翌朝。
「ん……」
才人は目を擦って、起き上がる。
昨晩はあれから誰も話さなくなってしまい、自然と晩餐会は御開になってしまったのであった。
才人の隣で寝ているルイズは、未だ寝息を立てている。昨日の話で疲れてしまったらしいことが判る。晩餐会の後ルイズは、考え込むように黙り、用意された部屋に引っ込むなりベッドに潜ってしまったのである。
才人は、(最初の話は兎も角、ガリア王に対する計画は賛成だ。“エルフ”を力で脅すのは感心しないけど、“ガリア王”は別だ。あんな非道い奴はそういない。己の欲望ままに、俺達を襲い、タバサの父親を殺し、母親の心を狂わせ、タバサ本人には地獄を見せた。赦せねえ)と想っていた。
それから、(ルイズ達だって同じ考えだと想ってたのに……どうして反対するんだ? 考えても理解らねえ。確かに教皇の計画は危険で、不意を突かれる危険性も確かにあるかもしれねえ。でも、こっちには俺を含め“サーヴァント”が4人いるんだ。いつか決着を付けねえと、いつまでも不意を突かれるばかりじゃねえか。どう考えたって、早めに何とかした方が良いだろ)と才人は考えた。
そんな風に才人が考えていると、誰かが部屋の扉をノックした。
扉を開けると、“月目”の眩しいジュリオが立って、笑みを浮かべている。
「御御早う。兄弟」
「俺と御前は、別に兄弟じゃねえぞ」
才人がムッとして言うと、ジュリオは笑った。
「そう言うなよ。同じ“使い魔”で“サーヴァント”同士、仲良くやろじゃないか」
「……御前って、あんまり仲良くしたいタイプじゃないんだよな。何考えてるのか判らないし、ところで何だよ? こんな朝っぱらから」
才人は元々、初対面の時からこのジュリオに対して好印象を抱いてはいなかったのである。
“アルビオン”で、ルイズがこのジュリオに御世辞を言われて少し顔を赤らめていたことを、才人は想い出した。ルイズに負けず劣らず嫉妬深い才人であるといえるだろう。
ジュリオは才人の厭味にも動じることもなく、手を振った。
「君達に見せたいモノがあるんだ」
「俺に? ってか、俺達に?」
そこで、才人は、ジュリオの後ろにいる俺に気付く。
「ああ。直ぐに用意してくれ給え」
「ルイズやシオンは?」
催促して来るジュリオに、才人は尋ねた。
「君達だけで良いよ」
ジュリオは、首を横に振って言った。
ジュリオに連れて来られた先には、大聖堂の地下階にある、何やら怪しいといえる場所であった。
螺旋階段を下りると、湿った通路に出た。
通路の左右には、僅かではあるが篝火に依って灯りが灯されている。
心細さを覚えながらも才人は、俺とジュリオと共に先へと進む。
すると、灯りが途切れた場所に出た。
ジュリオは篝火の中から、火の付いた蒔を取り上げ、松明にして更に奥へと進む。
進んで行くうちに、肌寒さを覚え始める。奥からヒンヤリとした空気が流れて来ているのである。
「随分と怖い所だな。御化けでも出るんじゃないか?」
才人が身体を擦りながら言うと、ジュリオは笑みを浮かべた。
「そうかもね。何せこの辺りは、大昔の
「俺が、その御化けと同類だからな」
“サーヴァント”は、“英雄”の霊である“英霊”であるのだから。
「……墓地かよ。随分景気の悪い所に連れて来んだな」
プルプル、と才人が震えながらそう言って歩いていると、少し開けた場所に出た。
丸い、円筒状の場所で、四方に鉄扉が付いているのが見える。鉄扉は赤く錆び、埃が積もっている。とてもではないが、現在使われているようには見えない。
「何だよ。御墓を見せようっていうのか? 朝っぱらからそんなモノ見せるなよ」
「まあね、でも、墓は墓でも、眠っているのはヒトじゃない」
「はぁ?」
鉄扉は、厳重に鎖で封印されていた。
ジュリオが鎖に付いた鍵前に持って来た鍵を差し込むと、バチン! と大きな音がして外れた。
ジュリオは鎖を外すと、扉の取手を握り締めた。それから、んぎぎぎぎぎぎ、と顔に似合わぬ声を出して引っ張ったが、扉はびくともしない。
「参った。錆が進んでらあ。手伝ってくれるかい?」
ジュリオはペロッと舌を出して、才人を促した。
才人は舌打ちして、扉に手を掛けた。
それから2人で思い切り力を込めるのだが、それでも動かない。
“サーヴァント”の力を持っている2人だが、上手く力を引き出すことができていないのか、全く扉を動かすことができないでいる様子だ。
「退け」
そう言って、俺は軽く扉を引っ張る。
すると、2人の必死さを嘲笑うかのように、扉は意図も簡単に開いた。
埃が舞い上がり、才人は咽た。
扉の向こうは真っ暗な部屋であった。
ジュリオの掲げた松明では、奥の方まで見渡すことはできそうにない。ただ、部屋はかなり広いようであるということだけは判った。
声が遠くまで響く。
ジュリオは、壁に設けられた“魔法”のランタンを探し始めた。
「確か、この辺りだったと思うんだけどな……」
「見せたいモノって何だよ? これで、ホントにただの墓だったら怒るぞ」
「まあまあ。きっとビックリするよ。あ、あった!」
急かす才人に対し、ジュリオは笑いながら“魔法”のランタンに手を突っ込んでボタンを押した。
すると……部屋中に取り付けられているランタンが、一斉に光り輝く。
闇の中に、ボンヤリと浮かんだその部屋は、教室2つ分ほどの大きさであった。
「な、何だよこりゃ……」
「ほう……成る程な……」
そこに置かれているモノを見て、才人は息を呑んだ。
「驚いたかい?」
ジュリオの声も、もう才人には届かない。そのくらい、才人は眼の前の光景に圧倒されているのである。
才人から向かって右の棚に置かれているのは……銃器であった。
“ハルケギニア”のそれではない。
明らかに造りが違う。
才人は、一丁を手に取ってみた。ズシリと重く……握ると左手甲の印が光り出す。
「…………」
才人は無言で、その銃を見詰めた。
木製の銃床の下部に、箱型の弾倉が突き出ている。
今現在の“ハルケギニア”には、此の様な連発式の銃はない。
遊底の上には、かつて見慣れたアルファベットの文字が踊っていることに才人は気付いた。
――“ENGLAND ROF”。
「“イギリス”製だ」
これは、“地球”から流れて来たモノであるということが判る。
才人は次に、別の銃を取ってみた。
「こりゃあれだ。“AK小銃”だ」
才人は、“イギリス”製の小銃より更に長い弾倉を外してみた。
そこには、弾がギッシリと詰まっている。
小銃の横には自動式、輪胴式の様々な拳銃……。
そんな現代から近代の銃が合計で十数丁程もあった。
壊れているモノもありはするが、数丁ほどは錆も浮かずにピカピカしている。
「見付け次第、“固定化”で保存してたんだが……中には既に壊れていたり、ボロボロだったりしたモノもあったんでね」
ジュリオが言った。
その隣の棚には、古臭い銃が並んでいる。
“ハルケギニア”で使用されている“火縄銃”や“マスケット銃”もある。ただ、そこに書かれた文字は“地球”のモノであった。
詰まり……これ等全ては“地球”からやって来たモノである。
銃は全て数十丁ほどもあるということが事が判る。
その隣には、更に年代モノの武器が並んでいるのが見える。様々な剣や槍、石弓……ブーメランまである。こうなると“ハルケギニア”のモノと見分けを付け難いが……そこにある1本の“日本刀”を見付けて、才人はこれ等の武器もまた“地球”から来たモノだと理解した。
