ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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水精霊騎士隊、突撃せよ 後編

 翌日……“水精霊騎士隊”の溜まり場では、春めいた会話が飛び交っていた。その会話の内容はというと……。

「おいギーシュ! 凄い花束だな!」

 そう叫んだのは、“水精霊騎士隊”一身体の大きなギムリで在った。彼は“メイジ”というよりも、剣を扱う兵隊であるかのように筋肉が盛り上がった肩を揺らしながら、がっはっは、と豪快な笑い声を上げた。

「いやぁ、考えたものだな! モテ過ぎるというのも!」

 そう言って笑うギーシュの前には、女生徒からのプレゼントが溢れている。格好の良い啖呵を切った隊長さん、ということもあって、ギーシュはかなりの人気を博しているのであった。美少年ということもあって、軟派なところさえなければモテるのである。いやはや、モンモランシーが切なくなって涙を流すのも無理からぬ、といったモテっぷりである。

 しかし、そんなモテっぷりを発揮しているのはなにもギーシュだけではなかった。

 周りを見渡せば、プレゼントを貰っていない男子はいないのである。それだけ、著名な騎士団と互角といっても良い戦いを繰り広げた“水精霊騎士隊”の人気は高まっていたのである。

 いや、1人だけプレゼントとは無縁の少年がいた。

 部屋の隅っこで、空になったワインの瓶に唇を当てて笛に見立てて、ボー、ボー、と切なげな音を奏でている才人である。

 ルイズと喧嘩して、部屋を飛び出て来た才人は当初こそ怒りに震えていたのだが……そのうちに怒り疲れてしまい、終いには哀しくなってしまったのであった。

 才人は、(誤解だっていうのに、どうしてあそこまで怒るんだろう? と言うかキス以外の事は何もさせてくれない癖に、怒る権利はあるんだろうか? いやいやその前に、俺とルイズは付き合ってるんだろうか?)と考えてみる。

 ルイズはときたまではあるが、才人の事を好きだ、という仕草は見せるものの、それをハッキリ口にした訳ではないのである。というよりも口にするのを拒んでいる素振りすら見せるのである。

 何らかの理由があって、ルイズはもう一歩踏み出せないでいるのである。が、才人にはそれが何なのか理解らなかった。

 それから才人は、(でもそれが“使い魔”以上恋人未満の関係から、俺を恋人にするのを拒んでる……詰まり、俺はまだルイズの恋人じゃない。あれだけ唇を重ねても、それは結局、重ねた、以上の意味を持たないんだ。俺、彼女いない暦17年のままか……いや、1年経ったから18年?)、とも考えた。

 兎に角、(ルイズは自分のことが好き)、と想い込んでいたということもあって、いざそんな疑問が浮かぶと才人はどう仕様もなく悲しくなってしまうのである。

 ルイズは俺に惚れてる、と、あれだけ調子に乗りまくっていた分だけ、一旦落ち込んだら底なしであった。深い闇でできた沼にどこまでも沈んで行くかのように、才人は落ち込みまくるのであった。

「才人。俺もそうだが、ルイズは、御前同様に不器用で、そして素直になれないだけだ」

「理解ってるよ……それでも……」

 俺の言葉に返事はするが、それでもやはり才人の気分は底なし沼に身体の9割が呑み込まれてしまったかのようである。

 才人は、(嗚呼、ここにいる皆が羨ましい。皆、彼女がいて良いなあ……俺にはいないんだ。我儘な御主人様ならいるけどナ……)、と溜息を吐いた。

 そんな才人に、ぱっくりと胸の空いた派手なシャツに身を包んだマリコルヌが話し掛けた。

「やあサイト、セイヴァー。これどうだい? 似合うかい?」

 才人と俺はチラッとマリコルヌを見遣った。

 似合う似合わない、というレベルではないといえるほどであった。昔テレビで見た、罰ゲームのコメディアンや下手なコスプレのようであるといえるだろう。

 マリコルヌの今の格好は、ぷっくりと出た御腹出た御腹がシャツの隙間から出ている。

 それでも才人は、ニッコリと、妙に微温い笑みを浮かべた。疲れていたのである。

「似合うよ。良かったな」

「うむ。妙に、似合っているな」

 才人と俺の言葉を聞くと同時に、マリコルヌは鼻孔を広げて才人の肩を叩いた。

「どうしても着てくれって言うんだ! いやぁ、モテるって辛いね!」

 はは、と才人は乾いた笑いを浮かべた。

「セイヴァーの言った通りだったよ。本当に、僕にも春が来たなんて」

 マリコルヌは満足げに笑う。

 才人が現在、ルイズと喧嘩して部屋を出ているということを知っている幾人かの生徒達が、そんなマリコルヌに注意を促そうとする。

「良かったなマリコルヌ! さぁ、こっちに来いよ!」

「いや、僕はサイトとセイヴァーに聞いて欲しいんだ。なあサイト聞いてくれ。信じられないことに、僕は現在2人の少女に舞踏会でのエスコートを申し込まれている! この御腹でも良い。いや、むしろこの腹が良い、と言う少女達だ! 僕は彼女達を、実に特殊だと想う。いやホント、特殊、という言葉以外で形容できない。だって僕が好いって言うんだぜ! さあサイト、決めてくれ。どっちのが娘が良いと思う? 1人はブルネットの髪と清楚な娘で、もう1人は赤髪の情熱的な娘だ」

 才人は遠い目になって、ルルル……と鼻歌を歌い始めた。

 危険信号だ、と感じたギーシュがマリコルヌへと近寄り、その身体を引き離し始めた。

「なあマリコルヌ。サイトは今……」

 ギーシュはゴニョゴニョとマリコルヌの耳元で何事かを呟いた。

 するとマリコルヌは笑い始めた。

「何だサイト! またルイズと喧嘩したのかい? しょうがない鈍感だな! 僕が女の子の扱いというモノを、教えて上げようか? ナハ! ナハ!」

 マリコルヌは高らかに笑いながら才人の背中をバシバシと叩いた。

 ギーシュ達は青い顔になったが、才人は卑屈な笑みを浮かべて「あ、有難う」などと呟くのである。

 そんな才人を見かねて、レイナールがギーシュに呟いた。

「なあギーシュ。幾らなんでも、サイトが可哀想だ」

「ん? ああ、そうだな……」

 盛り上がっていたギーシュ達は、自分達の浮かれ具合を反省した。“水精霊騎士隊”の総ての不幸を1人で引き受けてしまったかのような才人の境遇に同情したのである。

「どうにかして、あいつに元気になって貰いたいな」

「しかしまあ、こればっかりはどうにもならんなあ。何せ、人の恋路だからね」

 ギーシュはもっとももらしく首肯いた。

 そんな中……何時でも豪快なギムリが、何故か小声でギーシュに囁いた。

「隊長殿。俺に良い考えがあるんだが」

「君がか?」

 ギーシュは、怪訝な様子でギムリを見詰めた。

 ギムリは元々、良い考え、などというモノが浮かぶタイプではないのである。この前の騎士隊との大喧嘩でも、“精神力”が切れた後、先頭切って殴りに行ったのは彼であったのだ。

