才人と俺が、ブリミルとサーシャに連れて来られたのは、“ニダベリール”といわれる村であった。
連れて来られたといいはするが、俺達の眼の前に現れた“ゲート”を潜った先が、その村であったということだけであるのだが。
才人は、(“ニダベリール”と仰々しい名前が付いているから大きな街かなー)などと期待していたが、拍子抜けしてしまったという様子を見せる。
そこは移動式のテントが並ぶ、小さな村であるのだ。なだらかな丘の中腹に、木と布で作られた円形のテントが幾つも並んでいる。側では、山羊が草を食んでいた。
社会の教科書で見ることができるだろう、“モンゴル”の遊牧民を思わせる村である。“ハルケギニア”とはまた趣を変えている異国情緒漂う風景に、才人は心奪われて、しばし呆然と立ち尽くしていた。
「こっちだ。こっちが僕の家だ」
ブリミルに案内されたのは、村で1番高い場所に作られたテントである。テントの上には青い旗がひるがえっている。
才人は、(ブリミルって“始祖”だろ? “キリスト教”で言えば“イエス”様だろ? “イスラム教”で言えば“マホメット”だろ? “仏教”で言えば“仏陀”だろ? 詰まり偉い人だろ? こんな貧乏な所に住んでるの? ホントに本物?)と疑い一杯にしながら中へと入る。
『才人……“キリスト教”の“イエス・キリスト”は、家畜小屋で生まれた、何て説がある……それに、他の宗教での開祖とされる人物達は基本、贅沢何てモノはしていない』
『そうなのか?』
『“仏陀”……“釈迦”だってそうだ。彼は、確かに偉いさんのところの血筋の者だが、親から逃されるかたちで家から離れ、悟りの境地へと至るために』
『成る程……』
そう“サーヴァント”同士の思念通話を行いながら中へと入ると、その中はやはりシンプルであった。
中には粗末といえるテーブルと椅子が並んでいる。奥には、藁を敷き詰めたベッドが見える。中東の絨毯のような、固く織った布が地面に敷かれている。
椅子を勧められ、才人はそこに腰を掛けた。
「君も、座れば?」
「いや、俺は良い。ここは御前達の家だ。家主が座るべきだろう」
ブリミルからの催促に、俺は首を横に振りながら、少しばかり考えを巡らせる。
(ここは、先ず、“地球”だろう。そこに間違いはない。だが、“エルフ”を見て驚く人々が多いというサーシャの言葉……すると、“ギリシャ”圏からはかなり離れているのだろうな)
“ギリシャ神話”や“北欧神話”などの登場人物達の中には、“エルフ耳”を持つ者達が多い。“メディア”や“キルケー”など……主に“魔法”を扱う者達が多いのかもしれないが……。
「しかし、驚いたな!」
ブリミルは、興奮した様子で捲し立てる。
「で、君の主人はどこだい? “ミッドガード”の辺りかい? 兎に角、その人に逢いたいんだ」
才人は、いつだかテレビなどでやっていた、タイムスリップして過去の偉大な人物に直接逢うアニメ、を想い出した。それから、(“始祖ブリミル”は、誰もが知っている偉大な“メイジ”なのに……眼の前のこの人はどうもそんな風に見えないな。でも、そんなモノなのかもしれないな……セイヴァーも言ってたけど、伝説の人物だって、人間であることに変わりはないんだろうし……兎に角俺がそんな所にいる方が不思議だし、気にするべき事柄だよな)と考えた。
才人は、コホン、と仰々しく咳をすると、2人を見据えた。
「逢えません。無理です。絶対」
「どうして?」
「えっとですね、その……沸いてるって思われたら悲しいですけど、僕達はですね、6,000年後の未来から来たんです」
自分がそのようなSFチックな言葉を口にする時が来るなど……“地球”にいた頃も、“ハルケギニア”にいた頃も、当然才人は想像したことがなかった。
案の定、ブリミルとサーシャの2人は顔を見合わせ、くくくくく、と笑い始めた。
が、ブリミルの方は作り笑いであることが見て取れる。
「……まあね。笑うところですよね。ここ」
「いや、すまない。まあ、君が主人の存在を庇う気持ちも理解る。こんな御時世だしね。僕達みたいな“変わった属性”使いは珍しいし、“ヴァリヤーグ”達にバレたら大変だもんな。話したくなったら、話してくれなくて良いよ」
