突然、鳴り響いていた銃声がピタリと止んだ。イントゥルーダーが鉄血兵たちの発砲をやめさせたのだ。
しばらく静寂が建物を支配する。最初に動き始めたのはイントゥルーダーだった。鉄血兵たちとともにゆっくりと廊下を進む。しばらく行くと少し広い空間にでる。そこは先程まで9たちがいたところだ。
そこには大量の食料があるばかりで、二人の姿はなかった。イントゥルーダーが戦闘糧食を踏み潰したときだった。
ガチャリ
扉の開閉音が聞こえた。急いで振り向くと、扉を少しだけ開けてからこちらへと銃口を向ける9の姿があった。
「行きなさい!」
イントゥルーダーの声に応じて鉄血兵たちは9の方へと走る。多少の被弾を気にせずに近づくと、9は扉を勢いよく閉めた。
鉄血兵たちは一度止まってイントゥルーダーに顔を向ける。イントゥルーダーはやれやれとガトリングを持って扉の前に立つ。
「ump9だったかしら?いますぐ投降しなさい。あなたに用はないわ」
その声に返事はこない。イントゥルーダーはためらいなく引き金を引いた。
ガトリングの爆音が建物内に響き渡る。しばらくしてそれが止んだあと、ボロボロになった扉がバタンと大きな音を立てて倒れた。
鉄血兵が部屋の中へと突入してクリアリングを始める。しかし、そこに9の姿はなかった。
「まだこの部屋にいるはずよ、くまなく探しなさい」
しかし見つからない。人が入るスペースはすべて探したはずだった。おかしいとイントゥルーダーが部屋の入り口を振り返る。この部屋の出入り口はこの扉があった場所だけである。
「しょうがないわ。各部屋を――」
イントゥルーダーがそう言いながら鉄血兵たちの方を向いた。そこには部屋の捜索を続ける鉄血兵と、一体の天井からぶら下がった人形があった。
その人形は首に縄が巻き付いており、その縄は天井のダクトの方へと続いている。引っ張られた勢いでだろうか、人形は首がへし折られていた。
ガトリングが天井へと火を噴く。しかし、手応えはない。イントゥルーダーは、こんな攻撃で9が死ぬとは思わなかった。
「行くわよ。あの男の姿が見えないのも気になるわね」
イントゥルーダーたちは部屋から出て、次の部屋へと向かった。
=*=*=*=*=
二人のゲリラ戦法はゆっくりとイントゥルーダーたちをむしばんでいった。部屋に入るたびにどんどん殺されていく。
気がつけば、イントゥルーダーは一人になっていた。まるで手のひらで転がされているかのようだった。
残りが自分も含め5体を下回ったとき、イントゥルーダーは撤退を決意した。しかし、外に出るまでに一体、また一体と消えていくのだ。
やっとのことで玄関までたどり着いたイントゥルーダーは一度振り向いた。いや、振り向いてしまった。
彼女の目に、廊下を逆方向へ急いで走っていくジョンの姿が映った。
「逃さないわよ!」
ガトリングが火を噴く。しかし、すぐに曲がり角をまがったジョンには当たらなかったようだ。
イントゥルーダーは彼を追って走り出す。途中、重いガトリングを置き去って、近くの鉄血兵のアサルトライフルを手にとった。銃にかけられた電子ロックなど、イントゥルーダーであれば瞬時に解除できた。
曲がり角を曲がると、二人の人影が目に入る。もちろん、ジョンと9のものである。先程は当たっていなかったようだが、ジョンの方は足を引きずっており、9の肩をかりている。
イントゥルーダーは引き金を引いた。ハンマーが撃針をたたき、雷管と衝突する。発射された弾丸は、まっすぐに男の方の人影へと吸い込まれていく。
「指揮官!」
9の叫び声が廊下に響く。しかし、銃弾は無抵抗なものへどんどんと突き刺さっていくだけだ。
9が手を引いて、すぐそばの扉へと飛び込んだ。イントゥルーダーは、にやける顔を抑えながらゆっくりとその扉へと近づいていく。
扉を蹴破ると、そこには倒れ伏した血だらけの人影に覆いかぶさるようにして声を上げて泣く9がいた。
イントゥルーダーは、こちらを見向きもしない9を蹴り飛ばした。彼女には、9への関心はなかった。
「はっ?」
常に笑みを崩さないようなイントゥルーダーでさえ、このときばかりは驚きの表情を浮かべた。
9の下にいたのは、人形だった。それは自律人形ではなく、ただの人型に形どられた布である。カーテンなどを使って作られたそれには、ジョンが着ていた上着がかけられていた。
「残念だったな、イントゥルーダー」
呆然とするイントゥルーダーは肩をつかまれ、強制的に振り向かされる。眼の前には、拳を振りかぶったジョンがいた。
ジョンの拳がイントゥルーダーの口内へと侵入する。かみ付いて抵抗しようとするが、それよりも先に奥歯のスイッチが押された。
イントゥルーダーの身体から力が抜けていく。
「どうしてこのスイッチのことを知ってるの!?」
「そりゃ簡単なことだ。俺は昔、鉄血製の人形の製造に関わっていただけだ」
そのスイッチは、人形の四肢の動きを強制停止するものだ。
「油断したわ。でも次の身体では――」
「ああ、そのことだがな。今日、おまえは死ぬんだ」
イントゥルーダーの言葉を遮ったジョンは、ポケットから補助記憶装置をとりだした。そしてキャップを取り外し、イントゥルーダーの服の隙間から鳩尾の部分へと突き刺した。肌色になって目立っていなかったが、そこには端子があるのだ。
「何?これはまさか……ウイルス!?ダメ!バックアップまで侵入して……」
「ああそうだ。はやく通信を切ったほうがいいぞ?でないとおまえらのシステム全体に広がるようにしてある」
「このウイルス……まさか私の?」
「そうだ、おまえが9に仕込んだものを流用している。どうだ?自分のプログラムで自分が死んでいくのは」
「嫌よ……お願い……助けて……」
イントゥルーダーはか細い声を絞り出す。まさかこんなことになるとは彼女は思ってもいなかった。たとえこの身体がどんなことになろうと、別の基地の素体が起動するだけなのだ。しかし、その手が封じられた。通信を切断しなければ、鉄血は滅びる。それほどに感染力が高いものを、イントゥルーダーは9に使ったのだ。
「じゃあな、イントゥルーダー。一人で苦しみながら停止するのを待つんだな」
ジョンは9に手をかして起き上がらせると、部屋を出ていった。
イントゥルーダーは回線から自分が弾き出されたことを確認した。ウイルスを検知した鉄血側のシステムが、自分を見捨てたのだろう。これで、ここのイントゥルーダーは死んだことになり、新しいイントゥルーダーが誕生する。
しかし、ここにいるイントゥルーダーはここにいるままである。彼女たち人形に、システムだけで自壊する手段はない。そして、手足も動かぬイントゥルーダーに自決することはできない。
イントゥルーダーは目をつむる。それは睡眠を不要とする人形にとっては意味のない行為だが、今後長い時間孤独に耐えなければならない彼女には、こうするほかなかった。