「さて、と……どこから話したモノか……」
“カルカンソンヌ”にある宿舎の一室にて、俺はそう考え呟く。
この一室には、俺とシオン、才人とルイズ、タバサとイーヴァルディ、キュルケとコルベール、ギーシュとマリコルヌとレイナールとギムリを始めとした“水精霊騎士隊”の少年達だけがいる。要は、“魔法学院”関係者だけである。
そして、もう1つ共通点があった。
それは、“オストラント号”の船室にて、“虚無”を始め他“聖杯戦争”などについての知識を得た、という点である。
そんな俺達がいる一室であるが、“日本”の学校の教室程度の広さである。
外に、護衛という名目での監視役の“ロマリア”軍の兵士達がいる。が、此方の会話が聞こ得ないように、防音などの結界を張るなどと工夫している。聞かれては色々と不味いのであった。彼等“ロマリア”軍の兵士達は「護衛のためなので、離れる訳には」と言って来たのである。だが、俺達が「“学院”に関する話をするだけだから」と言い張るなどと色々と捏ねた結果、彼等は部屋の外で待機する、というかたちでどうにか落ち着いたのだが。
そういった少しの経緯があり、この部屋で俺が色々と話すことになったのだが……。
「先ずは、セイヴァーの正体。と言うか、何処から来たのか?」
「ちきゅうってどういった場所なんだ?」
「“魔術”について教えて」
などと、色々と皆が言い寄って来るために、俺は少しばかり迷っていた。迷わざるをえない、と言うことができるだろう。
俺の、今の俺はとても複雑な事情や立場などと色々と言葉として上手く説明することが難しいのだから。
「それじゃあ、遠回りな説明かつ復習がてらになるが……」
皆、同意の意を示すように首肯く。
「先ず、“根源”と言う、そう呼称することができるモノがある。それは、“物質、概念、法則、空間、時間、位相、並行世界、星、多元宇宙、宇宙の外の世界、無、生命、死などの汎ゆるモノが生まれ、そして最終的には還る時空間”のことだ。そこから生まれた、それぞれ別々に世界……“ハルケギニア”や“地球”を始め他にも世界は存在する。“地球”は、俺と才人の故郷ではあるが、厳密には違う。先程言った通り、“世界”と言うモノには“並行世界”と言うモノも存在し、俺と才人の故郷である“地球”は同じ名前の星――“世界”であるが、所々差異がある」
「……“並行世界”……もしこうなっていれば、もしこうしていれば、などと言った可能性の数だけ存在する世界ということかい?」
1人の少年の確認の言葉に、俺は首肯く。
「そうだ。その1つの可能性の世界から、俺は“神様転生”と一般的に呼称することができるシステムで、この世界――“ハルケギニア”に来た」
「その、“神様転生”、とは?」
「良く描かれている、知られている展開としては、神様のミスなどで死んでしまった者が、何か特別な力や道具を貰い、異世界へと飛ぶといったモノか。まあ、別世界への転生だ。そして、俺はそんな“神様転生”に似た何かによって力を得て、ここ“ハルケギニア”に来た」
「神様にって、言うけど……神様には逢うことができたのかい?」
「いや、それに似た別のモノでここに来たんだ。厳密には違う。だから、神様と呼ぶことができる存在には逢っていない。ただ、特別な力を手にし、俺は“ハルケギニア”に、シオンの“召喚”に応じた」
「それは、また何でだい?」
「何故、とは?」
「何故、ここ“ハルケギニア”に来たのか、シオンの“召喚”に応じたのか、ということさ」
「それは、惹かれたから、としか言いようがないな」
「は?」
「理由なんてない。沸き起こる感情に、理由が必要か?」
少年達の質問に、俺は答えて行く。
しばしの沈黙が訪れた。
「さて、また別の話になるが……“魔術”についてを教えて欲しい、とかだったか?」
「ええ。“精神力”が底を突いた時のための手段として何か必要でしょう?」
キュルケが、ルイズを見遣りながら俺からの確認の言葉に首肯く。
ルイズ達“メイジ”は基本的に“精神力”を消費して“魔法”を行使する。そして、“精神力”が尽きると、後は自身の身体でどうにかなすか、逃げるか事の先を受け入れるか、と言ったことしかできないのである。“精神力”が切れた“メイジ”は、戦力として扱うことができず、自らか外部からの干渉で爆発させるしかないのだが……それが毎回上手く行くという保証があるはずもないのだから。
「“地球”に存在する“魔術”と“魔法”の区分についてなどを先ず説明しようか……基本的に、それ等は秘匿されている」
「それは、また何故?」
「“根源”と言う存在については先程説明しただろ?」
皆首肯く。
「“魔術”とは、“魔力を用いて人為的に色々な現象を再現する術の総称”のことなのだが……“根源から流れ出す事象の川は、当然、根源に近ければ、太い流れであり、末端へと流れて行けば途中幾つもの支流に分かれて細い流れとなる”……“事象を細分化する要因は、時の流れと人々の意識であり、人々に知られれば知られるほど、それは細くまた複雑に、一般常識になる”……そして、“地球”に於いて、“魔術”と“魔法”の違いとは……“その時代の文明の力では、いかに資金や時間を注ぎ込もうとも絶対に実現不可能な、結果をもたらす”かどうか、という点だ」
「ああ、ええと詰まり?」
「“ハルケギニア”に存在する“4系統魔法”、“地球”の“魔術”にはあまり違いがない、ということだ。“魔術”にもここで言う“系統”――“属性”というモノがある。“火”、“地”、“水”、“風”、“空”……架空元素である、“虚”、“無”……」
「“空”? それに、“ちきゅう”にも“虚無”があるの?」
「厳密には“虚無”とは違うのだが……まあ、先ず“空”とは“天体を構成する第五元素”――“エーテル”……まあ、これについてはあまり気にする必要はない。そして、“虚”と“無”だが……“虚”とは、“ありえるが、物質界にないモノ”……“無”とは、“ありえないが、物質化するモノ”だ」
「それって、どういう……?」
「難解で長い説明になる。聞きたいのであれば説明するが……まあ、その顔からすると必要ないだろうな」
「“ちきゅう”の“魔術”についてはまあ理解ったよ。でも、“魔法”って? 僕達が使ってるのと違うのかい?」
「“魔法”は、先程も述べた通り、“その時代の文明の力では、いかに資金や時間を注ぎ込もうとも絶対に実現不可能な、結果をもたらす術の総称”だ」
「具体的には何ができるんだい?」
「“第二魔法”――“並行世界の運営”、“第三魔法”――“魂の物質化”――“
「そんなことができるのかい?」
