門が開かれ、巫女服に身を包んだルイズが現れた時、“聖ルティア聖堂”の前に集った観衆達は、熱狂的な歓声を上げた。
「“聖女”! “聖女”! “聖女”ルイズ!」
隣に立った教皇ヴィットーリオが、先程と同じ口上を伝えた。
「繰り返し申し上げます。私は“即位3周年記念式典”のこの良き日に、悲しい御知らせをせねばなりません。異端の教えに被れた隣国“ガリア”の軍勢が、本日午前、大挙して我が聖なる祖国、“ロマリア連合皇国”に攻めて来たのです」
観衆から、“ガリア”に対する激しい罵声が飛ぶ。
“ガリア”から来た参拝客達は、街の隅で固まって震えざるをえないでいる。この日、1番不幸だといえるのは彼等であろう。彼等にとっても、まさに寝耳に水の事態であるためだ。
「だが、敬虔なる“ブリミル教徒”におかれては、心配することは何1つありません。神と“始祖”は、この災厄の日のために“聖女”を遣わされました。それが彼女……私の巫女を務めていた、ミス・ヴァリエールです」
「“聖女”! “聖女”ルイズ!」
再び歓声が飛んだ。
ルイズは誇らしげな顔で一礼する。
その隣には、蒼白な表情のアンリエッタ。
更にその隣に、とんでもないことになってしまったと震えるティファニア。
そのまた隣に、目を閉じ静かに事の成りを見届ける覚悟と、彼女自身にとって大切な者への助力を決めたシオンがいる。
「私は彼女に称号を与え、もって護国の“聖人”の列に彼女を叙することを宣言します。この“聖女”が降臨された土地に因み、彼女をこう名付けます」
一旦区切り、ヴィットーリオは言葉を続けた。
「“アクイレイアの聖女”と」
ルイズは教皇の前に跪くと、頭を垂れた。
教皇ヴィットーリオは、ルイズに祝福を与える。
観衆達の熱狂は頂点に達したといっても良いだろう。
「彼女がいる限り、神の国“ロマリア”は、この“水の都アクイレイア”は永久に不滅です。前線へと赴く彼女に祝福を! 神よ、“アクイレイアの聖女”に恩寵を与え給え!」
「“アクイレイアの聖女”に恩寵を与え給え!」
ルイズは立ち上がり、誇らしげに手を振った。
観衆の声援に包まれていることで、心の中から沸々と勇気が湧き上がって来ることをルイズは感じ取った。それから、(私に与えられた神の力……“虚無”。この力が、自分をここまで運んで来てくれた。何を唱えても“爆発”するだけだった私の“魔法”は、いつも身から離さず携えてる“始祖の祈祷書”によって覚醒めた。この“魔法”は、何度も私と祖国の危機から守って来てくれた。何度も、何度も……)と考えた。
その時……わずかではあるが、ルイズの心が震えた。ピクリと、小さなモノであったのだが、ルイズはそれに対して、(私と祖国を守って来たのは……私の“魔法”だけだったかしら?)と妙な違和感を確かに覚えた。
その疑問は妙に心地好く滑り込み、ルイズの心を揺さぶった。
次いでルイズは、(私、何を考えているのかしら? そんなの、当たり前じゃない)と心を落ち着かせるために、1つ1つの出来事を丁寧に想い出し始めた。
“ゴーレム”に踏み潰されそうになった時。
“アルビオン”でワルドに裏切られた時。
“タルブ”の上空で、“アルビオン”艦隊を吹き飛ばした時。
そして、“アルビオン”撤退戦の折、殿を命じられた時……。
いずれの、ルイズの記憶にも、他の影は無いといえるだろう。
ルイズは、この力で、全てを解決して来たのである。そのこと自体には、何ら間違いはないといえるだろう。
目を瞑ることで、危機に陥った時に炸裂した“魔法”の光が……聖なるということができる“虚無”が、ルイズの瞼の裏に浮かび上がるのだから。
だが、そう想う時、ルイズの胸のどこかが激しく痛むのであった。何やら行き場のない気持ちがあって、それが行き先を求めて暴れているようでもあるといえるのだ。
ルイズは胸を押さえた。
心配そうに、ティファニアが顔を覗き込む。
