ゼロの使い魔S   作:りおんざーど

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カルカンソンヌ

「さて、やるか。才人」

「ああ、行くぞ。セイヴァー。全力でな」

 荒廃した“虎街道”の宿場町にて、俺と才人はそれぞれ獲物を手にし、向き合っている。

 才人と俺の格好は普段と何ら変わりはない。

 が、才人の手には“剣”と“槍”――デルフリンガーと“AK小銃”が握られている。

 対する俺は、“投影”した木刀1つだ。

 そんな俺と才人を、遠くからシオンとルイズを始めとした御馴染みの“魔法学院”の面々、そして“ヴィットーリオ”と“ジュリオ”、“ロマリア聖堂騎士隊”の面々が見守っている。

 ルイズ達からは当然、困惑の色が見て取れる。

「どうして、2人が?」

「ルイズ。これは必要なことなんだ。て、言うか……こうしないと俺の気が済まねえ」

「まあ、そういうことでな。悪いが、俺と才人は模擬戦もとい打つかり合いをするという訳だ」

「だから、どうして!?」

 疑問を口にするルイズに対し、才人と俺が答えるが、端折っているためにその答えにそう簡単に理解できようはずもない。

「ああ、詰まりなんだ……俺は、色々と知っている……この先の展開も、これまで起きた展開も識っていた……にも関わらず、教えずにいた。そのことに、才人は御立腹なんだよ」

「ああ、そうだ……」

 そう言って、俺と才人は再び構え直す。

 周囲の観衆と化した皆は、固唾を呑んで見守っている。

「来い、才人」

「ああ、行くぜ」

 才人が大地を蹴り、一瞬で俺の懐の中へと潜り込むようにして接近して来る。次いで、デルフリンガーを横薙ぎにして俺へと攻撃を仕掛けて来る。

「甘いな」

 俺は、デルフリンガーを木刀で受け止める。

 すると、それを承知の上での行だったのだろう、才人は銃で俺の腹部へとほぼゼロ距離射撃を行う。

 本来であれば、それで決着。というよりも、腹に穴が開くどころか、それ以上に悲惨な状態になるであろう。

 が……。

「マジ……かよ……?」

「甘いな。というよりも、だ……今の俺には“ヘラクレス”と“アキレウス”という“ギリシャ神話”の二大“英雄”の“宝具”を所有している。俺の身体に攻撃を通したいのであれば、先ずは“Bランク”以上の攻撃力、そして“神性スキル”の所有、もしくは“神性特攻”持ちの攻撃……それ等全てを持った攻撃でないと俺には届かない。まあ、その悉くを往なしてみせるがな」

「何だよ、そのインチキッ!!」

 才人がそう言ったのと同時に、俺は才人の足を払い、体勢を崩した才人を蹴り飛ばす。

 俊足の足で蹴り払われ、なおかつ蹴り飛ばされたのだ。

 才人は、かなりのダメージを負っている。本来であれば、意識を失うどころか、即死であろう。が、それでも才人は立ち上がる。

「上出来だ。大分と成長しているようだな。さあ来い。御前の想いを、打つけて来い」

「ああ、上等だよ!」

 そう言って才人は、再び勢い良く突撃して来る。

「御前の何でも知っているって態度、何でも御見通しって態度とか言動とか……そういうのが気に喰わねえ!」

「それはそうだろうな……だが、観えてしまっているのだ。事実、識っている」

「展開が見えている、知っているなら、どうして教えてくれないんだよ!?」

「それを教えたとして、その時の御前達は、それを理解できたと言い切れるか? 十分に承知できると言えるか? 信じ切ることができると言えるか?」

「だけど、言葉にしなきゃ、伝わるモノも伝わらねえじゃねえか!」

 その才人の言葉に、俺はハッとした。

「それもそうだ……今後、いや、今から言葉にして伝えることにしよう。信じるか信じないかは御前達次第だとしても」

 そう言いながら、俺と才人は何度も剣戟を繰り返す。

 その剣戟――剣と剣の打つかり合いの中、才人が抱える俺への想いなどが流れ込んで来る。どうして話してくれなかったのか、俺達はそれほどまでに信じるに足りない存在なのか、などといった数々の想いが……。

 かつて、前世での俺もまた、周囲に対して想っていたことでもある。行動で示すのもまた1つの手であるが、言葉にしなければ伝わらないことだって確かにあるのだ。言葉でしか伝わらあいモノもある、ということ。

(“サーヴァント”になったことで、多少は器用になったと思っていたんだがな……性格や人格などを“宝具”にしたためか……それ故に、不器用さは変わらずといったところか……)

 俺は、自嘲気味に口元を歪めて、才人と言葉と剣を打つけ合う。

 観衆をハラハラさせるほどの、剣舞のように魅了させるような動きで何度も何度も剣が打つかり合い、火花が散る。

 そんな中、イーヴァルディは静かに、そして俺と才人の闘い――動きなどを分析していた。

「凄いな……」

「?」

 イーヴァルディの呟きに、タバサが顔を上げる。

「“サーヴァントは全盛期の状態で召喚”されるんだけど……サイト君は、“サーヴァント”としての力を持ってはいるが、まだ“英霊”じゃない。“英霊”の生前の状態……現実に活きている。だからこそ、彼は成長し続けてるんだ。その成長速度が爆発的だ。そしてセイヴァーは、“宝具”の効果かな? 無際限に、無制限に強くなり続けることができるみたいだね……」

 才人がフェイントを仕掛けて来る。

「それも観えているぞ」

 そんな才人の動きを、俺は容易く往なす。

 だが、その才人の動きなどに、俺は素直に感嘆の意を示さずにはいられない。

「どうやら、アニエスの教え通りに動くことができているようだな」

「そうでもないさ。アニエスさんの教えが良かった、てのは勿論ある。それに……あの時の、御前が教えてくれた心構えも結構効いてるだぜ? 何だっけか? “イメージするモノは”」