様々なハンド・ウェポンの隣に並んでいるのは、雑多な兵器達である。大砲らしきモノがある。なにやら、“ミサイルランチャー”のような代物もある。
ただ、それ等全ては壊れていた。
ゴロリ、と“ジェット戦闘機”の機首部分が転がっていることに、才人は気付き驚いた。
「……何でここにこんなモノがあるんだ?」
「“東の地”で……僕達の密偵が何百年もの昔から集めて来た品々さ。向こうじゃ、こういうモノがたまに見付かるんだ。“エルフ”共に知られ無いように、ここまで運ぶのは結構骨だったらしいぜ」
才人の疑問に、ジュリオは笑って答えた。
才人は、シエスタの曽祖父でもあった、“日本海軍”のパイロットのことを想い出した。彼も“東の土地”から飛んで来たという……。
「さて、“東の地”と言ったが……更に正確に言うと、“聖地”の近くでこれ等の“武器”は発見されているんだ」
ジュリオは、奥を示した。
「これで全部じゃないぜ」
乏しい灯りの中、奥にボンヤリと浮かび上がる、小山のようなモノがある。油布を被せられ、灯りの中で佇むその姿が、テントのようにも見える。
「何だありゃ?」
「見せて上げるよ」
才人がそう言うと、ジュリオは無造作にそれへと近付き油布を取った。
ズルっと、油布が地面に引き落とされ埃が激しく舞う。
舞い散る埃の中……灯りにボンヤリを浮かんだモノを見て、才人は絶句した。
「こ、こんなモノまで……」
それは、巨大な鉄の塊であった。分厚い鉄板を造って組み上げられた箱が、ちょっとした2階建ての家くらいの大きさでもって才人達を圧倒する。
そして、上の箱からは、長い、太い砲身が突き出ている。
「戦車……」
禍々しい迫力をもって、その鋼鉄の塊……戦車は鎮座されていた。昔の電車であるかのように分厚く塗られたグレーのペンキが、年代を予想させて来る。
車体には白と黒で、十字のマークが描かれている。砲塔には、白い文字で324とマークが入っていた。
「“ドイツ”の“タイガー戦車”だ」
幼い頃、沢山作ったプラモデルのうちの1つ……その姿形を想い出し、才人は呟いた。
見紛うはずもない。映画などで見るハリボテや再現されたモノとは違い、実物の戦車を実際に目の当たりにするということは、才人に圧倒的な何かを感じさせた。
硬く、大きく、そして重い。
“ゼロ戦”が兵器ながらも飛行機ならではの華奢さを感じさせるのに対して、この戦車の迫力はこれがまさに破壊のための存在であるということを深く匂わせて来る。
才人は手で触れてみた。冷たい、鋼鉄の地肌が才人の掌を刺す。暗がりに、左手甲の印が光った。
この戦車は、十分使用できる。そう、才人には理解できた。
「凄いよな。車の上に、大砲を乗っけるなんてね。大きいだけじゃなく、何て精密に出来た絡繰りだろう! 僕達はこれ等を“場違いな工芸品”と呼んでいる。どうだい? 見覚えがあるんじゃないか?」
才人は唸った。
「御前……」
「僕達はね、このようなな“武器”だけじゃなく、過去に何度も、君達のような人間と接触している。そう、何百年も昔からね。だから、君達が何者だか、僕は良く知っているよ」
才人は、鼻を鳴らした。
「そうか。まあ、今更隠すことじゃないしな。確かに俺とセイヴァーはそれぞれ違う異世界から来た人間だ。でも、それがどうしたって言うんだよ? 懐かしいけど、それだけだ。どういう積りなんだ?」
「君達と、僕達の目的地は同じということだよ。“聖地”には、これ等がやって来た理由が隠されてる。そこに行けば、必ず元の世界に戻れる方法も見付かるはずだ。違うかい?」
ジュリオの言葉に、才人は笑った。
「何だよ、それが本音かよ。言っとくけど、考えを曲げるつもりはない。“虚無”で脅して、相手の土地を取り上げるなんて御免だぜ。“ガリア”王の件は兎も角、俺はそんなのに付き合ってられないね」
“地球”のモノを見て、才人が懐かしさを覚えたのは事実である。が、外国で“日本”のモノを見た程度の感傷に過ぎないともいえる程度のモノであった。考えを曲げるまでには至らない。
「ほら行こうぜ。折角“ロマリア”くんだりまで来たんだから、こんな湿っぽい所じゃなくて、せいぜい観光を楽しませて貰う」
「おいおい、だから勘違いするな。僕はそんな話を聞かせてどうこうってつもりはない。ただ、君達にこの“場違いな工芸品”を進呈したくて連れて来たんだ」
「進呈?」
「ほう……」
「ああ、二重の意味で、君はこの“武器”達の所有者になれる権利を持っている。先ずは、これ等が君達の世界から来たモノだということ。君達の世界のモノだから、本来の所有権は君達にある……強引に言えばね」
ジュリオは人差し指を立てた。それから、中指を立てて言った。
「もう1つの理由は、更に大きい。これは元々君のモノなんだよ。“ガンダールヴ”」
「成る程、確かにそのとおりだ」
俺は、ジュリオの言葉に首肯く。
が、才人は未だ理解できていないのだろう、「どういう意味だ?」と尋ねた。
「詰まり、これは君の“槍”ってことさ」
「……“槍”?」
「そうさ。君達は此の唄を知ってるかい?」
ジュリオは、朗々とした声で、唄い始めた。流石、聖歌隊の指揮を務めているだけのことはあって、その歌声は大したモノであるといえる。
――“神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。左に握った大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守り切る”。
――“神の右手はヴィンダールヴ。心や優しき神の笛。汎ゆる獣を操りて、導きし我を運ぶは地海空”。
――“神の頭脳はミョズニトニルン。知恵の塊神の本。汎ゆる知識を溜め込みで、導きし我に助言を呈す”。
――“そして最後にもう1人……記す事さえ憚れる……”。
――“4人の下僕を従えて、我は此の地に遣って来た”。
才人と俺は首肯いた。
「ああ、ティファニアが唄っていたな」
「僕は“ヴィンダールヴ”。“在りと汎ゆる獣を手懐ける”ことができる。御婦人方もね。いや、こっちは獣ほど扱いは上手くはないが……」
「はいはい」
才人はジュリオの冗談を聞き流しながらも、“アルビオン”で見たジュリオの“竜”使いの巧みさを想い出した。
“竜騎士隊”のルネも、「あいつは、神官の癖に“竜”を上手く扱えるんだ」と言っていた。
「で、“ミョズニトニルン”。あの“ガリア”の怪しい女さ。“
ジュリオは、才人に顔を近付けた。
「そして、君は“ガンダールヴ”。“在りと汎ゆる武器を扱う”ことができる。最後の1人は、僕も良く知らない。君は知っているかもしれないけど、まあそれは今は関係ないことだ」
俺に一瞥してからジュリオは言葉を続けた。
「君だ。君! 唄の文句にあるじゃないか。“左手の大剣”……デルフリンガーのことだよ。でもって、“右手の長槍”……」
「どう見たってこいつ等は槍には見えないぜ」
才人は、“タイガー戦車”を指さして言った。
「“ガンダールヴ”は、“左手の剣で主人を守る”。そして、余った“右手で敵に攻撃を加えた”のさ。当時考えられるうち最強の“武器”でね」
「何だって?」