「……大丈夫?」
「平気よ。ちょっと胸が苦しくなっただけ。緊張してるんだわ」
丁度ヴィットーリオが“聖戦”の発動を観衆に伝えたところであった。
歓声が一際大きく響く。
だが……その歓声が、ルイズの胸に届くことはにあ。
皆に期待される。
ルイズは、そのことのみを考えてここまでやって来たといえるだろう。が、何故か、ルイズの心は震えないのである。あるのは、空虚な何か、である。
どこまでも深い、吸い込まれそうな心の暗部にルイズは気付き、胸を押さえた。
「ルイズ。ホントに……?」
「大丈夫。ホントに大丈夫。ただ、ちょっと横にならせて。ええ。ほんの10分で良いから……」
奥の控室で、ルイズはベッドに横たえた。
側にはアンリエッタがいて、その手をギュッと握り締めている。
「申し訳ありません。直ぐに出陣せねばいけないというのに……」
「怖いのねルイズ。良いわ、仕方のないことよ。私が貴女に着けられた兵を率いて、前線に赴きます。貴女は此処で休んでいて頂戴」
「いえ、それには及びません。ただちょっと……何だか心に穴が空いているように感じるだけなのです」
「心に穴?」
「はい。これは何なのでしょうか? 今まで、1度もこんな感情を持ったことなどないのに……」
アンリエッタは、直ぐにその正体に気付いた。かつて恋人を失ったアンリエッタは、その気持ちの理由などが手に取るように理解ったのである。
「それはきっと……“愛”よ。貴女の愛が……行き先を失くした“愛”が、貴女を苦しめているの」
「“愛”? 御冗談を! 私はかつて誰も愛したことなどありません」
「そうね。今の貴女はそうかもしれない。でも以前、その気持ちには向かう先があったのよ。貴女は必死になって否定していたけれど……あったのですよ」
アンリエッタは悲しくなった。
確かに、ティファニアの“虚無”は、才人に関する記憶、をルイズの脳裏から消し去り、奥へと追いやったのであろう。
だが……彼に対する気持ちだけは残ったのである。
宛先のない手紙のようなその気持ちが、ルイズの心の中で暴れているのである。
「そんな……私に、愛、があるとすれば、それは“ハルケギニア”全てに対する博愛と呼ぶべきモノです。姫様、褒めてくださいませ。この私が“聖人”の列に叙されたのです。“ゼロのルイズ”と馬鹿にされ続けたこの私が……“アクイレイアの聖女”。これほど誇らしい肩書があるでしょうか?」
そう言いながらも、ルイズはどこか苦しそうな様子を見せる。
“聖人”の列よりも、素晴らしいモノがこの世にはある。
アンリエッタは、そうルイズに言ってやりたかった。それから、(でも……それをルイズに言って何になるの? もう、ルイズの“愛”には向かう先がない。“聖女”にでも、なるしかないじゃないの)と考えた。
「“聖女”殿! 準備が整いました! 御出陣の用意を!」
騎士の1人が、ルイズを呼ぶ。
ルイズは、胸を押さえながら立ち上がった。
「父様も、母様も、姉様達も、このことを聞いたら皆私を褒めてくださいますわ。私、それが誇らしいのです」
ルイズはニッコリと笑うと、聖堂の外へと出て行った。
後に残されたアンリエッタは、隣で泣きじゃくるティファニアに気付いた。
アンリエッタは、ティファニアに近付くと、その手を握った。
「……私、とんでもないことをしてしまいました。苦しむのなら、と行ったことが、更なる苦しみを与えてしまうなんて……」
「貴女はまだ、誰も愛したことがないのね? 私達の従姉妹」
「はい」
ティファニアは、首肯いた。
「なら、誰も貴女を責めることはできませぬ」
アンリエッタは、控室から聖堂の中を覗いた。
“聖戦”が発動されたこともあって、神官を先頭にして信者達が始祖像に向かって熱心に御祈りを捧げている様子が見える。
