待ってよ、私のヒーロー! 作:ののみや
水曜日の午後、五限目から七限目まで。私たち1-Aではヒーロー基礎学の時間だ。相澤先生の話だと、今日の訓練は災害水難なんでもござれの
活動を制限するものもあるだろうから、と言うことで今回コスチュームの着用は各々の判断に任されたけど、私を含め皆自分のコスチュームを持って更衣室に向かっていた。
「どこ行くんやろねぇ」
「私はあと一人が誰か気になる! この時間授業持ってない先生って誰だろ」
「皆、他のクラスの授業までは把握できてないと思うわよ」
麗日さんが言ったことに芦戸さん、蛙吹さんが反応する。雄英高校の教師陣はいずれも名の通ったプロヒーローばかりで構成されている。一般科目と専門科目を兼任している人が多いとは言え、一学年十一クラス。さらに三学年分と考えるとそれなりの人数がいるはずだ。オールマイトくらい有名なヒーローなら教師就任がニュースで取り上げられるけど、基本的に誰が教師なのか、非番の日はいつなのか、等は生徒たちでは知れないようになっている。なんでも、教師側のカリキュラムが漏洩すれば付け込む敵が現れる危険があるためだとか。
「でも水難なら私の独壇場だわ。ケロケロ」
「ま、救助対象を見つけるってんならウチも得意だね」
「うぅ~私は偵察向きなんだよねえ……」
「どんな状況だろうと最善を尽くすのみですわ」
一週間が経って大分打ち解けてきた女の子たちが盛り上がりながら着替えをしている。話をしていても着替えは素早い。
「ねねね! 聞きたいことあったんだけど、いい?!」
「バ、バスの中じゃだめ……? 先生急げって言ってたし」
「じゃあ行きながらで!」
着替えを終えた私がそっとロッカーを閉じていると芦戸さんが興奮気味に近づいてくる。ごくりと息を呑んだ。あまりいい予感がしない。
今回、訓練場は少し離れた場所だからバスで移動することになっている。最後に麗日さんが着替え終わり、全員でバスの停まっている場所まで向かう。
「轟といっつも一緒にいるでしょ? やっぱ付き合ってんの?」
「そ、そんなに一緒にいないよ! それに、私と焦ちゃんは幼馴染で……多分、考えたこともなくて……」
「多分?」
つい最近したばかりの会話。そして、中学校でも何度も訊かれた質問。でも慣れたかと言えばそうでもない。
焦ちゃんはあまり浮ついた話に興味がなく、中学校では毎月のように告白されていたけど全てその場ですぐに断っていた。それに結婚に対しても良い印象を持っていないことはなんとなく伝わってくるし、そんなところまで飛躍して考えてしまう自分も恥ずかしくて、少し心苦しい。
「まだ知り合って間もない時期に、無理やりプライベートなことを聞き出そうとするのは感心しませんよ」
「でもでも! ヤオモモだって気にならない?」
「いいえ、特には。ところでヤオモモとはもしかして私のことでしょうか……?」
「ぶー……。光移もごめんね! でも恋バナあったら絶対聞かせてね!」
「ヤオモモ……」
芦戸さんには苦笑いしか返せなかった。悪気がないのが分かるだけに、上手く返せなくて申し訳なくなる。
そして八百万さんにはまた助けられてしまった。この短い間に既に八百万さんの世話になった回数は片手の指よりも多い。投票の時、私は飯田くんと八百万さんのどっちに投票するかで迷っていたんだよね。隣で小さく自分のあだ名を復唱している八百万さんは心なしか周りに花が飛んでいた。耳郎さんと葉隠さんも語感が気に入ったみたいで、いいじゃん、と言っている。
「仲がいいのは素敵なことだと思うわ」
「蛙吹さん……ありがとう」
「ケロケロ。梅雨ちゃんと呼んで」
未だ馴染めていないのは私一人だけで。中学校でもそうだったのだけど、やっぱり女の子の友達に憧れはある。蛙吹……梅雨ちゃんさんの言葉は、私にはじわじわと沁みてくる温かさだった。
バスの前に着くと、ちょうど男子たちも着いたところのようで飯田くんがスムーズに座れるように、と指揮を取っている。ホイッスルまで用意している周到さだ。相澤先生が渡すとも思えないから私物なのだろう、きっと。
「左側の……今日はないんだね」
「今は必要ねえってだけだ。お前だってゴーグル外してるだろ」
「そっか」
出席番号順に四列で並ぶように言われ、私は焦ちゃんの斜め後ろに立つ。焦ちゃんは先日のように顔までは覆わず、左半身を覆う氷は肩までしかなかった。
ぴったり縦五人、横四人に収まった列を見て、自分の番号を詰めていたことに飯田くんが気づいた。唇をかみしめる飯田くん先導のもと並んだままバスに乗り込むと、中は飯田くんが想定していたような全席前向きの構造ではなく、路線バスのような向かい合って座る席と、二人掛けの座席がバス後部にはあり、一番後ろはロングシートになっていた。項垂れる飯田くんを隣に座った芦戸さんが慰めている。
