ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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オストラント号の上で

「諸君! これは名誉挽回の好機である!」

 “オストラント号”の甲板で、ギーシュが“|水精霊騎士隊”の面々を前にして、大声で怒鳴った。

 10人ほどの少年達から、うぉおおおおおおお! と叫びが上がる。

「我々は、哀しい事件により誇りと名誉を傷付けられた……あのままでは、我等の尊厳は地に堕ち、子々孫々まで恥が残ったことであろう……だが! 神はそんな我々を御見捨てにはならなかった! 女王陛下は、我々に名誉回復のチャンスをくださったのだ!」

 再び、少年達の間から歓声が沸く。

 隣で、何やらグッタリとしている才人を、ギーシュは促した。

「では副隊長、皆にこの壮大成る任務を話してやってくれ」

 それは2日前、ルネによってもたらされた、女王陛下よりの命令書であった。

「えー、こほん。えー、本日は御日柄も良く、栄えある旅立ちを祝福してくださるような御陽様が……」

「そんな挨拶は良いよ。早く、陛下からの命令を言ってくれよ」

 ギーシュが、緊張でトチ狂ってしまっている才人の横腹を突く。

「あー、では言います。ギーシュ・ド・グラモン殿及び、サイト・シュヴァリエド・ヒラガ殿。女王陛下直属女官ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール嬢と“魔法学院”生徒ティファニア・ウエストウッド嬢、“アルビオン王国”シオン・エルディ女王陛下計3名を、貴下の隊で護衛し、“連合皇国首都 ロマリア”まで、至急連れて来られたし」

「良いか!? 一命に代えも彼女達を御護りするんだ! 良いな!?」

 ギーシュが活を入れると、騎士隊の少年達は感動のあまり、空を見上げてボロボロと泣き始めた。

 舷壁にもたれて、そんな様子を遠巻きに見ているのは、当の護衛される対象のルイズ、そしてコルベールと一緒に“オストラント号”を動かすためにくっ着いて来たキュルケ、そして青い髪の小さなタバサである。

「ホントに偉いさんってのは、基本命令するだけで方法まで教えてくれないのね」

 キュルケが、呆れた声で言った。

「至急連れて来られたし、何て……この“オストラント号”がなかったら、どう仕様もなかったじゃないの。普通の“フネ”なら1週間以上掛かったわ」

 キュルケは未だ、“聖杯戦争”や“サーヴァント”、“宝具”などといったモノを知ってはいない。ただただ、イーヴァルディという少年を始め、近くに人並み以上――“英雄”ともいえる力を持つ存在がいるということを理解しているだけであった。

 東方への探検旅行を予定していたコルベールは、“魔法学院”の隣まで、“オストラント号”を運び込んでおいたのであった。当然、“風石”も満載されている。

 至急、などと言われても、手段が浮かばなかった才人達は、2択の内、コルベールに泣き付いたのであった。

 しかし……そんなことをキュルケに言われたルイズは、微妙に上の空といった様子である。何やらボヤーッと頬染めて、時折何かを想い出しては、恥ずかしそうにモジモジとしているのである。

「……どうしたの? ルイズ」

 キュルケに尋ねられ、ルイズは我に返る。

「え? ええ? 何だっけ?」

「もう。なに昼間から夢見てるのよ。偉いさんは、命令するだけして、後は放ったらかしってこと」

 コホンと、誤魔化すように咳をすると、ルイズは一生懸命真面目な顔をつくろってみせた。

「その偉いさん全員が、そうって訳じゃないわ。シオンを見なさいよ。それに、お、御偉方の、期待以上の働きをしてこそ、忠臣というモノだわ」

 ルイズ達の背後の翼の上では、シュシュシュシュシュ……と聞き慣れない音を立てて、“水蒸気機関”が動いている。

「ところで、コルベール先生は?」

 ルイズはキュルケに尋ねた。

 ルイズは、出航の時もコルベールの顔を見なかったのである。

 彼がいなくては、この“フネ”はマトモに動かせないはずだとうこともあって、ルイズは乗っているだろうことだけは理解していた。

 だが、どうにもコルベールは姿を見せないのであった。

「ジャンはサイトからのプレゼントに夢中なのよ」

 呆れた声で、キュルケは言った。

「サイトからのプレゼント?」

「そうよ。何だっけ、あの、のーとぱそこん、だか何だか……あんな平べったい板の、どこが面白いのかしら?」

 いつかルイズも見たことのある、才人が“地球”から持って来た機械……。

 ルイズは、(どうしてサイトは、コルベール先生に上げたのかしら?)と疑問に思ったが、はたと気付いた。それから、(それって……もしかしてサイトの決意なんだわ! “俺は此方の世界に残るんだ。元の世界の物に未練はない”……っていう意思表示。サイト……)、と想い、目頭が熱くなり、ルイズはもう、何も考えることができなくなってしまった。

 目で才人の姿を追い、ルイズは頬を染める。(嗚呼、昨晩は酔ってとんてもないことを言ってしまった気がするけど……良いわ。良いじゃない、そのサイトの覚悟に報いなきゃ……)、などと考えた。

 そうルイズが考えていると、キュルケがやれやれと両手を広げてみせた。そんなルイズの様子を見て、言いたいことも言えずに我慢していると想い込んでしまったのである。

「全く、いと哀しきは宮仕え……御偉いさんの機嫌1つであっちに行ったりこっちに行ったり、貴女達も大変ね」

 ルイズはキョトンとして言った。

「は? 陛下の思し召しよ。別に大変じゃないわ」

「東に行きたかったんじゃないの? ジャンがガッカリしてたわよー。“あー、やっと東に行けると想ったのになあっ”て。その反動で、サイトからのプレゼントに夢中みたい。貴女だって言ってたじゃない。“サイトの帰る方法を探して上げたい”って」