「“常に最強の自分だ”」

 俺は、才人が持つデルフリンガーと銃の両方を弾き飛ばす。

「詰みだ……」

「ああ、俺の負けだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “ガリア”南西部に位置した“カルカンソンヌ”は、王都“リュティス”から西に400“リーグ”ほど離れた中規模の城塞都市である。

 だが、その見た目はただの城塞都市ではない、ということが理解できるだろう。

 幅50“メイル”、長さ2“リーグ”もの細長い、崖の上に造られた橋のようなこの街は、空から見るとまるで巨大な蛇がうねっているような姿をしているのである。

 立ち並ぶ赤煉瓦の屋根は、まさに蛇の鱗のようであるといえるだろう。そんな景色に因んでだろう、この街は“セルパンリュージュ(赤蛇)”の異名を持っている。

 人口2,000人ほどの、歴史ある街である。

 幾度となく“亜人”達からの侵攻を防いだこの街の真ん中を貫く街道を、必死の勢いで逃げる“使い魔”、とそれを追い掛けるその主人がいた。

「止まりなさい! 女王陛下の名に於いて、直属女官たるルイズ・フランソワーズが命令するわ!」

 才人は、はぁはぁ、と息を切らしながら、石畳の道を逃げ惑う。

 “ロマリア”軍と一緒にやって来たこの奇妙な主従を、通りの人々が怪訝な面持ちで見守っている。

 “魔法学院”の制服姿をしたルイズは、逃げる才人の腰に抱き着き、2人は、どう! と地面に倒れた。

「は、離せよ!」

「今日という今日は、あんたにキッチリ御説教なんだから!」

 ルイズはピョコンと地面に座り込むと、才人の顔に指を突き付けた。が、既に顔は真っ赤である。

「もう聞き飽きたよ! 毎日そればっかりじゃねえか!」

 “虎街道”で“ミョズニトニルン”率いる“ヨルムンガント”の部隊を撃退してから、既に2週間が過ぎている。

 その間、ルイズはこうやって才人を責めっ放しなのであった。

 それは……ルイズの中に滑り込むようにして入って来た、才人の記憶が原因である。

 才人との別離に堪えることができなかったルイズは、ティファニアに頼んで、才人に関する記憶を消してしまったのだが……“使い魔”と“主人”の絆、というモノはそれくらいでは切れはしない。というよりも、ルイズの中にある、“使い魔”を求める気持ちがそうさせたとも言い換えることができるのだろう……が、兎に角、才人と唇を重ねたことで、ルイズの中へと才人のそれ等が流れ込んで来たのであった。

 才人視点からの2人の記憶は、様々なモノが入り混じっていた。詰まりそれには現実の出来事だけではなく、才人の妄想と呼ぶことができる鮮明な映像がふんだんに含まれていたのである。才人は当然年頃の少年であるために、その妄想には汎ゆる意味での遠慮というモノがなかった。

「こないだの、トイレでの教育、はまあ良いわ。良くないけど、理解の範囲だわ」

「それが理解の範囲って、御前成長したな」

 才人が嬉しそうにそう言うと、ルイズは更に顔を赤くさせた。

「で、でも、でも……でも!」

 でも! と、最後にルイズは拳を握り、力を込めた。

「中庭で目隠し、はありえないわ! ありえないわよ!」

 ルイズは、ポカポカと才人を殴り付けた。

 

 

 

 “水精霊騎士隊”の少年達と、タバサとキュルケ、イーヴァルディ、シオンと俺は、街道に張り出した酒場のテラスから一部始終を見詰めていた。

「いやぁ……恒例と成った酒のつまみと言うべきかな」

 ギーシュが、ワインの盃を傾けながら呟く。

 レイナールが眼鏡を持ち上げて、「しかし、ルイズには困ったもんだな。サイトがどれだけ、ルイズのために戦ったか……ちょっとくらい変な妄想したって許してやれば良いじゃないか」と言った。

「レイナール。君も、好きな女の子について、けしからんことを企んだりするのかい? へぇ、堅物の君がねぇ……」

 ギムリにそうからかわれ、レイナールは頬を染めた。

「違うよ! ただ、男だったら少しはそういうことを考えるだろ? 僕はあんまりそういうことには興味がないが、一般論としてだね……」

「君がその一般論を繰り広げている女の子を言ってやろうか?」

 レイナールは、無言でワインを飲み干した。

 それから少年達は、いかにルイズが怒りっ放く、才人が可哀想か、という話題で盛り上がり始めた。

「全く、ルイズときたらまるで子供だからな!」

「サイトも随分我慢強いよな。僕なら無理だ」

 そんな中……1人怒りに肩を震わせている少年がいた。

 マリコルヌである。

 彼は皿の上の料理を、フォークで八つ当たりのようにグリグリと突き回しながら言った。

「御前等の目は、ホント節穴だな」

「おい、どういう意味だ?」

「ありゃあ、茶番だ」

 肉が刺さったフォークを、マリコルヌは、才人とルイズに向けて突き付けた。

 ルイズは、才人を殴ろうとして、才人がそれを防ごうとしている。何時も通りの光景であるといえるだろう。

 唯、見て居るだけで在れば。

「茶番だって?」

 問い返す仲間達に、マリコルヌは首肯いた。

「良く見ろ」

 仲間達は、ルイズと才人へと再び注目した。そして、その目を見開いた。

 ルイズは才人をポカポカと殴り付けているのだが……軽く握った拳を、胸に当てているだけである。

 才人はというと、スッカリ余裕の表情を浮かべており、まるで子供をあやすようにしてルイズの攻撃を受けているのである。

 そのうちに、ルイズは愚図るように唇を尖らせ、顔を背けて人差し指で才人の手の甲をグリグリとやり始めた。

 才人がそんなルイズの腰を引き寄せ、二言三言耳元で呟く。

 すると、ルイズは更に恥ずかしそうに顔を伏せ、何事かを呟くのである。

「……“ばか。きらいよきらい”……かぁ」

 マリコルヌが、溜息が混じった声でルイズの台詞を読唇した。匠の技とでもいえるだろう。

「“きっと、もっと、ひ、ひひ、非道いこと私にさせてるんだわ”。かぁ……“馬鹿言うなよ。これで、全部ダヨ”、かぁ……“ホント?” かぁ……“当ったり前じゃないか”、かぁ……“でも、こんな想像するあんたなんかキライ”、かぁ……」

