“トリステイン”の首都“トリスタニア”。
“チクトンネ街”に面した“魅惑の妖精亭”では、2人の黒髪の少女が談笑していた。
「ねえシエスタ。で、そろそろサイトはモノにしたの?」
無邪気にそう尋ねたのは、“魅惑の妖精亭”の看板娘であるジェシカだ。
シエスタは、従妹に当たる少女にそう問われて、顔を赤らめた。
シエスタは昨日、実家から送って貰った春野菜を届けに駅馬車で、“魅惑の妖精亭”までやって来たのである。
酒場を営むスカロンは、シエスタの母方の叔父に当たる。
「モノにしたなんて……そんな言い方は良くないわ、ジェシカ。第一サイトさんは、私のそういう人じゃないもの。御奉公先の、御主人様よ」
いつもの“魔法学院”のメイド服ではなく、淡い草色のワンピースに身を包み、白いリボンの付いた麦藁帽子を冠ったシエスタは、恥ずかしそうにモジモジとして言った。
「何言ってるのよ。“アルビオン”でのシエスタの態度見てたらバレバレよ。兎に角、そんなんじゃまだみたいね」
ジェシカは、ニヤリと笑って言った。
「全く、私の従姉妹ともあろう者が、好きな男1人振り向かせられないなんて、信じられないわ」
シエスタは、困った様に視線を泳がせた。
この1つ歳下の従妹は、こと恋に関してはシエスタなど及びも着かないであろうほどに百戦錬磨の達人ともいえるほどである。
「……だって、サイトさんには好きな人がいるし」
モジモジとしながら、シエスタは言った。親戚の前であると、いつもの大胆さも影を潜め、清楚な地が出るのであった。
「ルイズでしょ?」
ピクリ、とシエスタの眉が動いた。
少し硬くなった表情で、シエスタは御茶を飲んだ。
ジェシカは、そんなシエスタを上から下まで眺めて、「別に、あたしが従妹だからって贔屓目じゃなくって、シエスタ負けてないよ」と励ます。
そんな風に言われて、シエスタはニコッと笑みを浮かべた。
「でも……ミス・ヴァリエールとサイトさんは、とっても強い絆で結ばれてるし……良いの」
「何が良いの?」
「私は2番目で……」
そうシエスタが言った時、ジェシカの目が吊り上がった。
「ちょっと! シエシエ! あんた何言ってるのよ!?」
「シエ?」
「駄目よそんなの! ああ~~~!もう、何てことかしら! あたしの従妹がこんな負け犬思考だなんて……情けない!」
ジェシカはまるで自分の事で在るかの様に、地団駄を踏んだ、
「でも、私も割りと大胆に……その……何でもないっ!」
自分は決して負け犬思考ではないということを伝えようとしたが……シエスタは恥ずかしくなってしまい、顔を赤らめた。シエスタは想い詰めると大胆なこともできるるのだが、元々は控え目な性格であるのだ。
ジェシカは、そんな従妹にグッと顔を近付けた。
「ルイズとも知り合いだけど、今回はシエスタ、あんたの肩を持つよ。何せ大事な従妹だからね」
「う、うん」
シエスタは完全に呑まれた顔で首肯いた。春野菜を届けに来て、説教されるとは想わなかったのである。
「まあ確かにサイトって、フラフラしてるようで割りと一途だしね……巫山戯てちょっかい掛けても、そんなに乗って来なかったし……」
その時、シエスタの目がジロリと吊り上がった。
「ジェシカ?」
シエスタは身を乗り出し、従妹の耳を抓む。
「じょ、冗談だったの! ホントよ!」
「もう、貴女が1番信用できない」
そんな目でシエスタが従妹を睨むと、ペロッとジェシカは舌を出した。
「だってその時は、シエスタと知り合いだなんて知らなかったしさ……まあ、今は協力するって言ってるんだから、そんなに怒らないでよ」
ジェシカはそう言うと立ち上がり、何かを取って戻って来た。
「これ、何?」
それは、紫色の瓶であった。ハートの形をしており、そういったこともあっていかにも胡散臭さを感じさせる代物である。
「昨日、馬鹿な“貴族”の客がいてさー、あたしにそれを呑ませようとしたんだよね。怪しいから問い詰めたら、“惚れ薬”だって。笑っちゃうよね」
「えええええ!? 禁制の品じゃない!」
シエスタが叫ぶと、ジェシカは身を乗り出してその口を押させた。
「しっ! 声が大きいよ! どうやらこの“惚れ薬”は特殊なモノで、1日しか効かないんだって。だからバレルる心配はないよ。でも、1日あれば十分既成事実は作れるだろ?」
ジェシカに悪戯っぽく言われ、シエスタの頬が赤らんだ。
「でも……やっぱり卑怯だわ。そんなの」
「良いんだよ! “貴族”に対抗するにゃ、“
ジェシカはシエスタの鞄に、その“惚れ薬”を捩じ込んだ。
翌日の夕方……。
“魔法学院”のルイズの部屋に戻って来たシエスタは、机に肘を突いて、その“惚れ薬”をジッと見詰めていた。
シエスタの心の中で、2つの想いが巡る。
シエスタは、(いっそこれを使ってしまおうかしら?)と考えるが、ブルブルンと首を横に振る。そして、(駄目よシエスタ。絶対に駄目! こんな、“魔法”で人の心を操ろうだなんて! 卑怯だわ!)と想った。
それから、シエスタは、いつかのルイズのことを想い出す。モンモランシーが調合した“惚れ薬”で、ルイズが才人にメロメロに成った、というより本人が否定していた感情やら気持ちやらが表に出た時のことである。
シエスタは、(“魔法”って怖い! あのミス・ヴァリエールが、あんな風に秘めてる愛情を露わにするなんて! バレバレだけど! サイトさん以外には! ううん、最近はサイトさんも気付き始めて……まあ良いわ!)と想った。
シエスタは女の勘で、どれだけルイズが才人に惚れているのかということを知っており、(あれは相当なモノね)とも想っている。シエスタも同様に才人の事を異性として好きでいるのだが、もしかするとルイズの好きはもっとなのかもしれないとシエスタは危惧していたのである。だが、プライドの塊のようなルイズがそれを才人の前では絶対に認めようともsないということもまた、シエスタは併せて知っていた。
そういったルイズを、あのようにしてしまう“魔法の薬”というモノに、シエスタは驚きを隠せずにいたのである。
シエスタは、(“惚れ薬”で変わってしまったサイトさんなんて、サイトさんじゃないわ! でも……あんな風に“好き好き”言われたら、気持ち好いだろうなあ……)と少しウットリとした様子を見せる。