アンリエッタは、聖堂の中を覗きながら(自分もああして1日中祈りを捧げていたことがあった。でももう、祈りを捧げる気持ちにはなれないわね)と想い、止めることができなかった戦を終わらせるために、なすべきことを考えた。
「“虎街道に潜む敵部隊を殲滅せよ”かぁ……簡単に言ってくれるね。どうも」
そう、切ない声で呟いたのはマリコルヌである。
隣では、ギーシュが馬に跨ったまま腕組をして考え込んでいる。
その後ろには、浮かない顔でぞろぞろと着いて来る少年騎士達の姿……。
照り付ける明るい太陽と、その表情とが上手くマッチしていない。
本日……彼等“水精霊騎士隊”が聖堂の警備任務に務いていると、とうとうその報告がやって来たのである。
“ガリア”反乱軍の侵攻。
だが、反乱軍とは名ばかりで、実はジョゼフの意を受けた強力な軍勢であるということは明白であった。
街道上空では“ガリア両用艦隊”と、“ロマリア”艦隊が睨み合いを続けている。
“ロマリア”艦隊は劣勢だということもあって、仕掛けることができない。
対して“ガリア”側は優勢である。がしかし、攻撃を仕掛けていない様子である。
そんな状況を説明された後、“アクイレイア”に駐屯している在りと汎ゆる部隊に出撃命令が下ったのであった。
そして、ギーシュ達には特別な命令が与えられた。
――“アクイレイアの聖女事、ミス・ヴァリエールの詠唱を援護せよ”。
ルイズの“系統魔法”が、“虚無”であるということを、既に少年騎士達は知っている。
いつしか、“ゼロのルイズ”は、女王陛下のルイズに変わり、今や教皇御自ら“アクイレイアの聖女”呼ばわりである。何とも大した出世であるといえるだろう。
露払いを務める憂鬱な顔付きの“水精霊騎士隊”とは裏腹に、ルイズは意気揚々とした様子を見せている。
ルイズのその様子は、無理矢理自分を奮い立たせているようにも見えるだろう。
その後ろには“聖堂騎士隊”を2つも従えている。1つはカルロ率いる“アリエステ修道会”付きの“聖堂騎士”。更にその後ろには、民兵の連隊がくっ着いている。
そして、“水精霊騎士隊”の隣に、シオンと俺との2人だ。
これ等全てが、ルイズの護衛であるといえる。
どうやら、 “アクイレイアの聖女”であるルイズは、今回の戦の、旗であり、主力であるのだ。
ルイズは顔を輝かせ。今回の戦いが如何に有意義なモノであるかを捲し立てる。
「何とも名誉なことだわ。あんた達もそう想うでしょ?」
マリコルヌが相槌を打った。
「名誉。名誉。嗚呼、名誉なことだね。何せ、“聖戦”まで発動されたしね」
「そうよ! 嗚呼、何て素晴らしいのかしら! 私達、聖なる国の、聖なる代表なのよ。驕り高ぶる異端共や“エルフ”に、想い知らさせて上げようじゃない!」
「随分と暢気だな」
「何よ? 浮か無い顔ね」
「今時、“聖戦”が発動されて喜ぶのは、神官共に“聖騎士”くらいなもんさ。君、“聖戦”がどんなものが知っているのかい? 何、神と“始祖ブリミル”のためと言えば聞こえは好いが、“聖地”を取り返すまで終わらない、恐ろしい戦なんだぜ? 全く、一銭にもなりゃしないよ! 僕等の御先祖が、どんだけ“聖戦”で命や有り金を擦ったか教えてやろうか?」
ギーシュも大きく首肯いた。
「神と“始祖ブリミル”が恩寵たれたもう“ハルケギニア”のために命を張るのはやぶさかじゃないが……モノには限度ってもんがある。“エルフ”を相手にするのは覚悟してたが、まさか“聖戦”とはね」
「何よ何よ!? 怖じ気付いたの? あんた達、それでも“トリステイン貴族”なの!? ここで手柄を上げて、女王陛下と教皇聖下の御覚えを目出度くしようとか想わないの?」
「全滅したら、誰が僕達の名誉を保障してくれるんだい?」
すると、スッと後列からカルロが進み出て、ルイズとギーシュ達の間に割って入る。
「神が保障してくださる。神は全ての行いを見ておられるのだよ。“聖戦”で死ねば、その魂は“