 マリコルヌは、ケッ! と吐き出すように横を向いた後、鬼の形相で立ち上がり、絶叫した。

「満更でもない面で言われたって、迫力ねえぇえええええええええええんだよッ!」

 ヒウッ!? と一瞬で、俺とシオンとタバサを除いた仲間達はその迫力に呑まれ震える。

「メインディッシュの前の軽い前菜って訳だろ? イチャイチャの前の、ちょっとした隠し味だろうが。そ、そ、そんなもんはなぁ……人目に付かねえ場所で、コッソリ行うのが“貴族”のマナーってもんなんだよゥ……」

「マ、マリコルヌ……」

 ギーシュが立ち上がり、そんなマリコルヌの肩を掴もうとした。

「ぎゃッ!?」

 ギーシュのその顔に、マリコルヌの拳が減り込む。

「そんな巫山戯た出し物を、天下の往来で繰り広げるたあ、余程命が要らんらしいな」

 

 

 

 才人とルイズは、本人達だけが喧嘩だと思い込んでいるイチャイチャを、恥も外聞もなく続けていた。

 ルイズは、才人に後ろから抱き竦められ、両手も握られてしまい、モジモジとしている。

 才人は、そんなルイズの顔を横から、必死に覗き込もうとするのだが、そのたびにルイズは顔を逸らすのである。

「私ね、あんた達男の子という生き物が、私達と全く違う生き物ってこと、なんとなく知ってるわ。だって、あんたみたいなのがいっつも側にいたんだもの」

「いやね。ルイズ、だからあれは何て言うか極端な例の1つで……」

「何で男の子ってそうなの? どうしてこんなことばっかり考えるの?」

 少女も少女でベクトルは違えど、似たようなことを考えることもあるだろう。事実、ルイズは、シエスタと一緒になって気絶したサイトで芝居をしたり、才人がいない時にデルフリンガーの助言を受けて妄想しながら色々と試してみたり、などをしていたのだから。

 そんなことを棚に上げ、ルイズは才人へと問うた。

「それは何て言うか、その……」

 才人は、頭を捻った。もう少しで落ちそうな果実が、針金で雁字搦めに縛られているのを見ているかのような気分である。誤解ではなく、事実で在あるのだが、才人は(何とかして誤解を解かねばならない。箱入り娘のルイズには、刺激が強過ぎたにちがいない)と考えた。好きな女の子が自分に惚れていて、おまけに色々なことを許してくれそうな雰囲気だったのにも関わらず……肝心のところでトレイを引っ繰り返してしまったようなモノなのである。

 どうにかしなくちゃ……と考えに考え、行き詰まった才人の口からは、やはりとんでもない言葉が言い訳として飛び出してしまった。

「あのだね。その、俺の中には1匹の子鬼が住んでてね。そいつが俺にあることないこと吹き込むんだ」

 ルイズの肩が、ピクン、と震えた。

「こおに?」

「ああ。色んないけない情報を、俺にもたらす悪い奴なのです。ここだけの話だが、毎日俺はそいつと闘っています。そいつは手強く、また、魅力に満ちています……いやその、魅力と言っても男にとってのみですが」

 ルイズは、こういった言い訳が嫌いであった。

 というよりも、才人の妄想は正直ルイズにとって辛いモノであったのだが、実際のところはそれほど怒っている訳では無いのである。勿論、半分は照れ隠しであるのだ。内容は兎も角として、それほどまでに自分の事を考えてくれていたのか、 とルイズはその事実に対して素直に嬉しさを感じていたのである。

 が、才人の言い訳を聞いたルイズは、(選りに選って、“心の中の子鬼”、とはどういうことかしら? 誤魔化すにしても、もう少し言葉を選ぶべきじゃないの。それとも私を舐めているのかしら? そうにちがいないわ。全く、人を馬鹿にするにもほどがあるわね)と考えた。

 ルイズは、足に力を込めた。このまま捻りを加えて蹴り上げれば、才人の弱点――詰まり男性の弱点である股間を狙い打つことができるであろう。

 ルイズが(再び子鬼についての講義を垂れるつもりなら、遠慮なく跳ね上げてやるんだから)とそう考えた時、才人から台詞が飛び出した。

「ま、そんな子鬼に言わせておけば良い。でも、根っこの俺の気持ちは本物だよ」

 昔、才人はクラス対抗の野球大会で、1度もホームランを打ったことがなかった。だが、このベタで何の捻りもない一言はルイズを撃破する、会心の本塁打となった。

 白球はフェンスを超え、場外へと飛び出して行く。その先には、ルイズがいて、頭と白球が激突したのである。

 ルイズは、ヘナヘナと身体から力が抜け、才人へと寄り添ってしまう。

「子鬼には放っておいて欲しいわ。あのね、私ね、綺麗なのが好きなの。ロマンティックなのが好いの。だから、トイレとか御前だ誰の犬だとか、中庭で反省文を読み上げながら、とかそういうことあまり考えないで欲しいの。何て言うかね、大事なモノが穢れる気がするのよ」