それからシエスタは、(1日だけなら……)と瓶に手を伸ばそうとするが、(駄目よ!)と手を引っ込めた。
そんなことを何回も繰り返す。
そのうちに、シエスタの頭に妄想が浮かんだ。
使用例その1……ミス・ヴァリエールが寝ている隙に呑ませる。
シエスタはその際の様子を想像して、きゃあきゃあ! と喚き始めた。(隣でミス・ヴァリエールが寝ているのに! 大胆過ぎますわ! 大胆の極みですわ!)、と顔を派手に茹だらせながら、シエスタは、ワナワナと震えた。
シエスタのその右手が“惚れ薬”へと延びる。が、その右手を、隙かさず左手で制する。
使用例その2……“バタフライ伯爵夫人の優雅な1日”の第2章。
シエスタは顔を押さえると、わあわあわあ! と喚いた。
「そんな……不味いわ。いや、不味いなんて単語は、小さ過ぎ。不謹慎! ええ、不謹慎の極み!」
そんな風にシエスタが1人身体を抱き締めて悶えていると、ばたん! と扉が開いた。
相当キツい顔のルイズが入って来たのである。鎖を握り、何かボロ雑巾みたいなモノを引き摺っている。
「ミス・ヴァリエール! それ、何ですか?」
「“使い魔”よ」
成る程、見ればそれはかつて才人であったといえるモノであった。
ズタボロになってしまい、ときたまピクピクと痙攣でもしているかのように動いている。
「あらまあ、何したんですか?」
シエスタはしゃがむと、つんつんと才人を突いて言った。
ルイズは、腕を組み、怒りが収まらない声で、「一昨日、あんたが出掛けた日に、御風呂を覗いたのよ」と言った。
「まあ」
「その上、ちち、ちちち、小さい娘に……私より、小さい娘に……」
「まあまあ」
シエスタは転がった才人を見ていると、不憫に想えた。そして、(サイトは、いつもミス・ヴァリエールの為めに命を張っているのに……ちょっとくらいの余所見は仕方ないじゃありませんか……そりゃ自分も最近はミス・ヴァリエールに似て来て、一緒になって痛め付けてしまうこともありますけど……それはまあちょっとですから。流石にここまでやらかすミス・ヴァリエールに、サイトを任せる訳にはいかないんじゃないかしら?)と腕を組んで首肯いた。
シエスタは、コホン、と咳をすると神妙な顔でルイズに言った。
「ミス・ヴァリエール」
「何よ?」
「そろそろサイトさんの1日使用権を行使させて頂きます」
ルイズはそんなシエスタと才人を交互に見詰めていたが、「好きにすれば」と言って後ろを向いた。
シエスタは才人を縛ったロープを解き始めた。
「痛! 痛だだだだだだだ!」
中庭のベンチに腰掛け、シエスタに薬を塗って貰いながら、才人は喚いた。
「大丈夫ですか? 全く……私の目がないと、ミス・ヴァリエールはやりたい放題なんだから」
「……大丈夫、じゃない……ったく何々だよあの桃色子供女。散々俺の身体を苛め遣がって……」
才人は忌々しそうにブツブツと呟いた。
「兎に角救けてくれて有難う」
才人が礼を言うと、シエスタは頬を赤らめた。
「えっと……その、今日はですね、ミス・ヴァリエールに1日使用権を頂いたんです」
「1日使用権?」
「あ、はい! サイトさんは知らなかったんですね。いつだかミス・ヴァリエールと賭けをしてですね、それで1日サイトさんを好きにできる、いえ、もとい、御付き合い頂くとか、そういう」
シエスタは嬉しそうにモジモジとした。
「そっかぁ。変な賭けしてるんだな……兎に角そういうことなら喜んで付き合うよ」
シエスタの顔が、ぱぁああっと輝いた。
「有難う御座います!」
「で、何をすれば良いの?」
「そうですね……」
シエスタは、(こんなことなら、きちんとアイデアを練っていればよかったわ。勢い余って、行使してしまったけど……私は何をしたいの? シエスタ)と悩み始めた。
悩みに悩み、シエスタは閃いた。
「そうだ! じゃあ今日は新婚さんごっこしましょう!」
「新婚さんごっこ?」
才人は呆けた顔になった。
「はい! そうです! 今日は2人はその、新婚さんなんです!」
シエスタは、有無を言わさぬ迫力で才人へと詰め寄った。
その迫力に呑まれてしまい、才人は、「う、うん……」、と首肯いた。
そんなシエスタが才人を引っ張って行ったのは、ズバリ広場にある使用人宿舎であった。
煉瓦造りの小ぢんまりとした建物である。
才人を連れたシエスタがそこに入ると、1日の仕事を終えたメイドの少女達が駆け寄って来た。
「まあ! シエスタが恋人を連れて来たわ!」
そう叫んだのは、シエスタと同室であったローラである。眩しい金髪を揺らして、かつてのルームメイトの肩を叩いた。
「なあに、どうしたの? 何の用?」
気付くと周りには、“魔法学院”で働くメイド達が鈴鳴りになっていた。
彼女達は昼間、食堂やホールで見せる、僅かに唇を持ち上げる仕事用の笑顔などではなく、素の少女の笑顔を見せている。一様に才人を指さし、意味深にニヤニヤとした笑いを浮かべて何か噂し合っている。
まるで自分が見世物にでもなってしまったかのような気分になり、才人は恥ずかしくなった。この様な注目を浴びるということに、どうにもやはり慣れていないのである。
「ねえローラ。御願いがあるの」
シエスタはそんな騒ぎが満更でもない様子を見せて、両手に頬を添えながら、ローラに頼み事を申し出た。
「なぁに?」
「あの……部屋を貸して欲しいの。1日だけで良いんだけど……」
「良いわよ。メイド長には黙ってて上げる」
ニッコリとローラは笑った。
周りから歓声が飛んだ。
シエスタは顔を真っ赤に染めて、つかつかと昔使っていた部屋へと急いだ。
「良いの? ここって男の人が入って……」
少し心配そうな声で才人が尋ねる。
ルイズの部屋も女子寮であるのだが、才人は“使い魔”であることからも許可されているのだが。
シエスタはニコッと笑った。
「ホントは駄目です」
「うわ」
「でも、皆がやってますし……恋人を入れたりとか。私もそういうの、ちょっと憧れてて……その……」
シエスタはモジモジとし始めた。日頃は大胆ともいえる行動を繰り返しているのだが……ここは昔生活していた場所ということもあって、その頃の初々しさなどといったモノ、そういう雰囲気を無意識のうちに取り戻してしまっているのであろう。