「女と上手く行ってない男を、1番慰めるモノは何だと想う?」

 ギーシュは即答した。

「女」

「その通りだ。女で傷付いた男を慰めるのは女……何とも我々男は哀しい生き物だね」

「何が言いたいんだね?」

 ギーシュが促すと、ギムリは目尻を下げた。

 凶悪、と形容しても良い彼がそのようなニヤケ顔になることに、少年達は、(余程のことに違いない)と感じた。

「大浴場を知っているね? そこは現在、男子用と女子用に分かれている」

「そうだな。何せ、湯着を着用して、男女の区別なく入浴していたのは僕達の祖父の時代までだからな」

 その頃、入浴とはイコール混浴といえるモノであった。とはいっても、現在の“地球”でいう水着のようなモノを身に着けての入浴であるのだが。しかし、戒律の厳しくなった“ロマリア”が、その習慣を宗教的理由から禁じることにしたのである。それから、入浴というモノは、就寝前の祈りの前に身体を清める、味気ないモノへと変化したのであった。

 ギーシュはその習慣が存在した時代に生まれなかったことを、深く恨む者達の1人であった。

 現在の“トリステイン魔法学院”の風呂場は、本塔の地下に設けられている。白い大理石で造られた巨大なプールのようなモノである。通路を挟んで同じモノが2つ造られ、其々、男子用、女子用と成って居る、

「風呂が一体、どうしたんだね?」

「女子用の風呂を、劇場として機能させるというのはどうだ? これ以上、男を奮い立たせる催しはないモノだ。だろう?」

 ギーシュの目が大きく見開かれた。

「女子風呂を覗こうというのか!」

 しっ! とギムリはそんなギーシュの口を押さえた。

 その不届き極まりない発言に、騎士隊の少年達が集まって来る。

 ぷはぁ、とギーシュは口を開くと、真っ赤に成った顔で捲し立てた。

「き、きき、“貴族”として恥ずかしいと思わんのかね? 婦女子の入浴を覗くだなんて! これ以上の破廉恥がかつてあっただろうか? いやない!」

「だがな、隊員の士気が下がっているのを、一員として見過ごす訳にはいかん。それに君、正直にいえば、覗きたいだろう? いやはや! 大事な事だぜ! “フッリグの舞踏会”は直ぐ其処だ。何の女性をエスコートするのか? 之以上“貴族”にとって大事な事は無い! そして、服を着ていては、どの女性がダンスに優れているのか判らないだろう? 中身をきちんと吟味して、どの女性と踊りたいのか? いや、踊るべきなのか判断する。“貴族”の義務とさえ言えるだろう!」

 無茶苦茶だといえる理屈であったのだが、ギーシュの心は動き始めた。元より、彼にとってこれ以上完備な提案はないのであった。ギーシュはプルプルと震え始めた。

「いかん! いかんよ君! 女子風呂は、厳重に“魔法”で守られている!」

「へえ、そうかい」

 ギムリは余裕の態度で答える。

 ギーシュは心底悔しそうな顔で捲し立てた。

「良いかね? 僕はこの“学園”に入学した時に、真っ先に調べたのだ。女子風呂はまるで要塞のような鉄壁の防御を誇っている! 半地下の構造で覗くためには陸路で接近するしかないのだが……接近するためには先ず、周りを護る5体の“ゴーレム”を何とかしなくちゃならないんだ。そして、それ等をクリアーしても未だ難関が残っている! “魔法”の掛かった硝子窓の存在だ! これがもう、手の付けられない代物だ! 向こうからは丸見えだが、こっちからは決して覗けない! おまけに強力な“固定化”の“魔法”が掛かってるから“錬金”何かではどうにもならない! その上、“魔法探知装置”まで付いているから、“魔法”は端から使えない!」

 先程口にした“貴族”の誇り、が真っ向から吹き飛んでしまうだろう問題発言であったが、今となっては誰も気にしてはいない。たった1つの事で頭が一杯になってしまっているのである。

「御手上げだよ。“メイジ”には、どうにもならないんだよ!」

 ギーシュは、泣きそうな声で呟くと、ドカッと床に胡座をかいた。

 隊員達の間から、「くそ!」、「何て事だ!」、「余計な所に大金を掛けやがって!」、などといった悔しそうな舌打ちが漏れる。

 ギムリは、そんな隊長の肩を叩いた。

「さて、そんな風呂がる本塔の図面を、拝見出来る栄誉に恵まれた“貴族”がいたとしたら?」

 ギーシュの目が輝いた。

「ま、まさか君は……」

「その幸運な“貴族”だよ」

 一同から、うぉおおおおおおおおお! と、窓が割れんばかりの歓声が沸いた。

「先日、図書館に赴いた時のことだ……僕は“学院”の歴史を調べていたんだ。知っての通り、この“トリステイン魔法学院”は、長い歴史を誇っている。詰まり、“学院”の記録書の棚も矢鱈と長くなる。恐らく何百年もの間、誰も触れてないような部分も存在する。そこを探っていたら……こんな1枚の写しを見付けた。この紙だ」

 その場の全員が、固唾を呑んでギムリが差し出した紙を見詰めた。

 それは羊皮紙に描かれた本塔の図面であった。幾つもの注釈が、色褪せた黒インクで書き添えられていた。

「どうだい? 本塔に掛けられた“固定化”の部分があますところなく記されてい居る! 恐らく、設計に当たった技師か誰かが、控え用に写したモノだろう。でも、それで僕達の計画には十分なのさ」

 ギムリはニヤッと不敵な笑みを浮かべてみせた。

 ギーシュはワナワナと震えた。

「僕が将軍だったら……君に勲章を授与していたところだ」

 隊員達も、銘々感動に震えたのか、空を仰いで涙を流す者、拳を握り締めて何度も首肯く者が続出する。

 しかしそんな中、1人の少年が顔を真っ赤にして言った。

「諸君! 紳士諸君! 僕は情けないぞ!」

 レイナールである。根が真面目な彼は、どうにもそんな計画を許すことができないらしい。

 一同は困ったように顔を見合わせ始めた。

 しかし、そんなレイナールに、何かを感じたらしいマリコルヌが、真顔で言った。

「僕達は“貴族”だ。況してや近衛隊だ。いつなんどき、祖国と女王陛下のために、命を捨てるとも限らない。死は我々の隣に、いつもある。死は友であり、僕達の半分だ」

「その通りだ! そんな“貴族”の僕達が……その、風呂を……」

「さて君は、あのティファニア嬢のモノが本物かどうか判らぬまま、死に切れるのか?」

 レイナールの顔が蒼白になった。

 マリコルヌは、真剣な声で続けた。

「僕には無理だ」

 レイナールは暫く己の中で葛藤している様子を見せる。がしかし……遂々我慢し切れずに、ガクッと膝を突いた。それから、絞り出すような、魂の響きとでもいえる言葉がレイナールの喉から漏れる。

「た、確かめたいです……」

 マリコルヌは聖女のような笑顔を浮かべて、レイナールに手を差し出す。

「行こうぜ。僕達の戦場へ」

「で、セイヴァーはどうするのだね?」

「俺は降りる」

「何でさ?」

 レイナールが堕ちたのを確認したギーシュは、俺にも誘いをかけて来た。

 だが当然、俺はそれを断る。

「後が怖いからな。まあ、告げ口などはせんから、気を付けて行くんだな」

 

 

 

 

 

 ギーシュのヴェルダンデが掘る穴を、一同は這いながら進んで行った。

 ヴェルダンデの後ろに続くのは、隊長のギーシュ。その後ろにはギムリが続く。次にマリコルヌ、最後尾には才人がいた。

 先程の盛り上がりの中で、俺と才人は盛り上がりの中で他人事であった。才人は落ち込んでいたこともあって、気もそぞろであって話を聞いていなかったのである。そのために、何をしに行くのかを理解していなかった。

