魔女ノエルと8人の大魔女 〜この世で最初の魔女集会〜 作:もーる
夜は明け、ノエルが蘇生魔法・封印魔法を発動する日となった。
ノエルはイースを復活させる場所、そして『ファーリの心臓』を封印する場所として、かつて自分がイースと暮らした家を選んだ。
イースの魂が蘇った時に知らない場所というのも可哀想だという思いがあったのと、魔法の発動後の魔力事情を考えた時にメモラの森の中がちょうど良かったからだ。
朝早くから城を出発したノエルたち9人は、やや重い足取りでノエルの旧家に辿り着いた。
「……ついにこの日が来た。アタシの悲願が叶う日だ」
ノエルはそう言って、家の隣にあるイースの墓の前に歩いてきた。
そして、カバンからイースが作った木の小箱を取り出す。
その箱を開けると、中には宝石がはめ込まれた白い羽根ペンが入っていた。
「お前が望んでいるかどうかは分からないが、アタシはどうしてもお前とまた会いたい。そして……」
その言葉を途中で止め、ノエルは羽根ペンを手に取って箱をカバンに片付ける。
「この気持ちは直接伝えないとな。そのために今日までずっと頑張ってきたんだ。じゃあ……早速始めるとするか」
「案外、落ち着いていますのねぇ……」
「昨日の晩のうちに覚悟は決まってたんだ。もし昨晩のことがなかったなら、今頃まだ城から出発すらしていなかったかもな?」
「なるほど、そういうものなんスね。ノエルの死について考えてきたアチキたちですらこんなに苦しいってのに、本人がそんな感じだったら逆に安心してくるっス」
「それなら良かった。とりあえず、時間もあるしそれぞれの魔法の発動手順を再確認するとしようか」
「今回の2つの魔法は魔導書にまとめておるから、魔法を発動するのはノエルだけじゃが、仕組みを再確認できればもしもの失敗を防げるからの。手順の確認は大事じゃ」
ノエルは魔導書を取り出し、ペラペラとページをめくり始める。
「じゃあ、まずは蘇生魔法からだな。既にこの羽根ペンの宝石に色んな魔法が込められているからそれを順番に発動していくだけだが、一番大事なのはイースの魂を目覚めさせる作業だ」
「かつて私がロウィの魂を起こした時にした、精神世界への接続ね。ただ、現時点ではノエルの魂を精神世界に繋げる手段がない。だから……」
「
「それがノエル様にとってのイースさんの蘇生……。でも、一応羽根ペンを魔法で操作できるようになるんですよね。身体があるだけノエル様が死んだと思えないので、少しは気が楽になります」
「ただ……アタシの魂はイースを起こすためだけに、一部しか宝石に入れない。だから、イースの魂が蘇った時点でアタシの魂はほとんど羽根ペンに残らない……か……」
「……気が重くなる前に、封印魔法の方の手順も確認しておきましょう。ボクたちは見守ることしかできませんけど、今はまだノエルさんの背中を押してやれるんですから……」
ルカの言葉を聞き、ノエルは首を振った。
そして、魔導書の続きをめくる。
「『ファーリの心臓』を封印する魔法。それは永続的に発動する必要がある結界魔法だ。つまり、そのために『魂と魔力の変換』が必要になる」
「そこで、さっきの過程で切り分けられたノエルの魂を使う。いや、正しくはこの封印魔法のために身体から離れたノエルの魂の一部が、イースの魂を起こす……だったか。ワタシの知る限り、失敗不可能って時点で一番無茶な魔法だよ」
「だからこそ、封印魔法だけは完璧に仕上げてくれたじゃないか。地形を組み替え、誰の侵入をも拒む史上最高の結界。しかも、その地形もお前たち大魔女が作った魔法で作られた最高傑作ばかりだ」
「私の光魔法も魔導書からとはいえ役に立ったのよね。そんな形でも貢献できて良かったわ」
「そう言う姉さんの魔法が一番強力だったんだが……。まあ、とりあえず結果としては完成度が高すぎて蘇生魔法より凄い魔法が作れてしまった、と……。まあ、アタシの蘇生魔法はある意味で失敗作とも言えるから仕方はないか」
「今回の一件で確信しましたが、そもそも完璧な蘇生魔法というものは作れないものなのですわ。今回ほどの規模ならまだしも、死者の完全な復活なんて生命を蔑ろにするのと同義ですもの。ファーリは作れなかったのではなく、作らなかったのかもしれませんわね」
