ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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白の国からの編入生 後編

 翌日の1時限目。

 1年生のソーンのクラスでは、“土系統”の授業が始まろうとしていた。

 教鞭を執るのは、シュヴェルーズである。

 “赤土”の“二つ名”を持つ彼女は、名簿を開くと出席を取り始めた。

「ミス・ウエストウッド」

 ティファニアの名が呼ばれた。

 しかし、返事は無い。

「ミス・ウエストウッド?」

 もう1度、シュヴェルーズは繰り返した。

 だが、やはり返事はない。

 教室を見回しても、見慣れた帽子はどこにも見えない。

「ミス・ウエストウッドは欠席と……欠席の理由を知っている人はいますか?」

 教室の誰も答えない。

 1番後ろの席に座ったベアトリスと彼女の取り巻き達は、首を捻るシュヴェルーズを眺めながら、底意地の悪そうな笑みを浮かべた。

「ベアトリス殿下。あの娘、今日は御休みみたいですわ」

「帽子の代わりに、仮面でも用意してるんじゃなくって?」

 クスクス、と取り巻き達は面白くも無い冗談に、含み笑いを溢した。

「ミス・ウエストウッドの欠席の理由を知っている人は、いないのですか?」

 シュヴェルーズは繰り返し尋ねたのだが、やはり返事はない。

 シュヴェルーズは困ったように肩を揺らした。それから、(“アルビオン”から来たばかりで、色々と心労が溜まっているのかしら? それを相談出来る友人もまだ作れていないようね。大人しく、余り社交的とは言えない性格をしているみたいだから、友達を作るのが下手なんでしょうね。後で、ミス・エルディと相談して、様子を見に行こう)と想い、シュヴェルーズは授業の下準備を始めた。

「では皆さん。今日は先週に引き続き、“錬金”の授業を行います。先週は真鍮を作り出す授業を行いましたが……」

 そこまでシュヴェルーズが言った時、教室の扉がぎぃいいいい~~~、と開かれた。

 教室中の視線が一斉にそこへと集まる。

 立っていたのは……ティファニアであった。

「何よあの格好?」

 ベアトリスの取り巻きの1人が、感想を漏らす。

 確かにティファニアの格好は、ここにいる皆からすると妙だとしか言いようのないモノであった。

 “魔法学院”の制服ではなく……袖の部分が波打ち花弁のような形をした、砂色のローブをティファニアは着用に及んでいるのである。“ハルケギニア”では余り見ることがないデザインである。

 フードを深く冠ったまま、ティファニアは怖ず怖ずと教室へと入って来た。

「ミス・ウエストウッド。遅刻ですよ」

 ティファニアは何やら決心したように、胸の前でギュッと拳を握り締めている。

「制服はどうしたのですか? その巫山戯たローブを御脱ぎなさい。今は仮装パーティーの時間ではありませんよ」

「その変なローブ、帽子の代わりの積り? 何だか道化師みたいね!」

 リゼットが茶々を入れた。

 ティファニアに余り良い感情を持っていない女子達が、一斉に笑った。

 そんな笑いの中、ティファニアは口を開いた。

「こ、これは道化師のローブ何かじゃありません! 私の母が着ていたローブです!」

 ティファニアのその剣幕に、教室中がシーンと静まり返った。

 シュヴェルーズが、ティファニアへと近付き、そのローブをマジマジと眺めた。

「変わった造りですわね……この縫製の遣り方は、“砂漠の民”のそれに……ん? んん? んっ! こ、これは!」

 シュヴェルーズは、小さく震え出した。

「嘘でしょう? 貴女の母という御方は……もしや、エ、エエ、エ……」

 意を決した様子で、ティファニアはガバッとフードを脱いだ。

 その下から現れた長い耳を目にして、教室中が騒然と成った。

「“エルフ”!」

 1人の生徒が叫んだ。

 それを契機にして、生徒達はパニックに陥り、我先に席を立ち、ティファニアから離れた。

 シュヴェルーズは其の場で腰を抜かしてしまった。ヨタヨタと壁の方へと逃げようとするのだが、膨よかな其の身体を持て余してしまい、上手く動けないようである。

 おたおた、と四つん這いになって逃げようとするシュヴェルーズに、ティファニアは近付いた。

「ひぃ! お、御救け!」

「な、何もしません! 落ち着いて下さい!」

 それからティファニアは、昂然と顔を上げた。

 窓から射し込む陽の光が、ティファニアの青を眩いばかりに染め上げた。金髪がキラキラと輝き、まるで妖精の様に美しいティファニアの顔を彩る。

 古代の宗教画から抜け出して来たかのような、その神々しい姿に、生徒達は一瞬だけであるが、心打たれた。しかし、直ぐに長い耳を持つ彼女に恐怖を抱き、怯えた表情を浮かべた。

「皆さん、どうか怖がらずに聴いてください。私には、見ての通り、“エルフ”の血が流れています。でも、皆さんに危害を加えようと何てちっとも想っていません! それどころか、一緒に学びたいと考えて、“アルビオン”の森から出て来たのです!」

「ふざけないで!」

 リゼットが叫んだ。

 何人かの生徒達が、「そうよそうよ」と同調する。

 男子生徒達は、今まで崇めて来た分と恐怖が入り交じってしまい、どうして良いか理解らない様子である。

 シュヴェルーズは、まだに震えている。

 スッとベアトリスが立ち上がった。

 彼女のその顔は、怒りに震えている。

「皆さん! 騙されてはいけませんわ! “ハルケギニア”の歴史は、“エルフ”との抗争の歴史! どんな事情があろうが、彼女は我々の仇敵ですわ!」

 ティファニアは息を吸い込むと、震える声で叫んだ。

「確かに“エルフ”は、“ハルケギニア”の人々と対立して来たわ! でも私の父と母は違う! 父は母をとても“愛”していたし、母も父を“愛”していた! 私はこの身体に流れる母から貰った“エルフ”の血も、父から貰うた人間の血も“愛”している!」

「何よ貴女、ハーフなの? “エルフ”に魂を売った人間の娘? ただの“エルフ”選り性質(タチ)が悪いわ!」

 ティファニアの顔が蒼白になる。それから、小さく震え始める。生まれて初めての、強い怒りがティファニアの身体を包んでいた。

「父を侮辱しないで!」

 その時である。

 教室の窓硝子を破って、外から10人程の騎士が飛び込んで来た。

 教室中に再び生徒達の悲鳴が巻き起こる。

 たび重なる出来事にシュヴェルーズはとうとう気絶してしまった。

 騎士達は鈍い青色に光る甲冑を着用に及んでいる。兵隊でもあるまいし、甲冑を着込む“騎士団(メイジ)”は珍しいといえるだろう。ただ、唯一の例外を除いて……。

「“空中装甲騎士団(ルフト・パンツァーリッター)”!」

 生徒達は、“ハルケギニア”の最強の1つに数えられる騎士団を目にして、感嘆の呻きを上げた。

 隊長さと思しき男が、ベアトリスを守るようにして、ティファニアの前に立ち塞がる。次いで、腰から細身の“軍杖”を引き抜き、驚いた顔の“ハーフエルフ”に突き付けた。

「それ以上殿下に近寄るな」

 騎士達は爪先から頭のてっぺんまで訓練が行き届いた動きで、さささささ、と音も立てずにティファニアの周りを取り囲んだ。

 ティファニアは両腕で自分の身体を抱き締め、小さく震え始めた。

「動か無い方が良くってよ。その忌々しい耳を身体から離したくなかったからね。知ってるわ。貴女達“エルフ”は“先住魔法”が使えるんでしょ? 悪魔の“魔法”ね。“杖”を使わずに唱えられるなんて!」

「わ、私は“先住魔法”は使えないわ。ホントよ。それに“先住魔法”は悪魔の“魔法”なんかじゃない。母様が言ってた。“どの魔法も同じだ”って。“使う人の心掛けが、“魔法”を陽光にも闇にも変える”んだって」