そう言って、ブリミルはニッコリと笑う。
“変わった属性”というモノは“虚無”のことであろう。
この時代では、未だ“虚無”という言葉を当て嵌めていないのだから。
「“ヴァリヤーグ”って何ですか?」
才人が尋ねると、ブリミルは苦々しそう顔付きになった。
「……知らないのかい? 恐ろしい技術を持った、悪魔みたいな連中だよ」
才人は、少しばかり不思議な気持ちになった。それから、(“始祖ブリミル”の敵は“先住魔法”を使う“エルフ”だったんじゃないのか?)と首を傾げる。
「“ヴァリヤーグ”って“エルフ”のこと?」
才人がそう尋ねると、頭を、ポカーン! と叩かれる。
「あいだっ!?」
「何で私達が、あんな“野蛮人”なのよッ!?」
ブリミルが執り為すように才人へと告げる。
「彼女は我々とは、根本から違う種族だ。この広い“世界”のどこかで……我々とは違う文化を持ち、息衝いていたんだ」
「成る程」
ブリミルは、才人の左手を取った。
「だから私は、彼女にこう“ルーン”を刻んだ。“ガンダールヴ”。旧い我々の言葉で、“魔法を操る小人”という意味だ」
「貴男が刻んだんですか? この“ルーン”は?」
ブリミルは、首肯いた。
「そうとも。君の主人は違うのかい?」
才人は首を横に振り否定した。
“ルーン”は、未来の“ハルケギニア”に於いては自動的に刻まれるのである。対して、この頃は、自ら刻み付けるのである。
「違います。でも、“魔法を操る小人”って……“ガンダールヴ”は“魔法”なんか使えないんだけどなあ」
「それは君が人間だからだね。普通の人間も“使い魔”になるんだな……獣にあらずんば異種族とばかり想っていたが。兎に角彼女は我々とは違う“魔法”を使う」
「“先住魔法”?」
才人がそう尋ねると、サーシャは首を横に振った。
「“精霊の力”だろ?」
「もう、変な呼び方しないで欲しいわ。それに対して、貴男は良く理解ってるわね。そうよ、“精霊の力”と呼んで頂戴」
サーシャは、才人の呼び方を否定し、俺に対して首を縦に振った。
「ああそう呼ぶべきだろうな。だがな、サーシャよ、御前達が振るうその力のことを“精霊の力”と呼んで欲しいのと同様に、ヒトの事を蛮人と呼ぶのは頂けないな」
「理解ったわよ」
才人は歴史の重みを肌で実感した。
“ガンダールヴ”の由来は……“魔法を使う小人”という意味であるのだが、それは、この“初代ガンダールヴ”であるサーシャが“エルフ”であるということが理由の1つであろう。
ジッと才人がサーシャを見詰めていると……才人は、フワフワと現実感が希薄になって行くような感覚を覚えた。自分の御先祖様に出逢ったかのような、何とも言い難い気分になったのである。
「どうしてさっきは“魔法”を使わなかったの?」
「“精霊の力”を血生臭いことに使いたくなかったからよ」
ツンと澄まして、サーシャは言った。
「“エルフ”が“魔法”を使うのを知っているのか。博識だね」
ブリミルは、才人に関心したような言葉を掛ける。が、やはりどこまでも恍けた様子で在る。
「まあ、何つうか有名ですから……で、“ヴァリヤーグ”とやらの恐ろしい技術って、何ですか?」
そう尋ねる才人に、ブリミルは演技ではあるが迫真とでもいえるほどの怪訝な表情を浮かべてみせる。
「ホントのホントに“ヴァリヤーグ”を知らないのかい?」
「はい」
「羨ましいな。この“世界の”どこかに、彼等の脅威に怯えずに暮らしている人々がいるなんて! 成る程……だから君の主人は君に口止めしているんだな?」
納得したといったように、ブリミルは何度も首肯く。事実、ブリミルは恍けてはいるところが多いが、“ヴァリヤーグ”羨ましいと想っていることは本心だろう。
才人は、もう訳が理解らずにキョトンとするばかりである。
「そんなに恐ろしいなんて……どんな技術なんだろう?」
ブリミルは、哀しそうに首を振った。
「多分、直ぐに判るよ」
重い沈黙が流れた。
耐え切れなくなった才人は、テントの中を見回した。別に、目を引くようなモノはこれといってない。
