち難いよなあ。でも、今のギーシュの発言で、心に芽生えた気持ちは何々だ?)と考えた。

 才人のその気持ちは、ルイズへの思慕とは、また違った感情であった。照れ臭いだけではなく、何だか心地好いといえる、妙な気分といえるだろう。

 そんな才人を見詰め、ポツリとマリコルヌが呟いた。

「ねえ副隊長」

「ん? 何だよ?」

 我に返った才人は、マリコルヌの方を向いた。

「咥える骨がない子は、どうするの?」

 淡々と、マリコルヌは尋ねた。

 才人とギーシュは顔を見合わせる。それから2人は宥める様な笑みを浮かべた。

「ど、どうしたら良いんだろうな?」

「教えてよ」

 聖職者であるかのような、慈愛に満ちた笑顔でマリコルヌは尋ねた。

 ギーシュが誤魔化すように、2人を促した。

「さて諸君! そろそろレディ達が席に着き、朝食が並ぶ時間だ! 食堂に戻ろう!」

「そうだな!」

 才人もわざとらしく首肯く。

「教えてよ。太陽さん」

 食堂へと消える2人を尻目に、マリコルヌは太陽を仰いで言った。

 

 

 

 “魔法学院”では朝食の後、1回の授業を挟んで、30分の休み時間が設けられている。

 その休み時間、1年生のソーンのクラスでは、金髪の妖精が肘を突いて物憂げに溜息を吐いていた。

 ティファニアである。

 ティファニアは、(こうやって外の世界に出られたのは良いけれど……何だか倒れちゃいそうだわ)と心の中でそんな言葉を呟く。

 そういった疲労は、今日に始まったことではなかった。

 才人達の手引きで“トリスタニア”へと到着した後、様々な出来事が僅か1日2日の間に起こり……ティファニアは初日から疲れて死にそうになってしまったのであった。

 出国手続き、入国手続き、枢機卿であるマザリーニと大后陛下で在るマリアンヌへの目通り……しかしティファニアの従姉妹に当たるアンリエッタ女王陛下への目通りは叶わなかった。アンリエッタは、“ロマリア”へ親善訪問に出掛けた後で不在だったためである。

 ティファニアにとって1番辛かったといえるのは、親代わりとして接していた孤児達と別れる時であった。彼等は“トリスタニア”にある修道院に引き取られることになったのだが、やはり別れの瞬間は御互い泣いてしまったのでる。思わず「村に帰ろうか」と言ってしまったティファニアに、子供達は首を横に振った。「僕達なら平気だよ。心配しなで」と年長であるジムはそう言って目を擦り、笑ったのである。しかし、シンミリした御別れの時間はそれほど貰う事が出来なかったのであった。“トリスタニア”に到着したその日の内うちに、アニエスが率いる“銃士隊”に警護され、ティファニアは“魔法学院”へとやって来なければならなかったのである。それから、あらかじめ事情を聴かされていたオスマンに引き合わされ、ティファニアは寮の一室を与えられた。1日の休みを置いて、ティファニアはクラスメイト達に紹介された。

 それから10日が過ぎた。

 ティファニアにとって見るのも聞くのも全てが目新しく、毎日がそれまでの1年分と同じ密度を持っていたといえるだろう。

 “トリステイン魔法学院”は、“ウエストウッド村”とは全く環境が違う。子供達と森の小動物くらいしかいなかったであろう“ウエストウッド村”と違って、ここには年頃の“貴族”達が何百人もおり、それだけでティファニアは目が回りそうであったのだ。

 心労はそれだけで留まることはなかった。

 大人しい性格であるティファニアには、何方かというと、静かに学園生活を送りたかったのだが……幸か不幸か、彼女の容姿がそれを許すことはなかった。

 今の彼女の心を1番疲れさせるモノは……余り意識することのなかった自分の容姿が引き起こしてしまった結果と、その結果が生み出した逆恨みに近い要らぬ嫉妬であった。

 

 

 

 肘を突いて物憂げに溜息を吐くティファニアの周りには3人の男の子達が現れた。

 編入初日から、ティファニアに着き纏うようになった少年達である。

 3人の中で1番背の高い、そばかすが目立つ少年が、ティファニアの前で一礼する。

「ミス・ウエストウッド」

 育った村の名を、ティファニアは事情を知る皆と相談して仮の姓にしていた。

 随分と怪しい名前であるといえるのだが、詰まらぬことで家名を汚さないために仮の名を使う“貴族”は少なくないといえるだろう。正体は世を忍ぶ名門“貴族”だろうと当たりを付けたのだろう、ティファニアの名前をどうこう言う“貴族”はいなかった。また、女王であるシオンとも親しげな様子から、更に何かはあるだろうが触らぬ神に祟りなしと判断したのだろう。

 さて、そばかすが目立つ少年は、夢中になってティファニアを口説き始める。

「“白の国(アルビオン)”かれ来られたレディ。貴女の肌は、その御国の名前の様に白く透き通るようで……余りにも眩しくて目が灼けてしまいそうです! さて、何か御飲み物を御持ちしましょうか? 何なりとこのシャルロに御申し付け下さいませ」