「御黙り。誰が“エルフ”の混じり者の言葉なんか信じるっていうの?」

「でも、私……皆と仲良くしたいの! 信じてって言うのは難しいかもしれない。でも……」

「ふん。皆と仲良くしたい、と言うのなら、貴女は薄汚い“砂漠の悪魔”じゃなく、私達と同じ神を信じていると解釈して良いのね?」

 ベアトリスが、(まさかそんなことはないでしょう?)とでもいうような勝ち誇った様子で言った。

「“アルビオン”にいた頃は、毎週祭壇に御祈りを捧げていたわ。母がそうしていたから。本心から信仰を捧げているかどうかは、私には理解らない。でも、皆と仲良くできるのなら、私も信じることにする」

「では貴女に、それを証明して頂きましょう」

「証明?」

 ベアトリスは、これはチャンスだ、と言わんばかりの態度で言い放った。

「そうよ。そうね、あのね、そう! 異端審問を受けて頂きましょうか! 私は“始祖ブリミル”の敬虔成る下僕。洗礼を受けた日に、“宗教庁”からクルデンホルフ司教の肩書も頂いているの。異端審問を行う権利は、十分に持っていてよ」

 異端審問。

 その言葉で、教室がざわついた。

 

 

 

 丁度同じ頃……。

 3年生のクラスで、才人はどうしたものかと机に肘を突いて考え込んでいた。

 隣にルイズはいない。「何だか気分悪いから」、と言って授業を休んでしまったのである。

 しかし、才人が心配しているのは、そのことではなかった。

 ティファニアのことである。

 才人は、(今頃、苛められてないだろうな……?)と心配になってしまい、仕方がないのである。

 才人は、昔、噂に聞いた女子の苛めを想い出した。

 茶巾絞り、という技がある。

 スカートの裾を持ち上げて、頭の上で絞るのである。

 才人は、(い、苛めってホント善くねえ……テファにそんなことされたら俺……)と頭の中で想像をした。それから鼻を押さえた。ツゥッと自然に、ナチュラルに鼻血が流れてしまったのである。

 その時である。

 パリーン! と階下の教室から、窓硝子の割れる音が響いた。

 教室が騒然となる。

 何だ何だ? と何人かの生徒達が窓へと近付いた。

 外では、胸鎧と兜を装着した“風竜”が、何匹も乱舞している。

「あれは、クルデンホルフの姫君が連れて来た“竜騎士隊”じゃないか」

 1人の生徒が言った。

 天幕に翻っていた旗と同じ紋章が兜に光っているのが見える。

 才人が外の様子を見ていると、階下の窓から何人もの騎士が飛び出して来て、“竜”に跨った。そして、1人の騎士がティファニアを抱えている姿を見付け、才人は目を丸くした。

「テファ!」

 “竜”はバッサバッサと羽撃き、天幕の所までと飛び去った。

 才人は、考えることもせず駆け出した。

 その後に、退屈な授業に飽き飽きしていた生徒達が続く。彼等は、三度の飯より、酒より、揉め事が大好きなのである。

 

 

 

 ティファニアは、“魔法学院”の外の草原に設けられた天幕の前の地面へと乱暴に転がされ、“杖”を突き付けた騎士達に囲まれてしまう。

「……私をどうする気?」

 怯えた目で、ティファニアは周りを見渡した。

 青い甲冑に身を包んだ恐ろしげな騎士達が、ティファニアを囲んでいる。その縁の外には、騎士より恐ろしい“風竜”達が、威嚇の唸り声を上げている。

 常人であれば、それだけで気絶してしまうだろう光景であるといえるだろう。

 これでは、ティファニアにはどうすることもできないのである。

 “忘却”の“呪文”を唱えようにも、これだけの騎士に囲まれてしまっては身動き1つ取ることなどできるはずもないのである。少しでも“呪文”を唱えるような素振りを見せてしまうと……一斉に攻撃“魔法”が飛んで来ることが目に見えているのだあkら。

 ティファニアは、己の迂闊さを呪った。

 ティファニアは、やはり……正体を明かすべきではなかったと後悔した。まさか、これほどの扱いを受けることになるとは想いもせず、そんなことにはならないと高を括っていたのである。才人達と出逢って……“エルフ”の血が混じった自分を見ても怖がらなかった才人達と出逢って、“トリステイン”の人達もそうだろうと、ティファニアは油断してしまっていたのであった。

 だが、それは間違いであった。

 “エルフ”という存在が如何に、“此の世界(ハルケギニア)”で恐れられており、疎まれ、嫌われているのか。それを、今ティファニアは、痛いほどに理解したのである。

 “エルフ”というだけで殺されてしまった母の姿が、ティファニアの脳裏に浮かぶ。

 周りを囲む騎士達の姿と、あの日“サウスゴータ”の屋敷で母を“魔法”で殺した騎士達の姿が、ティファニアはダブって見えた。

 ティファニアは、(自分も、母と同じように“エルフ”と言うだけで殺されるのかしら?)と震えた。震えは大きくなり、止まらなくなる。

 騎士達の包囲網が割れ、ベアトリスが姿を現した。左右に垂らした金髪を弄りながら、愉しそうな声で彼女はティファニアへと尋ねた。

「異端審問を知ってる?」

 ティファニアは、プルプルと首を横に振った。

「貴女、言ったわよね。“始祖ブリミルを信じている”って。“エルフ”の血が混じった貴女が、“信仰”を口にしたのよ。私達“ハルケギニア”の民の神を信じている、って言ったの。だからそれを証明して貰うわ。自分は異端ではない、ということを、“始祖”と神の代理人たる司教の前で、証明するの。それが異端審問よ」

 その、ベアトリスの目の色で……ティファニアは気付いた。

 このベアトリスは、ティファニアが“エルフ”であるから、痛め付けようとしている訳ではないということに。

 ベアトリスのこの言動は、自分が気に入らないから痛め付ける、というモノであるのだ。

 何せ……その目に憎しみや恐怖などといった光は見当たりはしない。かつて「“エルフ”だから」という理由で母を殺した騎士達の目には、消しようのない仇敵に対するそういったモノの炎が宿っていた。それを、ティファニアは感じ取っていたのである。

 だが、此のベアトリスの目に光るのは……歓喜を始めとしたモノだけである。

 ティファニアを痛め付けることができる理由を見付けることができたから、ベアトリスは悦んでいるのである。

 怯えの代わりに、ティファニアの身体を怒りが包んだ。気丈に顔を持ち上げて、ティファニアはベアトリスを睨み、哀しげに言った。

「……可哀想な人」

「何ですって?」

「全部が自分の思い通りにならないと、気がすまないのね。子供なのね、貴女」

 ベアトリスの顔が真っ赤に染まる。

 乾いた音が響いた。

 ティファニアの頬を、ベアトリスが叩いたのだ。

「さて、異端審問を執り行うわ。煮立った釜の中に、1分間浸かるの。もし、貴女が本当に“始祖ブリミル”の下僕なら、その湯は丁度好い湯加減に感じるでしょう。でも、貴女が忌まわしい異教徒なら、茹で肉になってしまうでしょうね」

 騎士の1人が“呪文”を唱えると、天幕の側に設置されていた、煮炊きに使用されていたらしい大釜に火が入る。強力な“魔法”の“炎”であり、大釜の中の水はグツグツグラグラと直ぐに沸騰を始めた。

