ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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エルフのガンダールヴ

 才人が目を覚ますと、そこはただっ広い草原であった。

「はい?」

 才人は、(俺……こんな所で寝てたっけ? いや、そんな訳ないだろう。俺は“ロマリア”の、“大聖堂”にいたはずだよな。でもってルイズとデートして、何だか様子が可怪しくて……部屋でワインに何か混ぜられて……ルイズにここまで運ばれたんだろうか? でも、何のために? つうかここどこよ?)と考えながら、半身を起こす。それから、ボンヤリとした頭を振って、辺りを見渡した。

 才人が寝ていたのは、少し小高い丘の、1本の木の根本であった。さんさんと太陽が照り付けて来る中、そこだけがオアシスであるかのように日陰になっているのである。

 木漏れ日が眩しいこともあり、才人は目を細めた。

 さて……と、才人が胡座を掻くと、首を傾げた。それから、(ここは、“ロマリア”の草原なんだろうか? 参ったなあ)と想いながら自身の身体を確かめる。

 当然、どこにも変わったところはない。いつものパーカーに、ジーンズ。マントは脱いでいたために、羽織っていない。

 ルイズと一緒にいた時の格好である。

 才人は、(兎に角……あの“大聖堂”の一室で俺は意識を失わされ、ここまで連れて来られたことだけは間違いないようだな)と結論着けた。

 また、(でも、何で俺草原で寝てるんだろ……? 意識を失うたびに、自分はとんでもない所に連れて来られるなあ)とも才人はしばしボンヤリとしていた。

 すると、遠くに人影が見える。

 その人影は、才人の方へと歩いて来ている。

 才人は、(誰だろう?)と思い、咄嗟に背中に手をやる。が、デルフリンガーはいない。デートの際に、外していたということを、才人は想い出した。

 近付いて来た人物は、才人に危害を加えるつもりはない様子である。ノンビリとした歩調で、ユックリと歩いていることから、それが判る。

 徐々にその人物の輪郭がハッキリとして来た。

 何だか、才人にとってどこかで見覚えがある形のような、草色のローブを身に纏っている。顔はフードに隠され、良く見えない。だが、その身体のラインなどから、どうやら女性であることが窺えた。

