魔女ノエルと8人の大魔女 〜この世で最初の魔女集会〜   作:もーる

120 / 140
116頁目.ノエルと報告書と文明と……

 それから数日が経過した。

 

 ノエルたちは『魔女の墓場』にある自分たちの拠点で、今回起きた一連の事件の報告書を書かされていた。

 羽根ペンを指先で振りながら、マリンは溜息をつく。

 

 

「はぁ……。どうしてわたくしたちが、こんな雑務をしなければなりませんの……」

 

「メモラ王家に世話になっている以上、仕事を任されたらちゃんとやるのが筋だ。それに、今回に関してはアタシたちが当事者なんだから仕方ないだろう?」

 

「あたし、こんなに手が痛くなるまで文字を書いたことなかったかも……。っていうか、どうしてあたしだけ報告書の枚数が多いの〜!」

 

「仕方ないさ、サフィーが一番姉さんの近くにいたからね。姉さんがゴブリンたちに何したとかどんな魔法をどうやって使ったかとか、詳細なことが分かるのはサフィーしかいないわけで」

 

 

 サフィアは羽根ペンを置いて伸びをしながら軽く息を吐く。

 

 

「あーもう。今になって軽率な行動だったって後悔してますよ……。で、あたしに比べて、2人の報告書の少なさはどういうこと? ズルくない?」

 

「わたくしたち2人、今回に関してはただの傍観者でしたもの。ノエルは心臓の件がある上にソワレさんと関わりがあるので、報告する内容はやや多めでしょうけど」

 

「じゃあお姉ちゃんが一番ズルい」

 

「まあまあ。わたくしはその代わりに()の尋問を担当して、そっちの報告書を昨日まとめていましたから。結果としてはとんとんですわ」

 

「あぁ、ディートか。そういえばあのあとの話、全く聞いてなかったな」

 

「報告書が書き終わったら教えますわ。そんなに大層な話でもないので、すぐ終わってしまうでしょうけど」

 

 

 そう言って、マリンはペン先を走らせる。

 それを見たサフィアは、散った気を戻すように両頬を叩いて再び机へと向かうのだった。

 

 

***

 

 

「やっ…………と書き終わったー!」

 

「お疲れ様でした。紅茶をどうぞ、サフィー」

 

「ん、ありがと」

 

「それで? ディートの話を聞かせてもらえるんだったか」

 

「こんな内容がお茶のお供になるかは分かりませんが……」

 

「いいよ。これまでの災司(ファリス)もみんな似たような話ばかりだったし、もう慣れた」

 

 

 マリンは静かに話し始めた。

 

 

「では。今回の件もやはり、いつもと同様に『真の精霊』と呼ばれる存在を狂信する人物による凶行でした。そして先日会った時、わたくしたちが見たあの狂信は消え失せ、とても大人しくしていましたわ。しかし……」

 

「今回の事件は、これまでと明らかに違う点があった。尋問ではその謎を明らかにする必要があったんだが……分かったのか?」

 

「ええ、もちろん。これまでと違って、彼は魔導士ではなく召喚士……つまりは魔力を持たないただの人間でした。では、ディートがあの悪魔の存在をどうやって知ったのか……。それを聞くことから尋問は始まりましたわ」

 

 

***

 

 

 メモラ城の隣にある監獄のとある一室にて。

 透明なガラス越しに、マリンは床に座り込むディートに尋ねる。

 

 

「ディートさん、あなたはどうやってあの『真の精霊』を名乗る存在を知ったんですの?」

 

「……俺っちは精霊様のことを勘違いしてたんだ」

 

「質問の答えになっていませんが……。はぁ……仕方ありませんわね。勘違い、とは?」

 

()()()()が信じている精霊様ってのは、神様みたいな存在だって思ってたんだよ。でも、精霊様はおろか、あいつらすら助けに来ちゃくれなかった。精霊様は俺っちをずっと見ていてくれるような存在じゃなかったんだ」

 

「神様……ねぇ。この世にそういう信仰があるのは知っていましたが、あなたの凶行はそもそもそういう理念に反しているんじゃありませんの? でしたら、神がいたとしても助けるわけありませんわ」

 

「俺っちは神様なんて信じたことはなかった。召喚士になったのも、信仰に熱心な両親から逃げるためだったんだ。魔物を手駒にするなんて、神様の教えに一番反する行為だからな」

 

 

 マリンは聞いたことを資料にまとめる。

 それと同時に、話の繋がりを別の羊皮紙に書き留めていた。

 