「勿論可能だ。が……それが、他の技術や方法で可能になれば、“魔法”ではなくなり、最終的には“魔術”ですらなくなるだろうがな……」
「僕達にも、“魔術”は扱えるのかい?」
「勿論だ。御前達の“魂”には、“魔術”を使用するのに必要不可欠な“魔術回路”が存在する。まあ、“魔術”を扱う際、それぞれ何かを行うイメージをしてから“魔術回路”を躍起させて発動したりするのだが。例えば、銃、などといった風に……」
「1つ、疑問があるのだが……良いかね? セイヴァー君」
「何だ?」
コルベールが挙手し、気になったであろうこと――疑問を口にする。
「“ハルケギニア”の“魔法”とちきゅうの“魔術”……どうして、これだけの共通点があるのかね?」
皆、確かに、といった様子を見せる。
一部を除いて、幾つもの共通点が見受けられるのだから。
「……それはだな、ブリミルが“地球”人だからだ」
「――!?」
シオンを除いた皆が一様に、驚いた様子を見せる。
が、才人は直ぐに納得した様子を見せる。
「あの夢……やっぱり、夢じゃなくって」
「そうだ。御前はあの時、“レイシフト”と良く似たことを行わされていたんだ。まあ、大分後にも体験することになるだろうがな」
「“始祖ブリミル”が、サイトと同じちきゅう出身?」
「そうだ。あいつは、俺と同じく“根源接続者”であり、“千里眼”持ちだった。“魔術属性”は“架空元素”……だが、上手く“根源”への接続や“千里眼”などを活用することができなかった。が、それ故に限定的に、未来を見ることができ、結果、色々な“秘宝”と呼ばれるモノを造り残した。あいつの家族達は、皆“杖”を振っての“魔術”行使が慣わしだった、が故に、“ハルケギニア”に来た後もそれは続き、御前等もそれをしないと駄目になった……条件付け化された、というところか」
「ふむ……」
「“ハルケギニア”の“魔法”に於いては兎も角、“地球”の“魔術”は“ハルケギニア”の“平民”であっても扱うことができる」
「そんな、こと!? もし、それが本当なら、一大事だ!」
1人の少年が驚きのあまり大声を出した。
“貴族”は先ず“魔法”を扱うことができが故に優位性を持ち、上の立場でいることができているのである。その優位性が失われてしまえばどうなってしまうのかは、故に語らず、言葉にする必要は皆無であろう。
「まあ、“魔術”の使用には、色々と大変だから、その心配は要らないと言えるだろう。それに、俺はあまり広めるつもりはないからな」
その言葉に、少年はホッと胸を撫で下ろす。
「話が戻るのだが、質問良いだろうか?」
「何かな? ギーシュ」
「君は、最初“根源”とやらについての説明をしてくれた。その際に、“並行世界”の存在も、だ……それって、本当に可能性の数だけ無限に存在するのかい?」
ギーシュのその質問に、俺は首を縦に振る。が……。
「事実、無限と言っても良いくらいに存在するだろう。だが、それでも“世界”の存続、というモノにはそれだけエネルギーが必要となる。其の許容範囲を超えることになれば滅びる。大きく分けて2つになるが……“並行世界は“多少の差異はあっても未来は同じになる大幹の並行世界群”である“編纂事象”と“完全に別世界になり、いずれ滅びる枝葉の並行世界である剪定事象”……その2つだ」
「……この“世界”は、どっちなんだい?」
一息吐いて、ギーシュが問い掛けて来た。
「俺がここに来た時は……後者……“剪定事象”だ」
「そうか……」
皆、それぞれ嘆息した様子を見せる。が、その様子から、絶望しているといった様子は見受けられない。
「ふむ、取り乱さないか」
「その説明で、なんとなくではあるけど……理解できたし、覚悟もできたからね」
「で、だ。セイヴァー。これから先、どういった風に俺達は動くことになるんだ?」
才人が、覚悟を決めた様に俺へと尋ねて来る。
「そうだな。先ず、川での睨み合いの中で、御前達は船の上でちょっとした模擬戦じみたことをする。才人、御前はそれに勝ち続けるんだ。そして、タバサ……御前に、密書が届く」
「密書?」
「“ガリア”の正統成る王になってくれ、といった嘆願書のようなモノだ」
「…………」
「それから、ジョゼフ達と大きな戦いを繰り広げ、“元素の兄弟”と呼ばれる傭兵の兄妹から襲撃を受けて撃退するもデルフリンガーが壊れる」
「俺が、壊れるってか?」
「そうだ。御前は物理的に破壊されてしまう……」
「そんな……」
才人の背中のデルフリンガーへと、皆視線を向ける。
「それから、ルイズ、御前はハッキリと理由を言うことはできないが家出をする。“ロマリア”がタバサ、御前を誘拐して……」
「もう良い」
才人が手を挙げて、俺の言葉を遮り止めた。
「荒唐無稽だな……」
ギーシュが言った。
「だけど、確かな説得力が、何故かあるね」
マリコルヌが言った。
「御前が、俺達に言わずに行動していた理由が何となく理解った気がするよ。そんなこと、先ず基本信じられない。幾ら、友人だからって、妄想が過ぎる、って言いたくなる」
才人が、申し訳なさそうに言った。
「なんだ、まだまだ大事なことがあるが、良いのか?」
「じゃあ、逆に訊くけど、それを回避することはできるのか?」
「できはするだろう。だが」
才人達の疑問に、俺は言葉を濁してしまう。
「君の知る展開から大きくズレる……いや、君は既に全てを識っていることからすると……“剪定”に向かう速度が速まるといったところか」
「そうだ」
コルベールが俺の様子から、俺が口に出すかどうかを迷っていることを代弁してくれた。
そんなコルベールと俺の言葉と様子に、空気が重くなる。
「この先の展開を知りたいのであれば教えるが、どうする?」
「いや、良い……もう良いよ」
「そうか……では、“魔術”についての講義に戻そうか……“魔術”を扱いたいんだよな?」
重い空気の中、俺は話題を戻す。
皆、一様に暗い雰囲気ではあるが、強く首肯いた。これから先の展開で、“魔法”だけに頼る訳にはいかない、と想ったのだろう。
「理論などを簡単に色々と省いて説明するが、先ず基本的に“世界に定められたルールであり、人々の信仰がカタチとなったモノ”――“人の意思、集合無意識、信仰心によって世界に刻み付けられるモノ”――“魔術基盤”が必要だ。これに、“各々の魔術師が魔術回路を通じて繋がることで命令を送り、基盤が受理、あらかじめ作られていた目的の現象を起こすための機能が実行される”……のだが、まあ、そういったことは良いか。使用するだけなら、気にする必要などないだろうしな」
俺はそう言って、懐から腕輪を、この部屋にいる人達の数だけ出す。
その腕輪は、銀色に鈍く光っており、凸凹としている。