 直ぐにもう1人が、シャルロと名乗った少年を押し退ける。

「いやいやいや! 是非とも僕に、その大役を任せてください!」

 たかが飲み物を運んで来るというだけであり、大役も何もないのだが、“トリステイン貴族”は押し並べてこのように物言いが大袈裟であるのだ。

 ティファニアは、少し困ったような笑みを浮かべ、手を振った。“魔法学院”にやって来てから、1番多様している仕草であった。

「有り難う。でも喉乾いてないから」

 努めて笑みを浮かべると、3人は切なそうに首を振った。

 シャルロなどは、眉間に皺を寄せて、その場に倒れ込むかのような雰囲気である。

「ではでは、午後になったら私と遠乗りなどいかがですかな?」

 1人の少年がそう言うと、今度は5人ばかりの集団が現れた。

「遠乗りなら僕も誘うぞ」

「僕もだ」

「いやいや、こは僕が……」

「僕の馬は、“アルビオン”の生まれですよ!」

「御好きな馬を仰ってください。速いのなら“メクレンブルク種”、疲れない馬なら“アルヴァン種”、勿論僕はどちらも持っております」

 8人に増えたティファニアの崇拝者達は、喧々囂々といった風に議論を始めた。議題は勿論、誰がティファニアを遠乗りに誘うのか、ということである。

 困り切ったティファニアは、冠った帽子の鍔を掴み、深く顔を埋めた。

「あの、日焼けするといけないから……遠乗りはちょっと」

 秘密を隠すための建前を使い、ティファニアは誘いを断ろうとした。しかし、墓穴を掘ってしまったようである。

 待ってましたと言わんばかりに、シャルロがにっこりと微笑んだ。

「そう想ってほら、僕は帽子を用意したよ。鍔広の、“トリスタニア”で流行の羽白帽子ですよ」

 見後な生地の、大きな白い帽子であった。ティファニアが冠った帽子よりも、鍔が2倍も広い。

「ほら、冠って御覧よ」

 シャルロはティファニアの帽子に手を伸ばした。

 咄嗟にティファニアは帽子を押さえ、首を横に振る。

「い、良い。有り難う」

 ティファニアは帽子を掴んだ儘、教室を飛び出して行ってしまった。

 後に残されたシャルロは、呆然と立ち尽くす。

「そんなに僕の帽子、気に入らなかったのかな?」

 周りの男子が、一斉にそんなシャルロを小突き回し始める。

「おいシャルロ! 御前の所為で、“金色の妖精”が機嫌を損ねてしまったじゃないか!」

 そんな騒ぎを遠巻きに見て居た女生徒の1人が、苦々し気に舌打ちをした。

 見事な長い金髪を左右に垂らした少女である。背は低めであるが、身に纏う高飛車な雰囲気が、辺りを圧迫している。青い、木の強そうな瞳が爛々と怒りに輝いているのが判るだろう。

 彼女は廊下へと消えたティファニアの背中に向かって、吐き捨てるように呟いた。

「殿方の扱いがなってないわね。まあ、田舎育ちのようだから、仕方がないのでしょうけど」

 金髪2つ括りの少女がそう呟くと、周りに居た取り巻きの少女達が一斉に首肯いた。

「そうですわそうですわ! その上、未だにベアトリス殿に御挨拶がないなんて! これだから田舎者は困りますわ!」

 ベアトリス殿下と呼ばれた金髪の少女は、得意げな笑みを浮かべた。

 ベアトリスは、ティファニアが来るまでの間、その生まれの高貴さと少し人目を惹く可愛らしい容姿で、1年生のクラスの人気を独り占めにしていた少女であった。しかし、ティファニアがやって来たことで、その天下は呆気無く終わってしまったのである。

 先程、ティファニアに纏わり付いていた少年達は、つい先日までベアトリスを神と崇めていた連中であった。

「田舎育ちかもしれないけれど、田舎者なんて言ったら失礼だわよ」

 人を小馬鹿にするような薄い笑みを浮かべながら、ベアトリスは言った。

「申し訳ありません! ベアトリス殿下!」

 褐色の髪の少女が、ペコペコと頭を下げる。

「ただ、私の生まれたクルデンホルフ大公家は、先々代の“フィリップ3世”陛下の叔母上の嫁ぎ先の当主様の御兄弟の直系であらされるんですもの!」

「“トリステイン王家”と血縁関係!」

 1人の少女がそう叫ぶと、残りの少女達が唱和する。

「“トリステイン王家”と血縁関係!」

「その上、クルデンホルフ大公国は、小国といえど列記とした独立国ですわ!」

 ベアトリスの母国、クルデンホルフ大公国は、功あって時の“トリステイン”王から大公領を賜った独立国である。いわゆる名目上の独立であり、軍事及び外交は他の地方“貴族”と同じく“王政府”に依存していたのだが。