「強いってことは、間合い、が遠いってことだ。“武器”に関して言えばね。そう、槍ってのは、剣の間合いより遠い敵を斃すためのもんさ。それが証拠に、剣士は通常、槍兵には勝てない。戦で剣を振り回す馬鹿はいない。皆銃か槍を持ってるだろ? 剣ってのはデルフリンガーに限らず、普通は、護身用さ。さてその頃……6,000年前、最強の武器は、槍だった。それだけの話さ。時代と共に、“武器”も強くなった。更に遠くの敵を斃すために“槍”はどんどん長くなり……ついに銃や大砲になった。だが……君達は更に、“槍”、を進化せたようだな」
ジュリオは、“タイガー戦車”を叩きながらそう言って、俺へと確認のためだろう視線を向けて来る。
俺が首肯くと、ジュリオは再び口を開き才人との話を再開した。
「君は不思議に想わなかったのか? どうして、君の世界からやって来るのが“武器”ばかりで、普通のモノがなかったのかを」
「それは、何つうかサンプルが少な過ぎて……」
「まあ、そうだな。さて、“始祖ブリミル”の“魔法”はまだに“聖地”に“ゲート”を開き、たまにこういうプレゼントを贈ってくれる。考えられ得る最強の“武器”……“ガンダールヴ”の“槍”をね。だからこれは君のモノだ。“
才人は、胸が震えるような感覚を覚えた。それから、(“槍”ってのは、そういうことか……“ゼロ戦”も、あの“ロケットランチャー”も……“始祖ブリミル”の“魔法”によるモノだったんだ。そして、多分俺も……)、と才人は想った。想わざるを得なかった。
「まあ、そんな訳で君に進呈するよ。僕達が持っていても、使い方が判らないし……その上造れないし、壊れても直せない。どんなに強い“槍”だろうが、量産できなきゃ意味はない。何せ、僕達はこいつに使う弾1つまともに造れないんだ。君達の世界は、いやはや! とんでもない技術を持っているね。“エルフ”以上だな!」
「一長一短だ。こちらにはないモノが“地球”にはあり、“地球”にはないモノがこちらにはある」
「そういうモノかな?」
そんなジュリオの言葉に対して、俺はポツリと呟き、ジュリオもまた俺のその言葉に反応した。
「“聖地”に“ゲート”?」
そこで、才人はジュリオが先程口にした言葉に何か気付いた様子を見せる。
「そうさ。他に考えられるかい? “聖地”には穴がある。多分、何らかの“虚無魔法”が開けた穴だ。きっとね、だから“聖地”に行けば、君達の帰る方法が見付かると想う。詰まり、君達と僕達の目的地は同じ。違うかい?」
才人は首を横に振った。
「……若し帰りたくなったら、俺は俺の方法で“聖地”に向かうよ。御前等は御前等の事情があるんだろうが、俺にとって別に“エルフ”は敵じゃない。危害を加えて来る奴は別だけどな。まあ、これは有難く貰っとくよ。今度の戦いに役に立つかもしれないしな。それに、こういうの好きな人がいるんだ。きっと喜ぶぞ」
「そうだな。俺もまた、“この世界の地球”に行きたくなったら、“聖地”に向かうとしよう。今の俺は“サーヴァント”だ。シオンの側に控え、彼女と共に歩むだけだからな」
ジュリオは首を横に振りながら、才人と俺の肩に手を置いた。
「随分と頑固だな! ま、そんな所が僕は気に入ってるんだけどな! じゃあ呑みにでも行こうじゃないか。今度はホントに難しい話はなしだ。綺麗な女の子が沢山いる店を知ってるんだ! 折角“ロマリア”まで来たんだ。楽しんでってくれよ」
才人と俺は呆れてジュリオを見詰め、歩き出した。
去り際に、才人は振り返った。
“ガンダールヴ”のために用意された鋼鉄の“槍”達が、出番を待つかのように、暗がりにヒッソリと佇んでいた。
教皇ヴィットーリオは、朝餐の後、礼拝室で1人祈りを捧げるのが日課であった。その時間を、自由時間、とヴィットーリオは呼んでいた。
多忙を極める教皇にとって、子供達との交流を除いて唯一の安らぎの時間ともいえる、長い祈りの時間である。
その礼拝堂は、大聖堂の2階に設けられている。基本、余程のことがあか、上層部の人間でもない限り、立ち入ることは許されない。
礼拝堂の扉の横には、“聖堂騎士”が2人立って、祈りを捧げる教皇を護っている。
コルベールがその側へと近付くと、“聖堂騎士”が“聖杖”を構えた。
「何用か?」
「恐れ多くも、教皇聖下に御用があって伺いました」
「聖下は只今礼拝の最中だ」
「ならば、此処で待たせて頂きたく存じます」
「約束はおありかな?」
「ありませぬ」
「では、待たれても困る」
“聖堂騎士”は「行け」というように“杖”を振った。
それでもコルベールが去らないのを見て、片方の“聖堂騎士”が、もう片方の“聖堂騎士”へと耳打ちをした。(もしや名のある御方では……)、と危惧したのである。
「御名前を頂戴したい」
「“トリステイン魔法学院”教師、ジャン・コルベールと申します」
“聖堂騎士”は、(教師風情が、教皇の祈りを妨げる法はない)といった風に鼻を鳴らした。
あわや“聖堂騎士”が“杖”を抜こうとしたその時、通路の向こうから切り揃えた金髪の女騎士が現れた。ここに来たばかりの頃、着込んでいたドレス姿ではなく、動きやすいチュニックの軽装をしたアニエスである。少年のような格好であるといえるが、一応マントを羽織っているために、“貴族”に見えるだろう。
「アニエス殿」
“聖堂騎士”達は、アンリエッタ女王陛下の“銃士隊”長に、挨拶を寄越した。
アニエスも丁重な仕草で、頭を下げる。
「もしや貴殿も、聖下に御用が?」
「はい」
と、アニエスは首肯き、コルベールに視線をズラす。
「どうやら同じ用事のようだな」
「そうだね」
コルベールは深い溜息を漏らしながら、ポケットの中の“ルビー”を握り締めた。
アニエスと知り合いであることを理解した“聖堂騎士”達は、それ以上コルベールを詮索しようとせず、持ち場に戻った。
30分程待っていると、扉が開いた。
“聖堂騎士”達が、礼を執る。
ヴィットーリオは、待ち人に気付くと、相好を崩した。
「アニエス殿ではありませんか。如何なされました?」
アニエスは、真っ直ぐにヴィットーリオを見詰め、「聖下に、御訊ねしたい義が御座います」と言った。
ヴィットーリオは首肯いた。
「“トリステイン銃士隊”長の御訊ねでは、時間を割く他ありませんね。さて、そちらの方も……」
コルベールは、神妙な顔で口を開いた。
「聖下に、御返しせねばいけないモノが御座います」
「成る程、どちらも込み入った事情がありそうだ。ここでは何ですから、執務室へ入らして下さい」
執務室にやって来たヴィットーリオは、椅子に腰掛けると、2人を促した。
「先ずは、おくつろぎください」
然しアニエスは腰掛けず、本題を切り出した。
「失礼の段、平に御赦しください。聖下は、ヴィットーリア、という女性を御存知ですか? 20年前、“ダングルテール”の“新教徒”達の村に逃げ込んだ女性のことを……」
ああ、とヴィットーリオは首肯いた。
「知っていますよ。母です」
アニエスの顔が歪んだ。珍しく瞳に涙を浮かべ、アニエスは片膝を突いた。
片やコルベールは顔を蒼白にさせる。
「やはり……聖下を一目見た時から、気になっておりました。その御顔立ち……あまりにも斯のヴィットーリア様に瓜二つ……聖下、母君の代わりに私の感謝を御受け取りくださいませ。私は貴男の御母君に、この命を救われたのです。卑怯者の陰謀で、私の村が焼き払われた際……ヴィットーリア様は私を御庇いになり、御命を失われたのです」
ヴィットーリオは、笑顔を浮かべた。
「そうですか……それは良かった。あの人も、最期は人の御役に立ったのですね」