「これは、その“魔術”を予めインプットさせておいた“魔道具”……“魔術礼装”と呼ばれるモノをよりコンパクトに、そして色々な機能を纏めたモノだ」
「どんな機能があるんだい?」
「味方全体の“魔法”の効果を高める“魔術”、任意対象が負った軽い傷に対する治癒“魔術”、任意対象が抱える火傷や凍傷や毒などを始めとした状態異常に対する回復用の“魔術”……などなど。が、道具に頼るだけだと駄目だから、基本的な、簡単かつ応用力の高い“魔術”を覚えて貰う……が、その前にッ!」
俺はそう言って、瞬時にナイフを“投影”し、部屋の隅へと投げる。
と同時に、才人も背に背負うデルフリンガーを掴みながら、イーヴァルディも剣を手にして、同じ方向へと跳躍する。
皆が呆気に取られる中、その場で軽い金属音が立った後、黒い外套を纏う細身の男が姿を現した。
その男は、黒い外套以外にも、目を引く特徴的な部分があった。
髑髏の仮面。
「いやはや、流石ですな。気配を遮断して、今仕方到着したばかりだというのに」
「御前……」
才人は、デルフリンガーを握りながら警戒する。
他の皆も、同じだ。“サーヴァント”である彼を、良く知らない者達からしても、“アサシン”から発せられている膨大な“魔力”と迫力などから、警戒せざるをえないのである。
「どうした? 何の用だ?」
「セイヴァー殿。貴男に御頼み申したいことがある」
「何だ?」
次に“アサシン”の口から出た言葉に、俺とシオンを除いた皆は目を丸く見開くことになった。
「私は、貴男と“契約”したい」
「ふむ……で? “キャスター”を裏切る、と言うのかな?」
「然様。私はただ、“初代様”のような暗殺者になりたいだけなのです。それが願望に、“召喚”に応じた。が、“キャスター”めの行動や指示を受け続けてもそれを果たすことはできない」
「それは、こちらに鞍替えしても同じだと想うがね」
「確かにその通りでしょう。ですが、私は、貴男と共にいることで、何かを見付けることができるかもと……」
「ただ、あの剣と盾に恐れをなしただけ、じゃないのか?」
「は、はぁ……」
“アサシン”は、頭を垂れる。
「本当に良いんだな? 俺は体良く御前を駒扱いするかもしれんぞ?」
「構いませぬ。そう簡単にそのようなことをしない御方だと、ここにいる御方々を目にすれば容易に理解できます故」
「……そうか」
俺はそう言って、“汎ゆる魔術を初期化するナイフ”――“
「なあセイヴァー」
「何だ? 才人」
「願望って?」
「ああ、御前は例外だから説明していなかったな……“サーヴァント”は基本、“聖杯”という景品を賭けて戦うのだが、その“聖杯”は“万能の願望器”だ。その“聖杯”を使って、願いを叶えることができるよという題目で“聖杯戦争”は行われ、その“願い”を叶えるべく、“サーヴァント”は“召喚”に応じる」
「でも、俺に願いなんて……」
「あるだろ?」
「で、“ブレイバー”……イーヴァルディは?」
「僕は、君達の心の中にいる“勇者”に応えるだけよ。それが望みだ」
1人の少年の質問に、イーヴァルディは笑顔で答える。
「なら、セイヴァーはどうなんだ? どんな望みを持って、シオンの呼び掛けに応えたんだ?」
「さてな……忘れたよ。どこぞの“赤い外套の弓兵”ではないんだが、記憶が曖昧だ……俺の本来の願望は忘れちまった。が、今の願望、新しい願いはある」
「それは?」
「御前達が、幸せでいることだ」
“カルカンソンヌ”の北方に流れる“リネン川”を挟むかたちで、“ロマリア”と“ガリア”の両軍が対峙し、俺が“魔術”の講義を始めてから3日が過ぎた。
その間、幅200“メイル”ほどに過ぎない川の間を1番飛び交うことになったのは、矢玉でも“魔法”でもなく、言葉であった。
「おーい、“ガリア”も蛙食い! 聞こ得るかぁ!?」
と、“ロマリア”軍の1兵士が大声で叫ぶ。
すると、「聞こ得るぞ! 腐れ坊主共!」と“ガリア”軍から返事が飛ぶ。
「御前の国は、ホントに不味いモノばっかりだな! パンなんか粘土みたいな味がしたぜ! おまけにワインの不味さと来たら! 酢でも飲んでる気分だな!」
「坊主の口にはもったいねえ! 待ってろ! 今から鉛の弾と、炎の弾を喰わせてやるからな!」
「おいおい! 怖じ気付いて川1つ渡れねえ野郎が良く言うぜ!」
「御前達こそ、泳げる奴がいねえんだろ!? 良いからとっとと水練を習ってこっちに来やがれ! 皆殺しにしてやる!」
と、延々と御互いを罵る言葉が乱れ飛び続けている。そのうちに頭に血が昇った“貴族”が1人2人と現れ、川の真ん中に位置した中洲で一騎打ちが始まるのである。勝利者はそこに居残り、堂々と己の軍旗を立てる。すると自軍から大きな歓声が沸いて、士気が上がる。負けた陣営は、地団駄を踏んで悔しがり、直ぐに別の挑戦者が現れる……といった次第で、それが延々と繰り返されているのであった。
決闘に負けて怪我をしてしまった “貴族”は、中洲の両脇に控えた両陣営の小舟が回収する手筈となっている。その小舟に攻撃を加えない程度の騎士道は、この時代にも未だしっかりと生き残っている。
また、幸い死者は出ていない。
今現在、中洲に翻っているのは“ガリア”軍の旗である。盛んに“ガリア”軍から野次が飛んで来る。
そんな様子を、“ロマリア”軍将兵達に混じって川岸で眺めていたギムリが、呆けっとした声で言った。
「何だ、“アルビオン”の時と比べると、随分とノンビリとしてるなあ」
「派手だったのは、最初だけだね」
マリコルヌも感想を述べた。
そんな会話を聞いていたレイナールが、ポツリと言った。
「御互い、後ろめたいんだよ。きっとね」
「後ろめたい?」
才人が問い返すと、レイナールは首肯いた。
「ああ。“聖戦”が発動されたとは言え、相手は“
「ふむ」
「かと言って、一旦“聖戦”を発動した以上、引っ込みは着かない。向こうにしたって、祖国に土足で踏み込まれた以上、戦わない訳にはいかない。ま、幾ら“聖戦”の錦を掲げようが、僕達は侵略軍だからね」
「で、この奇妙な睨み合いは続いてるって訳か。全く、このまま終わったら、阿呆な話だな。死んだ連中はホントに死に損ないじゃねえか」
才人がそう言うと、レイナールは少しばかり厳しい顔になった。
「いや、長引けば長引くほど、僕達は不利になる。何せここは敵地だからね。こっちに着いている“ガリア”の南方諸侯だって、旗色が悪くなればまた寝返るかもしれない。そうなったら面倒だよ」
「確かにそうだな。“サーヴァント”の力を使う訳にもいかねえし。そうなったら破滅か」
「その通り」
キッパリとレイナールは言い切った。
「それを避ける方法は?」
「次の会戦での決定的な勝利。要は川向うの連中に何が何でも勝たなきゃいけない。それしかないね」