 勿論、“ブリミル教徒”であろうが、異教徒で在ろうが、そのような煮立った湯に浸かれば命はないことは明白である。異端審問とは、詰まり宗教を利用した処刑で在るのだ。

 その時……騒ぎを聞き付けた“学院”の生徒達が駆け付けて来た。

 生徒達は、“竜騎士”に恐れをなし、遠巻きにベアトリスとティファニア達を見詰める。

 観客が揃ったことを確認すると、ベアトリスは勝ち誇った表情を浮かべ叫んだ。

「クルデンホルフ司教ベアトリスの名に於いて、今から異端審問を執り行います! 敬虔成る“ブリミル教徒”の皆さん、良く御覧になってくださいまし!」

 生徒達が、「異端審問だって!?」とざわめき始める。

 そんな生徒達の輪を割って、怒りに震えた少年が飛び込む。

 才人である。

「何してんだ!? 御前等ぁ!」

 ティファニアの顔が一瞬輝いたが、直ぐに曇る。

「異端審問よ」

「異端だか何だか知らねえが、テファを離せよ! 自分のしてること理解ってんのか!?」

 才人はティファニアへと近付こうとする。しかし、直ぐに後ろから羽交い締めにされてしまう。

 才人が振り向くと、羽交い締めにしているのはマリコルヌであることが判った。

 後ろにはギーシュ、そしてレイナールを始めとした“水精霊騎士隊”の面々が見える。

「何すんだよ!?」

「止めろ、サイト」

「何でだよ!?」

「不味いんだよ君。実に不味い」

 才人はギーシュのその言葉にカッとなる。

「はぁ? 御前……家が御金借りてるからって、見過ごす積りか?」

「違う。そうじゃない」

 真顔で、真剣にギーシュは言った。

「だったら、あの“竜騎士隊”が怖いんだな? 情けねえ!」

「君、理解ってるのか? 異端審問だぞ!」

 マリコルヌが、いつになく真剣な声で叫んだ。

「それがどうした! あいつ等、テファ1人を寄って集って苛めてんだぞ! 救けないでどうすんだよ!?」

「ここで庇ったら、僕達まで異教徒ということになっちゃうんだよ! そうなったらしゃれではすまないんだ! 家族だけじゃない、親族一同まで累が及ぶんだ!」

 その言葉で、才人はようやくことの重さを理解し青くなる。

「マジ?」

「本当だ」

 ギーシュが、低い声で言った。

「……くそ」

 才人は膝を突くと、地面で拳を叩いた。

 そんな遣り取りをする一同を見て、ベアトリスはニッコリと笑った。それからティファニアへと向き直る。

「ミス・ウエストウッド。貴女が羨ましいわ。御抱えの騎士隊まで御持ちに成られて。そんな貴女の奉仕者に免じて、1度だけチャンスを上げる。直ぐここを出て、貴女の田舎に御帰りなさいな。そうしたら、今までの無礼を全部忘れて上げる」

 しばしの静寂が訪れ、流れる。

 その場の全員が……集まった生徒達や、“水精霊騎士隊”の面々全てが、ティファニアへと注目した。

 一部を除いた皆が、こう望んでいたにちがいない。

 首肯いてくれ、と。

 だが、ティファニアが首肯くことはなかった。

 ティファニアは昂然と顔を上げると、ベアトリスに言い放った。

「嫌。絶対に嫌」

「……な!?」

「私、外の世界を見てみたいって、ずっと願ってた。そこにいるサイト達が、私のそんな夢を叶えてくれたの。だから帰らない。貴女みたいな卑怯者に、帰れと言われて帰ったら、サイト達に合わせる顔がないわ」

 ティファニアのその言葉で、周りに集まった生徒達から歓声が沸いた。

 確かにその長い耳や“エルフ”の血が流れているとうことに驚き、恐怖を覚えはしたが……ティファニアのことをどうにも邪悪と恐れられた“砂漠の妖精(エルフ)”には見えなかったためである。

 それに加え、先程のティファニアの向上は、とても真っ直ぐなモノであった。それが心を打ったのである。

 その上、家柄を笠に着て威張る1年生に、反感を覚えていた生徒達は少なくなかったためである。

「離してやれよ!」

「そうよ! オスマン氏から、きちんと事情を窺ってからにしたら!?」

 浴びせられるそんな言葉に、ベアトリスの顔が引く攣いた。

「“空中装甲騎士団(ルフト・パンツァーリッター)”! 御望み通り、審問差し上げて!」

 “空中装甲騎士団”達がティファニアへと近付き、手を伸ばした。

 その瞬間、才人はマリコルヌの手を振り解き、ティファニアへと駆け寄った。

 “空中装甲騎士団”の騎士達が、サッとベアトリスの前に出て“杖”を才人へと突き付ける。

 再び生徒達から歓声が沸いた。

「サイト様よ! きっとあんな下品な騎士団やっつけちゃうわ! 何せサイト様は、110,000の軍勢を止められた“英雄”なのよ」

 そう。才人は“アルビオン戦役”での撤退戦の折、110,000の軍勢を止めた男の1人である。

 それだけではない。

 噂で伝え聞く、功績の数々……“平民”ながらもギーシュを倒した手並みは、全員が覚えており、(きっと1人で、あの恐ろしい“空中装甲騎士団”を遣っ付けてしまうに違いない!)と想わせた。

 此の場に居る殆どの者達が、鬼神の様子に暴れまくる才人を期待した。

 だが……才人の行動は違った。

 両手を突いて、地面に頭を擦り付けた。

 土下座である。

「ええと、その、クルデンホルフ姫殿下。御願いだ。テファを連れて来たのは俺だ。総ては俺の責任だ。だから、赦してやってくれ」

 才人のその行為は、傍から見ると見っともないモノであるといえるだろう。

 だが、ことここ、このような状況においては、剣を振るうよりも、よっぽど覚悟がいるモノである。

「あら貴男。此の私に逆らおうというの?」

「あは! そんな、逆らう積りなんかないよ! あくまでお願い申し上げてんだ。ほら、この通り!」

 才人は愛想笑いを浮かべ、再び深々と頭を下げた。

「これほど頼んでも駄目?」

「駄目」

「ここまで頭を下げても?」

「しつこくてよ」

 才人は、はぁあああああああ……と切なげな溜息を漏らした。それから、(初めから暴れた方が良かったかな)と後悔しながら、才人は背中のデルフリンガーへと手を伸ばした。

「相棒……遅いよ……」

 それは、全くの無謀であるといえるだろう。

 “杖”を構えて居た騎士達は、反射的に“魔法”を撃っ離した。

 才人の両手は、氷の矢で地面に縫い付けられてしまう。

「ぐッ……」

「おいおい、剣で我々をどうにかしようと考えたのか? 愚か者め!」

 周りに集まった生徒達の間から、はぁ~~~、とガッカリとした溜息が漏れた。

 そんな溜息を聞きながら、才人は(しょうがねえじゃねえか……だって、暴れたら……異端になっちまうんだろ? そうなったら、ギーシュや“水精霊騎士隊”の皆に迷惑が掛かる。ルイズには、真っ先に責が及ぶだろうし)と切なさて一杯になった。

 だからこそ、才人は先ず頭を下げたのであった。恥を承知で、自身のプライドや立場などをかなぐり捨てて。

 しかし、“サーヴァント”として頑丈な身体を持っているが、それでも常人より頑丈だという範疇でしかないために、才人は腕に強い痛みを感じた。それから、(一先ず立ち上がって、何とかデルフ握って、テファを攫ってから色々と考えよう。成功する確率はさて何十分の1かなぁ?)と想いながら、腕に力を込めた。

 その瞬間……。

 ゴロン、バシャン、と大釜が地面に転がる音が鳴った。

 音がした方へと才人が向くと……青銅の“ゴーレム”で在る“戦乙女(ワルキューレ)”達が、大釜を引っ繰り返した所であった。

 煮え滾った御湯で火が鎮火され、シュウシュウと派手な音を立てている。

 唖然として、才人はギーシュの方に視線を向けた。

 そこには緊張し切った様子のギーシュが、“杖”である造花の薔薇を握り締め、プルプルと震えていた。

「ギーシュ!」

 生徒達が、一斉に叫んだ。

「ミスタ・グラモン? どういう御積り? このクルデンホルフ大公家に、逆らう気かしら?」

「いやその」

「いやその?」

「この手が……勝手に動きまして。てへっ」

 ギーシュは、ペシペシと自分の手を叩いた。

「おふざけにならないで」

「いやその」

「ハッキリ仰いなさいな」

 ギーシュは、はぁあああああああ! と心底大きな溜息を吐いた。それからブツブツブツと呟き始める。

「参ったなぁ……異端審問だっていうのに……嗚呼、参ったなぁ、相手はクルデンホルフ大公家だっていうのに……駄目なんだよ……こんなに観客がいると、僕は駄目なんだよ。格好付けないと気が済まないんだよ。僕は馬鹿だ。大馬鹿だ」