次に、膝を突いたのはコルベールであった。
「……聖下。どうかこの私に御裁きをくださいませ」
「何故です?」
「その女性を……貴男の御母君を炎で灼いたのは、他ならぬこの私で御座いますから。まさか、教皇聖下の御母君とは……何と“運命”は残酷でありましょうか。恐らく、神は私を、聖下の御裁きを頂くために“ロマリア”へと遣わしたのでしょう」
アニエスは、苦しそうな声で言った。
「命令だったのだろう? 罪は貴様にはない。あるとすれば、命令を下した連中だ。そして……その連中はこの私が直々に裁きを下した」
「だが! だが! 行ったのはこの私だ! この右手が“杖”を振った! この口が“呪文”を唱えた……」
「言うな!」
アニエスはコルベールを睨み付けた。
しかし、コルベールはなおも言葉を続ける。
「ここに、御母君の指輪が御座います。これを御受け取りになり、私を罰してくださるよう、御願い申し上げます」
ヴィットーリオは、その“ルビー”を見詰めた。その目が見開かれ、それから再び穏やかなそれに戻る。ユックリと手を伸ばし、受け取り、ヴィットーリオはそれを指に嵌めた。
スルスルと指輪がすぼまり、ピッタリとヴィットーリオの指に嵌まる。
「御礼を申し上げねばなりますまい。私の指に、この“炎のルビー”が戻るのは21年ぶりです」
「御礼?」
「そうです。貴方方は御存知ないかもしれませんが、我々はこの“ルビー”を捜しておりました。それがこのように指に戻った。今日は良き日です。真、良き日ではありませんか」
「では聖下……御裁きを」
頭を立てるコルベールに、ヴィットーリオは手を差し伸べた。
「何故、貴男に裁きを与えねばならないのですか? 祝福を授けこそすれ、裁きなど与えようはずもありません」
「ですが、聖下、私は聖下の御母君を……」
ヴィットーリオは、指輪を見詰めて言った。
「あの人は弱い方でした。自分の息子に神より与えられた、力、を恐れるあまり、この指輪を持って逃げ出したのです」
アニエスとコルベールは、まじまじとヴィットーリオを見詰めた。
ヴィットーリオのその目には、母を殺害した下手人に対する怒りの色は全く浮かんでいないことが判る。
代わりに、深い、狂気にも似た信仰だけが、その目からは発せられているということが判るだろう。
「彼女は異端の教えに被れ、信仰を誤りました。その上、“運命”、からも逃げたのです。貴男の手に掛かったのは、神の裁きといえましょう」
「聖下……」
何かを想い出すように、ヴィットーリオは目を瞑った。
「遺された私は、人一倍努力しました。信仰を誤った母を持つ者と後ろ指を指されぬよう、朝も昼も夜も神学に打ち込みました。その甲斐あって、私は今の地位を許されるほどになったのです」
ヴィットーリオは、コルベールの頭の上に右手を置いた。
コルベールは、教皇の峻烈なまでの信仰に畏怖を抱いた。人の情までも打ち捨て、神を望むこの若い男に底知れぬ何かを感じたのである。
「ですから、祝福を授けこそすれ、裁きなど与えようはずもないです。ミスタ・コルベール、貴男に神と”始祖”の祝福があらんことを」
明後日に“教皇即位記念式典”を控え、“
「陛下は、栄えある任務を我等に選んでくださったのだ!」
マリコルヌが叫ぶと、一斉に、おー! と掛け声が飛ぶ。
「教皇の御身を狙う悪辣な“ガリア”の異端共の陰謀を喰い止めろ!」
再び、少年達は声を合わせて叫ぶ。
「陰謀を喰い止めろ!」
“虚無”などに関する件を除いた計画を、アンリエッタは“水精霊騎士隊”の面々へと説明したのであった。
――“教皇が、何者かに狙われている。今度の式典は、そんなガリアに潜む異端の攻撃を誘うモノである。”。
――“その敵を、ロマリアは総力を上げて捕まえる”。
――“従って、水精霊騎士隊は、全力でそれを援護する事”。
――“敵は恐ろしい魔道具を使用する”。
――“トリステイン水精霊騎士隊に於いては、十分に注意して掛かるように”。
そんなアンリエッタからの命令に、“水精霊騎士隊”の士気は否応なしに盛り上がっていた。何といっても“魔法学院”で得てしまった汚名を返上することができるであろうチャンスなのである。その上、この件で手柄を上げることができれば、故郷に凱旋することもまたできる。
しかし……先月“アルビオン”で“ミョズニトニルン”と戦い。その実力を理解していた隊長のギーシュは、気が気でない様子を見せていた。
そんなギーシュは、落ち着きがない様子であり、指示を出すのも上の空といった風である。
騎士隊は、大きな“ゴーレム”を相手に戦闘訓練を行っていた。何人かいる“ライン・メイジ”にできる限り大きな土“ゴーレム”を造って貰い、それを相手に攻撃“魔法”を撃つけるのである。
「あんなんで、大丈夫かね? サイト。セイヴァー」
ギーシュが、心配そうな声で隣に立っている才人と俺に尋ねて来る。
眼の前の“水精霊騎士隊”は、大きな“ゴーレム”相手に、攻撃“魔法”を放ち、やれ当たったやれ外れたなどと、「僕の“魔法”が止めを刺した」、「いや、僕のだ」、といった風に大騒ぎである。
接近戦ではそれなりに強くなった“水精霊騎士隊”ではあるが、やはりどうにも“魔法”の才能は未だ、それほどでもない連中である。
そのため、“ライン・クラス”の“メイジ”が造り出した“ゴーレム”にさえてこずり、苦戦している様子である。
ヒトや“亜人”が相手であればばいざ知らず、どのような“魔法”を使って来るかなどと手札の多いであろう“ガリア”……“ミョズニトニルン”相手には通用しないことは明白である。
また、今は土“ゴーレム”相手にしているが、場合によっては“ヨルムンガント”、“ミョズニトニルン”を始めとした“サーヴァント”と直接相見える可能性だってあるのだ。
「まあ、無理だろうな。でも、手柄を立てたがってるあいつ等に見てろとも言えないしな」
冷静に戦力を分析し、(正直、仲間達をこんな戦いに巻き込みたくはない。でも姫様の命令なら仕方無いんだよな。何せこいつ等は、姫様の近衛隊なんだし。そして俺も……)と想い、才人は言った。
“聖地”を取り返すことに反対したということに対しての負い目もまた、才人にはあった。
「まあ、最後は俺とセイヴァー、イーヴァルディの3人で何とかする……そうだよな?」
才人は、背中に背負ったデルフリンガーと、“AK小銃”の重みを感じながら言った。護衛任務に就くということもあり、特別に聖堂内での武装を許可されたのであった。何か銃を持っていた方が良いな、と判断した才人は、“ロシア”製の“AK小銃”を選んだのであった。“AK小銃”は、地下にあった“小銃”の中では1番頑丈で壊れ難い。また、武器に勘の働くデルフリンガーが助言をしたため、選択したという理由もある。
「勿論だ。ある程度の“魔法”で傷付けることはできるだろうが、基本“サーヴァント”は“サーヴァント”にしか対抗できないほどの強さを持っている。平均的な、と言っても理解り難いだろうが、“サーヴァント”1人の平均的戦闘力は“戦闘機”1機分……あの“ゼロ戦”――“竜の羽衣”を凌駕しているからな」
そんな才人の言葉に、張り切って訓練をしている騎士隊の少年達を見ながら、俺も事実を口にする。
この戦いで、負ける、ということは先ずない。“水精霊騎士隊”の面々から犠牲が出るなどということもない。が、戦力差などは圧倒的に負けているということは事実であり、現実なのである。