 才人は、隊員達に「良いモノを見せてやる」と言われたために、取り敢えずといった風にくっ着いて来ただけなのである。

「地下に埋まっている部分の壁石には“固定化”は掛かっていない。あの図面を見る限りでは。信じて良いのかね?」

 ギーシュが心配そうな声で、自分の後ろから這って着いて来るギムリへと尋ねる。

 暗闇の中、ギムリは大きく首肯いた。

「ああ。あの図面には、当時の設計主任、“エルモン伯”の許可印が押してある。紛うとことなき本物さ。考えてみれば、地面の下とは盲点だった! 成る程風呂は半地下の構造になっている。窓ばかり注意が行って、地面に埋まった壁まで頭は回らなかった。頭だけ守って、尻が御座なりになるってのは、何も生き物だけじゃないってことだ」

 掘り進むヴェルダンデが、ピタリと動きを止めて振り向いた。

「モグモグ」

 ギーシュの顔に緊張が奔る。

 壁に打ち当たった様だ。

 ということは……。

「諸君、目的地に到着したぞ」

 全員から、感嘆の溜息が漏れた。

「どうやら、地上の“ゴーレム”も、地下までは反応しないようだな。静かなもんだ」

 ギーシュは軽く“杖”を振り、その先に“魔法”の灯りを灯した。

 ボンヤリと、淡い光がヴェルダンデの掘った穴の中を照らす。

 ヴェルダンデが鼻で指し示す先に、灰色の石壁が見える。

「ヴェルダンデ。その壁に沿って、穴を広げてくれ。ここにいる全員が入れるくらいに」

 あっと言う間に、ヴェルディはギーシュの要求に応えた。

 

 

 

 一方、壁を挟んだ向こうでは、そんな計画の存在など露知らぬ乙女達が、朗らかな嬌声を上げていた。

 浴槽は、横25“メイル”、縦15“メイル”ほどもある。“学院”の女子生徒達が、一斉に入ることができるほどの大きさである。

 “貴族”の浴場であるということもあって、張られた御湯には香水が混じっている。

 ルイズは弧を描く壁に背を付けて、浴槽に浸かっていた。細い手足を無造作に投げ出し、ユラユラと揺れる水面を眺める。

 ルイズは、ボーッと辺りを見回す。見知った顔が、其々に寛いでいる様子が、ルイズには見えた。ルイズの横には、シオンがいる。シオンもまた湯に浸かり、寛いで居る。

 キュルケはその身体を誇示するかのように、壁際に設けられたベンチに足を組んで腰掛け、壁から吹き出る蒸気に身を委ねている。

 その隣では、浴場にも関わらず“杖”を持ち込んでいるタバサが、湯気や湿気などを気にした風もなく本を読んでいる。いつも“杖”を持ち込んでいることに疑問を覚えていたが、彼女の生い立ちを知ったことで、それも致仕方ないことだとルイズは考えた。タバサは、いつどこで敵に狙われるのか判らない生活を送ってきたのである。今は少し安心できるようになったとはいえ、“杖”を肌身離さず持ち歩くことは、彼女の習慣と化しているのであろう。

 だがそこで、ルイズは、ふと、(もしかして、イーヴァルディとセイヴァーもここにいるのかしら?)といった疑問を覚えた。が、首を横に振り、その考えを追い出す。

 鏡の前には、モンモランシーがいる。彼女は、恥ずかしそうに自分の胸を持ち上げている。リボンを外し、後ろに撫で付けた髪を下ろした彼女は、いつもよりも幼く見える。持ち上げた胸を見えては、つまらなさそうな様子で唇を尖らせている。

 ルイズはそんなモンモランシーを見て、(別に良いじゃない。私よりはマシよ)と思った。そんな光景を眺めながらも、ついつい考えてしまうのは、やはり才人のことであった。

 ルイズが今朝起きると、隣に才人はいなかった。

 そのことだけで、ルイズは激しく落ち込んでしまったのである。あれだけの啖呵を切って出て行ったのだから、才人は朝に戻って来る訳もないのだ。だが、理屈で考えれば納得できることであるのだが、やはりどうにもルイズの気持ちは沈んでしまうのであった。

 ルイズは、(確かに怒り過ぎたわね。3日間、パンツ1枚で反省文を書かせて朗読を繰り返させたのは、正直遣り過ぎたと想うわ)と反省した。

 だがそれでも、ルイズは才人のことを赦すことができないでもいたのである。

 心配して見舞いに行ってみれば、ティファニアの胸を握り締めていた才人を目撃してしまったのだから。

「ねえ、ルイズ。サイトのこと、そろそろ赦して上げたら?」

「…………」

「彼にも非があるかもしれないけど、貴女もそうよ。彼の言葉に、しっかりと耳を傾けた? 頭ごなしに否定しちゃ駄目だよ? セイヴァーの受け売りって言うか、彼自身が受け売りだって言ってたけど、ただ“間が悪かった”って」

「…………」

 シオンの言葉を聞き、ルイズは自省する。が、それでもやはり、怒りが収まる気配はない様子である。

 浴場の入口付近から歓声が沸いて、ルイズは顔を上げた。

 そこには、長い耳と暴虐的な胸を持った例の金髪の妖精が、恥ずかしそうに浴布で身体を隠しながら立っている。

 しかし、彼女の胸は余りにも大き過ぎた。

 浴布から食み出た部分の体積が、ルイズの目に飛び込んで来る。そのような体積を持つ物体のことを、胸の部分に付いているということが、ルイズにはどうにも信じることができなかったのである。

「やっぱり、凄いね。ティファニアの胸は」

 シオンの率直な言葉に、ルイズは件の才人の行動を想い出して更に不機嫌になってしまった。

 ティファニアはキョロキョロと辺りを見回すと、ルイズとシオンの姿を見付け、ニッコリと笑って近付いて来た。あまり心を許すことができる友人がまだできていないのであろう。

 だが今のルイズは、そんなティファニアと話せる気分ではなかった。その妖精のような姿を見ていると……自身がとてもちっぽけで取るに足らない存在の様に想えてしまうからである。

 ルイズが顔を浴槽に沈めてブクブクと息を吹いていると、ティファニアは怖ず怖ずとルイズとシオンの隣へとやって来た。

「あの、御隣、良いかしら?」

「どこで湯に浸かろうが、貴女の勝手よ」

 つい、そんなキツめの言い方で言ってしまい、ルイズは恥ずかしさと申し訳なさを覚えた。再びルイズは、御湯に顔を埋めて、ブクブクとやり始める。

 ティファニアは、掌で御湯を掬って、珍しそうに見詰めている。それから、誰に言うでもなく口を開いた。

「広い御風呂ね。びっくりしちゃう。私達が使っていた御風呂とは大違い」

「どんな御風呂を使っていたの?」

「蒸し風呂って言うのかな……煉瓦を組み合わせて、釜戸みたいなのを造って、そこで焼いた石に水を掛けて、蒸気を浴びるの。夏は近所の泉で沐浴していたわ」

 だからこんな立派な御風呂は初めて、とティファニアはルイズの質問へと微笑み答えた。

「ホントに感謝してるの」

 唐突にティファニアは言った。

「え?」

「サイトにルイズ、セイヴァーさん、シオン……迎えに来てくれた皆。そしてアンリエッタ女王陛下や“トリステイン”の人達にも……私皆に感謝してる」

「どうして?」

「だって、皆がいなかったら、こんなに沢山の色んなモノ、見ることはできなかったもの。外の世界って凄いね。私、こんな御風呂、想像したことすらなかったわ」

 ティファニアは両手を挙げて、周りを見回した。

「……あれだけ、非道いことされたのに?」

 ルイズは、ベアトリスとその事件を想い出して言った。

「最初は仕方ないわ。私はこんな耳してるし。“エルフ”の血が流れているのは本当だもの」

 ティファニアは笑いながら、自分の耳を抓んだ。

「それと私ね。こうやって、皆がいる時は、御風呂にも入ることができなかった。夜中にこっそり、誰もいない時を見計らって入っていたの。でも今はもう怖くない。堂々と入れる。あの事件のおかげよ」

