魔女ノエルと8人の大魔女 〜この世で最初の魔女集会〜 作:もーる
ノエルたちがゴブリンの大群を沈静化する少し前のこと。
サフィアは自分が召喚した数体のイエティに乗って、スアールの元へと駆けつけていた。
そこには、魂が抜けたようにぐったりとしたゴブリンが1体、その周りを心配そうに囲む仲間のゴブリンたちが数体、そしてその倒れたゴブリンに近づこうとするスアールの姿があった。
「スアールさん! ご無事ですか!?」
「あぁ、ちょうど良かった。このゴブリンたち、どうしても私をそこの子に近づけようとしてくれないのよ。焦ってるみたいで話も通じないし、どうにかしてもらえないかしら?」
「えっ、まさか攻撃して欲しいってことですか?」
「うーん、まあ死に繋がらない程度だったら構わないわ。今一番の問題は、そこに死ぬかもしれない生命があるってことだもの」
「わ、分かりました。スアールさんがそう言うのなら……。じゃ、軽ーくやっちゃって、イエティ!」
サフィアはイエティの肩から降りると、イエティたちにそう指示を出した。
すると、イエティたちは咆哮を上げ、ゴブリンたちを腕で薙ぎ払い始めたのだった。
ゴブリンたちは必死に突進したり盾を使って抵抗するが、イエティたちを少しのけぞらせることくらいしかできていないようだった。
「スアールさん、今のうちです!」
「ありがとう、サフィアちゃん……!」
「もし何か危険が及ぶようなことがあれば、あたしがどうにかしてみせます!」
「無茶はしないようにね。さて、と……」
スアールは倒れているゴブリンの兜を外し、容体を確認する。
「……どうにか息はしているけど、かなり危ない状況ね。魔物にとって魔力とは命の源。つまり、魔力を与えてやればきっと回復するはず」
「えっ、スアールさんって誰かに与えられるくらいの魔力残ってるんですか? 若魔女じゃない魔女さんの魔力量がどれくらいか分からないですけど、無理はダメですよ!」
「うーん、多少の魔力は残ってるけど、この子をどうにかできるほどは残ってないわね。って、サフィアちゃんはそっちに集中した方がいいわよ。魔物ってとってもしぶといんだから」
そう言われたのも束の間、サフィアに向かってゴブリンが突撃してきた。
しかし、サフィアは間一髪で横に転がってそれを避けたのだった。
「ちょっ、危ないじゃない! って……それで、スアールさんはどうするつもりなんです? 今の話を聞いてる限りだと、どうしようもない感じですけど……」
「ええ、私1人ではどうしようもないのが現状ね。ってことでサフィアちゃん、少しだけ魔力を分けてあげることはできるかしら?」
「えっ、あたしですか!?」
「今の状況で魔力を与えられるのはサフィアちゃん以外に誰もいないもの。勝手なお願いでごめんなさいね。ただ、私も私でできることをやってみるから、お願いできる?」
「……分かりました。イエティ! あたしとスアールさんを守りなさい!」
すると、イエティたちがサフィアたちを囲むようにゴブリンたちに立ちはだかる。
サフィアは急いで倒れたゴブリンの胸元に手を当て、魔力を放出し始めたのだった。
魔力を与えながら、サフィアは少し考える。
「(今のところ、スアールさんは無策でこっちに来たってことになるけど、本当に何かやれることなんてあるのかしら……?)」
「例え無策でも、無謀でも、私がここにいることが必要なんだと思うの」
「っ……!? きゅ、急にどうしたんです?」
「いえ……きっと、サフィアちゃんの目には私の行動が突拍子もないように思えているだろうなって思ってね」
「……ノエル様もよくそんな行動に出ることがあるんです。でも、それが意味のないことなんて一度もなかった。ですから、スアールさんの言いたいこと、何となく分かる気がします」
「そう……ノエルが……」
そう呟いたスアールの横顔は、サフィアの目には少し綻んでいるように見えた。