 しかし名目上に過ぎぬとはいえ、独立国ということに変わりはない。ベアトリスも、礼式の上では、殿下とよばれてしかるべき一族の1人である。

「詰まり、私を蔑ろにするということは、“トリステイン王家”を蔑ろにするのと同義。彼女、“アルビオン”育ちの様だから、“大陸(ハルケギニア)”の事情に疎いのは無理からぬことだけれど、礼儀はきちんとわきまえないとね」

「殿下の仰る通りですわ!」

「さてさて、あの島国人に礼儀と言うモノを、教えて上げなくてはね」

 ベアトリスは、意地の悪い笑みを浮かべた。

 

 

 

 教室を出たティファニアは、帽子をキュッと両手で掴みなっがら、小走りで廊下を駆け抜けた。本塔を出て、中庭へと飛び出す。

 ティファニアは、余り人の来ない“ヴェストリの広場”までやって来ると、ふぅ、と溜息を吐いて“火の塔”の側にある噴水の縁へと腰掛ける。

 見てみたい、とずっと想っていた外の世界は、ティファニアの想像以上に騒がしく、ガサツで、勝手に家に上がり込む押し売りのようであるともいえた。

 ティファニアは、空を見上げた。

 ティファニアは、(この青い空だけは、“ウエストウッド村”と変らないのね)と思った。

 退屈であったかもしれないが、楽しく、穏やかであった日々……そんな日々を想い出し、不意に泣き出しそうになってしまい、ティファニアは帽子の鍔に深く顔を埋めた。

 ティファニアは、(あの子達は元気にやってるかしら? 私みたいに、心労と不安で押し潰されそうになっていないかしら?)といった心配とこれからの生活に対する不安が入り交じり、目から涙を零してしまった。

 ティファニアがそんな風に俯いて1人泣いていると、いきなり声を掛けられた。

「ミス・ウエストウッド?」

 ティファニアは顔を上げた。

 同じクラスの女生徒達が5人ばかり立って、ティファニアを見下ろしている。

 慌ててティファニアは立ち上がった。

「こ、こんにちは」

 褐色の髪の娘が、金髪2つ括りの少女に向けて紹介する様に手を伸ばし、ティファニアに尋ねた。

「貴女、こちらの方を御存知?」

 ティファニアは、(えと、誰だったろう?)と想い出そうとするのだが、同じクラスと判るだけであり、名前までは想い出すことができなかった。

「ご、ごめんなさい。御名前をまだ窺ってなかったわ」

 恥ずかしそうにティファニアがそう言うと、褐色の髪の娘の目が吊り上がる。

「貴女、こちらの御方をどなたと心得るの? 未だに御名前すらも御存知ないなんて! 本来なら編入初日に挨拶があってしかるべき御方よ」

「本当にごめんなさい。私、まだこっちに慣れてなくて……」

 眼の前の少女が怒っているということを理解し、ティファニアはしどろもどろになってしまった。

「良くってよ」

 金髪2つ括りの少女は、右側の髪房を掻き上げた。其の仕草に、獲物を追い詰める時の喜びが混じっているのが判るだろう。

 褐色の髪の少女が、そんな彼女をティファニアに紹介する。

「こちらの御方は、ベアトリス・イヴォンヌ・フォン・クルデンホルフ様にあらせられるわ」

 褐色の髪の少女は、(その名前でベアトリス様の凄さが理解るでしょ?)と言わんばかりの態度で、踏ん反り返る。まるで自身もまた大公家の娘であるかのような態度であるといえるだろう。

 しかしティファニアは、ずっと箱入り、また森の中で育ったため世情に疎い。クルデンホルフなどという、吹けば飛ぶだろう小国の名前など、知るはずもなかった。

 それでの機嫌を損ねては、と思い、ティファニアは一生懸命に笑顔を浮かべた。

「まあ、それはそれは。よろしくおねがいします。クルデンホルフさん」

 しばしの時間が流れた。

 ベアトリスのこめかみが引く付いた。

 褐色の少女が慌てて、ティファニアに詰め寄る。

「ミス・ウエストウッド!  クルデンホルフさんはないでしょう? 貴女の眼の前におられる御方は、クルデンホルフ大公国姫、ベアトリス殿下なんですのよ!」

「は、はぁ」

 ティファニアは当惑の表情を浮かべた。ティファニアはある意味、この世界のルールとは無縁に生きて来たのである。そういう意味では、“貴族”や階級制度に対する感覚は、異世界から“召喚”されてやって来た才人のそれに近いといえるだろう。

 それでも、大公国や殿下の意味は知っており、それがこの世界でどういう地位を築いて居おり、どういう扱いを受ける存在であるのかを、ティファニアは一応ではあるが理解していた。

 ただ、ティファニアは、まだそれを肌で実感するところまでは行っていなかったのである。詰まり、世の中には、呼び方1つでへそを曲げてしまう人種がいるということを、ティファニアは良く理解っていなかったのである。

 ティファニアは、(殿下?)と、いきなり飛び出して来た言葉に戸惑った。それから、(えと、ここは皆が平等に机を並べる学び舎ではないの? そんな尊称で呼び掛ける必要がどこにあるのかしら?)と疑問に想ったが、ティファニアは何せ新入りである。(取り敢えず相手の機嫌をこれ以上損ねては)とティファニアは素直に頭を下げた。