 ルイズは、屈託のない笑顔を浮かべるティファニアを、眩しそうに見詰める。そして、軽く憂いを含んだ声で言った。

「危険なのは、“エルフ”の血だけじゃない。貴女は“担い手”なのよ。いつなんどき、誰かにその力を利用されるか判らないのよ?」

「ルイズを見ていれば、そんな心配はないわ。貴女は自分の意志で、“魔法”を使ってる。私もそうしたい」

 屈託のないティファニアのその言い方に、ルイズは心を打たれた。増々自分が小さく、胸だけではなく、その存在までもが小さくちっぽけなモノに感じられた。

 ティファニアは、何の干渉もなく育って来たということもあって、自分というモノを大事に育てきたのであろうことが理解る。

 一方、ルイズは色々なモノに縛られて育って来たといえるだろう。いや、ルイズだけではなく、“貴族”の殆どが、だ。

 伝統。

 誇り。

 名誉。

 そのことがルイズの行動を決定付けている。それ故に、才人と意見が食い違うことも多い。

 また、ルイズは、シオンのことも眩しく想えた。

 俺もまたルイズと同様に、シオンやティファニア達のことがとても眩しく想えるのであった。

 シオンは、ルイズや他“貴族”同様に、いや、俺以上に伝統や誇り、名誉などと云ったモノに縛られて育って来たといえるだろう。だが、“貴族”や“王族”としての高慢さなどを一切感じさせず、立場なども関係なく、穏やかに皆へと接することができているのだから。

「ねえルイズ」

「何?」

「今の貴女の考えていること、大体判るわ……貴女にも、誇れるモノはある。私からすると、貴女は眩しく見えるもの。そうね……セイヴァーやサイトの国の言葉でいうところの、隣の芝生は青い、といったところかしら」

「…………」

 シオンの言葉を聞いて、ルイズは俯く。

 何人かの生徒達は、優雅に湯に浸かっているティファニアとシオンを見て、溜息を吐いている。

 並ぶ3人は、まるで妖精のようである。幼い頃に読んだ御伽噺に出て来る美の妖精のように見えているのだろう。

 湯の下に見える、控えめな胸……自分の幼子のような身体を見て、ティファニアとの余りのボリュームの違いに、ルイズは哀しくなった。

 ルイズは、(サイトが触りたくなるのも、無理のないことかもしれないわね。身体だけじゃないわ。“貴族”の血を引きながら、“平民”のように育って来たティファニアの方が、異世界から来たサイトと理解かり合えることも多いんじゃないかしら……? 私が勝ってる部分なんて、このティファニアに比べたらどこにもないじゃない)と考え、そんな劣等感が包み込もうとする。

「ねえ、ティファニア?」

「テファで良いわ」

「テファ。その、サイトを赦してね」

「え?」

「あいつ、その、変態でどう仕様もないけど、根はそんなに悪くないの。いきなり胸を触ったりして、驚いたかもしれないけど……きっと悪気はないのよ。つい、手が伸びてしまったんだと想うの。主人の私からも謝るわ」

 いきなり謝り出したルイズを、ティファニアは怪訝な面持ちで見詰めた。それから、急に顔を真っ赤に染めた。

「ち、違うの。それは私から頼んだの」

 ルイズの目が大きく見開かれる。

「私……耳だけじゃなく……この胸も可怪しいと想うの。だって、どう考えても大き過ぎるもの」

 他の娘達が言ったら、厭味にあるであろう言葉であったのだが、ティファニアの言葉には純粋な疑問と不安だけがあることが判るだろう。

「だからサイトに頼んだの。確かめてって」

「お、男の子にそういうこと頼むのって、可怪しいと思うわ」

 唖然とした様子で、ルイズは言った。

 するとティファニアは、顔を赤らめた。

「そ、そうよね、考えてみればそうだわ」

 ルイズは呆れた。

 ティファニアの天然っぷりは、ルイズの想像を超えていたのである。同年代の子達と接することがなかったために、そういったことが判らなかったのであろう。

「サイトって、初めて出来た同年代の御友達だから……あんまり男の子って気がしないの。でも、例えば彼の恋人にしてみれば、赦せないことだよね……」

 ティファニアはショボン、として膝を抱えた。そうすることで胸が寄せられ、まるで島の様に水面から盛り上がる。

「それは触らせたら、駄目よ、そういう種類のモノよ」

 ルイズは冷ややかな視線で、ティファニアの胸を見詰める。余りにも心が傷付いてしまうために、自分のそれは見ないように努めた。

 そんなルイズの言葉と様子に、シオンは苦笑を浮かべる。

「御免ね。ルイズ……サイトの恋人だもんね」

 ティファニアがそう言った時、ルイズがガバッと立ち上がった。

「こ、ここ、恋人じゃないわ!」

 これでもかという具合に顔を真っ赤にさせ、ルイズはプルプルと震えた。

 そんなルイズを見て、ティファニアも顔を赤く染める。

「ル、ルイズ……その……何て言うの? 丸見えで……」

 ルイズの顔が、更に赤く染まる。

 浴布で身体を隠すこともせずに勢いで立ち上がったために、前進がティファニアの前に曝け出されているのである。

 再びルイズは御湯の中へと身体を沈めた。

 ルイズは、恥ずかしいと思うのと同時に、才人のことが頭に浮かび上がった。それから、才人の言葉が事実であったことを、ルイズは理解した。そして、(それなのに、私と来たら……ティファニアに対する劣等感で頭が一杯で、その言葉を信じられなかった……あれだけサイトは私のために戦ってくれたのに……シオンの言う通りだわ……)と激しく落ち込んだ。

 ルイズは、(出て行ってしまったサイト。このままサイトが戻って来なかったらどうしよう? もし、そうなったとしても、仕方ないわよね。自分はサイトの言葉を信じられずに、あんな非道い扱いをしてしまったんだもの)とプルプルと震え始め、そう考えた。

「どうしたの? 寒いの?」

 ティファニアが心配そうに、ルイズへと話し掛ける。

「違うの」

 ルイズは言った。

 身を乗り出して来るティファニアの、細いウエストと信じがたい大きさの胸がルイズの目に飛び込んで来る。

 ルイズは、(男の子が10人いて……私とティファニアを比べたら、やっぱり10人がティファニアを選ぶんじゃないかしら? 同じ“虚無の担い手”なのに……どうしてこうも違うの?)と考えた。

 

 

 

 一方、浴場の壁の向こうでは、男達の計画が完遂されようとしていた。

 ヴェルダンデが壁沿いに掘り上げた坑道に、横一列に腹這いで並んだ“水精霊騎士隊”の少年達は、己の“杖”の先に全身全霊を掛け、一生に1度ともいえる気迫でもって、とある“呪文”を唱え続けていた。

 “錬金”である。

 “土系統”の基本“呪文”。

 その“錬金”をキリとなして、厚さ20“サント”はあろうかという浴槽の壁石に、穴を開けたのである。

 小さな穴だ。

 その直径は大凡1“サント”。

 少年騎士達は、その“錬金”の威力のコントロールに傾注していた。地面より上の壁には、“固定化”のみならず、“探知(ディテクト・マジック)”まで掛かっているのだから。

 地面の下にはその効果は及ばないといえども、彼等にとって、万が一にでも探知される訳にはいかないのである。それは少年達の計画の崩壊のみならず、彼等の破滅を意味しているのだから。