“水精霊騎士隊”の少年達は、澄ました神官戦士の声に呆れた様子を見せる。真顔で、“ヴァルハラ”、などと言われたのだから、どうにも居心地の悪い何かを感じたのである。
「カルロ殿の仰る通りだわ。私達は、ここで死すとも護国の神となりて、天上から聖なる戦を見守るのよ。いつしか、“聖地”を取り返す日のために……」
「素晴らしい説教です。“聖女”殿」
ルイズは眼をキラキラさせ乍ら、夢見るような口調で言った。
「私……とても誇らしいわ。“魔法”の才能がないって言われて、いつも“ゼロ”、“ゼロ”、と馬鹿にされてた……そんな私が、今こうして、神と“始祖”と“ハルケギニア”のための戦いの先頭に立っている。こんな名誉ってないわ。これほど誇らしい日はなかったわ。今日、ここで死すとも、私の魂は永久に生きるでしょう」
「貴女は“アクイレイア”……いや、“ハルケギニア”の“聖女”ですよ。御安心ください。貴女の“詠唱”の時間は、我々が稼ぎます。何、一命に代えても」
2人のそんな遣り取りを、“水精霊騎士隊”の少年達は、冷ややかに見詰める。
「で、そんな偉大な“聖女”殿の御出陣なのに、教皇聖下は“アクイレイア”でノンビリと御観戦かい? こないだは先頭に立って敵を粉砕するとか何とか騒いでおられなかったか?」
黙って話を聞いていたギムリがそう言うと、カルロとルイズに“杖”を突き付けられる。
「不敬だぞ!」
「不敬よ!」
「貴方達、“杖”を向ける先を間違っているわよ」
「そ、そうね……ごめんなさい、シオン。貴女の言う通りだわ」
「御免……いや、すいません。ちょっと気になったもんで」
「聖下がその御身を危険に晒される訳ないじゃない! 聖下さえ御健在成ら、“ハルケギニア”は何度でも蘇る! そう、例え“エルフ”に焼き尽くされてもね」
ルイズは拳を握り締めると、“聖具”の形に印を切った。
そんな様子を見詰め、「“聖女”より、“ゼロのルイズ”の方がなんぼかマシだったね」、とマリコルヌが切ない声で言った。
「サイトが居無かったら、ルイズはこんな風になっちゃってたんだなあ」
ギーシュが、ウンザリとした調子で呟いた。
進軍を続けると、森の向こうに切り立った巨大な峡谷が見えて来た。
“火竜山脈”にパックリと開いた大きな切れ目……“虎街道”である。
その前には、幾重にも入り口を包囲した軍勢の姿が見える。急遽展開した“ロマリア”軍である。
それ等の様子から、敵はどうやら未だ峡谷の内部にいるらしいことが判る。
俺達の、もといルイズの隊列を認めたらしく、包囲線の中から1人の騎士が駆け寄って来る。
「指揮官は!? 指揮官はおられるかー!?」
巫女服を纏ったルイズが、スッと前に出て、澄ました顔で手を挙げる。
「おお! 貴女はもしや連絡のあった“聖女”殿! 御待ちしておりました!」
「戦況を説明してください」
「はい! 敵勢は“ゴーレム”らしき全長25“メイル”ほどの甲冑人形共です。100体程と見積もられます。また、他にも骨人形としか言いようのない妙なモノが数千~数万程……これがまた、どうにもならないほど強力でして……先行した“ティボーリ混成連隊”は全滅。文字通りの全滅です! 今現在、詳しい様子を窺うために、斥候隊を出しておりますが……」
次の瞬間、“虎街道”の入り口から煙が凄まじい速さで濛々と溢れ出し、次いで榴弾が続け様に爆発する音が響く。
入り口を切ない顔で見詰めた後、騎士が「全滅のようです」と呟いた。
「後は私達に御任せ下さい」
ルイズはそう言うと、手を挙げて進軍を開始させる。
口々に居並んだ“ロマリア”軍の将兵達が、ルイズに歓声を上げる。
「“アクイレイアの聖女”殿! 万歳!」
「我等が巫女殿! 敵を吹っ飛ばしてやってくれ!」
包囲した軍勢が左右に分かれ、ルイズを始め俺達を入り口の手前まで通す。
パックリと開いた“虎街道”の入り口は、全てを呑み込む巨大な“竜”の顎を想起させる。切り立った崖から突き出ている岩は、全てを切り裂く牙のように想わせる。