「そ、そうね」

 気不味そうに、ルイズは俯いた。

「それなのに、あんまりガッカリしているようには見えないけど? どうして?」

 ニヤッと、キュルケは笑みを浮かべてルイズの顔を覗き込む。

「そ、そんなことないわ! 私、ガッカリしてるもの!」

 ルイズは、ムキになって叫んだ。

「へぇー、そう」

 キュルケは、ルイズの鼻をチョンチョンと突いた。

「あたしには、これでサイトを側においておける~、ってそんな風に見えるけど?」

 ルイズは顔を真っ赤にした。それから、プイッと顔を背ける。

「あら嫌だ。図星?」

「“フネ”に酔ったの!」

 と、ルイズは怒鳴って船室へと向かった。

 自分達に用意された狭苦しい船室に篭もると、ルイズはグテっとベッドへと横たわった。俯せのまま布団に顔を押し付け、グッタリと身体を伸ばす。

 ルイズは、(私は……卑怯者だわ。サイトを引き留めて置きたいんだわ。何処にも行って欲しくにあ。それが例え、サイトの故郷であろうとも……)と考え、はぁ、と溜息を吐いた。

 この前、才人からすると冗談の積りで「帰る方法探しに行く」などと言った時、ルイズは思わず大慌てで止めに入ってしまったので在る。

 何て我儘なのかしら、とルイズは自分を責めた。

 そう想い始めることで、いつか自分で決めた「サイトが帰る間際に気持ちを伝えよう、自分の想いがサイトを縛る鎖になってはいけないから」というのもまた、何だか都合の良い言い訳のように、ルイズには想えてしまうのであった。

 ルイズは、(結局勇気が出ないだけなんじゃないの? 臆病者だわ、私……)と先程の浮かれ具合を恥じ、いつしか泣き出してしまった。

 そんな風にルイズが泣いていると、扉が開いて才人が現れた。

「どうした? 何かキュルケと口喧嘩してたみたいだけど……」

 ルイズは、クイッと毛布を顔まで引っ張り上げた。

「何だよ? どうしたんだよ?」

 才人はやれやれといった調子で、ルイズの隣に腰掛けた。

 ルイズは、ピクリとも動かない。

 才人は、(全く、気が強い癖に傷付きやすいんだから……多分キュルケに、また何か言われて落ち込んだに違いないな)と解釈して苦笑した。それから、(こいつは全く、俺がいないとどう仕様もないんだよな)と自惚れてみた。

 以前ルイズが“火の塔”から飛び降り自殺を図ろうとしたことを知らない才人であったが、(助けることも、慰めることも、励ますことも、きっと俺や幼馴染のシオン、姉のカトレアさんくらいしかできない。だって、滅茶苦茶我儘だからな、他の奴だったら呆れて逃げちゃうだろうな……となると、こいつは、俺がいなけりゃ駄目なんだ。多分いなかったら、死んでしまうんじゃないだろうか?)と想像し、考えた。

「おい、元気出せよ……って、ルイズ?」

 毛布を引き剥がすと、ルイズが目を赤くしていることに、才人は気付いた。

「な、何だよ。何で泣いてるんだよ?」

「サイト……良いの? ホントに、ホントのホントに帰れなくっても良いの?」

 ルイズはグシグシと瞼の上を擦りなら言った。

 才人は、優しい笑みを浮かべると、そんなルイズの瞼の下を拭ってやった。

「いや……何つうかさ。友達も仲間もできたし……だったら、あんまり寂しくないかなって。ギーシュなんかさ、“行き場所が失くなったら僕の家に来いよ”、何て言ってくれたんだぜ。何処まで本気が知らないけど、全く調子だけは良いんだからよ」

 ルイズは、その言葉で家族を想い出した。

 ずっと厳しいだけだと思っていた父親と母親。

 だが、それは間違いであったことを、もうルイズは知っている。

 自ら罰を与えることで、無断で国境を超えて外国に潜入した罪の減免を願った母親。

 ルイズを戦の道具に使うというのであれば、“王政府”すらをも敵に回すと言い放ってみせた父親。

 そして……いつも慈“愛”に満ちた笑顔で包んでくれるカトレア。

 エレオノールも勿論、ルイズの事を厳しく接しながらも“愛”している。

 そんな家族と2度と逢うことができない、そういったことは自分であれば堪えることはできないだろうとルイズは想った。

「駄目よ。そんなの……サイトの父様母様だって、サイトのこと……」

「良いんだよ」

 笑い乍ら、才人は言った。

「ホントのホントに良いの?」

 ルイズは、ポツリと寂しそうに言った。

「母様や父様に、2度と逢えないかもしれないのよ?」

 才人は、やはりそこで少し考えた。それから、(ルイズは俺に対して負い目を感じているんだ……こっちの世界に連れて来てしまったこと。いつまでも気にさせては、ルイズが可哀想だよな。気にし過ぎて、泣いてしまったりするんだし)と想い、才人は嘘を吐くことにした。