 才人は何度も首肯くと、優しくルイズを抱き寄せた。

「理解った。努力するよ」

「そうしてくれると、ホントに嬉しいわ」

「仲直りしようよ」

「そ、そうね」

 才人がルイズの顎を持ち上げると、怒ったようにルイズは目を瞑った。

 ユックリと才人が、唇を近付けようとしたその時……。

 後ろから突風が吹き付け、2人は通りに転がってしまった。

「何だ!?」

 才人が跳ね起きると、後ろには仁王立ちの巨大な鬼のような存在がいた。

「マリコルヌだよゥ……」

 淡々と己の名前を名乗る小太りの少年を、2人は震えながら見詰めた。

 巨大と見えてしまったのは、その全身から発せられる怒りなどによるオーラがあまりにも凄いために、見間違えてしまったのである。

「……マ、マリコルヌ」

「そう。我の名はマリコルヌ。全“カルカンソンヌ”市民の声を代弁して恥知らずな、異教徒共に罰を与えんとする神の鉄槌なり」

 唄うような、愉しげな声でマリコルヌは言った。

 才人とルイズは、這いつくばって逃げ出そうとした。“ドット・メイジ”に過ぎない、マリコルヌが発する怒りのオーラに、“伝説の担い手”達が怯えたのである。

 ピリピリと空気が震え、オーラが電撃を撒き散らした。

 “電撃魔法”は、主に“風系統”を得意とする“メイジ”が使うのだが、その殆どは高位の“呪文”である。そのため、“ドット”であるマリコルヌは、本来であれば使うことはできない。

 が、彼の周りには、確かに電撃の火花が散っている。

 “呪文”の威力は、感情により増幅することがある。ルイズの“虚無”然り、タバサが母親のために力を上げた時然り。

 マリコルヌが“呪文”を唱えると、その頭の上に雲が完成した。

「やめ! やめろ! マリコルヌー!」

 雲からは稲妻が迸り、ルイズと才人に直撃した。2人は仲良く電撃を浴び、通りに倒れた。

 それでも、マリコルヌは怒りが収まらないのだろう、2人の身体をゲシゲシと踏み付けている。

 

 

 

 “水精霊騎士隊”の少年達が仲間の怒りを押さえるために飛び出して行く様を、燃えるような赤髪を靡かせたキュルケがボンヤリと見詰めていた。

「あらあら。あの人達ってば、どこに行っても緊張感が足りないのね」

 両手を広げ、キュルケは呆れた声で呟く。

「しかしまあ、始まった時にはどうなることかと想ったけれど、こんなに早くここまで来れちゃうとは想わなかったわよ」

 教皇であるヴィットーリオが、“聖戦”発動を宣言したのが、“ウル(5)”の月、“ティワズ(4)”の週、“イング”の曜日である。それから2週間ほどで、“ロマリア”軍を始め俺達は“ガリア”の奥深くまで侵攻できたのは、この戦いの引き金ともなった“両用艦隊”の本物による、反乱という名の侵攻が原因であろうことはは明白であった。

 “ミョズニトニルン”率いる“ヨルムンガント”や“竜牙兵”の敗北と同時に、艦隊司令であるクラヴィルは悪夢から目覚めた風な様子を見せたのであった。幾ら、「“ロマリア”をくれてやる」などと言われたからといって、彼等が行おうとしたことは“ハルケギニア”に於いてマトモではないと言えるだろう。その上、“聖戦”まで発動されたとあって、クラヴィル達は完全に戦意を失ったのである。いかに“ガリア”が強大といえども、信じる神を敵に回してしまっては、勝利は覚束ないのだから。決断したクラヴィルは、素早かった。“ロマリア”艦隊の追撃を振り切ると、一目散に“サン・マロン”へと取って返したのであった。そこで改めて、今回の陰謀を正直に打ち明け、“ロマリア”への恭順を全将兵に問うたのであった。クラヴィルは才能溢れた指揮官であるとは決して言えないだろう。だが、伊達に長い艦隊生活を送っていたという訳ではない。乗組員達の支持は意外に篤く、それに元々件の作戦に対して想うところのあった将兵達は少なくなかったのである。結果、殆どの将兵が“ガリア”への事実上の反乱に応じたのであった。

 晴れて本物の“反乱艦隊”となった“両用艦隊”の決起は、瞬く間に“ガリア”全土に伝わった。それに呼応したのは、王都より離れ、不遇を託ち、ジョゼフに想うところのあった諸侯達であった。

 “聖戦”と“両用艦隊”の反乱。

 この2つは、兼ねてより“王政府”に対して不満と不信を感じていた諸侯達にとって、背中を押してくれるまたとない機会といえたのである。

 “ロマリア”と“ガリア”を繋ぐ、“虎街道”の“ガリア”側の入り口を擁する“フォルンサルダーニャ”侯爵領主のフォルンサルダーニャ侯爵は、前年、領地の一部を“王政府”に召し上げられたことに対し、深い恨みを抱いているのである。彼は、決起と同時に“ロマリア”に伝令を飛ばし、領内の通行及び義勇軍を編成しての協力を告げたので在った。長年“ロマリア”との国境を守って来た名門フォルンサルダーニャ侯爵家の反乱は、旗幟を窺っていた諸侯をも味方に引き入れることになったということである。

 結果、王都から離れた“ガリア”南西部の諸侯は、次々に反乱軍に与して行った。“ロマリア”軍は堂々と“聖戦旗”を掲げ、そんな反乱勢の土地を通りながら、ほぼ無血で“カルカンソンヌ”まで進軍する事ができたのである。