2階に上ると、同じようなドアが幾つも並んでいる。街で頻く見る宿屋のような造りをしている。
「ここです。私が昔使ってた部屋」
シエスタは木の扉を開けた。
中は狭い部屋である。ルイズの部屋の半分もないことが判る。左右の壁際に、1つずつベッドが並んでいる。粗末な造りであるといえるが、綺麗に洗濯された真っ白なシーツが掛けられていることが判る。女子部屋らしく、御香を焚き込めた香りが鼻を突いた。
「わあ、懐かしい」
シエスタは少しはしゃいだ様子で、窓を開けた。
夕陽に陽光る、本塔が見える。
才人が所在なく突っ立っていると、シエスタは椅子へ腰掛ける事を勧めた。
「まあ、座ってくださいな」
才人が腰掛けると、シエスタは机の上の水差しを取ってグラスに水を注ぎ、才人へと渡す。
「で、新婚さんごっこ、って何するの?」
才人が尋ねると、シエスタは顔を真っ赤にした。それから、きゃあきゃあ、と1人で何やら盛り上がった様子を見せる。
才人もまた想像してしまい、鼻の奥が、ツン、として来た事を感じ取る。そして、(でも、良いんだろか? シエスタと俺付き合ってる訳じゃないし……)と不安や疑問を感じた。
きゃあきゃあと言っていたシエスタは、それから険しい顔になり、扉へと近付いた。扉を、バァーン、と開くと、廊下で扉に耳を当てて聞き耳を立てていたらしい女の子達が中にドッと雪崩れ込んで来る。
「ちょっと! 何してるのよ!?」
シエスタは手を腰に置くと、大きな声で怒鳴った。
きゃあきゃあ騒ぎながら、女の子達は蜘蛛の子を散らすようにして逃げて行く。
「ご、ごめんなさいね」
「いや、別に……ちょっと驚いたけど。皆昼間“学園”で見る時とは随分印象が違うなあ」
“貴族”の女子寮内では、余り付き合いは見ることができない。個人主義が徹底しているのであろう、友達同士で部屋を行き来する光景が殆ど見ることができないのである。
付き合いも社交の一種と捉えている“貴族”の女子達は、昼間、ホールやカフェテラスで談笑するのが御友達同士の御付き合いといえるだろう。
よって、こんな風に皆が仲良さそうな雰囲気を見せるということが、才人にとっては新鮮なことであったのだ。
「そりゃ昼間は御仕事ですから。夜になれば地が出ちゃいますわ」
ははは……と才人は笑った。
1人の御転婆少女が、どうやってそこまで来たのか、窓の外から部屋の中を見詰めている。
シエスタは、もう! と叫んで、カーテンを閉めた。
「で、新婚さんごっこなんですけど……」
ちょこん、とシエスタは椅子に腰掛け、才人を見詰めた。
「は、はい」
才人も緊張して、シエスタを見詰める。
「私、御嫁さん。サイトさん、旦那さん、です」
真顔でシエスタは言い放った。
「ままごとみたいなもんかな?」
恐る恐る才人がそう言うと、シエスタは顔を赤らめた。
「そ、そうですね。ただもう私もサイトさんも子供じゃないので……」
「はい」
「軽く大人が入ってます」
才人は激しく緊張し始めた。
「じゃあ、取り敢えず。貴男、と呼びますんで」
「どうぞ」
「貴男、おかえりなさい」
「只今」
シエスタは、激しく頬を染めて、横を向いた。それから、ぷはぁ、と思い切り息を吐き出す。
「どうした?」
「い、息が一瞬止まりました」
そんな風に言うシエスタが、何だか激しく可愛らしいと才人は想った。
才人は何と言えば良いのか判らず、一緒になってモジモジとし始める。(こ、これが新婚の照れかぁ……)、などといった言葉が、才人の頭を過る。
「え、えっと、御飯にします? それとも御風呂に入って来ますか? あっと、そのその……それとも……」
シエスタはキュッと、シャツのボタンを握り締めた。
才人は(し、しまった)、と思った。(今、“私?”、とベタに訊かれたら、自分に逃れる術はない)ということ気付いたのである。
2人の間を緊張が包む
シエスタは立ち上がり、ドアを開けた。どどどど、と例によって少女達が雪崩れ込む。
シエスタは、「出て行きなさいよぉ!」と怒鳴って、友人達を蹴り飛ばした。それから壁に近付き、バンバンバンバン! と箒で叩いた。
薄い壁の向こうで、聞き耳を立てていたらしい少女達が転げる音が響く。
最後にシエスタは窓に向かって椅子を打ん投げた。
きゃあああああ! と喚いて、1人の少女が首を引っ込めた。
何事もなかったかのようにシエスタは才人の元へと戻って来て、椅子に座る。
「私?」
と、可愛く首を傾げたシエスタに、才人は即答した。
「御飯」
シエスタは、「理解りました」、とニコッと笑みを浮かべて部屋を出て行った。
才人は、頭を抱えた。色々な重圧が方に重く圧し掛かって来るのである。それから、(いや軽々しく1日使用権とやらに首肯いてしまったが……俺はこの誘惑に耐え切れるのか? 多分シエスタとむにゃむにゃなことになったら、ルイズに殺されるだろうけど、どうしてまたあいつってば軽々しく送り出しだんろう? 罰の一種? そうかもしれないな、今日のシエスタは手強い。しょっぱなから御飯御風呂私の3択を繰り出して来たもんな。卑怯だ。この先、どんな爆弾を持って来るのか予想もつかない)と才人は、暗くなり始める窓の外を見て、ぬゥおおおおおおおおおお、と頭を抱えて、苦悩した。
使用人女子寮の厨房に立ったシエスタは、ひっきりなしにやって来る同僚達の猛攻に頭を痛めた。
「ちょっと! 私は忙しいって言ってるでしょ!」
「ねえねえシエスタ、この香辛料を試しなさいよ! 彼、きっと喜ぶわよ!」
テレビも何も無い世界である。が、やはりどこの世界、どの時代であろうとも、少女達にとって他人の恋愛事は何よりの娯楽であった。
少女達は、久し振りの恋愛イベントに夢中である。
「ねえねえ、今日決めちゃうの? 決めちゃうの?」
そんなことを尋ねては、きゃあきゃあわあわあ、と姦しいことこのうえないといえるだろう。
シエスタはそのたびに料理の手を止め、「退いて!」、「邪魔でしょ!」、などと友人達を怒鳴り付けるのであった。
「でも、サイト様って、今じゃ“貴族”なんでしょ? シエスタ、凄いわよねぇ……玉の輿じゃない!」
ルームメイトだったローラが、興味津々といった顔でシエスタへと近付く。
シエスタは首を横に振った。
「別に、“貴族”だからっておしたいしている訳じゃないわ」
