魔女ノエルと8人の大魔女 〜この世で最初の魔女集会〜 作:もーる
ところ変わって、大魔女集会のあと、ルカがラウディに戻ってしばらくした頃。
彼女はこれからのことに頭を悩ませていた。
これは、未来を担う若魔女・ルカのある日のお話。
***
「うーん……うーん……」
『魔法の修行をするための時間が欲しい』
ボクは確かにそう言って、ノエルさんたちの力になれるよう頑張ることを決めた。
そして、この前の大魔女集会の時の一件で、もっと修行を積む必要があることを知った。
でも、ボク自身は何を目標にしてどんな魔法を習得するべきなのだろう。
『ノエルさんたちの力になる』という大きな目標が、あまりにも漠然とし過ぎていることに気付いてしまい、ボクは頭を抱えていた。
「仕事であれば、こんな魔法を作って欲しいとか、これくらいの量の魔導書を書いて欲しいとか、はっきりとした目標があるんですけどねぇ……」
もちろん、魔法の修行をするだけなら魔力を高める訓練や、新しい魔法の考案をすれば済む話だ。
実際、大魔女集会が行われる前、ノエルさんたちと最初に別れたあとはそういった修行をしていた。
だけど、それだけじゃ
「経験とか知識はノエルさんたちに敵うわけないけど、少なくとも力にはなれると思ってたのにな……」
修行すること自体は悪くなかったと思う。
恐らくボクには修行する時間が足りなかったのだと、最近まではそう思っていた。
しかし、時間があったとしても目標があまりに漠然とし過ぎていて、せっかくもらった時間が無駄に流れていくばかりなのだった。
「このままじゃ、力になるどころか足を引っ張ってしまう……! どうしよう……どうしよう……!!」
悩みは焦りへと変わり、無駄な焦りは疲れに変わった。
ようやく落ち着いたボクは、ボク一人ではどうしようもないことなのだと理解した。
ふと、壁に掛かったアカデミーの卒業写真が目に入る。
「あの頃は新しい発見ばかりで楽しかったな……。ボクも師匠みたいになるんだって、そう思って修行をつけてもらってたのに、今のボクときたら……」
情けない、と思いつつもその心の弱さが自分の弱さになるのだと、己を律する。
「ダメだダメだ! クヨクヨしてられません!」
と言ったものの、実際問題、どうすればいいのか分からない。
だから頭を抱えていたのに、また原点に戻ってきてしまった。
「って……うん?
その時、ボクは師匠から散々言われてきたある言葉を思い出した。
「『魔法は基礎が大事』……。一度、初心に帰ってみるのも大事だ、という意味も含めた言葉でしたっけ」
なるほど。と思い、自分の机に散らかった魔導書の束を眺める。
そういえば、最近は凝った魔法ばかり作って基礎なんて考えている余裕もなかった。
だけどボクは、『原点』という言葉のもう一つの解釈も考えていた。
「ヴァスカルに……アカデミーに戻れば、何か掴めるかもしれない」
そう思って、ボクは財布の中を覗く。
ちょうど国からの依頼が終わったばかりで、金銭面でも時間の面でも余裕がある。
ボクは立ち上がり、決心した。
「よーし、早速師匠に連絡しましょう! 禁書庫のお世話になるかもしれませんし!」
***
次の日。
「えっ…………」
ボクはクロネ師匠から届いた返答の手紙を手に、膝から崩れ落ちていた。
そこには、こう書いてあった。
『ワシが多忙でヴァスカルにおらんこともあるから、禁書庫はしばらく入館禁止とする。あと、ワシが力を貸せんことはもちろん、先日の一件でアカデミーも騒がしくなっておる。しばらくこちらへ戻ることは推奨せんよ』
「今、アカデミーに戻っても意味がない……ですって……? これでは、また時間を無駄にしてしまうじゃありませんか……!」
「あ、あのー……」
「それに、禁書庫まで入館禁止になるなんて……。師匠が忙しいのは分かりますが、そんなに先日の件の処理が大変なのでしょうか……」
「あのー……手紙の続き、読みました……?」
「あぁ、そうでした。まだ手紙の続きが……。ええと……」
続きはこう書いてあった。
『その代わりといっては何だが、
「使い……。なるほど、それであなたが来たというわけですか。
