年始から数えて5番目の“ウル”の月も半ば過ぎ……第3週“エオロー”の週初め“
空はどこまでもカラッと晴れ上がり、“魔法学院”の4つの中庭を照らしていた。
放課後、授業が終わった生徒達はめいめいに気に入りの中庭に集まり、休みの日に出掛ける相談や、“トリスタニア”に新しくでき来た居酒屋のことや、誰と誰が付き合っているのか、来週――“ティワズ”の週に延期されて行われる予定の“フリッグの舞踏会”のことなど……明るい話題に打ち興じている。
さて、そんな生徒達の明るい、楽しげな雰囲気が突然の闖入者によって破られてしまった。
「きゃああああああああああ! 破廉恥騎士隊だわ!」
「皆さん! 御逃げになって! 大変だわ!」
“アウストリの広場”に女生徒達の悲鳴が響き渡り、男子生徒達は眉をひそめた。彼等は自分達だけ良い想いをした連中が(結果として彼等は虫以下の扱いを受ける羽目になったのだが)どうにもこうにも羨ましく想え赦すことができなかったのである。
そんな侮蔑などが込められた眼差しの中、堂々と歩くのは“
先頭に立つのは、隊長のギーシュ。彼が、薔薇の造花を模した“杖”を掲げると、後ろにいたマリコルヌが絶叫した。
「全隊! 止まれ!」
ザッ! と統率が取れているといえる見事な動きで、彼等は停止した。行進の訓練が行き届いていることが判る動きである。騎士隊にとって、行進、は重要な仕事である。毎日1時間は行進の練習に当てていた甲斐があったようである。
ギーシュが、掲げた“杖”を振り下ろす。
すると、マリコルヌが大声で絶叫した。
「騎士隊! 構え!」
騎士隊の生徒達は、サッ! と背負った何かを引き抜いた。“杖”などではなく、それは箒であった。“ベララ羊歯”の葉を使って作られた、大きな箒である。
「目標! “アウストリの広場”のゴミ各種! 掃討せよ! 掃討せよ! 掃討せよ!」
隊員達は、わぁ~~~、と掛け声を掛けながらめいめいに散らばると、サササササ、と掃除を開始した。
“魔法学院”の“貴族”生徒達は、その辺りにぽいぽいと食べ滓やら空き瓶やらを放り捨てるために、いつもはメイドや給仕達が、小まめに掃除をしているのである。
そんな使用人の代わりに、“水精霊騎士隊”が放課後の中庭掃除を申し付けられたのは、3日ほど前のことであった。件の女子風呂覗き事件に対する、“学院”側からの罰であった。
マリコルヌが、そそくさと身を縮ませながら、女子生徒が固まっている場所へと近付く。
「きぃやああああああ! 破廉恥騎士が来たわ!」
卑屈と歓喜が入り混じった笑みを浮かべ、マリコルヌは女子生徒の中に躍り込んで行く。
「駄目じゃないですか。御嬢様方。こんなにゴミを御散らかしになって……」
女生徒達は、そんなマリコルヌを見て逃げ惑う。
「こっちに来ないで! 来ないで!」
マリコルヌは、(だって、そっちにゴミがあから……落ちてるから……)と何故か喜悦の表情を浮かべ、近付く。
「マ、マリコルヌ様……」
逃げ惑う女生徒達の中に、いつか溜まり場でマリコルヌが詩を詠んで聞かせた黒髪の大人しそうな少女がいた。
「やあ、ブリジッタ。元気かい?」
額に汗を光らせ、爽やかな笑顔を浮かべるマリコルヌ。
そんなマリコルヌに、ブリジッタは涙目で怒鳴った。
「マリコルヌ様の嘘吐き! そんな、そんな、御風呂を覗く様な方だなんて存じませんでしたわ!」
ゴミを拾いながら、マリコルヌは呟くように言った。
「男にはね」
「マリコルヌ様……」
「……負けると判っていても、戦わんきゃいけない時があるんだ」
ふ……とマリコルヌは、ニヒルな笑みを浮かべた。
「意味が理解りません! マ、マリコルヌ様は人間のゴミですわ!」
ピキーン、とマリコルヌの背筋が伸びる。
「ゴミ……ゴミだなんて……嗚呼あ……」
「撤回! ゴミ以下ですわ!」
マリコルヌは喜悦の余り、地面に転がってカクカクと痙攣を始めてしまった。実に困ったぽっちゃりさんである。
一方、隊長のギーシュはわずかに緊張した色を浮かべて、箒でサッサッと地面を掃いていた。
ボゴッと地面が盛り上がり、“使い魔”の土竜――ヴェルダンデが顔を出す。
ギーシュの顔が、一瞬で涙で曇る。
「ヴェルダンデ!」
スサッと立膝の態勢を取り、“愛”しい“使い魔”の首を、ギーシュは掻き抱いた。
「……情けない僕を赦しておくれ。一時の気温迷いに溺れた僕を赦しておくれ!」
ヴェルダンデは、そんなギーシュの顔を、ゴツいガントレットのような手で、ゴシゴシゴシと撫で上げた。
「一時の気の迷いですって? 四六時中、気を迷わせている癖に、良く言わね」
優しいヴェルダンデの後ろから、厳しい声が響いた。
「モンモランシー!」
果たして、そこに立っているのは、金色の巻き毛が眩しいモンモランシーであった。彼女は、しゃがんだギーシュを見下すと、冷たい目で言い放つ。
「今度という今度は、貴男がどういう人間かよぉ~~~く、理解ったわ。さようなら」
モンモランシーは手に持ったワインの瓶から中身を、ドボドボとギーシュの頭に掛けた。
「さようならって! どういう意味だい? モンモランシー!」
ギーシュは頭からワインを滴らせたまま、悲鳴のような叫び声を上げた。
「その通りの意味よ。と言うか、ダンスパートナーの申し込みを無視した時に気付いてよね」
「嗚呼嗚呼……」
ギーシュが頭を抱えて地面に崩れ落ちた。
“フリッグの舞踏会”で共に踊った男女は結ばれるという言い伝えがある。言い伝えは言い伝えであり、そんなことは当然ないのだが、縁起は縁起であるといえるだろう。
さて、風呂覗きの一件以来、モンモランシーに口を利いて貰えなくなってしまったギーシュは、来週に迫った“フリッグの舞踏会”の折、真っ先に踊ってくれるよう、モンモランシーに申し込んだのであった。機嫌を取るために用意した、巨大な薔薇の花束を抱えて、「まだ未完成の花束だ。最後の1本は……キミダヨ」と、恐らくギーシュにしか言えないであろう言葉と共に。
しかしモンモランシーは、ギーシュの手を無視して、ツイッと顔を背け、立ち去ってしまったのであった。
ギーシュは薔薇の花束を抱えて、呆然と立ち尽くした……。
「あれは! 御別れの合図だったのか!?」
「そういうこと。もう話し掛け泣いで。それじゃ、さよなら」
ギーシュは深く頭を垂れ、己の愚かさを呪うのであった。
“
「レイナールさん、とても真面目そうなのに……人は見掛けによらないですわ」
「しっ! ああ言う人が1番怖いのよ! 心の中で、きっととんでもないことばかり考えているのよ」
女子生徒達のそんなひそひそ声に堪えられなくなったレイナールは、ガバッと顔を上げ、「違う! 僕は止めたんだ! 最初に止めた! でも、でも……」、と弁明する。
遠くにクラスメイトに囲まれたティファニアを見付け、レイナールは地面に突っ伏した。