「そうよね。“貴族”なんて殆ど、御高く止まってて、御付き合いしても窮屈だもの。その点、あのサイト様は良いわね。元は“平民”。今は“貴族”。結婚するには最高じゃない!」
「だから、身分は関係ないの」
シエスタは、少し哀しい表情を浮かべ、シチューの鍋を掻き回した。
そんなかつてのルームメイトの顔に何か勘付いたらしいローラが、シエスタの顔を覗き込む。
「そうよねえ。何度も手柄を立てられた立派な殿方ですもの。最近は、あの“空中装甲騎士団”との一件で、人気を落とされているみたいだけど、それでも輝かしいわ。“貴族”の御嬢様方だって、放っとかないでしょうね」
シエスタは少しムッとした様子で、黙々と料理を続けた。
「でもシエスタ。貴女だって全然負けてないわよ?」
「そうよそうよ!」
と、少女達は首肯き合う。
「はいはい。兎に角料理を運ぶから、退いて頂戴」
ローラには、何か計画があったらしい。少女達に目配せをした。
すると、シエスタの周りを同僚達が取り囲む。
「な、何よ?」
「其れぇ~~~」
少女達は一斉にシエスタへと取り付き、その服を脱がし始めた。
「な、何するの!? ちょっと!」
あっと言う間に、シエスタは裸に剥かれてしまった。
「ねえ、服返して!」
身体の要所要所を手で隠しながら、シエスタが怒鳴る。
ローラは1枚のエプロンを、そんなシエスタへと手渡した。
「……何これ?」
「エプロン」
「他には?」
「それだけ」
シエスタは耳まで真っ赤になった。
「い、幾ら何でも、はしたない思うわ」
「一緒に御風呂に入った癖に、今更何言ってるの?」
ローラは、シエスタが今まで行ったアプローチの全てを既に知っているのである。
シエスタは顔を赤らめる。
「良いじゃない。ここは女子宿舎だし。他の殿方の目はないわ」
「そ、そういう問題じゃ……」
「“貴族”の御嬢様がライバルなんでしょう? そのくらいしなきゃ勝てないわよ。貴女には貴女の武器があるんだから」
「私の武器?」
「そうよ」
ローラは、悪戯っぽい笑みを浮かべるとシエスタの胸から御腹を、ツイッと撫で上げた。
「この肌よ。貴女の肌のきめ細やかさには、いつも驚くわ。“貴族”の御嬢様だって、貴女の肌には敵わない。有効に使わなきゃ、勿体ないじゃない? ねえ?」
「そうよそうよ。それに新婚さんはエプロン1つで旦那様に給仕するのよ!」
悪乗りした乙女達が、口々にそんな事を言い放つ。
シエスタはフラフラとエプロンを身に着けた。
確かに前から見れば、身体は隠れるのだが……横から見らえれてしまうと、非常に怪しいといえるだろう。
シエスタは茹だった顔で、料理を盆に載せて行く。
しかし、デザートが見当たらない。
「デザートのクリーム菓子をどこにやったの?」
そうシエスタが尋ねると、更にローラは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「デザートは、別よ」
その手に、カスタードクリームが入ったホイップが握られていた。
どのくらい待っただろうか。
才人が(腹減ったなあ……)と思いながらボンヤリと肘を突いて待っていると、扉が開いた。
入って来たシエスタを見て、才人は思いっ切り椅子から滑り落ちてしまった。
シエスタの格好は、どこからどう見ても常軌を逸しているのである。
「シ、シエスタ……それ……伝説の裸エプロン……」
才人は、(現実に存在するとは……)といった感想を抱き、死にそうな想いになった。
今のシエスタの裸エプロンには、微妙にアレンジが加えられていることが判った。何といつもの膝までのニーソックスは着用に及んでいるのである。丁寧に、頭の上にはメイドのカチューシャが光っている。
「何で、そんな……そんな格好……」
ボロボロとみっともなく感動の涙を流しながら才人がそう言うと、シエスタは毅然として言った。
「暑いんです」
「あ、暑くないよ……まだ春じゃないか……」
「暑いんです」
キッパリと、シエスタは言った。
それ以上何も言うことができなくなり、才人は黙ってしまった。
才人が激しく緊張しながら座っていると、シエスタは料理をテーブルに並べ始めた。
シエスタが腕を伸ばすたびに、エプロンの隙間から弾けんばかりの胸が見えそうになる。
同時に、素朴であるが、美味しそうな料理が並んで行く。
シエスタが自分の席に座るために、才人背を向けた時が、才人にとって真の地獄であり、天国でもあった。
見える、見えるのである。その白い、眩い程に柔らかそうな御尻が見えるのである。
才人は、(見たらきっと俺は俺でなってしまう)とそう判断し、必死になって太腿を抓り上げ、視線をズラすので在あった。
シエスタは才人の真正面にチョコンと腰掛けた。
「お、美味しいと想います。食べて下さい」
その意味を二重に取りつつも、才人は料理を口に運んだ。が、肉であるのか、魚であるのか、野菜であるのか、今の才人にはさっぱり判らなかった。ただ眼の前のシエスタに、意識と神経が集中してしまっているのである。
「わ、私も頂きます」
シエスタは、ひょい、と何気なく腕を伸ばす。ただそれだけの仕草で、エプロンが弛めき、中に在る脱いだら凄いであろう果実が揺れる。横からであれば確実に見えてしまうだろう。
そんな才人の脳内のシアターを想像してか、シエスタは更にとんでもないことをサラッと口にする。
「……椅子、動かして横に来ます?」
思わず才人が首肯きそうに成った。
その時……。
シエスタの後ろの窓に掛かったカーテンが風で戦ぎ、青い影が通り過ぎる。
「え?」
次にまた、青い影がユックリと通り過ぎた。
それは、シルフィードに跨った、ルイズとタバサであった。
ルイズの目が、怒り、という文字では表しきれないほどに燃え上がっていることがわかるだろう。
タバサは、普段と変わることもなく読書に耽っている。
才人が固まっていると、シルフィードに跨ったルイズは何度も窓の外を通り過ぎた。その口が、通り過ぎるたびにこう動く。
――“それ以上”。
――“近付いたら”。
――“殺す”。
才人は震えた。裸エプロンのシエスタを前にして、一晩中我慢しなければならないのである。これは、才人にとって拷問とでもいえるだろう。今直ぐここから逃げ出したい衝動に、才人は駆られた。