 近くまで来ると、目を覚ました才人に気付き、その女性が声を掛けて来る。

「あら、起きた?」

 そして、その女性はフードを軽く上げた。

 才人は、う、と胃が締め付けられるかのような錯覚を覚えた。そこに現れたのが、恐ろしいほどの美人であったためである。

 年の頃は、見た目からすると20歳前後であろう。

 大人びた雰囲気の中に、何やら妙な茶目っ気がある。人懐っこい笑みを浮かべると、彼女は、才人に向かって、革袋を放った。

「水を汲んで来て上げたわ」

 才人はそれを受け取ると、躊躇うことなくゴクゴクと飲み干した。それから、プハァ、と一息吐くとマジマジと女性を見詰める。

「私はサーシャ。貴男達は? こんな所で寝ているのを見ると、旅人みたいだけど。それにしては、何にも荷物を持ってないようだけど……」

 才人は、女性――サーシャの言葉を聞いて、自身の後ろを振り返り、驚いた様子を見せる。

「まあ、話は後だ。先ずは、彼女に自己紹介と行こうじゃないか」

「あ、ああ……サイトと言います。ヒラガサイト。旅をしてる訳じゃないです。起きたら、ここに寝かされてました。で、こいつは」

「セイヴァーと言う。まあ、偽名ではあるがな……取り敢えず、そう呼んでくれると助かる」

 ふーん、と女性は俺達のことを交互に見詰め、それからフードを外した。

 長い耳が現れて、才人は驚いた。

「うわ!? エ、“エルフ”!」

「あら貴男達、私を知ってるの?」

「は、はい……」

「まあ、知っているな」

「へえ。珍しいわね」

 女性は、興味深そうに驚く才人、そして何の感慨も見せない俺を見詰めて来る。

 珍しい。

 その言葉に、才人は、妙な違和感を覚えた。才人がいる“ハルケギニア”で。“エルフ”のことを先ず知らない人はいないといえるためである

「水を有難う御座います。ところで、“エルフ”を知ってる人間が珍しいってどういうことですか?」

「さあ? だって会う“蛮人”会う“蛮人”、私のことを珍しいとか言うんだもの。全く……ここはどこの田舎なのよ?」

 “蛮人”と言われて才人は、少しむっとした様子を見せる。それから、ビダーシャルも、ヒトのことを“蛮人”と呼んでいたということを、才人は想い出した。

「“ハルケギニア”じゃないんですか?」

「“ハルケギニア”? 何それ?」

 サーシャは、才人の質問に対し、キョトンとした様子を見せる。

 “ハルケギニア”のことを、此のサーシャは知らない。

 そのことに、才人は(そんな!?)と焦った様子を見せた。それから、(ということは……少なくとも、ここは“ハルケギニア”じゃないんだな)と判断した。次いで。才人はそろそろ、夢である、ということを疑い始めた。そして、(さて、痛かったら夢じゃない。現実である)という訳で、思いっ切り自分の頬を叩いた。

 ばぁ~~~ん! と乾いた音がする。

 激痛で才人は地面にうずくまった。

「何してるの?」

「いや……夢かなと想いまして」

「そうだったら私も幸せね」

 才人は、必死になって記憶を捜り始めた。“エルフ”がいない土地で、“ハルケギニア”ではない所……となると、才人に思い当たる場所は、所謂“ロバ・アル・カリ・イエ(東方)”と呼ばれている場所や“故郷”である“地球”くらいしかなかった。

「じゃあ、“ロバ・アル・カリ・イエ”?」

「何それ? 良く理解らないけど、私は“サハラ”からやって来たの。でもってここはあいつが言うには“イグジスタンセア”という場所らしいわ」

 “イグジスタンセア”……才人にとって、聞いたこともない地名であった。

 そのため、才人は俺に向かって振り返るが、俺は目を閉じて口も閉じる。

 才人は、(と言うか、何で俺はこんな所で目覚めたんだ? 誰がやったんだよ? あの教皇か? それとも、一緒にいるセイヴァー? でも、自分をこんな所に放り出して、一体何のメリットがあるんだ? それとも、あのジョゼフ王の陰謀か何かか? でも、俺は“ロマリア”の総本山、“大聖堂”にいたんだぞ。幾らジョゼフ王でも、そう簡単にはあそこに手は出せないだろ。いやいや、でも“虚無”の力も“サーヴァント”もいるしなあ。忍び込む手なんか幾らでもありそうなもんだ。ジョゼフ王?)、とそこでとても大事なことを想い出した。

 才人は、うわぁあああああああ! と喚きながら頭を抱える。

「どうしたの?」

「いや……想い出したんだけど、今、俺達大変なんすよ……ここでこんなことしてる場合じゃない」

 と、才人は心配そうに覗き込んで来るサーシャに答える。

「どんな風に大変成の?」

 茶目っ気たっぷりに、サーシャは才人の顔を再び覗き込んだ。

「いやね? まあ言っても理解らないでしょうけど、とてもとても悪い王様がいてですね、俺達に非道いことをするんです。そいつをやっつけるための作戦発動中だったのに……肝心要の俺達がこんな所で油売ってどうすんですか、と言う」

「それは私も同じよ」

 サーシャは、やれやれと両手を広げた。

「今、私達の部族は“亜人”の軍勢に呑み込まれそうなの。こんな所で遊んでいる場合じゃなにのよ。それなのに、あいつったら……」

「あいつ?」

 と、才人が問い返すと、サーシャは黙ってしまった。

 見ると、サーシャはワナワナと震えている。よっぽど、件の、あいつ、とやらに対し言いたいことなどがあるのだろう。

 混じりっ気なしの、本物の“エルフ”を見るのは、ビダーシャルを除いて初めてだったということもあり、才人はマジマジとサーシャを見詰めてしまった。

 ティファニアに似た、薄い金髪。透き通る様な翠色の瞳に、長いまつげが被っている。鋭いが、何やら眠そうな、少しタレ気味の目元が妙な色っぽさを醸し出している。全体的に顔の造りも良く、ティファニアから幼さを除いたような、キリリとしたモノであるといえるだろう。そしてローブに包まれたスラリとした長身が、中性的な雰囲気を漂わせている。

 才人はサーシャを見詰め、(ティファニアに何処か親しみやすさを感じるのは、やっぱり半分ヒトの血が混じってるからなんだろうな。だけど……本物の“エルフ”であるこの女性にも、別段怖さは感じないな。以前見たことある唯一の“エルフ”であるビダーシャルは、縮こまるような恐怖を感じさせて来たけど……やっぱり、“エルフ”にも色んな“エルフ”がいるんだ)、と1人納得した様子を見せた。