 だが、そんな攻勢もここまでであった。

 “カルカンソンヌ”の北を流れる“リネン川”の向こうは、それでも“王政府”に忠誠を誓う“ガリア”王軍が待ち構えているのである。その勢力は大凡90,000程度。国の半分が反旗をひるがえそうとも、それだけの兵力を掻き集めることができたのは、流石“ハルケギニア”1の大国ということができるだろう。

 反乱軍を合わせても、“ロマリア”側の兵力は60,000に過ぎない。“聖戦”の絹旗があるとはいええども、容易に引っ繰り返すことができる兵力差ではないのである。“両用艦隊”が味方に着いてはいるが、彼等が直ぐに同国人に砲弾を散蒔くことができるはずもない。

 一方、数で勝るとはいえ、“ガリア”王軍の方も戦意が低いといえるだろう。“聖戦”を発動した相手に“杖”を向けることの愚かさを彼等は良く知っているのである。

 そんな中、“サーヴァント”という存在を用いれば戦力差や戦況はあっと言う間に引っ繰り返すことができるだろう。が、あくまでも“サーヴァント”は“マスター”に従う存在であり、“マスター”であるシオン達も未だ本格的に動くつもりはなかった。

 一部を除いて色々と複雑な事情がそのように絡み合った結果……両軍は川を挟んでの睨み合いを開始したのである。

 

 

 

「ところで、どうして貴女の騎士様を助けて上げなかったの? 見てたら、主人ごと電撃で黒焦げになってたわよ?」

 キュルケにそう問われても、青髪の少女――タバサは、涼しげな様子で本を黙々と読むばかりである。

 そんなタバサの様子を、キュルケはジッと見詰めた。

 キュルケの小さな親友は、一見、いつもと変わったところがないように想わせて来る。が……どことなく違うように、キュルケやイーヴァルディを始め一部の者達からすると見えるのである。それは、いつも一緒に居るキュルケや、余程優れた観察眼を持った者、他強い繋がりを持つ者、だからこそ判る微妙な変化であるといえるだろう。

「貴女……やっぱり緊張しているの?」

 ここは、“ガリア王国”の真ん中である。

 その王冠を冠っているのは、タバサ――シャルロットの父親の仇……その上この前は、その叔父王に心を消されそうになったばかりであるのだ。

 そんな憎むべき仇に近付いている……昔のように、無力な存在としてではなく、それが可能な陣容の軍勢と力と共に……。

 そういったこともあり、タバサが緊張するのは無理からぬことであるといえるだろう。

「違う。そうじゃない」

 タバサは、本を閉じると立ち上がる。そして、スタスタと歩き出した。

 キュルケはテラスの向こうに視線を移した。

 両脇が切り立った崖の上に位置している“カルカンソンヌ”の街は、見晴らしが良い。崖の裾野には平原が広がり、キラキラと陽光を受けて輝く“リネン川”が見える。その川の両岸には、睨み合う“ロマリア”軍と“ガリア”軍の姿が見える。

 それから、キュルケは、才人達の方を眺める。

 マリコルヌが取り押さえられ、電撃でボロボロになった才人とルイズを少年騎士達が介抱している。

 そして宿舎へと向かうタバサの背中……他の人達からすると全くいつもと同じように見えるであろうが、キュルケには判った。

 何か、タバサの心の中で動くモノがあるということに。

 キュルケは、(何なのかしら……?)と考え、不意に気付いた様子を見せる。女の勘というモノが、(いやでも、だけど、もしやそうなのかしら?)とキュルケに教えて来るのである。

 顎に手を当て、キュルケは首を傾げた。

「でも、あの娘に限って……流石にそんなことないか」

 周りに立っていた“ロマリア”軍の1兵士が無言でタバサの後ろにくっ着いて行く。彼等は、ルイズ達“トリステイン”人と“アルビオン”の女王であるシオンが1歩宿舎を出ようモノなら、こうやってずっと影のように寄り添うのである。特に才人と、“ガリア”の元“王族”であるタバサ、“アルビオン”女王陛下であるシオン、に対する監視には徹底したモノがあるといえるだろう。呑んで浮かれようが騒ごうが彼等は気にも留める様子を見せない。だが、いつまでもどこまでも、くっ着いて来るのである。流石に部屋の中までは着いて来ることはないのだが、扉の外でジッと立ち尽くすのである。

 名目上は、重要人物の護衛、ではあるのだが……。

「まるで捕虜みたいね」

 と、キュルケは独り言ちた。

 それから首を横に振り、「いいえ……人質ね」とキュルケは呟いた。

 

 

 

 マリコルヌとの騒動の後、宿舎の部屋に戻って来たルイズと才人は、ふぅ、と溜息を吐いてベッドに腰掛けた。

 扉の外に向かって、ルイズはべぇーっと舌を出した。そこに控える、“ロマリア”軍の兵士に向けられたモノである。

「何が、“往来での騒ぎはできれば御遠慮ください、アクイレイアの聖女殿”よ。“聖女”? あんた達が勝手に仕立て上げたんじゃないの」

「御前、ノリノリで就任したって聞いたぞ」

 才人が冷ややかな目でそう言うと、ルイズは顔を赤らめた。

「だ、だって……しょうがないじゃない。あの時はそうするのが正しいと想ったんだもの」

 ルイズは恥ずかしそうに言った。失っていたのは才人に関する記憶のみであり、他の記憶は完全に残っていたのである。確かにあの時のルイズは、“ハルケギニア”の“貴族”として、“ロマリア”の正義に従うしかない、と感じていたのであった。