「その通りだ。先ずは、この戦いでの勝利。まあ、勝ちは見えているが……」
そんなレイナールの言葉を、俺は肯定する。
才人は、(やっぱり“タイガー戦車”をどうにかしてでも無理矢理運んで来れば良かったかな)と考えた。
“ヨルムンガント”撃破などで活躍した“タイガー戦車”は、“アクイレイア”の街に置いてあるのであった。
才人は、(でも、やっぱり無理だったな)と考え直した。あの戦車は、ただ走行させるだけでも一苦労といえるほどの代物である。少し走っただけで、必ずどこかの部品が悲鳴を上げてしまうだろうことを、才人は“ガンダールヴ”として理解していた。
壊れてしまえば修理すれば良いのだが、予備部品がないのである。何とか“錬金”を駆使してワンオフで造るにしても時間が足りない。
天才的エンジニア……この世界で何も抜きで最高の整備士ということができるコルベールをもってしても、“タイガー戦車”を“ロマリア”国境から800“リーグ”も離れたここまで自走させるのは不可能であった。
奇跡が起こって道中の予備部品がどうにか確保できたとしても、どの道“ガソリン”が不足するのは目に見えていることなのである。
“オストラント号”で運ぶにしても、戦場から戦場へと、一々積み込みと荷降ろしを繰り返すのはあまりにも手間であり、“メイジ”達に重度の疲労を与えるだけである。積んでいるだけでも“風石”の消費は通常時の倍近くになり、熟練の“メイジ”が20人近くも必要となるであろう。というよりも、1度“タイガー戦車”を運んだだけで、“オストラント号”は悲鳴を上げたため、難しい、不可能だといっても良いであろう。
そんな任務に1個騎士隊を割ることができる余裕などは、劣勢状態である“ロマリア”には当然あるはずもない。逆に足手纏になるといえるだろうこともあり、思い切って置いて来たのであった。
結局、“ゼロ戦”と違い、トレーラーや鉄道などがない世界で戦車を運用するのは基本無理だといえるのである。コルベールは、「それでもなんとか運用の方法を考える」と“オストラント号”と共に“アクイレイア”に戻り、必死に作業をしているのだが……何をどうするのか才人には訊く暇がなかったために、才人はそれが判らず仕舞いである。だが、だが、今この時代の技術などでは、流石のコルベールでも、あの戦車を効果的に運用する方法を考えつくということは無理であろう。
が、(セイヴァーなら、どうにかできただろ……でも、必要だとか言わなかったし、問題ないのかな? まあ、持って来たところで、100,000近い大軍が相手では、焼け石に水だろうしな。それに……敵とはいえ、あんな大砲を人間相手に使う気にはなれないしな)と才人は考えた。
今の才人達にとっての頼みの綱ということができるモノは、アンリエッタであった。彼女は、「この戦を止める」と宣言して“トリステイン”に帰って行ったのだが、その際に「くれぐれも軽率な軽挙妄動は慎み、時間を稼いで下さい」と言い残したのであった。だからこそ才人達は、この地でなんとか時間を稼ぐつもりであったのだが……。
才人は、(次、“ヨルムンガント”の軍団が出て来たら? もう、俺達には“宝具”を使用する他術はない。持って来た“AK小銃”とデルフリンガーのみで何ができるっていうんだ? まあ、セイヴァーが何も言って来ないことから、そんなことは起きないんだろうけど……)と考え、“ヨルムンガント”の軍団が出て来てしまった場合を想定して震えた。
「武者震いかい?」
「いや、怖いだけ。ところでギーシュはどうした?」
マリコルヌが、才人の疑問に言葉で答る代わりに指さした。
見ると、ギーシュが川辺りに立ち、小舟で中洲に向かおうとしているところであった。
“ロマリア”軍から歓声が沸いた。
「あんの馬鹿」
「ホントに目立ちたがり屋だなあ。我等の隊長殿は……と言うか呑んでるなあ。ありゃ」
流石のギムリも、切ない声で言った。
「向こうの相手は、こっちの“貴族”を3人も抜いたんだぜ」
「あれは確か、“西百合花壇騎士”、ソワッソン男爵だ。豪傑で有名な“貴族”じゃないか。殺されるぞ」
中洲に立って軍旗を掲げる禿頭の大男を見て、レイナールが呟く。
才人は思わず駆け出し、居並ぶ兵隊や“貴族”を押し退けて、川原に躍り出た。次いで、ジャブジャブと川に張り込み、ギーシュがいる小舟へと乗り込む。
船頭である兵隊が慌てて、場所を開けてくれる。
「やぁサイト。助太刀してくれるのか?」
見るとギーシュは、想像通り完全に出来上がっていると言える状態であった。幾ら聞こし召したのであろうか、既にギーシュの顔は真っ赤っ赤である。そして、ギーシュの左手には、今もワインの瓶が握られている。
「何やってんだよー!? “私が不在の間、くれぐれも自重してくださいね”って姫様から言われてるだろー!」
才人がそう叫ぶと、ギーシュは身悶えして己を強く抱き締めた。
「そうだな。そうかもしれん……でも、見ろサイト。ここに集まった“ロマリア”と“ガリア”両軍の姿を! ここで一発格好良いところを見せてみろ! 僕と“
「死んだら元も子もねえだろうが!」
「それもそうだが。ま、君も来てくれたし、早々不味いことにはなるまいよ」
才人は、(多少はマトモになったと想ってたのに……結局根っこの部分はこいつも全く変わってないんだな。目立ちたがりはもう、死んでも治らないに違いない)と頭を抱えた。
小舟の上で、そのようなやりとりをしていると、向こうの騎士から罵声が飛んだ。
「何だ? 勝てぬからといって、今度は2人か? 流石は臆病者の“ロマリア”人だけのことはあるな!」
するとギーシュは、不敵な笑みを浮かべて叫ぶ。
「僕達は“トリステイン”人だ! 何、御前達無礼な“ガリア”人に、多少の礼儀を教えてやろうと想ってね」
「俺は違うけどな」
才人はそう言ったが、勿論この場の誰も聞いていない。
「“トリステイン”人だと? “ロマリア”の腰巾着め! よおし掛かって来い! “ガリア花壇騎士”、ピエール・フラマンジュ・ド・ソワッソンが相手してやる! どちらが先だ? それとも2人一遍か? どっちでも良いぞ」
ギーシュは重々しく、才人に向かって首肯いた。
「副隊長。出番だ」
「俺かよ!? 格好付けたいんじゃなかったのかよ!?」
「すまん。正直、呑み過ぎたようだ」
ギーシュは臆面もなく、ゲーゲーとやり始めた。
当然、双方から笑いと野次が飛ぶ。
仕方なしといった風に、才人は一歩前に踏み出した。
「名乗れ」
「“トリステイン王国
その名前を聞いて、厳つい特等の男の顔に、驚愕の色が浮かんだ。
「“アルビオン”で110,000を止めたという、2人のうちの1人……あのヒラガか?」
