魔女ノエルと8人の大魔女 〜この世で最初の魔女集会〜 作:もーる
「へえ……。私たちの工房よりもずっと立派な建物じゃない。ロウィもさっきから私の中でずっとはしゃいでるわよ」
「結界もしっかり張られておるし、安心して研究できそうじゃな。よしよし」
ノエルたちを除く5人の大魔女たちは一緒にクロネの案内の元で来たらしく、工房に入るなり物色し始める。
そんな中、ノエルたち4人は部屋の隅で項垂れていた。
「で、ノエルたちは何でそんなに疲れてるんだ? ワタシが見る限り、全員寝不足みたいだが……」
ルフールの心配に反応し、ノエルたちはエストを静かに睨む。
結界張りの作業がクロネたちの到着に間に合ったは良かったものの、ノエルたちは睡眠不足で疲れ切っていたのだった。
「いいから今は寝かせてくれ……。魔力が切れそうだし、どうせしばらくは使い物にならないんだ……」
「せめて布団で寝ましょうよ。ボクたちが運んであげますから。ほら、エストさん、休憩所はどこです?」
「一応、地下に人数分のベッドを用意してるっスけど……」
「え、この建物って地下もあるんですか? ま、まあ、とりあえず肩を貸しますから、立ってください」
ルカたちはノエルたち4人を連れて地下にあるというベッドルームへと向かうのだった。
***
「……お前が言い淀んていたのはこういうことか」
「全員揃ってから意見を貰ってから色々と改良するつもりだったんス……。だから、決して手抜きとかそういうつもりじゃ──」
「殺風景……ですわねぇ……」
「全く寒くないけど、寒そうに見えるよぉ……」
地下に作られたその小部屋は一面真っ白な壁に囲まれており、ベッドがただ等間隔に10台置いてあるだけの空間だった。
とはいえ、指輪の結界は地下にも届いているようで、見た目とは裏腹な温もりがそこにはあった。
ソワレはノエルたち4人を担いだ他の4人に言った。
「とりあえず、ノエルたちをベッドに寝かせましょう。何をしていたかは何となく分かるし……ね?」
「そうですね。全く……1日目からこんな様子では先が思いやられますよ……」
「何で母親のワシがこの歳で実の娘をおぶらないといけないんじゃ……」
「ワタシより肉体年齢若いんだから、文句を言うんじゃない。ソワレに担がせるわけにもいかないだろ?」
「そりゃそうじゃが……」
「まあ、時間はたっぷりあるんだし。こんな日もあっていいわよねぇ」
ソワレはくすくすと笑いながら、ノエルたちを遠い目で見つめていたのだった。
***
次にノエルたちが目を覚ましたのは、その日の夕方のことだった。
目を擦って周りを見ると、ノエルの目の前には見覚えのない光景が広がっていた。
「いや……ここ、さっきの地下だよな? いつの間にかサフィアたちもいなくなってるし……」
よく見ると、ベッドの数や部屋の広さは寝る前のままで、違うのはその場にあった『家具の量』だった。
ノエルたちが寝る前よりも圧倒的にモノの密度が増えており、それぞれのベッドの周りが個性豊かな家具で敷き詰められているのだった。
「まさか、ものの数時間でこれだけの買い物を……? アタシのベッドの周りも黒い家具でいっぱいだし……。まあ一応、殺風景な部屋ではなくなったか」
そう言いながらベッドから降りて、ノエルは上の工房へと戻るのだった。
***
「あ、ノエル様! 夕食の準備ができてますよ!」
「待て、その前に、だ。下の大量の家具について説明してもらおうか、
「あら、よく私の提案だって分かったわね?」
「あんな自由な買い物、買い物魔の姉さんの発想でしかないと思ったが……やはりそうだったか。それに、アタシの色の好みを知ってるのは姉さんくらいのもんだし──」
「あ、いや。ノエルの家具はアチキが適当に買ってきたっス。それに、ノエルが好きな色くらい誰しも知ってるっスよ?」
「そ、そうだったのか……」
当然のように頷く一同に、ノエルは頭を掻いた。
「で、あの家具を5人で準備してくれたのはいいが、誰の金だ?」
「ワタシに決まってるだろ。お前たちの旅費から何から、これまで誰の財布……いや、金庫から出ていたと思っている?」
「へえ、お前の金はああいう家具にも適用されるのか……。覚えとくよ」
「蘇生魔法のためとか銘打った、個人的な買い物には払わないからな?」
「アタシを何だと思ってるんだ……。まあいいや。ほら、夕飯食うんだろ。で……誰が作ったんだ?」
「わたくしとサフィーとソワレさんですわ。これからは家事も分担しなくてはなりませんし、あなたも台所に立つ日が来ると思いますわ……って、何を呆然としていますの?」
ノエルはボーッと何かを考えていたが、ハッとして答える。
「いや……そういやアタシたちって、今日から9人で共同生活をすることになるんだな、と思って。いつの間にかそんな生活に突入している自分と、この不可思議な状況を受け入れるのに時間がかかってただけさ」
「あぁ……分かります、ノエル様。あたしもソワレさんと一緒に台所に立った時、そんな不思議な気持ちになりましたもん」