 よって、その“錬金”には細心の集中力とコントロールが要求された。威力が強すぎてもいけない。かといって、弱過ぎてもまた硬い壁石に穴を穿つことはできないのである。

 それは苦しく、また“精神力”を著しく消耗させる行為であるといえるだろう。

 1人の少年が、額から汗を垂らし、激しく咳き込んだ。それから悔しそうな様子で、首を横に振った。

「もう駄目だ。僕は限界だ。これ以上、こんな繊細な“詠唱”には耐えられない……」

 隣の少年が、真剣な顔と口調でそんな仲間を叱咤する。

「何を言うんだ! 僕達の栄光は直ぐそこだぞ! 御前はこんな所で負けても良いのか!?」

 肩を掴んで、泣かんばかりに少年は、弱音を吐いた少年を説得をする。

「想像しろッ! 御前のその勇敢な頭脳で想像するんだッ! この壁の向こうにある桃源郷をッ! 戦士達の魂が癒されるべきヴァルハラをッ! 数々の聖女達が、伝説の妖精達が、この壁の向こうで、僕達を待っているッ! 栄光は直ぐそこだァ! 諦めるなァッ!」

 少年は、涙を流した。そして、「ぐぉ、おぐぉおおおおッ!」 と唸ると、再び“杖”を取り上げて、“呪文”を唱え始めた。

 “呪文”の合間に、少年騎士達は一斉に叫んだ。

「僕達はヴァルハラを想像するッ!」

 才人は、そんな連中を唖然として見詰めていた。未だ、一体何が起こっているのか、才人は理解していなかったのである。(こんな地面の下で、こいつ等は何で一生懸命に壁に穴を開けているんだ?)と疑問に思うのみであった。

 マリコルヌが後ろでボンヤリと見詰めている才人へと振り返り、ぐ! と親指を立てて見せた。

「待ってろよ。副隊長。この世の春を拝ませてやる」

 どうやら彼等は春に向けて穴を開けているらしい、ということを才人は理解した。だがそれでも、どのようなな春であるのかを、才人は理解らず、疲れた頭で見詰め続けるのみである。

 暗い穴の中であるということもあって、時間の経過が良く判らないだろう。どれほどの時間“錬金”を唱え続けていたのか判らず、5分にも、1時間にも、皆には感じられた。いや、もっと長かったのかもしれない。

 兎に角、“水精霊騎士隊”の努力が、実を結ぶ瞬間がやって来た。

 暗闇の中……一筋の光が射し込んだので在る。小さな穴が、開通した瞬間で在る。

 誰かが歓声を上げよとしたのだが、直ぐにその口が別の少年によって押さえられる。

 穴が開通した以上、大きな物音は厳禁であるためだ。

 次々と、小穴は開通して行く。

「……向こうからは、この穴は判らないのかね?」

 心配そうな声で、ギーシュが尋ねる。

 ギムリは首肯いた。

「……余程のことがない限り、大丈夫だ。知っての通り、浴場の壁面には彫刻が彫ってあり、彩色までなされている。男子浴場と同じデザインのはずだ。こんな小穴は模様に見えるはずさ」

 ギーシュは首肯いた。

「なあ君、僕はこの穴を、ギムリ砦と名付けようと想う。難攻不落の要塞を陥落させた、素晴らしい砦だ。それを完成させた君の功績を末永く讃えたい」

 2人はひっしと抱き合った。

 そのギーシュを、マリコルヌが突く。

「しっかり指揮を頼むぜ。隊長。僕達の初陣だ」

「も、勿論さ」

「で、栄えある一番槍は?」

「決まってる。そこのサイトだ」

 ギーシュは、奥の方で膝を抱えていた才人を指さした。

「へ? 俺?」

 パチパチパチ、と小さな拍手が響く。

「サイト、羨ましいな」

「しっかりやれよ」

 と、爽やかな声が才人へと掛けられる。

 才人は、(一体何々だ? こいつ等は何で一生懸命、あんな石に穴を開けてたんだ? 光が射し込んで来るけど、あの先には何があるんだ? さっぱり意味が理解らない)と想った。

 しかし指名されたとうこともあって、才人は腹這いになってギーシュの元へと向かった。

 皆に囲まれながら、才人は穴へと顔を近付けた。

「こいつで元気を出し給え。サイト」

「う、うん……」

 先ず……才人の視界の中に入って来たのは湯気であった。

 濛々と立ち籠める湯気……そして湯気の向こうには白い壁。

 才人は、(何処だ? 此処は?)、と目を凝らす。

 次の瞬間、肌色の何かが才人の眼の前を通り過ぎる。

「え? もしかして、ふ、風呂?」

 恍けた声で才人がそう呟いた瞬間、口を押さえられる。

「しっ! 声が大きい」

「お、御前等……もしかして女子風呂に穴を……」

「君を元気付けるためだ」

「ば、馬鹿。俺がこんな覗きで元気に……ひう」

 そこまで呟いた瞬間、才人の喉が勝手に息を吸い込んだ。

 穴の向こうの空間は、まるで天国とでもいえるモノであった。裸の女子達が、気持ち好さそうに入浴しているのである。

 ただ1つだけ欠点を上げるのであれば、タオルのような布を、女子達は身体に巻いて移動していることだろうか。女子だけとはいえども、素っ裸になるということには抵抗があるらしいことが判る。

 才人は、(まあ、男だってタオルは腰に巻くもんなぁ……)、とそんな感想を抱いた。

「テ、テファ?」

 湯気の向こう、女子達の間に、とうとう才人はティファニアの顔を見付けてしまった。

 ティファニアの隣には、ルイズとシオンがいる。

 3人共、壁を背にして湯に浸かっており、胸から下は水面下であるために見ることができない。

 才人がその名前を口にした瞬間、騎士隊の面々は己が開けた穴へと突進した。

 事の是非を忘れ、才人もまた眼の前の光景に息を呑んだ。何せ、ルイズとティファニアとシオンが3人仲良く並んでいるのである。

 何せあれだけ着替えを手伝っていながらも、才人は未だルイズの裸を見たことがないのである。下着姿であれば、何度も拝見しはしたのだが……ルイズは着替えを手伝わせる時も、下着だけは自分で身に着けていたためであった。

 好きな娘が、何も身に着けることなく湯に浸かっているのだ。汎ゆる道徳も理屈も、才人の中から吹っ飛んでしまった。

 でもって、ティファニアである。

 こっちはもう、理由は要らないであろう。ティファニアの裸、という単語は、絶対という意味でもあるといえるだろう。男と生まれたかには無視することはdけいないであろう、魔法の塊ともいえる代物である。

 シオンもまた、同様であった。ティファニアほども大きくもなく、ルイズほどの謙虚さもない大きさをした胸。“アルビオン王家の血を引く事でえた、ティファニア同様の綺麗でサラサラとした金髪。張りのある瑞々しい白い肌。

 其々、特徴の全く違う、妖精が3人がいるのである。

 才人は、魅惑のシアターともいえるそれに釘付けになってしまった。

 ティファニアの一挙手一投足が、才人の脳裏をチリチリと焼いた。

 ティファニアの胸の上半分が見えるのである。小高い丘が、水面から盛り上がっているのである。

 ホ、ホア、ホアアアア……と切ない溜息が“水精霊騎士隊”の面々から飛んだ。

 その時才人は、此の光景を目にしているのが自分だけではない、ということを想い出した。

 騎士隊の皆が、見ているのである。

 ティファニアがルイズに何かを言うのが、才人には見えた。

 次の瞬間、ルイズは軽く身を沈めた。

 才人は、ルイズの仕草が、何を意味するのか直ぐに理解った。あれは、何か我慢できないことを言われた時の仕草である、ということを知っているのである。

 そして、ルイズが立ち上がる、ということをコンマ数秒の間で、才人の思考はそこまで予想することができた。

「――御前等見るなぁあああああああああ!」

 反射的に絶叫して、才人は左右に転げ回る。

「――な!? 何だ!?」

「おい止せッ!」

 腹這いになって並んだ少年達は、玉突きの要領で覗き穴から視線をズラされてしまう。

 ルイズが立ち上がったのは、その瞬間であった。

 