「嗚呼嗚呼嗚呼! あれが本物かどうか知りたいなんて想ったばかりに……神よ。“始祖ブリミル”よ。貴方の敬虔なる下僕たるこの私は、深く懺悔いたします! 恥ずべきこの私は、己を鞭打ちの刑で戒めることにいたします!」
レイナールが“呪文”を唱えると、“杖”の先に良くしなるであろう空気の鞭ができあがった。
おもむろにシャツを脱ぎ、レイナールがその空気の鞭で自分の背中を叩き出したために堪らない。
その場の女生徒達は、きゃあきゃあきゃあ、と喚きながら逃げ去った。
残りの男子生徒達も、状況は似たようなモノであった。切無げに身体を震わせ、それぞれに自身の置かれた状況を噛み締めていたのであった。
「全く……恥を知らない人達って嫌ね。“貴族”の風上にもおけないわ。女王陛下も、どうしてまたあんな連中を近衛隊なんかにしたのかしら?」
女子寮の自室の窓から、“アウストリの広場”で繰り広げられる悲惨な光景を目にして……ルイズが呆れた声で言った。
桃色がかったブロンドの少女の前には、黒髪の少女が腰掛けている。
2人の前には、ティーカップが置かれていた。
少しばかり気不味そうな顔で、私服に身を包んだシエスタが、カップの御茶を一口すすり、呟いた。
「ほ、ホントですね」
シエスタは、この前の一件を想い出してしまい、顔を赤らめた。
「……でも、私も随分と恥知らずですわ。その……あの……ジェシカから貰ったその、あの……」
ルイズも顔を赤らめる。それから、「その話は良いの」と、ギロッとシエスタを睨んで言った。
ルイズはそれから、隣に控えたメイドに顎をしゃくり促した。
「御代り」
黒髪をカチューシャで束ねたメイドは、ワナワナと震え、衣装に似合わぬ低い声で呟いた。
「……“使い魔”にこんな格好をさせるのも、十分恥知らずの範疇に入る行為じゃねえのか?」
メイド服に身を包み、2人に給仕をしていたのは平賀才人であった。
いやはや、実に見るも無残な姿であるといえるだろう。
「良いじゃない。あんたもメイド好きじゃない」
「そういう問題じゃねえ」
「問題? 誰が問題起こしたのよ?」
ルイズは、目を細めて才人を冷たく睨んだ。
「ホントだったら、あんたは御風呂覗きの罪で、あそこで罵声を浴びてる連中と一緒になって、中庭掃除をする羽目になってたのよ」
「あのな、俺は元々現場に着くまでそれが覗きだって知らなかったんだ。何度も言っただろうが。と言うかな!」
才人はメイド服を指で摘むと、怒鳴った。
「こんな服着せられるくらいなら、彼奴等と一緒に掃除する方がマシだっつの!」
ルイズはユックリと御茶を飲み干すと、ジロリと才人を睨み付けた。
「風呂覗きだけじゃないのよ」
「ぐ……」
「あんた、素っ裸のあの娘と、一体何してたのよ?」
「救けてくれたんだよ! だから、俺だけこうして、罰掃除も課せられずに、暢気にメイドなんかやれてるんじゃないか。感謝しろよ。俺をメイドにしたかったんだろ?」
“学院”で1番身体の大きなメイドから借りて来た衣装に身を包まされた才人は、少し気不味そうな声で言った。なんとなく、自分だけが罰を受けないことに対し、申し訳ないといった気持ちになったのである。(そりゃ俺はあの現場に着くまで事情を知らなかったけど……覗いた事実に変わりはないよな。そんな俺のことを誰もチクらなかった“|水精霊騎士隊”の仲間達への想いもある。それに、メイド服よりは、罵声を浴びながらの罰掃除の方がまだマシだ)とも考えた。才人にもプライドというモノが当然あるのだ。
「兎に角御代り。シエスタにも注いでやって」
才人は乱暴にティーカップを取り上げると、ルイズとシエスタのカップに、交互に注いでやった。
「……あの、サイトさん御免なあさい」
シエスタは、深々と才人に頭を下げた。
「ん? 何でシエスタが謝るの?」
「……だって、このあいだ、私サイトさんのこと、窓から蹴り出したじゃありませんか。幾ら、薬の所為とはいえ……」
「良いんだよ。結局、シエスタは薬を使わなかったじゃないか」
シエスタは、ニコッと笑顔を浮かべた。
ルイズが苛々した声で、才人を促した。
「そんな話は良いわ。兎に角私の前で、薬、って言葉使わないで。ほら、今のあんたはメイドなんだから、御菓子でも用意しなさいな」
シエスタがそんな才人をウットリとした目で見詰めている。
「……どうしたの? シエスタ」
「怒っちゃ嫌ですよ?」
「怒らないけど」
「あの……サイトさん、想った通りすっごく可愛いです。似合ってます」
「これが?」
才人はスカートを摘んでピラピラとさせた。
「はい……やっぱり正解でした」
「正解って……もしかして俺のこの格好、考えたのシエスタ?」
「はい、そうです。ミス・ヴァリエールがサイトさんに罰を与える与えるって騒ぐもんですから。いっつも痛い罰で、サイトさんが可哀想じゃありませんか。で、痛いのじゃなく可愛いのにしましょうって」
「で、これ?」
「はい」
ニコー、とシエスタは満面の笑みを浮かべた。
才人は、この部屋にいる人間達に深く失望した。
この部屋に、才人の味方は1人もいないのである。
となると、才人からすると厭味の1つでも言わねば気がすまなかった。止せば良いのに、性分というモノであろうか。
楽し気に鼻歌を唄いながら、才人はクローゼットの上に置かれたクッキー箱を開けた。隣には、クッキーに塗るクリームが入った壺がある。
才人は先ず、ルイズ達の前に、箱から取り出したクッキーを乗せた皿を置いた。それから、クルクルクルとバレリーナのように回転しながら、クリームの壺を2人の前に突き出した。
「御嬢様方」
「……何よ?」
「……これ、クリームって言うんですか? これをクッキーに塗り塗りすると、美味しいらしいですよ」
ルイズのこめかみが引き攣いた。
「あらそう」
「御二方は、良く御存知かと……」
才人は恭しく一礼した。
そこで才人は、自分がやらかしたことに気付いて小さく震え出した。
しかし、ルイズは落ち着き払った態度で、壺の蓋を取り、スプーンでクッキーにクリームを塗り始める。だが……その顔からは表情といえる表情は消え失せていた。クリームを塗るスプーンに思い切り力が込められ、クッキーはボロボロとテーブルへと溢れて行く。
シエスタがワナワナ震えながら立ち上がる。
「あの! サイトさん!」
「は、はい、マダム」
「言っときますけど、キス以上のことはなかったですから! 御互い、クリームを身体に塗り合った時に、薬の効果が切れたんです! どうやら何度も伝染した結果、効果が弱まってたみたいで!」
「は、はい」
「わ、私はちょっと舐めちゃいましたけど! そんくらいですから! 私は綺麗なままです! その、サイトさんのために……ポッ」
「御黙り」
ルイズは、「ポッ」とまで台詞で言ったシエスタに言い放つ。それから、う~~~ん、と背伸びをしながら立ち上がると、ダラダラダラと冷や汗を流しながら項垂れる才人に、満面の笑みを向けた。
「嫌だもう。あんたって、ホント、主人想いの“使い魔”ね」