自身の背後で何が起こっているのか判らないでいるシエスタは、ニッコリと微笑み、才人のグラスへとワインを注いだり、終いには顔を真っ赤にして「スプーン落としました。拾ってください」などと言い放つ。
才人は(俺はもう、駄目だ。流石に今日で心を壊す)、と想いながら、「ごめん拾えない、拾ったらきっと俺は人間じゃいられない。でもありがとう」などと夢遊病であるかの様子に呟くのであった。
「トイレ」
とうとう才人は立ち上がり部屋を出た。
少し頭を冷やさないとどうにもならない、と感じたのである。
部屋に残されたシエスタは、勝負の時間が近付いて来ているということを知った。
そして、鞄から、ジェシカに貰った“惚れ薬”を取り出す。
ハートマーク型の瓶に、紫色の液体。
シエスタは、震え手で硝子の蓋を外した。
キュポン、と軽い音と共に蓋は外れ、“
シエスタは、それを才人のワイングラスへと近付けた。瓶を持つ手がプルプルと震える。
シエスタは、(どうしたのシエスタ? 早くこれを、ワインに注ぐの。そうしたら、サイトさんはシエスタ、貴女のモノよ?)と想いながら、傍らのテーブルに在った鏡を見詰めた。
そこに映った自身の姿を、シエスタは見詰める。
エプロン1枚切りのシエスタは、何とも健康的な色気を放っている。
そしてシエスタは、(やっぱり……薬でなんて卑怯だわ。自分の魅力だけで勝負しないと……ミス・ヴァリエールに申し訳が立たないわ)と想い直した。
グッと上を見て、シエスタは瓶に蓋をする。
シエスタは、(でも……ホントにサイトさんは私を見てくれるのかしら? ここまでやらかして、振り向いてくれなかったら……私どう仕様も無いピエロだわ)と悩みに悩んだ。
その瞬間、バタン、と扉が開き、トイレに行っていた才人が姿を見せる。
「きゃあ!」
シエスタは思わず持っていた瓶を窓に向かって放り投げてしまう。
「……どしたの?」
鼻に丸めた布を差し込んだ才人が、尋ねる。
「い、いえ……窓の外にまた友達の顔が見えたので……あは♪」
シエスタは、(そうよね、“惚れ薬”でなんて卑怯よね)と想い、内心ホッとした。
モンモランシーは“スズリの広場”を、「ギーシュの奴ぅ……」と呟き、苛々としながら歩いていた。
「御風呂を覗くなんて、信じられない!」
あの後、“水精霊騎士隊”の少年達は、怒り狂った女子達に、コテンパンにされたのである。更にその後、俺と組手をして、“空中装甲騎士団”との乱闘で得た傷よりも、深い傷を負ったのであった。
彼等は医務室へと逆戻りする羽目になったのだが、俺とシオン以外の皆は、もう誰も見舞いには行かなかった。
今では“水精霊騎士隊”は、変態の代名詞になってしまっている。まさに、三日天下であるといえるだろうか。
退学を主張する教師もいたのだが、殆ど湯気で見えなかったという言い訳と、腐っても近衛隊、女王陛下に責が及んではならぬ、などという理由、そしてシオンの言葉もあって、どうにか退学だけは免れることになったのであった。結果、彼等は訓練の時間を使った、1ヶ月の奉仕活動で何とか赦されることになったのである。
がしかし、モンモランシーの怒りは収まることはない。
モンモランシーは、(今日はどんな水責めをあの変態隊長にしてやろうかしら?)と考えながら歩いている。
すると……モンモランシーの眼の前に、ハートの形をした瓶が、どすん! と音を立てて落ちて来た。
モンモランシーは、その瓶を取り上げる。
「“
モンモランシーの趣味は、知っての通り“
今、空から降って来たこの“魔法薬”の正体を、モンモランシーは知りたくて堪らなくなってしまった。
モンモランシーは蓋を開けて、クンクンと匂いを嗅ぐ。それから、直ぐにその正体に気付いた。
その瞬間だった。
何度も低空飛行しながらシエスタの部屋を偵察して居たシルフィードに煽られてしまい、モンモランシーは思わず瓶の口を咥えてしまう。
「げほっ!?」
喉の中に、紫色の液体が注ぎ込まれ、モンモランシーは咽た。
「いけない……呑んじゃった」
そんなモンモランシーの前に、シルフィードが飛び降りて来る。
「ごめん、モンモランシー、大丈夫?」
降りて来たのは、ルイズであった。
モンモランシーは、(ヤバイ、私の勘が正しければ、この“魔法薬”は……)と想い、顔を伏せた。
「さっき落ちて来たモノ、何?」
ルイズが尋ねる。
「あ、あっち行って!」
モンモランシーは叫んだ、
しかし、ルイズは御構いなしに近付いて来ると、モンモランシーの手から瓶を取り上げた。
モンモランシーは咄嗟に目を瞑ろうとしたのだが、遅かった。
ルイズの桃色のブロンドと、創りの良い美少女顔がモンモランシーの目に飛び込んで来たのである。
「何これ? 何であの娘はこんなモノを窓から投げたの? ねえ、モンモランシー、これ一体何だと想う? ……え?」
ルイズは、自分を見詰めるモンモランシーの様子が尋常ではないということに気付いた。
モンモランシーは、頬を染め、潤んだ目でルイズを見詰めているのである。
「何よ? その目……?」
背筋にヒンヤリとするモノを感じ取り、ルイズはモンモランシーから離れようとした。
「……ルイズ」
モンモランシーは熱に浮かされた様子で、ルイズへと近付く。
「じゃあまたね。さよなら」
ルイズは駆け出そうとしたのだが、その手がガッシリとモンモランシーに掴まれる。
「前から知ってたけど……貴女ってとんでもなく可愛いのね。ドキドキしちゃう……」
モンモランシーはルイズの腕を手繰り寄せ、その小さい身体を包み込むように抱き締めた。
ルイズの全身に悪寒が奔る。
「は、離して! 気持ち悪い! 気持ち悪いってば!」
「そんな事言わないで。ほら、私の胸の鼓動が聞こ得る? 貴女を想って、こんなに鳴り響いてるの。私の身体を流れる水が、ただ1つの答えを教えてくれる……」
「止めて! 止めて!」
「貴女が好きよって……」
モンモランシーは、ルイズの唇にガシッと自分のそれを重ねると、暴れるルイズを強く抱き締めた。
モンモランシーの方が、身体が大きい。
非力といえるルイズは碌な抵抗をすることもできずに、まるで蜘蛛に捕らえられた蝶のように茂みへと運ばれて行った。
「嫌だ! モンモランシー! 御願い! あのね! あんた女で私も女で! そういうことは! むぐっ!?」