「ホントは、俺には家族がいないんだよ」

「え?」

 ルイズは、この前のカトレアの手紙に書かれていた内容を想い出した。そこには、才人がカトレアの胸で、故郷を想って泣いたことが書かれていたのだから。

「嘘……嘘よ。そんなの。小姉様の手紙に書いてあったもの。あんたが、故郷を想って泣いたって……」

「ああ。うーん、その何て言うかな。故郷を想って泣いたんであって、家族を想って泣いた訳じゃない。そりゃ、友達はいたし、親戚もいたけど……家族はいないんだよ」

 才人は、一生懸命に、事実であると聞こ得るように努めて言った。どう仕様もないことで、これ以上ルイズを苦しめたくなかったのである。

「ホントに、ホント?」

「ああ。嘘吐いてどーすんだよ? 変な奴だな」

 ルイズは、才人のそんな一世一代の嘘に、騙された。ルイズを苦しめたくない、という才人の真剣さが、嘘を信じ込ませたのであった。

「そう……ごめんね。変な話させて」

「良いよ」

 才人はニッコリと笑った。

「そんな訳で、俺には家族はいない。でも……こっちには居る。ルイズ、御前だ」

「私?」

「ああ。“使い魔”と主人って、ある意味家族以上だろ?」

 その才人の言葉で、ルイズは耳まで真っ赤になった。

「私の存在が……あんたの母様や父様の代わりになるって言うの?」

「そんなの判らないよ、でも、何て言うかな……好きな人の存在って、それだけで何かが違う。何て言うか、全部の代わりになるような、そんな気がするのさ」

 才人は、真面目な声でそう言った。

 ルイズはもう、その言葉だけで腰がクニャッと抜けてしまった。

 フラフラと才人に寄り掛かると、ルイズはボーッと、呆けたように目を瞑った。

 ルイズは、(嫌だわ。もう。幸せと言うモノが、何か形を伴って具体的に存在するとしたら……きっと今みたいな時間を、きっとそう言うんだわ……)と想い、フラフラと才人の頭を両手で抱き抱え、自分から唇を近付けた。

 2つの唇は重なり合い、舌が動いた。

 御互いの唇の音だけが部屋に響く……はずであった。

 パラリ。

「…………」

 パラリ。

 ルイズの耳に、唇が動く以外の音が聞こ得て、思わず目を開ける。

 パラリ。

 ルイズが横を見ると、青い髪の少女がベッドに寄り掛かって座り込み本のページを捲っていた。

 才人も顔を上げて、頬を染める。

「……何してんの? タバサ」

「護衛」

 ルイズの顔が、頭まで真っ赤に染まって行く。

「ご、護衛は良いわよ。と言うか時と場所を選んで……」

 次に聞こ得て来たのは、ドアの隙間から流れて来るヒソヒソ声であった。

「……何だ。終わりかい?」

「凄いわよね。タバサがいるのに気付かないなんて」

 キュルケや、“水精霊騎士隊(オンディーヌ)”の面々の声が聞こえ、ルイズは思わず毛布を引っ冠った。

 才人は、頬を染めて、ポリポリと顎を掻く。

 調子の乗った“水精霊騎士隊”の面々は、扉をドッ! と開いて船室に雪崩れ込んだ。

 激しく浮かれたギーシュが、サイトの真似をし始める。

「好きな人の存在って、それだけで何かが違う、何て言うか、全部の代わりになるような、そんな気がするのさ」

 それからギーシュは、腹を抱えて大笑いした。

「あっはっっは! ぼ、ぼ、僕だってそこまで臭い台詞は言わんよ! 君ぃ!」

 歓喜の余り、何だか箍の外れたマリコルヌが、ルイズの仕草を真似し始めた。

「いやーん、サイトォ……ルイズ、ルイズ、腰が抜けっちゃったァ……」

 ノリノリのギーシュが、そんなマリコルヌの身体を支え、耳元で甘く囁いた。

「大丈夫。僕がほら、支えて上げるよルイズ」

「サイトォ、サイトォ、もっと甘い言葉でささやいてぇ……エッ!?」

 マリコルヌは最後迄台詞を言うことができなかった。

 怒り狂ったルイズが“エクスプロージョン”で壁ごと無礼な連中を吹き飛ばしたのである。

 それでもルイズの怒りが収まることはあるはずもなく、取り敢えず手近にいた才人を八つ当たりのようにポカポカと殴り付けた。

「馬鹿! 馬鹿馬鹿! 知ら無い! もう知らない!」

 平和なやりとりであるといえるかもしれないが、それでもやはり“虚無”の爪跡は生々しかった。

 間抜けな連中の呻き声が響き渡り、集まって来た水兵達はその破壊力の凄まじさに息を呑む。

 タバサは、そんな中でも優雅に本のページを捲っていた。

「やれやれ……また御前等、馬鹿騒ぎしたのか」

「駄目だよ、ルイズ」

 そこへ、俺とシオンもまた爆発音が鳴り響いたルイズと才人の船室前に着く。

「仕方無い……“修補すべき全ての疵(ペインブレイカー)”」

 俺は、“メディア・リリィ”が所有する“宝具”の“真名解放”を行う。

 すると、“エクスプロージョン”によって破壊された壁は見事に、逆再生でもするかのように修復されて行く。

「き、君は時間操作さえもできるのかい? せ、セイヴァー……」

 どうにか立ち上がったギーシュが、驚いた様子で問い掛けて来る。

「厳密には違うがな。そうだな……御前達、コルベールも含めてだが、話しておく必要があるかもな」

「良いの? セイヴァー」

 シオンは、見上げて俺の顔を覗き込んで来る。

「ああ。まだ時期尚早かもしれんが、それでも遅いよりはマシだろう」

 

 

 

 