「蘇生魔法をここにいる大魔女全員で一緒に作ると言うとただの研究のようですが、裏を返せば数年は同居することになるということですものねぇ」
「ノエルがそんなこと言うとは思ってなかったっスねぇ。アチキはてっきり、それを了承した上での長期間の協力を要請していたとばかり……」
「頼んだアタシが言っていいことじゃないだろうが、それにしては準備不足だったような……」
「アチキだって暇じゃないんス。まあそれも相談所が繁盛してるおかげっスけど、大工房を作るので精一杯だったんスよ。色んな結界を張るにも、基本属性が使えないアチキ1人じゃ魔導書を準備するしかなかったっスし」
そう言って、エストは胸を張る。
そんな彼女をほったらかしに、ノエルたちは夕食を食べ始めるのだった。
「酷いっス……」
「いや……別に責めるつもりはないが、時間がなかったんならなかったで、アタシたちとか他の魔導士とかに手伝って貰えば良かったじゃないか。何で相談してくれなかった? まあ、準備のことを直前まで忘れていただけかもしれないが」
「忘れていたってのもあるっスけど、頼まなかったのは気を遣ってただけっスよ。そもそもノエルたちは住所不定なせいで依頼できないっスし、他に信頼できる魔女たちも忙しそうにしてたっスから」
「防音の結界なら風魔法の得意とするところですし、それくらいならボクを呼んでくれれば良かったですのに」
「ま、結果的には結界を張れたわけっスし、気にしなくていいっスよ。ノエルたちには感謝っス」
「そういやすっかり忘れていたが、今初めて礼を言われたな? まあ、いちいちそんなこと気にしてたら今後疲れちまうだろうし、今回は特別に許してやるか」
そう言って、ノエルは食事に手を伸ばす。
マリンたちが作った料理に舌鼓を打ちながら、ノエルたちはこれからのことを話すことにした。
「今後のことだが、研究を始める前にこれからの生活に必要な物資を整えたり、分担に慣れたりする時間が必要だと、今回の一件で気づかされた。ってことで、明日からは各自で自分のベッド周りと、ここの研究部屋に必要なものを買い揃えよう」
「じゃあ早速、ノエルたちの財布をエストに複製してもらおうか。ワタシが新しく作るより、そっちの方が手っ取り早いだろうし」
「全然いいっスよ。でも、みんな大魔女になったあとに国から補助金貰ってるっスよね? 別にルフールの財を崩す必要はないんじゃないんスか?」
「今金庫にあるのは数年前にノエルから頼まれた時からずっと、ワタシが今回のために貯めていた金だ。補助金はそれぞれ自分のことに使ってくれ。じゃないと、これまでのワタシの努力が水の泡になってしまうだろう?」
「……ルフールがそう言うならそうするっス。明日の朝までには人数分の財布を用意しておくっスよ」
「よし、じゃあ先に金を取り出すための呪文を教えておこう。財布にかけた空間魔法の鍵を開く言葉。『エイプリー・ルフール』だ」
クロネたちはそれぞれ頑張って覚えようと、何度も言葉を繰り返している。
ノエルはそんな彼女たちを見て微笑ましく思い、楽しそうに笑うのだった。
***
それから数日して、ノエルたちが蘇生魔法を研究するための準備が整った。
家具も物資も魔導書も、数日で各々が揃えたおかげで立派な工房がそこにはあった。
そして、その数日の生活の中でそれぞれの生活習慣を把握したことによって、家事の分担を決めることもできた。
そんな中、全員が集まっている朝食の場でエストは席を立ち、周りを見回しながら突然話を始めた。
「じゃあ、みんながこの生活に慣れてきたところで……」
「お? 急にどうしたんだ、エスト?」
「これまで先送りにしてたことがあるんスよねぇ……」
「……またお前、何かしでかしたのか?」
「またとはなんスか。違うっスよ。この場所を使うにあたっての契約の話っス」
「…………契約だって?」
その言葉を聞いた一同は、一斉にエストの方へと振り向く。
「そんなに睨まれると言いにくいっスねぇ……。じゃあ……この大工房の土地を使うにあたって、アチキは国王からある条件を提示されてたっス」
「それが契約、か」
「そうっス。その条件っていうのが、『相談所と研究を
「おいおい、そんなことしてたら研究の速度が格段に下がってしまうじゃないか。ワタシは反対だぞ」
「アチキだって断れるもんなら断りたいっス。でも、国の土地を借りて、相談所よりも研究を優先させてくれるって時点で、アチキたちには断る理由がないんスよ」
「でも、そんなことしてたら蘇生魔法がいつ完成するか分からないじゃない。国王には悪いけど、私も反対するわ。ねえ、ノエル? あなたも何か言いなさいよ?」
一同はエストに向けていた目をノエルに向ける。
ノエルはしばらく考えていたが、やがて顔を上げてエストに言った。
「……よし、その話乗った!」
「ええっ!? ノエルなら断るかと思ってたんだけど……。急にどうしてそんなことを?」