「ミスタ・グラモン?」

 名前を呼ばれて、とうとうギーシュは覚悟を決めたらしい。

 ギーシュはササッと襟を直し、背筋を伸ばした。すると気の抜けた顔に、目が覚めるかの様に精気が漲って行く。

 何のかんの言っても、ギーシュはこの世界の“貴族”であった。命の遣り取りが日常茶飯事事である世界で生まれ育って来た、武家の末裔であるのだから。

「婦女子や友を見捨てては騎士の恥。かと言って異端審問で果てるは武門の名折れ。となれば“杖”で、白黒付けねばなりますまい」

 ギーシュは臆したところを見せることなく、薔薇の造花を、“ハルケギニア” 最強の1つと名高い“空中装甲騎士団に突き付けた。

「グラモン伯爵家4男ギーシュ。謹んで御相手仕る」

 そんなギーシュの姿を見て、隣にいたマリコルヌが叫ぶ。

「“水精霊騎士隊”! “杖”を取れぇええええええええッ! 隊長に続けッ!」

 一斉に、“水精霊騎士隊”の面々は“杖”を引き抜いた。流石はいずれもそれなりに腕に覚えのある生徒達ばかりである。いざとなれば、誰も怯えた表情など浮かべない。

 ベアトリスは、怒りと悔しさなどが頂点に近付いたのだろう、ワナワナと震える。

「――御待ちなさいッ!」

 だが、そこで……いよいよ盛り上がろうかというその時に、少女の良く通る声が響いた。

 その声を受けて、観客と化した生徒達は道を開けるように割れる。ベアトリスとティファニア、“杖”を構えた騎士達は声のする方へと顔を向けた。

「ベアトリス姫殿下。御考え直し頂けないでしょうか?」

「シオン女王陛下」

「ティファニア……彼女は、私の国の者です。貴女の行為は、越権行為に近い」

「ですが、シオン陛下。彼女は、“エルフ”ですわよ」

「ええ、存じています。“ハーフ”である事も」

 そのシオンの言葉に、ティファニアは顔を伏せ、俯く。

 かつて、“アルビオン”王の命令で行われたことにより、両親が殺されたことなどを想い出したのだろう。

 シオンは、そんなティファニアへと微笑み掛ける。

 祖父とは逆の行動を取ることを、シオンは心に従い、決めたのである。

「ならば!」

 ベアトリスは声を荒げる。

「彼女が、心優しい少女であるということも存じております。そこにおられる“トリステイン”の“英雄”であるサイト殿が、我が国での“戦役”時に負われた傷で意識不明になられた際……ティファニアが、彼の命を救ってくださいました」

 そんなベアトリスとは対象的に、シオンは静かに口を開く。

「私の祖父の行いを……それによって両親の命を奪われたというのに……赦してくださいました」

「彼女は、“悪魔”よ。“先住魔法”、悪魔の力を使うわ」

「力とは、ただ力であるだけです。それを使う者によって如何様にも変わります。例えが可怪しいかもしれませんが、包丁でも、料理に使うこともできれば、ヒトを殺めることもできます。彼女が“エルフ”であろうと“ハーフエルフ”であろうとも、我々と何ら変わりません。私は、種族よりも、人格を尊重したいと想っています」

「そう……彼女を庇うというのであれば、貴女も同罪として審問対象となりますが、よろしいかしら?」

「構いません。それに、貴女には」

「“空中装甲騎士団(ルフト・パンツァーリッター)”前へ!」

 ついに限界を迎えただろう、ベアトリスは大声で命令を下した。

 ガシャン! と大きな音を立てて、騎士団が一歩前に出る。

「“マスター”であるシオンに手を出すというのであれば、俺も黙っている訳にはいかないな」

 “霊体化”を解き、俺は騎士団長始め“空中装甲騎士団(ルフト・パンツァーリッター)”の面々へと告げる。

「セイヴァー様よ! これで“アルビオン戦役の二大英雄”が揃ったわ!」

 生徒達から歓声が沸く。

 1番大柄な騎士が更に前へと進み出て、ギーシュ達“水精霊騎士隊”やシオンと俺へと“杖”を突き付ける。どうやら彼が騎士団長らしい。面頬の間から覗く、横に伸びた厳しいカイゼル髭を揺らして、ゴツい口を開く。

「学生の騎士ごっこが、怪我で済むとは想うなよ」

「そうか。では、俺からも1つ貴様達に忠言をくれてやろう。上に立つ者の間違いを指摘するのもまた、部下の役目だ。騎士であれば尚更、な」

 俺の言葉を聞いて、騎士団長の頬が引き攣る。

 ギーシュは笑みを浮かべた。いつもの様なナヨッとした軟派な笑みなどではない。ここにやって来たばかりの才人を容赦なく痛め付けた時の、凶悪な匂いを漂わせる冷酷な笑みである。

 そんな笑みを浮かべてギーシュは、“空中装甲騎士団(ルフト・パンツァーリッター)”の騎士団長へと言葉を返した。

「御気遣い痛み入る。さて、僕の“戦乙女(ワルキューレ)”に、どこを突いて欲しいのか言い給え」

 面頬から覗く騎士団長の顔が更に赤くなる。

「“―――さあ、圧制者よ。傲慢が潰え、強者の驕りが蹴散らされる刻が来たぞ!”」

 俺がそう言うのと同時に、騎士団長は“杖”を構える。

 騎士団長が“呪文”を唱えると、氷の矢が何本もギーシュへと目掛けて飛んだ。しかし、“青銅の戦乙女”が短槍を交差させ、ギーシュの身体を守る。

 ガキンッ! と音がして、短槍に矢が跳ね返される。

 素早くマリコルヌが“呪文”を唱え、“風魔法”を撃っ放した。

 怒りで我を忘れてしまっていた騎士団長は、マリコルヌの“エア・ハンマー”を避け切ることができず、マトモに真正面から喰らってしまい、吹き飛ばされた。地面に打つかった際の甲冑の重みで、腕があらぬ方に捻曲がってしまう。

 騎士団長は悲鳴を上げた。

 “空中装甲騎士団”から怒号が巻き起こり、次いで次々“ルーン”を唱える声が、合唱のように響き渡った。

 負けじと“水精霊騎士隊”も“呪文”を唱え、“魔法”を放つ。

 敵味方観客入り乱れての、派手な“魔法”の撃ち合いが始まったのである。

 

 

 

 普通であれば、あっと言う間に“水精霊騎士隊”は、“空中装甲騎士団”に圧倒されてしまっていたであろう。それほどに両者の実力には差は開いているのである。何せ向こうは“ハルケギニア”最強の1つに数えられた“竜騎士団”である。それに引き換え此方は、向こうの騎士団長が言う通り、学生の騎士ごっこに毛が生えた程度に過ぎないのだ。

 しかし……“竜騎士”は“竜”に乗ってこそ、その実力を発揮する。重い甲冑は、“竜”に跨っていればこそ、鎧としての機能を十分に全うするのである。地面の上では、ただの重石に過ぎ無い。学生相手と無手の相手に“竜”など使えるか、といった妙なプライドに“空中装甲騎士団”は拘り、 不慣れな地上戦を行う選択をしてしまったのである。結果、当然のことながら、その実力を半分も出すことはできなかった。

 それに引き換え、“水精霊騎士隊”は戦意旺盛であった。いつも訓練を行っている草原が戦場だったということもまた、プラスに働いている。其れ程に地の利というモノは大きいのであるのだから。

 しかし、1番大きかったのは……。

「ギーシュ様! 頑張って!」

「マリコルヌ様! 右! 右ですわ!」

 歓声を送る存在であるといえるだろう。

 自分のガールフレンドが見ている、片思いの相手が見ている、などといった状況は男の実力を基本数倍にさせる力を持つのだから。

 双方の事情を照らし合わせた結果……一部を除き、互角の戦いが繰り広げられることになった。

 頭から血をダラダラと流したマリコルヌが、それでも笑みを浮かべながら風の刃を乱射する。

 重い甲冑の隙間から刃は飛び込み入り込み、騎士の足を切り裂く。

 いつも冷静なレイナールが、獣のような咆哮を上げながら炎を振り回す。

 熱せられた甲冑に耐え切ることができず、騎士は地面をのた打ち回る。

 ギーシュの“青銅の戦乙女(ワルキューレ)”達は、“ガンダールヴ”もかくや、と唸らせるほどのスピードで軽快に動き回り、重たい甲冑を着込んだ騎士を次々突き捲くる。

 勿論、“水精霊騎士隊”も無傷とはいえない。いずれの隊員も、どこかに怪我を負わされ、傷と血だらけになっていた。

 敵も味方も、1人、また1人と動けなくなり、地面に倒れて行く。

 直ぐ様周りで見ていた生徒が取り付き、“水魔法”で敵味方関係なく介抱をする。

 戦場の神にでも魅入られたかのように、“水精霊騎士隊”と“空中装甲騎士団”は果てのない激戦を繰り広げた。何方の陣営も、倒れようが動けなくなろうが、“水魔法”で治されると、再び戦場へと飛び込んで行くものだから始末が悪い。