そう言って、マリンはノエルの前に両手を出す。
「うん? 何だ、その手」
「荷物、預かってあげますわ。もうあなたには必要なくなる……と言うと寂しいですが……」
「あ、お姉ちゃんズルい! あたしも持ちますよ!」
「お、おいおい……? 確かに荷物は魔法の発動前に預けるつもりだったが、今すぐか?」
「いいですから。あなたの荷物、預からせてくださいな」
「あたしたちがちゃんと持っておきますから、安心してください。ほらほら!」
サフィアとマリンは両手を差し出し、ノエルに迫る。
確かにノエルのカバンの中には、もうノエルが使わないものしか入っていなかった。
念のためと言ってノエルは座り込んでカバンの中を漁り、ひとつひとつ確認する。
「……色んな魔具を買って、色んな魔導書を買って、色んなことを試したなぁ。あとは……」
「イースさんがくれた、黒い羽根ペン……ですわね」
「あぁ、こいつはずっと大事に使ってきたが、もう使わないとなるとイースが悲しむ。だから……こいつはお前に預けるよ、サフィー」
「えっ、あたしでいいんですか?」
「むしろ、お前以外に適任はいないよ。絶対に大切に扱ってくれるだろうし、アタシのお墨付きとなるとイースも喜んでくれるだろうさ」
「……分かりました。ノエル様がそう言われるのなら、あたしがしっかり預かっておきます!」
ノエルは黒い羽根ペンをサフィアに手渡す。
サフィアはそれを受け取り、大事そうに握る。
「じゃ、こっちの荷物は全部マリンが持ってくれるんだな?」
「ええ、もちろんですわ……って、重い……!」
「これまで集めた魔具とか色々、そのまんま入ってるからな。いくつかはお前たち2人と分けて持っているとはいえ、ほとんどはアタシが持ってたってわけだ」
「こんなものを肩に引っ提げて……。一体、どんな肩をしていますの……?」
「とにかく、預けたんだからちゃんと有効活用してくれよ。一応しっかり使えるやつだけ残してるんだから」
「分かっていますわ。ということで、これであなたの荷物は必要な物以外、全て預かりました。これで思い残すことは……」
その瞬間、ノエルは地面を蹴り、サフィアとマリンに抱きつく。
そして、抱きしめた両手に力を入れた。
「……これが最後だ。だから、少しだけこうしたい……」
「ノエル……」
「ノエル様……」
それから数秒間抱きしめ合い、ノエルはその手の力を緩める。
「……これで、もうないよ」
「思い残すことが、ですの……?」
「あぁ。思い残すことも、お前たちに託せるものも全部、アタシにはなくなった。だから……最後の大仕事、終わらせてくるよ」
ノエルはそう言って、サフィアやマリン、他の大魔女たちに背を向ける。
そしてそのまま前へと進み、魔導書に手を掛ける。
その時だった。
「……あたし、信じてます!」
「サフィー……?」
サフィアの声が耳に届き、ノエルは振り返る。
「あたし、ノエル様とまた会えるって……信じてますから!」
「……だったら、今度はアタシを復活させる蘇生魔法を作らないとな! 今度は魔法の核になってる魂の復活だから、全く手順は違うだろうけどね!」
「じゃあ、その時が来るまで待っててください! 可能な限り早く迎えに行きますから、絶対にイースさんと再会して、ノエル様が伝えたかった言葉を絶対に伝えてください!」
「あぁ、もちろんだ!」
そのサフィアの言葉に背中を押され、ノエルは魔導書を開く。
そして1回だけ深呼吸をし、呪文を唱え始めた。
「(まずは、魔法が使えるうちに蘇生魔法を先に起動しておく!)」
ノエルの手元にあった白い羽根ペンが宙に浮く。
やがて、白い羽根ペンにはめ込まれた宝石が光り始め、空中で止まった。
「(よし、これで準備完了だ。じゃあ、次は封印魔法……)」
ノエルは目を瞑り、魔力を一点に集中させる。
そして呪文を唱えたノエルは、高らかに叫んだ。
「アタシ、大魔女・ノエルは、アタシの大事な全てをかけて、アタシの大事な全てを守る! 文字通り、生命をかけて最後の魔法を発動してやるよ!」
ノエルはローブのポケットから取り出した『ファーリの心臓』を上に放り投げ、両手をそれにかざした。
