「このお店で買い物はおしまいです、主さま」
「それじゃ宿屋に戻るか」
俺は両手に袋を1つずつ、コッコロは両手で袋を1つ持って店を出る。俺達は現在、日用品などの買い出しに出掛けているのだ。ランドソルで住むようになってから数週間が経ち、足りない物などがいくつか出てきたからだ。
「コッコロ、重かったらそっちも持つぞ?」
「いえ、これ以上主さまに持ってもらうわけには……それに、主さまのおかげでとても助かっていますし」
俺達が持つお金を管理しているのはコッコロだ。俺も小遣いとして幾らかは持っているが、今回のように多めに買う場合はコッコロが直接出向いて自ら出すと決めている。
故にコッコロは俺がついてくる必要はないと言っているが、重い荷物をコッコロだけに持たせるわけにはいかないだろう。
「しかし……主さま、わたくしの買い物の時にいつも荷物を持ってもらうのは……」
「日用品って事は俺も使う事になるだろ?なら俺もその荷物を持つのは当然だろ」
「主さま……ふふっ、主さまは本当にお優しいですね……♪」
そうか?単にコッコロだけに負担を負わせるのが嫌なだけなんだが……コッコロが喜んでくれているならいいか。
「そういえば……主さま、お腹は空いていませんか?そろそろ3時になりますが」
「ん?ああ……まぁ、小腹が空いた程度は」
「でしたらわたくし、この辺りに美味しくて、おやつにぴったりな屋台がある事を最近知ったのです」
へぇ……俺はまだこの辺はそんなに歩いていないから知らないが、そんな屋台があるのか。
「そのお店で休憩していくのはいかがでしょうか、主さま」
「コッコロがそれでいいなら。俺もその屋台の事は気になるし」
記憶喪失である為に俺は食べ物に関する記憶もない。故に見た事や食べた事がない食べ物は出来る限りどんどん知っていきたいのだ。
「ならばさっそく行きましょう、主さま。はぐれないよう気を付け──────ひゃっ!?」
「っと」
背後から通行人に押されたらしく、コッコロは前のめりになって倒れそうだった。手を出して体を支えるという方法を考えたが、現在両手は塞がってしまっており、それは出来ない。
故に自分の腕の中に収める形で抱き止め、成功した結果コッコロはすっぽりと収まっていた。
「大丈夫か、コッコロ?」
「……っ!あ、あの、主さま、これは────」
「ん?」
「そ、その……た、大変お恥ずかしいのでそろそろ離していただけると……」
「わ、悪い。……って、本当に大丈夫か?顔が赤いぞ」
俺から離れるコッコロの顔は真っ赤に染まっていた。まるで湯気が出そうな程だが、何がコッコロをここまでさせたのかが分からない。
「は、はい……ありがとうございました、主さま」
「それならいいんだが」
恥ずかしいと言ってたし……それが理由だろうか。確かにこの大通りでは人も多いし、何やらこっちを見ながらヒソヒソと話している人達もいる。コッコロを助けたとはいえ、まずかったかもしれないな。
「……コッコロ、とっととここから離れるぞ」
「えっ?は、はい、主さま」
何やら周りからの視線が気になるからか、どうにもいづらい。とりあえずコッコロが言っていた屋台に行ってしまおう。そうすればこの視線も気にならなくなるはずだ。
「────主さま、あの屋台です」
しばらく歩くと、この地区にある噴水広場へと辿り着いた。コッコロが指差すのは噴水の近くにある────何故か周囲や屋根の上に猫がいる屋台であった。
「……猫?」
「はい。ここの店員は猫がお好きなようで、色々な猫から懐かれているみたいです」
そういえばキャルも猫が好きだよな、と思いつつ屋台の中を覗いてみると店員らしき人物を見つけた。だが俺の知るどの店員とも違う点がいくつかある。1つはキャルと似たような猫の耳が生えていること、2つ目は魚のような絵が描かれた帽子を被っていること、そして3つ目は──────
「あっ、いらっしゃいにゃ!焼きたてのたい焼きはいかがにゃ?」
「……たい焼き?その魚みたいなやつか?」
「んにゃ?もしかして……たい焼きを知らないのかにゃ!?」
屋台から乗り出して俺に尋ねてくる少女。何だ、たい焼きを知らないというのはそんな驚く程なのか?
「えっと……どんなものなんだ?」
「にゃふふ……なら教えてやるにゃ!たい焼きというのは、この世で一番美味しい食べ物にゃ!」
「一番美味しい……」
それが本当なら是非とも食べてみたい。まぁ、仮に違っていたとしても見た目からして美味そうだし、食べて損はないだろう。
「そうにゃ!そっちの子と合わせてお二ついかがにゃ?」
「ああ、たい焼きを二つ頼む」
「まいどありにゃ!ちょっと待っててにゃ!」
少女は既に出来上がっているたい焼きを袋の中へと詰めていく。その間に俺はコッコロからお金を受け取り、たい焼きを貰うと同時に丁度ぴったりの金額を渡した。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……うん、ぴったりにゃ!熱いから気を付けて食べてにゃ!」
少女に言われた通り、確かに熱い。落とさないよう気を付けつつ、コッコロにも一つ渡して近くにあるベンチへと俺達は座った。
「近くで見ると本当に魚そっくりだな」
「はい、わたくしも初めて見た時は魚を焼いたものかと思っていました。ですが実際に食べてみると、まったく違う物で驚いてしまいました」
「へぇ……そいつは楽しみだな」
たい焼きがどんな味なのか期待しつつ、俺はたい焼きを頭の方から一口食べてみた。
「ん!これは……」
柔らかい生地の食感も良いが、中に詰まっているこの黒いやつも甘くて美味い。これは一体何なんだろうか?