「僕も全力を尽くす気でいるが……“エルフ”にあの馬鹿デカイ“騎士人形”。もしかしたら、今度ばかりは生きて帰えれないかもしれないな」
ギーシュは切無げに、空を仰いだ。
昼食の時間になった。
たっぷりと汗を掻いた騎士隊の少年達が、どやどやと食堂に雪崩れ込む。
先に席に着いて俺達を待っていたルイズとシオン達は、その中に才人と俺の姿を見付けた。
それからルイズは、才人へと目を向け、頬を思い切り膨らませた。
そんな風にルイズがプリプリとしていると、才人がルイズの隣へと腰掛ける。
「まだ機嫌悪いのかよ?」
当たり前じゃない、とルイズは言った。
敵の矢面に立つのは才人を始め“サーヴァント”である4人だ。アンリエッタもヴィットーリオも、シオンもタバサも、それは十分に承知の上である。
だが、ルイズは、1番危険な任務を押し付けられているというにも関わらず嫌がる素振りを見せないでいる才人に対して頭に来ているのであった。
ルイズは、(そりゃ、“ガリア”の“虚無の担い手”とはいつか決着を付けんきゃいけないけど……今の渡そだってあまり役に立たない。何せ、“精神力”が溜まっていないんだから)と想い、そんな想いと考えから思わず強い口調で言ってしまった。
「ねえ」
「ん?」
「もっと自分を大切にしなさいよ」
ルイズがそう言うと、才人は笑った。
「何よ。何が可笑しいのよ?」
「いや……この前と逆だなって想ってさ」
「え?」
「ほら、“アルビオン”で御前が捨て駒になりそうだった時……」
ルイズはその時のことを想い出し、顔を赤らめた。それから強い調子で才人を睨み付けた。
「ちょっと来なさい」
ルイズは才人の耳を掴むと立ち上がる。
「痛でっ! 何だよ!?」
食堂を出て、廊下の隣にまで才人を引っ張って行き、そこで強い調子でルイズは言い放つ。
「あのねえ! 危険さではあん時と変わらないのよ!? いいえ、もっと危険だわ。理解ってる? 敵は“虚無の担い手”と“マスター”を狙ってる……その私達5人集まってるの! きっと本気で来るわ。幾ら今のあんたが“サーヴァント”でも、今までみたいには、きっと行かないわ!」
「御前、変わったな」
「はい?」
「いや、昔だったら、姫様の言うことだったら、何でも利いてた癖に」
「真面目に聴いて!」
「はいはい」
「……あんた、自惚れてるのよ。きっと、今まで上手く行ってたから、今度も大丈夫、何て思ってるんだわ。あんただけじゃなく、姫様も、教皇聖下も……シオンとセイヴァーは色々と考えてくれてるみたいだけど……皆、あんたなら何とかすると思ってる。冗談じゃないわ! ええ、確かにあんたは大したモノよ。“アルビオン”でセイヴァーと一緒に110,000もの軍勢を止めたし、“ガリア”では“エルフ”にも引けを取らなかった。でも……それはツイていただけだわ。一歩間違えば、私達は屍を晒していたわ」
「知ってるよ。そんなのは百も承知だ。そんなこた、戦った俺が1番良く理解ってる」
「だったらどうして安請け合いなんかしたのよ!? ハッキリ言うけど、敵の矢面に立つのはあんた達よ! 教皇聖下もティファニアも、言っちゃなんだけど戦いで役に立つとは想えない! ジュリオだって弱くはないわ。でも、能力的に戦いに向いているとは想えない!」
ルイズは声を落とした。
「……ホントに理解ってるの? いざ戦いになったら、真っ先に狙われるのは今まで敵に煮え湯を呑ませて来たあんたとセイヴァーなのよ。確かにあんたは“ガンダールヴ”で“シールダー”、“神の盾”なんて呼ばれてる。でも……私にとっては、ただの1人の男の子よ。姫様だろうが、教皇聖下だろうが、盾なんかにはさせないわ」
才人は、困ったように頭を掻いた。それから、遠くを見詰めて言った。
「俺は今まで……向こうの世界にいる時は、何て言うかな、誰かのために生きるってことがなかったんだ。想像すらしたことがなかった。でも、こっちに来て、“昔の俺は、嗚呼、そうだったんだな”って。そんな風に想った」
「何言ってるのよ?」
「いや、まあ聴けよ。何でかって言うと、何でも揃ってるからだと想うんだ。自分勝手に生きてても、先ず何とかなっちまうことが多い。理解るだろ? こっちの世界に比べたら、俺の世界にゃ何でもあるからなあ。月は1個だし、“魔法”はないけどな。いや、秘匿されてるんだっけか……? まあ、それ で上手く行ってんだから、そおれはそれで良いんだろうけどな」
「サイト!」
「そう。今まで、誰かのために、何て1度も考えたことがなかった。随分暢気に生きて来たよ。でも、こっちに来て……」
才人はルイズを見詰めた。
「なんとなく理解って来たんだよ。誰かのために生きるってことが。だから俺は逃げない。自分1人が危険なら、そりゃ逃げるさ。阿呆らしい。戦って、何の得になるってんだ? でも、そうじゃない。危険に晒されているのは、俺の好きな人だ。だから俺は戦う」
ルイズは頬を染めた。
だが……ルイズは、(“いつまでも一緒に居たい” とそう想わせてくれた少年を、つまらない戦いで失いたくないわ)と想い、ここで言い負かされる訳にはいかなかった。ルイズは、何とか説得しようと言葉を探そうとしたが、上手く見付からない。
「サイト……」
とルイズが顔を上げると、後ろから名前を呼ばれた。
「ルイズ」
振り向くと、アニエスが立っており、ルイズを見詰めていた。
「陛下が御呼びだ。“始祖の祈祷書”を持って、直ぐに来い」
ルイズは硬い顔になり、その後に才人を睨み付けた。
「ちょっと行って来るけど、待ってなさいよ。まだ話は終わってないんだからね!」
と言い残し、ルイズは歩き出したアニエスの後を追った。
才人は、(ああ言ったものの、そりゃ危険な目に遭いたくなんかないさ)と想いながら食堂に戻るために歩き出した。
才人が、(午後の訓練はどう言ったメニューにしようか?)などと考えながら歩いていると、息急切って走って来たコルベールと出会した。
「おや、先生、どうしたんですか?」
「できた! できたぞ!」
「何が出来たんですか?」
コルベールは興奮し切っている。
「のーとぱそこん、が動いたぞ!」
「何ですってぇ?」
才人は素っ頓狂な声を上げた。
コルベールに用意された部屋にやって来た才人は、眼の前にあったモノを見て目を丸くした。
そこに転がっていたのは、巨大な黒い“バッテリー”であったのである。
「な、何でこんなモノが……」
才人は、(もしかして、昨日ジュリオやセイヴァーと一緒に行った武器倉庫にあったのか? だけど、まだ先生に話していない。もしかして、セイヴァーが?)と疑問を抱く。
しかし、その疑問は直ぐに解けた。
「こんなモノって……これは“竜の羽衣”、あの、ひこうき、に付いていたモノじゃないか」
キョトンとした顔で、コルベールが言った。
「これが?」
才人はマジマジと“バッテリー”を見詰めた。
成る程、良く良く見れば現代のバッテリーに比べると大きく、そして全体の印象は古臭いといえるだろう。
形はほぼ現代の車やバイクなどに使用されている“バッテリー”と同じだといえるだろう。が、良く見ると、漢字で“三菱蓄電池三十二型 昭和十八年六月”、と記載されている。
“ゼロ戦”に載まれていたモノに間違いないであろうということが判る。
「もしかして……これで電源を入れたんですか?」