「御前な……帰るのを選んだら、あいつ等俺のことを殺すつもりだったんだぞ。まあ、俺はそんな腰抜けじゃないから、今現在ここにこうしていられる訳ですが」

 才人は得意げに言った。

 ルイズは怒りに震え、「それが赦せないのよ! 教皇聖下が嘘を吐くなんて! 世も末だわ!」と叫んだ

「ま、約束は破ってねえだろ」

「どういう意味?」

「あいつ等は、御前に“俺を帰す”と約束したけど、その生死までは保障しなかった。それだけの話なんだろ」

「そんなのってないわ! それは詭弁よ!」

 ルイズは腕を組んで、唇を尖らせた。

「まあ、あんまりカッカするなよ」

「なんであんたはそう冷静なのよ! 私、自分が“ブリミル教徒”ってことがこれほど恥ずかしくなったことはないわ! 全く、“新教徒”か“砂漠の悪魔”に宗旨変えをしたいくらいよ!」

 と、他の“貴族”を始め“ブリミル教徒が聞いたら目を回すであろうようなことを、ルイズは平然と言って退けた。

「良いじゃねえか。今のところ、利害は一致してる。兎に角俺達が協力する以上、あいつ等も変なことはしないだろ。精々“ガリア”の王様をやっつけるまでは、こっちもあいつ等を利用させて貰おうじゃねえか。それに、セイヴァーもしっかりと約束してくれたしな」

「ふんだ。そうそう上手く行くかしら?」

「大丈夫だよ。姫様だって、そのために本国に帰ったんだから」

 アンリエッタはあの後、才人達から事情を聴くと、唇を噛み締めたのである。それから、凛とした顔で、才人とルイズに、「私に御任せください。私全生命を賭けて、この愚かしい“聖戦”とやらを止めてみましょう」と言ったのであった。その顔には、激しい決意が溢れていることが判った。“アルビオン”軍が攻めて来た際、真っ先に会議室を飛び出して行った時と同様の、厳しい表情であった。

「そりゃ姫様はそう請け負ってくれたけど……要らないって想われたらそれまでだわ。きっと“ロマリア”の連中、私達を闇に葬るくらい、平気でするわよ」

 ルイズが心配そうに言はするが、才人は涼しい顔で言った。

「平気だって」

「どうしてよ!?」

「“アクイレイアの聖女”に、甲冑人形を全滅させた“虎街道の英雄”。どっちも小っ恥ずかしい名前だけど、今やあいつ等にとっては、取り敢えず最重要の手駒の1つには違いない。折角作った看板を、見す見す打ち壊すような真似はしないよ。ほらあれだ。士気に関わるからな」

 ルイズは、ポカンとして才人を見詰めた。

「どうした?」

「嫌だあんた。随分と真当なことを言うじゃないの」

 確かに、才人の言うことはもっともである。

「あのな、俺だって伊達に騎士隊の副隊長やって来た訳じゃねえよ。剣を振り回すばかりじゃ勝てない相手がいるってことも少しは学んで来たつもりだ」

 サラッとそう言って退ける才人の横顔は、凛々しいといえるだろう。

 ルイズは、(嫌だ……こいつ格好良いじゃないの)と激しく胸がトキメクのを感じ、頬を染める。それから、才人を見詰めた。

「どうした?」

「な、何でもないわ」

 ルイズは慌てて顔を背け、膝の上に拳を置いて俯いた。

 ルイズのそんな様子を見て、流石の才人も、自分が発した一連の台詞がルイズをどうにかしたのかを理解した。

 心の中で、(うおっし、うおっし)と何度も拳を握り締め、才人は喜びに震えた。(ま、参ったな……ルイズの奴、結構こういうのに弱いんだよな……何つうの? 頼れる感じ? 俺も普通にそういうのができるほど、成長したってことか!)と才人は自分を褒めて上げたい気持ちで一杯になった。それから、(嗚呼、やっぱり帰らないで正解だわ俺……)と想った。

 ルイズは、恥ずかしそうにプルプルと震えている。ストレートに自分の気持ちを伝えることができない女の子……だが、誰よりも真っ直ぐで、自分が心に決めたことを何があっても曲げることがないであろう意思の強さを持っている女の子であるともいえる。

 才人は、ルイズのそのようなところに惹かれたのである。

 ルイズは以前と比べると、随分と変わったといえるだろう。盲信していたアンリエッタや“ブリミル教”にも、疑問を打つけねばいけない時はハッキリとそれを口にするようになったことなどからもそれが理解できるだろう。だが……それでも、根っこの部分は変わらない。才人がギーシュに“ワルキューレ”を用いて一方的になぶられた時3日間休みなく介抱した優しさ、恐ろしい“ゴーレム”の前から逃げ出さなかった勇気、そういったモノは全く変わっていないのである。

 そして、見てるだけで才人をドキドキさせてしまう横顔の美しさ……軽く上唇を噛み、たまに上下する瞼を彩る長い睫毛……そういったパーツが織りなす奇跡のようなコントラストが、ルイズを比類なき美少女に仕立て上げていた。

 才人の心の中に、平和な何かが満ちて行く。

 好きな女の子に好かれている。これに気付く瞬間より幸せな時間というモノを、才人は知らない。

 才人は、喉がカラカラに渇きそうになり、思わずそのままルイズを抱き締めて押し倒したい衝動に駆られた。

 恐らく、ルイズは拒むことはないであろう。

 生物本能的勘で、才人はそれを理解した。

 才人はルイズの顎を持ち上げた。

 桃髪の美少女は大人しく目を瞑る。澄ましているつもりなのだろう、また同時に照れ隠しでもあるのだろう、怒ったように唇を尖らせている。だが、頬が髪のように桃色に染まっていることからも、どのような気持ちになっているのかは一目瞭然である。

 才人が無造作に唇を押し当てると、ルイズはひしと抱き着いた。

 小さなルイズの背中は震えており、(此の小さな身体は、俺が護るんだ。これからも、ずっと……)、と才人は心の底から“愛”しく感じた。

 

 

 

