ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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笑顔の意味

 才人はコルベールの部屋で目を覚ました。それから、テーブルに突っ伏してしまっていた自身に、ベッドで寝息を立てているコルベールが掛けたであろう毛布が掛けられていることに気付く。

 窓からは朝の陽光が射し込んで来ている。

 才人は、(ああ、昨日は泣き疲れて寝ちまったんだ)と思いながらノートパソコンの画面を見詰めた。

 電源は既に切れている。

 もう1度コルベールに頼むなりして電気を供給して貰うことはできるが、才人はそれを止めた。

 想い出すことができるくらいに、暗記しているということもあり……見たところで、今の才人にはどう仕様もないことであるためだ。

 才人は、窓から眺める空を見詰めた。

 それから才人は、(“この世界”は……どこかで“地球”と繋がっている。“根源”、“英霊の座”とは、また別に……一体何がどうしていきなり繋がったんだ? ま、戦車や“飛行機”がやって来れるんだから、電波なんか楽勝だよな。嗚呼、兎に角ホントに繋がってるんだなあ)とボンヤリと考えた。同時に、(俺って弱いな。仲間ができたらできたで、“こっちの世界”に残っても良いや、何て直ぐ想うし、“メール”を見たら“地球”に帰りたくなる。と言うか弱いと言うより単純じゃねえのか?)と想った。

 才人は、(ま、無理ねえよな、あんな“メール”読んじまったらなあ)と想いながらノートパソコンを置いたまま、コルベールの部屋を出た。

 廊下をトボトボと歩きながら、才人は「参ったな」と呟いた。それから、(明日は、いよいよ教皇の“即位3周年記念式典”だっつうのに……こんな気分で上手くやれるのか? 兎に角、昨日のことはルイズに内緒にしておこう。また、自分の所為にして落ち込むだろうし。先ずは目先の問題を考るべきだな)と前向きに考えるように努めた。

 才人は(良し、せめて落ち込んだ顔を見せないようにしよう)と無理に見張り切りながら、自分達の居室のドアを開けた。

「やあルイズ。いや、帰らなくってごめん。コルベール先生の部屋で呑んでたら潰れちゃってさ……」

 ルイズは、椅子に座って手鏡を覗いていた。

 朝帰りの才人を叱る訳でもなく、ニッコリと笑ってルイズは挨拶を寄越した。

「おはよう」

 ルイズがいきなり笑顔を見せたことにも驚いたが、もう1つ驚くべきことに才人は気付いた。

「何……? 御前のその格好……」

「あ、これ? 昨日、街に出て買って来たの」

 ルイズの格好は、いつもの“魔法学院”の制服ではなく、可愛らしい感じのブラウスに、短い紺色のシックなスカート姿であった。襟元には、赤いリボンが踊っている。

「何で?」

 才人は、唖然として、尋ねた。

 選りに選って今日と云う日に、“ロマリア”の大聖堂でおしゃれをする意味が、才人は理解らなかったのである。

「ああ、明日の式典に出席するためか。でも、そん何で式に出て良いんか?」

 するとルイズは、コロコロと笑った。

「違うわよ。あんたと一緒に街を歩きたくて、買ったの」

「俺と? どうして?」

「街で御祭りをやってるそうよ。ほら、教皇聖下の“即位3周年記念”で。“貴族”には“貴族”の御祭り。街には街の御祭りがあるので、私は、あんたと御祭りに行きたいの」

「でも明日は……やっぱ備えて訓練しとかなきゃなーって」

「良いじゃない。と言うか今更訓練なんかしたって、あんまり意味ないわよ。それに、たまには骨休みも大事よ」

 ルイズは努めて無邪気な仕草で、才人の腕を握った。

「ね、行こ?」

 

 

 