「良かった……。私のこと、忘れてたのかと思いましたよ……」
ボクの家の玄関には、かつてお世話になった先生が立っていた。
手紙1通を届けにわざわざ人をよこすなんて、師匠らしくもないと思っていたのだが、手紙の内容で何となく状況を理解した。
「アカデミーはボクの人生の大事なひと時だったんです。お世話になった先生のことを忘れるはずないじゃないですか。先生こそ数年振りにも関わらず、よくボクのことを覚えていましたね?」
「もちろん覚えてますよ……。ルカさんくらいでしたから、あの頃の私の授業をまともに聞いてくれていたのは……」
「あぁ、そういえばオバケの大量発生事件を起こしたの、その頃でしたっけ。オバケ集めを手伝った覚えがあります」
「うっ……その節は大変ご迷惑をおかけしました……」
ライジュ先生は頭をひたすら下げている。
お世話になった先生を立たせたままなのは申し訳なく思い、ボクは先生を席に座らせた。
「それで……『使い』というのはどういうことです? 師匠に言われて来たんですよね?」
「ええ……。クロネ学長は色々な大魔女様の訪問に応対したり、猫のお世話をしたり、国王様に訓練をつけたり、最近ではメモラに向かって何かしているそうで……。大変ご多忙なご様子でした。ですので、ルカさんの件の解決には別の人を、とのことでして……」
「ボクの件……。って、ボクはただ、アカデミーへの訪問と禁書庫への入館許可をもらいたいって手紙を送っただけなのですが?」
「ルカさんの悩み、全てお見通しだったみたいですよ……。確か……そう、成長への鍵を見つけたいとかなんとか……」
「……やはり師匠の未来視には敵いませんね」
「いえ、恐らくあれは経験則のようなものかと……。まあ、それでちょうど暇だった私が捕まって、ルカさんのところへ行けと言われた次第です……」
ライジュ先生を送ってきたのはボクとしては謎の人選だった。
しかし、今の一言で全てが分かった。
確かに師匠には敵わないが、多忙な時の師匠はボクが思っているよりずっと
「先生の専門科目は『死霊術』……。要はオバケを扱う魔法もどきですよね? 先生には悪いですが、ボクの修行の役に立つとは到底思えません」
「あぁ、そう言われると思って色々と準備してきましたよ……。学長はちゃんと私の力を見込んでここへ送ったのだと、証明してみせますから……!」
そう言って、先生はカバンから小さな藁人形と魔導書を取り出した。
そして、そのまま魔導書を破いて藁人形に乗せ、先生は怪しげな歌と踊りを始めたのだった。
「ちょっ、勝手に人の家の中で死霊術を発動しないでください!?」
「大丈夫ですよ……。危険は一切、ありませんから……」
「い、いやいや、藁人形から変な炎が上がっているんですが……!? それに、そんな死霊術、教わった覚えが……」
「これは最近編み出したものですから……。さあ、そろそろ出てきますよ……!」
「出てくる!? 人形から、何が!?」
情報が錯綜する中、ボクは紫色の炎を纏った藁人形を見つめる。
すると突然、それは浮き上がって、
何を見ているのかボクにもよく分からないが、とにかく藁人形が膨らんで、それは次第に人間と同じくらいの大きさの人形へと変化したのだった。
「……ライジュ先生。これは一体……?」
「名付けて、上級死霊術『
「亡霊を擬似的に受肉……。って、死んだ魂に身体を与えたってことじゃないですか!?」
死後の魂というものは、実体を持たず、目視することは通常では不可能である。
そして、それらは善霊と悪霊の2種類に分けられ、目視するのが難しいようにどちらかを判断するのはもっと難しいとされる。
死霊術とは、そういう考えの元で生み出された術だ。
つまり、死んだ霊が肉体を持つということは、危険か安全か、一か八かの賭けに等しい現象なのだ。
「死霊術を教える人間が霊を受肉させるなんて、どういうつもりです!」
「死霊術を教えられるからこそ、ですよ……。ほら、見てみなさいな……」
「え……?」
大きな藁人形はまるで人間のように、頭の炎を揺らめかせながら動いている。
いや、もはや人間そのものと言っていいほどに軽快に動いている。
というか、これ動いているというより踊っていないか……?
