第1話 黒猫少女の眠り
「────とうとう始まったわね、あんたの物語が」
「……アメス?」
俺は気付けばあの場所……アメスと出会った広場に立っていた。確か俺は、黒髪の子を背負ってコッコロとユイと一緒にランドソルに向かって……それから確か……?
「あんたの物語がバットエンドになるか、ハッピーエンドになるかは……神のみぞが知るわ」
「バットエンドにハッピー……エンド?何だ、それは」
「あー……そっか、あんた記憶ないんだもんね。分かるわけないか……まぁ、良い結末か悪い結末かって事よ」
それなら普通にハッピーエンドになってほしいと願うが……それを確かめられる方法は俺にはないしな、自分でそこまで辿り着くしかないだろう。
「それで……何で俺はまたここに?」
「覚えてない?まぁ、現実に戻れば思い出すわ。ここは夢だからね……現実と夢が混ざりあって分からなくなってしまう事なんて、度々あるわ」
「なるほどな……」
……そうだ、せっかくアメスとまた会えたんだ。気になる事を今の内に彼女に聞いてしまおう。
「アメス、いくつか質問してもいいか?」
「いいわよ、時間が許される限りはね」
「あんたは前、ここでのやり取りを俺は忘れると言ってたが……実際には俺は忘れずに覚えていた。これはどうしてなんだ?」
一応これに関しては自分でも勝手に解釈していたが、アメス本人にも聞いておこう。もしかしたら何か理由があるのかもしれないしな。
「実はね……あたしもその事が気になってるのよ」
「そうなのか?」
「ええ、あたしはここからあんたの事を見てるんだけど……コッコロたんの会話の中であんたが覚えてるって言って、驚いたわ」
コッコロたんって……まぁ、いいか。しかしアメスもこの事に関しては予想外だったのか。
「色々とあたしなりに考えてみたんだけどね……もしかしたら、
「俺だったから……ってどういう意味だよ?」
「今はそんなに深く考えなくてもいいわ。その内、自分自身で分かる時が来るかもしれないからね」
なんだか釈然としないが……いずれ分かる時が来るならそれを待つか。今アメスに問いただしても答えてくれそうにないしな。
「質問はそれだけかしら?」
「いや、あともう二つ……俺の名前はブレイクで間違っていないよな?」
「ええ、大丈夫よ」
コッコロやユイには教えたが、もしも合っていなかったらと不安だったんだよな。何せ出所が不意に脳裏をよぎった会話の中からだからな……。
「それじゃ最後に……俺は何をすればいいんだ?」
「何って?」
「そのままだ。俺は記憶を取り戻せばいいのか?それともその他にやるべき事があるのか?」
アメスに記憶喪失と伝えられ、『ガイド役』のコッコロと出会い、ペコリーヌやユイとも知り合ったが……ここから俺は一体どうすればいいのか見当もつかない。
「それはコッコロたんと決めていいわよ」
「……コッコロと?それでいいのか?」
「大丈夫よ、急がなくても。あんたはいずれ世界の
────あんたはこの物語の……主人公なんだから────
「ん……んん……?」
ここは……ああ、そうだ。診療所とやらの中にある待合室だっけか。コッコロ達とランドソルに入って、診療所に辿り着いて……黒髪の子を医者に預けたものはいいものの、しばらく誰か残ってほしいと頼まれたんだ。
ペコリーヌの事が心配だから誰か行こうって話になったんだが、戦えない俺は論外でユイも一人で行くのは危ない。ペコリーヌが怪我している場合を考え、コッコロがユイと一緒に行く事になったんだ。コッコロは俺の側を離れる事を迷っていたが俺が頼むと、
『……分かりました。主さま、なるべく早く戻ってきます。それまでここで待っていてください』
と言って、ペコリーヌの元に向かってくれたんだ。コッコロとしてはその判断は辛かったんだろうが……俺もある程度の事情を知っているコッコロと離れるのは良くないとは分かっていた。だがもしもペコリーヌが魔物に襲われていたら……と考えると、心配で仕方なかったんだ。
「おや、君。起きたのかい」
「っ、あ、ああ……あの子はどうだ?目は覚めたのか?」
背後から突然声を掛けられ驚いたが、相手がさっきの医者だと分かって安心した。黒髪の子について尋ねたが、良さげな顔をしているという事は少なくとも危険な状態ではないんだろう。
「おそらく心身の疲れだろうね……ゆっくり休めばいずれ目覚めるよ。ただしばらくは無理しない方がいいね」
「そうか……」
「ところで君、お金は持ってるかい?」
「……お金?」
医者に尋ねられるものの、俺は首を傾げる。お金とは何だろうか?彼女の容体について診てもらうのだから、何かしら求められるだろうなとは思っていたが……。
「悪い、そのお金ってのは……」
「ああ、いいよ。お金はさっきまでいた彼女らが持っているんだろう?戻ってくるって言ってたし、その時に払ってもらえればいいよ」
俺はお金について聞こうと思ったんだが、勝手に話が進んでしまった。……まぁ、何も知らない俺よりもコッコロに任せた方がいいだろうし、そうさせてもらうか。
「なぁ、あの子に会うのは……」
「ん?会うのはいいけど、あまり大きな音は立てないように。それが守れるならいいよ」
そう言って医者は奥の部屋を指差し、どこかに行ってしまった。
俺は立ち上がり、あの子がいるであろう部屋に歩いていく途中、何やら薄い板状の前を通った。そこには……俺の今の姿が映っていた。
「これが……俺か」
服装に関しては自分の目で確認したものの、顔だけは見れなかった為にありがたい。と言っても……特徴的なのは肩まで伸ばされた黒髪が癖っ毛なのか、所々跳ねている位だな。それ以外は……まぁ、ここに来るまですれ違った男と比べれば顔は整っている方か。
「入るぞ……」
部屋のドアを開け、中に入る。中はそんなに広くなく、あの黒髪の子がベットの上で寝ている事にはすぐに気付けた。足音に気を付けつつ近寄ると、少女は心地良さそうな表情でぐっすりと眠っていた。
「すぅ……すぅ……」
「……本当に疲れていたんだな、この子」
しかし……何故あの場所で気絶していたんだろうか?魔物に襲われたとなれば納得がいくが、そうではないとなると他に何があるだろうか?
