夏休みも折り返しに差し掛かる八月の中旬、小学六年生の「坂上 翔」は自宅のリビングのソファーの上でごろごろしている。時刻は午後五時を回った頃、正午と比べると日差しは弱くなったがまだ蒸し暑い。七月まではうるさいくらい鳴いていたセミも、この暑さに根を上げたのか今は嘘みたいに静かだ。
夏休みの宿題もすべて終わらせてしまった坂上は「暇つぶしにでもなれば」と、目の前の机の上にあるテレビのリモコンに手を伸ばし電源ボタンを押す。
彩りを取り戻したテレビの画面が、黒土の上で白球を追う選手の姿を映し出す。
「そういえば今日は甲子園の決勝だったけ。」
坂上自体、野球はあまり興味がないが、テレビや新聞で大きく報道されているため、甲子園のことについては前々からいろいろと知っていた。
甲子園決勝は九回の表まですでに終わっていた。ちょうど攻守が入れ替わるタイミングでスコアボードが画面に映し出された。一対二、東林高校と暦山高校の試合で九回の表に東林高校が二点を取り逆転したようだ。どちらの高校もニュースで名前がよく上がっていたので坂上にとっても聞き馴染みがあった。
そして九回の裏、暦山高校の攻撃、グラウンドの中心の頂には東林高校の背番号一、「大山 栄次」が立っていた。マックス百五十五キロの直球を投げる剛腕投手だ。彼は今年の甲子園の「主役」の一人として挙げられていて、ニュースで毎日のように名前が出ている。打順は二番から始まった。やはり優勝は譲れないのであろう。打者の表情、目つきから闘志が溢れ出ていた。しかしそれに大山が屈することはなかった。力強いストレートを駆使してファーストゴロ。バックスクリーンのスピードガンには百四十九キロが記録されていた。
その後、後続の三番をレフトフライに打ち取りニアウト。
東林高校側のスタンドから「あと一人」という声がまるで合唱のように響き渡る。
一方暦山高校側のスタンドからは部員たちが「伊藤」というコールを何度も送っている。
二つの声はグラウンドでぶつかり合い伊藤は観客の期待とチームメイトの思いを胸に左バッターボックスに立つ。
「伊藤 春人」高校通算ホームラン八十本の怪物で、がたいがよく身長も高いパワーヒッターである。彼も甲子園の「主役」の一人として挙げられていて、前日からニュースでは、決勝は大山対伊藤と言われ、今日は既に三度の対戦が実現していた。
そして運命の第四打席、九回ニアウト。大山が抑えれば優勝、伊藤がホームランを打てば同点。ここまでの成績は三打数一安打。五分五分の勝負を繰り広げていた。
大山の第一球、アウトコースに決まりストライク。第二球、三球は外に外れてボール。そして第四球、大山の放った内角のストレートを伊藤がとらえる。
打球はレフト方向に高い弾道で飛んで行った。しかし打球はポールの外側に外れファールボール。これに東林側ベンチは、ほっと胸をなでおろす。
カウント2ストライク2ボール。
第五球、アウトコースに直球、わずかに外れボール。しかし審判次第ではストライクにもなり得るギリギリのコース、伊藤からすれば振らなければいけないボールだった。けど振れなかった。その理由はすぐに分かった。
球場にどよめきが走る。会場が一斉に注目したのはバックスクリーンの電光掲示板に表示されたスピードガンの数値、そこには百五十五キロという数字が示されていた。九回を一人で投げて、消耗している状態から放たれた渾身の一球、伊藤は先ほどまでの球速差のせいで体が追い付かなかったのだ。
これを見ていた坂上にもどこか高まる部分があった。胸の奥が熱くなるようなそんな感覚が。
空気が変わった。テレビで見ている坂上にもそのことがはっきりと分かった。
第六球、インコース高めの顔に近い球、見逃せばボールだがそれに手が出る。バットが球をとらえることはなく、その第六球はキャッチャーのミットに収まる。
空振り三振、そして試合の決着。東林高校の選手が一斉にマウンドに集まり人差し指を太陽に突き上げ、優勝の喜びをあらわにする。球場は勝者をたたえる歓声と敗者を慰める惜しみない拍手でいっぱいになった。
「甲子園ってどんなところだろう。」
坂上の口からそんな言葉が漏れた。人々が憧れる場所、取り付かれたかのように目指す場所に一体何があるのか調べたくなった。彼の目は、まるでこの先に何があるかも分からない迷路を興味と探求心で行動する子供のようだった。
「野球、やってみようかな」
テレビから双方の高校がお互いの健闘を称え頭を下げる場面が映し出される。それと同時に甲子園の幕引きを知らせる名残惜しいサイレンが鳴り響いた。
しかし坂上にとってそれは始まりのサイレン。