 結局、何だか妙に可愛らしいといえるルイズの態度に引きずられるかたちで、才人は街へと出た。

 ルイズはピトッと才人に寄り添い、腕を絡ませる。

 才人が(何だ? どうしたんだ?)とルイズを見ると、ニコ~~~、とルイズは笑みを浮かべた。

 流石に悪い予感を覚え、才人はルイズに尋ねた。

「なあルイズ」

「ん?」

「御前、何を企んでる?」

 するとルイズは、きゃははは、と笑った。

 才人が(きゃはは? ルイズがきゃはは?)と頭の中をクエスチョンマークで満たしていると、ルイズはグイッと才人に身体を押し付けた。

「何にも企んでないよ」

「嘘!」

「嘘じゃないって。ホントにホント。今日は一緒にサイトと街を歩くの。そう決めたの」

 ニッコリと、何の邪気も感じられない笑みをルイズは浮かべる。

 その言葉と様子には、事実嘘はない。

 才人が其れでも(何かある)と想っていると、ルイズは指を立てた。

「あ、後ね! 今日は何でも言うことを利いちゃう」

「はぁ?」

「ホントにホントよ? だから、遠慮しないで何でも言ってね?」

 ルイズはニッコリと、首をかしげる。

 才人は増々怪しさを覚え、試すようにこう言ってみた。

「じゃあ、パンツ見せろ」

 才人は、(当然、蹴りが飛んで来る)と想い、身を咄嗟に屈めた。

 しかし、蹴りも拳も“魔法”も飛んで来ない。

 ルイズは顔を赤らめると、素直にスカートを持ち上げてみせたのである。

「はい」

 才人は、久し振りに、レースの付いたルイズの下着を見た。

「わ!? 見られるだろ!」

 才人は、(怒らない……? というかここは街中……通行人が)と想い、慌てて手を振り、ルイズへと催促する。

 ルイズも頬を染めて、慌ててスカートを下ろす。

 そんなルイズを前に、(怪し過ぎる。これはホントにルイズなのか? 誰か化けてるんじゃないだろうな? そう、例えば、“ミョズニトニルン”の“魔道具”とか……“暗殺者(アサシン)”の変装とか……?)、と才人は訝しんだ。

 才人は、コホン、と咳をすると、緊張し切った様子で次の言葉を口にした。

「じゃ、じゃあ、胸を触らせろ」

「良いわよ」

 アッサリとルイズは首肯いた。笑顔のままで。

「じゃ、じゃあ触るぞ……」

 才人はゴクリと唾を呑み込みながら、ルイズの控えめな胸に手を伸ばした。

 サワサワと……薄くも、微妙な膨らみが才人の掌を刺激する。

 見ると、ルイズは頬を染めつつも笑顔である。何とも幸せそうな笑顔である。

 才人は震えながら爆弾じみた言葉を口にした。本当にルイズ本人かどうか、試すために……。

「こ、これが胸?」

「うん。そうだよ」

 ルイズは、強張った笑顔で肯定した。

 才人は、(絶対これはルイズじゃない! 別の何かだ!)と想い、「あっはっは、少し、ティファニアの垢でも煎じて呑めよ」と言った。

「良いの。私はこれで」

 才人は跳び退くと、身構えた。

「御前、何者だ!?」

「だから、私は私。信じてよ」

「何で怒らないんだよ!?」

「だって、その、えっと……」

 ルイズは、何かを言い難そうに口篭る。それから、何かに気付いたかのように顔を上げた。

「そう! ほら、明日はいよいよ戦いじゃない? 怖い“ミョズニトニルン”達を相手にしなきゃいけないじゃない? だから、その何て言うの? 御褒美! そう御褒美なのよ!」

 楽しげに、ルイズは言った。

「御前、あれほど反対してた癖に……」

 才人は、(結局、ルイズは考えを変えたみたいだな。ま、こいつにとって“貴族”のプライドと姫様は絶対だからなー)と無理矢理に納得した。

「もっと触る?」

「いい! いいよ! 信じる! 信じるから!」

「有難う」

 またまた、ルイズはニッコリと笑うのであった。

 才人はそんなルイズを見て、(ま、そう言うことなら俺も楽しもう。こんな風にのんびりできることって、そう滅多にないしな。それに、明日はセイヴァーやイーヴァルディがいても、命を落とすかもしれないんだ。ま、何が何でも生き残るつもりだけどさ……)と想った。

 

 

 

 明日に“教皇就任式典”を控えた“ロマリア”の街は、前夜祭で盛り上がっていた。とはいっても、“トリスタニア”などのように街中が御祭騒ぎになるという訳ではない。

 露店や出し物を出すことができる通りがあって、そこだけ盛り上がっているといった感じである。“ロマリア”はそれでも、各地から巡礼などを目的とした旅人がやって来る土地である。巡礼に来た証人達は、ついでに色々な品々を運んで来るのである。したがって、様々な品が並んでいる。