立ち篭める煙の奥を見据え、ルイズは次々に指示を飛ばす。
「誰か、私の前まで敵を引っ張って来て頂戴。一撃で片を着けるわ」
カルロが首肯くと、ギーシュ達に顎をしゃくった。
「御指名だ。行き給え」
未だ爆発による煙と黒色火薬の臭いなどが漂う峡谷の奥を指指し、ギーシュが言った。
「僕達に、あそこに飛び込めって言うのかい?」
「当たり前だ。我々は“聖女”殿を守らねばならん。君達では不可能な任務だ。だから可能な仕事を与えてやろうと言うのだ。感謝し給え」
その物言で、流石に少年達をキレさせた。
ギムリが“杖”を引き抜くと、少年達は一斉に“杖”を抜いた。
「“貴族”に、“死ね”、と言う時には、それなりの作法が在るんだぜ? 糞坊主」
「仲間割れしている場合じゃないでしょう!」
ルイズが、先程のシオンと同じ言葉を叫んだ。
“杖”を突き付け合って睨み合う騎士隊を諌めたのはギーシュであった。
「諸君、“杖”を引っ込めようじゃないか。ルイズの言う通りだ。喧嘩している場合じゃない」
「理解ったら、早く行き給え」
苦々し気にそう言ったカルロに、ギーシュは向き直る。
「任務に赴く前に、正直なところを言ってもよろしいか?」
「聞いてやろう」
「ではハッキリと申し上げるが、僕は君達のやり方が気に入らない。そりゃ僕達は“ブリミル教徒”だ。“ハルケギニア”の“貴族”だ。教皇聖下が“聖戦”と仰るのなら、従うまでだ。でも、僕は多少、“アルビオン”で地獄を見て来た。威勢の良いことばかり言ってる連中は、僕も含めていざと言う時にはからっきしだった。だから、今一君達には着いて行けないのさ。何と言うかな、そういうのは芝居の中だけにしておいて欲しいんだよ」
カルロは顔を赤くしたが、何とか怒りを堪えた。
「結構!」
その様子に、シオンと俺は思わず苦笑を浮かべる。
「ギーシュ!」
ルイズが叫んだ。
「ルイズ。1つだけ約束してくれ」
「何よ?」
「死ぬなよ。危なくなったら、全てを放り出して逃げるんだ。サイトが言ってただろ? “神様や名誉のために死ぬのは馬鹿らしい”てっな。聞いた時には何て言い草だと想ったもんだが、今なら理解る。死んだら御奉公は無理だぜ。見っともなくても生き残る。それがホントの名誉だ。セイヴァーの言い分もあったし、今はそう想える。それに何より、君を死なせたらサイトに恨まれるからね」
「だからそのサイトって誰よ!?」
「シオン。ルイズのことを頼んだよ」
ギーシュの言葉に、シオンは強く首肯く。
それからギーシュは踵を返すと、腕を振り上げた。
「前進!」
少年達がゾロゾロと後に続く。
「さて、俺も行こうか。あいつ等だけだと心配だしな」
「御願いね。セイヴァー……“令呪”をもって命じます。セイヴァー、必ず、必ず、生きて、皆を連れて帰って来て」
シオンの手にあった“令呪”から1画が消え失せ、形を変えた。
「こんなことに“令呪”を使うのか……呆れたな。元よりそのつもりだったのだがな。ああ、1つ言い忘れていたんだが……“令呪”は漠然とした命令や長期間の命令に対してはあまり効果を発揮しない」
そう言って、俺は笑みを浮かべながら少年達の後を追い掛ける。
「やれやれ。神様のために死ぬってのは、今一どころか今三位ピンと来ないけど……友の恋人のためなら、命を賭けるのも仕方ない。参ったね」
マリコルヌが、つまらなさそうに呟いた。
「まあしょうがないよな。彼奴は何度も僕達を助けてくれたんだから」
ギムリが言った。
レイナールが、眼鏡を持ち上げながら呟いた。
「で、隊長殿。そんな恐ろしい敵を相手にして、僕達は任務を遂行できるのかい?」
ギーシュは真顔で言った。
「僕がいる」
今度は誰も逃げ出すことはなかった。
結局のところ、彼等は皆“貴族”なのである。
「良く言った」
「セイヴァー!? 君、何で?」