 

「なるほど、むしろ神に反発するために召喚士になった、と。でしたら、なぜ『真の精霊』にはあそこまでの信仰を?」

 

「神も、それを信じる連中も、それを信じる親も、誰も信じられなくなって、俺っちは1人になった。いや、召喚の契約をした魔物だけが俺っちの信じられるものだった。そしたらある日、魔物たちの祖先が素晴らしい力を与えてくれるって噂を聞いたのさ」

 

「新しい信仰があなたの信じられるものだった、と。魔物たちの祖先というのが真の精霊だとすると、その噂の元は災司(ファリス)でしょうか?」

 

「あぁ、そうだ。3人くらいの黒いローブを着た魔導士が、メモラの郊外の村に集まっていたのさ。そいつらに力について聞いたら、条件付きで魔導書を分けてくれたんだ」

 

「条件とは?」

 

災司(ファリス)に協力することさ。まあ、俺っちは召喚術を強化できるなら何でも良かった。それこそが俺っちの信じられるものだったからな。だけど、その魔導書に触れた瞬間、俺っちは凄まじい強大な存在を目の当たりにしたんだ」

 

 

 ディートは灰色の天井を見上げ、回想している。

 マリンは唾を飲み、尋ねた。

 

 

「それが、あなたの言う()()()ということですの?」

 

「そうだ。そして、精霊様は俺っちにとある天啓を授けて下さったんだ」

 

「天啓……つまりは指示をされたわけですわね。それが今回の事件の発端というわけですか」

 

「そういうこと。精霊様は『神の心臓』を欲していた。目的とかそういうのは知らなかったけど、その心臓さえ手に入れば魔導書の力を永遠に与えてやると言われたんだ。あと、ゴブリンたちの過去とかそういうのを教えてくれたのも精霊様だった」

 

「真の精霊がゴブリンたちの過去を知っていた……? ま、まあ、ともかく、あなたは甘い言葉に惑わされ、その心臓がどういうものかも知らないまま行動を起こした。そして、その呪いの魔導書を使ってゴブリンたちを強化した、というわけですわね」

 

「あとは知っての通りだ。で、俺っちが話せるのはこれぐらいなんだが……。最後に俺っちからも質問いいか?」

 

「はい? 何ですの?」

 

 

 ディートは足を組み直し、質問を投げた。

 

 

「結局、神の心臓って何だったんだ? 精霊様はどうしてそれを欲していたんだよ?」

 

「……あなた、資料によるとまだ19歳とありますが、『原初の大厄災』は知ってます?」

 

「あぁ、あの昔話か? それならメモラの国民なら子供の頃から誰でも知ってる有名な御伽話だけど……それがどうかしたのか?」

 

「あれは御伽話ではなく、実際に起きた大災害ですわ。神の心臓が何であれ、真の精霊の目的は心臓の力を使って原初の大厄災を再び起こすこと。そして、人間を滅ぼして魔物だけの世界を作り上げることなのです」

 

「人間を……滅ぼす……。神様どころか、とんだ悪魔じゃないか……。俺っちはそんな力に手を……」

 

「あの魔導書に触れ、力に魅入られた人間は正気を失い、目的のためなら手段を選ばなくなってしまう。それがこれまでわたくしたちが見てきた災司(ファリス)の姿でした。あなたの行いも決して許されるべきものではありませんでしたが、全ては真の精霊のせいですわ」

 

 

 そう言って、マリンは資料をひとまとめにして机の上でトントンと揃える。

 

 

「じゃ、じゃあ、俺っちはもうここから──」

 

「いえ、あなたは大罪人ではなくなったにしても、更生されるべき人間です。災司(ファリス)に加担した理由、それは召喚術を高めるためだったはずでしょう? なのに、あなたは最後の最後まで自分を貫けなかった。だからあの時、真の精霊に助けを求めた」

 

「そ、それは……」

 

「正気を失うということは、その行動が本能的になるということ。あなたが最後に見せた本能は『誰かに助けを求めること』だった。あなたは自分すら信じられなくなっていたのですわ。そんな方をそのまま外に出しても、今回の二の舞が起きる予感しかしませんもの」

 

「そ……それなら、俺っちはこれからどうなるんだ……?」

 

「それは──」

 

 

***

 

 

 魔女の墓場で話を終えたノエルたちは、メモラ国王・ダイヤとその両親が経営している大農園に来ていた。

 案内役として引っ張り出されたダイヤは、不満そうな顔をして農園の中を歩いている。

 