すると、コルベールは首を横に振った。
「いや……そうではない。良いかね? 君はこの、のーとぱそこん、は電気で動くと言っただろう? しかし、今は切れている。だから、動かない、と」
「はい」
「さて、この、のーとぱそこん、のどこに電気の元が入っているのかというと、ここだね?」
コルベールは、“ノートパソコン”の“バッテリー”を外して見せた。
「そうです。それが切れてて……充電しないといけないんですけど。この世界にはコンセントがないっすからね」
「私は考えたのだ。君達の言う、のーとぱそこん、の、ばってりー、に電気を供給するためにはどうすれば良いのかを」
話すうちにコルベールの興奮は更に強く大きくなって来た様子を見せる。どこの世界も、どの時代の技術者も、基本は同じであるといえるだろう。成功した自説を語り始めると、夢中になってしまう傾向がある。
「先ず、あの、ひこうき、も電気を使うことに気付いた! それでもって、計測器や照準器、そして、えんじん、の中で揮発した油を爆発させているのだ。そして、ひこうき、で使う電気は、この箱の中に詰まっている」
「成る程!」
才人も興奮して、拳を握り締めた。
「で、ひこうき、には、きちんとこの箱に電気を供給する装置が付いている! それが回転することにより、電気を作り出し、この箱に供給され、ひこうき、に命を吹き込むのだ!」
「じゃあ、“ゼロ戦”の発電機を繋げだんですね! 凄え!」
「いや、それは無理だ」
呆気なく、コルベールは首を横に振った。
「へ?」
「何と言うかな、同じ電気でも、この、のーとぱそこん、を動かす電気と、ひこうき、と動かす電気は違うのだ。こっちの方は、より複雑な電気を必要とするようだ。ひこうき、の装置と電気箱を使おうとした私の目論見は脆くも崩れ去った」
「……え? じゃあ、どうやって?」
コルベールはニヤッと笑った。
「“魔法”だ」
「“魔法”?」
「要は、この、のーとぱそこん、に付いているこの電気を溜める箱が、電気を発生するようにしてやれば良いのだ。そこに気付いた私は、ひこうき、の、ばってりー、を調べた。電気が流れない状態と、流れる状態を比較し、中の成分を調べた。そして……その研究成果を応用したのだ」
「詰まり……」
「そうだ! “錬金”だ! 私は“錬金”で、この、のーとぱそこん、の電気が切れた箱を、電気が流れる状態にしてやったのだ!」
「先生! 凄いです!」
才人は感動して、コルベールに抱き着いた。
「あっはっは! で、サイト君」
「はい?」
「で、電気を用意したは良いが、この、のーとぱそこん、はどこをどうすれば動くのかね?」
教皇の執務室の前まで来ると、ルイズは扉を叩いた。
「どうぞ」
と教皇の声がする。
ルイズが扉を開けると、椅子に腰掛けたヴィットーリオとジュリオ、そしてアンリエッタとシオンの姿があった。
部屋の隅には、緊張して佇むティファニアの姿もある。
「やあ、御待ちしておりました」
ヴィットーリオが立ち上がり、ルイズに手を差し伸べた。
その手に光る“指輪”を見て、ルイズの目が見開かれた。
愛しそうに、ヴィットーリオは“指輪”を撫でた。
「そうです。先日、私の指に戻ったばかりの、“4の指輪”の1つです」
「で、私に用事とは……?」
「“始祖の祈祷書”を拝見させて頂きたいのです」
ルイズはアンリエッタを見詰めた。
アンリエッタは、大きく首肯く。
「“始祖の秘宝”は、新たな“呪文”を目醒めさせることができる。私はかつて、この“ロマリア”に伝わる“火のルビー”と“秘宝”を用いて、“呪文”に目醒めたのです」
「どのような“呪文”ですか?」
ルイズは、(それは、今度の戦いに役に立つようなモノなのかしら?)と想い、尋ねた。
「戦いに使用できるような“呪文”ではありませぬ。“遠見”の“魔法”を御存知ですか?」
「はい」
“風系統”の“呪文”の1つである。遠くの様子を見たり、映し出したりすることができる。オスマンの部屋に置かれてある“遠見の鏡”などは、その“魔法”を利用した“マジック・アイテム”である。
また、更にその“遠見”を、“呪文”や“道具”の使用なしに使できるようになった個人特有の能力……場合によっては、過去現在未来を見る、透視、他者の思考を読み取るなどを可能とすることができる“スキル”も存在する。
だがそれ等は、便利ではあるものの、戦いに直接役立つという訳ではない。
「私の使える“呪文”は、それと似た“呪文”です。ただ、映し出す光景は違いますが……“ハルケギニア”の光景ではないのです」
ルイズは、少しばかりガッカリとしてしまった。敵の行動を逐一映し出すことができるのであれば兎も角それすらもできないとなれば無用の長物である、と想ったためである。
ガッカリしたような表情を浮かべるルイズを諭すように、ヴィットーリオは言葉を続けた。
「“虚無”の中にもそれぞれ“系統”があるのです。“4系統”のようにハッキリとはしていませんが……大まかな“系統”というモノが存在するようだ。私はどうやら、“移動”系のようです。“使い魔”もそうだし、“呪文”もそう。貴女が、“攻撃”を司るようにね」
「では、ティファニアは? “ガリア”の“担い手”は?」
「まだハッキリはしていません。ただ、占うことはできる。それを今から行うのです。さて、ではアンリエッタ女王陛下……」
アンリエッタは首肯くと、嵌めている“指輪”を外した。
“風のルビー”である。
実に数奇な“運命”を辿った“指輪”であるといえるだろう。“アルビオン王家”、“アルビオン王家”の血を引くウェールズ皇太子、そして才人の手からアンリエッタへ……何度も持ち主を変えた“風”を、アンリエッタは、“王族”のシオンではなく、部屋の隅でかしこまった様子を見せ続けているティファニアへと差し出した。
いや、ティファニアこそが、今ここで“風のルビー”を嵌める権利を有しているといえるだろう。“アルビオン王家”の血を引き、なおかつ“虚無の担い手”である彼女こそ。
「ア、アンリエッタ様?」
「御受け取りくださいまし」
「で、でも……」
ティファニアは、顔を赤らめて恐縮する。
アンリエッタは、ティファニアの手を取った。
「この“指輪”は、元々“アルビオン王家”に伝わるモノ……その血筋が貴女とシオンを除いて絶えた今となっては、2人の指に収まるのが道理。その上、貴女は“担い手”ではありませんか」
ティファニアは、シオンを見詰める。
シオンは、恐縮し戸惑うティファニアに対し、優しく笑みを浮かべ、首肯いた。
ティファニアは、されるがままに、“風のルビー”を指へと嵌めた。
ティファニアの白く美しい指に、その“風のルビー”は良く似合っている。
さて、とヴィットーリオはルイズの方を向いた。
「“聖杯”を除いた“始祖の秘宝”は、宝の詰まった小箱のようなモノです。それぞれに詰められた“
ルイズは、いつかデルフリンガーが言っていた「必要があれば読める」という言葉を想い出した。
ルイズの心の中で、(私だけじゃなく、他の“担い手”にとってもそうなのかしら?)といった疑問が浮かび上がった。
そんなルイズの疑問に、ヴィットーリオが答えた。
「“秘宝”は“4の担い手”を選びません。我等はそういう意味でも、兄弟なのです」