 才人は再び辺りを見回した。

 時間は昼ぐらいか……と才人が思った途端に遠くから雲が見え、徐々に大きくなって行く。

 ぽつりぽつりと雨が降り出し、俺達3人は木陰に隠れるように移動した。

 

 

 

「何だかとても変な気分」

 雨を見詰めながら、サーシャが呟く。

「変な気分?」

「ええ。実はね、私って結構人見知りするのよ。それなのに貴男達には、あんまりそういう感じがしない」

 へええ、と才人は思った。それから、(言われてみれば、俺もこのサーシャに恐怖に類する印象は一切感じなかったよな。幾らティファニアを知ってるとはいえ、俺達を苦しめた相手で、現在“ハルケギニア”で最強として恐れられてる真正“エルフ”を前にしてるってのに……)と想った。

「俺もそんな感じですよ」

 すると、サーシャはそんな才人の顔を覗き込んだ。

「な、何すか?」

 綺麗で妙齢の女性にこのように見詰められたことで、激しく才人の鼓動が高まる。

 サーシャは眉を顰めた。

「初めて逢った気がしないのよ。どうして?」

「どうして、と言われても……」

 才人は戸惑いながらも、(そう言われてみると)といった気持ちになった。

 1回も逢ったことのない、“エルフ”の女性。

 それであるにも関わらず、才人はどこかで逢ったことがあるかのような奇妙な感覚に襲われた。

 そんな、2人に俺は思わず苦笑を浮かべてしまいそうになる。

「デジャヴュ、じゃないすかね?」

「既視感?」

「ええ。そういう気分になることって、結構あるって言いますから」

「ふーん……」

 だが、才人は、それだけじゃないよな、と感じた。

 それから才人が(一体、どうしてだろう)と考えていると、眼をわずかに細めて厳しい顔付きになったサーシャが立ち上がった。

「どうしたんですか?」

「退がってて」

 何だどうしたんだ? と才人が慌てていると、草原の向こうから灰色の何かが顔を突き出した。

「……犬?」

「暢気ね。狼よ」

「え? あれが狼?」

 狼を見るのが初めてであった才人は、20“メイル”ほど離れた場所で此方を見ている獣を見詰め返した。

 確かに、犬とは雰囲気が違う。目付きが鋭く、油断なく此方の様子を窺って来ている。

「私達を、今日の夕食にするつもりなのよ」

「1匹で?」

「まさか」

 才人の言葉に、サーシャは笑った。

 成る程、次から次へと狼達は姿を現し始めた。どうやら身を低くして草の間に隠れ、此方に近付いて来ている様子である。

 それから狼達は縁を描くようにして、俺達の周りをグルグルと回り始める。唸り声も上げず、その顔色は先程から変わらない。獲物を狩るのは、彼等にとって単なる日常的行為なのだろうということを強く匂わせる行動であるといえるだろう。目だけは真剣さを持って此方を見詰めて来ている。

「何か武器はないんですか?」

「どうするの?」

「いや……ちょっと武器の扱いに関しては自信があるんですよ。狼くらいだったら追い払えるくらいの」

「あら偶然ね。でも、私の方が自信があるわ。幸か不幸かね」

「まあまあ、持ってるんなら貸してください。何でも良いです。その辺りの棒っ切れじゃ駄目なんで」

 “ガンダールヴ”としての能力を使用せずとも、今の才人であれば剣くらいを振るうことはできるだろう。ただ、獣相手の戦闘はまた勝手が違うのだ。幾つもの修羅場を潜り抜けたとはいえ、才人は未だ“ガンダールヴ”としても“サーヴァント”としても未熟なのだから。