「ほんとうにごめんなさい。私、“アルビオン”の森の中で育ったものだから……大陸の事情に疎いの。失礼があったようなので、御詫びするわ。えと、殿下」

「それが殿下に御詫びを捧げる態度なの? 全く、マトモな社交も知らずに育って来たんでしょうね!」

「そんな娘を、この由緒正しい“トリステイン王国”へ留学させようだなんて! 親御さんの御顔を拝見したいものだわ!」

「……ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」

 ティファニアは何度もペコペコと頭を下げた。

 しかし、ぽっと出の田舎者である少女に、クラスの男子の人気を奪われてしまった女子生徒達の怒りが収まることはない。

「ミス・ウエストウッド。貴女、帽子を冠ったまま、謝罪する気なの?」

 褐色の髪の少女が、ニヤッと笑って言った。

「そうよそうよ! リゼットさんの言う通りだわ!」

 ティファニアは帽子を押さえた。

 この帽子を取る訳にはいかないのである。帽子を取ってしまえば、長い耳が露わになってしまうだろう。ティファニアに“エルフ”の血が交じっていることが知られてしまい、そうなってしまえば大変なことになってしまう事は明白である。

 ここを追い出されるだけでは済まないだろうことは簡単に想像できる。

 “ハルケギニア”の人間達が、どれだけ“エルフ”を嫌っているのか……ティファニアは知っており、理解もしていた。

 ティファニアは、顔から血の気が引いて行くような気がした。それから、(もし、見られたら……“虚無呪文”の“忘却”で記憶を奪えばいいのかしら? えと、いっぺんに5人も?)、と考えた。

 それ自体は不可能ではないといえるのだが、ここは小鳥と子供達しか居なかった森の中ではない。真っ昼間の“魔法学院”である。誰が見ているとも限らない。クラスメイトにそのような怪しい“魔法”を掛けたことを知られてしまうと、本当に追い出されてしまうかもしれないだろう。

 ティファニアは本当に困ってしまった。

 “エルフ”の血が混じっているということは隠し通さねばならないのだから。

 かといって、“忘却”を使うことも出来ない。

 そうなると、今のティファニアに出来ることは謝ることくらいであり、絶対にこの帽子を脱ぐ訳にはいかないのである。

「帽子、脱ぎなさいよ」

 ティファニアは首を横に振った。

「ごめんなさい。この帽子は脱げないの。脱いだら、その……」

「日焼けしてしまう、と言いたいのでしょ?」

「う、うん。そうなの。だから……」

 こくこくとティファニアは首肯いた。

「何も1日中外せと言ってる訳じゃないわ。ほんの数秒じゃない」

 それでもティファニアは帽子を押さえたまま動かない。

 業を煮やしたのだろう、リゼットを筆頭としたベアトリスの取り巻きの少女達は、ティファニアの帽子へと手を伸ばした。

「脱ぎなさいよ。ほら」

「ゆ、許して……御願い」

 帽子の鍔を掴んでの、小競り合いになった。

「おい、何やってんだ?」

 男の声がして、一同は振り返る。

 見ると、黒い髪の少年が驚いた顔で突っ立っていた。

「サイト!」

 まさに地獄で仏に会ったとでもいう様な表情を浮かべ、ティファニアは才人へと駆け寄った。その腕に寄り添い、恥ずかしそうに俯いた。

「おいどうした? 虐められてたのか?」

 ティファニアは答えない。

 才人は、ティファニアを取り囲んでいた5人程の女性グループを眺めた。

 彼女達は腕を組んで、(あんたに関係ないでしょ? あっち行きなさいよ)といった様子で才人を睨み付けている。

 そんなオーラを感じて、才人は震えた。

 才人は、“日本”にいた頃に通っていた高校の女子グループを、才人は想い出した。目立つ女の子がいると、このようにして徒党を組んで苛めるのである。

 ティファニアはとびっきりの容姿を持つ美少女であるために女子達の逆鱗に触れてしまったのだろう、その辺りの匙加減は“ハルケギニア”でも変わらないようだ、と才人は想った。

 才人は困ってしまったのだが、兎に角虐めを見過ごすということはできなかった。

 それに苛められてしまっていたのは、才人達が連れて来たティファニアである。責任というモノを、才人は感じたのである。彼女達に、今後このようなことをしないようにきちんと注意しなくてはいけない、と才人は口を開いた。