「いかにも」
ソワッソンは、後ろを振り向いて叫んだ。
「おーい! 諸君! 聴いてくれ! この方はあの、“アルビオンの英雄”らしいぞ!」
すると“ガリア”軍から、猛烈な歓声が飛んだ。どうやら才人の名前は、この異国でも知れ渡っているようである。110,000を2人で止めると偉業をなしとげたのだから、当然であろう。
兎に角敵味方問わず、“英雄”には礼が尽くされるモノである。
「誠、御相手できて光栄至極。いざ」
ソワッソンの顔から笑みが消えた。どうやら今までは本気を出していなかったようである。
才人は、(流石は大国“ガリア”。こんな風に強そうな騎士がゴロゴロしているにちがいない。俺達は、こんな連中を大勢相手にしなきゃいけないんだよな)と切なくなった。
それから才人は、デルフリンガーを引き抜いた。
“ロマリア”軍側から、大きな歓声が沸く。
「よお相棒。いつから歌劇の主役を張るようになった? 大した観客じゃねえか!」
「放っとけ。こうなったら取り敢えず川向うの連中にはやる気を失くして貰う」
ソワッソンは、素早く“詠唱”を終わせると、才人目掛けて風の刃を放って来た。
いい加減才人も“メイジ”相手の戦いはやり慣れていた。また、ヒトという生命の枠を超えた“サーヴァント”という“神秘”の塊の力も所持している。
才人は、難なくそれを躱し、ソワッソンの懐へと跳び込んで行く。
だが、ソワッソンも然る者である。才人が振るうデルフリンガーを、フワリと浮かんで躱すと、剣の間合いを見切り遠退かる。才人が近付くと、再びソワッソンは後退しつつ風の刃を放つ。才人が剣士だからといって舐めている訳ではないこと、そして相当な手練であるということが判る。
「デッカイ身体の癖にちょこまかと!」
野次と歓声が飛び交う中で、才人は中々間合いを詰められずにいた。当然、“サーヴァント”としての力を発揮すれば難なく実行することができるだろう。が、才人も才人で、迂闊に飛び込むつもりはなかった。
そのうちに砂に足を取られ、才人は派手に転がってしまった。
「貰った!」
ソワッソンは、そんな才人目掛けて氷の矢を放った。
だが、デルフリンガーがその矢を吸い込む。
「――な!?」
驚愕したソワッソンの“杖”が、粉々に打ち砕かれる。
見ると、才人は“AK小銃”を片手で持ち、突き出していた。その銃口から煙が立ち昇っており、火薬の臭いが、2人の鼻を突く。
「じゅ、銃で“杖”を撃ち抜いただと……?」
この距離で“杖”を狙い撃つ。
そのような精度の銃など、当然見たことも聞いたこともないソワソンは膝を突いた。
当然、一部例外を除いて、今の“ハルケギニア”では造ることができない代物である。
「……ごめんなさい。でも、貴男も“
“ロマリア”軍から、大きな歓声が沸いた。
小舟に乗り込んでいる兵隊が駆け寄り、才人に軍旗を手渡す。
「じゃあこれはここに立てるね。取り敢えず俺の勝ち、と。貴男は旗を持ち帰ってください。御疲れ様でした」
呆然と膝を突いているソワッソンに、才人は告げた。
しかし、そんなソワッソンにギーシュが駆け寄り、ロープで縛り始めた。
「な? 何してんだ御前?」
「おいおい! 彼は君の捕虜だぜ!? 大人しく帰す馬鹿がどこにいる!」
ギーシュは、縛り上げたソワッソンといきなり交渉を開始した。
「2,000!」
「高い。1,000」
「1,500!」
「……く。足元を見おって。良かろう」
ソワッソンは川岸に向かって、指を突き出した。
すると、何か袋を積んだ小舟がやって来て、そこから降りた小さな従者風の男が怖々と才人の前に革袋を3つ置いた。
ギーシュはそれを確認した後、ソワッソンを縛ったロープを解いてやった。
革袋と入れ替わりに、ソワッソンは小舟に乗って帰って行く。
「何じゃこりゃ?」
才人は、ギーシュに尋ねた。
「何って、身代金に決まってるじゃないか」
「身代金?」
「ああ。負けて捕虜に捕られたんだ。釈放して欲しかったら身代金を払うのが当然だろ。彼は男爵だから、相場は1,000なんだが、儲かったな! 君!」
ギーシュは嬉しそうに、才人の肩を叩いた。
袋の中には、手の切れるようなキラキラした金貨が詰まっている。
才人は、なんだかなあ、と頭を掻いた。
「じゃあ儲かったし、帰ろうぜ。阿呆らしくなった」
「おいおい、そういう訳には行かないよ」
ギーシュは、“ガリア”側の川岸を指した。
興奮した“ガリア”の将軍が、「あいつを倒せ! 誰でも良い! 倒した奴には賞金3,000“エキュー”だ!」とそう捲し立てているのが見える。
我も我もと“ガリア貴族”が群がり、小舟の取り合いを御っ始めていた。
「おやおや! 男爵に伯爵……ありゃ、コンヴァレ侯爵の御坊っちゃんだ! 君、上手くや
才人は結局、金と名声に目を眩ませた“ガリア”の“貴族”達と次々手合わせをする羽目に成った。
だが、初回のソワッソンほどの使い手はいなかった。
彼等“ガリア貴族”は、才人に“杖”を斬られたり、小銃で粉々にされたりなどをして、保釈金の交渉をした後に、次々と尻尾を巻いて帰って行くのである。
“水精霊騎士隊”の少年達も集まって来て、それぞれに仕事を始める始末である。
レイナールは、集めた身代金を算盤を片手に勘定している。
マリコルヌとギムリは、列の整理。
他の少年達は、賭けを仕切りだした。小舟に乗って、“ガリア”と“ロマリア”双方から賭け金を募り、大儲けに北叟笑んでいるのである。
いつしか“ガリア”側の、才人に対する賞金は10,000“エキュー”にまで膨れ上がり、10人以上の“貴族”が才人に挑んでは敗れて行った。
「そろそろ休ませろよ……」
才人は、荒い息で言った。この場で知る者は先ずいないといえることではあるが、“ガンダールヴ”としての力を発揮させることができる時間には限界というモノがある。また、流石に“サーヴァント”としてのヒト以上の身体能力などを持つ才人ではあるが、いい加減疲労が溜まり、限界が近付いて来ていたのである。
するとギーシュが、“ガリア”側に向かって叫ぶ。
「食事休憩だ!」
“ロマリア”側から、豪華な食事やワインをたっぷり積んだ小舟がやって来て、テーブルが設えられ、兵隊が給仕に立った。
“水精霊騎士隊”の少年達は、大儲けできたことに興奮しながら、敵と味方に挟まれながらの昼餐を開始した。
レイナールが真面目な顔で、才人に告げる。
「サイト。良いか? あと2回は勝つんだ。そうすれば君、“トリスタニア”の郊外に80“アルバン”の土地が着いた立派な城が買える。そこを僕達の城にしようじゃないか」
眼鏡の奥の目にドルマークが付いているように、才人には見えた。