 ルイズは綺麗な服が並べられている露店に釘付けになった。一生懸命、何かを選んでいる。

「何だよ? スカーフでも欲しいのか? 買うんなら、もっと良いの買ってやるよ」

 才人がそう言うと、ルイズは首を横に振った。そして、地味な色の1枚を手に取ると、それを買い求めた。

「……御前、そんな色のスカーフ何かどうすんだよ?」

 女の子に似合う色とは想い難い、格子模様が描かれた黒字のスカーフである。

 だが、ルイズはそれを才人の首に巻いた。

「あんたの黒髪に、似合ってるわ」

「お、俺に買ってくれたのか?」

「うん」

 ルイズは、ニッコリと笑う。

「御前、まさか、また“惚れ薬”でも呑んだんじゃないだろうな?」

「違うわよ。良いじゃない。気にしないでよ。だから御褒美よ」

 才人は、「成る程、これも御褒美か」と呟いた。それから、(取り敢えず今日は付き合ってやろう)と想った。

 才人とルイズは、ブラブラと通りを歩いていた。

 この日ばかりは、神官達も羽目を外しても構わないらしい。酒を呑み、肩を組んで軍歌などを歌っている。

 来た時は堅苦しい印象を与えて来るばかりであったが、こうして見ることで“ハルケギニア”の各都市と余り変わりがないとうことに、才人は気付いた。

 通りの真ん中に、笛や太鼓を持ち出して踊っている一団がいることに、ルイズと才人は気付いた。

 ルイズは、才人を引っ張って中へと連れて行った。

「踊りましょう」

 陽気なリズムの曲に合わせて、ルイズと才人は踊った。

 楽しそうに、ルイズは踊った。

 才人も連られて、ルイズに合わせてステップを踏み踊った。

 踊り疲れた2人は、通りに先日で迷惑を掛けてしまった酒場を見付けた。“聖堂騎士”達に追い掛けられた時に、立て籠もった酒場である。

 その店に入って見ると、テーブルなどが全てピカピカと高級品へと変わっていた。キュルケ達から巻き上げた修理代で新調したらしいことが判る。窓ガラスも、ステンドグラス入りに変わっている。

 まるで違う店のように上等になっていた。

 店主も、上等な服を着てグラスを磨いていたために、2人は顔を見合わせて笑った。

 中に入ると、店主はルイズと才人に気付き、気不味そうに顔を背けた。

「この間はお騒がせしました」

 と、才人が笑顔を浮かべて謝罪すると、店主は無言で才人達の前へと次々と料理を運んで来た。それから、コッソリと才人へと耳打ちをする。

「また、来年も頼む」

 ルイズと才人、そして店主はそこで笑い合った。

 料理が運ばれて来ると、ルイズは皿のスープを掬い、才人へと突き出した。

「え?」

「あ、あーん」

 ルイズの「あーん」は初めでてあり、才人は面食らってしまう。

「御前、ホントのホントに、どうしたの? 怒らないから言ってみ? あれだろ、“ゼロ戦”でもぶっ壊したんだろ? で、俺の機嫌を取ろうとだな……」

「違うの。今日は私、可愛いの。あんたに、可愛い私を沢山見て欲しいの。ホントにそれだけ」

 才人は、フラフラと口を開けた。

 ルイズは嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

 再び外に出ると、ルイズは才人を見上げ、「そこのコップ取って」といったくらいの気安さで、「ね、キスして」と言った。

「え? ここで?」

 と、才人が驚いて言うと、ルイズは頬を染めて「成るべく人のいない所で」と言った。

 その唐突さに才人がしどろもどろになっていると、ルイズは才人にピトッと身体を密着させ、手近な路地へと才人を押し込んだ。

 そしてルイズは、才人の顔を掴むと爪先立ちになって唇を重ねた。そのまま、激しくルイズは、才人に唇を押し付ける。

 暫く唇を重ねた後……ルイズは顔を離し、またニッコリと飛び切りの笑顔を見せるのであった。

 笑顔の理由が理解らぬまま、才人もまた笑みを浮かべた。

 歩きながら、ルイズが時折自分を見詰めて来ているということに、才人は気付いた。才人がルイズの方を向くたびに、ルイズは微笑むのである。そんなルイズが“愛”しく想え、また2人で歩くということが楽しく……才人は(こんな女の子を護るためなら、俺はどうなっても良い)と想えるのであった。

 ただ、時折、才人は、母からのメールの内容などを想い出し、胸を痛めた。

「どうしたの?」

「何でもない。何でもないよ」

 そのたびに才人は無理に笑顔を浮かべ、首を横に振るのであった。

 