「中心座標、『ファーリの心臓』。範囲、丘下の木々が届かない距離まで。魔法核、アタシの魂。魂を魔力に変換……。さあ、発動しな!」
すると、『ファーリの心臓』を中心に、半球状の光が辺りを包む。
ノエルは大魔女たちの方へ振り向くこともなく、意気揚々と最後の言葉を放った。
「特級空間魔法・封印結界『
ノエルは一瞬、蘇生魔法の属性分類を考え、最後の言葉を続けた。
「
その瞬間、ノエルの身体から力が抜け、バタリと倒れる。
やがて、その一帯は地響きを起こし、ゆっくりと沈下し始めたのだった。
***
ノエルが目を覚ますと、そこには見覚えのある風景と、辺り一面の花畑が広がっていた。
「ここは……さっきまでいた、アタシの家……? まさか……アタシ、失敗したのか……!?」
辺りを見回すと、全く人気がなく、そもそもボロボロになっていたはずの家があまりに綺麗な状態に変わっている。
「サフィアもマリンたちもいないし……。でも、ここが封印結界の中だってんなら、アタシの家はボロボロのままなはず……。あの魔法は、内側から見たらただ周りの風景が変わるだけで、外から見た風景と別空間に捻じ曲がるだけだからな」
すると、ノエルは手に魔導書が握られておらず、地面を踏んだりしている感覚も全くないことに気づいた。
「まるで……夢のような世界だな……。いや……違うな」
ノエルはロヴィアとかつて話したことを思い出した。
「『魂はその人の心の風景を表す世界』、だったか。確か、ロウィは歯車街で育ったってのと、死因が歯車だったからその印象が強く心の風景に残っていたらしい。と、なると……」
もう一度、ノエルは丘の真ん中に建っている木の小屋を見る。
すると、その中に一瞬だけ人影が見えたのだった。
「ここは……
ノエルの記憶には、確かにイースと暮らしていた頃と似た風景の思い出が残っていた。
「さてと……行くとするか」
ノエルは家に向かって歩き始める。
間もなく、玄関のドアの前までやってきた。
「…………」
深呼吸をする。
そして、ドアをノックした。
「……はーい!」
「……!」
その声に、ノエルは聞き覚えがあった。
玄関のドアが開くと、ノエルの目の前にはかつて自分が愛した息子・イースの姿があったのだった。
「……イース!!」
ノエルはドアを開け放ち、イースを思い切り抱きしめた。
イースはノエルを抱きしめ返し、言った。
「……ただいま、ノエル」
「このバカ……。それは迎える側が言う言葉じゃないんだよ……」
「分かってます。でも……今はこの言葉を言うべきだろうって、そう思ったので」
「あぁ……そうだな。おかえり、イース!」
お互いに笑い返したあと、ノエルはハッとして気持ちを切り替える。
「そうだった。先に聞いておきたい。お前は今の状況をどこまで理解してる?」
「ボクは死んだ……はずです。ですが、ノエルのおかげでこの世界で目覚めることができている……ですよね?」
「なるほど……。ロウィの時とその辺りは同じなのか。もしかしたら、魂のカケラが集まった時点で魂の世界だけは作られるのかもしれないな……」
「でも、一体ノエルはどうやってここに? ボクのような死人がいる場所に来れるなんて、いくらなんでも魔法でどうにかなる範疇じゃ……って、まさか……!」
「お前の悪い予感は当たってるよ。アタシは死んだ」
「そう……なんですね……」
イースは明らかに落ち込んでいる。
「アタシだって死にたくて死んだわけじゃない。魔法世界の未来のため、そしてお前を復活させるために命を張ったんだ。その辺はあとでいくらでも話してやる。今はさっさとお前を目覚めさせる必要があるんだよ」
「えっ……? 今、こうして話してるなら目覚めてるんじゃないんですか?」
「この世界が明らかに夢の世界なのは自覚しているだろう? 夢の世界で目覚めても、意識……魂は目覚めたことにならない。となると、今のお前に必要なのは
「と言われても……。具体的にどうすれば?」
「お前が夢から覚めることを強く望めば、お前は目が覚めるだろう。逆に、蘇生魔法の効果時間内にそれを望まなければ、お前は永遠に目が覚めない。ただ……」
ノエルは悲しい表情でイースに伝える。
「夢から覚めたら、
「そんな……!」