「御前達、ティファニアに何をしてるんだ? 寄って集って、卑怯だとは思わないのか? 君達、あー、それでも“貴族”か?」

 才人は、精一杯の威厳を込めて1年生の女子達に言った。

 紺色のマントを翻し、褐色の髪の少女が才人を冷たい目で見詰めた。

「御前達!? 御前達ですって! 皆さん聞きました?」

「聞きましたわ! 御前達、とは随分な言い草ですわね!」

 1年生の苛めっ子女子グループは、顔を見合わせてキャアキャアと喚き始めた。

 それを前にして、才人は頭痛を感じた。

「というか虐めちゃ駄目だろ。な?」

 恐る恐るそう才人が言ったら、リゼットが才人の言葉を無視して顔を近付けた。

「貴男、こちらの方を御存知?」

 リゼットはそう言って、彼女達の真ん中に立つ1番背の低い少女に向けて、手を差し伸べる。

 金髪を左右に分けて垂らし、得意気な様子で少女は踏ん反り返る。

「いや、全然」

 キョトンとして才人がそう言うと、女の子達は更に黄色い金切声を張り上げた。

「まあ! どこの田舎者かしら!? 彼女はベアトリス・イヴォンヌ・フォン・クルデンホルフ殿下にあらさえられるわ! 頭が高くってよ!」

 才人は困ったように頭を掻いた。

「いや、頭が高いと言われても……」

 ベアトリスと紹介された金髪2つ括りの少女は、才人を上から下迄ジロジロと眺め回した。それから、ふふん、と嘲笑うように、言った。

「あまりこの辺りでは見ない顔だけど、貴男“ハルケギニア”人?」

 “地球”人で在る。のだが、それを言う訳には行かないだろう。

 才人は、ゴニョゴニョと言葉を濁した。

「いや、俺はその、“ロバ・アル・カリ・イエ”から……」

 才人は、異世界人であるということを隠すために、“ロバ・アル・カリイエ(東方)”出身ということにしているのであった。ベアトリスは、目を細めて才人を見詰めた。それから、ああ、というように首肯いた。

「貴男、何だっけ……“水精霊騎士隊”のヒリガル・サイトンさんでしたっけ?」

 1年生の女子達は、まあ、と目を丸くした。

 110,000の軍勢と止めた2人のうちの1人である才人は、優れた剣士としてかなり名が知られているのであった。おまけに今や、近衛の副隊長である。

 女の子達は不安げに、顔を見合わせた。

 才人は胸を反らと,わざと威張った声で言った。

「そうだ。俺が“水精霊騎士隊”の副隊長、シュヴァリエ・ヒラガだ。女王陛下の近衛隊だぞ。頭が高い。ええい、頭が高―い」

 才人の今の気分は、すっかりかつて日本で見た時代劇のそれであった。

 しかしベアトリスは、臆した風もない。

「それがどうかなさいました? 近衛だろうが何だろうが、ただの騎士風情に下げる頭は持ってませんの」

 才人の顔が此処でようやく、(こいつ……こっちは近衛だってのにビビらねえ。もしかして、相当な偉いさん? やばい?)と青褪めた。

 そこに、また新たな声が掛けられる。

「おーいサイト。そこで何油を売ってるんだね? 放課後の訓練に使う藁人形の準備は出来たのかね?」

 近付いて来たのは、ギーシュとモンモランシーであった。

 才人は、(やった、形勢逆転だ!)とそちらを振り返ることなく、大声で怒鳴った。

「やあ隊長! 良いところに来たな! ちょっとこの1年生を叱ってやってくれよ。生まれがどうのこうので生意気言うんだよ」

「何だそれは! けしからんな!」

 勢い込んで、ギーシュが駆け寄って来る。

 才人は、心の中で凱歌を上げた。そして、(泣いてビビっても遅いぜ? ベアトリスとやら! 何せギーシュの家は、親父が元帥の名門グラモン家! その上、モンモランシ家も何やら由緒ある家系らしい。さて、“貴族”の御嬢さん。タイコーだか何だか知らねえが、本物の旧い“貴族”を前にして去勢を張れるもんなら張ってみやがれ)、と得意げに踏ん反り返った。

 しかし……近付くギーシュとモンモランシーを見ても、ベアトリスの表情や様子は変わらない。

 それこどろか、ベアトリスを見たギーシュの顔が、う、と青くなった。

 余裕たっぷりの態度で、ベアトリスは顎を持ち上げた。

「御久し振りですわ。ギーシュ殿」

「い、いやぁ……これはこれはは。クルデンホルフ姫殿下……」

「御父上は御元気?」

「は、はい。おかげさまで」

 様子が可怪しい、と才人は思い、額から冷や汗を流した。

 ギーシュは、先程までの威勢はどこへやら、妙にかしこまった態度である。

 モンモランシーも、気不味そうな様子を見せ、モジモジとしているではないか。

「おやおや、ミス・モンモンランシも御一緒じゃありませんこと? 私、今年からここで学ぶ事になりましたの。どうぞよろしく」

 下級生とは到底想えない態度で、ベアトリスは言い放った。

 ギーシュとモンモランシーは、そんなベアトリスに、ペコリと頭を下げた。

「こちらこそよろしく御願いします。何か困ったことがあったら、直ぐに御相談下さい」

「ところでギーシュ殿」

「は、はいっ!」

「騎士隊の隊長になられたのは御目出度い御出世だけど、部下の教育はきちんとしておいてくださらないこと? 礼儀を知らない騎士は、傭兵や夜盗と何ら変わりがありませんわ」