 

「お前……明らかに怒ってるよな? 案内してくれって言っただけなのに」

 

「そりゃ怒るさ。あのルナリオとかいう男に説得された感じで、ゴブリンたちを渋々雇ったってのに、それに加えて()()まで働かせろって、一体お前たちは何の権利があってオイラを困らせるんだ!」

 

「いやいや、最終決定をするのはお前だが、ここの農園の経営者はお前の両親だ。マリンが話をしてみたら二つ返事をもらえたらしいから、そのままお前に掛け合ってもらっただけさ。2人がいいと言ってるんだし、結局お前だって許諾したじゃないか」

 

「それは父さんと母さんがあとになってゴネるのが面倒になるからだ! ちゃんとゴブリンたちにも罪人たちにも監視はつけさせてもらったけど、大事な国の兵力をそんなことに割かなきゃいけないなんて、ことの重大さを理解しているのか?」

 

「理解しているとも。だが、更生だとか共存だとか、色んな問題を1つの場所で管理できるようになるのはお前も助かるはずさ。元々、魔女と人間との共存を認める施策はお前が始めたことだったし、新しい文明の形を自分で作るのは好きだろう?」

 

「うっ……そう言われるとそうなんだけど……」

 

 

 そんな話をしている内に、ノエルたちはこれまでの緑色の景色と打って変わった場所に出た。

 そこはまだ土が十分に耕されておらず、水も引かれていない、いわゆる荒地だった。

 ノエルたちがその奥を見ると、ゴブリンの姿らしきものが目に映る。

 ゴブリンたちは、周りにいる兵士たちから指示を受けながら(くわ)で土を耕しているのだった。

 

 

「なるほど、1から農業を教えてるわけだ」

 

「まあ、素人に大事な食物を触らせるわけにはいかないからね。それに、この国の兵士たちは大抵は農民上がりだから、監視と指導を両立できるってわけさ。もし仮に農具で何かしようとしても、農民上がりの兵士相手には敵わないはずだ」

 

「へえ、お前って本当に頭は回るなぁ。それにしても……」

 

 

 そう言って、ノエルは周りを見回す。

 

 

「まさかこんな柵で囲うだけで、どこからでも逃げられる状態にしているとはねぇ」

 

「農業は地道な作業だ。嫌になったらいつでも逃げていい。罪を犯して逃げるんじゃなくて、何か目的があって逃げるのなら、そいつはもうオイラにとっちゃどうでもいい。逃げるも戻るも好きにしていいっていうのが、オイラなりのささやかな抵抗さ」

 

「と言いつつ、心身への配慮を込めたような言い回しなのがダイヤさんらしいですわね。食物を育てることで、心身の成長や他者への理解を深められると思って提案してみましたが、大正解でした」

 

「確か、明日からここに更生施設に入ってる人たちが働きに来るんだっけ。頑張ってくださいね、ダイヤさん!」

 

「あぁ、頑張る……って、うん? どうしてそこまで他人事なんだ? メモラにいる以上は無関係じゃないだろう?」

 

「まだしばらくはここに世話になるとは思うが、落ち着いたらまた旅に出るよ。目的地ははっきりとしていないけど、目的はできたからね」

 

 

 ノエルはそう言って、魔導書を取り出す。

 

 

「アタシたちは今回、魔法以外の知識不足で危機に陥った。つまり、今後は真の精霊や災司(ファリス)がそういう手段を使ってくる可能性が高いってことだ」

 

「ですから、再びこの大陸全土を巡って、魔導士以外にも目を向けてみようかと思いましたの。死霊術士、召喚士、他にも魔具使いや錬金術士など、様々な未知の能力がありますから」

 

「とりあえずはヴァスカルに戻るのが最初ですね。クロネさんに猫ちゃんを預けたり、死霊術士のライジュさんに話を聞いたり、やることがたくさんありそう!」

 

「……分かった。また手紙をくれるか国王伝いで話を通してくれれば、魔女の墓場の鍵を開けておくよ。出かける時に兵士に鍵を返しておいてくれ」

 

「あぁ、了解した。少し気は早いが、世話になったな、ダイヤ」

 

「こっちこそ。ゴブリンの件はお前たちの活躍があってのことだったし。他の国王たちにも報告しておくさ」

 

 

 こうして、ノエルたちはゴブリンたちの侵攻、災司(ファリス)の目論みを阻止し、メモラの危機を救った。

 ノエルたちの旅はもう少しだけ続く。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。