「ま、まあ、本音を言うと、ちゃんと作戦を立ててからにして欲しいんですけどね! だけど、それでも結局どうにかしちゃうのがノエル様の凄いところなんです」
「じゃあ、姉として負けてられないわね!」
スアールがそう言った瞬間、倒れていたゴブリンが急に咳き込んだ。
「……あっ、スアールさん! 意識を取り戻したみたいです!」
「ちょうど良かった。今度は私の番ね。召喚した魔物を下げてもらえるかしら」
「えっ、危ないですよ!? それに、今ので魔力使っちゃって、すぐに再召喚できませんし……」
「いいえ、その危ない子たちに聞きたいことがあるの。どうしてもって言うなら、ノエルたちの方に送ってやってもらえるかしら?」
「スアールさんを守る使命がある以上、指示が出せない場所までイエティを送るのはマズいし……。あぁ、もう、仕方ない! 召喚門を閉じます!」
そう言ったサフィアは召喚門を呼び出し、イエティたちを退散させてその門を閉じた。
それを見たスアールはサフィアを連れてその場から少し離れ、周りにいるゴブリンたちに言った。
「ほら、あなたたちの仲間を治してあげたわよ。文句がある子はいないわよね?」
「や、優しい声だけど、言ってることが怖いわ……」
すると、ゴブリンたちは一斉に倒れた仲間のところに集まり、スアールに礼を言い始めたのだった。
スアールは少し離れた場所にいる黒いゴブリンを見つつ、こう言った。
「あの黒いゴブリンはなぜか動かないみたいだし……。今のうちに聞けることを聞いちゃいましょうか。ねえ、あなたたちはどうしてあいつに従ってるの? っていうか、あいつは何者?」
「アイツ、イダチ。オレタチノ、オサ」
「見てくれからしてそうだったわね。でも、どうしてそんなに怖がっているのかしら?」
「アイツ、オカシクナッタ。ディートニアッテ、オカシクナッタ」
「ディート……。そいつが
「チガウ。ディートハ、マドウシ、チガウ、イッテタ」
スアールとサフィアは目を合わせ、きょとんとする。
スアールはそのまま質問を続けた。
「そういえば、確かに黒くなる直前にそいつが魔導士じゃないみたいなこと言ってたわね。でも、魔導士じゃないなら何だって言うの?」
「ディートハ、ショカ……ショカン……? ワスレタ」
「ショカ……ショカン……。何かしら……」
「ショカン……ショカン……?」
サフィアは復唱しながら周りを見回す。
すると、先ほどまでここにいたイエティたちの体毛が落ちているのを見つけた。
その瞬間、サフィアはハッとしてスアールに言った。
「あっ! スアールさん、もしかして、『
「なるほど! 魔導士じゃないのに召喚を使うってことは、魔具を使ってるってことよね……。ってことは……『召喚士』!」
「ソウ、ショウカンシ! ソイツ、オレタチヨンデ、イッタ」
『家族の仇を取る時だ』
「家族の……仇……ですって……?」
「オレタチノカゾク、コロシタヤツ、ソワレムライル。キイタ」
それを聞いたスアールはハッとして、辛そうに頭を押さえる。
しかし、それでも優しい声で質問を投げかけた。
「あ、あなたたちはその人を殺すために協力してるって、いうこと……? でも、ソワレ村を襲うつもりはなかったんじゃ……」
「ディート、コウスレバ、ソイツガクル、イッタ。コレキテ、ユックリアルケ、ソウイッタ」
「なるほど、あいつの方が一枚上手ってわけ……。それで? そいつが来たら殺すつもりだったんでしょう?」
「……チガウ」
「えっ……?」
「オレタチ、ソイツニ、キキタカッタ。ドウシテ、オレタチノカゾク、コロサレタ?」
その瞬間、スアールの、ソワレの中に、初めて感じるものが
それは本来、魔物に対して抱くような感情であるはずのないものだった。
それは、とても強い『自責心』だった。
「あぁっ……ああぁぁ…………!!」
「スアールさん! しっかりしてください!」
「魔物は敵。だから討伐するのが当たり前だった……! だからこそ、魔物にも家族がいるなんて当然のこと、考えたこともなかったのよ……!」
