「……ん?」
草原にて魔物退治の依頼を終えた俺は、いざ戻ろうとして足を止めた。どこからか声がするのだ、それも幼い少女の声が。この辺りの魔物はほとんど倒したとはいえ、ランドソルから離れたこんな場所に少女一人でいるなど危険過ぎる。
「どこだ……?」
声の出所である少女がどこにいるのかと周囲をキョロキョロと探していると──────
「我が命運、もはやこれまでか。ぼくとしたことが、やれやれ……久方ぶりの探索行に初心を失していたよ。先立つ不幸を故郷の老師たちは許してくれるだろうか」
「顧みれば凡庸な人生だった。ただ与えられた環境に甘んじて、水のように書を貪るだけの人生だった……」
「どうだろう、ロゼッタ。ぼくの今日までは世に何事かを遺せただろうか?」
えっと……無事、少女は見つけた。見つけたんだが……どういう状況なんだ、これ?オレンジ色の髪を三つ編みにしてる少女の特徴としては俺が今まで見た事のない服装をしてる。胸に大きな青いリボンを付けてるし、足に黒い何かを穿いてるし。
それだけならまだいいが、その少女は木の根元に座り込んで『ロゼッタ』と呼ぶ小石に話しかけているのだ。
「なぁ、そこの君……大丈夫か?」
小石に向かって話してる理由は分からないが、なんか困ってるみたいだし放っておく事は出来ない。そう思い、話しかけると少女がこちらを向いた。
「んあ?誰か来たようだよ、ロゼッタ……はて、辞世を贈る友も家族もない孤高の生涯だったけれど、この通りすがりの少年に最期を看取られるというならば、それがきっと大いなる意志の繋いだ縁なのだろう」
「いや、最期って……どうしたんだよ一体?どこか具合でも悪いのか?」
”ハイヒール”を使えば良くなるか?いや、あれは体力回復や怪我を治すだけだしな……少女の体に怪我は見られないから使っても意味はないか。
「ふむ……少年、君の名を教えてはくれまいか?」
「俺か?俺はブレイクだ」
「ブレイクか、良い名だ。それにどこか
懐かしい響き?いや、でも俺はこの子と会ったことなどない……よな?目立ちそうな格好だし、一度会ってればなかなか忘れないと思うんだが。
「ぼくはユニ。聖テレサ女学院の『象牙の塔』に学び、名も知らぬこの平原で朽ちてゆく儚き魂だ」
「聖テレサ女学院……ああ、ランドソルにある学校か」
何度かその名前は聞いた事はある。確か金持ちの子供が通ってるお……お嬢様学校?とかいう所だっけか。なんだか最近、生徒数が減ってきて大変って言ってる人もいたような。
そういえばランドソルにはもう一つ、ルーセント学院なんて学校もあるみたいだけど、そっちはもっと大変って聞いたな……。
「ところで君って子供……だよな?なんか喋り方が大人びてるっていうか、難しいっていうか……」
「ふぅ……この未成熟で愛くるしい容姿が得てしてそう誤認させてしまう事実にはもう慣れているよ」
「……どういう事だ?」
「今のぼくは子供でもなく大人でもない、途中の時期。つまりは少女から女へと移ろう蛹の季節なのだよ」
少女から女へと移ろう……蛹の季節?蛹ってあれか、コッコロが前に教えてくれた虫の……いや、んな事はどうでもいい。そもそも少女も女も同じじゃないのか?