それから、才人は深い溜息を吐いた。
次いで、賭けを仕切っていた少年達が、「サイト。御願いだから、負けないでくれよ。死んでも良いから、絶対勝てよ。今、賭け率は30対1が付いている。君が負けたら、僕達は破産だからな!」
気分の良くなった少年達は大声で“トリステイン”の軍歌を唄い始めた。
――“杖を取れトリステインの勇者達”。
――“我等百合の紋の元、驕る敵を打ち倒さん”。
――“進め聖成る旗の元”。
――“おートリステイン。我が麗しき祖国”。
――“おートリステイン。我が麗しき祖国”。
「もうやらん」
捻りも味もない直球な唄の中、ポツリと才人が言った。
すると少年達は顔を見合わせた。
「えー」
「えーじゃない。だったら御前達がやれ。こんな馬鹿騒ぎに付き合ってられるか! 俺は闘犬じゃない!」
才人は、どん! とテーブルを叩いて言った。
相手の士気を挫く目的で、才人は一騎討ちを引き受けたのである。
が、士気が下がるどころか、向こうは未だやる気満々である。
というよりも、このようなな所で要らぬ恨みを買いたくない上、あまり有名人になり過ぎるのも、才人からすると避けたいところであった。今となってはもう手遅れであるのだが。
「俺達は“ガリア”の王様を斃しに来たんだ。そんでタバサの境遇を救う。金儲けに来た訳じゃない」
「こんな戦、金儲けでもしなきゃやってられないだろ」
ギーシュが言った。
そうだそうだ、と他の少年達も首肯き合う。
「それに君。金持ちになったらモテるぞ? 今の比じゃないぜ?」
「良いよ別に。ルイズ怒るし」
「馬鹿! そのルイズだってなあ、綺麗なドレスや宝石をプレゼントされたら、多少のことには目を瞑ろうってもんだ! 浮気の1つや2つ、まあしょうがないかって想うようになるよ」
才人の肩が、ピクン、と動いた。
ギーシュは、その才人の微細な変化を見逃さなかった。
「理解るよ。君は一途で、実に好い奴だ。だけどな。たまに余所見してしまう」
「く!」
才人は顔を押さえて、テーブルに肘を突いた。
「おいおい! 仕方ないんだ! 自分を責めちゃいけない! これはもう、何て言うか本能だ。御腹が空くのと、理屈は一緒なんだ。その辺のことを、女性は決して理解しようとしないが、ある程度は緩和する方法がある……それが金だ」
言葉巧みに、ギーシュは才人を追い詰めようとし始めた。
「ホントか? ……それ」
「ああ。保証する。グラモン家の名に賭けて!」
ギーシュは、才人の手を握り締めた。
普段であればギーシュのこのような御調子は無視するところであったのだが、昨日の今日でルイズの嫉妬深さにホトホト手を焼いていた才人は、苦しそうな声で言った。
「……理解った。じゃあ後1回だけだ。どっちにしろ、もう限界なんだよ」
少年達は、ぐ! と指を突き付け合って首肯き合う。
心変わりがあってはならんと、とギーシュは直ぐ様立ち上がり、“ガリア”側に告げた。
「おーい! “ガリア”の紳士諸君! 僕達の“英雄”は、後1回だけやると言っている! 選り優りを寄越すんだ! 身分が高けりゃなお良いぜ!」
“ガリア”側の“貴族”は、「俺が行くんだ」、「いや、俺だ」などと揉め始めた。
「人気者になっちまったな! サイト」
「……ったく。次の戦いが怖いよ」
「良いじゃないか! 狙われるのは戦の華だぜ!」
「おっと、決まったようだ」
川岸の向こうに現れたのは、黒い鉄仮面を冠った長身の“貴族”であった。粗末な革の上衣を着込んでいる。マントがなければ“貴族”とは判らないであろうほど、粗末な格好をしている。
「何だよ。身代金も払えない傭兵風情に用はないぞ」
「一応マントを着てるぜ」
「貧乏“貴族”だな」
「あちゃあ、1番質の悪いの引いちゃったな。恐らく、腕に覚えがあっても金がないって手合いだ。必死の覚悟で来るぜ」
少年達は、ガッカリとした様子を見せる。
とはいっても、最後の最後で逃げ出す訳にも行かないために、才人はデルフリンガーを構えて待ち受けた。
男はユックリと小舟から降りて来ると、軽く一礼した。
ギムリが怒鳴る。
「名乗れ!」
「名乗るほどの名前は持ち合わせておらぬ」
「何だ? 売名目的の勘違い野郎か?」
マリコルヌがそう言ったが、才人はしっかりと身構えた。何度も“メイジ”相手に戦って来たのである。相手ができるかどうか、その動きや雰囲気は、相対しただけでもなんとなく理解るのである。
才人は、(こいつはソワッソン男爵よりも強い。と言うか、今まで対峙した“メイジ”の中でも、間違いなく最強に近い使い手だ)と緊張で額から背を一筋流した。
才人と挑戦者は、10“メイル”ほどの距離を保って向かい合う。
そのまま……時間が過ぎて行く。
「どうしたサイト? そんな奴、サッサとやっつけろよ」
仲間から、そんな無責任な声が飛ぶ。
だが、才人は迂闊な動きを見せることができないでいた。銃も通用しそうに想えないのである。
「来ぬか? では、こちらから行くぞ」
男は“呪文”を“詠唱”する素振りすら見せることなく、“杖”を構えて才人へと突っ込んだ。
どうやら、剣士である才人とマトモに真正面からやり合うつもりであるらしい、と周囲の者達は判断した。
構えたレイピアのような“軍杖”が、振り下ろされる瞬間に青白く光る。“
鉄仮面を着けているおかげだろう、“詠唱”する口元を見て、どの“魔法”であるか読み取ることができない。
そのため、才人は、(いきなり“ブレイド”とは!)と驚いた様子を見せる。虚を突かれた才人は、後ろへとステップを踏む暇もなく、その“杖”をデルフリンガーで受けた。
青白い火花が飛び散る。
そのまま、才人は押し込まれそうになった。
「サイト!」
“メイジ”と鍔迫り合いを行うなど、才人にとってこれが初めての経験であるといえるだろう。
どうやら男は、接近戦に相当の自信を持っているようであることが理解る。
才人は、恐怖を覚え震えた。それから、(やっぱり、世の中は広い……110,000を止めた、“サーヴァント”だ何だって、良い気になってた。けど、“ガリア”にゃさっきのソワッソン男爵やこいつのような、一筋縄じゃ行かない“メイジ”がゴロゴロしてる。調子に乗っていた自分が恥ずかしい……)と考え、次いで(兎に角、チャンバラで“メイジ”に負ける訳には行かねえ)と想った。
才人は思い切って相手の“杖”を受け流し、切っ先を地面へと向けた。そのまま掘り上げるように、デルフリンガーを振る。
だが……男の姿はその瞬間、才人の視界の中から消えていた。
咄嗟に才人が上を向くと、フワリと軽やかに男は空中に浮かんでいた。
男は、落下の勢いを利用して、才人に“杖”を叩き付ける。
ガキーンッ!