 そうベアトリスは澄ました態度で言った。

「何をしているの?」

 そこへ、そんな一行へとシオンが近付き言葉を掛ける。たまたまではなく、様子を窺っていたシオンが見かねたのであった。

「あら、貴女は?」

「シオン?」

「どうしたのって訊いてるんだけど……?」

 ベアトリスは声の方へと振り向き、女子グループもシオンを見やる。それから、女子グループの面々は、シオンの隣にいる俺へと視線を向けてキャアキャアと黄色い声を上げた。

「いえ、ただ、礼儀についてを説いていただけですわ。そこの彼女には、編入初日に挨拶はしっかりとするべきと、少しだけで良いから帽子を取ってみせてと言っていただけですの」

 シオンの質問に、ベアトリスは何でもないといった様子で答えた。

「聞いてくれよ、シオン。ちょっとこの1年生達を叱ってやってくれよ。生まれがどうのこうので生意気言うんだ。ギーシュもモンモランシーもこうだし……」

 そこで、才人がシオンへと、先程ギーシュに言ったことと同じ事を口にし、頼み込んで来た。

「そう……良い? ここは、学び舎なの。私達は皆学生で、ここでは生まれなどは基本関係ないわ。あるとしても、“貴族”か“平民”か、くらいのモノ……まあ、だからと言って笠に着るのは駄目だけど」

 シオンは出来得る限り、優しく、諭すように努めて女子グループへと説いた。

 しかし、やはりというか女子グループは気にした風もない。

「貴女、この御方がどなたか御存知? 彼女はベアトリス・イヴォンヌ・フォン・クルデンホルフ殿下にあらされるわ1 頭が高くってよ!」

 変わらない調子でリゼットが、同じ台詞をシオンと俺へと言って退ける。

 そして、ベアトリスを始め女子グループは勝ち誇った様子を見せる。

 が……。

 そんな彼女達を前に、シオンと俺、才人は顔を見合わせて苦笑を浮かべた。

 ギーシュとモンモランシーの2人は俯き、恐る恐る様子を窺って来ている。

「ええ、勿論知っているわ」

「成ら――」

「であれば、私と同じか、私の方が上の立場かしら」

「え?」

 ベアトリス達の言葉を遮り、シオンはただ静かに言った。

 そんなシオンの言動に、彼女達は目を見開く。

「今、何と仰いましたの?」

「私と同じか、私の方が上の立場か」

「今1度訊かせて頂きますわ。貴女、御名前は?」

「シオン。シオン・エフェット・アルディ・アルビオンと申しますわ。ベアトリス姫殿下」

 シオンは優雅に礼をする。

 そんなシオンの自己紹介に、ベアトリス達は顔を青くする。

 シオンは、現“アルビオン王国”女王陛下である。だが、女王として即位したのはついこの前といえ、また、即位及び戴冠式は、“アルビオン戦役”の終戦後に行われた“諸国会議”の際、それに参加して居た各国の王や代表者達だけの前でだけ行われ、その後に発表がされただけであるのだ。

 更に、かなり前――昔に遡る事に成るが、シオンがまだ幼い頃、前“アルビオン”王が治めていた時、既に“貴族”達の動向が怪しかったために、はあるが、ウェールズと仲が良いアンリエッタがいる“トリステイン”に住んでいたのである。

 そういったこともあり、シオンという少女が“アルビオン王国”の女王陛下であるということは知られているのだが、どういった少女であるのか、容姿などもあまり知られていないのであった。

「あ、貴女様が……シオン女王陛下……」

「ええ。よろしくね、ベアトリス姫殿下」

 ベアトリス達は、蛇に睨まれた蛙で在るかのように身体を固め、怯えた様子を見せ始める。先程とは大違いの態度である。

 何せ、先程ティファニアに言って退けた言葉が自分達に返って来たのである。そして、彼女等は、地続きではないことから“アルビオン”のことをあまり良くは想っていないが、仮にもシオンは女王である。

「兎に角っ! 良い事? せめて私がいる場所では、その見っともない帽子を御脱ぎなさいね。この私の前で帯帽するなんて、クルデンホルフ大公家に対する侮辱もはなはだしくってよ。で、では、失礼、いたしますわっ!  おほ! おほ! おっほっほ!」