 “オストラント号”の一室にて。

 この場にいるのは、俺とシオン、才人とルイズ、タバサとイーヴァルディ、ティファニア、キュルケとコルベール、ギーシュとマリコルヌやレイナールを始めとした“水精霊騎士隊”の面々だけである。

 イーヴァルディは“霊体化”しているために、“マスター”である少女達や“サーヴァント”である俺と才人以外には見えていない。

 コルベールは、ノートパソコンの分解と解析などを楽しんでいたが、中断する羽目になったために不服そうである。

「で、改めて話って何だい? セイヴァー」

 代表としてか、ギーシュが先ず口を開き質問をして来る。

「そうだな。先ず、前提として……ここにいる何人かは既に知っていることが、俺と才人は、この世界――“ハルケギニア”の人間ではないということを知って置いて欲しい」

 俺の言葉に、“水精霊騎士隊”の少年達は、「“ロバ・アル・カリイエ”じゃなかったのか?」、などとざわめき始める。

 才人とルイズは驚愕に目を見開き、次いで俺を非難するような目を向けて来た。

 が、俺はそれを気にすることなく、言葉を続ける。

「そろそろ話しても問題あるまい。いずれはバレるかバラすことだ。ならば、今のうちに伝えて置いた方が賢明だと想うがね」

「それはそうだけど……」

「でも……」

「俺と才人は、“地球”と言う異世界から来た。いや、喚ばれたと言うべきだろうな。そして、ここからが本題だが……」

 俺の言葉と様子に、皆静まり返る。

「御前達が“始祖”と呼び、崇めている、ブリミル。彼が持っていた力、遺した秘宝……それ等がどういったモノか知っているか?」

 これはあくまでも確認だ。この場の皆が、どこまで知っているのか、どこまで理解しているのか。

「それは勿論、“虚無”だろう」

「秘宝に関しては、私が今持っている“水のルビー”と“始祖の祈祷書”ね」

「姫様が持ってる“風のルビー”」

「私が昔、聞いていた、“オルゴール”……」

「そうだ。4つの“ルビー”、4つの“秘宝”……それ等は、“虚無の担い手”の素質を持つ者が手にすることで初めて真価が発揮される。そして、“虚無の担い手”が“召喚”し、“コントラクト・サーヴァント”することで“契約”を成立させた者――“虚無の使い魔”」

「俺、か……」

「そうだ」

 才人の言葉に、俺は首肯き、皆才人とルイズとを交互に見る。

 この中で、ティファニアが“虚無の担い手”であるということを知る者もまた少ない。

「“4つの4が揃いし時、我の虚無は目醒めん”」

「それって……!」

“始祖の祈祷書”に記載されている一文である。

 それを俺が口にしたことに、ルイズは驚いた様子を見せる。

「その、“4つの4”と言うのは詰まり、“担い手”と“使い魔”、“ルビー”、“秘宝”ということかね?」

「その通りだ、コルベール。“神の左手ガンダールヴ”、“神の右手ヴィンダールヴ”、“神の頭脳ミョズニトニルン”、“記す事さえ憚れるリーヴスラシル”、“水のルビー”、“炎のルビー”、“土のルビー”、“風のルビー”、“始祖の祈祷書”、“始祖の円鏡”、“始祖の香炉”、“始祖のオルゴール”……だが、それ以外にも、“秘宝”は存在する」

「それは、何なのかね?」

「“聖杯”……万能の願望器」

「“聖杯”……」

「万能の願望器って……そんなモノがある訳が」

「勿論、文字通りの万能という訳ではない。“根源”とでも言える、“総ての始まりにして終わり――0と1、汎ゆる自称や現象が生まれ、消え失せる時空間”……そこから、エネルギーを抽出し、“魔力”に変換させ、大きな力を行使する」

「その大きな力って、どれほどのモノだい?」

「世界の、事象の書き換えなども可能だろうな……世界を思い通りに変化させることが可能なほどだ」

 質問をしたマリコルヌを始め、シオンを除いた皆が息を呑む。ただ、余りのスケールに、やはり皆良く理解できていない様子である。

「でも、そんな凄いモノ。どうして、今まで伝わっていないのよ?」

「伝えられては来たさ。ただ、情報を伏せてだがな……」

「どういう意味かしら?」

 キュルケは、恐る恐る、また興味津々といった様子で訊いて来る。

「簡単だ。“虚無”が関係している。その説明の前に、先ずは“聖杯戦争”について語ろうか」

「“聖杯戦争”?」

「戦争ってことは、殺し合うのかい?」

「そうだ。優れた力と強い願いや参加意志を持つ“メイジ”達から7人がほぼ自動的に選出される。それから、歴史や伝説に語られる“英雄”達の霊――“英霊”を、“英霊の座”という時空間から切り離された場所から、それぞれ7人、分け御霊のようにして、“役割(クラス)”を与えられ、それぞれの“メイジ”に“召喚”される。そして」

「最後の1人になるまで殺し合うのかい?」

 ギーシュの言葉に、俺は首肯く。

 するとやはり、場を重苦しい沈黙が支配した。

「で、その“召喚”された“英雄”の霊――“英霊”だが、それが“召喚”された時点で“使い魔”となるため、“サーヴァント”と呼称する。そして、“ブレイバー”」

 俺の言葉に首肯き、イーヴァルディは“霊体化”を解いた。

 突然現れた少年を前に、騎士隊の少年達は驚く。

「僕の名前は、イーヴァルディ。君達が言う、伝え聞く“イーヴァルディの勇者”の主人公さ」

 そんな自己紹介に、“マスター”である少女等3人と“サーヴァント”である俺と才人以外の皆は、驚きと疑いの眼差しを向ける。だが直ぐに、イーヴァルディから放たれている尋常とはいえないだろう力を本能で感じ取っただろう少年達は、黙り込み、俯いた。それから、物語上の人物に逢えたことに感動したのか騒ぎ始める。

