俺と茨木は野球部が練習しているグラウンドへと足を運んだ。流石に無断でグラウンドに足を踏み入れるのはどうかと思ったので一度学校を出て、フェンス越しに見学することにした。
ここからだと広いグラウンドだけでなく、奥にあるブルペンも視界に捉えることができる。私立ではあるが、さすがに外野一面を芝生にするといったお金がかかることはやっていないようでグラウンドの全面は茶色い土で埋められている。
現在グラウンドではストレッチとランニングを終えた部員たちがキャッチボールを始めていた。。
「先生があれだけ言っただけのことはあるな」
部員たちから大声量の男らしい低く、太い声が学校だけにとどまらず、周辺地域にまで響き渡る。どんな声帯をもっていればそんな大きな声が出るんだよと思うほど。
「坂上よ、あれはいったい何をやっておるのだ?」
隣にいる茨木が部員たちを指さし、俺に聞いてくる。何をしているってどういうこと?見ての通りじゃないの?
「え、キャッチボールだよ?」
「キャッチボールとはあんな風に球を投げ合うものなのか?」
茨木は物事を教わる子供のような眼を俺に向けてくる。その表情には疑問の文字が浮かび上がっている。ここで俺はあることに気づいた。こいつは恐らく…
「お前もしかして、野球知らないの?」
「ああ、聞いたことはあるのだが、実際に見るのは初めてだな」
やっぱりそうだったか。しかし、高校生にもなって野球を知らない人間を初めて見た。
「じゃあなんでついてきたの?」
「いかんのか?」
「別に駄目ではないけど……」
「先生の話を聞いてたら野球部に興味をもってな、どんなものか実際に見てみたかったのだ。」
そうこう話していると、部員たちはキャッチボールを終えて二つの組に分かれていった。一つの組はせっせとバッティングゲージを作り始め、もう一方の組は奥に見えるブルペンに入っていく。
バッティングゲージがもののあっという間に出来上がり、選手が打席に入る。ピッチャーが投球を始めると、金属バットの快音が連鎖するように高々と鳴り響き、その打球は快音に相応しい飛距離を飛ばしていく。内野に転がるような打球はない。その打球すべてが外野にまで届いていく。
「やっぱりレベルが違うな」
俺が比べているのは俺が所属していた中学の野球部である。地域の中でもそこそこ強いチームだったが、ここまでバンバンと打球が飛ぶ光景は見たことがない。
打球がバンバン外野に飛んでいる中、ふと異様な空気を感じ、隣にいる茨木のほうを見てみる。茨木の表情が先ほどのキャッチボールの時とは別人のように変わっていた。まるで戦隊ヒーローに憧れを持つ幼子のように目をキラキラと輝かせている。
「おい、どうした?」
声を掛けてみるとグラウンドに対して向けていたキラキラとしたまなざしをそのままこちらに向けてくる。まぶしっ。
「坂上、あれはなんという練習なのだ?」
なぜかろれつが回っていない茨木がゲージを指さし、尋ねる。マジでどうしたんだ?茨木。
「えっと、たぶんフリーバッティングってやつだな」
「ほ~うフリーバッティングというのか」
ろれつが回っていない茨木は、理解したのかうなずく。
「あれ、やってみたい!」
「え?」
茨木は俺の右腕をがっちりと掴み、引っ張る。
「おい茨木、何する気だ!」
突然のことに驚きながらも、俺は必死に抵抗する。さすがに強豪野球部相手に道場破りのようなことをする勇気はない。しかし歩みが止まることはなく、ずるずるとグラウンドとの距離が近づいていく。
「くそっいったいどっからそんな力が出るんだよ」
腕を引っ張られる中、俺は何を言っても止まらない茨木に対し文句をつけるようにそんな言葉を発する。
「見てるだけではつまらんだろう。それに、野球をやりたいと思っているからその道具を持ってきたのだろう?」
眉間にしわをよせている茨木はこちらを振り向きそう言う。
確かにそうだ。俺は野球部に入るためにこの高校に来たんだ。こんなところでこそこそしていても仕方がない。第一歩を踏み出すべきだ。
「分かったよ茨木、行こう」
その言葉がうれしかったのか茨木はにこっと笑い、掴んでいた俺の腕を離した。
先ほど出た校門を再びくぐり、しばらく歩くとグラウンドが見えてきた。
「よくよく考えてみたらさ、東林みたいな強豪がまだ入ってすらいない人間を練習に参加させるかな?」