シャツを半分脱がされたルイズは、茂みからどうにか顔を突き出すと、いつの間にかベンチに座っていたタバサへと叫んだ。
「ちょっと! タバサ! 救けて! 御願い! このままじゃ私!」
しかしタバサはまるっきりそっちの方を向きもしない。
「偵察は手伝う。他は関係ない」
まるで人の恋路に嘴を挟むのは御免だ、といった態度である。
「ちょっと! モンモランシー! そこ駄目! 本気でそこ触ったら駄目! 嫌ぁ! 嫌ぁ! 嫌ぁあああああああ!」
ルイズはズルズルと、再び茂みへと引き込まれた。
10分程経った頃、ルイズはボロボロの身体で茂みから這い出て来た、
そのスカートを握っていた、気絶したモンモランシーの腕が、ごてん、と地面に投げ出された。
モンモランシーもルイズも、散々な格好であるといえるだろう。服は彼方此方が破れ、自慢の金髪の桃髪はボサボサである。
「な。何考えてんのよ!?」
ルイズは、茂みに向かって怒鳴る。
貞操を守るために、ルイズは必死の抵抗を行ったのである。モンモランシーとルイズの格闘力はほぼ互角だといっても良いだろう。力の差を、才人相手に鍛えた技でどうにか跳ね返し、ルイズは何とか貞操を守り通すことができたのである。
しかし……今日のルイズはトコトンツキに見放されてしまっているらしい。
そこにキュルケが通り掛かったのである。
キュルケは、ボロボロのルイズとモンモランシーに気付き、そこで何が起こっていたのか、なんとなく理解したらしい。
「貴女達……女同士で何してるの? あっきれた。幾ら御互い恋人に相手にされないからって……とうとう女にしたって訳ぇ? 信じられない!」
さてさて、シエスタがジェシカから貰った“惚れ薬”は兎に角安物であった。闇市で仕入れられた、怪しい品である。その効果時間は短いのみならず、もう1つ致命的な欠陥を抱えているのである。
効果が、伝染、するのである。
モンモランシーに唇を奪われてしまったルイズに、当然“惚れ薬”の効果は伝染っていた。
それに気付くこともなく、真正面からルイズはキュルケを見てしまったモノだから堪らない。
ルイズの頬がジョジョに染まり出す。
キュルケは、目を瞑ったまま、指を立てて得意げに語った。
「良い事? 相手をモノにするのに何より大事なのは情熱よ。火のような情熱が、相手の心を溶かすの。貴女達は……むぐっ!?」
キュルケは驚いた。いきなり自分の唇が、何かに塞がれてしまったのだから。
信じられない、といった顔で、キュルケは眼の前の桃髪少女を見詰めた。
ルイズはウットリとした様子で、キュルケと唇を重ねている。
余りの予想外の出来事に、流石のキュルケも腰を抜かしてしまった。へたり、と倒れ込み、ルイズの上半身を引き剥がす。
「ル、ルイズ? ちょっと、ど、どうい……」
「キュルケ。私、あんたなんか大っ嫌いなんだから!」
「し、知ってるわ」
「勘違いしないでよね! か、顔見てたらドキドキしちゃうだけなんだから!」
「は、はい?」
「だから責任取って、ちょっとで良いから、じょ、情熱とやらを教えなさいよね!」
「あのね。ルイズあのね」
キュルケは、伸し掛かって来るルイズを跳ね除けようとする。
がしかし、慌てているために上手く行かない。
揉み合う内に、シャツの隙間にルイズの小さな手が滑り込む。
「何よ……この女性らしい膨よかな胸……私にないモノを貴女は沢山持っている。それが赦せない。ああ赦せない。ああ、“微熱のキュルケ”」
ルイズの手が、自慢の胸をクニクニと揉みしだく。キュルケの全身に鳥肌が立った。
「や、止めてってばあ!」
珍しく、歳相応の少女らしい可愛い声がキュルケの喉から飛び出る。あまりの事態に、頭が混乱してしまっているのである。
「ルイズ……こっちを見て。貴女にとって誰が1番必要な人間なのか。良く考えて」
そこに、気絶から覚めたらしいモンモランシーが加わって来て、更に事態は混乱する。
「離して! あんたみたいなペチャには用はないの! 私、キュルケみたいな大きい娘が良いの!」
「何言ってるの。小さい胸には小さいなりに、魅力が詰まってる。私、貴女のこの板みたいな胸、大好きよ……」
キュルケは、(何これ? 付き合っていられない)とモンモランシーとルイズが揉み合っている間に、腰が抜けたまま、這い蹲ってそこから逃げ出した。
見ると、近くにタバサがいる。
「タバサ! 救けて!」
ベンチに腰掛け、夢中になって本を読んでいたタバサは、耳に吹き掛けられたと吐息で物語から現実へと引き戻された。
タバサは、(シルフィードだろうか? いや、自分の“使い魔”は、ルイズを下ろした時に“御腹が空いた”と言ってどこかに飛んで行ってしまった)と考える。
『“マスター”、今直ぐ此処から離れるんだ』
「……タバサ。あたしの小さいタバサ」
イーヴァルディの言葉、そして息を吹き掛けて来た何者かの言葉に、タバサは振り向いた。
親友のキュルケが、そこに立っている。
「?」
キュルケのその腕が、スッとタバサの背中をかき抱く。
キュルケの目が、怪しい光に彩られていること判る。
「貴女はあたしの1番の お と も だ ち」
確かにそれは間違いではない、とタバサは想った。だが同時に、何かが違うということを、タバサは感じた。
いつものキュルケではない、ということにタバサは気付いたのである。
その証拠に、キュルケの手がいきなりタバサのスカートに差し込まれた。
「??」
タバサは起伏の乏しい表情で、親友の手を見詰めた。
つつつつ、とキュルケの指が、タバサの太腿を撫で上げ、中心へと向かおうとする。
この行為には何か理由があるのだろうか、などとタバサは首を捻らせる。
次いで、キュルケは甘くタバサの耳朶を噛んだ。
「???」
「ホントに可愛い……あたしの小さなタバサ。あたし想うの。貴女に、まだまだ教えてないことが沢山あるって。1つ1つ、予習しておきましょうね。貴女が大人になる前に……」
『“マスター”!』
スカートの中の自分の下着をキュルケが脱がしに掛かったその時に、イーヴァルディの注意を喚起と同時にタバサは立ち上がった。
タバサの頭の中で危険信号が鳴り響いているのである。兎に角、とんでもない危険の渦中に自分が放り込まれたということを、タバサは理解した。