ルイズは、(すると、ティファニアは、何か新たな“呪文”に目醒めるのかしら? かつて、私がそうやって新たな“呪文”を得て来たように……)といった疑問を抱きながら、ティファニアへと“始祖の祈祷書”を差し出した。
ティファニアは、唇を噛み締めて、それを受け取った。
勇気を振り絞るようにティファニアは深呼吸をした。大きな胸が、上下に動く。それから意を決したようにティファニアは目を開いた。己の“運命”を、毅然と受け入れるかのように……。
ユックリと、ティファニアはページを開いた。
1枚、1枚、ティファニアはページを捲って行った。
「何か、文字のようなモノは見えますか?」
ティファニアは首を横に振った。
「いえ……何も」
「まだその時期に至っていないようですね」
ティファニアは、ホッとしたような安堵の溜息を漏らす。
「では、次は私の番です」
ヴィットーリオは、ティファニアから“始祖の祈祷書”を受け取ると、何の躊躇いを見せることもなく開いた。
すると……今度は、“始祖の祈祷書”のページが光り輝く。
眩い光に照らされたヴィットーリオは、まるで古代の聖者のような威厳を辺りに振り撒いた。
ジュリオが、敬虔な面持ちを浮かべ、床に膝を突く。
「聖下……おお、聖下……」
アンリエッタが、其の光に心を打たれたように呟く。
自身以外の“担い手”が“虚無”を会得する瞬間に立ち逢っているルイズとティファニアも、声を失い、その光景に見入った。
シオンは、他の皆ほど心打たれた様子はないが、静かにその光景を見詰めている。
教皇ヴィットーリオの、2番目の“虚無魔法”。
光の中、ヴィットーリオは現れた文字を詠み上げた。
「“中級の中の上”。“
才人が電源スイッチを押して入れると、ブゥーン、と音が鳴り、“ノートパソコン”が動き始める。
画面に現れた文字を見て、コルベールは息を呑んだ。
「何と細かく、美しく映えるんだろう……」
「今、起ち上がりますよ」
才人も1年振りに見る事が出来るといえる画面に心を躍らせた。
OSのロゴが浮かび上がり……デスクトップ画面が現れた。
「良かった。壊れてないみたいだな」
キラキラ光る画面を、コルベールは童心に帰った様子に見守っている。
「で、サイトくん」
「はい」
「これは何ができるのかね?」
「うーん……」
才人は悩んだ。それを説明することは容易ではないためである。
「例えば、“インターネット”とか……?」
「それは君が言っていた、色んな所と繋がって情報を取り出せる、という奴だな?」
「ええ」
「それを是非見せてくれないか?」
「良いっすけど、繋がらないと想いますよ?」
才人は言った。
此方は、“地球”ではなく“
「まあ、モノは試しだ。やってみせてくれんかね?」
理解りました、と首肯いて、才人は接続のためのアプリケーションを開いた。
教皇の執務室には、“詠唱”の声が朗々と響いている。
「“ユル・イル・ナウシズ・ゲーボ・シル・マリ”……」
ルイズ達は、その様子を呆然として見守る。
先程、“呪文”の名称が、ルイズの頭の中でグルグルと回っていた。
“世界扉”。
その言葉から、(それって……それって、もしかして。もしかして……)とルイズは何か予感を覚えた。
「“ハガス・エオルー・ベオース”……」
教皇は途中で“詠唱”を打ち切った。“虚無”の威力は“詠唱”の時間に比例するといっても過言ではないといえるだろう。そして、使う“精神力”もまたそれに応じて消耗するのだから。
そして……宙の一点を狙うかのように、ヴィットーリオは“杖”を振り下ろした。
初めに見えたのは……豆粒ほどの小さな点であった。
水晶のようにキラキラ光る小さな粒が、空中に浮かんでいる……そんな風に見えた。
徐々にその点は大きくなり、手鏡程の大きさへと膨らむ。
「鏡……?」
それは鏡のように見えた。だが……鏡ではないことが理解る。映っているモノは、この場にいる者達が皆見たこともない光景であるのだから。
いや、シオンだけはそれを見た事があった。
高い、塔が幾つも立ち並ぶ……異国の風景である。
「これは……」
ルイズは呟く。
“ハルケギニア”の風景ではない。
ルイズは、(まさか……kろえは……)と想い、“呪文”の名前が彼女の脳裏に蘇る。
“世界扉”。
「この光景は……まさか……」
ヴィットーリオが、満足げに首肯いた。
「そうです。別の世界です。貴方達の飛行機械がやって来た世界……我々の前に幾度となく現れた“場違いな工芸品”の故郷です」
「これが……サイトとセイヴァーの故郷」
ルイズとティファニアとアンリエッタの3人は、初めて見る“地球”の光景に目が釘付けになってしまった。
立ち並ぶ塔らしきモノ……これだけ沢山の塔のようなモノが並んでいる都市など、彼女達は見たことがないのである。
いや、今見えているモノはただの塔ではないということが判る。
その大きさは均一で、こうして見た所、その高さは“ハルケギニア”の城などとは比べものにならないほどであるということが判る。
洗練された技術を伺わせる壁……沢山のガラスがキラキラと光る窓……ただ“魔法”を使用しただけでは到底不可能な、芸術品とでもいえる塔のようなモノ。
そんなモノが、幾つも並んでいるのである。
ティファニアも、目を丸くしてそんな光景に見入っている。
アンリエッタの目も釘付けではあるが、不安げに見詰めていた。
ジュリオは、そんなルイズ達を満足げに見詰めている。
ヴィットーリオは言葉を続けた。
「私が以前使えた“呪文”は、ただこの“世界”を映し出すのに過ぎませんでした。だが、今度の“呪文”――“
そのうちに効果が切れたのだろう……水晶の球のようなモノは掻き消える。
効果時間は僅か十数秒ほど……それだけ“精神力”と“魔力”を消耗する“呪文”であるということが窺い知れる。何せ、“異世界”への扉を開くのだから……。
ルイズは駆け出した。
「おい、ルイズ。どこに行くんだい?」
その背にジュリオが声を掛ける。
「決まってるじゃない! サイトとセイヴァーに教えて上げるのよ! 帰る方法が見付かったって!」
「おいおい! そんなことをされたら困るよ」
ジュリオは、笑みを浮かべて言った。
「どういう意味よ?」
「僕は、彼等にそっちの“世界”から来たモノを見せて、こう言ったんだ。“聖地に向かえば帰る方法が見付かるかもしれない”ってね。この“魔法”を見せたら、彼等が“聖地”へ向かう唯一の目的が失くなってしまうじゃないか」
「そんな!?」
「問題はそれだけではありません!」
ヴィットーリオも口を開いた。
「この“世界扉”は、かなり“精神力”を消耗する“呪文”のようです。今は試しに、小さな扉を開いてみましたが……これ以上大きな扉、そう、彼等2人が潜れる、いえ、1人潜ることができるほどの大きさを造ろうとしたら、私は“精神力”を全て使い切ってしまうでしょう。私の“虚無”は、“ハルケギニア”のために使わねばなりません。使い途が見付かるまで、温存せねばいけないのです、彼等を帰す、そのためだけに“呪文”は使えません」
「でも! でも!」
ルイズはヴィットーリオに詰め寄った。
ジュリオは、両手を広げて言った。
「それにルイズ。彼が帰ってしまって、本当に良いのかい?」
「……え?」
「君も困るんじゃないのか? 彼が、帰る、なんて言い始めたら……」
ルイズは、はっ、とした。
「ねえルイズ。君は、彼と別れることができるのかい?」
「それは……それは……」
ルイズは小さく震えた。