「恐縮で御座います」
「……だって、私が苛々してる時に限って、判りやすく、理解りやすーく、捌け口にしても良い理由、と作ってくれるんだもの」
「つい、口に出ちゃうんですよねー。ホントに。結果は判ってるのに……良くないですね。気を付けさせて頂きます」
「気を付けるのは良いんだけど、その前にサイト、貴男は軽い罰を受けなくてはいけないわ。だって、やらかしてしまったんですものね」
「ですよねー。軽いの。そっすよねー」
「でお、私はとても優しいの。軽い罰だからって御座成りにはしないし、ちゃんとね、選ばせて上げるの。さあ一生懸命考えて、選ぶが良いわ。人生の選択肢だからね?」
「はい」
「いちー、生まれて来たことを後悔する」
「いやだなー」
「にー、いっそのこと死にたいと想う」
「それも困るなー」
ルイズは引く攣きながら猫のような身軽さで椅子から跳び上がり、才人の首を脚で捻って床に転がした。
「選びなさいよ。ほら。ほらほらぁ! クリームがどうしたって言うのよ!? クククク、クリームがなんですってぇ!?」
才人は、しばらく「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいホントにすいません」と繰り返していたが、ルイズの攻撃があまりにもしつこいために、プチン、と切れてしまった。
ルイズを振り払い、才人は立ち上がった。
「ああああん? クリーム大好きなんだろ!? はい、ナイスクリーム! ナイスクリーム! 私今日からナイスクリーム!」
「なにがナイスクリームよ!?」
宴が始まった。
その頃……“学院長室”。
「そうですか……やはり、許可が下りませんでしたか」
そう言って、残念そうに首を振ったのはコルベールである。
彼の眼の前には、大きな机があり、その向こうでは椅子に腰掛けたオスマンが水煙管を吹かしている。
「君の情熱は買うし、儂も彼等のことについてはなんとかしてやりたいとは想っとる」
「有り難い御言葉ですな」
「だがな、ミスタ・コルベール。“王宮”の言うことも、一々もっともじゃ。“ハルケギニア”の上には、またぞろ不穏な空気が流れておるでな……したがって返答は“飛行許可は与えず”の一点張りじゃ」
「やはり……そうでしたか」
「恍けおって。君は全く、その顔に似合わぬ不遜な男じゃな。盗人が、何喰わぬ顔で再びその屋敷の敷居を跨ぎたい、じゃと?」
「ううむ、全く、その、でしょうなあ」
コルベールは、先立っての自分が手伝った冒険行を想い出し、頭を掻いた。
あのようなことをしておいて、その当事国の頭の上を通らせろ、などといった道理が通るはずもないのである。“ガリア”との関係に神経を尖らせる“王宮”が、そんな一“貴族”の要求を跳ね除けるのも当然のことであるといえるだろう。
「まあ、そんな訳じゃ。せめて、時期を鑑みなさい。後、こっちは儂の決裁じゃが……君のこの願いも受け取る訳にはいかん」
オスマンは、羊皮紙の手紙をコルベールに突き出した。
そこには、コルベールの署名と、その上に、暇乞いから始まる一文が記載されている。
「君はこの“学院”に必要な人間なのじゃ。悪いが、手放す積りはないぞ」
「何も職を辞する積りはありません。ただ、少しの間、見聞を広めて来るだけです」
オスマンは、コルベールを細めた目で見詰めた。一瞬、鋭い眼光が奔る。
「君の本質が研究者であることを、儂は知っておる。儂はな、その種類の人間が、興味の対象を見付けてしまった時の弊害に、一家言持っておるでな。はぁ、見るモノ聞くモノ、全てが目新しいものばかりじゃろうて。全くもう、その時の君の姿が、瞼の裏に浮かぶわい。帰って来られる訳があるまい。そんな選択肢など、君の脳裏からは霞のように掻き消えてしまうに違いない」
コルベールは反論することができず、バツが悪そうに俯いた。
「確かに御恩もあります故、やぶさかではありませんが……」
「君がそうしてくれれば、儂はもう、何も言うことはない」
「これはまた、買い被られたモノですな! 20年前もの間、放っておかれたモノとばかり想っておりましたが」
コホン、とバツが悪そうにオスマンは咳をした。
「平時はそういうモノじゃ。退屈は、人から興味や記憶を奪うモノじゃ」
「では、暗雲立ち篭める現在、図らずも存在を貴男に想い出して頂けたこの私は一生、奉職せねばいけない、ということなのですか?」
「何もそのようなことは申していない。一生? なんとも大袈裟な男じゃ! 言ったじゃろう? 時期を鑑みよ、と。ふん! 時期が来れば反対どころか旅費すら出してやるわい。だが、今はいかん。いかんのだ。ミスタ……」
オスマンは立ち上がると、コルベールの肩を抱いた。
「まあ、そんな哀しい顔をするな。慰めと言ってはなんだが、“チクトンネ街”にの、素晴らしい店があるそうじゃ。なんでも“魅惑の妖精亭”と言う、際どい格好をした女給仕達が、御酒を注いでくれるという店での……そこで一杯奢ってやろうじゃないの。のう」
「その店なら知っております」
「なら話が早い。では早速、馬を用意させるかの。夫、年よりに馬は辛いな。こんな時の“竜籠”じゃ」
「今日は……遠慮しておきます」
「何気に女好きの君が? 儂以上に? ホント? どういう風の吹き回し?」
コホン、と恥ずかし気に咳をすると、コルベールは真顔になった。
「この報せを届けたい友人達がおります故」
コルベールがそう言うと、オスマンは詰まらんとでも言いたげな顔で首を振る。
「歳を取ると、楽しみが減るもんじゃ。そんな年寄りの細やかな幸せを奪いおって……」
コルベールは、失礼します、と一礼すると、“学院長室”を出て行こうとした。
「待ち給え」
「まだ、何か?」
オスマンは窓の外を見詰めた。
夕闇が、辺りを覆い尽くそうとし始めている。
「……全く、年を取ると言うのは詰まらんもんじゃ。見たくもない、空の色が見える」
「は、はぁ」
先程とは売って変わった、滅多に見せぬ厳しい表情をその皺に塗れた顔に浮かべ、オスマンは言葉を続けた。
「戦は終わったが、この世界を包む鉛色の雲は晴れる気配がない。すまないが、ホントに済まない話なのじゃが……我々には必要なのじゃ」
「何が必要なのですか?」
コルベールは。真顔になって尋ねた。
「彼等や、その主人達が……そして君のような優秀な教師の力が必要なのじゃ。だからもう少し、この老いぼれた世界に付き合ってはくれんかの?」
私は良いのですが、とコルベールは呟いた。
「……彼等はどうなのです? 彼等2人はこの世界の人間ではない。それなのに、彼等は何度も、この国を救ってくれました。それはもう、汎ゆる勲章を、爵位を授与しても足りぬほどに。それなのにまだ、救え、と仰るのですか?」
哀しそうな声で、コルベールは呟いた。
「我々は“貴族”ではありませんか。己の身に掛かる火の粉を、己の“杖”で払えなくて何とします?」