向かう足を止めずに尋ねると茨木は振り向き、え?といった表情をする。少し考えるようなしぐさを見せると口角をにっと上げる。
「安心しろ、我がしっかりと話をつけてやるから」
どうやらそこまで考えてなかったようだ。けどなんでだろう、さっきまでは小さいとしか思わなかった背中が今はたくましく見える。
野球部のグラウンドに着いた。足の裏に伝わる土のやわらかい感触が懐かしく思い、それと同時に神聖なグラウンドに無断で足を踏み入れたことに少し罪悪感を感じる。
さっきと変わらず野球部は同じ練習を行っている。
練習の邪魔にならないようにグラウンドの隅っこを茨木の後ろを歩く形で進んでいく。
「ここの責任者はどこにおる~」
茨木は歩きながらそう何度も呼びかけている。しかし恥ずかしい…確実に目立ってる。こそこそしたくはないが、これじゃあ監督に悪いほうで目をつけられてしまう。
恐れながらも周りを見渡してみる。だが、グラウンドに監督らしき大人の姿はなかった。こういう強豪校では監督とかが付きっきりで練習を見ているものではないのか。
バックネット近くまで進むと向かい側から白と赤の東林のユニフォームを着た人が小走りで向かってくる。。
「部長の高橋ですけど、どうかしましたか?」
高橋と名乗る大人の余裕のようなものをかもしだしている彼は俺たちの正面に来て止まるとそう聞いてくる。
「我たちはここの生徒の一年なのだが、練習に参加させてくれぬか?」
茨木は単刀直入に要件を言う。どうでもいいが制服を着てるからここの生徒ってことぐらい分かる。
「つまり、体験入部をしたいってこと?」
「そういうことだ」
「体験入部はもうちょっと先になれば始まるけど、まあいいよ。やらせてあげる。」
「本当か?感謝する」
部長はにこりと笑って、後についてくるようにとだけ言い、俺たちを誘導する。
それにしてもよく許可が取れたものだ。断られるのがオチだと思っていたけど、練習に参加させてもらえるならまさに願ったり叶ったりだ。
「二人はどこの中学で野球をやっていたの?」
移動中に部長が俺たちのほうを振り向き、そう聞いてきた。
「我は東川中から来た」
「ああ、東川ね。ここからすぐ近くのところにある。じゃあどこのポジションを守っていたんだい?」
部長の問いに茨木は躊躇なくこう返答した。
「中学での野球経験はない」
「「え?嘘(でしょ)だろ?」」
俺と部長は同じ思考にたどり着き、同じ内容の言葉を同時に発する。いや、俺の場合、普通に考えればそうか。野球を知らないのにやっているなんてありえないことだ。
「ま、まあとにかく一度体験してみて入るか入らないか考えればいいさ」
冷静を取り繕ってはいるが、そこに大人の余裕は存在しなかった。。
「それじゃあ、そっちの君は?」
続いて俺に話が振られる。
「えっと、僕は笠山中という学校で投手をやっていました」
「笠松…」
そうつぶやくと部長は向き直って空に目をやり、思考を巡らす。ほんの数秒立って、再びこちらを振り向く。
「ごめん、聞いたことないな」
俺は軽く謝る部長を制止させる。最初から知っているはずがないと分かっていた。
「いえいえ、無理もないです。僕の中学は岐阜県にあるので」
「え?じゃあ、君は岐阜からわざわざこっちに来たのかい?」
目をまん丸にして聞く部長に、微笑しながら首を縦に振り、「はい」と一言返答する。すると関心したのか「へぇ~」とうなずきながら声を漏らす。
「すごいなー。そんなに東林に入りたかったの?」
「はい。小学六年生の時、甲子園で優勝したところをテレビで見まして、それからずっとここに入りたいと思ってたんです!」
思わず熱く話してしまったが、それに気づいたのは話し終わった後だった。顔を赤くしている俺を見た部長は、大丈夫だと言うように暖かい笑みを浮かべてくれる。
「そこまで東林のことを思えるなんて、素直に尊敬するよ」
自分よりも年上の人に尊敬されていると言われた。しかも部長に、ずっと抱いていた思いが認められてうれしくなり、自然と頬が緩む。
外野の隅っこに移動すると、部長は足を止め、手に持っているバットを俺に渡してくれる。
「それじゃあ二人にはトスバッティングをやってもらおうかな」
「トスバッティング?それはなんだ?」
茨木は首をかしげてそう問う。お前まさか新しい練習方法を見るたびにそうやって聞く気か?