 

 

 ルイズが劣等感に悩まされて、ブクブクと水面を泡立てていると……。

 向こう側の壁沿いで入浴していた女生徒達が、何やら騒ぎ始めた。

「今、男の子の声が聞こえなかった?」

「聞こ得た!」

 ティファニアが心配そうな表情を浮かべた。

「誰かしら?」

「“ガリア”の手の者かしら?」

 だが、どうやら違うということを、ルイズ達は理解した。

 身体を洗っていたモンモランシーが、逸早く壁に開けられた穴に気付いたのである。

「ちょっと皆! 壁に穴が開いているわよ!」

 湯気と壁に彫られた模様で良く判り難いが、窓の下の壁に、1“メイル”ほどの感覚で、黒い小さな穴が開いていることがが判明したのである。

 すると壁の向こうから、「撤退だ!」、などといった声が響いた。

 入浴していた女生徒達が一斉に叫んだ。

「覗きだわ!」

 モンモランシーが浴布を身体に巻き着け、先頭に立って駆け出した。

「皆急いで! “杖”よ!」

 覗き、と聞いて怒り心頭になった女生徒達は口々に叫びながら脱衣所の方へと駆け出して行く。

「この“魔法学院”で覗きを行なうなんて! なんて命知らず!」

「皆さん! 絶対に逃がしてはなりませんわよ!」

 ルイズとティファニアも、顔を見合わせて駆け出して行った。

 ただ、シオンだけは浴場に残っていた。

「度胸があると言うか、何と言うか……でもまあ、2人共元気になって良かったのかな?」

 

 

 

 巣に殺鼠剤を撒かれた鼠のように、“水精霊騎士隊”の騎士達は我先といった様子で逃げ出した。必死の勢いで這い擦り、穴を飛び出す。

 そこは“火の塔”の隣の茂みであった。

「諸君! 固まっていては一網打尽だ! 散開するぞ!」

 女子生徒達の反応は素早く、中庭の彼方此方で不埒者を捜す声が聞こ得て来る。

「どっち?」

「あっちで声がしたわ!」

 少年達は、首肯き合うと夜の闇にと散って行った。

 その頃才人は、逃げ遅れて未だ穴の中であった。最後尾で在り、“魔法”の灯りを灯した少年達が穴から出て行ってしまうと、辺りはまるっきりの暗闇になってしまった。

 才人が何とか入り口へと到達した時には、時既に遅しといった状況であった。

「この穴から入ったのよ!」

「まだ中にいるのかしら?」

 穴の周囲は怒り狂った女子生徒達によって包囲されている。

 才人は、(嗚呼、俺はたった1人責任を負わされて、多分コテンパンにされるんだろうなぁ……)と嘆息した。

 誰かが“魔法”の灯りを灯し、中に入って来ようとしたその瞬間……。

 才人の周りの土砂が、吹き飛んだ。

「――きぃやああああああ!?」

 女の子達が悲鳴を上げる。

 才人の身体は、土砂ごと大きな竜巻によって巻き上げれてしまい……一瞬で才人は空中に放り投げられた。

「――うわぁあああああああ!? 何だ!?」

 地面に落下するかと思われた瞬間、空中で才人は何者かにキャッチされた。

 才人を抱えた影は、“魔法”を“詠唱”する。

「窓よ。その戒めを解き放て」

 本塔の窓の鍵が外され、次いで“念力”でその窓が開く。

 落下の方向を変え、影に抱かれた才人は窓から本塔へと飛び込む形で連れて行かれた。

 そこは、“アルヴィーズの食堂”であった。

 影は、咄嗟に才人を柱の陰に引き込む。

 やっとの事で暗がりに目が慣れると、才人に寄り添い、柱の陰に押し込む人物の輪郭が明らかになって行った。

「タバサ?」

 先ず、才人の目に飛び込んで来たのはタバサの青い髪であった。

「しっ。目を瞑って」

 タバサはそう呟くと、何故か才人の眼の前に“杖”を掲げ、視線を遮った。

「ど、どうして……?」

 言われた通りに目を瞑り、やっとのことで才人は呟いた。

「貴男は私が護る。どんな場合でも」

 才人にとって何とも頼もしい答えが返って来た。

「で、でも……俺達覗きを……」

「状況は問わない」

 淡々とタバサは言った。「覗きだろうが何だろうが、タバサは才人の味方になる」とそういう意味である。

 タバサは、才人の叫び声でことに気付き、穴の中に才人が取り残されてしまったことを逸早く察知して救い出したのである。実に、恐るべき戦士の勘であるといえるだろう。

「それに」

 タバサは、“霊体化”しているイーヴァルディへと目を向ける。

「“ブレイバー”が見てた」

「有難う」

 才人は、感極まった声で、2人へと感謝の言葉を口にした。

 入浴を覗いていたというのに……タバサは救けてくれるということに、その気持ちに感動し、感謝したのである。

「……有難う。でも、そろそろ目を開けて良いかな?」

「駄目」

「どうして? 俺が目を開けると、何か不味いことがあるの?」

「ある」

「良けば、教えてくれないかな? 見えないと不安になる」

 タバサは、僅かに小さな声で呟いた。

「私は、服を着ていない」

「は?」

 才人の身体に、(ということは、今、俺の身体にこうやって押し付けているタバサは……)と激しく緊張が奔った。

「裸?」

「そう」

 タバサは言った。

「な、何で?」

「服を着る暇がなかった」

 その時……食堂の中にも追っ手が入って来た。

「何人くらい捕まえたのかしら?」

「半分くらい。“水精霊騎士隊”の連中だったなんて、驚きだわよ」

 どうやら既に何人かの少年達は捕まってしまったらしい。遠くの方から、悲鳴が幾つが響いている。

「……赦してくれぇ~~~」

 次いで、“魔法”が飛び交う音。グシャッと何かが潰れる音。そしてまた悲鳴。命乞いの声。

 才人は暗がりの中で、(自分も捕まったら……ただでは済まない。現場に行くまで計画を知らなかった、何て言い訳通用しないだろうな)と想い、震えた。

 食堂の扉が開き、たたたたたた、と女の子達の足音が近付く。

 タバサは、ギュッと才人の身体を壁際に押し付けた。

 小さなタバサの身体が、才人の上半身にピッタリと寄り添っている。

 着込んだパーカーの向こうには、生まれたままの姿のタバサがいる。

 タバサの幼い身体を思わず想像し、妙に興奮してしまい才人は死にたくなってしまった。

 才人の心の中で、(タバサに興奮したら、人間終わりだぜ……才人。いや、そうか? タバサは身体付きこそ幼いけど、俺より2つばかり歳下に過ぎないんだよな? ということは……安全圏? セーフ、いやアウトだ)と審判が判定を開始する。