だが、入り口から子供が顔を覗かせて来ている。10歳くらいの、可愛らしい顔付きの女の子で在る。作務衣のような衣装に身を包み、腰にカラフルな紐を巻いている。
「大丈夫だよノルン。こっちにおいで」
ノルンと呼ばれた女の子は、手に土釜を持ったまま、チョコチョコと歩いて来て、テントの奥に設えられた釜戸の上にその土釜を置いた。
「ああ、“ペストーレ”を持って来てくれたんだね。有難う」
その料理は、“ペストーレ”という名前らしい。
次に、その少女――ノルンは、懐から“杖”を取り出すと“呪文”を唱えた。
「わ、小さいのに“魔法”が使えるなんて凄いな。皆“貴族”なのか?」
「きぞく? 良く理解らないけど、僕達は“マギ族”だ。“魔法”が使えるのは当然じゃないか」
と、過去であるということを未だ完全に理解し切れていない才人の質問に、ブリミルは笑いながら答えた。
ブリミルの言葉から、この村の住人全員が“魔法”を使うことができるということが判る。
才人が、(というと、この村の住人全体が“メイジ”ってことか? そりゃ、“貴族”もビックリだわ~~~)と感心していると、扉を破るように若い男が飛び込んで来た。
「族長! 大変です!」
ガタン、とブリミルは立ち上がった。
ノルンが、恐怖の色を浮かべてそのローブの裾に齧り付く。
「来たか。早いな。もうこの場所が判ったのか」
そして、ノルンを置いて若い男とブリミルはテントの外に飛び出して行った。
「何だ何だ?」
と才人が驚いていると、サーシャが説明した。
「来たのよ。“ヴァリヤーグ”が」
サーシャは、テントに立て掛けられてあった槍を手に取ると、才人に放った。次いで、別の槍を俺へと放ろうとするのだが。
「俺に、武器は必要ない」
「そう」
サーシャはそう返事を寄越して、槍を元の場所に戻す。
「な、どういうこと?」
「話は後。兎に角、これを持って着いて来て」
と、戸惑う才人を連れてサーシャはテントの外に出た。
俺もその後に続く。
才人は、(彼等が恐れる“ヴァリヤーグ”とは何者なんだろう? 住人全体が“メイジ”なのに、恐れる敵って……?と
考えながら、訳も理解らぬままといった風に、槍を握って才人は外へと飛び出した。
村は大混乱であった。
村の真ん中辺りに、若い男達が“杖”を握り、ブリミルを中心にして集まっている。
サーシャと並んで才人が、そしてその横に俺が並び向かう。
ブリミルは、彼等に指示を飛ばしているところである。
「ラグナル、君は村の西側を守ってくれ。シグルズール、君の組は北側で援護を頼む。ブリミル組、準備は良いか?」
10人程の若い男達が腕を振り上げて、応える。
「良し。僕達は敵の正面へと突っ込んで時間を稼ぐ。サーシャ、行くぞ」
ブリミルは、丘の向こうへと駆け出した、才人と俺は、サーシャと並んでその後を追い掛ける。
200メートルも走ると、丘を超えた。
眼下に広がる光景を見て……才人は、うう、と息を呑んだ。
正に大軍としか形容のできないであろう光景が眼前に広がっているのである。どれほどの大軍であるのか、パット見では見当も着けないであろうほどである。前方、400メートルほどに、生前とした箱型の陣形を組んだ軍勢が、幾つも 並んでいるのである。先頭に居るのは、恐ろしいと想わせる角の付いている兜と胸鎧を身に着けている騎馬隊である。その後ろには、歩兵の隊列。4メートルほどもあるであろう長い槍を構え、まるで兵隊人形の様に微動だにせずに立っている。
「……あれが、“ヴァリヤーグ”?」
才人は、眼下の軍勢を前に圧倒され、小さく呟いた。
その数は、何千~何万、それ以上ということができるであろうほどの数の軍勢が、眼下には展開している。
それに引き換え、此方の戦力は数十人の“
才人は、(あの恐ろしい形をした兜や鎧の中身は、一体何々だろう?)と考え、“ヴァリヤーグ”という名前から“オーク鬼”などの“亜人”を想像した。そして、(以前俺達はあんな軍勢を止めたことがあったけど……今度の相手は行軍中じゃなくて、整然と戦うための陣形を組んでいる。戦う準備ができている相手は隙がない。あの時みたいに真正面から掛かっても、蟻のように踏み潰されるだけだろうな)とも想った。