 だが、それも仕方がないといえることであった。御互い、譲ることができないプライドが賭かっているのだから。

 “学園”の粗生徒全員を観客に従えた、“水精霊騎士隊”。

 主君であるベアトリスが後ろに控えた、“空中装甲騎士団”。

 才人は、丸っ切り毒気を抜かれた様子で、いつ終わるのか見当もつかない戦いを、ボンヤリと眺めていた。両手を怪我しているために、武器を握ることもできず、戦いに参加できないのである。

 すっかり才人は忘れ去られ、誰も“水魔法”を掛けなかった。いや、シオンは治療のために才人の元へと向かおうとしているのだが、如何せん、盛り上がりが酷いために遮られ、まともに近付くことができないでいる。

 縦しんば手が何ともなくとも、これほどまでの戦いの中に、才人は飛び込むことはできなかったであろう。

 それほどに、周りは狂気や熱気に包まれ、溢れているのである。

 目を開けていることが難しいほどに、様々な“魔法”が才人の頭の上を飛び交い、命中した不幸な“貴族”の悲鳴が響く。悲鳴は怒号へと変わり、誰かの悲鳴が生み出される。

 “呪文”を唱える“ルーン”の他に、「あっちだ!」、「いやこっちだ!」。「よくもやりやがったな!」、「馬鹿味方だ!」、「後ろからとは卑怯だぞ!」、「煩い御前はさっき横から」、などと云った叫び声まで聞こ得て来る。端的にいってしまえば、滅茶苦茶な状況である。

 そのうちに、殴り合いが彼方此方で始まった。

 鬼人の様な形相をしたマリコルヌが、1人の騎士の頭に噛み付いているのを見て、才人は切ない気持ちになった。

 1人の騎士が、ボンヤリと見ている才人に気付き、“魔法”を使う事もせずに飛び掛かる。どうやら“精神力”が底を突いたらしい。

 才人は深呼吸をすると、怪我した手を気合で握り締める。それから、かなり疲れた気分で、狂気が支配する戦場へと素手で飛び込んで行った。

「やれやれ……これではただの乱闘だな」

「そう、だね……」

 飛んで来る“魔法”による攻撃を往なしながら呟く俺の言葉に、シオンは前へと進もうとしながら苦笑を浮かべ同意する。

 今俺がするべきことは、シオンの守護、事の中心にいるティファニアやベアトリスの安全確保、生徒達や騎士達が命を落とすことがないように気を配ることくらいである。

 戦いは、いつまでもといえるくらいに続いた。

 騒ぎを聞き付けた教師達が直ぐに集まって来たのだが、何せ大乱戦であるために簡単には手が付けることができないでいる様子だ。オスマンに注進に行った教師も勿論いはしたが、「放っとけ」と釣れない答えが返されるばかりであった。

 

 

 

 その頃。

 シエスタがルイズの部屋を掃除していると、外から激しい音が聞こ得て来た。

「まあ……何かしら?」

 シエスタは、窓に近寄り外を見た。

 しかし……塔と“学院”の城壁が死角になっており、音のする方向が良く見えない。

 激しい音はいつまでも続くかに思えた。

 どうやら、“魔法”が炸裂している音であるということに、シエスタは気付いた。炎が荒れ狂う音や、氷の槍が硬いモノに打ち当たっては爆ぜる音、巨大な土の塊が潰れる音、様々な音が届いて来る。それに続き、悲鳴や怒号まで聞こ得て来る。

「嫌だわ。また戦争が始まったのかしら?」

 その時……ベッドがのそりと動いた。

 見ると、ネグリジェ姿のルイズが、泣き腫らして真っ赤になった目で、ボンヤリと立ち上がったのである。髪の毛はグシャグシャで、頬には涙の筋がこびり付いている。酷い顔であった。

「あら、ミス・ヴァリエール。御目覚めになったんですか?」

 ルイズは返事をせずに、激しい音が響いて来る窓の方をチラッと眺めた、そして、忌々しそうな声で、呟いた。

「煩いな……人が折角切なさと悲しみに浸っているというのに……」

「ねえ、何だか凄い音がしますわね。戦争でも起こったのかしら……嫌だわ。って、ミス? ミス・ヴァリエール?」

 ルイズはネグリジェ姿のまま、フラリと部屋を出て行った。その手に、しっかりと“杖”が握られている。

 シエスタは追い掛けようとしたのだが、その背中から立ち昇るドス黒いオーラに怯えて後退った。

「はう、何だか今のミス・ヴァリエールは、“竜”より怖いですわ」

 

 

 

 はぁはぁはぁ、と才人は荒らい息を吐いた。散々使い捲くった拳は赤く腫れ、原型を留めていない。

 隣では金髪を血で真っ赤に染めたギーシュが、薔薇の造花を構えている。その造花を振り、弱々しくギーシュは呟いた。

「ワ、“ワルキューレ”」

 しかし……其の花弁は散ってしまい、造花は丸裸になっていた。

「打ち止めだ」

 ギーシュは溜息混りに言った。

 相手から奪った面頬を冠ったマリコルヌが、肩で息をしながら隊長と副隊長に告げた。

「こちらの残りの手勢は、たった6人だよ。いや、セイヴァーを含めると7人か……」

 眼鏡を割られてしまったレイナールの隣に、2人ばかり立っている。

 他の隊員は地面に打っ倒れ……完全に伸びていた。

 もう“水魔法”に依る治療と回復も打ち止めである。

 それに対して、“空中装甲騎士団”の方は10人ほどが立っている。彼等はとっくに甲冑など脱ぎ捨てていた。彼等も散々な体であった。髪の毛に、顔に血がこびり付き、折れた腕をブラブラさせている者まで居る始末である。

 余裕なのは、俺だけである。

 周りでは、生徒全員が固唾を呑んで見守っている。

 観客を味方に着けたとはいえ、“水精霊騎士隊”は格上の騎士団を相手にして相当善戦したといって良いだろう。

「セイヴァーは例外として……向こうも、こっちもそろそろ限界だな」

 ギーシュが言った。

「ああ。後1度突撃を受け切ったら……終わりかな」

 マリコルヌが答える。

 彼等にとって既に見えている結末ではあるが、“水精霊騎士隊”の生き残りは向こうの突撃を受け切ることはできないであろう。戦いが長引くと、やはり経験と実力が先ず物をいうのである。生き残りの数の差に、その現実は如実に表れているといえるだろうか。

 才人は、ボロボロになった仲間達を、熱っぽい目で見詰めた。皆、身体の彼方此方が悲鳴を上げているというのにも関わらず、どこか晴れ晴れとした気分である。それどころか、愉しくて堪らないといった様子である。