「正論じゃな。これが、“トリステイン”一国のみの問題ならば、儂も同じ答えを用意したかもしれん。だが……恐らくこれから起こるであろう、危機、はもはや“トリステイン”一国の問題ではないのじゃ」
コルベールは息を呑んだ。
「この“
ルイズの部屋では、嵐のような暴虐の宴が続いていた。
シエスタがとばっちりを恐れ、部屋から退散してしまった後、果のないと想えるようなルイズと才人の取っ組み合いは続いていたのである。
怒ったルイズはすばしっこい。まるで猫のように部屋の中を跳び回り、才人へと的確にダメージを与えて行くのである。
対して、才人は、ピョンピョンと跳ねるルイズをやっとの思いで捕まえた。
「離し為さいよ! まだ御仕置きは終わってないんだから!」
「……あのな、御前はいつもやり過ぎだっつの!」
才人はルイズをベッドの上へと放り投げた。
「きゃん!?」
才人は悲鳴を上げたルイズに毛布を被せ、その上から羽交い締めにした。
「…………」
すると、ルイズはまるで憑き物が落ちたかのように大人しくなったのである。
あまりにも大人しいために、才人は心配になり、ソッと毛布をめくってみた。
すると……。
ルイズはブスッと頬を膨らませ、横を向いていたのである。
「な、なんだよ……?」
と才人が言うとルイズは、「……もうあったまきた」と、凄く詰まらなさそうな声で言った。
「あったま来たのは俺だっつの。こ、こんな格好させやがって……」
しかしルイズは才人の抗議など無視して、己の不満をぶちまける。
「あんたって、メイドが好きなのよ」
ルイズは目を細め、才人をジッと見詰めた。冷ややかであるが、妙な艶っぽさもまた同時に感じさせる。
才人は一瞬で、ドキッ! として、しどろもどろになってしまった。
「そりゃな、メイドは好きだけどな、中身とプラスでセットで好きなだけでな、衣装が好きとか、況してや自分で着るとかは、然程好きじゃなくってだね……」
ポツリと、ルイズは言った。
「私がいなかったら、シエスタにクリーム塗ってたんだわ」
「ぬ、塗らないよ! 何それ!?」
「い、犬みたいに、クリーム舐めたんだわ」
「舐めないよ!」
「舐めた!」
ルイズは、う~~~、と唸った。
そんなルイズの顔を見て、才人はニヤッと笑みを浮かべた。
「何だ、焼き餅妬いてんのか? 御前」
「妬いてないもん妬いてないもん妬いてないもん!」
ジタバタとルイズは暴れた。しかし、ガッシリと才人が肩を押さえているために、どうにもならない。
「おいおい、暴れるなよ!」
ルイズは例によって、才人の股間を蹴り上げようとした。
しかし……才人はスカートを履いているために上手く狙いが付けられず、虚しくルイズの脚は才人の太腿を叩くばかりである。
勝ち誇った声で、才人はルイズを挑発した。
「ねー、“使い魔”のこと、大好きなんだもんねー。ルイズちゃんってばねー」
ルイズは顔を真っ赤にして、才人の手ガブッと噛んだ。
しかし……そんなに痛くないために、才人の笑みに凶悪な何かが浮かび上がる。
「どしたの? ミス・ヴァリエール。あんまり痛くないよ? そうだよね! 俺のことが好きなんだもんね。犬いぬイヌって馬鹿にしてる“使い魔”のことが、ルイズは好きなんだもんなあ。そりゃ、本気じゃ噛めないよなあ」
ガバッとルイズは口を離し、大きな声で怒鳴った。
「す、好きじゃないもん!」
「じゃあなんで?」
才人は、力を込めて、ルイズの目を覗き込んだ。
するとルイズは、唇を尖らせて横を向くのである。
「……あ、あんたが“使い魔”だからだもん」
「まだ言うか」
「そう! あんたが、その、余所見をすると怒っちゃうのは、自分をちゃんと守らせるようにっていう、本能みたいなモノなのよ。もうホント、私ってば可哀想」
「嘘つけ!」
「嘘じゃないもん。ホントだもん」
ルイズは拗ねたような口調で、自分に言い聞かせるように呟いた。
才人は大きく溜息を吐くと、「理解った」、と言って立ち上がった。
「何が理解ったのよう~~~」
ルイズは、布団に顔半分を埋めて身を起こし、才人に尋ねた。
「帰る方法探しに行く」
「え?」
ルイズの目が、大きく見開かれる。
そんなルイズを試すように、才人は言葉を続けた。
「御世話になりました。さようなら。今日で御暇を頂きます。俺が帰れば、別の“使い魔”や“サーヴァント”を“召喚”できるでしょ。そいつに助けて貰え。じゃあな」
「ちょ!? ちょっと待ってよ! そんないきなり! 嫌だ嫌だ嫌だ!」
ベッドから跳ね起きると、ルイズはドアの前に立ち塞がった。そこで、才人の様子に気付く。
才人は、にや~~~、と笑みを浮かべていたのである。
「……んな!?」
ルイズの顔が、見る間に真っ赤に染まる。才人の頬を平手打ちしようとしたが、ギュッとその手を握られてしまい、ルイズはもがいた。
「騙すなんてさいて……」
そう怒鳴ろうとした瞬間、才人が真顔で自分の顔を覗き込んで来たために、ルイズは言葉を呑んだ。
「好きだよ。ルイズ」
不意打ちの一言で、ルイズの動きが止まる。
「わ、私はあんたなんか……」
その先を言おうとしたルイズであるが、その唇が塞がれてしまう。
「む……!?」
突縁のキスで、ルイズの全身から力が抜けて行く。
ヘナヘナと床に崩れ落ちそうになるルイズの身体を、才人が支えた。
強く抱き締められ、ルイズは直ぐに何にも考えることができなくなってしまった。何とも、単純な少女であるといえるだろう。
唇を離すと、ルイズは小さく呟いた。
「……あ、あんた何か、帰っちゃ得ば良いのよ」
「お、俺だって帰りたい」
再びルイズは怒ったように目を瞑る。
才人はそんなルイズを抱き抱えた。そのままベッドに運び、ルイズの身体を横たえさせる。
ルイズは、目を瞑ったまま微動だにしない。
才人の額から、汗が激しく流れ始めた。ぷはぁ、と才人は止めていた息を吐いた。余裕の演技は、ここで打ち止めである。こうなっては、流石にモテる男じみた演技ももうできな。ガタガタと激しく強張った動きで、才人はルイズの横で正座した。
「…………」
ルイズは激しく顔を赤らめたまま、ベッドに横たわっている。
才人は、(良いのだろうか? これはOKのサインなんだろうか?)と自問した。いつも誤解したり、怒らせたりしてしまったりと失敗ばかりしてしまっているために、才人は慎重に行くことにした。先ずは、深呼吸である。
才人は、大きく息を吸って、吐いた。
だが、その後どうすれば良いのか、才人には判らなかった。いっそ頭を抱えて逃げ出したい気持ちに駆られた才人だが、そんなことをしてしまうと一生後悔するに違いないと考えた。
かなりの勢いで頭が沸騰してしまっている才人は、かなり斜めった質問をしでかしてしまう。
「あの……取り敢えず胸見て良い?」
ピクン、とルイズの眉が動いた。大きさなどと、そういうルイズのコンプレックス抜きにしても、この質問はやはりないといえるだろう。