 

 

 

 

 散々遊んだ2人は、夕方に大聖堂の自分達に宛行われた部屋へと帰って来た。

 結局、言われるがままに夕方まで、才人はルイズに付き合ったのであった。

 才人は、そこでまた、(さて、冷静になって考えてみると、やっぱり可怪しい。幾ら御褒美だからとは言っても……今日のルイズは可怪し過ぎる)と想った。

「疲れたでしょ? 水飲む?」

 ルイズは、水差しからコップへと水を注ぐと、才人に手渡した。

 それを一息で飲み干し、才人はルイズへと尋ねた。

「なあルイズ」

「ん?」

「……御前、今日何であんなに俺に笑顔を見せたんだ?」

「駄目?」

 また、ルイズはニッコリと笑った。

「可怪しいよ! 御前、俺と1年も一緒にいたのに、2回しか笑顔を見せてねえんだぞ! それなのに、今日は72回も笑いやがった! 可怪しいよ!」

「数えててくれたのね。凄く嬉しい。有難う」

 ルイズは、また、ニコッと笑った。天使のように、可愛い笑みであった。だがその中には、幸せ以外の何かが同時に含まれている。

 そのことに、才人は未だ気付いていない。

「だから、一生分、笑ったの」

「はい?」

「1年に2回。あんたとこれから、ずっと一緒にいたとして、30年。ううん、40年かな? 50年だったら良いわね……その時に見せるであろう、私の笑顔の回数」

「何言ってるんだ?」

「私ね、もう、一生笑わない」

 笑いながら、ルイズはツイッと涙を流した。

「ルイズ?」

「一生、誰も“愛”さない。でもあんたは駄目。誰かを好きになって、私にしてくれたみたいに、その娘を守って上げて。あんたの世界で……」

 涙の粒は、一筋の頬を伝い、ルイズの形の良い顎の形を(なぞ)った。

「え? え? ええ?」

 そう呟いた時、不意に才人を眠気が襲った。

「あれ?」

 才人が、(“魔法”だ)と気付いた時には、既に遅かった。

「ルイズ……御前……さっきの水に……」

 

 

 

 倒れそうになった才人を、ルイズは抱き締めた。その顔を優しく両手で包み、唇を重ねる。

 才人の身体から、力が抜けて行く……。

 先程の水には、才人が感じた通り、睡眠薬とでもいえる“魔法薬(ポーション)”が仕込まれていたのであった。

 才人を優しく抱き締めながら、ルイズは呟いた。

「さよなら……私の優しい人。さよなら、私の騎士(シュヴァリエ)

 ヒック、とルイズは嗚咽を漏らした。

 どれほどルイズは才人を抱き締めていただろうか。

 ユックリと眠る才人をベッドに横たえさせて、しばらく身を寄せた後、ルイズは立ち上がる。

「……良いわ」

 そうルイズが告げると、後ろで扉が開いた。

 そこに、ジュリオと俺が立っている。

 ジュリオは、ニッコリと、優しさと哀しさなどを含めた笑みを浮かべて、「ホントに良いのかい?」と尋ねた。

 そんなジュリオに、全くの無表情といっても良い様子でルイズは努めて首肯いた。

「ええ。サイトのために、“世界扉(ワールド・ドア)”を開いて上げて」

「で、そのために君は……」

「喜んで、貴方達に協力するわ。“ミョズニトニルン”を捕まえることも、他“サーヴァント”を斃すことも、“聖地”を取り返すことも……全てよ。それだけじゃない。貴方達と“ハルケギニア”の理想のために、この一生を捧げるわ。“虚無の担い手”として、“ハルケギニア”の“貴族”として……そして――」

 ジュリオは首肯いた。

「“聖女”の誕生だね。じゃあ、早速こっちに来てくれ。彼がいなくなる以上、予定は変更だ。明日の計画を説明する」

 部屋を出る時に、ルイズは1度だけ振り返った。

 涙がとめどなく溢れ、ルイズの頬を伝う。

 涙を拭うこともせず、ルイズは呟いた。

「さよなら。私の“世界”で1番大事な人」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “ガリア王国”の首都“リュティス”。