「はぁはぁ、こんな時に言うのもなんだけどよ」

「何だね?」

「俺、楽しくて仕方がねえ」

 するとギーシュは、ニッコリと笑った。

 マリコルヌも、レイナールも、残りの少年達も笑みを浮かべた。

「来るぞ」

 “空中装甲騎士団”は、隊長の号令の元に整列すると、一斉に突撃を開始した。

 ギーシュが“杖”を構えると、大声で命令した。

「諸君! 前進だ!」

 残りの体力を振り絞り、ヨタヨタと才人達は駆け出した。

 その瞬間……。

 2つの騎士団の間に、小さな光の球が生まれた。

「な?」

 見る間にそれは巨大に膨れ上がり……爆発した。

「ぎゃああああああああああああ!」

「ひぎぃいいいいいいいいいいッ!」

 白い閃光は、2つの集団を吹き飛ばし、徐々に収束して行った。

 プスプスと、地面が擽る中……生徒達の集団を掻き分けて、桃髪の少女がユラリ、と現れた。

 ただの少女かと思えば、彼女から放たれ纏っているオーラは平凡な少女のそれとは大きく違う。

 歴戦の“空中装甲騎士団”も、持てる以上の勇気を発揮していた“水精霊騎士隊”も、地面に倒れたまま、ユックリと歩いて来る少女を呆然と見詰めた。

 この2つの騎士団の争いに、水を差すことができるのは、先ず“竜”などくらいであろう。いや、“竜”でさえもそれを避けるだろうほどであった。

 それが1人の少女によって、唐突に試合終了を告げられようとしていた。

 “空中装甲騎士団”の1人がヨロヨロと立ち上がり、「……き、貴様はなんだ!?」と怒鳴った。

 まるっきりの藪蛇であった。藪を突いて、蛇どころではなく、“竜”が出て来てしまったのである。

 桃髪の少女は、“杖”を振ると、その騎士の眼の前に爆発を起こし、難無く吹っ飛ばしてみせた。

「……るさいのよ」

 才人を含む、“水精霊騎士隊”の隊員達は叫んだ。

「ルイズ!」

「あんた達、煩いのよ。理解ってる? こっちは寝不足なのよ。やっとのことで寝付けるかしら、と思ってたのにぼんばかぼんばかぼんばかぼんばか……」

 ルイズは自分の言葉に、段々と苛々として来たらしい。

「ぼぼぼぼ、ぼんばかぼんばかって。ははは、花火なら、よよよよ、他所でやりなさいよね。ねねねねね、眠れないじゃないの」

 ルイズはギリッと唇の橋を噛み締めると、プルプルワナワナビクビクと震え始めた。身体中が痙攣でもするほどに、怒りは頂点に達してしまっている様子である。

 周りの空気が、ルイズの怒りのオーラで揺らいで見えるほどである。

 生徒達が怯えた。

 “空中装甲騎士団”も怯えた。

 周りに居た“風竜王”も怯えた。

 唯一の例外といえば、シオンと俺くらいのものである。

 ルイズは怒っていた。

「眠れないじゃないのー!」

 ルイズは怒鳴った後、ブツブツ呟いて“呪文”を完成させた。

 “水精霊騎士隊”、“空中装甲騎士団”共に這い蹲ってその場から逃げ出そうとしたのだが、間に合うはずもなかった。

 振り下ろされた“杖”の先から、再び眩い閃光が生まれ……巨大な爆発音が、観客達の耳を劈いた。

 

 

 

 爆発と煙が収まった後……観客の生徒達が目にしたモノは、ルイズの“エクスプロージョン(爆発)”で、更地になってしまった草原と、完全に意識を失い打っ倒れている其々の騎士達の姿であった。

 生徒達は、爆発の真ん中で未だ寝惚けた様子で立ち尽くすルイズを、呆然と見詰めていた。

「ルイズの爆発、凄くなったなぁ……」

「ある意味ありゃ、兵器だな」

 と“虚無”の復活を知らない生徒達は、口々に感想を漏らす。まさかこんな身近に、伝説が転がっているなどとは夢にも思いもしないだろう。

 爆発の半径から離れた所で様子を窺っていたベアトリスは、プルプルと震えながら、ネグリジェ姿で立ち尽くすルイズへと近付き、それでも精一杯に去勢を張りながら怒鳴り付けた。

「あ、貴女! どういう御積り!?」

「はぁ? あんた誰?」

 ルイズは、“杖”で肩を叩きながら、気怠げな声で尋ねた。

 良くぞ訊いてくれました、と言わんばかりの態度で、ベアトリスは答える。

「ベアトリス・イヴォンヌ・フォン・クルデンホルフですわ!  “クルデンホルフ大公国”は“トリステイン王家”とも縁深き、列記とした独立国! アンリエッタ女王陛下にこの無礼はキッチリ報告しますからね!」

「クルデンホルフ? “ゲルマニア”生まれの成金が何寝言言ってるのよ。女王陛下に何を注進するですって? 笑わせないで、言っとくけど、私今、物凄く機嫌が悪いの。ゴチャゴチャ言うと、そのチンケな家ごと潰すわよ」

 ルイズがそう言うと、ベアトリスは顔を真っ赤にした。

「な、な、成金と言ったわねぇ~~~」

「何かと言うと家の名前を持ち出すなんて、まんま成金じゃないの」

「貴女の名前を窺ってなかったわ! 名乗りなさいな!」

「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」

 ベアトリスの目が真ん丸に見開かれた。

「ラ・ヴァリエール? 公爵家の?」

「他のどのヴァリエールがあるって言うのよ」

 ベアトリスはグギギギギギ、と唇を噛んだ。家を出る時に父親から言われた言葉を、ベアトリスは想い出したのである。彼女の家系にとって、“トリステイン”では逆らってはならない相手は3つ存在していた。

 1つは勿論のことだが、“トリステイン王家”。

 もう1つは、宰相マザリーニ。

 そして最後に……“トリステイン”でも随一の歴史と格式を誇る、ラ・ヴァリエール公爵家。

 この3つ以外であれば、喧嘩を売っても良い、とベアトリスの父は告げたのであった。

 しかし、ベアトリスは頭に血が昇ってしまっていた。

 ベアトリスは、(な、何がラ・ヴァリエールよ。こっちは大公家よ。歴史と格式は兎も角、財産と宮廷の席次ではそうそう負けないわ。それに……こっちには切り札があるもの)と考え、腕を組み、更に虚勢を張った。

「ラ・ヴァリエール先輩。今、私が何をしているのか御存知? 異端審問よ。異端審問。今まさに、審問の真っ最中。それに水を御差しになるということは、先輩も異端の一味と解釈してよろしいのかしら? あの名門公爵家の御嬢さんが異端だなんて! とんでもないスキャンダルになるでしょうね!」

 しかしルイズは全く動じる様子がない。

「異端審問? 司教の免状は?」

 ベアトリスの顔が青くなった。

 そのようなモノ、ベアトリスは当然持ってはいないのである。“クルデンホルフ大公国”の司教の資格、というのは先程ティファニアの耳を見た時に思い付いた、真っ赤な嘘だったのであるのだから。(“トリステイン”の“貴族”なら、事情は知るまい)、と想っていたためである。

 が、ルイズは真面目に勉強をしていたことや持ち前の鋭さもあって、ベアトリスの虚言に対し無自覚に指摘してみせたのであった。

「ええと、その、実家にあるのよ!」

 ルイズの目が、細くなった。

「貴女、司教って嘘ね」

「え? 嘘じゃなくってよ! 何を仰るかと想えば……はん!」

「異端審問には、司教の免状だけでなく、“ロマリア宗教庁”の査問認可状が必要なはずよ。それも知らないなんて、どういうこと?」

 ルイズがそう言うなり、周りの生徒達の目付きが変わった。異端審問、という響きで頭の中が真っ白になっていはしたが……その妙な点に気付いた様子を見せる。

 ベアトリスの言葉には怪しい部分が多過ぎるのであった。

「おい! ベアトリス! “始祖ブリミル”の名を使って気に入らない女の子を苛めるなんて、それが“貴族”のやり方か!?」

「“トリステイン”で司教を騙れば、火刑だぞ!」

 生徒達は、次々とベアトリスへと躙り寄った。いずれも、元々プライドの高い“トリステイン貴族”である。騎士団まで連れて来て威張り散らしていたベアトリスをこぞってと非難できるために、我先にと詰め寄ったのである。