「だけど、アタシはお前の魂を復活させるためだけにずっと頑張ってきたんだ……。こんな結果になってしまったとはいえ、どうにかお前と一緒にこうして話せる機会を作ることはできた。だから頼む……目を覚ましてくれ……!」
「ノエルがいない世界で、たったひとりぼっちで暮らせと言うんですか……? それなら夢から覚めない方がずっと──」
「いいか、イース」
「……!」
イースの腕をがっしりと掴み、ノエルは目を合わせて言った。
「アタシはお前に命を救われて、それから色んな仲間と旅をした。色んな出会いと、色んな別れがあった。凶悪な敵と戦ったり、新しい魔法を開発したり、それなりに充実した日々を過ごしたんだ。でも、それはどれもイースともう一度会うためだった」
「そんな日々を捨ててまで……どうして……?」
「お前に見せてやりたかったんだよ。お前からもらった命で、どれだけ素晴らしいものを得られたのかをね。それは、イース。お前が目覚めることでようやく見せられるんだ」
「未練は……ないんですか?」
「……さっきまではあったさ。でも、仲間たちが背中を押してくれた。だからこそ、アタシはこうしてお前の目の前にいるんだ」
「ボクの目覚めこそがノエルの願い……なんですよね。そして、夢の中でならノエルと会える。その言葉に間違いはないんですね?」
「あぁ、間違いない。アタシとアタシの仲間たちで作り上げた、最高の蘇生魔法なんだぞ? 胸を張って宣言できるとも」
その言葉を聞いたイースは少し目を瞑り、「よし」と頷いた。
「分かりました。ノエルの頑張りを無駄にするわけにはいきませんし、目を覚ましましょう」
「……そうか。ありがとな、イース」
「じゃあ、時間がないって言ってましたし、早速──」
「あぁ……! ちょっと待ってくれ!」
ノエルはイースの袖を掴んでイースを静止する。
「時間の流れが分からないこの空間で、次にお前と会えるのがいつになるのか見当がつかない。だから……先に言っておきたいことがあるんだ」
「そういうことなら。もちろん、聞きますよ」
「その……アタシはお前にずって言えてなかったことがあるんだ。お前が死んで、心が空っぽになって、アタシはずっと苦しんでいた。でも、仲間たちと旅をするうちにそれをいつしか忘れられるようになって……」
「いい仲間と出会えたんですね……」
「あぁ、そうさ。自慢の仲間たちだよ。それで……お前に伝えたかったことってのは……」
それは25年もの間、ずっと伝えられなかった言葉。
ノエル1人では絶対に伝えることができなかった言葉。
だからこそ、その言葉を口にしようとした瞬間、ノエルの脳裏に8人の大魔女たちやこれまで出会ってきた人々の顔がよぎった。
ノエルは声が出ず、涙を流し始める。
「ノエル……」
「アタシはこの時のためにずっと頑張ってきたんだ……」
「ええ、分かってます……」
「だけど、この言葉を伝えたら、もう二度とあいつらと会えないんだろうなって……。そう思ったら…………」
「だったら、なおさら言うべきです!」
「イース……?」
イースはノエルの手を握って言った。
「ノエルの仲間たちは、その言葉を伝えるために頑張ってくれたんでしょう? それを無駄にするなんて、ノエルらしくないです!」
「…………」
「いいですか、ノエル。さっき、ノエルは未練なんてないって言ってましたけど、未練はあってもいいんです。もしそれで後悔したとしても、ボクが何度でも励ましますから。それに、未練がないって言う方がノエルの仲間たちに悪いですから」
「まさか……イースに励まされるとはねぇ……。未練があってもいい……か……」
イースはノエルの表情が戻ったことにホッとして、ノエルの手を離す。
その時だった。
ノエルの視界が突然歪む。
「これは……。イースの覚醒の予兆……なのか……?」
「い、いえ……。ボクはまだ目覚めることを望んだつもりは……」
「じゃあ、一体どういうことだ……!? くっ……ダメだ……。気が……遠く……」
「ノエル!!」
「まだ……伝えたいこと……伝えられてないってのに……!」
段々とイースが遠ざかっていく。
それと同時に、ノエルの家の風景も薄暗くなっていくのだった。
* * *