「しかし、おそらく君よりは年長だ。ぼくの事は敬意と親愛を込めてユニ先輩と呼んでくれたまえ、後輩」
「俺より上なら別にユニさんとかでもいいんじゃないか?何で先輩後輩?」
「いいかね、後輩。ぼくは青春というものに憧れているんだ。ならそう呼ばれたい、呼びたいという気持ちがあってもおかしくはないだろう?」
「……まぁ、別にいいけどな。ユニ……先輩がそれでいいならそれで」
正直に言ってこのユニという少女が本当に俺より年上なのか疑問だが、仕方ないだろ。何せ見た感じ、コッコロとあまり身長が変わらないんだから。
「で、そのユニ先輩はここで何してるんだ?ぼくの今日まではとか、最期とか、結構大変そうな感じだが」
「是非もないよ。運良く救いの手でも差しのべられない限り、か弱きぼくは程なくして無惨に生き絶えるだろう」
その割にはさっきからずっと喋り続けてるなと思うが、困ってるのは本当なんだろう。だから彼女の為に救いの手を差しのべるつもりでいる。
「ところで話は変わるが後輩、君は「未必の故意」という言葉を知ってるかね」
「いや、知らないな。何だその言葉?」
「例えば真冬の凍える夜、酔った男が道端で眠っていたとして、もしその男を起こさずに通り過ぎ、彼が翌朝凍死をした場合、起こさなかった者には罪がある……という考え方だ」
へぇ……何でそれが未必の故意なんて言葉になるのかは分からないし、通り過ぎた者に罪があるのかないのかも俺じゃ判断つかないが……。
「その話、俺だったらその男を担いでどこか安全な場所に連れてくな」
「ほぅ……後輩、君は善意の塊だな。もっとも、この考え方を真っ向から否定しているけれどね」
「で、その話がどうしたんだ?」
「いい質問だ。端的に換言すれば、理由は違えどぼくは今、その男と同じ状況だという事だ」
……えっと。
「つまり?」
「ぼく、もうヘトヘトで何もする気が起きないよという事だよ。さらに補足すれば、おなかペコペコで頭もろくに回ってないよという事だ」
うん……怪我とか病気でも何でもなく、ただ疲れてお腹も空いたという事か。はぁ……心配して損したってわけじゃないが、それなら早く言ってくれればいいのに。
「ちょっと待ってろ」
「おっ?もしかして後輩、君はこの状況を打開しうる何らかのキーアイテムを持ち合わせているのか?」
ユニから期待した目で見られつつ、俺は肩に掛けている鞄の中から漁る。そして取り出したのは黒い箱。それを開けみれば、中に詰まっているのは塩むすびと三つ四つのおかずたち。宿屋の厨房を借り、コッコロに手助けしてもらいながらであったが、今日の昼ご飯用にと作ったのだ。
「お、おおお、これは……!肉体疲労時の栄養補給に最適、穀物の塩化ナトリウム漬けじゃあないか!それに焼き上げた鶏卵に生野菜の調味料液掛けまであるじゃないか!」
「いや、塩むすびに卵焼き、ドレッシング掛けたサラダなんだが……とりあえず半分やるよ、弁当」
本当は魔物退治で昼間を過ぎると思ったから作ったんだが意外にも早く終わったからな。食べ切れないと思ってたから丁度良かったのだ。
「すまないな、後輩。ではありがたく頂くとしよう。いただきます──────」
ユニと弁当を分け合って食べ、互いにお腹が膨れた所でずっと座りっぱなしだった彼女がようやく立ち上がった。
「はふぅ……馳走さまであった。いやはや、固形物は久し振りだったがなかなかの美味だったよ」
「おう、お粗末様。そう言ってもらえると嬉しいな」
「しかし悪かったな。そんなつもりはなかったのだが、まるで瀕死を装って君の携行食を強引に裾分けさせる結果になってしまった」
いや、絶対にそんなつもりあっただろ。しかも装うっていうか、ほぼ瀕死だっただろあんた。俺が来なかったらどうしてたんだろうか?
「やはり外に出る日は、固形物での栄養摂取が必要なようだ。……食事、か。時代を問わず全人類にあまねく普及するわけだな」
「なぁ、さっきから思ってるんだが固形物じゃなきゃ、いつも何食べてるんだ?」
たぶん固形物ってのは、さっき俺達が食べた塩むすびとかおかずの事だろう。それを食べてないって事は、ユニは一体何を食べて生きてるんだ?
「ああ、平素はもっぱらサプリ頼みなものでね」
「……サプリ?」
「知らないかい?栄養物質を抽出して錠剤にしたものだよ」
……そのサプリってのが実際どんなものなのかはピンも来ないが、少なくとも美味そうとは思えない。というかまずそうな気がする。
「それで、その……いつもサプリ頼みなユニ先輩が倒れるまでしてここに来た理由は何なんだ?」
「平素のぼくは朝から晩まで『塔』に籠っているんだ。けれど今日はとある探索行の為、珍しく外へ下りてきたのだよ」
塔……ああ、さっき言ってた象牙の塔とやらか。そこにずっと籠りっぱなしって……なんて言うんだっけか、こういうの。
「だがぼくの運動量といえば本やペンを持つ程度の微々たるものだから大して腹が減らないし、そも食事に時間を割くのが煩わしい」
「いや、そいつは違うと思うぞ?食事ってのは、大勢で食卓を囲んで楽しむもんだ」
基本的にはコッコロと一緒に食べてるが、ペコリーヌから食事に誘われる事もあるし、たまにキャルも来て一緒に食べる事がある。その時の食事は美味しいし、何より楽しいしな。
「ほぅ、食事は楽しい行為だというのか……確かに味覚への刺激は脳内物質の分泌を促す。報酬系のそれを多幸感と捉える主観は否定しないよ。ぼくに限ってはあまりそうと感じた事は多くないがね」
正直ユニが言った事はほとんど理解できてない。でもペコリーヌがあんな美味しそうに料理を食べてる『食事』を煩わしいと言うユニにも楽しいと思ってほしいのだ。
「……とはいえ、今の意見は希少な反証材料だ。『塔』では、ぼくの持論に異を唱える者などいないからな」
そう言い、取り出したメモ帳に今あった事を書き込んでいくユニ。……にしても、彼女は誰かと食事を共にした事がないんだろうか?ああ、そういえば塔の中に籠りっぱなしって……ん?