「良いから。任せて頂戴」

 サーシャは懐から短剣を取り出した。

 次の瞬間……才人は大口を開いた。

 才人は、自分が見たモノを信じることができなかったためである。

 短剣を握った瞬間、サーシャの左手甲が輝き始めたのである。

 サーシャのそこには随分と見慣れた……今では汎ゆる意味で才人の一部分になってしまったといえるだろう“ルーン文字”が刻まれているのであった。

「ガ、ガ、ガガガガガガ、“ガンダールヴ”!?」

「あら貴男達、私を知ってるの?」

「知ってるも何も!」

 才人は、自身の左手甲の“ルーン”を、サーシャの眼の前に差し出した。

「まあ!? 貴男も?」

 驚いた顔だが、それほどビックリした様子をサーシャは見せない。

「じゃあ手伝って」

 ヒョイッと、サーシャは懐からもう1本の短剣を取り出し、才人に放った。

 才人はそれを握り締める。が、同時に(“エルフ”が“ガンダールヴ”? 何で? どうして? と言うか俺の他にも“ガンダールヴ”が? 一体どういうこと?)、と驚いた様子を見せる。

 そんな才人の混乱を見透かしたように、1匹の狼がダッシュして才人へと襲い掛かって来た。

 才人は、(ヤバえ。考えるのは今じゃない)と気持ちを切り替えると同時に素早く身を屈める、それから、跳び掛かって来た狼の腹の下に身を滑り込ませ短剣を突き上げた。

「ギャンッ!?」

 腹を抉られた狼は悲鳴を上げ、地面の上をのた打ち回る。

 才人がサーシャの方を素早く振り向くと、彼女へと向かって2匹の狼が同時に跳び掛かるのが見えた。

「――!?」

 一瞬、サーシャの姿が掻き消えたかのように才人には感じられた。それほどにサーシャの身の熟しは素早く見事なモノであったのである。アラビアのダンサーを想起させるようにクルクルとローブの裾がひるがえるのだけが、才人には見えた。

 跳び掛かった狼は、それぞれ足と首を斬られ、地面へと転がる。

 サーシャは、足を斬られた狼の首に短剣を突き立て、止めを刺した。

 別の狼が、動かないでいる俺へと向かって跳び掛かって来る。無手で道具の1つも持たない俺を、恰好の獲物とでも考えたのだろう。が……。

「残念だが、御前の牙は、俺の身体を傷付けることはできない。それどころか……」

 噛み付いて来た狼は、即座に俺から離れ、痛みから来るであろう鳴き声を上げる。

 狼の牙は見事にボロボロになってしまっていたのである。

「俺に、“Bランク以下の攻撃は通用しない”。況してや、“神性スキル”を持っていないと尚更な。俺に攻撃を当て、ダメージを与えたいのであれば、“Bランク”以上の攻撃かつ“神性スキル”を所持していることだな」

 残りの狼達は、その様子を見て、後退しながら唸る。

 才人が短剣を構えて近付くと、狼達は身を翻して逃げて行った。

 辺りに、再び静寂が戻る。

「貴男達、一体……?」

 サーシャは、俺と才人とを交互に見詰め呟く。

「どうして“ガンダールヴ”が……」

 才人もまた、(“エルフ”がいて、ここが“ハルケギニア”じゃなくて、もう1人の“ガンダールヴ”がいる)と訳が理解らないといった様子を見せた。が、直ぐに持ち前の楽観的思考もとい前向きさが、才人の心を満たして行く。

「どうせまた何かの“魔法”だ。全くもう“魔法”って奴は……目覚めたら知らない場所とか普通にやっちゃうんだから……何でもありなんだから……」

 などとブツブツ呟き、才人はほっぺたを、ばぁ~~~!、と再び張った。

「どうしたの? 怪我した?」

 心配そうに、サーシャが才人を覗き込む。

「何でもないです。平気です」

 才人は首肯きながら言った。(兎に角、セイヴァーと一緒に“ハルケギニア”に帰らんきゃいけないよな。今は大変な時なんだ、それを第一に考えて、他のことは後回しだ)とも同時に考えた。