「何、“マスター”からの指示だ。御前達を全力でサポートしようか……さて、ここで御前等に1つ、俺の考えを言っておこうか」
「何だい?」
皆、行軍を続けながら耳を傾ける。
「“戦場で笑わぬ者は、”
「なら、どうすれば良いんだい?」
「何、実に簡単なことだ。“初歩的なことだ、友よ”。自分が如何に満足できるかどうかさ……全力を出し切れば良いだけの話ってことだ」
皆、首肯きながら敵へと向かって歩いた。
「――うわぁああああああ!?」
っと絶叫して、才人は起き上がった。
荒く息を吐き、才人は辺りを見回す。
「何じゃここは?」
其処は……板壁の薄暗い部屋であった。
才人はベッドに寝かされている。
“ヴァリヤーグ”達に襲われ、撤退というかたちでブリミルが出した“ゲート”を潜ったはずなのだが……。
才人は、一体全体何がどうなっているのか理解らないでいた。
「御目覚めかい?」
その声に才人が振り返ると、ジュリオが椅子に腰掛けてジッと才人の事を見詰めている。
「わ!? 何だよ御前!?」
それから才人は不思議そうに首を振る。
「む……だとすると、やっぱりさっきのは夢だったのか……?」
「夢?」
興味深そうに、ジュリオは才人を見詰めている。
「ああ。随分変な夢だぜ……笑うなよ?」
「笑わないよ」
「何と6,000年前にタイムスリップした夢なんだよ。ほら、御前等が神様と崇める“始祖ブリミル”と、何と初代“ガンダールヴ”が出て来やがったんだ」
「ふむふむ」
「ビックリすることに、初代“ガンダールヴ”は“エルフ”で女だったんだぜ? そいつ等と一緒に大軍と戦う夢だってんだから大笑いだよなあ」
するとジュリオは、ニッコリと微笑んだ。
「あはは、変な夢だね」
「だろ? 全く……でも夢にしちゃ相当生々しかったな……夢の中での“セイヴァー”は“実際にタイムスリップした”みたいなこと言ってたけど……いやはや、ホント戻れて良かったぜ。ところでここはどこなんだ?」
「“アクイレイア”の街だよ」
「それって、教皇聖下が創立3周年記念式典とやらを行っているという……」
「即位さ」
「どっちだって良いじゃねえか。でもまた、どうして寝かして連れて来たんだ? 逃げ出すとでも想ったのか?」
「いや、そうじゃない」
それから才人は、心配そうに顔を曇らせた。
「で、“ガリア”はどうした? あの“ミョズニトニルン”や他“サーヴァント”達は? やっぱり手を出して来やがったか?」
「ああ」
「そうだよな……まだだよな。そうだとしたら、俺と御前がこんな所で悠長にしていられる訳がねえもんな……って!? 何つったぁ?」
才人はベッドから跳ね起きると、ジュリオの胸倉を掴んだ。
「“ガリア”は“両用艦隊”に例の騎士人形などを満載させて、我が“ロマリア連合皇国”に攻め寄せて来た。今現在、国境では激しい戦闘が繰り広げられている」
「何だと? ルイズやギーシュは? シオンやティファニア、セイヴァーは?」
「彼等は既に投入された。丁度着いた頃じゃないかな」
「こ、こうしちゃいられねえじゃねえか!」
才人はドアに取り付いて、扉を開こうとした。
が……開け無い。
鍵が掛けられているのである。
「おいジュリオ! 開けろ!」
「まあ、そう焦るな。さて、目覚めたところで、僕達はルイズとの約束を守らなきゃいけない」
「何言ってんだよ!? そんなのは後だ。あいつ等が戦ってるんだろ!?」
「戦っている。でも、約束は約束だ」
「一体、どんな約束をしたって言うんだよ!?」
「こんな約束さ」
ジュリオは、立ち上がると鍵を外した。
「……ったく。開けるなら、サッサと開けろってんだ」
才人は、扉を開けた瞬間、息を呑んだ。
「…………」
そこは……次の間だった。
ここは、修道院の寄宿舎か何かであっただろう建物のようである。そこは居間で、古木瓜たテーブルと椅子が並んでいる。