 女の子達が、柱の陰に隠れた才人達の側へと近付く。

 才人の呼吸が速く成る。

 その鼓動を抑えるかのように、タバサがソッと才人の胸に手を置いた。

 そういったことをされることで、更に鼓動が激しくなってしまい……才人は酸欠状態の金魚であるかのように口をパクパクとさせた。

 柱の陰に、1人の女の子が近付く。

 才人は、タバサが視界に入らない程度に、“杖”から顔をズラす。

 月明かりに照らされた顔は、モンモランシーであった。

 才人は、(モンモン、こっち来るな……勘弁してくれ……)と祈った。

 その祈りが天に通じたのだろうか。

 食堂の外から、ギーシュの小さな叫び声が聞こ得て来た。

 どうやら、彼も捕まってしまったらしい。

「……出来心なんだぁ……」

 モンモランシーの眼が吊り上がる。

「やっぱりね」

 それだけで人を殺すことができるであろうほどに凶悪な笑みを浮かべると、モンモランシーは駆け出して行く。

 残りの女の子もその後を追い掛けた。

「ヤバかった……ん?」

 ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、才人の後ろで、ピクリ、と何かが動いた。

 カサ、カサカサカサカサ……と何かが這い擦って近付いて来る音が響く。

 再び才人の頭が、急速に冷えて行く。

「……タバサ、この音、聞こ得るか?」

「うん」

 タバサの声は、心做しか震えている。

「何の音だろ?」

「判らない」

 才人は緊張を解すために、わざと明るい声で冗談めかして言った。

「幽霊だったりして」

「止めて」

「僕も、その幽霊みたいなモノだけど……それに、この音を立てたモノに害はないよ」

 イーヴァルディの言葉が聞こ得ていないのか、存在すらも忘れてしまっているのか。タバサはいきなり才人へとしがみ付いた。

 胸と腹を通じて、タバサの細い身体の形が、あますところなく才人の脳へと伝えられる。

 小刻みにタバサは震え始めた。

「な、何だよ御前、若しかして幽霊が怖いのか?」

 コクリ、と小さくタバサは首肯いた。

 意外ともいえるタバサの弱点に、才人は参ってしまった。(何だよこいつ。可愛いところあるんだな)と想い、堪らなくなってしまう。

(神様……俺は死んだ方が良いんでしょうか?)

「いや、だから僕」

 その時、とんとん、と才人の肩が叩かれた。

 明らかに人間のそれではないことに気付き、思わず才人は口走ってしまう。

「か、肩叩かれた」

 タバサはそれで撃沈してしまったらしい。怖がっていた身体から力が抜け、ぐんにゃりと才人へと凭れ掛かる。

「タ、タバサ」

 才人は目を開いた。

 気絶してしまったタバサの、細い、白い背中が才人の目に飛び込んで来る。

 なだらかなカーブがヒップへと続いていることが判る。意外に女性っぽさを持つタバサの身体のラインに、才人は死にそうになってしまう。が、どうにかして目を逸らす。

 それから才人は、(一体あの音は何々だ?)と振り返った。

 そこには、意外なモノがいた。

「御前……昨日の“アルヴィー”じゃねえか」

 其れは、昨晩、才人がこの“アルヴィーズの食堂”で一夜を過ごした時、花瓶の下敷きになってしまっていた、少女の姿をした“アルヴィー(少魔法人形)”であった。

 その“アルヴィー”は会釈でもするかのように身体を何度も傾ける。どうやら、才人に御礼を言いに来たらしい。

「いや、気持ちは嬉しいけど……時と場合を選んで欲しかったな」

 “アルヴィー”は再び闇の中へと消えて行く。

 素っ裸の状態であるタバサをそのままにしておく訳にも行かず、取り敢えず才人はパーカーを脱いで、タバサの身体に掛けてやった。それから、万が一にも人目に付かないようにと、柱の奥へと横たえさえ、イーヴァルディと共に守るようにその前に座り込む。

 “アルヴィー”達は、月明かりの中で、昨夜同様舞踏会を開始した。

 双月の明かりを受けて、“アルヴィー”達の舞踏会は無音のままに盛り上がって行く。

 そんな幻想的な光景が、才人の心の中に、昨晩のことのように過去の舞踏会を蘇らせて行った。

 今から1年程前。

 “フリッグの舞踏会”のことである。

 あの日、才人が1人、ベランダで無聊を囲っていると、ルイズがやって来たのである。白く眩いドレスに身を包み、桃色の髪をバレッタに纏めたルイズは、神掛かったかの様に美しい、といった印象を才人に抱かせた。

 そんな回想に浸る才人の足元に、再び少女の形をした“アルヴィー”が近寄って来る。

 その“アルヴィー”は、まるで才人に対してダンスを申し込むかのように、ペコリと一礼した。

 才人は微笑を浮かべる。

「俺に気を遣ってんのか。はは、優しいな御前……でも、俺と御前じゃサイズが違うよ。良いから、友達と踊って来な」

 “アルヴィー”はしばらくの間才人の周りを回っていたが、そのうちに再び仲間達の舞踏会の中へと再び消えて行く。

 そんな“アルヴィー”を見送りながら才人は、(ルイズも、こんな風に俺にダンスを申し込んでくれたっけ……あの時のルイズはホントに可愛かった。顔を赤らめて、“私と一曲踊ってくださいませんこと? ジェントルマン”、何て言い放ったよな。想えばあの言葉で、俺はルイズに参ってしまったんだっけ。それから1年経った今でも、その気持ちは変わらねえ。プライドが高く、我儘で、短気な御主人様だけど……ルイズは何度か可愛い仕草を、態度を、言葉をくれたんだ。セイヴァー、ギーシュやマリコルヌ達との友情、世話になったり助けられた人達が抱えた問題、色んな理由がこっちの世界に繋ぎ 止めてるけど……1番大きいのは、“ハルケギニア”との絆は、何と言ってもルイズのあの顔だよなあ。ダンスを申し込んで来た時の、照れた様な怒ったような、ルイズの横顔)と考えた。

 それから、(それなのに、俺ってば一時の怒りに任せてルイズの部屋を出て来てしまった。全く……今更離れられる訳ないじゃん。これからどうしよう)、とも才人はボンヤリと膝を抱えて考えた。

 その時……。

「サイト」

 名前を呼ばれて、才人は立ち上がった。

「いるんでしょ? 出て来なさいよ。さっき月明かりで、チラッと見えたわ」

「ルイズ……」

 才人は観念して、柱の隙間から身体を出した。

 服に着替えたルイズが、才人を睨む様にして立っている。

 そんなルイズを見詰め、(俺もギーシュ達と同じように、甘んじてルイズの罰を受けよう。知らなかったとはいっても、覗いたのは、事実だしな……)と才人は観念した。

「あんたも、あの穴の中にいたの?」

 疲れた声で、才人は言った。

「ああ。煮るなり焼くなり好きにしてくれ。逃げも隠れもしないよ」

 しかしルイズは、才人の肩を押しやると、暗がりに押し戻した。

「ルイズ?」

 ポツリと、ルイズは顔を背けたまま言った。

「言いたいことあるんなら、言いなさいよ」

 才人は、諦め切った顔で、一応の経緯を説明した。

「元気が出るところに連れて行ってやるって言われて……着いて行ったら女子風呂だったんだよ。正直に言うけど、覗く瞬間まで気付かなかった」

 ルイズはジッと押し黙っている。

「はは……そんなこと信じられる訳ねえよな……良いよ、どうせ御前が信じる訳ないしな。俺が何言ったって……」

「信じるわ」

 ルイズは、何やら決意が込もった声で言った。

「へ?」

 才人は拍子抜けした声で呟く。

「嫌ね。ホント、嫌ね。あんたが、嘘吐けるほど頭良くないって理解ってるのに、ついつい信じられなくって怒っちゃうのよ。私って」

 怒ったような声で、ルイズは言った。

 暫くの間があった。

 信じられない、といった様子で、才人は口を開く。

「御前、俺の言ったことを信用するの?」

「するわ」

 ルイズは言った。

「医務室でのテファのことも?」

 コクリ、とルイズが首肯いたために、才人は驚きを隠すことができなかかった。それから、(一体全体どんな風の吹き回しだ?)と想ったが、(ルイズが折れてくれるんなら意地を張る必要もないよな)と判断した。