ユイがペコリーヌの所に行く前にこの子が旅人である可能性を出していたが、コッコロに荷物の少なさや服装が綺麗である事からそれはないと言われていたな。
「まぁ、この子が起きた時に説明してもらえれば分かる事か」
そう思いつつ、俺は改めて彼女の顔を見た。……やはり何か引っかかるんだよな。顔に見覚えはあるんだが、どこで出会ったのかは思い出せない。分かっている事は、前にこの子とどこかで会っている……という曖昧な事だけか。
「にしても……可愛い顔してるよな、本当に」
コッコロやユイ、ペコリーヌも当然可愛い。ただ彼女ほどまじまじと見ていないからだろうか。やけにこの子が可愛く見えるのだ。
「んっ……」
「っと……しまった、いつの間に……」
無意識に彼女の頭を撫でてしまっていた。サラサラとした髪は気持ち良かったが、それで起こしてしまったらまずいだろう。少し身動きをした彼女であったが、またすぐに規則正しい寝息が聞こえてきて安心した。
「主さま、こちらにおらしたのですね」
「コッコロ……戻ってきたのか。ペコリーヌは……大丈夫だったか?」
「はい、ペコリーヌさまはご無事でした。多少の傷はあったものの、ユイさまに回復魔法をかけてもらい治してもらいましたので、ご安心ください」
部屋のドアをわずかに開け、入ってきたコッコロからペコリーヌについて聞き、俺はほっとした。ユイとペコリーヌがこの場にいないが、尋ねてみると二人は俺達に恩返しにと昼ご飯をご馳走してくれるらしい。その為に良さそうな店を探しに行ったらしいが……別に俺達も助けられてるわけだし、いいんだけどな。
「主さま、どうされます?この方が心配なのであれば付き添っていても構いませんが……」
「……いや、この子がいつ起きるか分からないしな。それにこのままここにいてもしょうがないだろ?」
俺がこの子をただ黙って見守っていても、それは何にもならない。この子の事は心配だが、こんなにも気持ち良く寝ているんだ、しばらくは起きないだろう。
「そういえば……さっき、医者にお金を持ってるか聞かれたんだが……お金って何だ?」
「……ふむ。主さまは記憶を失っており、何も分からないのでしたね。それなのに一人置き去りにしてしまい……申し訳ありませんでした」
「いや、行ってほしいって頼んだは俺だし……とりあえず、外に出るか」
「主さま、これがお金です。これと引き替えにしてお店などで商品を得たりできるのです。硬貨と紙幣がありまして、通貨単位はルピと呼ばれています」
「……通貨単位?」
「えっと……簡単に申されますと、金額の後にくるものです。こちらで100ルピとなりますね」
それからコッコロは取り出したお金の中から紙幣や硬貨を一枚ずつ取り、それぞれが何ルピするのかを教えてくれた。ちなみに目安では1000ルピで一人一回の食事代らしい。
「お~い!そこのお二人さ~ん☆」
その途中に声を掛けながら走ってくる人物が見えた。あの姿は──────
「ああ、ペコリーヌ。さっきはありがとな、おかげで助かった」
「いえいえっ、困った時はお互い様ですから!それでごはん姫、ごはん王子に説明はもうしました?」
ごはん姫にごはん王子って……何だそれは?まさかコッコロがペコリーヌという渾名を付けたからと言って、俺達にも渾名を付けたと言うんじゃないだろうな?ごはん王子なんて正直嫌なんだが……。
「あの、わたくしはコッコロという名前で、主さまはブレイクさまなのですが……」
「ほぇ?そんな名前でしたっけ……ごめんなさい!私、お腹ぺこぺこ状態の時は物覚えが悪くて!」
「まぁ、俺はまだ名前を言ってなかったからしょうがないけどな」
だからと言って、ごはん王子などと呼ぶのはどうかと思うけどな……。
「それでペコリーヌさま?お昼ご飯をご馳走してくれると仰ってましたが、一緒にいたユイさまは……?」
「はい!良さそうなお店が見つかったので、ユイちゃんにはそこで待ってもらってます!ですので私達も行きましょう!」
「お、おう……」
なんというか、強引というか……相手の話を聞かないタイプだな、ペコリーヌって。まぁ、元気があるのはいい事だし、別にいいか。
「それでは主さま。ユイさまを待たせるのも悪いでしょうし、行きましょうか」
「そうだな、ユイにもお礼を言いたいし」
そう言って俺達はペコリーヌに案内されながら、ユイが待つ店へと向かうのであった──────
次回は時系列的に『美食殿』第1話を元にした話になりますね。