先頭の騎馬に跨った将軍であろう人物が、ゆっくりと右腕を上に掲げ、下ろした。
軍勢がゆっくりと歩き出す。10歩歩くごとに立ち止まり、獣の吼え声のような鬨の声を上げる。
「……あれが敵っすか?」
才人が尋ねると、サーシャは首肯いた。
「そうよ。全く……何で関係のない私があんなのと……」
そう呟きながらも、サーシャは槍を握り締め、敵の軍勢を見据えた。
「完全武装の軍団じゃないっすか……どーすんすか? 一体」
才人が呆然と眼の前の光景を眺めている。
サーシャと才人の後ろにいるブリミルへと、俺は振り向く。
「君は、どうする? 助けてくれるかい?」
「ふむ。俺が加勢すると、一瞬で方が着くではないか……それに、観えているだろう?」
「まあね。にしても、“虚無”か……“根源”と呼ばれるだろうそれと繋がっている僕が扱うには持って来いの名前だね、ホント」
そう言って、ブリミルは“詠唱”を始めた。
才人とサーシャの背後から、ブリミルの“詠唱”が響く。
「“エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ”」
何度も聞いたであろう、“虚無”の“詠唱”である。
眼の前の軍勢が、徐々に距離を詰めて来る。
「“オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド”」
ルイズの“エクスプロージョン”……いや、此方が本家本元オリジナルの“エクスプロージョン”である。
“ヴァリヤーグ”の軍勢は距離300メートルまで達すると、一斉に長弓で矢を放って来た。空が、一瞬曇ったと思わせるほどの矢嵐である。何百本もの矢が、頂点に達した後重力に引かれて弧を描くようにして此方へと目掛けて落ちて来る。
ブリミルの側に控えた“
向かって来た何千もの矢は、その“風魔法”によって逸らされ、次々と俺達の周りに突き立つ。
「“ベオーズス・ユル・スヴェエル・カノ・オシェラ”」
10秒後、再び矢嵐が飛んで来た。
先程と同じく“風魔法”で逸れらされ、俺達の周りは突き立った矢で、まるで稲穂生い茂る田畑のように一種異様に彩られる。
ブリミルの“詠唱”で、才人の中から恐怖が逃げて行く。代わりに、満ちて行くのは勇気である。
敵軍勢との距離は100メートル先にまで達した。
騎乗した将軍であろう人物が再び腕を持ち上げ、振り下ろす。
先鋭に並んだ、槍を構えた重装歩兵達が、鬨の声と共に整然とした足並みで突撃して来る。重たそうな鎧を着たまま駆けて来ることができるということに、才人は驚愕し、(人間ではない。一体、あの中身はどんな化け物なんだ?)と考えた。
地を揺るがすほどの数、数千~数万もの雄叫び。
サーシャが才人の方を向いて、顎をしゃくった。
一糸乱れぬ動きで突撃して来る軍勢を眼の前にして、これほどの雄叫びを聞けば力を持たぬ者で在れば腰を抜かしてしまうであろう。
だが、背後に主人の“詠唱”を聞く“ガンダールヴ”は恐怖とは無縁であるといえる。
“ガンダールヴ”は、主人の“詠唱”の時間を稼ぐために特化した存在――“神の盾”であるのだから。
1,000人の軍勢に匹敵する、“武器のエキスパート”。
その本来の姿に、才人は今立逢っているのである。
才人の中で、勇気が満ちる。
“武器”を構えたまま、サーシャと才人は突進した
長槍を構えた軽歩兵達は、一斉に槍を振り下ろす。だが、サーシャと才人は、構えた槍でもって、叩き付けられた何十本もの槍を見事に受け止める。
2人はそのままそれ等を弾き飛ばし、槍を振り回しながら軍勢の真ん中へと突っ込んで行く。
「このッ!」
サーシャと才人は槍を風車のように回転させた。“ガンダールヴ”の力でもって、重装歩兵達はまるで藁人形のように吹き飛んで行く。
1人の兜が外れ、才人は敵の正体を知り、愕然とした。
「……人間?」
“オーク鬼”でも他“亜人”でもなく、そこにいるのは紛れもないヒトである。これだけ重そうな鎧を着たまま走ったり、整然と行軍することができることから、相当な訓練を積んだであろうことが想像できる。
“ヴァリヤーグ”。