「それはそれとして、あんたも悪いんだかんね」

「俺?」

 ルイズは才人を見上げて、睨み付けた。

「そうよ。あんたが、私の自信を失わせるようなことばっかり……」

 そこまで言った時、ルイズの中で感情が溢れ出した。

 悔しかった事。哀しかった事。才人が部屋を出て行って1日も経って居無いのにも関わらず、もう2度と戻って来ないのではないかと想ってしまった事。

 色々な想いが溢れ出てしまい、ルイズの目から涙が溢れた。

 ルイズは才人の胸を、ポカポカと叩いた。

「何であんたって意地悪ばっかりするのよ? 何で私の嫌がることばっかりするのよ? 何で出て行くのよ? 嫌だ……いなくなっちゃやだぁ……うえ~~~ん」

 ルイズはとうとう、顔をくしゃくしゃに歪めて泣き出してしまった。

 こんな風に泣かれてしまっては、才人にはどうすることもできず負けであるといえるだろう。泣かしてしまった時点で、才人に非があるといえるのだから。

 余裕を噛まして、ルイズの気を惹くような真似をしたこともまた一因なのだから。

 ルイズは未だ子供かもしれないが……しっかり自分の過ちをも認めるだけの器量がある。

「御免な」

「……いなくなったらやだ……何しても良いけど、それだけは駄目なんだから」

 ぐず、ぐし、ぐしゅ、とルイズは目の下を擦り上げる。

 才人はどうすれば良いのか理解らず、そんなルイズの頭をくしゃくしゃと撫でた。

 暫くルイズはそんな風に泣いていたが……其の内に泣き止み、唇を尖らせて才人を睨んだ。

「どうした?」

「仲直りする」

「うん」

 才人は首肯いた。

「違うの。サイトから言わないと駄目成の」

「仲直りしよう。な?」

 才人は手を差し出した。

 しかしルイズはプイッと横を向いた。

「レディに仲直りを申し込むのよ。言葉じゃたりないでしょ。もう」

「だったら、どうすりゃ良いんだよ?」

 するとルイズは、怒った様な声で呟いた。

「キスして」

 横を向いて、怒ったようにそんなことを言うルイズは、才人にとっては眩し過ぎるほどに可愛らしいモノであった。

 才人はフララフラとルイズの頬を持ち上げた。

 ふん、と鼻を鳴らして、への字の口のままルイズは目を瞑る。

 唇を重ねると、ルイズは僅かに目を開いた。そしてまた瞑る。

 十数秒の後、唇を離すと、ルイズはブチブチと文句を並べ始めた。主に才人の態度に対する、取り留めのない愚痴である。

 良く理解らないままに、才人はうんうんと首肯いて聞いてやった。

 最後にルイズは、大きく深呼吸をすると、才人に尋ねた。

「正直に言って頂戴」

「ああ」

「やっぱり、ティファニアみたいな娘の方が好きなんでしょ? 私の様な子供みたいな身体をした娘は、あんまり好きじゃないんでしょ?」

 才人はルイズの目を見て、キッパリと言った。

「俺は男だから……どうにも惹かれることは否定しない。それは本能なんだ。だがな、だけどな……」

 真っ直ぐにルイズの目を見て、才人は言った。

「ルイズみたいなモノも好きだ。いや……むしろそっちの方が好きだ」

 ルイズは一瞬、頬を染めた。

「ほ、ホント?」

「ああ」

 何か吹っ切れた顔で、才人は言った。とても清々しい笑顔であるといえるだろう。

「じゃ、じゃあ……」

 ルイズは、はにかみながらシャツの胸元を弄った。

 その仕草に、ときめく何かを感じて、才人の身体に電流が奔った。

「じゃあ、何? じゃあ、何?」

 才人は息急き切って、ルイズへと躙り寄る。

 ルイズは息を大きく吸い込み、吐き出した。それから才人を見上げた。その頬が真っ赤に染まっているのが判るだろう。

 才人の背後で、ユラリと、小さな影が立ち上がったのはその時であった。

 その小さな影は才人の背中に、ひし、と抱き着いた。

「……怖い」

 小さな声で、影は呟いた。

 それは……生まれたままともいえる姿のタバサであった。気絶から目覚めたばかりであるために、ボンヤリと夢を見ているかの様子である。

 掛けて置いただけであったために、パーカーが落ちてしまっている。

 才人の中で生まれた希望が、一瞬で絶望へと変わって行った。

 ルイズは青い髪の小さな少女、床に落ちた才人のパーカー、才人の顔へと視線をズラした。

 そのたびに、ルイズの顔が甘いモノから凶相へと変わって行く。

 ルイズの目が吊り上がり、肩が、背中が、頭が、脚が……ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ、と震え出す。

「誤解なんだ」

 才人は、諦め切った声で言った。

「へ、へぇ……そそそ、そぉ……ななななな、成る程ね……私みたいに小さい娘が好きって、どうやらホントの様ね」

「誤解なんだ」

 ルイズは“呪文”を唱え始めた。

 才人はタバサに被害が及ばないように、隣に退けてやった。

 然し、まだ夢見心地であるタバサは、「おばけ怖い」と幼子のように才人の腕にしがみ付く。

 そんなタバサを、イーヴァルディは“霊体化”を解き、才人からソッと引き離す。

「私よりぃいいいいいい! 小さなぁああああああああ! 娘ぉおおおおおおおおおおにぃいいいいいいッ!」

 ルイズの“呪文”の威力が、メキリ、と音を立てて跳ね上がることが理解できるだろう。

 才人は、(はは、最初からこうなる運命だったんだ)、と爽やかな笑顔で、己の運命を受け入れるべく、両腕を広げた。

 

 

 

 時を同じくして。

 女子生徒達に取っ締められてしまった騎士隊の面々は、広場にて縄で縛り上げられてしまっていた。

「……さて。騎士隊の諸君」

「な、何かね……?」

 彼等覗き魔として捕まってしまった騎士隊の面々の前には、被害者で在る女生徒達と俺がいる。

 女生徒達は腕組をし、冷ややかな目で騎士隊の面々を見下している。

 俺の言葉に、騎士隊の面々は怯え、隊長のギーシュが代表して尋ねて来る。

「男としてそういった行動に出たい、したい、しようと言った考えに行き着くことは理解できる。が」

 男子生徒達は、戦々恐々といった風で在る。

 騎士隊の隊員達はホッとした様子を見せる。

「女生徒達からの罰だけでは物足りないだろう?」

「いやいや、そんなことは。と言うか、君だってあの時止めなかったじゃな――」

「――そうだな。騎士隊としての訓練に、俺も付き合うことにしよう。主に、組手だ」

 遮って発したそんな俺の言葉に、だが直ぐに、青い顔に成った。

 才人と2人掛かりで在ったとは云え、110,000の軍勢を足止めした存在が相手なのだから当然だろう。

「正直に言うとだね……”マスター”であるシオンの裸を見られたということに、少しばかり苛立っているのだよ。私は……」

 そう言って俺は、木刀を“投影”する。

「何、勿論手加減はするし、ハンデは在る。俺に一太刀……一撃でも、“魔法”を当てることができれば良しとしようじゃないか」

 双つの月が見守るなか、騎士隊の少年達の断末魔が響いた。

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