「ああ、まだ話は終わってないのだがね」

 俺の言葉に、皆、はた、として落ち着いた様子を取り戻す。

「そんな“サーヴァント”だが、そこのイーヴァルディは勿論、俺も才人もその“サーヴァント”だ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! サイトが“サーヴァント”ってどういう……」

「才人も俺も、少し特殊なケースでな。才人の場合、まだ生きている人間だが、“ガンダールヴ”としての力を持ち、なおかつ“サーヴァント”としての力も同時に持った今を活きる人間と言ったところか。まだ“英霊”ではなく、“英雄”にならざるをえない人生を歩まされている人間だ。そして俺もまた特殊でな……」

 俺はそこで、口篭ってしまった。

 皆、そんな俺を訝しんで見て来る。

「ああ……御前等は、生まれ変わり、などと言ったモノを信じるか?」

 この場の皆が皆という訳ではないが、殆どが首肯く。

「“地球”の宗教の1つに“仏教”というモノがあってだな……その教えの1つ、と言うよりか、考えの1つに、“輪廻転生”というモノがある。そして、その亜種、と言うか、また違ったモノだが……俺は、“神様転生”といったモノをした存在だ」

「“神様転生”? 神様が“転生”させてくれるの?」

「厳密には違うが、似た様なモノだと解釈して呉れて構わ無い。だが、其れは飽く迄、救済措置みたいなモノだと言える」

「……え?」

「本来、生きるということは苦難に満ちていて、“魂”が持つエネルギーを消費して人生を全うするモノだとも言えるだろう。だが、“神様転生”の場合は、その“魂”が持つエネルギーを完全に消費し切れなかった者達への救済措置。そして罰だ」

「罰?」

「力を与えて貰える代わりに、命の危険が伴う人生を歩むことが多いからな」

「ちょっと、待ってくれ給え。力を与えて貰うって……詰まり、君のその力は」

「想像の通り、与えられた、望んだ末に無理繰り手にした力だ。基本、“神様転生”をする者は、創作物に出て来る能力や道具を請い、“特典”として与えられ、望みの世界と酷似した世界へと“転生”する。そして、その力や道具などは大抵、強大なモノばかりだ。故に、性格や人格、魂などを歪めてしまうことが多い」

 第一要素――肉体、第二要素――物質界に於いて唯一永劫不滅で在りながら肉体という枷に引き摺られ単体でこの世に留めることはできない要素である“魂”、そして第三要素――個人を個として成立させるために必要な要素である“精神”。その3つで基本、生物は成り立っている。

 そのうちの、“魂”へと無理矢理に力を与え、与えられ、“精神”が歪になるのである。

「そんなことがあるとは……!」

 コルベールは、瞳を爛々と輝かせている。どうやら、未知のモノに興味を抱いているらしい。

「だが、俺の場合は、前世の俺自身の性格や誕生したことで得た星座と言うモノなどを拡大解釈し、昇華させたモノを力とした。故に、影響はないと言って良いだろう。そして、望んでこの世界に来た。簡単に言ってしまえば、ここは俺にとって架空の世界だった」

「架空の世界だったって……そんな」

 才人を始め、皆ショックを受けた様子を見せる。

「だが、逆に言えば、御前達にとって、才人の故郷である方の“地球”では、俺がいた世界こそが物語上のモノである可能性だってある」

「そう言うことなんだ……じゃあ、私に“召喚”されたのは……?」

「それは、運、と言うよりも縁……いや、“運命”? まあ、“使い魔”とその主は、何か似たモノを持っているからな。それ故だろう。さて、話を戻そうか。何故、“聖杯戦争”と“虚無”が関係しているのかだったな」

 皆首肯く。

「“サーヴァント”には役割が与えられると言ったな? そうだな、理解りやすく例えのであれば、“ミョズニトニルン”だ。どういった力を持つか知っているか?」

「確か、“汎ゆる魔道具を扱える”だったかしら?」

 ルイズの言葉に、俺は首肯く。

「“魔法”の扱いにも長けている。それ故、“魔術師(キャスター)”としての役割を与えられる、といった風にな」

「じゃあ、俺は何で“シールダー”なんだよ?」

「ティファニア」

「えっ? な、何!?」

「あの唄を……“虚無の使い魔”に関する唄を覚えているか?」

「ええ。“神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。左に握った大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守り切る”……」

「――あ!」

 そこで、皆気付いた様子を見せる。

「そう。“勇猛果敢な神の盾”だ」

「成る程な。道理で、相棒は“盾の英霊”としての力を獲得したって訳か」

 そこで、これまで黙っていたデルフリンガーが才人の背中からカタカタと震えながら言った。

「御前の能力も関係している。ある程度の、他者が放った“魔法”の力を吸い取るからな」

「少し、良いだろうか?」

「何だ? レイナール」

「“聖杯戦争”は殺し合いって言ったね? なら、ここにいる君達は……」

「ああ、そのことか。その点なら解決済みだ。本来、行われるべき“聖杯戦争”のルールに於いては、“サーヴァント”を消滅させるか、その“マスター”を殺すか、“マスター”としての資格を奪うかだ。が、“聖杯”を壊せば全ては解決する」