だが、ルイズも才人のそういった言動に対する免疫が相当に付いていた。
兎に角、才人は抜けているのである。デリケートだとか、優しくなど、そういったモノを期待する方が間違いといっても良いだろうほどである。
ピクピク、とルイズは眉を動かすだけでどうにか我慢してみせた。
「ボ、ボボ、ボタンを外すしまぁす」
その照れ隠しといえる戯けた口調が、更にルイズを苛立たせてしまう。
ルイズは思わず目を開けて、才人を睨んだ。
「大好き」
テンパっている癖に、いざとなると勘の働く才人は咄嗟に魔法の言葉を口にした。
再び頭の中に桃色の花弁が飛び回り、唇を尖らせ、トロン、と蕩けた目になってルイズは横を向いた。
詰まり、ルイズの抜け具合もまた、才人に負けず劣らずといえるのであった。
震えながら、才人がルイズのシャツの第一ボタンを外そうとした時である。
窓から烈風が吹き込み、ルイズと才人は床に転がった。
「――ぎゃ!?」
「――な、何よぅ!?」
慌てて2人が立ち上がると、窓の外に、プカプカと“風韻竜”が浮かんでいるのが見えた。
その背には、いつもと変わらぬ表情の青髪の少女も見える。
「タバサ!」
才人が叫んだ。
「ちょっと! なに覗いてんのよ!? と言うか邪魔しない……じゃなくって襲われているとこと救けてくれて有難う!」
ルイズは咄嗟にプライドを働かせ、そこまで叫んだのだが、急速に嫉妬の炎が燃え上がる。(何で邪魔してんのよ!? この娘! 嗚呼、きっと、この馬鹿犬のことが……ということは)、とルイズは考え、はた、と何か気付いたといった様子を見せる。そして、ついこの前“アルヴィーズの食堂”で素っ裸で倒れて居たタバサの姿が、ルイズの脳裏に浮かんだ。
そしてルイズは、(何よ。あん時ゃ救けて貰っただけだ、てすってぇ? 嘘じゃない! やっぱり……こいつってばぁ……)と想い、床の上で呆然としている才人の後頭部に向けて具合の良い回し蹴りを叩き込んだ。
「――げふ!?」
そのまま前のめりに倒れた才人の頭に、ガシッと脚を乗せて、ルイズは吼えた。
「ややや、やっぱり、あんた、タバサに手を出してたのね」
「はぁ? 意味理解んねえーよ!」
「御黙り。あんたがそう言うことしなけりゃ、さっきの私達を彼女が吹き飛ばす訳ないじゃない」
ルイズは秒間3発の速度で、才人の身体に蹴りを叩き込んで行く。
「私に言った台詞と、同じこと言ったんでしょうッ!? 言いなさいよッ! ほらほらッ! “胸見て良い?” とかッ! ばっかじゃないのッ!? は、はは、鼻の下伸ばしたくらいにしてッ! 伸ばしてッ!」
何が何やら理解らぬままに、才人は呻きを上た。
「違う」
タバサは、小さくルイズの誤解を否定する。
「良いからあんたは黙ってなさいよ!」
スッと、タバサは“杖”でルイズの背後を指し示した。
「御客」
ルイズが振り返ると、コルベールが開いたドアの取手を握ったままに呆然と突っ立っていた。
「取り込み中、すまなかったな」
コルベールは、頭を掻いて言った。
才人もルイズも、恥ずかしさの余り、身を小さくして椅子に腰掛けている。
いつの間にやら戻って来たシエスタが、一行の前に御茶を置いた。
タバサもちゃっかり出窓に腰掛けて本を読んでいる。どうやらそこで、才人の護衛を気取る積りらしい。
さて、椅子に腰掛けたコルベールは、大きな溜息を1つ吐いた。かなりガッカリしているらしいことが判る。
「どうしたんですか? 先生」
才人が水を向けると、コルベールは深い溜め息と共に、才人に対して頭を下げた。才人がメイド姿であることを気にした風もない。そこは素直に凄いと想わせて来る。
「先ず、君に謝らねばならぬ」
「はい?」
才人がキョトンとしていると、コルベールは事の顛末を語り始めた。
いよいよ、東方への“オストラント号”での探索行を計画したこと。東方へ向かうには、“ガリア王国”の上空を通らねばならぬ事。
「商船にしろ探検船にしろ、外国の上空を公式に通過するためには政府の免許と、相手国の許可が必要だ」
はぁ、とコルベールは再び大きな溜息を吐いた。
「“ガリア”が、許可をくれなかったんですか?」
心配そうな声で、才人が尋ねた。
あれだけのことをしておいて、その上空を素知らぬ顔で通ろうというのだから、コルベールは意外に肝が太いといえるだろうか。いや、“ガリア”は、許可を求めて来たのが、シャルロットを連れ出した者達であることを知る者はほんの一部であり、いないといえるのだが……。
「いや、その前に国の免許が得られなかった。オスマン氏に仲介を頼んだのだが……」
コルベールは首を横に振った。
妙な沈黙が一同を包む。
それから、やおらコルベールは頭を上げ、「……ガッカリしないのかね?」、と才人へと尋ねた。
才人ほ呆けッとしていたが、そのうちに慌て始めた。
「いやぁ、ガッカリと言えばガッカリなんですけど……」
それから気不味そうに、「でも、まあ、解決していない問題もあるし、しばらくこっちに残る……いや、残りたいです」と才人は答えた。
ルイズの目が大きく見開かれた。
タバサが、ピクン、と眉を動かした。
シエスタは頬を染めた。
“霊体化”しているイーヴァルディは、才人の意志を尊重するように強く首肯いた。
その、率直な自分の言葉に才人自身が驚いてしまった。事実、心の底から出たといえる言葉であろう。だが、ルイズの顔を横目で見ると、そうだな、とも想えたのである。
「機会を逃すかもしれんよ? もしかしたら、一生帰えれなくなるかもしれない」
コルベールにそう言われて、才人の心に、中庭で奉仕活動をしていた仲間達の姿が浮かんだ。
“
才人は、(あんな奴等がいるなら……この世界に留まっていても良いかな?)と想えたのである。
「まぁ、そん時はそん時ということで。それに、きっとだけど、どうにかなると想うんです。まだその時じゃないっていうか……ここで帰る方法が見付からなくても、もしかするとですけど、セイヴァーが何か、そう言ったことを可能にする“宝具”を貸してくれるかもって」
屈託のない言葉で才人が言ったために、コルベールは残念そうに、そして才人に眩しさを感じた様子で首を横に振った。
「私は君のように達観することなどできないよ。見てみたいじゃないか! “魔法”ではなく、技術が世の理を支配する世界! こことは違った価値観、違った人々が支配する世界……まあ、君がそう言うなら、取り敢えず延期にしよう」
コルベールは首を振ると、部屋を退出して行った。
残された一行の間には、しばしの間が流れた。
真っ先に口を切ったのはシエスタである。嬉しさと当惑と、才人に対する慰めなどが入り混じったような口調で、「あ、あの! サイトさんホントに残念でしたね~! でも、でもでも、私はちょっと嬉しいです。だって、サイトさんが此方の世界に残って呉れたらもう、それだけで私嬉しいですから」と言った。