 ベアトリスは震えながら、膝を突いた。

 頼みの綱である“空中装甲騎士団”は、いずれも伸びてしまっている。

 彼女にとって、之は所謂絶体絶命と云える状況で在った。

 このままでは吊るされても可怪しくはないであろう空気に包まれた時……とととととととと、と金髪の妖精がベアトリスへと駆け寄った。

 ティファニアである。

 1人の生徒が、そんなティファニアへと声を掛ける。

「ミス・ウエストウッド。貴女には彼女を裁く権利がある。貴女に流れる血の釈明より先に」

 ティファニアはベアトリスの前に進み出た。

 ひう、と呻いて、ベアトリスは腰を抜かしたまま、後退った。その背が、生徒達の壁に打つかる。

 唇を噛んで、ティファニアはベアトリスを見下ろした。それから、意を決した様に、顔を上げた。

 ベアトリスの顔から更に血の気が引いて行く。覚悟を決めたように、ベアトリスは目を瞑った。

 その場の全員が、ティファニアの言葉に注目した。

 これだけの侮辱を受けたのである。普通であれば殺されてもベアトリスは文句を言うことはできないだろう……そのはずであった。

 がしかし、ティファニアの言葉は、この場の殆どの者達の予想を裏切った。

 何とティファニアは、膝を突いてベアトリスの手を取ると、「お、御友達になりましょう」と言ったのである。

 その場にいたシオンを除外いた生徒全員が、余りの言葉にすっ転んだ。予想外で、拍子抜けをしたのである。

「ミス・ウエストウッド? 貴女には、彼女を裁く権利が有るんですよ?」

 生徒の1人が呆れた様子で、ティファニアに言った。頭が可怪しくなったと思ったのである。

 しかし、ティファニアは首を横に振った。

「ここは“学院”でしょう? 学び舎で裁くの裁かないの、なんて可怪しいわ」

「でも……でもですね! どう考えてもですね!」

「それに私……ここに御友達を作りに来たの。敵を作りに来たんじゃないわ」

 ティファニアは、何か覚悟を決めた顔で言った。

 その言葉に、誰も何も言えなくなってしまった。

 その沈黙を破ったのは……ベアトリスの泣き声であった。

「ひ……ひう。ひっぐ」

 恐怖の緊張の糸が切れ、安心した瞬間……涙がドッと零れて来たらしい。崖っ淵から落ちそうになり、間一髪救かった幼子のように、ベアトリスは泣いた。

「う、うう、うえ~~~ん」

 無防備な泣き声だけが、更地になってしまった草原に響く。

 その泣き声に当てられて、生徒達は頭を掻いた。所詮子供の我儘で、これ以上糾弾する気も失せてしまったのである。

「終わったのか?」

 生徒達の壁を掻き分けて、学院長のオスマンが現れた。オスマンは白い髭を擦ると、ニッコリと笑った。それから粗学院全員の前で、ティファニアの肩に手を置き、こう告げた。

「あー、先程彼女は命を賭けて、ここで学びたいと言った。その言葉から学ぶところは大きい。良いか諸君、元々学問というのは命賭けじゃ。己の信じるところを貫き通すためには、時に世界を敵に回さねばならぬ時もある……忘れるでないぞ」

 生徒達は、今頃出て来て何を言っているんだ、といった顔付きになっているが……言っていることじたいは尤もなので、取り敢えず首肯いた。

 オスマンは満足げに首肯くと、言葉を続けた。

「しかし、いつも命賭けでは息が詰まる。喧嘩も息抜きの1つかもしれんが、人死が出てからでは遅い、それに何より面倒じゃ。こんな騒ぎはもうこれ切りにして欲しい。良いか、彼女の後見人は儂じゃ。その上ティファニア嬢は、“トリステイン”と“アルビオン”両女王陛下からよしなに頼まれた 客人でもある。今後彼女に侮辱的な……その血筋について何か講釈を垂れたい生徒がいたら、両“王政府”を敵に回す覚悟で述べなさい。良いかね?」

 生徒達は、(両女王陛下からよしなに頼まれたって?)と一斉に緊張し切った顔付きになった。

 詰まるところ、この“エルフ”の血が混じった編入生は……両女王陛下縁の人物であるということである。

 先程のシオンの言動もあって、そう言われてみると現金なモノで、混じった“エルフ”の血も特別な……恐れるというよりも、唯一無二の美徳にさえ生徒達に感じさせた。

 その上、当然だが、殆どの生徒が、“エルフ”の血を引く者を見るのが初めてであった。

 オスマンの言葉で、恐怖より、好奇心が勝り……ついにはその眩い容姿への好意が、仇敵に対する嫌悪感などを打ち消した。

 生徒達はティファニアに近付き、握手を求めた。

「よろしく。“エルフ”って初めて見たけど、綺麗なもんだね」

「私、“オーク鬼”みたいな生き物を想像してたのよ」

「それに、随分と真面目で、真っ直ぐな考え方をするんだね。人間の“貴族”よりも“貴族”らしいや」

 ティファニアは感動した面持ちで、1人1人と律儀に握手を交わした。

 そんな様子を満足げに見詰めると……オスマンは辺りを見回して言った。

「さて、仲直りが済んだら、怪我人を医務室に運んで、ここの後片付けをしなさい。まるで嵐の痕のようじゃ」

 生徒達は首肯くと、打っ倒れて、すっかり忘れ去られた“水精霊騎士隊”と“空中装甲騎士団”の騎士達を運び始めた。

 オスマンはそれを見て首肯くと、傍らのティファニアに顔を向けた。

「助けが遅くなってすまなかったの。ただ、普通に助け船を出しては、中々真の友というのは作り辛いからのう。特に御前さんのような、“エルフ”の血を引く者ではの」

 いえ……と、人見知りするティファニアは顔を伏せた。

 オスマンは、コホンと咳をすると、そこで真顔になった。

「さて……最後に1つ、御前さんに尋ねたいことがある」

 不安げな表情を浮かべ、ティファニアは首を傾げた。

「非常に大事な質問じゃ。学問というのはまこと命賭けじゃのう……儂の全存在を賭けて、質問するぞ。きちんと答えるのじゃ」

「はい」

 真剣な顔で、ティファニアは首肯いた。

 オスマンは、堂々と指を突き付けた。

 巨大な、という形容が陳腐に思えるほどのティファニアの胸に……。

 オスマンの態度などからは、臆したところは微塵も感じられることができない。逆に、威厳さえ感じさせる、落ち着き払った態度でオスマンは質問を発した。

「それは本物かの?」

 ティファニアの顔が、真っ赤に染まる。

 真剣な質問らしいということもあり、仕方無くティファニアは消え入りそうな声で呟いた。

「……はい。そうです」

 オスマンは耳に手を当てると、ティファニアの顔に近付けた。

「もっとハッキリ、この年寄りに聞こ得るように言ってはくれんかの。歳を取ると、はぁ、耳が遠くなっていかん」

 ティファニアは、更に顔を赤くさせた。俯き、唇を噛み締め、「ほ、本物です!」と答える。

「ワ、ワンモアじゃ!」

 オスマンは、軽く頬を染めて、そう呟いた。

 近くにやって来たシュヴェルーズが、そんなオスマンの腹に当身を喰らわせた。

 ぐぼッ! という呻きを上げ、オスマンは白目を剥いた。

 意識を失った老学院長の左右の腕を別の教師が握り、ズルズルと運んで行った。

 ティファニアは、しばらく顔を真っ赤にしたまま俯いていたが……草原に吹く風に誘われるようにして顔を上げた。

 広い草原が……どこまでも続いている。

 振り返ることで、美しい塔が何本もそびえている、“魔法学院”が見える。ティファニアがこれから3年か、学ぶ場所である。

 ティファニアは、自分の耳を触った。母の血が身体に流れていることを証明する、長い耳……。

 どこか晴れ晴れとした気分で、ティファニアは笑みを浮かべた。

 

 

 

 “魔法学院”の医務室は、“水の塔”の3階から6階までのフロアを利用して造られている。

 4階のベッドには“空中装甲騎士団”の面々が横たわり、3階のベッドには“水精霊騎士隊”の生徒達が並べられた。

 才人は、女の子達の声で目を覚ました。

「ギーシュ様! 包帯を御取り替えしましょうか?」

「いやぁ~~~ん! レイナール様は私が御世話するのよ! 御眼鏡を御取りになってくださいな」

 才人が、はぁ? と思ってカーテンをズラして見ると、隣のベッドでは、ギーシュやレイナールといった“水精霊騎士隊”の連中が、なにやらモテモテといった様子である。

 栗色の髪のケティが現れて、そんな女の子達に文句を付けた。

「貴女達は、あそこの副隊長さんの御世話をしてあげて!」

 才人はドキッとした。

 しかし、次に飛び出た言葉は。才人を甚く失望させるモノであった。

「えええ~~~、だってサイト様、何だか情けないんだもの。幻滅しちゃったわ」

「そうそう。いきなり頭を御下げになられた時は、ガッカリしてしまいましたわ。きっと110,000を御止めになられたのも、何かの間違い。セイヴァー様が頑張ったおかげかも」