 “ロマリア”教皇に、“狂王”と呼ばれている男が、何処迄も美しい庭に立ち、辺りを睥睨している。

 季節折々の花々で咲き乱れる“ヴェルサルテイル”でも1番といえる花壇……。

 南薔薇花壇であった。

 ジョゼフにとって、一人遊び(ソリティア)とこの花壇が、退屈な日々や孤独の慰めであるといえるだろう。国中の庭師達が、贅と技術の粋を集めて造った地上の楽園とでもいえる花壇である。

 2キロ平方“メイル”ほどの土地に、数万本もの色取り取りの薔薇が植えられている。

 その中でも、一際目立つのは青い薔薇である。

 今年……幾度もの品種改良を加えられ、やっとのことで完成した、青い発色が固定された品種である。

 その薔薇は、“ガリア王族”の青髪に因み、“ラ・ガリア”と名付けられ、まさに“ガリア”を象徴する花となったのである。

 ジョゼフは満足げに花壇を見詰めた。

 この青い薔薇を固定するために、どれだけの巨費を投じたか判らないほどである。

「真、見事な薔薇園ですわ」

 ジョゼフの隣で、モリエールが感嘆の声を上げた。

 ジョゼフは満足げに首肯き、「此の薔薇園に投じた金で、小国が1つ経営できるのだよ」と言った。

「世界で1番美しい王国ですわ。陛下は御趣味が良ろしくあられますわ」

 それから、モリエールは、悪戯っぽい目でジョゼフを見詰めた。

「どうして、この薔薇園を御造りになられたんですの?」

 恋人として、モリエールは甘い言葉を期待した。「貴女に進呈するためだ」などの答えを期待したのである。

 だが、この王の答えはやはり違っていた。

 ジョゼフは、淡々とした声で言った。

「壊すためだ」

 モリエールは美しいといえる唇を歪ませて、不満の意を表した。

「まあ! また、御冗談を!」

「冗談? ああ、そうだな。そう聞こ得るだろうな」

 困ったような口調でジョゼフが言うために、モリエールは更に機嫌を損ねてしまった。

 この王は、いつもそうであるといえるだろう。どこまでが冗談で、どこまでが本気であるのか、判り難いのである。

 箱庭で延々と一人遊びに興じることがあれば、巨費を投じて途轍もない力を誇る“ゴーレム(ヨルムンガント)”を造り上げる。それで騎士団を編成しようとするなど、気紛れに戦争を起こしたかと思えばこのように加齢な薔薇園を造り上げらせたりなど……。

「陛下に質問が御座います」

「なんなりと」

「陛下は、私を“愛”してくださいますの?」

 ジョゼフは呆気に取られた顔でモリエールを見詰めた。(何を言うのだ?)といった顔である。

「当たり前だ」

「そうならば、もっと優しくしてくださいまし」

 モリエールは泣き出してしまった。

「一体どうしたというのだ?」

「“愛”する殿方に、邪険に扱われるのが我慢できないだけですわ」

 さめざめと泣くモリエールを、ジョゼフは驚いた顔で見詰めた。

「今、何と言った?」

「“愛”する殿方、と申しました」

「余を“愛”していると言ったのか? それは真か? この“無能王”を? 国内外から謗られるこの余を、貴女は“愛”していると言ったのか?」

「はい。何故そのように驚くのですか?」

「貴女は金と地位が目当てなのだと想っていた」

 モリエールは更に涙を零した。

「私は、例え陛下が“平民”だろうが物乞いだろうが、変わらず御慕い申し上げます。私は陛下が“ガリア”の王だから“愛”したのではありませぬ」

 ジョゼフは、興味を引かれた表情を浮かべた。

「では、何故“愛”したのだ?」

「陛下が寂しい御方だからです。世界の富を集める王でありながら、独りっぼちであるからです。私は、そんな陛下の御心を癒やしたいのです。差し出がましい女だと御思いにならないでくださいませ。それが“愛”するということなのですから……」

 ジョゼフは、ニッコリと笑うと、モリエールを抱き締めた。

「貴女は優しい人だな。モリエール夫人。余は貴女を愛そうと思う」

 モリエールは、ジョゼフの腕に抱かれ、(やっと……この人から愛の言葉を頂いた)と恍惚とした表情を浮かべた。そのことがとても嬉しく、また、誇らしかったのである。

 いつも、一人遊びに興じている王。

 己の中の寂しさと、常に1人闘って居る王……。

 いつも側に居るモリエールには、その闇が途轍もなく深く、そう簡単に理解できないであろうほどの深淵であるということを理解していた。

 そんな王を、モリエールは“愛”してしまったので在ある。

 モリエールはジョゼフの腕に抱かれながら、(これからこの私が、この王の心の隙間を埋める水になるのね。そうすればきっと……この王は戦争で病んだ心を癒やすことができるわ。周りを脅かす、愚かな奇行をも改めるに違いない。美しい薔薇を育て、それで私の頭を飾ってくれるようになるだろう。芳しい、“愛”の言葉と共に……)と想った。