 才人と唇を重ねたルイズの中に、再び才人の記憶が流れ込んで来た。

 恐らく、才人がかつて行った妄想や空想の類であろう。

 だが、(だって、男の子はそういうモノよ。私とは違う論理で動いてるの。たまにはしょうがないわ)と考え、何などんな光景を見ても驚かないことにしよう、とルイズは決めていた。

 今回、ルイズの中に流れ込んで来た才人の記憶は、“魔法学院”の自室のベッドの上、シエスタと3人で川の字になって眠っているモノである。

 ルイズはそんな情景を見る中、(嫌だ……こいつってば。隣でシエスタが寝ているのに、私に手を出そうとしたんだわ。と言うか、私が寝ている隙にキスの1つでもしたのかしら?)と想い、激しい胸の高鳴りを感じた。(そんなのってないわ。冒涜! 冒涜だわ!)、と想った。

 記憶の中の才人は、ルイズに手を伸ばすと、ソッと揺り起こす。

 ルイズは(嗚呼、私を起こすのね。私にそんな記憶はないから……これはサイトの妄想ね)と思ったが、そこでルイズは、(私の今の記憶は……才人の中にあったモノではないの? どうして、私がこれが現実にあったことではない、と言い切れる、の?)と気付いた。

 そうすると、幾つかの記憶……自分自身だけの、才人への記憶がルイズの中で蘇った。

 そして、(どうして?)とルイズは疑問を覚えた。

 主人と“使い魔”の絆、というだけでは括り切ることができない不可解な出来事であるのだ。

 だが……そんなルイズがふと思い付いた疑問は、才人が持つ記憶の内容で吹っ飛んでしまった。

 何と記憶の中の才人は、シエスタをも揺り起こしたのである。

 

――“じゃあ3人で”。

 

 ルイズは才人から身体を離すと、無表情のまま突き飛ばした。

「な……ルイズ?」

 呆気に取られた顔で、才人はルイズを見詰める。それから原因に想い当たったという様子を見せるが、幾つもあるのだろ、どれだか判らないといった様子も見せる。兎に角、才人は年頃の少年だということもあって、致した妄想は星の数以上であった。

「ど、どうしたんだ?」

 才人からすると、理由には思い当たりはするが、そのどれかまでは特定に至らない。知っていながも、特定できないでいる才人は、ルイズに尋ねた。

「トイレや中庭ならまあ我慢もするわ! でも、他の娘と同じ扱いだけは我慢できないんだから!」

 才人が、(どれだろう?)と首を傾げる。

 そのため、(そう。そんなに沢山想像したってことね!)とルイズはその顔に思い切り足の裏を叩き込んだ。

 ルイズは正座すると、腕を組んで思い切り才人から顔を背けた。

「男の子って、本当に馬鹿!」

 

 

 

 

 

 タバサは自分に与えられた部屋の中で、ベッドに横たわっていた。

 ドアがノックされて、タバサは身を起こす。

 イーヴァルディが、警告の言葉を発しないことから、敵意や害意を持った者ではないということが判る。

「……誰?」

 何故か胸が高鳴るのを、タバサは覚えた。

 ノックの主はそれに応じず、ドアを開ける。

 タバサの目が細まった。

「やあ」

 立っていたのは、“水精霊騎士隊”のマントを羽織った才人であった。

 タバサは毛布を引き寄せた。寝間着姿であるためだ。

「……どうしたの?」

 そうタバサが尋ねると、才人はベッドの側にやって来て、タバサの隣に腰を下ろす。

「こんな夜中に御免な。話があってさ」

「話?」

 期待に胸を震わせながら、タバサは尋ねた。

「ああ。いつだか、御前に話しただろ? ほら、“水精霊騎士隊”の話。俺達はやっとのことで“ガリア”までやって来れた。御前の憎い仇のいる、この“ガリア王国”に。要は、俺達も御前の復讐の手助けがしたいんだよ。そのためにも、俺達と同じ紋章を着けていた方が、何かと便利じゃないかなって?」

 何だそんなことか、とタバサは軽くガッカリした。

「なあ。入ってくれよ」

 才人は、タバサの方を向くと、手を掴んだ。

 思わず、タバサはその手を振り解いてしまう。

 すると、才人の目に、ありありと悲しみの色が浮かんだ。

「そうだよな……無理言ったよな。ごめん」

「良い。気にしないで」

 タバサが才人の手を振り払ったのは、騎士隊に入りたくない、という意思表示ではないのである。勿論拒絶の意味でもない。ただ……恥ずかしかったのである。だが、そんな感情を表に出すことを、タバサは憚った。

 故に、タバサは次いで、顔を背けた。

 沈黙が流れた。

 タバサはいつも、殆ど喋ることがない。だから相手が黙り込むと、何も会話することがなくなってしまうことが多いのである。

「話ってのは、もう1つあるんだ」

 才人の、そんな台詞が沈黙を破った。

「……何?」

「単に、その……逢いたくてさ」

 タバサは、胸が締め付けられるような気がした。だが、それを表情に出すことはない。そう自分を訓練して来たということもある。

 が、それでも微かにタバサの声は震えた。

「……どうして?」

「何でかな? きっと、好きなんだろうな」

「でも、貴男には……」

「御前の方が好きなんだ」

 ハッキリとそう言われ、タバサはポーカーフェイスを保つことができなくなってしまった。ブワッと抑えていた感情が顔に現してしまう。

 タバサは、(頬が熱い。もしかしたら、赤くなっているかもしれない)と想い、思わず頬を押せようとする。

 すると、その手を掴まれ、才人に手繰り寄せられた。

 自然に、才人の胸に頬が収まる。

 顎を掴まれて、全く抵抗できないままにタバサは目を瞑った。

 近付く唇が瞼に映る。

 タバサは、ユックリを目を閉じると同時に……目を覚ました。

 