 それから才人は、(取り敢えずの手掛かりは、彼女を“使い魔”にして退けた人物だ。その人物なら、何か知ってるかもしれないしな)とサーシャを見ながら考えた。

「貴女を、ここに呼んだと言う人に逢いたいんだけど」

「私もよ。でも、ここがどこか判らないし……“ニダベリール”はどっちかしら? 全く、“魔法”の実験かなんか知らないけど、人を何だと想ってるのかしら?」

「“魔法”の実験?」

「そうよ。あいつは野蛮な“魔法”を使うの」

 と、サーシャは、才人の鸚鵡返しのような質問に首肯き答えた。

 才人は、(野蛮な“魔法”……それって“虚無”なのか? “虚無の担い手”は4人だけだと想ってたけど、他にもいるのか?)と自身の中で好奇心が膨れ上がることを感じた。

 雨は次第に強くなり、俺達を否応なしに叩いた。こうなっては、木下に隠れていても無意味だといえるだろう。

 サーシャは豪快に、ガバッ、とローブを脱いだ。

 布を細い身体に巻き付けるような下着姿になったため、才人は思わず目を手で覆った。

「どうしたの?」

「一応、見たら不味いかなーって……」

「仕方ないじゃない。濡れる訳にはいかないでしょ」

 サーシャはギュッとローブを絞ると、それを頭の上に両手で持ち上げた。次いで、ほら、と言って才人と俺とをその即席の傘の下へと招き入れる。

 才人は素直に、彼女が作った即席の傘の下へと入った。

「ほら、貴男も」

「いや、俺は雨に濡れることはないから」

 言葉の通り、俺は“矢よけの加護”や“風除けの加護”といった“スキル”を所有しているため、雨風自身が俺を避けているかのように降り続けている。

「驚いたわ」

「ホント、御前って何でもありだな……」

 驚いた様子を見せるサーシャと、呆れた様子を見せる才人の2人。

 そんな才人は、ローブから甘く粉っぽい独特の香りを感じ取った。異国情緒漂う香りであるといえるだろう。

 才人が(これが“エルフ”の香りか……)と暫しウットリとしていると……俺達の眼の前に鏡のようなモノが突如として現れた。

 いつだか見たことのある、“サモン・サーヴァント”の時の扉に酷似している。

「何だありゃ?」

 才人が恍けた声を上げるのとは逆に……サーシャの顔が険しくなった。

 眉間に皺が寄り、見るからに凶悪な表情をサーシャは浮かべているのである。

 才人は(怖い。この“エルフ”怖い。やっぱり、“エルフ”は怖い種族なんだ……)と想い、ひっ!? と呻いて後退りした。

 先程狼を斃した時よりも遥かに暴力的な雰囲気を漂わせ、サーシャはその鏡のようなモノを睨み付けた。

 その中から出て来たのは、小柄な若い男性であった。真面目そうな顔に、撫で付けた金髪がキラキラと光っている。そして、裾を引き摺るように長いローブを羽織っている。

 慌てた様子でペコペコと謝りながら、男は駆け寄って来た。

「ああ、やっとここに開いた。ご、ごめん。ホントにごめん。すまない」

 サーシャの肩が震えたかと思うと、とんでもないといえるほどの大声がその華奢な喉から飛び出した。

「この! “蛮人”がーーーーーーッ!」

 そのままサーシャは男へと跳び掛かり、こめかみの辺りに見事としか言いようのないハイキックを噛ました。

「――おぼぎゃっ!?」

 男は派手に回転しながら地面に転がった。

 サーシャは倒れた男の上にドスンと腰掛けると、「ねえ。貴男、私に何て約束したっけ?」、とニッコリと笑みを浮かべて問い掛けた。

「えっと……その……」

「ハッキリ言いなさいよ。“蛮人”」

「“蛮人”すいません」

 サーシャは、再び男の頭を殴り付けた。

「ぼぎゃ!?」

「もう、“魔法”の実験に私を使わないって、そう約束したでしょう?」

「した。けど……他に頼める人がいなくって……それにこれは実験じゃなくって、詰まりその……“魔法”の効果が及ぼす結果についての研究であって……」

「それを実験って言うんでしょう?」

 サーシャは男の頭を叩きながら言った。

「いや、ホントに申し訳ない。だがね、仕方ないじゃないか! 今は大変な時なんだ。あの罰当たりの……」

「大体ねえ、貴男ねえ、生物としての敬意が足りないのよ。あんたは“蛮人”。私は高貴なる種族であるところの“エルフ”。それをこんな風に“使い魔”とやらにできたんだから、もっと敬意を払ってしかるべきでしょ? それを何よ? やれ、“記憶が消える魔法をちょっと試して良いかい?” だの、“遠くに行ける扉を開いてみたよ、潜ってみてくれ”、だの……」

「仕方ないじゃないか! 今、僕達は大変なんだよ!? 何せあの強くって乱暴な“ヴァリヤーグ”共が……数が少ない僕達は、この奇跡の力、“魔法”をもって対抗するしかないんだから!」