と激しい音がして、才人は再び相手の“杖”を受ける。だが、体重の乗った一撃であるということもあるために、才人は思わず後ろによろけてしまった。
男は、その隙を逃すはずもなく、鍔迫り合いのままグッと間合いを詰めた。
男の鉄仮面に包まれた顔が、才人へと近付く。まさに目と鼻の先である。
才人は、(“魔法”ではなく、力で白黒付けようと言うのか? だとしたら、何とも変わった“メイジ”だな)と“メイジ”らしからぬ男の戦い方に、緊張と当惑と恐怖の汗を流した。
すると……。
「このまま鍔迫り合いを続けろ」
仮面の奥から、そんな小声が響いて、才人は一瞬呆気に取られた。
「え?」
「……大きな声を出すな。“トリステイン”人と言ったな?」
「……は、はい」
顔だけは真剣さを保ちながら、訳の理解らぬままに才人は返事をした。
「……ならば、シャルロット……いや、タバサ様を知っているか?」
その言葉で、才人は、眼の前の男が“ガリア軍の中で息を潜めているオルレアン公派の人物”であるということを理解し、(もしかして、これがセイヴァーの言ってた?)と想った。
「……今、一緒にここに来ています」
男は一跳びに飛び退る。
才人もそれに合わせて背後に跳んだ。次いで、わざとらしく見えないように、全力で上段から斬りに行く。
難なく男はそれを受けた。
側で見ていても、必死の鍔迫り合いを行っているかのようにしか見えないであろう。
「……身代金の袋の中に手紙がある。御渡ししてくれ」
「……はい」
スッと、男の腕から力が抜けた。
才人は、男が持つ“杖”を絡め捕り、次いでそれを上に跳ね上げた。
男の手から“杖”が飛び、地面へと突き刺さる。
「参った!」
男は膝を突いた。
「やったな! サイト! 一時はどうなることかと想ったぜ!」
ギーシュ達が、才人へと駆け寄る。
「さてと、じゃあ身代金の交渉と行こうじゃないか」
そんなギーシュを、サイトは制した。
「へ?」
「もう終わった。後は貰うだけだ」
従者が近寄り、才人の前へと革袋を置いた。
中を改めて、ギーシュが叫ぶ。
「おいおい! 銅貨ばっかりじゃないか! これじゃあ釈放は罷りならん。見たところ金に不如意のようだが、それでも“貴族”というからには体面を保つ金額というモノがあるだろう? あれほどの手練なのに、君はそんなに安い男なのか?」
「良いから御前は黙ってろ」
才人は、男に向けて騎士の礼を執った。
男も立ち上がると、見事ということができる“ガリア騎士”の礼を奉じて寄越した。
「やっと終わったみたいね」
歓声に包まれて小舟に乗って帰って来る才人達“水精霊騎士隊”の一行を、“カルカンソンヌ”の直下にある少し小高い丘の上から遠眼鏡で見守りながら、キュルケが言った。
隣にはルイズ、そしてタバサ、ティファニアの姿も見える。
また、その背後には“霊体化”しているイーヴァルディと“アサシン”――ハサンもいる。
6人はここで、中洲で繰り広げられている決闘を見物していたのである。
「ルイズ、貴女の騎士様、凄いじゃない。見てたら10人以上抜いたわよ。たんまり身代金貰ったみたいだし。貴女、たまにはドレスの1つも買ってもらいなさいな」
キュルケが、隣に立っているルイズにそう言った。
すると、ルイズは顔を背けた。
「要らないわ。そんなモノ!」
「あら、どうして?」
「……だって、他の娘にも同じの贈るに決まってるわ」
「そんなことないわよ。だって彼、貴女に夢中じゃない」
「違うの! あいつ、夢の中で……」
ルイズは、(なんでキュルケに、ここまで正直に話さねばいけないの?)と想い、ハッとして、口を噤んだ。
「夢の中? 何それ? 面白そうな話じゃない。あたしに話しなさいな」
「は、話すことなんて何もないわよ!」
「だーめ」
キュルケはルイズを捕まえると、散々にくすぐり始めた。
「ティファニア、タバサ、シオン、手伝って」
ティファニアは、どうしようかと迷った挙句、ルイズをくすぐり始めた。兎に角打ち明けてしまった方が楽になるだろう、と想ったためである。
だが……タバサはプイッと背を向けると歩き去ってしまう。
そんなタバサを、キュルケとシオンはキョトンと見詰める。
「タバサ?」
キュルケは、キョトンとしていたが、それからわずかに真剣な顔になり、ルイズをくすぐり始めた。タバサのこの奇妙な態度の原因が、このルイズの“使い魔”にあるとすれば、と想い……関係のありそうなことは何が何でも訊き出さねば、と考えたのである。
キュルケの指が、神の如く動いた。
ルイズは、身体中の敏感な部分を責め立てられ、悲鳴のような声で叫んだ。
「話す! 話すから!」
ルイズの話を聞き終わったキュルケは、ぷ、と噴き出した。
「何が可笑しいのよ!?」
「だって可笑しいに決まってるじゃな成い。空想の中で浮気するくらい、大目に見て上げなさいな。実際にした訳じゃないんでしょ?」
「実際にするより質が悪いわ! 私といる時に、他の女のこと考えてるってことじゃない!」
「あのねルイズ」
「何よ?」
「男ってのはね、どんなに相手のことが好きでも、視界に他の女がいれば、目移りしてしまう生き物なの。そのくらいのことで一々怒って居たら、身が保たないわよ」
話の生々しさに、ティファニアは顔を真っ赤にして横を向いた。
「そりゃあ私だって理屈では理解ってるわ」
「だったら行動にも移したら良いじゃない」
ルイズは、う~~~、と唸りながら唇を尖らせた。
そんなルイズの様子を見ながら、キュルケはタバサが去って行った方向を見詰める。それから、シオンの方へ振り向き、肩を竦めた。次いで、(シオンも気付いたみたいね……もし、あたし達の予想が当たっていたら……どっちの味方をすべきかしら?)と考えた。そんなことは、理解り切ったことだといえるだろう。ルイズには悪いが、キュルケとタバサは親友である。だが、ルイズはもう、才人以外見えないであろう。誰かに本当に盗られたりしてしまえば、死んでしまう可能性だってあるくらいである。そんなことになってしまえば、寝覚めが悪いことこの上ない。