「“始祖の秘宝”を壊すだって!? そんなことが赦される訳が――」

「“聖杯”の力、効果は説明しただろう。あれは、まだ御前達には過ぎたる力だ。まあ、偉業をなさず、人類の繁栄などに貢献などしてない俺に言う資格も権利はないがな……貰った力、“英霊の座”から彼等彼女等の意志や意見を訊かず勝手に人生の象徴や成果である“宝具”を模倣して使用している盗人だからな、俺は。まあそもそも、あいつ等との約束、決まりだしな……」

「その、“聖杯”とやらはどこにあるのかね? 一体、どこに!? 是非、教えてくれ給え!」

 コルベールは、話が終わったと判断した様子で俺へと詰め寄り、訊いて来る。

「“世界樹(イグドラシル)”だ」

「“世界樹(イグドラシル)”だって?」

「正確には、その地下……根より更に下の空洞部分だがな」

「何故、そんな場所に……?」

「御前達は、何故あの樹が世界樹と言えるまで大きく育ったのか、そして枯れてしまったのか判るか?」

 皆、当然知るはずも理解るはずもなく首を横に振る。

「あそこはな、“霊脈”であり、“龍脈”でもある。星が生み出す“魔力(マナ)”が溢れ出流る場所だ。故に、“聖杯”を設置するには適している。元々、その“魔力(マナ)”で樹木が本来のそれ以上に、異常的に成長し、世界樹となった。そして、そこから更に成長するのに使用されるだろう“魔力(マナ)”を“聖杯”の起動と維持に使用しているんだ。結果、“世界樹(イグドラシル)”は枯れることになった。だがそれでも、“魔力(マナ)”は十分過ぎるほどだ。故に、枯れはしても、朽ち果て腐ることはない。さて、俺からの話したかったことはもうない。終わりだ。何か質問はあるか?」

「……ふむ……“サーヴァント”は“聖杯”から力を抽出し、“英霊の座”と言う所から“マスター”となる“メイジ”の力を介して、存在する。といった解釈で良いのかね?」

「まあ、間違いではないな」

 コルベールの言葉に、首肯く。

「では、“聖杯”を壊すと君達は、どうなるのかね?」

 そんなコルベールの質問に、また皆黙り込んでしまった。

「何、別にこれと言った問題はない。純粋な“サーヴァント”であれば、“英霊の座”へと還るし、才人のような場合であれば、“サーヴァント”としての力を失うだけだ」

「“ブレイバー”とセイヴァーは……」

 タバサが側で控えているイーヴァルディと俺を見遣り、呟く。

「僕は、“英霊”だ。幻と言っても良いだろうね。だから、別に消えても何の問題もないよ」

「俺の場合は、“サーヴァント”でありながらも既に“受肉”している。“サーヴァント”としての力を持ちながらも人間として今を生きているからな……」

「なあ、セイヴァー」

「何だ? 才人」

「“サーヴァント”って過去を生きてた人達、“英雄”とかがなるんだろう? ならさ、“アーサー王”とか“ヘラクレス”とかも?」

「もしかして、“聖女ジョアンナ”を始めとした方々にも逢えるということかね?」

「勿論、彼等彼女等も“英霊”で“サーヴァント”として“召喚”されることもあるだろう。だが、こっちの世界では基本、“アーサー王”や“ヘラクレス”達は“召喚”されることはないだろうな」

「何でさ?」

「基本、その世界、その星との縁がある“英霊”がその世界やその星で“召喚”されることになる」

「えっと、詰まり……?」

「“ハルケギニア”では、“ハルケギニア”で偉業をなし遂げた“英霊”が“召喚”される。“地球”では、“地球”のな」

「そっか……折角、逢えるかもと想ったのになあ……」

 才人は、ガックリと肩を落とした。

「だがまあ勿論何事にも例外と言うモノはある。彼等彼女等と縁のある者による“召喚”、彼等彼女等がかつて使用していたモノや関係している“聖遺物”などと言った“触媒”を使用すれば、あるいは、な」

「だが、成る程なあ……道理で、セイヴァーと才人は110,000の軍勢を止めることができたのか」

「いや、その時の才人はまだ“サーヴァント”じゃなかった」

「ってことは……」

 皆、才人へと視線を向け集中する。

 才人は、恥ずかしさと誇らしさが混じった何とも言いようのない様子を見せた。

「なあセイヴァー。僕達は、“英霊”になれるのかい?」

「まあ、既に“座”には登録されてはいるが……今回の“聖杯戦争”に“サーヴァント”として参加することはできないが」

「どうすればなれるんだい?」

 ギーシュを始め、他少年騎士達が詰め寄って来る。

「そうだな。先ず1つは、直ぐに思い付くだろうが、武勲を立てるなどといった輝かしい記録を残すなどをして、歴史に名を遺す」

「うんうん」

「そしてもう1つは、世界と“契約”する」

「世界と“契約”?」

「そうだ。先ず大前提としてだが、“抑止力”という存在がこの世界には在る」

「“抑止力”?」

「そうだ。“カウンターガーディアン”とも呼ぶのだが……“集合無意識によって作られた、世界の安全装置”、“人類の持つ破滅回避の祈りであるアラヤ”と“星が思う生命延長の祈りであるガイア”と言う、優先順位の違う2種類の“抑止力”が存在する。“アラヤ”とは“人類の無意識下の集合体”であり、“霊長と言う群体の誰もが持つ統一された意識”、また、“我を取り外してヒトという種の本能にある方向性が収束しカタチになったモノ”だ。対する“ガイア”とは、“星の意思の無意識部分”であり、いわば本能……“世界の存続のためならば人類の破滅も問題としないが、現在は世界の大部分を支配領域とする人の世を崩壊させるほどの事態は星の破滅も招きかねないことから、結果的に人も守るために発動することもあるモノ”だな」