「あの……。一体、どんな霊を受肉させたんです……?」
「ルカさんも捕まえてくれた100匹のオバケたちのうちの1人で、名前は『ポーツ』。運動が好きで、あの中では死ぬ前の身体が一番強かった男の魂です……! あ、善霊なので安心してください。そもそも、この藁人形は善霊しか入れないようになってますから……」
「そ、それを早く言ってくださいよ……」
踊っているように見えたのは、どうやら筋肉を見せつける動きのようだった。
恐る恐る手を伸ばすと、ポーツとやらは微妙に固い藁の手で握手を返してくれた。
ボクは上機嫌にしている先生に、本題を投げつけた。
「で……この藁人形で一体どうするつもりなんです?」
「この子と戦闘訓練をしてください。もちろん、あまり危害は加えないよう調整はしてありますけど、動きは本物ですよ」
「戦闘訓練……ですか。確かに、最近はずっと1人で魔法の研究ばかりしていて、戦闘の経験はあまりありませんでしたけど……」
「あなたと他の大魔女様たちの間には大きな溝がある、と私は思っています。それはあなたも自覚しているはずです」
「…………」
「学長に聞いたところ、ルカさんと彼女たちには戦闘慣れしているかしていないか、という大きな違いがありました。あなたもアカデミーで戦闘訓練の経験はあったでしょうけど、あれはあくまで授業の一環。それと引き換え、他の大魔女様たちは
1人ではどうしようもない部分で大きな差がついている。
それは何となく分かっていた。
でも、ボクはそれを別のことで補おうと躍起になっていたのかもしれない。
そう思った。
「ボクに足りないのは……実戦経験……」
「そういうことです。学長は色んな先生方にあなたの実戦訓練を見てくれるよう頼んでいました。ですが、先生方も同じように本物との戦いの経験はあまりありませんでした。そこで、そういった霊を呼び出せる私に白羽の矢が立ったというわけ……なんです……」
「きゅ、急に声を落として、どうしたんです?」
「い、いえ……未だに『本当に私で良かったのかな』とか『藁人形と戦うとか実戦ぽくないかな』とか、色んな考えが浮かんできちゃって……」
「と、とにかく一回、モノは試しです! 悩むのはそのあとにしましょう!」
このままライジュ先生の負の波に飲まれると、今のボクは中々戻れないだろう。
そう思い、ボクは藁人形『ポーツ』と戦うことにしたのだった。
***
ここからの話はとても簡単だ。
言ってしまうと、あの藁人形には全く敵わなかった。
というのも、ボクは攻撃手段や防御手段を下級魔法でしか補えない。
風魔法で攻撃しようにも、藁人形相手ではあまり効果がなかったのだった。
「少しボクが思ってたのと違ったなぁ……」
「すみません……。まだ制作途中の死霊術なので……」
「……それってつまり、もっと強くできるってことですか?」
「おや……。まあ、それはそうですが、まずは風魔法のみでこの子を倒せないと手は加えませんよ……?」
「なるほど……。要は特訓あるのみ、ですね!」
「とりあえず、しばらくはこの国でお世話になることになっていますし、この藁人形はお貸ししますよ……。小さい時は先っぽに火をつければ大きく、逆に大きい時は頭上の炎に水をかければ小さくできますから……」
死霊術というのもやはり奥が深い。
魔法には属さないとされる不思議な術だが、ボクの興味の対象であることに間違いはない。
ボクは先生にお礼を言って、その藁人形を大事に受け取ったのだった。
***
その日から、ルカの特訓の日々が始まった。
時には藁人形を増やして多くの敵との戦いを模したり、逆に仲間を増やして戦うような戦い方をすることもあった。
そして、ルカの成長と共にライジュの死霊術が強化され、ルカがそれを上回り、また強化され、それらが繰り返されたことで、ルカは風魔法の更なる境地へと至ることになるのだった。