キュルケは、(こりゃ参ったことになったわね)と珍しく悩んで腕を組んだ。
「何よあいつ何よあいつ何よあいつ……きっと、一杯夢見てるんだわ。私以外の娘と、あんなことやこんなことしたいんだわ」
そこまで言って、ルイズは頭に来たらしい。拳を握り締め、ギリギリと唇を噛み始めた。
キュルケは、そんなルイズの様子を見て、昔の自分を想い出した。恋に恋していた頃……失敗した恋の記憶……。
「ねえルイズ」
「きっと姫様にはあんなことしたんだわそうよねあの色気女の私から見ても尋常じゃないものティファニアなんかああちょうどそこにいたわね良いから聞きなさいあんたはその胸を使った演出で何回あの犬の夢に出て来たか判らないわ間違いなくロングランを記録して連日連夜の大入り状態で……」
「ルイズ!」
「何よ?」
ギロッと、ルイズはキュルケを睨んだ。
「あのね? 貴女に1つだけ言いたいことがあるの」
「言いなさいよ」
「あのね、貴女の考えているサイトと、本当のサイトは違うの。理解ってる?」
「どういう意味?」
「サイトだって、普通の男の子ってこと。四六時中あんたのことだけ考えてて、呼べばいつでも来るような、便利な存在じゃないってことよ。彼は貴女の騎士かもしんないけど、あなたの物じゃないのよ」
「理解ってるわ」
「理解ってないじゃない。だから、心の中を覗き見て、そこにいた相手が自分の理想と違うからって怒ったりするんじゃないの?」
「何よ? 理解ったようなこと言わないで!」
「理解るのよ。あたしにも経験があるから。自分と同じ分だけ、相手が自分のことを考えててくれないと、ついつい怒っちゃうのよね」
「う……」
「でもそれは御門違いってモノよ。弱点も欠点も足りない分も引っ括めて好きになる。それがホントの恋だって、あたし想うわ」
遠い目をして、キュルケは言った。
そんなキュルケとルイズの2人を、シオンは微笑みながら見守った。
“リネン川”へと広がる草原から“カルカンソンヌ”の街に上るためには、凡そ100“メイル”からの切り立った崖を階段で上らねばならない。
“
石灰岩質の白い階段を一段ずつユックリと上っていると、シルフィードがやって来て、その上を飛び回りながらタバサの頭を突いた。(どうして私を使わないのね? きゅい)とその顔が言っていることが判る。
タバサが全く相手をしないために、シルフィードはキョロキョロと辺りを見回し、小声で呟く。
「こんな階段を上ったら、疲れて死んじゃうのね。シルフィに乗ればあっと言う間に街に着けるのね」
だが、タバサは返事をしない。まるで苦行を受けるのが当然とばかりに、黙々と階段を上っているのである。
再び口を開こうとしたシルフィードは、階段の中腹で待ち受ける人物を目にして、飛び上がった。人前で喋っているところを見られでもしてしまえば、一大事であるためだ。
階段の折り返しに立っていたのは、“ロマリア”神官にして、教皇ヴィットーリオの“使い魔”――“ヴィンダールヴ”――“ライダー”の“サーヴァント”である、ジュリオであった。
「やあ、タバサ」
左右色の違うオッドアイを煌めかせ、ジュリオはタバサに挨拶を寄越した。どうやら、タバサが通り掛かるのを知って、ここで待っていたようである。
大抵の女性であれば、そのハンサムな顔立ちや神秘的な瞳にやられてしまい、速攻参ってしまうであろう。が、タバサには効かない。
タバサは、完全に無視して、その側を通り過ぎる。
「失礼。呼び方を間違えたようですね。シャルロット姫殿下」
タバサは立ち止まると、振り返らずに言った。
「知ってたの?」
「ええ。この“ハルケギニア”のことで、我々“ロマリア”が知らぬことなど、何1つありませんから」
「そして、陰謀に長けた国」
「と、申されますと?」
「南部諸侯の寝返り。何ヶ月も前から準備を進めねば、ここまでの素早い侵攻は無理」
「その通りです。御慧眼であらせられますね。では、私が次に御願いする内容も、御見抜きになっているのでは?」
タバサの目が、わずかに光った。
「全てが貴男達の掌の上と想ったら、大間違い」
「ですが、予想の範囲なんですよ。この“カルカンソンヌ”で足止めを喰らうことも、そしてどのようにしてこの川向うの敵を突破し、“リュティス”に至る道ができるのかも……」
「貴男達の
「いえ。由緒ある王国を、本来の持ち主に御返しする御手伝いがしたいだけです」
「私は冠が冠りたいから、叔父を倒す訳じゃない」
タバサはキッパリと言うと、歩き出した。
「困ったな。どうして我々に、復讐の御手伝いをさせてくれないのです?」
「個人的なことだから」
タバサと“霊体化”しているイーヴァルディの背を、ジュリオは楽しげに見送った。
唄でも唄いかねない雰囲気のまま、ジュリオは頭を掻いた。
“聖戦”の完遂のためには、ジョゼフの打倒は必要不可欠なことである。あの男は決して、“聖戦”に於いて味方になることがないと理解り切っているためである。さて、この“ガリア”の地でジョゼフを打倒するためには、何としてでも“ロマリア”側――ヴィットーリオとジュリオ達からして神輿という存在が必要であった。次期国王目されていたオルレアン公の遺児……。
彼女が正統な王権を主張し、“ロマリア”の先頭に立ってしまえば、これ以上の神輿はない、といえるだろう。そうなれば、味方に着いたとはいえ、本格的に戦闘に参加する意志のない南部諸侯もやる気を出すのは確実である。未だ旗幟を窺っている他の諸侯も“ロマリア”側に就くであろう。その上、敵部隊の寝返りもまた期待できる。
この“カルカンソンヌ”で見合っている現状は、その神輿を持ち出すためには最高の舞台であるといえるだろう。
だが、今のタバサはそれに協力する意志はない、と言う。
「さて……どうして“ハルケギニア”の御姫様方ときたら、こうも頑固なんだろうね。でも、何があっても我等の賛美歌に合わせて踊って頂きますよ。シャルロット姫殿下」