「まあ、実際にやって見せたほう話すより分かりやすいよね。じゃあえっと…」
部長の会話が途切れ、こちらの顔を目を細めて凝視している。俺は名前が聞きたいのだと察し、名乗る。
「じゃあ坂上君、最初にちょっとやってみせてくれないか?」
そういうと部長は遠くで打球の処理をしていた部員に声をかける。
「おーい、ちょっとこっちからも打つから何人かこっち側に割いてくれー」
その声を聞いた部員たちはさっそうと役を分け、三人ほどがこちらを向き、中腰になってグラブを構える。こういうところでさっと動けるかどうかでその部のチームワークというかまとまりが分かると俺の中学の監督が言っていた。俺はこの瞬間にそれは本当のことなんだと感心する。
部長が俺の視線から見て右端にしゃがみこんだ。それを確認し、右打者のバットの構えを取る。
「行くよ」
部長はその言葉から一呼吸おいてボールをふわっと俺の手前に投げる。
自分が一番打ちやすいところ、打てる。俺の振ったバットはボールを完璧に捉え、鉛直に飛んでいく。打球はこちら側を守っていた三人のうちの真ん中の人がほぼ動かずにノーバウンドで捕球した。
(まあ、いい当たりだったし、内野は超えたかな)
その後二球同じように打ったが、部長のトスがうまいのもあってどちらともいい当たりを打てた。
「ナイスバッティング」
部長がにこやかに笑いながらほめてくれる。自分的にも満足のいく結果だったので心地よい気分になって、俺も笑みがこぼれる。
「どんな感じかは分かったかい?茨木君」
「うむ、形は理解できた」
「それじゃあやってみようか」
俺は茨木にバットを渡し、「気楽に打てよ」と声をかける。
「ああ、おもいっきり楽しんでくるさ」
口角を上げた清々しい笑顔で茨木は俺と同じようなバットの構えを取る。
(なんだ、意外と様になってるじゃん)
部長が合図し、ボールを茨木の手前に上げる。遠すぎず近すぎず、部長のトスは俺の時と同じく安定している。
「よっこいしょー!」
茨木の豪快に振ったバットがとらえたのはボールではなく虚空の空気だった。そのまま勢い余って一回転し、すってんころりん、土煙を上げ、尻もちをつく。
「おいおい、気楽に打てよって言っただろうが、めちゃくちゃ大振りじゃねえか」
芸人張りの大転倒に俺は大笑いしながら言う。
茨木はゆっくりとお尻の土を払い、立ち上がる。その表情は赤らめていると思ったが、それとは反対に晴れ晴れとした表情をしている。
「タイミングが合わなかっただけだ、次は当てる。」
再びバットを持ち、構える。部長はそれを確認し、再びトスを上げると、茨木がそのボールを捉える。
キーンと、ゲージで打っている部員の音にも負けないくらいの快音をグラウンドに轟かす。打球は落ちることを知らず、飛びに飛んで校舎に直撃した。
「え?」
俺の口から勝手に驚きの声が漏れる。部長だけでなく、向こうで守っていた三人組も口をぽかーんと開けている。
そんな反応をするのも当然だ。なにせ今の打球を打ったのは全くの野球ど素人でしかも小柄な高校一年生なのだから。
飛距離にして九十メートル以上は飛んだだろう。
(え?いや、ほんとに?ボールすり替えて実はスーパーボールでしたってオチはないの?)
「あ~気持ちいなぁ~」
打った本人である茨木は一生の幸せを一度に吸い取ったような顔をしており、にやにやしている。
「茨木君、中学でなにかやっていたのかい?」
我に返った部長があわてた表情で茨木に駆け寄る。
「なにもしていないぞ」
一方周りの様子とは裏腹に、茨木は何事もなかったかのような表情をしている。
しかし野球未経験であれだけの飛距離を飛ばせるというのはもはや天性、才能としか言いようがない。
「君は野球部に入るべきだ。いや、入ってくれ!」
茨木の両肩に手を乗せ、部長はそう願う。
「う、うむ、考えておく」
柄にもなく必死な部長に少し引き気味に茨木は応答した。
けどなんでだろう。あいつが部長に入ってくれって言われたとき、一瞬ドキッとした。なぜそう感じたのか分からず、もやもやだけが残る。
「坂上君」
不意を突かれるように部長に声を掛けられる。少し動揺したが、すぐに平常に戻る。
「次はブルペンに行かないか?君の投球を見てみたい。」
「え!?いいんですか!」
まさかの提案にうれしくなり、テンションが上がる。
「いいとも、実は僕、キャッチャーだから君のボールに興味があるんだ」
「ぜひ、お願いします!」
今日、投げられる。俺はそのことにわくわくしながら、部長と茨木と共にブルペンへと歩みを進めた。
こんにちは、出雲です。この小説は「小説家になろう」で投稿されているものを転載したものです。そちらではこちらよりも早く最新話が投稿されるのでぜひご覧ください。
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