シオンは自分のベッドの上で、夢を見ていた。もちろん、睡眠時に見る方の夢だ。
見たこともない綺麗な形をした道具が並ぶ、部屋。薄暗い部屋の中で、1人の男性だろう人物が板のようなモノが引っ付いた何かを必死な様子で見詰めているのが見える。
その板のようななにかは一枚が下で、もう1枚は垂直に引っ付いている。そして、その垂直に立って引っ付いている方には絵のようなモノが描かれており、それが目まぐるしく変化し、まるでその中でなにかが活きており、動いているかのような印象を受けた。
視界は変わり、先ほどの男性が同じようなことをしている。が、先ほどとは違い、見ているだけでは無い。
下にある板のようなモノを一生懸命に叩いているのだ。それと同じタイミングで、垂直に立ち繋がっている板の方には何やら見たことのない文字らしきモノが出現し、消える。その繰り返しだ。
そして――。
そこで夢から覚める。
さて、皆が寝静まっている真夜中。
遠く離れた“トリステイン”の城下町の一角にある“チェルノボーグの監獄”では、“土くれのフーケ”はベッドに寝転んでぼんやりと壁を見詰めていた。
彼女は先日、“破壊の杖”の一件で、“学院”の生徒たちとその“使い魔”たちに捕らえられた“土系統”の“呪文”を得意とする“メイジ”だ。
さんざん“貴族”のお宝を荒らし回った名うての怪盗だということもあって、“魔法衛士隊”に引き渡されるかたちになり、直ぐに城下町1番監視と防備が厳重なここ、“チェルノボーグの監獄”に打ち込まれてしまったのであった。
裁判は来週中にも行われるとのことであったが……あれだけ国中の“貴族”のプライドを傷付けまくったのだから、軽い刑で治まるとは思えない。恐らく、縛り首、良くて島流しであろう。どちらにせよ、この“ハルケギニア”の大地に2度と立つことはまずできないと言っても良いだろう。
脱獄を考えるが、それが不可能であるということも理解しており、彼女は直ぐに諦めた。
監獄の中には粗末なベッドと、木の机以外目に付くモノはない。ご丁寧に、食器まで全て木精であった。例え、金属のスプーン1個あったところで、この監獄をどうこうできる訳ではないのだが。
得意の“錬金”の“魔法”で壁や鉄格子を土に変えて脱獄しようにも、“杖”を取り上げられてしまったのでそれらの“魔法”を使うことができない。そういったこともあって、“杖”を持たない“メイジ”はまったくの無力だと言えるだろう。おまけに壁や鉄格子には“魔法”の障壁が張り巡らされている。そのことからも、例え“杖”が手元にあり、“錬金”が使えようとも、ここから脱獄するのは不可能に近いといえるだろう。
「まったく、か弱い女1人閉じ込めるのにこの物々しさはどうなのかしらね?」
苦々しげに、彼女は小さく呟いた。
それからフーケは、自分を捕まえた少年と青年のことを思い出す。
「大したもんじゃないの! あいつらは!」
ただの人間とは思えない、やたらとすばっしこい動きでフーケの“ゴーレム”を翻弄し、見たこともない剣や弓矢を使い、あまつさえ“破壊の杖”を使い熟し、倒してのけたのだから。
今の彼女の中には、悔しさなどよりも、(いったい、あの少年と青年は何者なんだろう?)といった疑問で頭がいっぱいであった。
そんな考えを振り払い、寝ようと目を瞑るのだが、直ぐにパチリと開く。
フーケが投獄された監獄が並んだ階の上から、誰かが下りて来る足音が聞こえて来たのである。カツカツ、という音の中に、ガシャガシャと拍車の音が混じっているのがわかる。
階上に控える牢番であれば足音に拍車の音が混じる訳がないことから、疑問を覚え、彼女はベッドから身を起こす。
鉄格子の向こうに、長身の黒マントを纏った人物が現れた。白い仮面に覆われて顔が見えないが、マントの中から長い魔法の“杖”が突き出ているのが見えることからも“メイジ”であるということがわかるだろう。
フーケは鼻を鳴らした。
「おや! こんな夜更けにお客さんなんて、珍しいわね」
マントの人物は、鉄格子の向こうに立ったまま、フーケを値踏みでもするかのように黙りこくり、彼女を見つめている。
フーケは直ぐに、おそらく自分を殺しに来た刺客だろうと当たりを付けた。さんざん国中の“貴族”をコケにしてきたのだ。裁判という方法が面倒になり、始末するのかもしれない。盗んだ“貴族”の宝の中には、“王室”に無許可で手に入れた禁断の品や、他人に知られたくないモノなども混じっていたのである。それが明るみに出たら不味い“貴族”の手の者かもしれないのだ。
そう、いわゆる口封じという奴だ。