「そうよね。良く見ると弱っちいし……」

 どうやら、才人の人気は、真っ先に頭を下げた所為で、地に落ちてしまったらしい。

 反対に、堂々と喧嘩を売ったギーシュ達の人気は上がったらしい。

 才人は、(いやはや、何とも理解りやすい連中だなー)と想った。

 反対側の方へと目を向けると、包帯でぐるぐる巻きにされたマリコルヌがいる。

 マリコルヌは、才人に対して親指をグッと立ててみせた。

「友達」

 マリコルヌは嬉しそうに呟く。

 マリコルヌのベッドの周りも、閑古鳥が鳴いていた。

 一緒にされたことで切なさを感じた才人であるが、同時に胸が熱くもなった。

 そんな深い意味はないだろがマリコルヌがポツリと言った「友達」という言葉に、才人は妙な嬉しさを感じたのである。

 才人は、(それに、さっきはこいつ等、俺を救けるためにあの恐ろしい“空中装甲騎士団”に立ち向かってくれたんだ。皆が見てるからっていう理解りやすい理由はあったけど、それだけじゃないんだろ。嗚呼、あの時……ギーシュに“こっちの世界にいたらどうだ?”って言われた時の、妙なドキドキはこれだったんだな)と気付いた。

 それから才人は、(詰まり……俺には友達ができたんだ。一緒になって笑ったり、馬鹿話したり、そして、命を張ってくれれる友達が……)と想った。

 そんな風に才人がシンミリとしていると、スッとカーテンが引かれて、金髪の妖精が顔を見せた。

「サイト」

「テファ」

「良かた……酷い事にならなくて」

 そう言うと、ホッとした様子で、ティファニアはベッドに腰掛けた。

「有り難う」

 ティファニアみたいな美少女に御礼を言われて、才人は妙に照れ臭くなった。

「いや、礼を言うのは俺にじゃないよ。そこのギーシュや、マリコルヌ、シオン、セイヴァー達に言ってくれ。あいつ等が暴れて呉れなかったら……」

「ううん。勿論それはとても有り難いし、後でちゃんと改めて御礼を述べるわ。でも、先ず、サイトに御礼が言いたかったの」

「どうして?」

「だって、サイト、私のために頭を下げてくれたじゃない。サイトはちっとも悪くないのに……それってとても難しいことだよね。私ね、とっても嬉しかった」

「……あ、当ったり前じゃねえか。友達のためだもの」

 ティファニアは、ニッコリと笑った。春の太陽のような、優しく温かい笑みである。

「でも、テファには驚いたよ」

「私?」

「うん。だって、いきなり自分の正体をバラすんだもの」

 するとティファニアは、はにかんだように言った。

「サイトが言ったんだよ?」

「俺?」

「そう。サイト、“ウエストウッド村”で私に言ったじゃない、“もっと自信を持てよ”って。その言葉をね、想い出したの。そしたら、自分の身体に流れる血のことを、隠しておくのが凄く恥ずかしいことに想えて……」

 そっか、と才人は言った。それから、才人は、その言葉のことを想い出した。

 才人にとって何気ないことであったものの、ティファニアにとってはそうでもなかったのでる。

「でもまだ、自信は持てないけどね」

 ティファニアは、少し恥ずかしそうに呟いた。

「はぁ? 何言ってんだよ?」

 呆れた声で才人が言ったら、ティファニアは声を潜めた。それから、頬を染めて、恥ずかしそうに呟く。

「まだ可怪しいところ、一杯あるもの」

「どこが?」

 ティファニアは、唇を噛んで、自分の胸を指さした。

 “魔法学院”のシャツの生地が、限界まで伸びている。2つの巨大な果実に押され、ボタンが弾け飛びそうになっていた。

 才人は、(嗚呼、本当にティファニアの胸は恐ろしい)といった感想を抱く。それから、これ以上身体から血が失くなっては命に関わると、鼻を押さえた。

 才人が(確かにこんな胸をしてたら、クラスの人気を独り占めしてしまうだろうな……)などと考えていると、ティファニアは悲しそうな声で語り始めた。

「さっき、学院長のオスマン氏にも言われたの。“それは本物かね?”って。私、やっぱり可怪しいわ。だって、この“学院”の誰も、こんな胸してないもの」

 才人は慌てた。

「そ、それは……」

「そんなに、本物っぽくない?」

 悩んだ顔でそのようなことを言われ、才人はブンブンと首を横に振り強く否定した。

「い、いや。本物っぽいよ。と言うか本物です。うん、本物」

「サイトは御友達だから、そんな風に言ってくれるんだわ」

「違うよ。全然違う」

 ティファニアは暫く悩んでいたが……何かを決心したらしい。才人の手をギュッと握った。

「きっと、本物っぽくない理由が在るんだと想うの。だからちょっと、確かめてくれる?」

 意味が理解ができず、才人は、は? と尋ね返した。

「こんなこと、御友達じゃないと頼めない。だからサイト、御願い」

「ど、どういう意味?」

 消え入りそうな声で、ティファニアは呟いた。

「……って、確かめて」

「はい?」

 すぅ、と息を吸いんで、ティファニアは真剣な顔で言った。

「触って、確かめて」

 才人は言葉の意味を理解するのに、時間が掛かった。理解することができた時には、歓喜と混乱と恐怖が一斉に襲い掛かって来て、才人は泣きそうになってしまった。いや、泣いた。涙が溢れて来て、才人はどうにかなってしまいそうになったのである。

「ミス・ティファニア?」

「あのね? だからね、本物っぽくない理由が何かしらあるから、そんな風に訊かれると想うのね。私じゃ判らないから、確かめてって言ってるのよ」

「で、触って良いと」

 こくり、とティファニアは恥ずかしそうに首肯いた。

 友達だから、という理由で此処まで許可するティファニアが、才人は眩しく想えた。

 才人は、心の底から(生きてて良かった。我慢して、努力してれば、神様はこうやって何かしらの御褒美を与えてくれるんだ。捨てる神いれば拾う神がいるんだ)と想った。

 才人の全身が、震えた。武者震いに近い震いであろうか。

「ま、まあ、他の奴が確かめるくらいなら、いっそ俺が。いや、むしろ俺が。というかここは俺じゃないと……」

「わ、私もそう想うの」

 ティファニアは覚悟を決めた様子で、胸を突き出した。

 かつて太腿で味わった、極上の巨大な果実が、才人の眼の前にはあった。

 才人は手を持ち上げ、ユックリと伸ばした。

 シャツに指が触れる。

 才人が(それ以上先には進めない……進んだら死ぬ)と想っていると、ティファニアが動いた。

 ぐにょ。

 才人の掌の下で、果実とでもいえるそれが潰れた。

 柔らかく、張りがあることを、才人は感じ取った。というよりもも緊張や歓喜やらで、掌の感触が鈍っているのだろう才人は10分の1のも感触を味うことができなかった。

 だが、才人にとってはそれで十分であった。もし、十全にその感触を味わてしまっていれば……ショックで才人は命を落としてまっていた可能性だってあるのだから。

「……ど、どお? 可怪しいところある?」

「判らない。というか俺、そろそろ死ぬ」

 才人の予想は的中した。

 正直にそれだけを答えたその瞬間……カーテンが引かれたのである。

 才人がそちらへと目を向けると、ルイズとシエスタが立っていた。

 ルイズは“魔法学院”の制服に着替えており、シエスタは普段通りのメイド姿である。

 2人は、ティファニアの果実を両手で握り締めてい居る才人を目にし、無表情のままに顔を見合わせた。

 ルイズはそれから、医務室付けの教師へと声を掛ける。

「このベッドの患者の移送許可を頂きますわね」

 シエスタが、軽く震えた声でルイズに言った。

「治療に必要な物を仰ってください。ミス・ヴァリエール」

 ルイズは心底気の毒そうな声で答える。

「在り過ぎて……数え切れないわ。取り敢えず、こいつの……」

「命」

 2人は顔を引き攣らせて、同じ単語をハモらせた。

 才人は痛む身体に鞭打ち、最後の気力を振り絞って跳ね起きると、(嗚呼、そう言やここは塔の3階だったなあ)と想いながら、枕元の側に在る硝子窓を突き破った。

 窓硝子の割れる音、医務室にいた者達の連中の悲鳴が重なる。

 才人は、(ここは3階で自分は大怪我負っるけど、あの病室にいるより命の危険は少ないだろうな)と判断したためである。

 急速に近付く地面を見詰めながら……才人は、(もし、骨折で済んだら……明日の太陽が奇跡的に拝めたら。ティファニア、君のそのミラクル()だけは、隠しておくべきだと、ゆったりした服を着るとか工夫すべきだと、そう言ってやろう)と想った。

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