 

 目を開けると、未だ辺りは薄暗かった。

 タバサは、クローゼットに置かれた機械格式の時計を見る。

 時刻は、午前4時である。

「……夢」

 タバサがこのような夢を見るようになってから、結構な時間が経っているといえるだろう。

 才人が出て来て、タバサへと愛の告白をする夢……。

 いつの頃から、自分がそれを見るようになったのかを、タバサは良く知っていた。

 “アルビオン”へティファニアを迎えに行き、“ミョズニトニルン”が操る“ヨルムンガント”と戦った時……。

 タバサは、“精神力”の切れたルイズの感情を震わせるために、自ら才人の唇に自分のそれを押し当てたのであった。

 勿論、それはルイズに嫉妬を覚えさせるため、以上の意味をその時は持っていなかった。

 自分が仕えるべき騎士――才人にそれ以上の感情を抱くなんて想像もしていなかった上、また、そのような気持ちになることもなかった、ことをタバサは理解している。

 だが……あれ以来、タバサは才人が出て来る夢を見るようになったのである。その夢は、ちょっとした感情の変化を、タバサに与えて行った。

 会うたびに、わずかに胸が締め付けられるかのような、そんな感情……。

 タバサは自分の中のそんな感情を、冷静に否定しようとした。

 仕えるべき騎士、と決めた相手に、擬似的な恋愛感情を抱くということはよくあることである。

 タバサは、(自分の場合も、そんなことに過ぎない)と想ったのである。

 タバサは知識として、そのことを知っていた。

 だが同時に、それを否定するような出来事もまたあった。

 才人達“水精霊騎士隊”の少年達が風呂覗きを行った時……タバサは才人を怒り狂った女子生徒の包囲から救い出したのであった。息を潜めて、2人で食堂に隠れた際、タバサは才人に「自分を見るな」と告げたのである。何も服を身に着けていなかったこともある。が、自分が仕えるべき騎士に、肌を晒すことを恥ずかしがる従者は先ずいないといえるだろう。平時のタバサであればそう判断したはずであったのだが、「見るな」とタバサは言ったのであった。

 その理由が、今のタバサには理解っていた。

 肌を見られてしまうと……何かが自分の中で加速してしまう、タバサはそのように感じたのである。

 タバサは膝を抱えると、唇を噛んだ。

 気持ちがたかぶっているからだ、とタバサは自分に言い聞かせた。ジョゼフがいる“リュティス”に近付いている。だから、これほどまでに感情がたかぶり、あのような夢の頻度も増えてしまうのだ、と。

 だが……かつてはあれだけ頭の中を占めていた復讐のことより、今のタバサはあの夢のことを考えている時の方が多く長いといえるだろう。

「どうしたの? マスター」

 目を覚まして膝を抱えているタバサに、イーヴァルディが問い掛ける。

 だが、その問いに答えるだけの余裕は、今のタバサにはなかった。

 そんなタバサに、イーヴァルディは温かな笑みを浮かべて見守った。今のタバサの状態――想いなどに気付いているのである。

「……どうして? 恋に恋してる?」

 タバサは、(自分は今まで色んな本を読んで来たじゃないか。理解らないことなど、世の中にはないのだ。そう。自分の心の中だって……)と考え、知識として得ているそのような言葉を利用して、己の状態をなんとか規定しようとした。

 だが……全ての本を思い返してみても、今の自分の気持ちが何なのか、確かめる術が書いてある本をタバサは見付けることができなかった。

 ボンヤリと窓の外の方を向くと、“使い魔”のシルフィードの顔がそこにはあった。

 シルフィードは、ボンッ! 空中でヒトに化けると窓を開けて部屋の中に飛び込んで来た。

「こんな所で、ヒトに化けちゃ駄目」

「きゅい! それどころじゃないのね! 御姉様、一体その顔は何なのね!? イーヴァルディも心配してるのね」

「……何?」

 シルフィードの言葉に、タバサは“霊体化”しているイーヴァルディを見遣る。

 イーヴァルディは、やれやれ、といった様子で肩をすくめてみせた。

「もう! 御姉様のことはいつも見守っているシルフィなのね! ああもう! そんなことはどうでも良いのね! その顔は明らかにどうにかしちゃってる顔なのね! 頬が染まっているのね! どんな夢を見たか言うのね!」

 素っ裸のまま、シルフィードは部屋を転がりまくった。激しく興奮しているらしいことが判る。

「さてと」

 それからシルフィードはおもむろに立ち上がり、タバサの頭に手を置いた。

「さて、夢の中の逢い引きの相手は誰なのね?」

 妙に鋭いシルフィードで在る。

 タバサは返事をせずに、毛布を頭から冠った。

 シルフィードはその隣に滑り込み、再び顔を覗き込んだ。

「言うのね」

「貴方達には関係ない」

「関係ないことないのね。とっても大事な、いや、まさにシルフィが待ち焦がれた瞬間なのね。まあ任せるのね。このシルフィとイーヴァルディが、絶対に成功させてみせるのね」

「おいおい、何故僕まで……まあ、良いか」

「勘違いしないで。平気」

「勘違いじゃないのね。古音東西、夢で逢えたら、状態が、夢で逢うだけ、状態で終わった例はないのね。必ず何か一波乱あって、傷付いたり、卵を産んだりするのね」

「私達は卵を産まない」

「言葉の綾なのね。兎に角、仰い。ちび助」

 シルフィードは、ウリウリとタバサの頬を突き、出逢った当初の呼称でタバサを呼んだ。

「言うのね」

 結局、朝までそんなやりとりは続いたのだが……タバサは頑なとして己の“使い魔”と“サーヴァント”に、夢の中で逢引をした相手の名前を告げることはなかった。

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