シエスタはそれから「ミス・ヴァリエールもそうですよね?」と水を向けたのだが、ルイズは横をプイッと向いて「全然嬉しくないわ」と怒った様な口調で言った。
「どうせこっちにいたって碌でもないことしかしないんだから」
「そんなことはありませんわ! サイトさんは何度もミス・ヴァリエールの、私達の、引いては“トリステイン”の危機を救ってくれたじゃありませんか!」
「まあそれは認めて上げわ。でも、女の子達に色目を使わせるために、私“召喚”した訳じゃないわ」
ルイズは、黙々と本を読み続けるタバサとシエスタを交互に見て言った。
すると才人も、負けじと呟く。
「あーあ。俺だって残念だよ。ったく、こんな我儘で恩知らずな奴の“使い魔”だなんて……」
「じゃあ帰れば良いじゃない」
「そう出来るんなら、とっくにしてるっつの」
2人は、御互い心にもないことを言い合い、外方を向いた。
それから、才人は少し吹っ切れたような声で言った。
「でも、それほど不満じゃねえよ」
才人のその言葉で、ルイズは顔を赤くさせた。
それから才人は、部屋を出て行こうとした。
ルイズはまるで子犬のように不安気な顔で才人を見詰める。だが、「何処に行くの?」などと訊けないルイズであった。
「サイトさん、何処へ?」
「散歩」
「その格好で、ですか?」
シエスタの言葉に、才人は己の姿を見遣った。メイド姿のままである。慌てて才人は着替え始めた。
シエスタは、きゃあきゃあ、喚いて、掌で顔を隠す。しかし、指は駄々広がりである。
タバサは気にした風もなく本を読んでいる。
ルイズは頬を染めたまま、横を向いた。
才人は服を着上げ終わると、「あ、そうだ」と呟いて何かを探し始める。
捜し物は、ルイズの物入れの1番上の引き出しから出て来た。
それを抱えて、才人は部屋を出て行った。
バタン、とドアが閉まった後、しばしの沈黙が流れる。
何かを誤魔化すように、ルイズは無言でテーブルの上の御菓子を食べ始めた。
シエスタは、何喰わぬ顔で掃除を開始した。
ルイズは黙々とクッキーを頬張りながら、窓に腰掛けているタバサと、その背後に見える夜の闇を見詰めた。
「夜も更けて来たわ。そろそろ自分の部屋に戻りなさいよ」
しかしタバサは、無言のまま動かない。
本のページを捲る音と、ルイズがもしゃもしゃクッキーを齧る音と、シエスタが箒で床を掃く音だけが、ルイズの部屋の中に響く。
「ねえタバサ。あんた、私の部屋に泊まる気?」
コクリ、とタバサは首肯いた。
「どうして? サイトがいるからとか言わないでしょうね?」
シエスタの箒が、ピタリと止まった。
再びタバサは首肯いた。
「どういう意味よ? それ」
わずかに嫉妬を滲ませて、ルイズが詰め寄る。すると、タバサは本を閉じて向き直った。
「貴女は、やり過ぎる」
「何よ。文句があるって言うの? 言っとくけど、サイトは私の“使い魔”なの。私がどんな罰を与えようが、私の勝手でしょ?」
「それでも危害を加えることが許されない。あれではいずれ、怪我をする」
「何それ? ナイト気取りって訳?」
「気取り、じゃない」
ルイズの目が細まった。
「……言っとくけど、それって重大な内政干渉よ」
タバサは真っ向から、嫉妬と怒りの混じったルイズの視線を受け止めた。
「だから?」
ルイズは怒りに任せて“杖”を抜いた。
タバサも同時に、大きな“杖”を構える。
ルイズの身体から、ユラリと強大な“魔力”のオーラが立ち上がる。
“虚無”のオーラである。
ルイズの心に膨れる嫉妬心は、“魔力”となってルイズを包んでいるのである。
タバサも、冷たい、舞う雪風の様な風状のオーラを身体に纏い、ルイズと対峙した。
見掛けはか弱い少女同士の睨み合いであるが、“竜”同士の対決にも匹敵するであろうほどの恐ろしい雰囲気を撒き散らしているといえるだろう。
あわや小規模な戦争のようなその空気を、シエスタが払おうとする。
「まあ! 御二方! まあまあまあ!」
まあまあ、と言いながらシエスタは2人の間に割って入り、2人へとワイングラスを握らせる。
「“アンジュー”の古い御酒が手に入ったんです! 取り敢えず呑みましょ? ね? ね? そんな恐ろしい“杖”は御引っ込めになって下さいまし!」
「そうだな。“マスター”。今、彼女とその“サーヴァント”である“シールダー”――ヒラガサイトと、シオンとセイヴァーとは協力関係だ。“マスター”、ルイズ。協力関係である今、仲間割れする訳には行かんだろ? 共に行動することで、互いにフォローし合うこともできる」
シエスタの言葉に続き、実体化したイーヴァルディはどこかズレたフォローを入れる。そんな仲介役2人を前に、ルイズとタバサは“杖”をどうにか収めた。
それから、ルイズとタバサの2人は睨み合ったまま、グラスのワインを飲み干した。
「ふぅ。有難う御座います。ええっと……」
「“シールダー”……いや、イーヴァルディだ」
「有難う御座います、イーヴァルディさん」
シエスタは、イーヴァルディに、(“イーヴァルディの勇者”と同じ名前の方なんですね)などと想いながら、感謝の言葉を口にした。それから直ぐに、再び、睨み合う2人が持つグラスへとワインを注ぎ満たす。
ルイズとタバサは、それもまた直ぐに飲み干した。
シエスタは、ワインの瓶が空になると、次の瓶を取り出して来る。そして、何度も何度もワインを注ぎ続けた。
さて、何やら荷物を抱えて才人がやって来たのは、“火の塔”の隣にあるコルベールの研究室である。
才人が扉をノックすると、キュルケが顔を出した。
キュルケは薄手のネグリジェに身を包んでいるために、才人は目のやり場に困ってしまった。
「あら、サイト」
「先生いる?」
「いるけど……御酒呑んでブツブツ呟いているのよ。セイヴァーが話を聞いてくれてるみたいだけど、何があったのかしら?」
才人が近付くと、コルベールは机に突っ伏してヘベレケ状態になっていた。
「先生、どうしたんですか?」
「……ふにゃ。全く、“王宮”の連中と来たら! “貴族”と来たら! いつまでも“魔法”が全てだと思っている! 世の中には、我々の知らない技術や文化が沢山あると言うのに……全く、詰まらないプライドで小競り合いをしている場合ではないと言うのに……御偉いさん達と来たら……」
“王政府”から許可を貰うことができなかったことが、相当にショックだったことがその様子から判る。
そんなコルベールに対して、才人はより人間的な好意を覚えた。
「確かに、御前の言う通りだ。だがな、コルベール。あいつ等にもあいつ等なりの事情がある。プライドなどと言ったモノに拘ってばかりではないのは確かだが、立場上、国と国との関係など色々と難しいんだ。まあ、有り体に言えば……これは、才人やシオンやアンリエッタにも言ったが、“間が悪かった”だけのことだろうて。いや、今更だが、もしかして俺、この言葉間違って使ってしまってる?」