“スラヴ”語ではヴァリャーグであり、“ヴァイキング”であるという説がある。
詰まるところ、彼等はこの“地球”の“紀元前”4千年紀に於いて、既に馬を家畜化し、剣や槍や鎧などを始めとした武具の製鉄技術を確固としたモノにした、“ヴァイキング”達の祖先であるのだ。
才人はそれに対しての知識は当然なく、相手がヒトであるということに驚きを隠せずにいた。が、当然驚いて動きを止めている暇などはなく、恐るべき手練だといえる戦士達は、才人達を押し包もうとして次から次へと槍を繰り出して来る。
サーシャと才人は背をくっ着け、御互いの背後を守りながら槍を振るった。早く、早く、ブリミルが“呪文”を完成させることを祈り乍ら。
「“魔法”はまだかッ!? 早くッ! もう保たねえ!」
1秒が、1分にも感じることができるであろうほどの密度の濃さに、才人が咽返りながら槍を振り回していると……。
「“ジェラ・イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル”……」
“虚無呪文”が完成した。
ブリミルは、軍勢の真ん中目掛けて“杖”を振り下ろした。
才人とサーシャの眼の前で、真っ白な光球が膨れ上がり……巨大な爆発が巻き起こる。爆発は軍勢を呑み込み、辺りに破壊と混沌を撒き散らした。
「――ふごぉッ!?」
絶叫と共に、才人は爆発とその余波に吹き飛ばされてしまう。まるで津波に巻き込まれた時のように才人は揉み苦茶になった。
「あだッ!?」
地面に叩き付けられてしまい、一瞬、才人の気が遠くなる。咄嗟に受け身を取ったおかげろう、何とか重傷を免れることはできたが、痺れるような痛みが才人の身体を包んでいた。
才人の腕が不意に掴まれ、見上げると泥だらけのサーシャがいた。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫じゃない……と言うか俺達まで巻き込むなんて……ルイズより非道えや」
「ま、仕方ないわよえね。ああするのが1番効果的だし……」
怒るでもなく、サーシャは言った。
「ほら見て」
才人はサーシャに促され見遣ると、そこは地獄絵図とでもいえる惨状であった。
巨大な爆発によって、前衛の重装歩兵はそのほとんどが吹き飛ばされ、地面に横たわり呻きを上げている。良く訓練されているとはいえ、所詮は生身のヒトであるのだ。
残りの軍勢は、這々の体で後退して行く。
「大丈夫か!? すまない! 本当にすまない! 君の主人に何と言って詫びれば良いのやら!」
そう叫びながら、ブリミルが才人へと駆け寄る。
俺もまた、ブリミルの後に続き、才人とサーシャの元へ向かう。
才人は、サーシャに肩を貸して貰らい、何とか立ち上がる。
「ま、生きてるから良いんですけど……」
「そうか……いずれ君の主人に挨拶させてくれ給え」
「無理だから良いです」
「そうか……ま、上手く噛み合えばできるかもしれないな……すまん、兎に角礼は後で。良し、そろそろ村でも準備ができただろう。敵が再び態勢を整えないうちに撤退だ」
ブリミルは駆け出した。
俺達もその背を追った。
「助かったわ。貴男達がいなかったら、“呪文”は完成しなかったかもしれない」
いざ戦いになると、「嫌々」言いながらも主人の意に沿うのは、“ガンダールヴ”の宿命であろうことが理解る。
そんな事を考えながら、才人は掛けるブリミルの背に尋ねた。
「ブリミルさん」
「何だい?」
「何であんな恐ろしい連中と戦っているんですか?」
「理解り合えないからだ」
「そっすか……」
独り言のように、ブリミルは呟いた。
「人は、自らの拠り所のために戦う。だが、拠り所たる我が氏族は小さく、奴等に比する力を持たない。でも……神は、我々を御見捨てにならなかった。何の悪戯か、僕にこの不思議で強力な力を授けてくださった」
力強く、ブリミルは言い放った。
「僕達は勝つよ。いつかきっと勝つ」
才人は、(彼が正真正銘のブリミルだとしたら……この先……理由は判らないけど“エルフ”と争うことになるんだよな。そして彼は、その途中で死に至る……)と考え、そしてそのことが、そんな彼が“エルフ”を“使い魔”にしているということを、とても皮肉なことであると想った。が、当然ブリミルにそのことを言わない。