 ベアトリスはそう言って、彼女とその取り巻き達は、慌てて逃げ出すかのようにしてこの場を去ろうとする。

 ベアトリス達は、俺の横を通り過ぎて行くのだが。

 そんなベアトリスへと、俺は彼女にしか聞こえない程度の声で一言だけ告げた。

「道化にならぬように気を付けることだ」

 ベアトリスは、シオンへと怯えた様子を見せながら、同時に俺へと怪訝な表情を浮かべ視線を向けて来る。が、直ぐにシオンへの感情の方が勝り、この場を去って行った。

 小さく手を振って見送るギーシュとモンモランシーに、才人は噛み付いた。

「おいおい! 隊長さん! モンモンさん! どうしたの!? 下級生に舐められちゃってるよ! シオンを見倣えよ!」

「いやぁ君、彼女は不味いよ」

「不味いわよ」

「御前等旧い家柄の名門“貴族”じゃなかったのかよ!?」

「確かに君の言う通り、グラモン家は代々“王家”に仕えて来た由緒ある家系で、爵位は兎も角格の上では大公家とはいえど、そうそう引けを取るモノではない」

「モンモランシ家も、そうね」

「じゃあ何でペコペコしてんだよ?」

「現実は歴史に勝る」

「へ?」

 ギーシュの言葉に、才人は間抜けな表情を浮かべ、シオンと俺は苦笑する。

「グラモン家は武名高い名門中の名門だが、何せ領地の経営に疎い」

 才人は、嫌な予感を覚えた。

「もしかして、彼奴の家から御金借りてるとか?」

 才人の確認といえる質問に対し、ギーシュは遠い目になり、モンモランシーも恥ずかしそうに顔を赤らめた。

 図星である。

「家も似たようなモノね」

 ギーシュは気を取り直すように、顎に手をやり首を振る。

「クルデンホルフ大公家は、何せ一国構えてしまうほどの大金持ちだからなあ。君も仲良くしておくに越したことはないよ」

「巫山戯んな。あんな厭な女と仲良くできるか」

「おいおい! 揉め事は御免だぜ! 彼女はおまけに、自前の親衛隊迄連れて来て、身辺を警護させてるんだ! ちょっと怒らせたら、彼等が飛んで来る!」

「何だそりゃ?」

「何だ、君は知らなかったのか。平和な性格してるな……」

 ギーシュは、才人とティファニアとモンモランシーを、正門の前まで引っ張って行った。

 シオンと俺は、一行に着いて行く。

「見給え」

 才人は目を丸くした。

 “魔法学院”の正門の前には、広大な草原が広がっている。

 いつの間にか拵えたのだろう、そこには幾つもの天幕が設けられている。

 天幕の上には、空を目指す“竜”の紋章が描かれている。

 天幕の周りには、大きな甲冑を着けた“風竜”が何匹も屯しているのである。

 口をポカンを開けた才人に、ギーシュが説明した。

「あれがクルデンホルフ大公国親衛隊“空中装甲騎士団(ルフト・パンツァーリッター)”だ」

 その名前に、才人は聞き覚えがあり、(ああ、先日、直食の席でケティ達が噂してた騎士団じゃねえか。下品でナンパされたとかなんとか。その時は全く気にも留めてなかったけど……そうか、あんなにいたのか……)と想った。

「先立っての“アルビオン戦役で”で、クルデンホルフ大公国は連合国にあの騎士団を参加させなかった。虎の子だからってね。再編成されつつあるとはいえ、“アルビオン竜騎士団”が壊滅した今となっちゃ、“ハルケギニア”最強の“竜騎士団”と言われているよ。でもまあ、そのうち“アルビオン竜騎士団”は再編されるだろうけどね。そうだろ?」

 ギーシュは才人達へと説明をして、シオンへと確認するかのように言った。

 “竜”はこうして見て居るだけでも、20匹はいることが判る。

 “タルブ”で、“アルビオン”で、戦った才人は“竜騎士”の実力を良く知っていた。あれ等は僅か数十匹で、何千人もの兵隊に匹敵する戦力単位であるといえるのだ。

 だが、今の才人は“サーヴァント”である。そのために、“竜”に対してはそれほど脅威を感じるということはなくなってしまっていた。

「む、娘が留学するくらいで騎士団をつけるかぁ?」

 才人は呆れた声で言った。

「金持ちの“貴族”というのは、兎に角見栄を張りたがるからな」

 ギーシュが、己の行状を棚に上げたて感想を述べた。

 才人はティファニアの方を向いた。

 心配そうに、ティファニアは才人とシオンと俺とを見詰めて来ていた。

「テファ、安心しろ。騎士団がなんぼのもんだっつの。俺があいつに改めて言ってやるよ。帽子くらいでガタガタ言うなって」

 ティファニアは、唇を噛んで首を横に振った。

「良いの。サイト達に迷惑が掛かったら大変だし……気持ちは嬉しいけれど、自分でなんとかするわ」

「サイト、ティファニア嬢の言う通りかもしれないぞ。僕達が口を出したら、それこそ立場が危うくなる」

「そうよ」

「おいおい、“ガリア”に乗り込んだ“英雄”の言葉とは想えないな。あの時に比べたら、大公家の姫なんて可愛いもんだろ」

「いやぁ、そうことは単純じゃない」

 ギーシュは、うむむ、と眉間に皺を寄せた。

「タバサを救いに行った時は、コッソリ隠れて侵入しただろ? 現に、この“学院”ではあの冒険を知る者は僕達以外にはいあいじゃないか。その上、“ガリア”からの公式の抗議がないから、陛下だって御目溢しくださったんだ」