「スアールさん……」
「当時の私だったら、それに気づいてもどうも思わなかったでしょう。でも、今の私には家族がいる……。だから、いくら相手が魔物でも家族を想う気持ちは同じはずだって、気づいてしまったのよ……!」
辛い表情をしたまま息を切らし、周りを見渡したスアールは、周りを囲んでいるゴブリンたちが心配そうに見ているのに気づいた。
『自分があなたたちの家族を殺したその人だ』と言えないまま、スアールはサフィアに縋ったまま涙を流すのだった。
その時だった。
「……あれ、何でしょう」
サフィアがそう呟いて指差した先を、スアールは振り返って見つめる。
その目線の先には、黒いゴブリンの足元から出現していた触手が空中に集まり、中から黒い光を放っていた。
「そういえば、過去に文献で読んだことがあったわね……。召喚士の切り札……」
「切り札……? それって一体?」
「召喚した魔物を媒介にした、自爆攻撃よ……」
「それって……まさか!」
「ええ、あれほどの魔力量、若魔女じゃない私でもはっきりと感じられるくらいだなんて、それ以外にあり得ないわ!」
「ど、どうしましょう! ノエル様たちに助けてもらうには遠すぎるし、壁となる魔物を召喚する魔力なんてないし……! 何にしても、この距離はマズいです!」
周りのゴブリンたちは黒い光を一斉に恐れ始め、逃げ出そうとしても腰が抜けている様子であった。
それを見たスアールは、涙を拭って立ち上がったのだった。
「スアール……さん……?」
「サフィアちゃん、前に言ってたわよね。呪いの残滓は光魔法で浄化するのが一番だって。もちろん、私自身も体験したことはあるけど、何度も浄化してきたあなたたちの言葉なら確信を持てるわ」
「まさか、そんな魔力で浄化する気じゃ……。無茶ですよ! そ、そうだ、この指輪を使えば……!」
「魔法の詠唱に時間がかかり過ぎるから、それを使うにはもう手遅れよ」
「でも……!」
「いいから、早くその子たちを連れて逃げなさい! 私の魔法で少しでも威力を軽減できれば、それで……」
スアールはサフィアに微笑んで、言った。
「それで……その子たちの家族への罪滅ぼしになるかしらね……?」
「スアールさん……!!」
「さっさと逃げろって言ってるの! いくら魔法を弾く鎧があっても、この距離であの威力は無事じゃ済まないんだから!」
「っ……!!」
サフィアは腰の抜けたゴブリンたちを起こし、倒れたゴブリンを連れて逃げるように指示をする。
そして、ある程度の距離を取ったところで、サフィアは振り向いた。
触手は肥大化を始め、中の黒い光がさらに漏れ出している。
「どうして……どうして、スアールさんが……こんな……!」
溢れる魔力に近づくスアールの姿は、サフィアの目にはなぜかもの悲しく見えた。
そして、その背中には多くの後悔があるように見えたのだった。
「誰か……。誰か……! スアールさんを、ソワレさんを…………助けてよ……!」
魔女なのに魔力不足で何もできない、そんなあまりの無力さにサフィアは泣き始めてしまった。
揺らめく景色は段々と黒くなり、その度に涙が止まらなくなってしまっていた──。
その時だった。
「えっ…………?」
彼女の見ていた景色に、1つの人影が増えた。
それどころか、それは自分の横を凄まじい速さで駆け抜けて行ったものだった。
「あ……あぁっ……!」
それは師匠であるノエルではない。
それは姉たるマリンでもない。
サフィアの知っている魔導士の誰でもない。
魔導士でも、兵士でも、何でもないただの
しかし、その場において、その村人はただの村人ではなくなった。
「ルナリオさん……!!」
彼は次の村長候補であり、大魔女の孫であり、そして──。
「ばあちゃん! 一番しちゃいけない忘れ物をしてるぞ!!」
★作者からのお知らせ
今週から隔週連載になりますので、次の更新は再来週の水曜日20:00です。
これからもよろしくお願いします。