だが、才人の目が釘付けになったのは、そのような家具などではない。
“
キラキラ光る、鏡のような形をした“
才人は何度か、この“魔法”の扉を見たことがある。
先程の夢、もしくは現実の中で。
そしてもう2度ほど……ルイズの“使い魔”になった時……。
「こ、これは……?」
「“
才人が横を向くと、教皇ヴィットーリオがにこやかな笑みを浮かべながら立っている。
「約束って……まさか!?」
「そうです。ミス・ヴァリエールに、貴男を御自分の“世界”に帰すよう、私は頼まれました」
才人は、(ルイズが頼んだ? どうして?)と疑問を抱くが、はた、(きっと……母からのメールを読んで泣いてる所を見られたんだ。だからルイズは、俺を故郷に帰そうとしたんだろうな)ということに気付いた。
才人は、胸が熱くなった。
あの最後の笑顔の意味を理解したので在る。
そんなルイズが、今戦って居る。
「帰れる訳無いじゃ成いですか! ルイズが戦って居るって云うのに!」
そう言いつつも、才人の目は“ゲート”の向こうに吸い込まれてしまう。開いたばかりなのだろう、徐々に“ゲート”は透き通り……向こうの景色が見え始める。
向こうの景色を見た時、才人の全身から力が抜けた。
「貴男に合わせた“
そんな……と、才人は気が抜けた声でどうにか呟いた。
そこは、才人にとって懐かしい、夢にまで見た自宅の前であったのだから。
膝を突いたまま才人はそれをジッと見詰めた。
ブロック塀に囲まれた先にはコンクリートの小さい叩き。その上に置かれた鉢植え。合板の安っぽい扉に付いた、何度となく握ったステンレス製のドアノブ……。
日本にいれば、何てことのないといえるだろう風景である。
だが、今の才人にとってはどのような芸術的建築物より、素晴らしいモノに見えた。想わず、才人は足を一歩踏み出してしまう。
だが、才人はその足を止めた。
「……帰れないよ。だって、だってルイズが……皆が戦ってるんだ。どうして俺だけ帰ることができるんだよ!?」
「それを選ぶのは君次第です。だが、選ぶなら早くしてください。私の“精神力”には限りがある。この扉を開いていられるのは、後十数秒ほどです。そして、再び人が潜れるほどの“ゲート”を開ける“精神力”はありません。これが最後です」
才人は突然迫られた決断に、胸が震えていることを自覚した。
この扉を潜れば、あの懐かしい“日本”に帰ることができるのだから。だが、それは同時に、ルイズや仲間達との永久の別れを意味しているともいえるだろう。
ルイズや皆のことを、才人は好いている。
だが、間近で見る自宅は、抗い難い魅力を放っているのもまた事実である。
そこで、ブリミルの「人は、其の拠り所のために戦う」という言葉が、不意に才人の胸を過った。
眼の前の玄関が、様々な想い出を才人の中に蘇らせて来る。
待ち合わせて一緒に学校に行った近所に住む幼馴染。放課後、遊びに来た友達。学校に遅刻しそうになって飛び出たこと。小さい頃に行った自転車の練習。塀を使ったキャッチボール。
そんなつまらないといえるだろうことが、鮮明に才人の胸中に蘇る。
そう、そこが才人の生活の場所であったのだ。
「俺の拠り所……」
そう呟いた瞬間、才人の左目に突然光景が雪崩れ込んで来る。
それは……ルイズの視界である。
主人に危険が及ぶと発揮される“使い魔”の能力が発現したのである。
視界の中、巨大な峡谷が見える。
そして、居並ぶ軍勢。
突然、峡谷の中から巨大な煙が巻き起こる。
その視界にギーシュ達“水精霊騎士隊”の姿も映る。一様に緊張した表情。
視界を共有しているルイズは歩き出した。
恐ろしい煙が吹き出す峡谷へと……。
戦いが始まろうとしている。
その様子を見て、再び才人の足が止まった。
「……帰えれる訳ねえだろ」
だが、“運命”は残酷であった。
首を振る才人の眼の前で、“ゲート”の向こうに見える玄関のドアが開いたのである。