酔い潰れてしまっているともいえるコルベールに、俺は言葉を掛ける。
才人は、そんなショックを受けて居るコルベールを前に、(こんな先生になら……渡しても良いな)と想った。それから、コルベールの肩を揺すった。
「……ふにゃ。何だね? ああ、サイトくんか。どうしたね?」
酒臭い息を吐きながら、コルベールは顔を上げた。
「先生……これ」
才人は、持って来た品を机の上に置いた。
「ん? これは……一体何だね?」
銀色の、30“サント”四方ほどの板状の物体を見て、コルベールは酔いから覚めたかのように目を見開いた。
「……これは。君達の世界の物だな? 間違いない!」
一瞬で、コルベールの顔から酔いの濁りが消え失せて行く。流石は、未知への探究心や好奇心を持つ研究者だといえるだろう。
「そうです。俺がこっちに来る時に持って来た唯一の物で……“ノートパソコン”って言うんです」
「凄いな! いや、実に凄いなこれは! 見給え、ミス・ツェルプストー。まるで“ゲルマニア”の寄木細工のようじゃないか!」
コルベールの側で、まるで助手であるかのような顔付きで事のなりゆきを見守っていたキュルケも感想を述べた。
「いええ、ジャン。“ゲルマニア”の寄木細工なんかより、ずっと精巧にできているわ。ねえサイト、セイヴァー。これは一体何なの? 貴男達の世界の細工師がこしらえた宝石箱?」
貴男達の世界、という言葉に引っ掛かりを感じた才人は、コルベールへと目を向けた。
「……すまぬ。私が話してしまったのだ」
「あたしなら良いじゃない。ねえ。誰にも言わないわよ。他所の世界から来た人間だってこと。ね?」
キュルケの屈託のないといえる笑顔を前に、俺も才人も首肯いた。
キュルケは、こと異性や恋沙汰に関しては色々と問題があるだろう。だが、何気に口の堅く義理堅い女性であるということを俺と才人は、これまでの経験と付き合いから理解していた。
「先生、これは寄木細工でも宝石箱でもないんです。何と言うか……説明し辛いんですけど、いわゆる沢山の本が詰まった、一種の図書館みたいなモノだ、と想ってください」
「図書館? これが? いやはや、驚いたな! こんな小さな箱が図書館だって言うのかね!? 君達の世界は、一体どうなっているのかね?」
キュルケも目を見開いた。
「私達は、小さくなって入る訳?」
「いや……そうじゃない。文字や絵や音が、小さくその、データって言うか、そう言うのになって詰まってるんだ。さっきは図書館って言ったけど、ホントは図書館以上の情報を詰めることだってできる。それはここに、現れる。鏡に、魔法の映像が映るみたいにね」
才人は、俺に確認のためだろう視線をチラチラを向けながら説明をして行く。それから、“ノートパソコン”を開いて、液晶画面を見せた。
「ということは、この中に君達の世界の情報が?」
「……俺が使ってた奴なんで、大した情報は入ってないですけど。ホントはこの機械を端末にして、色んな人と情報を交換したりするんです」
「詰まり、遠く離れた所にいる人間同士と? そういう意味かね?」
才人と俺は首肯く。
実際、才人は殆どインターネットばかりに使用していたために、データといえるデータは入っていない。入っているのは、購入時に既にインストールされていたモノやセキュリティーソフトくらいのものだろう。他に入っていたとしても、それがこの世界で役に立つかどうかはまた別問題でもある。
「では、これを用いれば、君達の世界の情報が何でも得られると。そういう訳なのだな?」
そこで才人は、残念そうに呟いた。
「まあ、電力があれば、ですけどね」
コルベールは才人が今仕方口にした言葉に首を傾げる。
「でんりょく? でんりょくとは何だね?」
「あれです。詰まり電気です。この機械は電気で動くんです」
「電気か! 成る程!」
コルベールは嘆息した。
「ねえジャン。電気って何?」
「この世界に存在する、幾つかの力のうちの1つだ。稲妻が光ったり、冬場に階段の手摺に触れた時に、ピリッと来たりするのは、その電気の仕業なんだよ。殆ど研究している学者はいないがね……」
キュルケは、ふーん、と云う様に両手を広げた。
「我々も“呪文”で使うではないか。“ライトニング”系統の“呪文”がそれだ」
「痺れる奴ね。へえ、てっきり、毒か何かと想っていたわ」
「……電池が入ってたんですけど。あ、電池って言うのは、電気を溜めておく部分です。もう、切れちゃってるんで」
「良く理解らないけど、その電気がないってことは、役立たずじゃない」
キュルケが、両手を挙げてヒラヒラとさせた。
「でも、何か研究に役立てれば良いかなって」
コルベールは、「そうだな」、と才人に首肯いた。
「これだけ精密な部品群……見ているだけで、ワクワクして来たぞ」
子供のような目で、コルベールはノートパソコンを見詰めた。
「今はせめて、これで我慢して下さい」
コルベールは、才人は心配そうに見詰めた。
「だが……良いのかね? 十分に気を付ける積りだが、私はこれを壊してしまうかもしれんぞ? 大事な物なんじゃないのかね?」
才人は首を振った。
「良いんです。どうせ、使いみちないし……」
どこか晴れ晴れとした声で、才人は言った。
「もし、壊れたとしても、俺に言え。直ぐに直してやる」
才人と俺の言葉に、コルベールは「ふむ」と首肯いて再び“ノートパソコン”へと顔を戻す。もう、これを分解して色々と確かめたりしたくて堪らないといった様子である。
才人の去り際に、キュルケが才人に文句を吐けた。
「全く、余計なことをしてくれたわね。あの調子じゃ、あと1週間はあたしが側にいることも忘れてしまうわ」
そんなキュルケの言葉に、才人は苦笑する。
「だが、先程みたいに、酔い潰れ、鬱屈としているよりかは大分とマシだろう」
俺のそんな言葉に、キュルケは「まあ、それもそうね」と呟いた。
部屋に戻って来た才人は、とんでもない光景を見て目を丸くした。
タバサと、いつしか呑み始めて酔い潰れてしまったシエスタが、クゥクゥとベッドで寝ているのである。
ルイズだけが、1人ワインを呑んでいる。戻って来た才人を見ると、トロン、とした目で言い放つ。
「ろこ言っれらのよ~~~?」
「コ、コルベール先生の所。つうか何してんだよ……? 御前等……」
ワインの瓶が3本も床に転がっているために、才人は驚いた。
「みんなでいっぽんずつ、なかよんらの。なかよくなったかな? まあ、ろっちれもいいわ」
「御前……良く潰れなかったな」
酒の弱いルイズが、これだけ呑むことは珍しいといえるだろう。
ルイズは、何だか怒ったような声で、「……らって、サイトがかえってこないらもん」などとヘロヘロとした口調で言い放った。
才人は、(まさか、俺が帰って来ないのをずっと待っていたのか!?)と想うと、何だかルイズのことが更に可愛らしく想えて来た。
酔ったルイズは、才人をボンヤリと見詰め、「サイロサイロサイロ」と、何度も名前を呼んだ。