「コッコロ、この中のやつは────」
「それはあんこにゃ。小豆を甘く煮て作った物だにゃ」
コッコロにたい焼きの中身の物について尋ねようとすると、先程の少女がこちらに近付きつつ代わりに説明をしてくれた。
「あんた、さっきの……」
「あたしはタマキって言うにゃ。あのたい焼き屋でアルバイトをしてるんだにゃ」
「あの、タマキ様。屋台の方は……?」
「あたしは休憩中だにゃ。今は他の子が仕事をしてくれているから大丈夫だにゃ」
タマキの言う通り、確かに屋台には他の人がいる。そういえばタマキもさっきまでの格好と違い、帽子やエプロンを外しているな。
「なるほど……タマキ様、わたくしはコッコロと申します」
「俺はブレイクだ。よろしくな、タマキ」
「よろしくにゃ!それでたい焼きの味はどうかにゃ?」
俺が持つたい焼きを指差し、尋ねてくるタマキ。なるほどな、俺達に何の用事かと思っていたがそれが聞きたかったのか。
「ああ、美味いぞ。初めて食べたがこのあんことやらが甘くていいな」
「にゃふふ、それは良かったにゃ。今後もご贔屓にしてもらえると嬉しいにゃ♪」
まぁ、毎日はいらないがたまに食べる位ならいいかもな。そんな話をしていると、屋台にいた猫達がタマキの周りに集まって来ていた。
「ニャー」
「ん?どうしたにゃ、撫でてほしいのかにゃー?」
「ニャ~♪」
タマキは両手を使って猫達をそれぞれ撫で回していく。すると気持ち良さそうな鳴き声を出す猫もいるが、撫で足りていない猫がタマキにくっついたりしている。その内、タマキの周りには猫が数え切れない程に集まっていた。
「お、おい……何でこんなに猫がいるんだ?」
「この猫達はみんなあたしが世話をしている子たちにゃ。休憩に入ると、いつもこうして甘えてくるんだにゃ」
「こ、この数をタマキ様お一人で……?」
いや、いくらなんでも多すぎるだろ。というかこんなにたくさん今までどこにいたんだ?
「そうにゃ。だから毎月のエサ代もバカにならないにゃ……」
「まぁ、こんなに多いとな」
「でも、みんな可愛いにゃ!だからアルバイトしているのも苦じゃないし、頑張れるにゃ!」
なるほどな……あの屋台でアルバイトしているのは猫達のエサ代を稼ぐ為なのか。だが可愛いからって一人でこんなにたくさんの猫達を世話するのは大変だろうな……。
「……なぁ、タマキ。俺に手伝える事って何かないか?」
「あ、主さま?何を……」
「どういう事かにゃ?」
「そのままの意味だ。タマキが猫達のエサ代を稼ぐ為に、俺も何か出来ないかって」
まぁ、流石にたい焼き屋のアルバイトをするというのは嫌だが。たい焼きなんて作った事がないし、アルバイトというのは俺には向いていないと思う。それなら依頼を受けて報酬金を貰う方がまだマシだ。
「う~ん……手伝える事って言われてもにゃあ……流石にそこまでは……あっ」
「何かあるのか?」
「実は……あたしが新開発しようとしている試作品のたい焼きを食べて、感想をくれる人を探していたんだにゃ」
試作品……?確かそのままの意味で、試しに作ってみた物だっけか。なるほど、それが美味しいかどうかを俺に食べてみてほしいという事か。
「いいぞ、その位なら」
「ほ、本当かにゃ!?でも迷惑じゃないかにゃ……?」
「迷惑だと考えているならこんなこと言うわけないだろ」
俺なりにタマキの事を手伝ってやりたい、ただそれだけだ。
「ありがとうにゃ!これで試作品をどんどん作れるにゃ!ブレイク、本当に助かるにゃ!」
「いいさ、俺が好きでやるんだからな」
「……試作品の中にはちょっと危ない物もあるけど、きっと大丈夫にゃ」
「タマキ様?今、何か仰いましたか?」
「にゃ、にゃにも言ってないにゃ?コ、コッコロの聞き間違えじゃないかにゃ?」
コッコロがタマキに何故か詰め寄っているがどうしたんだろうか?
しかし試作品とはいえ、色々なたい焼きを食べられる事になるとは。次はこれよりももっと美味いたい焼きが食べられるかもな。
今回の話、タマキがメインだったんですがコッコロと半々くらいになってしまいました。いや、コッコロの方がちょっと多いですかね?
ちなみにコッコロの前はペコリーヌを出すつもりでした(食べ物の話ですので)。