坂上の心には火が付き、彼もまた甲子園を目指す人間になるのであった。夏休みも折り返しに差し掛かる八月の中旬、小学六年生の「坂上 翔」は自宅のリビングのソファーの上でごろごろしている。時刻は午後五時を回った頃、正午と比べると日差しは弱くなったがまだ蒸し暑い。七月まではうるさいくらい鳴いていたセミも、この暑さに根を上げたのか今は嘘みたいに静かだ。
夏休みの宿題もすべて終わらせてしまった坂上は「暇つぶしにでもなれば」と、目の前の机の上にあるテレビのリモコンに手を伸ばし電源ボタンを押す。
彩りを取り戻したテレビの画面が、黒土の上で白球を追う選手の姿を映し出す。
「そういえば今日は甲子園の決勝だったけ。」
坂上自体、野球はあまり興味がないが、テレビや新聞で大きく報道されているため、甲子園のことについては前々からいろいろと知っていた。
甲子園決勝は九回の表まですでに終わっていた。ちょうど攻守が入れ替わるタイミングでスコアボードが画面に映し出された。一対二、東林高校と暦山高校の試合で九回の表に東林高校が二点を取り逆転したようだ。どちらの高校もニュースで名前がよく上がっていたので坂上にとっても聞き馴染みがあった。
そして九回の裏、暦山高校の攻撃、グラウンドの中心の頂には東林高校の背番号一、「大山 栄次」が立っていた。マックス百五十五キロの直球を投げる剛腕投手だ。彼は今年の甲子園の「主役」の一人として挙げられていて、ニュースで毎日のように名前が出ている。打順は二番から始まった。やはり優勝は譲れないのであろう。打者の表情、目つきから闘志が溢れ出ていた。しかしそれに大山が屈することはなかった。力強いストレートを駆使してファーストゴロ。バックスクリーンのスピードガンには百四十九キロが記録されていた。
その後、後続の三番をレフトフライに打ち取りニアウト。
東林高校側のスタンドから「あと一人」という声がまるで合唱のように響き渡る。
一方暦山高校側のスタンドからは部員たちが「伊藤」というコールを何度も送っている。
二つの声はグラウンドでぶつかり合い伊藤は観客の期待とチームメイトの思いを胸に左バッターボックスに立つ。
「伊藤 春人」高校通算ホームラン八十本の怪物で、がたいがよく身長も高いパワーヒッターである。彼も甲子園の「主役」の一人として挙げられていて、前日からニュースでは、決勝は大山対伊藤と言われ、今日は既に三度の対戦が実現していた。
そして運命の第四打席、九回ニアウト。大山が抑えれば優勝、伊藤がホームランを打てば同点。ここまでの成績は三打数一安打。五分五分の勝負を繰り広げていた。
大山の第一球、アウトコースに決まりストライク。第二球、三球は外に外れてボール。そして第四球、大山の放った内角のストレートを伊藤がとらえる。
打球はレフト方向に高い弾道で飛んで行った。しかし打球はポールの外側に外れファールボール。これに東林側ベンチは、ほっと胸をなでおろす。
カウント2ストライク2ボール。
第五球、アウトコースに直球、わずかに外れボール。しかし審判次第ではストライクにもなり得るギリギリのコース、伊藤からすれば振らなければいけないボールだった。けど振れなかった。その理由はすぐに分かった。
球場にどよめきが走る。会場が一斉に注目したのはバックスクリーンの電光掲示板に表示されたスピードガンの数値、そこには百五十五キロという数字が示されていた。九回を一人で投げて、消耗している状態から放たれた渾身の一球、伊藤は先ほどまでの球速差のせいで体が追い付かなかったのだ。
これを見ていた坂上にもどこか高まる部分があった。胸の奥が熱くなるようなそんな感覚が。
空気が変わった。テレビで見ている坂上にもそのことがはっきりと分かった。
第六球、インコース高めの顔に近い球、見逃せばボールだがそれに手が出る。バットが球をとらえることはなく、その第六球はキャッチャーのミットに収まる。
空振り三振、そして試合の決着。東林高校の選手が一斉にマウンドに集まり人差し指を太陽に突き上げ、優勝の喜びをあらわにする。球場は勝者をたたえる歓声と敗者を慰める惜しみない拍手でいっぱいになった。
「甲子園ってどんなところだろう。」
坂上の口からそんな言葉が漏れた。人々が憧れる場所、取り付かれたかのように目指す場所に一体何があるのか調べたくなった。彼の目は、まるでこの先に何があるかも分からない迷路を興味と探求心で行動する子供のようだった。
「野球、やってみようかな」
テレビから双方の高校がお互いの健闘を称え頭を下げる場面が映し出される。それと同時に甲子園の幕引きを知らせる名残惜しいサイレンが鳴り響いた。
しかし坂上にとってそれは始まりのサイレン。
坂上の心には火が付き、彼もまた甲子園を目指す人間になるのであった。