森の中に得体の知れない鳥の鳴き声が響き渡る。ジョンと9は3日間夜通しで歩き続け、山中にシェルターを構えていた。こうして悠長に拠点を構えられたのは、404小隊が2人に気が付かないまま先に進んでいったからだ。よほどの嗅覚がなければ、再び戻ってくることはないというのが2人の共通認識であった。
「指揮官、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
そう答えるジョンの言葉には覇気がなかった。ただでさえ手の怪我で消耗している中の3日間の強行軍は彼の体力をギリギリまで削ってしまった。その影響で免疫力が低下してしまい、熱を出してしまっていた。
「缶詰は食べられる?」
「ああ、問題ない」
ジョンは9から缶詰を受け取るが、熱でもうろうとしておりうまく開けることができない。
「もう、かして。ほら開いたよ」
「ああ、すまんな」
弱っているジョンを見て9の表情が曇る。やはり人形である自分と人間であるジョンとで生活するのは無理だったのだと考えてしまっていた。
「そんな顔をするな。それより川でタオルを濡らしてきてくれないか?」
「うんわかった!すぐに帰ってくるからね!」
9はバッグから何枚かタオルを取り出し、シェルターから飛び出た。川の場所はしっかりと記録しており、最短距離を駆け抜ける。到着するのにそう時間はかからなかった。
川の水でタオルを濡らし、軽く絞る。そして急いでジョンの元へ帰ろうと振り向いた、その時だった。
気がつけたのは幸運だった。聴覚センサーが少し離れた場所で足音を感知した。
9は細心の注意を払って音の方へと進む。センサーは足音の元には多くの人がいることを示していた。
これが人のだったらよかったんだけどな……
9の聴覚センサーは人の足音とともに、特徴的な駆動音も感知していた。Manticoreと呼ばれる鉄血製の装甲機械である。その4脚の足をせわしなく動かしながら、ひび割れた道路を一列で行軍している。
9は通信機に無意識に手が伸びていた。しかし、404小隊から抜けたときに自ら壊したそれの電源がつくことはない。今の9には強敵を倒す武器も、この状況を助けてくれる仲間もいない。
十分な距離をとってから9は走り出す。タオルが乾いてしまう前にジョンの元へ帰らなければいけない。それに、何か胸騒ぎがした。
「指揮官、ただいま!」
「ああ、おかえり」
ジョンの返事に9はホッとする。演算のバグを疑わざるを得ないが、妙な胸さわぎは気のせいだったようだ。
9が帰ってくるまで寝ていたジョンは、自分が寝汗で濡れていることに気がついた。濡れたタオルを渡されたジョンはおもむろに服を脱ぎ始める。
「ちょっと指揮官!いきなり何!?」
「いや……その、汗をかいたから拭きたかったんだが、あんまりジロジロ見るんじゃねえよ」
「み、見てないよ!」
そういう9は、しっかりと指の間からジョンを見ている。ジョンはなれない視線をくすぐったく感じながらも、汗をふきとる。熱を持った身体が冷えていく心地よさを感じた。
ジョンは悩んでいた。もう9と逃げ続けるには身体が持たないと理解していたのだ。追われることに慣れている彼であったが、だからこそ、これ以上足止めしていては嗅ぎつけられる可能性があるということを理解していた。
だがしかし、そんな彼が9にそのことを告げられない理由があった。先日彼女が言った、自己破壊という言葉だ。ジョンが9に別れを告げるということは、彼女にこれ以上生きるなと言っているのと同義である。
「どうしたの、指揮官?」
「いや、なんでもない」
9の無邪気な顔を見てジョンはその考えを振り払った。ここで彼女と過ごすのも悪くないと考えることにした。
「なあ、もし俺が死んだらおまえはどうするんだ?」
「何を言ってるの!?ぜったいに治るよ!」
「いや、もしもの話さ。おまえはどうするんだ?」
「それは……私も後を追うよ。でも絶対に死んじゃ駄目だからね!」
9の反応を見てやはりか、と心の中で呟いた。コアの感情抑制システムが働いていないようだ。孤独の中に入り込んでしまったジョンという存在に依存し始めている。
「そっか、そりゃなおさら死ぬわけにはいかなくなってきたな」
「そうだよ!指揮官には私を直すっていう重要な任務があるんだから!」
「ははは、端末がなけりゃ無理な話だがな」
そう言ってジョンはバッグを引き寄せる。水を飲もうと思ったのだ。しかし、そのバッグを動かした瞬間、ジョンからは死角となっている場所で何かが倒れる音がした。
それは洞窟に置いてきたはずのジョンの端末だった。
端末を置いていったのは……