「私にとっては、貴男達も“ヴァリヤーグ”も変わらないわ!」

 才人はその様子を、一種の既視感を覚えるかのように見詰めていた。(“ガンダールヴ”と“虚無”の関係は、彼等が本物であったとして、まあ本物なんだろうけど……どこでもこうなんだろうか? “虚無”が絡むと、どうして女ってここまで怖くなれるんだろう? まあ、俺達とは、関係が逆のようだけど……)と想った。

 それから才人は、(この人が、この“イグジスタンセア”とかいう世界での“虚無の担い手”なんだろうか?)と想い、コホン、と咳をして2人へと近付いた。

「あの……ちょっと御訊ねしたいんだすけど……」

 サーシャの下敷きになってしまっていた男は、才人を見上げて照れ臭そうな表情を浮かべる。

「やぁ。君は?」

「才人って言います。ヒラガサイト。妙な名前ですいません」

「そうそう。この人も、私と同じ文字が手の甲に……」

「何だって? 君! それを見せてくれ!」

 男は真顔になって跳ね起き、才人の左手の甲に飛び付くようにして観察し始めた。

「“ガンダールヴ”じゃないか! “魔法のように素早い小人”!」

「いや、僕は小人じゃないんですけど……」

「良いんだ! 良いんだ! ほらサーシャ! 言った通りじゃないか! 僕達の他にも、この“変わった系統”……“属性”の“魔法”を使える人がいたんだ! それって凄いことだよ!」

 彼は才人の手を強く握ると、顔を近付けた。

「御願いだ! 君の主人に逢わせてくれ!」

 その剣幕に、才人は辟易としながら首を横に振った。

「そうできれば良いんですけど。一体、どんな“魔法”でここに飛ばされたのか理解らなくって……」

 そうか、と男は少しガッカリとしたが、直ぐにニッコリと微笑んだ。

「おっと! 自己紹介がまだだったね。僕の名前は、“ニダベリール”のブリミル」

 才人の身体が固まった。

 その名前に、才人は聞き覚えがあったためである。

「はい?」

「ん? どうしたんだい?」

「も、もも、もう1度名前を言ってくれませんか?」

「“ニダベリール”のブリミル。ブリミル・ル・ルミル・ニダベリール」

 才人は、(ブリミル? ちょっと待て。それって、それって……あの“ハルケギニア”の民が、皆して拝んでいるという……)と気付いた様子を見せる。

「“始祖ブリミル”の名前?」

「始祖? 始祖って何だ? 人違いじゃないのかい?」

 男はキョトンとして、才人を見詰めた。が、どこか恍けた風である。

 才人の中で、(“虚無の担い手”が、“始祖ブリミル”を知らないはずがない、ということは単なる同名人物じゃないよな。と、いうことは。いやそんな。そんな莫迦なことが……ないって言い切れる? “魔法が飛び交う世界”……“地球”と異世界を繋げちまうような“魔法”が存在する世の中で、“過去に行ける魔法”があったって可怪しくないよな。ブリミルその人)と気付き、マジマジと眼の前の若い男を見詰めた。

 次いで、才人は俺の方へと確認でもするかのように見詰めて来る。

 そんな才人に俺は、強く首肯いた。その通りだと。

 才人はそれでも、(そりゃ……神様みたいな人だって、実在の人物であることに違いないだろう。その人にだって若い頃があって、普通の生活があって……そして、生きてた時代があった。俺達がいるその“世界”は、ブリミルさんがいる“世界”……詰まり、“6,000年前のハルケギニア”。ホントに夢じゃなかろうかな? いや、この空気の感じ。そして踏み締めた大地の感触。セイヴァーの様子)と思考を巡らせる。

 そんな才人を、ブリミルとサーシャの2人は、不安げに見詰めている。

 “初代虚無の担い手”と、その“使い魔初代ガンダールヴ”。

 そこで才人は、夢ではないとうことを、ハッキリと理解した。

 と同時に、才人の視線の向こうにいる俺に、ブリミルはようやく気付いたといった様な様子を見せる。

「やあ、セイヴァー。始めましてだね」

「ああ、始めましてブリミル」

 そんな俺とブリミルの挨拶を前に、才人とサーシャは驚いた様子を見せる。

 次いで、「一体、ホント、どうなってんのよ?」とその現実に耐え切れないといった風に……才人はガックリと膝を突いた。

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