「陛下、御願いが御座います。これからは何卒、私に本音を打ち明けてくださいませ。どんなつまらぬことでも構いません。私は、陛下と共に喜び、哀しみ……そして“愛”を分かち合うことでしょう……」

 しかし……ジョゼフの口からは、どんな言葉も発せられることはなかった。

「陛下?」

 その瞬間、モリエールの目が大きく見開かれる。

「お、おおお……陛下……おおお!?」

 信じられない、といった顔で、モリエールは己の胸を見た。

 それから、(力が身体中から抜けて行く。どうして?)と何が起こったのか全く理解できぬままに、モリエールは深い闇の底へと意識を堕して行った。

 ユックリと、ジョゼフはモリエールの胸に突き立てた短剣を引き抜いた。

 その刃には、艷やかに血が光っている。

 見開かれたモリエールの目が、ユックリと閉じて行く。

 地面に崩れ落ちたモリエールを、ジョゼフは全く表情を変えることもなく見下ろす。

 それからジョゼフは、何の躊躇いを見せることもなく、眼の前の薔薇園に、側にあった油壺の油を打ち撒けた。次いで、火打ち石を用い、その油に火を放つ。

 瞬く間に、手塩に掛けて育てた見事だった薔薇園が燃え上がる。

 ジョゼフは、ボンヤリとした顔で、その炎を見詰めていた。

 すると……炎の向こうから、1人の女が現れた。

 深いローブを冠り、燃え盛る炎を物ともせずに、ジョゼフの元へと歩いて来る。ローブの隙間からは、赤い唇が覗いている。

 “ミョズニトニルン”、“キャスター”。2つの人外としての名を持つ女性、シェフィールドであった。

 ジョゼフの忠実な“使い魔”である彼女は、地面に転がっているモリエールの死体を見詰め、「“愛”されたのですか?」と尋ねた。

 ジョゼフは首を横に振る。

「判らぬ。そうかもしれぬし、そうではないかもしれぬ。どちらにせよ、余に判断は付かぬ」

 言葉通りであり、ジョゼフ自身、自分の行為の理由を見極めかねていたのである。

「では何故?」

 何故殺したのか? と尋ねているのである。

「余を“愛”していると言った。自分を“愛”する者を殺したら、普通は胸が痛むのではないか?」

「で、ジョゼフ様胸が御痛みになったのですか?」

 ニコッと、理解っていると、言わんばかりの顔で、シェフィールドは尋ねる。

 ジョゼフは首を横に振った。

「無理だった。今回も無駄だった」

 “ミョズニトニルン”は満足げに首肯くと、ジョゼフに報告した。

「さて、“ヨルムンガント”が100体。完成したとの報告がありました」

「そうか。良くやった」

「御報らせはもう1つ。“担い手”が3人、“ロマリア”に集結しております」

 ほう、とジョゼフは笑みを浮かべた。

「となると、“サーヴァント”も最低3体はいるな。それは丁度好いな。宜しい。“ヨルムンガント”を武装させ、“軍団(レギオン)”の指揮を執れ。“アサシン”と“アヴェンジャー”も同時に、放つと良い」