いざ、そうなってみて、漸くルイズは理解することができたのである。自分が……才人と離れられる訳がないということに。それから、(サイトが死んだと想った時……私はどうしようとした? “火の塔”から飛び降りようとしたじゃないの。そんな私が……生き別れなんて選択できるの? 2度と逢えない。そんな状態に耐えられるの? 思えば、以前までの私は甘かった。帰る方法を捜して上げる……何度も口にしたその言葉の意味を、深く考えたことがあるの? 現実に、サイトが帰る方法が見付かった今……震えてるじゃないの。サイトが帰ってしまう可能性を、私は本気で怖がってる!)とそのことに気が付いた。
蒼白になったルイズに、ヴィットーリオが言葉を掛けた。
「人生は、選択の連続です。ミス・ヴァリエール。個人の“愛”を貫くのも正解。彼の幸せを願うのもまた正解……どちらが間違いということはありません。かつて私も選びました。信仰と情を天秤に掛けたのです。その片方を選んだから、今の私があります」
アンリエッタも苦しそうな声で、ルイズに告げた。
「ルイズ……何かを選ぶということは、何かを捨てるということなのです。サイト殿を帰さねばいけない。それも人として立派な考えです。ええ、彼は“此方の世界”の人間ではないのですから。でも……己の“愛”のために人の良心を捨てることも、また1つの正義だと思います。帰さねばいけない。そんな良心を捨てたからといって、恥じる必要はありませんよ」
アンリエッタは言葉を続けた。
「良いこと? しかも、今回救われるのは、貴女の想いだけではないのです。“ハルケギニア”の未来も救われるのです。私達の理想には、彼の力が必要なのですから……慎重に考えて結論を下してください。ルイズ」
ルイズは俯く。
そんなルイズに対し、シオンは静かに言った。
「“個人の愛を貫くのも正解。彼の幸せを願うのもまた正解”。それに関しては、私も同じ意見よ。でもね、ルイズ……それを決めるのは、貴女とサイト。貴方達自身なの。世界がどうとかは関係ないと想うわ。大事なのは、どうしたいか……どうして欲しいか……だと想うから。それに、どちらかだけではなく、どっちもという欲張りな選択もあるのよ」
「サイト君……」
コルベールは、呆然と目を見開く才人に言葉を掛けた。
然し、才人からの返事はない。
才人の目は、“ノートパソコン”に釘付けになっているのである。
そこには……しっかりと“インターネット”と接続し開かれたブラウザが映し出されていたのである。
才人は、(繋がった。どうして? 繋がるなんて想ってなかった)と想いながら、指はカーソルのタッチパネルの上を動いた。
“WEBメール”のアドレスを探し出し、クリックする。
数秒の読み込みの時間があって、次々と“メール”が流れ込んで来る。
だが、1番多かったのは……母からの“メール”であった。
何通も。
毎日2通も3通も、メールは届いていた。
才人は、最新のメールを開いた。
――“才人へ”。
――“貴男がいなくなってから1年以上が過ぎました”。
――“今、何処にいるのですか?”。
――“色んな人に頼んで、捜していますが、見付かりません”。
――“もしかしたら、メールを受け取れるかもしれないと想い、料金を払い続けています”。
――“今日は貴男の好きなハンバーグを作りました”。
――“玉葱をきざんでいるうちに、何だか泣けてしまいました”。
――“生きていますか?”。
――“それだけを心配しています”。
――“他は何も要りません”。
――“貴男が何をしていようが、構いません”。
――“ただ、顔を見せて下さい”。
次々にメールを、才人は開いて行く。
文面はほとんど変わらない。
いなくなってしまった才人のことを案じる“メール”が、沢山並んでいる。
そのうちに、接続は切れてしまった。
開いた、大量の“メール”が、才人の眼の前にはあった。
ポタリ、と画面に涙が垂れる。
「サイト君、それは……」
「“メール”です」
「めーる?」
「手紙です。母からの」
コルベールは息を呑んだ。それ以上、掛ける言葉を見付けることができず、コルベールはソッと部屋を出た。
教皇の執務室を飛び出したルイズは、(サイトに逢いたい)と想い、疾走り出した。
結局、ルイズは折れたのである。
機を見て話す、ということで話は纏まった。
だが、(でも……それは私にとって都合の良い選択じゃないの? “世界”のため……なんて言いながら、結局は自分のためじゃないの? そんな私だからこそ、抱き締めて欲しい。情けないからこそ、抱き締めて欲しい)と想いルイズは疾走った。
食堂に戻っても、才人はいなかった。
“水精霊騎士隊”に、「コルベール先生とどこかに行ったよ」と教えて貰い、ルイズはコルベールがいるであろう居室へと向かう。
すると、ドアの所にコルベールが腕を組んで立っている姿が、ルイズには見えた。
ルイズが近付くと、コルベールはスッと押し留めた。
「先生、サイトは……?」
ルイズが尋ねると、コルベールは口の前に指を立ててみせた。そして、ドアの隙間から、コッソリと中の様子を窺わせる。
「……サイト?」
才人は、机の前で身体を屈めている。
机の上には何かがあるということに、ルイズは気付いた。ルイズには、その妙な箱――機械に見覚えがあった。才人が、“
才人の肩が、微妙に上下している。
泣いているのだ。
「先生、一体何が……?」
小声で尋ねると、コルベールは困ったような声でルイズに説明した。
「あれは……サイト君が自分の“世界”から持って来た機械らしいんだが……それにどうした訳か手紙が届いたんだ」
「……手紙? ……誰からの手紙ですか?」
「母君らしい。何とも、可哀想なことだ」
ルイズは、頭を殴られたようなショックを受けた。
ルイズは、才人の……「家族はいない」といった言葉を想い出す。
「でも……」
そう言い掛けて、ルイズは直ぐに気付いた。
才人は、嘘を吐いたのであった。
ルイズは、(私に、家族はいないって嘘を吐いたんだわ。どうして? 決まってる。私に負担を掛けまいとしたんだ……)と才人の想いに気付き、呆然と立ち尽くした。
すると、(サイトは、そうやって私に嘘を吐いてまで、気を遣ってくれたのに……私は今、何をしようとしたの? 本当のことを言えない罪悪感を癒やしに、その本人に抱き締めて貰いに来た……)と想い、ルイズの目からもボロボロと涙が溢れて来た。
「私……何て卑怯なのかしら」
小さく、押し殺した声でルイズは呟いた。
「ミス・ヴァリエール?」
当惑した声でコルベールが尋ねたが、ルイズの耳にはもう届かない。
先程の、「何となく理解って来たんだよ。誰かのために生きるってことが」といった才人の言葉を想い出し、(だからサイトは……私に嘘を。私のことを、大事に考えていてくれてるから……それなのに、私はサイトのことをきちんと考えたことがあるのかしら? 現に今もただ、自分が慰めて欲しいだけでここに来たじゃない)と想い、ルイズは駆け出した。
「あ、おい、ミス・ヴァリエール」
コルベールが呼び止めたが、ルイズは振り返ることもせずに疾走り去った。
自室に飛び込んだルイズは、ベッドに俯せになった。
天井を仰いで、ルイズは考える。
ずっと、(私が……すべきことは何だろう? 私のことを、自分のことを一生懸命に考えてくれる男の子のために、私ができることは何?)、とルイズは考え続けた。