乗車口のすぐ横で固まる飯田くんを横目に、そのままの順番だったり、一番奥のロングシートだったり。皆好きに座っていく。私は後部の二人掛けの席に座っていた。通路側は焦ちゃん。個性の影響なのか私は乗り物酔いをしたことがないから、別に窓側じゃなくていいのだけど、こういう時、焦ちゃんはいつも通路側に座ろうとする。
「私は焦ちゃんの顔が見えると安心するよ」
「……そうかよ」
「うん」
それっきり、焦ちゃんは私にちらりと視線を送ると背もたれに頭を預けて目を閉じる。私は少し前かがみになりながら窓の外を流れていく景色をぼうっと眺めていた。バスの前方では皆が楽しそうに話していて、何かと思うと内容は個性について。更衣室でもそうだったように、雑談と言ってもほとんどの話題には中心にヒーローの存在がある。さすがはヒーロー科だ。
「派手で強えっつったらやっぱ轟と爆豪だな」
ふと聞こえた話題に視線を前に戻すと、キレてばかりで人気が出なさそうと言われて爆豪くんが怒りながら前に乗り出していた。出すんだ、人気。
「うるさい……」
「あ。起きたんだ」
その後の上鳴くんと爆豪くんのやり取りについ笑っていると、一つ前の席に座っている爆豪くんの大声で焦ちゃんは起きたみたい。ちょっとだけむくれている。
「お前らいい加減にしとけ。もう着くぞ……」
相澤先生の制止でぴたりと静まり返るのもすでに見慣れてきた光景だ。次第にバスは減速し、巨大なドームの前で停止する。学校を出てすぐに見えていた施設だけど、目の前で見ると本当に大きい。
案内された中には入場ゲートが設置されていて、ゲートを抜けるとドームの中央には噴水のある広場がある。入場ゲートの両脇には倒壊したビルとドーム型の施設。奥には土砂に飲まれた小さな町や、滝が落ち、中心で渦を巻いている湖に、赤々と燃える市街地や荒々しい岩が連なり盛り上がった山岳が円状に配置されている。
「ようこそ皆さん! ここはあらゆる事故や災害を想定し、僕が作った演習場です」
迎え入れてくれたのはスペースヒーロー13号。災害救助でめざましい活躍をしている紳士的なヒーローだ。アトラクションこそないものの、まるで遊園地のような演習場をバックに、13号先生は両手を大きく広げる。
「その名も……ウソの災害や事故ルーム!!」
敢えて略すならば、USJ。ドーム内に入ってすぐに誰かが叫んだテーマパーク名は正解だったようだ。13号先生は相澤先生と小声で話をした後、私たちに向き直り、人差し指を立てる。
「授業を始める前にお小言を一つ二つ……三つ……」
一つずつ増えていく指の数に戸惑う私たちをよそに、13号先生は四本目の指を立てたところでカウントを止める。
「皆さんご存知だとは思いますが僕の個性は"ブラックホール"。どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます」
「その個性でどんな災害からでも人を救い上げるんですよね!」
「ええ……」
遠慮がちな緑谷くんと興奮気味に何度も頷く麗日さんに13号先生は肯定すると、一旦そこで話を切って私たち全員を見渡して再び続ける。
その強力な個性は一歩間違えば容易に人を殺せる力だ。皆の中にもいるでしょう、そういう個性が。そう言った13号先生の言葉に、私は戦闘訓練のときの恐怖が蘇った。私の個性だって、使い方次第で簡単に人を傷つけることが出来る。
相澤先生の授業で知った自身の秘めている可能性、力を正しく理解し、それを人に向ける危険性を常に意識すること。そしてこの授業では人命の為に、人を救うために活用する方法を学び、自らの個性は人を守るためにあるのだと心得て帰ってほしい。そう締めくくった13号先生の演説には自然と拍手が沸き起こった。
「以上! ご清聴ありがとうございました!」
ぺこりとお辞儀をする13号先生は、まるでこの演習場のマスコットキャラクターのように可愛らしい。一人だけやけに高速な拍手はきっと先生の大ファンらしい麗日さんだろう。
「どうした?」
控えめに拍手をしていた焦ちゃんが私に問いかける。でも私は顔を上げることが出来なくて、焦ちゃんの袖を強く掴んだ。
「……ここ、やだ……」
背筋に蟲が這うような
「一かたまりになって動くな!」
相澤先生の鋭い声が響き、何事かと全員が周囲を見回す。広場に現れた黒い靄は急激に成長し、弾けたように拡がった。中からは敵が溢れ出てきて、訓練ではなく明らかな異常事態だと察する。
「13号!! 生徒を守れ!」
素早くゴーグルをかけて臨戦態勢を整えた相澤先生が私たちを庇うように前に立つ。
リーダー格らしき敵が独り言のように呟く内容が理解できない。できるけど、したくなかった。カリキュラムが盗まれていて、校舎から離れる――少人数で孤立する時間帯を狙われた。侵入者用のセンサーが反応しないように用意周到に画策された奇襲。背後にあるのは明確な悪意だ。
「なんでオールマイト……平和の象徴がいないなんだよ……。せっかくこんなに大衆引きつれてきたのにさ……」
顔に手を張り付けた敵は心底残念そうに、腹立たし気に呟く。
「子供を殺せば来るのかな?」
一際強い悪意に覗き込まれた時、私は声も出なかった。