「御意」

 シェフィールドは、首肯くと再び炎の中へと姿を消した。

 ジョゼフは、テーブルに置かれた伝声用の鉄管を取り上げた。

 “風魔法”が付与された、声を遠くに伝えるための“ガリア”ならではの“魔道具”である、とはいっても、同じ建物内くらいにしか届かないのだが……。

「“両用艦隊司令”に繋げ」

 直ぐに、王都に参内していた“両艦隊司令”の海軍大将に繋がる。

 管の向こうの提督に、ジョゼフは短く命令した。

「“両用艦隊(バイラテラル・フロッテ)”、軍港“サン・マロン”に於いて“軍団(レギオン)”を搭載せよ。目標、“ロマリア連合皇国”」

 いきなりの命令に、管の向こうの提督は腰を抜かしたらしい。慌てふためいた声で、ジョゼフの命令を確認する。

 ジョゼフは言葉を続けた。

「宣戦布告? 作戦? 要らん。眼の前にあるモノ、総てを潰せ。城も、街も、村も、人も、総てだ。草1本残すな」

「戦争ですか? それはどのような戦争なのですか? と言うか“ロマリア”は同盟国ではありませんか!? 追先立って、“王権同盟”が締結されたばかりでは……」

「同盟? それがどうした? 何だと言うのだ? 兎に角質問は許さぬ。ああそうだ。他国からの干渉があっては面倒だ。貴様等は以後、反乱軍を名乗れ。国境を超えて亡命すると述べた上で、その先で暴れまくれ。そうすれば、“ガリア”に責は及ばぬ」

「そ、そんな。意味が理解りませぬ!」

 何でも言うことを利く、という理由から提督という職に据えられた無能な男ではあったが、流石の無茶な命令に呆れていた。

 ジョゼフは、(無能でも何でも構わない艦隊を真っ直ぐ飛ばすことができればそれで良いのだ。どうせ片を着けるのは“ミョズニトニルン”始め“サーヴァント”や“軍団(レギオン)”なんだからな。それでも、連中に運ばせなくてはいけないな)と想い、面倒に思いながらテキトウな言葉を並べた。

「良いから命令に従え。ああ、何だ、これは高度な政治的判断なのだ。そうそう、御前達の好きな陰謀だよ陰謀。上手く行ったら、貴様に“ロマリア”をくれてやる」

 管向こうで、提督は思考を巡らせていた。

 ジョゼフは“無能”と嘲られることが多いが、決してケチではないのである。

 ジョゼフが臣下にモノを「やる」と言えば、実際にそれを下賜するのだ。それもそのはず、ジョゼフは、物欲や権勢欲などといったモノを全く持ち合わせてはいないのだから。

 結局欲が勝ったのだろう、提督は「了解しました」、と返事を寄越した。

 管をテーブルに叩き付け、ジョゼフは呪詛の言葉を吐き出した。

「莫迦者共が。何を言ってるんだ? 俺は戦争がしたい訳じゃない。これは戦争などではない。戦争とは、利益を鑑みてするモノだ。“ロマリア”に戦争を仕掛け、我々に何の益があるというのだ? たまたま神など祀っているから潰すだけじゃないか。そう。俺達の、魂の拠り所、を」

 ジョゼフは再びテーブルを強く叩いた。

「ああ、俺は人間だ。どこまでも人間だ。なのに“愛している”と言ってくれた人間をこの手に掛けても、この胸は痛まぬのだ。神よ! 何故俺に力を与えた? 皮肉な力を与えたものだ! “虚無”! まるで俺の心のようだ! “虚無”! 嗚呼、嗚呼、それはまるで俺自身じゃないか!」

 ジョゼフは言葉を続けた。

「嗚呼、俺の心は空虚だ。腐った魚の浮袋だ。中には、何も詰まっていない。空っぽの空っぽだ。“愛”しさも、喜びも、怒りも、哀しみも、憎しみすらもない。シャルル、嗚呼シャルル。御前をこの手に掛けた時より、俺の心は震えんのだよ。まるで油が切れ、錆び付いた時計のようだよ。時を刻めず、ただ流れ行く時間を見詰めることしかできぬガラクタだよ」

 ジョゼフは天を仰いだ。

 その頃になって、燃え盛る花壇に気付いただろう衛士達が大騒ぎを始めた。「火を消せ!」、「宮殿に燃え移ったら大事だ!」、などとの声が響く。

 しかし、ジョゼフは全く意に介した様子を見せない。熱を帯びた目で、ただただ宙の一点を見詰め、譫言のように呟くのみであ在った。

「さあ行こうシャルル。神を斃しに。兄弟を斃しに。民を殺しに。街を滅ぼしに。世界を潰しに。さあ行こうシャルル。汎ゆる美徳と栄光に唾を吐き掛けるために。総ての人の営みを終わらせるために。どうだろう? その時こそ俺の心は涙を流すだろうか? 哀しみにこの手は震えるだろうか? しでかした罪の大きさに、俺は悲しむことができるだろうか? 取り返しのつかない出来事に、俺は後悔するだろうか?」

 ジョゼフは笑った。

 天使のように、無邪気に笑った。

「シャルル、俺は人だ。人だから、人として涙を流したいのだ」

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