「要するに?」

「星やヒトの集合的無意識」

 理解できていない少年達が多いが、理解できている者達もまたいる。

 そんな俺の大雑把かつテキトウな説明に、タバサは理解した様子を見せた。

 そんな皆を見て、俺は口を開く。

「“どちらも現在の世界を延長させることが目的であり、世界を滅ぼす要因が発生した瞬間に出現、その要因を抹消する”。“カウンターの名の通り、決して自分からは行動できず、起きた現象に対してのみ発動する”。“その分、抹消すべき対象に合わせて規模を変えて出現し、絶対に勝利できる数値で現れる”」

「で、それと“サーヴァント”に何の関係があるのかね?」

「“アラヤ”と契約することで、“守護者”という“人類の“存続するべき無意識が生み出した防衛装置のようなモノ”――“名もない人々が生み出した、顔のない代表者”になり、そこから“英霊”になることが可能なんだ……」

「ああ、そう言えば、そんなこと言ってたっけ?」

 才人は、“アルビオン”で俺がした説明を想い出した。

「だが欠点がある」

「その欠点とは?」

「“アラヤ”の体の良い便利屋、万屋になるってことだ。汚れ仕事ばかりさせられる……人殺しなんてしょっちゅうだ。虐殺とかな。故に、“英雄”になりたいとは想っても、なろうとはするなよ。決して、良いモノではないからな」

 

 

 

 

 

 その夜……皆が寝静まった後も、ルイズは1人眠ることができずにベッドの中で悶々としていた。昼間の、才人の言葉が嬉しくて仕方無かったためである。

 その才人はというと、ルイズの隣でグウグウと眠りこけている。

 いつかのモンモランシーやキュルケからの忠告が、ルイズの脳裏に蘇った。

 許したら男は浮気する、らしいということである。詰まり男は、女をコレクションのように集めたがる性分を持った生き物であるといえるだろうか。女性の中にもそういった類の人もまたいるのは事実である。そう、キュルケもまたその1人であると言うことができるだろか。

 ルイズは、(その、許すのも、気持ちを伝えるのも、要はイコールよね。この“使い魔”……気持ちを伝えたとん……、もうルイズ制覇、と勝ち誇ってキョロキョロ余所見をするんじゃないかしら? それに……最近の私ってば、ちょっと慎みがたりないわ)と軽く自分の頭を小突いた。

 それからルイズは、(と言うか、ホントに私ってば、好い雰囲気に弱いわ。ちょっと“好き好き”言われただけで、何だかもうどうでも良くなってしまうもの。街娘じゃないんだから……)と己の行いなどを反省した。

 また、(そんなホイホイ許したら駄目よ。結婚するまで駄目よ。と言うか、結婚しても3ヶ月は駄目なの。いいえ……1ヶ月くらいにして置こうかしら? まあ、それは兎も角、サイトにもっと優しくして上げよう。直ぐに怒るのは卒業しないといけないわね。余所見だってするわ。男の子ですもんね。まあ、ちょっとくらいの 余所見も、許して上げるべきよね。でも、そんなことできるかしら? この私が……)とも割りと冷静に自己を分析するルイズは悩んだ。そして、(……ま、少しずつ、できるようになれば良いわよね)と結論付けた。

 それから、アンリエッタことがルイズの心を過った。

(一体、私達を“ロマリア”に呼んで、どうするつもりなのかしら? また何かが起こりつつあるのかしら? もしかして、セイヴァーが“聖杯戦争”とかのことを皆に教えたのって……全ての事件が片付いて、落ち着けるようになったら……その時こそ、サイトに気持ちを伝えよう)、とルイズは思った。

 不思議なモノで、そう思うことで、この先どのような敵が現れようとも、辛いことが待ち構えていようが、ルイズは頑張れる気がした。

 どこまでも幸せな気持ちで……ルイズは才人に寄り添い、眠りに就いた。

 

 

 

 さて、少し離れた船室では、ある意味凶暴とでも言える胸を持つティファニアが、まんじりともせず夜を過ごしていた。

 “オストラント号”は、長期の航海を想定して造船されたために、広さは兎も角船室の数は多いのである。

 流石キュルケの家が建造に携わっただけはあるとはいえ、狭いが内装もしっかりとしたモノである。寮の部屋と同じくらいの広さであり、ベッドもフワフワとしている。

 “アルビオン”の森の中から出て来て、ティファニアが真っ先に気に入ったのはこのベッドであった。田舎で使っていた布団とは、出来が違うためである。柔らかく、身体がふっかりと沈み込むのである。

 ティファニアは、(“ハルケギニア”での生活は、嫌いなことも多いけど、このベッドだけは褒めても良いわ)と思っていた。

 いつもであれば、横渡るとぐっすりと眠ってしまうティファニアであるのだが……今日は違った。

 ティファニアは、クイクイと己の長い耳を引っ張った。

 “アルビオン”から出て来て1ヶ月少しで、再びの旅立ちで在る。次の行き先は、“宗教国家ロマリア”である。

 ティファニアは、(訳も理解らず、旅の支度をしろと言われ、考える間もなく“フネ”に乗せられたけど……大丈夫かしら? 私には“エルフ”の血が混じってる。今から向かう“ロマリア”は、“ブリミル教”の総本山よね。そんな場所で、私の正体がバレたら……“魔法学院” での騒ぎどころじゃないわ)と想った。