「お生憎。見ての通り、ここには客人をもてなすような気の利いたモノはございませんの。でもまあ、茶飲み話をしに来ったって顔じゃありませんわね」
フーケは身構えた。
囚われたとはいえ、彼女はむざむざとやられるつもりはなかった。彼女には“魔法”だけでなく、体術にもいささかの心得があるのだ。しかし、鉄格子越しに“魔法”をかけられたら手の打ちようはないであろう。なんとか油断させて、中に引き込むことが勝機を掴む第一歩となるだろう。
そういった風にフーケが身構えていると、黒マントの男が口を開く。
年若く、力強い声だった。
「“土くれ”だな?」
「誰が付けたか知らないけど、確かにそう呼ばれているわ」
男は両手を広げて、敵意がないということを示した。
「話をしに来た」
「話?」
怪訝な声で、フーケが尋ねる。
「弁護でもしてくれるって言うの? 物好きね」
「なんなら弁護してやっても構わんが。マチルダ・オブ・サウスコーダ」
フーケの顔が蒼白になる。それは、かつて捨てた、いや、捨てることをしいられた“貴族”の名前なのである。その名を知る者は、一部の者たちを除いて、もうこの世にはいないはずなのだから。
「あんた、何者?」
フーケは平静を装っている。が、無理があるだろう。震える声で、彼女は男へと尋ねた。
男はその問いに応えはせず、笑って言った。
「再び“アルビオン”に仕える気はないかね? マチルダ」
「まさか! 父を殺し、家名を奪った“アルビオン”の“王家”に仕える気なんかサラサラないわ!」
フーケは、いつもの冷たい態度をかなぐり捨てて、怒鳴り拒否する。
「勘違いするな。なにも“アルビオン”の“王家”に仕えろとは言っている訳ではない。“アルビオン”の“王家”は斃れる。近いうちにね」
「どう言うこと?」
「革命さ。無能な“王家”は潰れる。そして、我々有能な“貴族”が政をおこなうのだ」
「でも、あんたは“トリステイン”の“貴族”じゃないの。“アルビオン”の革命とやらと、なんの関係があるって言うの?」
「我々は“ハルケギニア”の将来を憂い、“国境を超えて繋がった貴族の連盟”さ。我々には国境はない。“ハルケギニア”は我々の手で1つになり、“始祖ブリミル”の降臨せし“聖地”を取り戻すのだ」
「馬鹿言っちゃいけないわ」
フーケは、男の言葉を聞いて、薄ら笑いを浮かべた。
「で、その国境を超えた“貴族”の連盟とやらが、このこそ泥になんの用?」
「我々は優秀な“メイジ”が1人でも多く欲しい。協力してくれないかね? “土くれ”よ」
「夢の絵は、寝てから描くモノよ」
フーケは手を横に振り、拒否を示す。
“トリステイン王国”、“帝政ゲルマニア”、“アルビオン王国”、“ガリア王国”……未だに小競合いが絶え無い国同士が1つになるというのは夢物語だと言えるだろう。
さらには、“聖地”を取り戻すというのもまた、あの強力な“エルフ”がいるということもあって不可能だと言えるだろう。“ハルケギニア”から東に離れた地に住まう“エルフ”たちによって、“聖地”から離れざるをえない状況になって幾100年。それから何度も、数多の国が“聖地”を目指して兵を送ったが、そのたびに無残な敗北と撤退を喫して来たのだから。
長命と独特の尖った耳と文化を持つ“エルフ”たちは、その全てが強力な魔法使いであり、優秀な戦士なのである。同じ数で戦えば、人間たちに勝利の機会がないということを、この幾100年で各国の王たちは学んで来たはずである。
「私は“貴族”が嫌いだし、“ハルケギニア”の統一なんかにゃ興味がないわ。おまけに“聖地”を取り戻すだって? “エルフ”共があそこにいたいって言うんなら、好きにさせれば良いじゃない」
黒マントの男は腰に下げた長柄の“杖”に手を掛けた。
「“土くれ”よ。お前は選択することができる」
「言ってごらん」
「我々の同志となるか……」
後をフーケが引き取る。
「ここで死ぬか、でしょ?」
「その通りだ。我々のことを知ったからには、生かしてはおけんからな」
「ホントに、あんたら“貴族”って奴は、困った連中だわ。他人の都合なんか考えないんだからね」
フーケは笑った。笑うしかなかった。
「つまり、選択じゃない。強制でしょ?」
男も笑った。
「そうだ」
「だったらハッキリ、“味方になれ”って言いなさいな。命令もできない男は嫌いだわ」
「我々と一緒に来い」
フーケは腕を組み、尋ねる。
「あんたらの“貴族”の連盟とやらは、なんて言うのかしら?」
「味方になるのか? ならないのか? どっちなんだ?」
「これから旗を振る組織の名前は、先に聞いておきたいのよ」
男はポケットから鍵を取り出し、鉄格子に付いた錠前に刺し込んで言った。
「“レコン・キスタ”」