「楽しそうじゃないか。エストの相談所の手伝いなんて」
「へえ、なるほどな。ノエルがいいならワタシは問題ないよ」
「えっ、でも……。早く蘇生魔法を完成させるためにボクたちは集まってるんじゃないんですか?」
「そうよ。相談所の仕事をただ楽しそうだからなんて理由で安請け合いしてたら、いつまで経っても完成しないじゃないの」
相談所の件を拒むルカとロヴィアを見て、マリンは2人を呼ぶ。
「ルカさん、ロヴィアさん。ちょっとこちらへ……」
「ん……? どうしたのよ」
「少しで終わりますから」
「わ、分かりました……」
部屋の隅でマリンは、ルカとロヴィアに話し始めた。
「その……ノエルは悩んでいるのですわ。それも、現在進行形で悩み続けているのです」
「悩み……ですか?」
「蘇生魔法が完成する時、それはノエルの人生が終わりを迎える日が近いということでしょう? それまでにわたくしたちもノエルも、その死に意味を見出さなければならない」
「……少しでも余生を長く楽しんで、その間に答えを見つけようとしてるってこと? そんなの、ただの先延ばしじゃないの……」
「でも、それが今のノエルには必要な時間なのですわ。蘇生魔法を早く完成させることをノエルが
ルカとロヴィアはハッとして、食事を続けているノエルを見る。
そしてマリンへと向き直って、話を続ける。
「ノエルってば、息子に会う以上に死を恐れてるってこと? 当然と言えば当然だろうけど……。確かに、ノエルらしくはないわね」
「恐れ……というよりは迷い、でしょうか。まあ、そういうことならボクはノエルさんの意思に賛同するまでですが」
「そうね……。じゃ、私も──」
「あら……?」
ロヴィアが話そうとした瞬間、ロヴィアの額の宝石が光を放つ。
そして、彼女の瞼が開くと、その瞳の色は黄緑色に変化していた。
「アタイも……アタイも、ノエルのこと手伝っていいかな?」
「その目の色……! ロウィさん、お久しぶりですわ。でも、それはわたくしに聞くことではないのではなくって?」
「あ、それもそうか。あはは!」
ロウィはノエルの元へと歩いて行って、突然その手を取った。
「ノエル。ちょっとアタイの話、聞いてくれるか?」
「その喋り方と瞳……。お前、ロウィか……! って、急にどうした?」
「アタイ、ずっと悩んでた。一度死んだアタイが蘇ることができたのはノエルのおかげでもある。でも、ただの人間のアタイがどうすればノエルに恩返しできるんだろう、話し相手くらいにしかなれないのに、ってさ」
「ロウィ……お前……」
「でも、今のノエルにはそれが必要なんだって、さっき分かった。魔法じゃないことなら何でも手伝うからさ、相談相手くらいでもいいから、アタイもノエルに手を貸していいかな?」
「…………」
ノエルは黙ったまま、ロウィの目を見つめている。
しばらくそのまま固まっていると、やがてロウィが目を背けてノエルの手を離した。
「あはは、やっぱりアタイじゃダメだったか……」
「なあ、ロウィ。死ぬって怖かったか?」
「え……? あ、アタイは即死だったから、怖さはなかったけど……って、突然なんて質問をして……」
「あら……。良かったですわね、ロウィさん。あ、今の文脈だと不謹慎な意味合いになってしまいますが、違いますわよ!」
「えっ……? どういうことだ……?」
「これまでわたくしたちにも悩みを言ってくれなかったノエルが、あなたに相談したのですわ。大魔女であるロヴィアさんではなく、人間である
「……!」
ロウィはノエルの方に向き直って、再びその手を握る。
「分かったよ。これからはアタイがノエルの死と向き合う。死の意味とかそういうんじゃなくて、ノエル自身の迷いや恐れをアタイが楽にしてやるんだ」
「あぁ、そうしてくれるとありがたい。おかげで、さっきより少し楽になった」
「先ほどのあなたらしくない言動、やっぱり無理していましたのね」
「だって、急に蘇生魔法作り! なんて、自分の死と向き合え! って、言われてるようなもんだからな。急には切り替えられないだろ」
「それならなおさら、さっきの相談所の話にはそのまま乗ろうよ。ルカも賛同してくれるらしいし、気を紛らわす場所は少しでも作っておいた方がいいだろ? らしくないとか考えるより、今はノエルがしたいことをしよう」
「ロウィがそう言うなら、そうしようか。ってわけで、エスト。明日から相談所の仕事も日替わりで担当させようと思うから、国王に承諾の話を持って行っておいてくれ。今日は仕事の下見をするぞ!」
エストは嬉しそうに頷いて、急いで朝食を平らげる。
そして、そのまま書類に全員の署名をさせて、すぐに王城へと出かけて行ったのだった。
こうして、相談所の仕事もこなしながら、ノエルたちは蘇生魔法の研究に着手し始めた。
ロウィはこれまで以上に頻繁に表に出るようになり、ノエルの死についての相談を仲間内で話す時には必要な存在として認められるようになったのだった。