「この“学院”で、外国の姫様を怒らせたら、流石に陛下だって目を瞑る訳にはいかないわ。貴男達、何せ近衛隊でしょ? 大公国の姫様を怒らせるなんて、言語道断よ」

 其処まで2人に言われて、才人は困ってしまい、シオンと俺を見て来る。

 そんな才人に、ティファニアがにっこりと笑い掛けた。

「有り難うサイト。気持ちだけでも嬉しいわ」

「……テファ」

「ホントに良いの。教室で帽子を冠ってる私が悪いの。やっぱり嘘は善くないわ」

 何かを決心した様子で、ティファニアは首肯いた。

「心配掛けて本当にごめんなさい」

 たたたた、と小走りでティファニアは駆けて行く。

 才人は心配そうに、風にたなびく金髪の少女を見守った。

 

 

 

 放課後、訓練も終わってルイズの部屋へと引き上げて来た才人は、ルイズに今日のことを相談した。

「ティファニア何だけどさ、クラスでどうやら虐められてるみたいなんだよね」

 ベッドに座って才人の話を聞いていたルイズは、「放っとくべきね」と首を振った。

「ぅてめえぇ! そりゃないだろ。クラスで虐めに遭ってるんだぜ。あの気弱なティファニア、そのうち虐め殺されちゃうよ。なあルイズ、御前の家、公爵家じゃねえか。生意気な苛めっ娘に一言言ってくれよ」

 しかし、それでもルイズは首を縦に振らない。

「私達が口を出すべき問題じゃないわ。ティファニアのクラスの問題じゃない。こんな事で、3年生の私達が口を出したら、余計にティファニアの立場が悪くなっちゃうわ」

 冷静に、ルイズは言った。

 だがそれでも、納得が行かない才人はなおも喰い下がる。

「確かに、御前の言う通りかもしれないけど……ティファニア、こっちで誰も頼れる人間がいないんだぜ。せめて俺達が助けてやらないと……」

「だからそれが余計な御世話だって言うの」

「余計な御世話だと!? 当然だろ! 俺達が連れて来たんだから!」

 才人はつい頭に血が昇ってしまい、語気を荒げてしまう。

「あのね、これからあの娘は“貴族”として、1人で生きて行かなくちゃいけないの。それこそ、誰にも頼らずにね。クラスでちょっとくらい意地悪されたからって参ってちゃ、“ハルケギニア”じゃ生きていけないわ。己に降り掛かる火の粉は己で払う。それが“貴族”よ」

 厳しい顔で、ルイズは言った。ティファニアを想ってこその、厳しさであるといえるだろう。

 だが才人は、そのルイズの顔を見て、1年前の事を想い出した。

 クラスで馬鹿にされていたルイズ。

 “ゼロ”と馬鹿にされ、シオン以外の友人が1人もいなかったルイズ。

 “貴族”のプライドを賭けて、“ゴーレム”に立ち向かって行ったルイズ……。

 才人は、(そんなルイズにしてみれば、今置かれたティファニアの立場なんて、全然大したことじゃないように想えるんだろうな)と受け取り考えた。

「それに……あの娘は私と同じ“虚無の担い手”なのよ。普通の“貴族”じゃいられない“運命”を背負ってるの。ホント、こんなことくらいで誰かに頼っていたら、そのうち、自分の力に押し潰されちゃうわ」

 才人は何も言い返す事が出来なくなってしまった。

 だがそれでも……。

 見ると、ルイズは眠そうにしている。

「御前なあ、人が真面目な話してるのに、寝るなよ」

「……誰の所為で寝不足だと想ってるのよ?」

「へ?」

 ルイズはツイッと顔を逸らすと、ベッドに潜ってしまった。

 取り付く島もなくなってしまい、才人は困ったように頭を掻いた。

 ベッドの中で、ルイズは顔を赤らめた。

 先程の自分の言動が、恥ずかしくなったのである。

 ルイズは、(どんな苛めっ娘だか知らないけど、一言言ってやればいいじゃないの。ティファニアの後見はラ・ヴァリエール公爵家だと言って、釘を刺してやれば良いのよ。確かにさっき渡しが言ったことは、正論よ。クラスで苛められたからって、一々助けて上げてたら、切りがないもの。“虚無の担い手”のティファニアは、望むと望まざるとに関わらず、危険を覚悟しなければならないの。意地悪なクラスメイト何か及びもつかない強大な敵に、いつなんどき狙われるとも限らないんだから)と考えたのであった。

だが……それだけではなかった。

 もう1つの想い、感情は嫉妬である。

 才人は最近、ルイズに対して冷たいのに対し、ティファニアのことになると夢中になってしまっているのである。

 そんな才人の態度に、ルイズは腹を立てたのであった。

 だが、勿論そのようなことを、ルイズは口に出すことはできない。

 そんな風に嫉妬してしまった自身の気持ちが赦せず、ルイズは布団の中で唇を噛んだ。それから、(嫉妬で、差し伸べるべき手を差し伸べないなんて、私……最低じゃない。こんな私だから、サイトは冷たくなっちゃったの?)とも考えた。

 考え始めるとキリがなくなって来て……眠気も飛んでしまったのだろう、ルイズは布団の中で、ポロポロと隠れて涙を隠すのであった。

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