才人は、遠い遠い、果てしなく遠いルイズ達の御先祖様達の背を見詰めた。
村に戻ると、すっかりテントは片付けられ、出発の準備が整っていた。
10分にも満たない時間でこれだけ手際良く撤収準備ができることから、これが彼等彼女等の日常であるということを理解させた。
ブリミルは再び“呪文”を唱えた。
眼の前に大きな“ゲート”が開かれる。
才人は、(あれだけ巨大な“エクスプロージョン”を撃った後なのに、こんなに大きな“ゲート”を開いて退けるなんて、流石は“始祖”と呼ばれるだろう男だ。その“精神力”は、想像も着かないや……いや、サーシャさんと出逢った時のことを鑑みるに、“異世界”へと開く訳ではないだろけど。となると、それほど“精神力”は必要じゃないのかもしれないな。彼が自在に、“異世界”へと、このような“ゲート”を開けるようになるには、もう少し時間が必要なのかな?)と考えた。
「女子供が先だ。早く潜って」
女性や子供達が中へと吸い込まれて行くかのように潜って行く。
この“ゲート”は、別の場所へと開いているのである。敵に見付からないであろう、“この世界”のどこか……。
彼等は、このようにして何度も敵の襲撃を躱しながら逃亡し続けているのである。
“ハルケギニア”という土地で、“貴族”と呼ばれるようになるには、もうしばしの時間や歴史が必要であろう。
「さて、才人。ここで、御前が感じているだろう疑問に対する答え合わせと行こうか」
「何だよ? 藪から棒に」
「先ず、ここは6,000年前の“地球”、所謂、そうだな……“日本”では“縄文時代”だろう。そして、彼が“始祖ブリミル”、そして彼女が初代“ガンダールヴ”だ」
「あ、ああ……」
「にしても驚きだ。“レイシフト”じみたことをやって退けたのだからな」
「“レイシフト”?」
「“擬似霊子転移”。“疑似霊子変換投射”とも言うかな。“人間を擬似霊子化――魂のデータ化させて異なる時間軸や異なる位相送り込み、これを証明する空間航法”なんだが、タイムトラベルと“並行世界”への移動をのミックスさせたようなモノだと解釈して良いだろうな。しかも、“西暦選り過去へのレイシフトはあまりにも成功率が低く、紀元前へのレイシフト証明は膨大な時間が掛かる”。“意味消失”をしないようにするのも意外と大変なんだぞ?」
「“意味消失”?」
「“本来の数値とは異なるイフの存在へとブレてしまう現象”だ。ここには本来、御前はいないからな……」
「ならどうして?」
「言ったろ? “レイシフト”、そして“意味消失”させないようにしていると」
「だから、どうして俺はその“意味消失”を起こしていにあんだ?」
「現代、いやさ、ここからすると6,000年後だが、“ライダー”が御前の傍に控えていてな……そして、この時代からは俺が御前を観測していることで免れている、ということだ」
「は?」
「俺は御前の知る俺ではなく、御前の知る俺でもある。詰まりだな、“同一存在”だが、同一人物ではないといったところか……この時代に、自力で“顕現”した“マスター”不在の逸れ“サーヴァント”ってこと」
「“マスター”なしって……一体、どのようにして?」
「“単独顕現”って言う“スキル”があってだな……これは、“どの時空にも存在し、即死攻撃や時間旅行などを用いたタイムパラドクスを利用した干渉を防ぐ”ことができる。詰まり、“世界――星の抑止からの強制力、を緩和、世界に存在するための要石であるマスターなしでの現界と存続を可能にする”んだ。本来であれば、この“スキル”は、おっと?」
男達が中へと消え、サーシャと才人と俺の番になった。
「さあ、次は君達だ。潜り給え」
才人は、俺の言葉を完全に理解する暇もなく、理解することもできず、眼の前で光る“ゲート”を見詰め、歩み出した。
それから才人は、(この先は若しかしたら、後世、“聖地”と呼ぶばれることになる土地かもしれない)と、懐かしさと不安が入り混じった奇妙な気分で、その光る“ゲート”を潜った。