時間が止まったかのように、才人には感じられた。
そこに現れた人物を見て、才人の目から、極々自然に涙が溢れ流れるのである。
「母さん」
“ゲート”の向こうにいる才人の母は、1年前と余り変わらないといえるだろう。いや……多少老けたと、才人に想わせた。才人の前では見せたことのない、疲れ切った顔をしているのだから。
才人の母は、眼の前でキラキラ光る“ゲート”に気付き目を丸くした、
「御安心を。向こうからは、こちらの様子は見えません。“ゲート”は一方通行ですから、潜ることもできません。ただ、光る鏡が浮かんでいるように見えるでしょうね」
左目に映るルイズの視界。
右目に映る懐かしい母の姿。
背後から、ジュリオの声が響く。
「左か? 右か? 選ぶんだ。兄弟」
才人は眼の前に手を伸ばした。
ここを潜れば、母に逢うことができるのだ。あれだけ心配を掛けることになってしまった、母に逢うことができる。
様々な想いが才人の胸を過った。
テストで良い点を取って褒められたこと。隣の家でガラスを割って怒られたこと。卵焼きの味。味噌汁の味。不味いと言って残した魚の煮付け……「勉強しなさい」と何度も言われたこと。当然、(煩せなあ)などとあの頃は心の中で 想っていた。
才人はユックリと、開いた掌を握り締めた。
眼の前で、ゲートが掻き消えて行く。
才人は1回だけ、目の下を擦った。
背後に立つジュリオは才人の背に突き付けていた拳銃を、ホッとした様に下ろす。
振り向いた才人、もう泣いていなかった。
「俺の“剣”と“槍”はどこだ?」
「良いのかい? もしかしたら、最後のチャンスだったかもしれないよ?」
「同じこと言わせるな。俺の“剣”と“槍”を持って来い。でもって、ルイズ達はどこにいる?」
「“アクイレイア”の北方10“リーグ”。“虎街道”の入り口だ。君の“槍”なら、30分ほどで着くと想うよ」
ジュリオのその言葉で、才人は怒りに顔を歪めた。
「全部御前等の掌の上なんだな。理解っててやりやがったな?」
そして……才人はジュリオが握っている拳銃に気付いた。
ジュリオは、悪怯れた様子もなく言い放つ。
「勘違いするなよ。僕達が必要とするのは、君の左手に刻まれた文字であって、決して君じゃないということを」
才人は、もし“ゲート”を潜ろうとすれば後ろから撃たれていたであろうことに、気付いた。
「御前……」
珍しく、ジュリオの顔から人を小馬鹿にするような色が消える。
「御目出度い奴だな。“異世界”だって? そこに戻れば“ルーン”が消える? 生憎と、そこまで僕達の、絆は、便利に出来ちゃいない。“使い魔”でなくなるルールは1つだけ。死、だけだ。そうとも。僕達は必死なんだ。そのためには、何だってやってやる。忘れるな。“虚無の使い魔”の拠り所は、絶対に“主人”じゃなきゃいけないんだ。覚えておけ兄弟、僕達の、拠り所、はここじゃなきゃいけないんだ。そうじゃなかったら、絶対に“聖地”は奪回できない」
才人は拳を握り締めた。怒りで肩が震える。
「覚えとけ。後で絶対打ん殴る」
ジュリオは笑みを浮かべた。
才人はその顔に、遠慮のない一撃を叩き込む。
ジュリオは避ける素振りを見せることもなく、その拳を受け入れた。派手に吹っ飛び、ドアへと打ち当たる。
倒れたまま、ジュリオは言った。
「この建物を出た眼の前に倉庫がある。そこに君の“槍”が置いてあるよ」
才人は扉を開けて出て行こうとした。が……立ち止まる。
「聖下」
「何でしょう?」
一部始終を顔色1つ変えることもなく見詰めていた教皇ヴィットーリオに、才人は言った。
「もう1回だけ、扉を開いてください。そんくらい、良いでしょう?」
「どうした? 里心が着いたのかい? さっき無理だって言ったじゃないか」
「小さい奴で良いんだ。指1本くらい、潜る程度で良い」
「やってみます。まあ、それくらいでしたら、何とか」