タバサは駆け出そうとしたが、キュルケに抱き竦められてしまい、地面に転がる。
そこでタバサは、直ぐ様“杖”を振るい、“エア・ハンマー”を唱えた。
空気の塊が、キュルケの身体を吹き飛ばした。
そんなキュルケにルイズが抱き着き、次いでモンモランシーがルイズへと抱き着く。
感じたことのない種類の恐怖が、タバサの全身を包む。珍しく、タバサの額に汗が光っていた。
何が起こっているのか理解できないでいるが、兎に角危険であるということを感じ取ったタバサは駆け出した。それから、シルフィードを呼び、退避した。
「騒がしいね」
「そうだな」
騒ぎが起こっている場所から離れた所で、俺とシオンは歩いている。
遠くから悲鳴や物音、嬌声などが聞こ得て来る。それ等は勿論、全て女子のモノである。
そんな中、1人の少女が此方へと近付いて来る。
「シオン……」
少女は熱っぽい目で、シオンを見詰めて来ている。熱病にでも罹ってしまったかのように見える。
その尋常とは言えない様子に、シオンは直ぐに危険を感じ後退る。
「下がっていろ、シオン。いや、一時撤退といこうか」
俺の言葉に、シオンは首肯く。
だがその瞬間、少女はシオンへと抱き着き唇を重ねた。
「――!?」
驚き、少女の身体を、シオンは突き放した。
其れから、シオンは少女から逃げる様に俺へと寄り添う。
少女はシオンを追い掛けようとするが、俺はシオンを抱えて一跳躍する。
それによって、一瞬で距離を離すことができ、シオンは一息吐いた。
「何が起こっているの?」
「あの様子だと、“惚れ薬”だろうな。ほら、見てみろ」
俺が指さした方向へとシオンは目を向ける。
其処では、女子同士であるにも関わらずキスをしている者達、嫌がる少女に対して無理矢理押し倒す少女などの姿があった。
「“惚れ薬”の効果とは言え、ふむ、百合か……レズビアン」
俺とシオンは思わず遠い目でその光景を見遣った。
「“惚れ薬”って、あの時のルイズが呑んでしまった、あれ?」
「あれと比べると、今回のは駄目だな。粗悪品だろう。効果は短時間で済むだろうな。全く……このイベントの存在をすっかり忘れていたよ……にしても」
「何?」
遠くに見える少女達の行為から、キスされた少女もまた、キスをした少女同様の症状が発症することが判る。
のだが……。
シオンに、その兆候は見受けられない。
「俺が持つ、“スキル”の効果もあるのか……」
俺は、シオンへと目を向け、小さく呟いた。
「何の音でしょう?」
階下から聞こ得て来る音に、シエスタは首を傾げた。
「凄い音だな」
先ずは、階下でドアが開く音。
しばらく後に、悲鳴が響いた。
ドッタンバッタンと誰かが暴れる音、そして悲鳴、続け様に悲鳴。
「見て来ようか?」
と才人が立ち上がった時に、部屋に誰かが背中から飛び込んで来る。
「ローラ?」
それは、シエスタのルームメイトであったローラである。
シエスタ達に背中を向けたまま、「止めて……御願い。私達女同士じゃない。ねっ?」、などと2人には訳の理解らないことを呟いている。
シエスタは、危険を感じ、咄嗟に才人の手を握るとベッドの中へと逃げ込んだ。
同時に、どどどどどどどどッ! と部屋へと数珠繋ぎになった少女達が、雪崩れ込んで来た。
それから先のことは、もう、地獄と天国の入り混じった、普段御目に掛かることができない光景が広がり、展開された。
「ルイズ! 私の可愛いルイズ! 貴女の桃髪を見ていると、どうにかなりそうなの!」
「キュルケ! 待ちなさいよ! あんたには私がいるじゃない!」
「嗚呼カミーユ! 私のカミーユ!」
「ドミニック! 今夜は離さないわ! 貴女の金髪があたしを狂わせるのよ!」
モンモランシーにルイズにキュルケ、そして女子使用人の殆どが押し合いへし合いながら、部屋の中を阿鼻叫喚の騒ぎに染め上げて行く。
才人とシエスタは、布団の中で震えながら、その光景を見付からないように息を潜めながら見詰めていた。
騒ぎは唐突に始まり、唐突に収まった。
ジェシカからシエスタが貰った“惚れ薬”は安物であり、粗悪品である。その効果は下品ともいえ、おまけに効果時間も謳い文句通りとは当然行くはずもなく、僅か1時間程度に過ぎなかった。
しかし、そのたった1時間であっても、床に伸びた少女達には一生モノのトラウマを植え付けるには十分過ぎるモノであったといえるだろう。
二日酔いであるかのように、痛む頭を振りながら、モンモランシーが立ち上がる。ボロボロのシャツに気付き、恥ずかしそうに身震いをした後、フニャッと寝起き顔のルイズを見て、オエップ、と口を押さえた。
髪の毛や服がヨレヨレになったルイズも、自分のキスマークが付きまくったキュルケの褐色の胸元を見詰め、青褪めた顔になり、次いで顔を真っ赤に染めた。
キュルケはそんなルイズを見詰めたが、何とか余裕の態度を取り戻し、ルイズの耳元で囁いた。
「貴女、中々情熱的だったわよ」
部屋に集まった女の子達は、原因を噂し合う。
モンモランシーが、ポケットからハートマーク型の瓶を取り出す。
「“惚れ薬”よ。粗悪品だけどね」
「一体、誰が“惚れ薬”なんか……」
と、乙女達は顔を見合わせる。
その時……ゴソゴソと布団の下からシエスタが顔を出す。
「私です……ごめんなさい」
「シエスタ!」
その部屋にいる少女等が、突然現れた犯人に注目した。
「成る程。あのジェシカに貰たって訳ね」
溜息混じりに、ルイズが言った。
眼の前には、ベッドの上で正座をしているシエスタと才人がいる。
毛布を身体に巻き付けたシエスタは全てを語った。
ジェシカに“惚れ薬”を貰ったこと。
それを才人のワインに入れようとしたこと……。
「1日使用権は許したけど、そんな手を使って良いとは言ってないわ」
すると、シエスタはポロポロと泣き出してしまった。
「ほんとにごめんなさい……こんな風に皆に迷惑が掛かるなんて……おまけに禁制の品なのに……サイトさんもごめんなさい。私に人を好きになる資格なんてないわ」
部屋の中が、休息にシンミリといった空気に成る。
その場の沈黙を破ったのは、才人であった。
「シエスタ、別に悪くないよ。だって使ってないじゃん。使う積りがなかったから、外に投げたんだろ?」
シエスタの顔が輝いた。
「サイトさん……」