 目を瞑りはするが、ティファニアはやはり不安を覚え眠ることができなかった。

 才人を始めとした皆、「大丈夫、俺達が着いてる、テファに手出しはさせないよ」と言ったのだが……ティファニアは(ホントに大丈夫かしら?)とやはり不安に成った。

 どうにも眠ることができず、ティファニアはスルリとベッドから抜け出すと、船室を出た。

 ティファニアが向かったのは、甲板である。

 “オストラント号”は、シュシュシュ……と云う“水蒸気機関”独特の音を立てて、空を行く。

 舷縁から顔を出して眼下を見遣ると、月明かりの下から分厚い雲が黒々と広がっている光景が、ティファニアには見えた。暗い海の底のように見え、ティファニアは身震いした。

 “オストラント号”は、時速50“リーグ”ほどの速度で航行している。

 舷側に凭れ、強い風に顔をなぶられていることで……これから自分を待ち受けているであろう“運命”に、ティファニアは心が騒いでどうにもならなくなってしまった。

 ティファニアは、“トリスタニア”の孤児院で頑張っているであろ子供達のことを想像した。

 それから、(あの子達だって、きっと頑張ってる。私も頑張らなくちゃ……自分に課せられた“運命”が何であれ、どの道、もう普通の生活は送れないもの。それは、“ウエストウッド村”を出て来た時に、覚悟を決めたこと……色んなモノを見てみたい。きっとこれからの様々な体験が……自分の進むべき道を教えてくれるにちがいないから。兎に角、不安に負けては始まらないわよね)とグッと目に力を込めて、ティファニアは黒い雲を見据えた。その奥に在るモノを、見透かすように……。

 

 

 

 “オストラント号”甲板上。

 ティファニアとは別の場所で、俺とシオンは双月の明かりと夜風を浴びていた。

「“聖杯戦争”について話したのって、もしかして……」

「そうだ。この先、起こるであろうこと……あらかじめ知っておいた方が良いかと想ってな。いや、俺が話したかっただけか……」

「そっか……」

 シオンの肌理細やかで透き通るほどに白い肌、サラサラとした長い金髪……それ等が、双月の明かりに照らされ、幻想的かつ神秘的な印象を与えて来る。

「シオン。御前は俺の、俺が持つ“スキル”や“宝具”について既に知っているだろうが、一応念のために説明しておこうか」

「うん。御願い」

「先ずは、“クラススキル”。これは、言葉通りで、“サーヴァント”に割り当てられた“クラス”特有の“スキル”だ。そして、俺の“クラススキル”は、“代替者”。次いで、“保有スキル”。“固有スキル”とも言うな。個人の“特徴”や“特性”や特技などが主だろうか……俺の場合は、“転生者”、“特典”、“専科総般”、“千里眼”。第一“宝具”は、“|源流から流れ戻りし、偉大成る王すら呑み込む幸運の星《サダルメルク・グラ・アルバリウス》”……どれも“EXランク”。詰まりは規格外さ。 “転生”して力を持つ前はそれ等を手にすることを、この世界と良く似た世界に来ることを望んだ。だがな……いざ手にして来てみれば、その力の強大さ、責任の重さ……そう言った類のモノががんじがらめにして来る」

「後悔してるの?」

「いいや別に。その逆さ。確かに、重さとかに潰れそうになりはする。だけどな、御前と逢えた……御前等と逢うことができた。本来なら決してできないことが……記憶を保持したままにチャンスを手にして、もう1度歩むことができるんだ。例え、記憶や経験などを保有した状態、同じ環境での第2の人生だったとしても、それはもう 既に別の人生。これ以上を望んじゃあな……さて、シオン」

 俺はそう言って、リストバンドの形をした“礼装”を1つ、シオンへと手渡す。

「これは……?」

「本来、“コードキャスト”と呼ばれるモノの一種を、“礼装”、まあ、“マジックアイテム”にしたモノだ。まあ、何だ……必要な時になれば使えるようになる」

 “コードキャスト”。“月の聖杯戦争”で使用される、“電脳空間で使用される簡易術式”、所謂プログラムの一種である。

 そして、“魔術礼装”。“ミスティックコード”とも呼ばれる“魔術の儀礼に際し使用される装備や道具” 。

 それ等を再現し手を加え、“魔術の儀礼に際し使用される装備や道具”である“魔術礼装(ミスティックコード)”へと変えた。

「必要な時……理解った」

 シオンは、真っ直ぐに俺を見据え、その後に受け取った。

「今回の“聖杯戦争”で、誰が1番強いのかな? って言うか、誰が厄介?」

「“アヴェンジャー”だ。彼奴は、ただ心臓の代わりである“霊核”を破壊しようとしても無駄だからな。他の奴等であれば、簡単に対処できるさ」

「勝てないってこと?」

「いや、簡単に勝てるさ。だが、他の“サーヴァント”と比較すると面倒だってこと。何せ、あいつは……あいつ等は、この“ハルケギニア”の怨念や恩讐の集合体だからな。近いうちに起こる戦いで、寄り力を増すだろうしな」

「そっか……その……怨念や恩讐の集合体って言ったけど、どうにか救けて上げられない?」

「無理だ。世界のシステム上、世界という存在や人間を始めとした生物が存在する限り、恨み辛みなどを始めとした感情が世界から消え失せない限り。今のあいつ等をどうにかできても、また別の人格を持った“同一存在”が誕生するだけだ」

「…………」

「俺達にできることは、それ等の感情などを受け流すか、受け止めるか……そして、否定するか、共感するか……。哀しいな、ホントに……」

「……うん」

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