「なぁ、ユニ先輩って学院の生徒だろ?ならそこの生徒と一緒にご飯を食べた事とかってあるか?」
「ないな。そもそもぼくは一般の生徒とは少々事情が異なるんだ。彼女らと顔を合わす機会はあまりないし、言葉を交わす事となれば尚更だ」
えー……マジか、そんなレベルか。せめて一度くらいはあってほしいと思ってたが、それじゃ食事が楽しいか楽しくないかさえ分からないんじゃないか?
「なら、いつも誰と喋ってるんだ?」
「ふむ……そうだな、小間使いのような教員と多少の事務的なやり取りはあれど、思えば君のような同年代との雑談は久し振りやもしれぬ」
「久し振りって。じゃあ、ほとんど喋ってないのと同じだろ」
「別に、構わないさ。だが発する言葉にいちいち即時反応が返ってくるというのは、分厚い論文を提出しても得られない、実に興味深い体験だよ。礼を言おう」
興味深い体験、ね……という事は、つまり……。
「俺と話せて良かったって事か?」
「……そうだね。端的に換言するのは面映ゆいが、君と話せて楽しかったという事だよ、後輩」
「おっ?なら証明できたって事だな」
俺がそう言うと、ユニが「証明?」と首を傾げる。彼女ならすぐに理解すると思ったが、どうやら唐突に言い過ぎたみたいだな。
「言葉の通りだよ。あんたに食事……というか、他人と話す事は楽しいって証明が出来ただろ?」
「ほ?あー……なるほど。これは一本取られたな。小賢しいじゃないか、後輩」
ユニが納得してくれたようで満足……と言いたい所だったが、その後もエビデンスがどうとか、対人交流に飢えていたとか、路傍の石をペットに見立ててたとかよく分からない事を言い出した。そして最終的に────
「……以上の事実から、現状のぼくは大変に人恋しかったと知れる。単に他者と会話が出来た一点において、テンション爆上がりという可能性が否定しきれない」
「いや、別に否定しなくていいんじゃないか?」
長い話だったが、つまりはユニは周りに話せる人がいなくて寂しかった……という事だろう。それを自覚はしてなかったみたいだが。
「……後輩。さっき、ぼくは探索の途中だと言ったな?」
「ん?ああ、そういえば言ってたな」
「とある考古学的な自由課題に取り組んでいるのだが、いわゆるフィールドワークというやつでね。伝承に曰く、『碧の深淵』なる場所を目指しているのだよ」
へぇ……なんか面白そうだな。つまりはその『碧の深淵』って場所を目指して冒険してるって事だろ?そういう冒険譚の本を前に読んだ事があるし、ちょっと憧れるな。
「さて、どうだろうか?」
「えっと……何が?」
「おいおい、よく聞いていたまえ。もう一度言うぞ?か弱きぼくは単身、孤独な旅の真っ最中である……さて、どうだろうか?」
さっきまでの話から察するに……一人だと寂しいから一緒に来てくれないか、って事か?だから遠回しに言わないで、来てほしいなら来てって言ってくれればいいのに。
「分かった、一緒にその『碧の深淵』とやらに行ってやるよ」
「おおっ、本当か。いやぁ、すまないね。ぼくとしては、行くか行かないかの選択権ぐらいは与えていたのだが」
『行かない』という選択を完全に潰されていたけどな。
「ところで後輩?話は変わるのだが、東の果ての小さな島国にこんな
「……どんな諺だ?」
「旅は道連れ、世は情け。大胆に換言すれば、『人助け、ちょお大事』という意味だそうな」
なんかちょっと違うような気がするが……まぁ、いいか。ただ今日もまた、コッコロに心配を掛けそうだなぁ。
そろそろまた、『ロストメモリー』の方も書こうかな、と思ってます。