「兎に角、拾って呑んだモンモンが悪い。“貴族”の癖に阿呆か」
モンモランシーの顔が、怒りで真っ赤に染まる。
「何で私の所為なのよ!? 大体ルイズ、あんたが“竜”でフラフラ飛んでるから、風に煽られて呑み込んじゃったんじゃないの!」
女子達は、「貴女が悪い」、「御前が悪い」、などと御互いに罵り合い始めた。
才人が、煩い、と言わんばかりに手を振った。
「もう良いだろ。それに皆、中々気持ち好さそうな……」
才人はそこで、ハッ、とした。
部屋中の女子の怒りに満ちた視線が才人を刺す。それから、(嗚呼、俺は何で一言多いんだろう?)、と想いながら、一斉に手足に“魔法”の攻撃を受けて気絶した。
そのうちに女子達も去り、部屋に残されたのは気絶している才人、ルイズとシエスタだけになった。
「ホントにごめんなさい」
ポロッと、シエスタがルイズに言った。
「私……卑怯です。ホントはさっき、迷ったんです。使おうかどうしようかって。そしたらいきなりサイトさんが入って来て……思わず放り投げちゃったんです」
ルイズは謝るシエスタをジッと見詰めていたが……そのうちに首を横に振った。
「もう良いわ」
ルイズはゴソゴソとポケットを探ると、シエスタに何かを手渡した。
1冊のノートであった。
「これ……何ですか?」
「読んで御覧なさい」
そのノートは、才人が“アルビオン”から帰って来てから此方、ルイズがずっとしたためていたモノであった。所謂秘密日記である。
いかに才人に冷たくされたのか、どんな風にプライドを傷付けられてしまったのか、などが延々と書き記されている。
シエスタはそれを読んで、ルイズを見上げた。
「ミス・ヴァリエール……」
「理解る? こいつはね、そのくらいの鈍感大王なの。だから、変な薬に頼りたくなる、その気持ちも何となく理解るわ」
シエスタは首肯いた。
それから、怒ったような声で、ルイズは言った。
「そんな簡単に諦める、何て言わないの。つまらないじゃない」
ヒシッとシエスタは、ルイズに抱き着いた。
「嗚呼、ミス・ヴァリエール……私、サイトさんがいなかったら、貴女に一生を捧げても良いと想いますわ」
「良く言うわよ。でも、私も、あんたになんか友情みたいなモノを感じるわ」
「“貴族”の御方に、御友達なんて言って貰えて……私は“トリステイン”一の幸せ者ですわ」
ルイズは笑顔を浮かべると、テーブルの上にあった瓶を取り上げ、2つのグラスに注ぐ。
「ほら、ワインで乾杯しましょ」
「はい」
と首肯きながら、シエスタはそのグラスを手に取った。
「友情に」
2人は、グラスを合わせ、次いで中の液体を呑み干す。
「ねえミス・ヴァリエール」
「何よ?」
「そう言えば、さっきの騒ぎで、テーブルの上の料理やワインは床に散乱してしまったはずですけど」
「何言ってるのよ。あるじゃないほら」
ルイズは、ハートマーク型の瓶を持ち上げた。
窓から射し込む双月の明りで、中の液体がキラキラと怪しく輝いた。
その瓶を見詰めるシエスタの目が、トロン、と濁る。
「……そうですわね。ところでミス・ヴァリエール」
「……な、何よ?」
ルイズの目も同様に、妙な色気を含んだモノに変わっている。
2人の顔が徐々に近付く。
「ミス・ヴァリエールって、世界一可愛いですわね。信じられない。まるで神が自らのみを振るわれた、芸術品のようですわ」
「ふん、良く言うわよ。でも、あんたもまあ、そこそこまあね……ちょ、ちょっとは可愛いわ。ほんのちょっとだかんね。ほんのちょっと、見てるとドキドキしちゃうわね……馬鹿ぁ、ほ、ホントにちょっとなんだからぁ……」
2人の唇が近付いて行く。その唇がしっかりと合わさった。2人は荒い息で、御互い身に着けたモノをもどかしげに脱がして行く。
床に転がった才人の上に、ルイズのシャツが、シエスタのエプロンが被さって行く。
シエスタは、床に転がったカスタードクリームのホイップを取り上げた。
「ねえミス・ヴァリエール」
「何よ? じ、焦らすなんて偉くなったじゃない」
「デザートを食べたくないですか?」
それは、才人に対して使う予定であったはずの、ローラ伝授の最後の必殺技といえるモノであった。
シエスタは己の身体に、クリームをまぶし始めた。
「デザートは、私です……よぉく味わって、食べて下さいね」
ルイズは激しくシエスタに抱き着いた。
「シエスタ、もう、こんなデザート赦せないわ! 赦せないわ! 全部食べて上げるけど、別に好きとかそう言うんじゃないんだからね!」
「嗚呼、嬉しいです! ミス・ヴァリエール!」
2人は抱き合ったままに、ベッドへと転がった。
才人は、2人の奏でる荒くも甘い吐息で目を覚ました。
月明かりの下、ベッドの上の毛布が、激しく動いている。
その毛布が剥がれ、才人は目を丸くした。
シエスタとルイズが生まれたままの姿で御互いしっかりと抱き合い、唇を激しく重ね合わせているのである。
才人は眼の前の光景を信じることができなかった。
才人は、(2人の妖精が、愛を確かめ合ってるけど、これ何?)と疑問を抱くが、(ああ、これは夢だ。夢に違いない、でも、何て好い夢なんだ……)といった間違った正体に気付いた。それから、(こんな夢なら、毎日見たい。と言うかどうせ夢なら……俺も交ぜて貰いたい。と言うか目が覚める前に、何としてでも間に入らねば、俺は一生後悔するだろうな)とも考えた。
ベッドで縺れ合う2人の恋人は、直ぐに不粋な闖入者の存在に気付いた。その目が、怒りに燃え上がって行く。
不幸にも、才人に伝染の効果は及ぶことはなかった。
“惚れ薬”が伝染するのは、呑んだ者が、呑んでいない者にキスをした場合に限られるのである。
御互い同時に呑んでしまった2人は、もう眼の前の美少女の事しか見えていないのであった。
「一生の御願いです。俺も交ぜ……」
ルイズとシエスタは、素早く毛布を身体に巻き付けてピッタリと合った呼吸でベッドから飛び出して来た。
土下座した才人は、そんな2人に蹴り飛ばされてしまった。
「何見てるのよ!?」
「あっちに行ってて下さい!」
綺麗に蹴り飛ばされてしまい、窓から地面へと向かう道すがら……才人は、(縦しんばこの儘地面に激突して一生を終えるとしても……今見たあの光景は……至福の芸術は……俺の魂を慰め続けてくれるだろう)と想った。