「何だよサイロって……」
「ほんろにー。あんらー。かえらなくれよいろ?」
帰らなくても良いのか、と訊いているのであろう。
呑んでいる間中、ルイズはずっとその言葉の意味を考えていたのであった。
「ああ」
「ろうして?」
「御前がいるから」
「うろばっかり」
「嘘じゃ無えって。まあ良いけど」
「しょうらい、ろうするの?」
相当酔ってしまっているルイズは、話題をピョコピョコと変えて行く。
才人は、恥ずかしさを感じはしたが、(どうせ酔ってるし覚えていまい)と想い、とんでもないことを口にした。
「ルイズと結婚するよ」
「ほんろに? わらしと? ほんろに?」
「うん。責任取れよな。喚んだんだから」
「ころもはふらりがいいわ」
と、ルイズもまたとんでもないことをサラッと口にした。
「そ、そうだな」
「はーい、はーいはい。わらしー、御願いがありまふ」
ルイズは手を挙げると、いきなり立ち上がった。
「何だよ?」
酔っ払いの相手って疲れるなー、などと少しばかりウンザリとしながら才人が尋ねる。
ルイズは、才人に指を突き付けた。
「わらしにー、胸が大きくなるとゆー、体操しなさーい」
「はい?」
「いつかー、あんらだー、いっれらー、おっぱい体操」
空気が固まった。
才人が「はぁ?」と硬直していると、ルイズはガシッと才人の手を握り、「こうるするろ、おおきくなるっていってらー」と自身の胸へと持って行く。
ルイズの薄くも、僅かな胸の膨らみが、才人の掌を刺激した。
「ル、ルイズ……」
才人が訳が理解らなくなりそうになっていると、ルイズは耳元に口を寄せた。
「おおきくなればー、あんらー、よそみしないれしょー。れもー、ちいさいのがー、好きかもしれないのれー。わらしー、悩みろころらわー」
月明かりが、射す中……才人の頭の中はルイズのことで一杯になってしまった。
ルイズは才人に顔を近付け、頬をペロペロと舐め始めた。
才人は、(何て可愛いんだ。酔ってる所為でこうなら、一生酔ってて欲しい)とルイズを押し倒しそうになるが、どうにか想い留まった。
それから才人が、(今はこいつ酔ってるしなー、酔ってる時に何かしたら一生言われるしなー、嗚呼、でも我慢できないしな、どうしよう? 嗚呼、どうしよう?)と悩んでいると……。
夜空に影が差した。
同時に、月明かりを受けたのだろう、キラリと何かが光った。
危険を感じた才人は、一瞬で我に返る。
「何だ?」
才人は、ルイズをソッと押し戻し、ベッドへと横たえさせる。
「らによー、やっぱ文句あるんらないのー」
「良いから寝てろ」
才人は咄嗟に、背中に背負っているデルフリンガーへと手を伸ばす。
才人が窓から顔を出すと、素早い影が空を飛んでいるのが見えた。
何かがキラキラと光り、窓から顔を出した才人を襲う。
氷の矢であった。
自分目掛けて飛んで来た其れを、才人はバックステップをすることで躱す。
壁に打ち当たり、氷の矢は砕け散る。
夜空の影は素早く動き……旋回する。次いで、才人目掛けて突進して来る。
そんな夜空の影を観察し、(“ガーゴイル”? “竜”?)と才人は正体を推測しようとする。
ただ……飛行物体の上には騎乗する人物が、才人には見えた。
先程“魔法”を放た何者かであろうことは明白だといえるだろう。
実戦慣れした才人の身体は、(“ガリア”? ……“ミョズニトニルン”? それとも、“アサシン”か、“アヴェンジャー”か?)といったそんな思考の間にもシッカリと反射的に反応をする。
近付いた瞬間、才人は窓からジャンプして、影に跨った人物の背後にストン、と降り立った。
「――!?」
驚愕の呻きと共に振り返った騎乗者の喉に、才人は羽交い締めのような形でデルフリンガーを押し当てる。
「待った! 待った!」
するとそいつは、大声で喚き始めた。
「へ?」
その声に、才人は聞き覚えがあった。
「頼む! 剣を退けてくれ! 僕だよ! ルネだ! ルネ・フォンク!」
「ルネ!」
才人は驚いて、デルフリンガーを引っ込めた。
月明かりに浮かんだ顔は……“アルビオン”で共に戦った“竜騎士”の1人、膨よかな身体をしたルネであった。
才人は、懐かしさで胸が一杯になった。
「久し振りだから、驚かしてやろうと思ったんだ! でも、驚かされたのは僕の方だな。セイヴァーの方には隙なんて全くなかったし……“アルビオン”で110,000を止めたってのも首肯ける! 大した腕前じゃないか!」
地面に降りた2人は、堅く抱擁し合った。
「いやぁ、“アルビオン”で別れて以来だな!」
「あれから僕は、“首都警護竜騎士連隊”に配属になったんだよ。毎日毎日、退屈な哨戒飛行の連続で、参っちゃうよ」
「それは、大変だな。褒美に飴でもやろうか?」
「セイヴァー!」
地面で向き合う才人とルネに、俺は暗闇の中から近付き、ルネへと労いと誂いを込めた言葉を掛ける。
そんな俺の言葉に笑いながら、ルネは才人と俺の格好を、上から下まで舐めるように見詰めた。
「いやぁ……サイト。“シュヴァリエ”になったって聞いたけど、金回りは良くないみたいだな。前と格好が変わらんじゃないか。年金は幾らだい?」
「500“エキュー”」
「何だ、僕より良いじゃないか。まあ、近衛だもんな。兎に角、服くらい買えよ」
「馬を買っちまって……いや買わされたんだけど。それですっからかんだよ」
「見栄を張って高いのにしたんだろ?」
そう言ってルネは笑った。
才人も連られて笑う。
「おい、こっちに来いよ。呑もうぜ」
才人がそう言うと、ルネは首を横に振った。
「いや、遊びに来た訳じゃない。任務さ。君達にこの手紙を届けたら、直ぐにとんぼ返りしなきゃいけない。“竜騎士隊”の人遣いの荒らさと来たら、並大抵のもんじゃないね! なまじっか、空何か飛可るもんじゃ無いぜ。其の点、セイヴァーは“アルビオン”の客将だから、良いよな」
「なに、余所者ということから、色々と恨みなどを買っているがな」
そんな風にルネと俺は言葉を交し、才人は話を戻そうと「手紙?」とルネに確認する。
「ああそうだ。さてと一応、形式を取らせて貰うぜ。何せ、差出人が差出人だからな」
ルネはそう言うと、カッチリと軍人らしい直立をした。
「“
「は、はいっ!」
才人も思わず、ピーンと背筋を伸ばした。
「畏くも女王陛下より、御親書を携えて参りました! 謹んで御受け取りくださいますよう!」
才人は、(じょ、女王陛下? 姫様が自分に手紙? どう言う事だ?)と緊張為乍らも疑問符を浮かべる。
ルネは上着の内ポケットから、何重にも封をされた手紙を取り出した。そして跪いて、恭しく才人へと差し出した。
「あ、有難う」
「その場で開封し、中の指示に従うようとの仰せで御座います」
ルネは真顔で、才人にそう言った。
才人は、重々しく首肯き、中の手紙を取り出した。
そこに記載されている文面を見て、才人の目が丸くなった。