待ってよ、私のヒーロー!   作:ののみや

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11話 踏み出す一歩

「――……い!」

 

 大勢の敵と対峙しながら、相澤先生が叫ぶ。

 13号先生に私たちの避難誘導をするように言い、敵の中に電波妨害を行える個性持ちがいるかもしれないので上鳴くんにも個性で学校に連絡を試すように指示を出した。脳内の冷静な部分はなんとか現状を把握しようと働いているのに、私の心臓はバクバクとうるさく鳴っていて、頭の中もグルグルして落ち着かない。

 

「光移!!」

「ひっ……!」

 

 大きく呼ばれた自分の名前に、私はハッとさせられた。相澤先生は一瞬たりとも敵から目を離さず、私の方を振り返ってはいないのに、射抜くような視線を向けられた心地になって背筋が伸びる。

 

「光移! お前、学校までの道は覚えているな?」

「えっ……あ、う……」

「どっちだ!!」

「っお……覚えてます!」

 

 しどろもどろになって返答できないでいると再び強く質され、どもりながら叫んだ。

 

「もしこの施設が敵によってすでに封鎖されているなら、お前が抜け出して学校まで伝えに行け。個性の使用を許可する」

「待ってくれ相澤先生!」

 

 もし妨害工作をされていたら。もし施設から出られないよう先手を打たれていたら。先生は一つずつ可能性を考え、対策を指示していく。教室では気だるげにしているのが嘘のような頼もしいプロヒーローの背中だった。

 それなのに、私は安心どころか更に足が竦んだ。隣で叫んだのが焦ちゃんなのかすら自信がない。

 

「お前も、ヒーロー志望だろ」

「っ……!」

 

 心を激しく揺さぶられる言葉だった。そう言い残すと先生は大勢の敵に向かっていく。

 相澤先生の個性は不意打ちからの捕縛には特化していても、正面戦闘には向かないのでは。そんな心配をしていたのは一瞬。多対一の状況で、相澤先生はゴーグルで視線を隠し誰の個性を消しているかを悟らせず、敵の連携を鈍らせる。その上肉弾戦もかなりの強さだ。

 13号先生が誘導を開始して、皆が付いて行く。早く行かなきゃ。先生が足止めしてくれてるのに。

 

 なのに、なんで。なんで動かないの。

 

 私の体は震えるばかりで、全然力が入らず言うことを聞いてくれない。

 

「おい、行くぞ」

「う…………」

 

 焦ちゃんがちっとも動かない私の顔を覗き込んでいる。私はそれに答えられず、ぞわりとした気配に身震いしそうになり、服を握りしめて声を張り上げた。

 

「上!!!」

 

 言い切るのが早かったか、ほぼ同時か。私たちの頭上にあの黒い靄がワープしてきた。

 丁寧な口調で、今回の襲撃の目的がオールマイトだと告げると黒い霧はまたぶわりと拡がり、私たちを呑み込もうと迫ってくる。

 霧に触れそうになった瞬間、ぎゅっと目を閉じてしまう。

 

「ちっ……!」

 

 次に目を開けた私の視界には壁のようにそびえる氷。その隙間からは焦ちゃんの大きな背中と小さくなっていく黒い霧が見えて、庇われたのだと理解した時にはどちらももう見えなくなっていた。

 

「皆は!? いるか!? 確認できるか?!」

「散り散りにはなっているがこの施設内にいる」

 

 なんとか黒い霧を避けた飯田くんが大声を張り上げる。障子くんが立ち上がりながら複製腕を耳や鼻に変えて探知結果を告げた。この場にいるのは私と13号先生と、飯田くんに担がれて難を逃れたらしい麗日さんと砂藤くん、それから障子くんに庇われた芦戸さんと瀬呂くんの八人だけ。他の皆はあの敵によって施設内のどこかに飛ばされてしまったようだ。

 黒い霧に包まれたとき。私がもっとしっかりしていたら、きっと皆が散り散りに飛ばされることはなかった。本当に私は何も出来なかった。霧が迫る中、最後に見た背中に手を伸ばせなかったことが悔しい。何が守りたいだ。いざ目の前に本物の敵が現れると、私は動けなかった。いつだって守られてばかりいる。焦ちゃんがいることに、心の底では安心しきっている。

 

 警報は鳴らず、携帯も繋がらない。下で相澤先生が個性を消し回っているにも関わらず、相変わらず電波妨害は続いている。おそらく、その原因となる敵は広場にはおらず、どこか別の場所に隠れているのだろう。とすれば、その敵を見つけ出すよりも、学校まで行き直接助けを呼ぶ方が早い。

 

「救うために、個性を使ってください!」

 

 13号先生は託すように告げた。相澤先生から指示を受けていた私ではなく……飯田くんに。その事実は自分の不甲斐なさそのもので、呼吸さえも苦しくなる。

 一人だけこの場を抜け出して助けを呼びに行くことに抵抗があると飯田くんは躊躇う。さっきの私と同じだ。でも、その理由は全く違う。

 

 道に迷ったらどうしよう。外にも敵が待ち伏せしていて、助けを呼べないまま捕まってしまったら。私の肩にかかる責任に押しつぶされそうで、私は足が竦んでしまった。委員長として皆を置いていけないと、責任を全うしようとして足が止まっている飯田くんとは全然違う。

 皆に背を押され、耐えるように顔をこわばらせる飯田くんを見て、ぐっと噛み締めた唇を離す。

 

「わ……私も行かせてください!」

「光移さん?!」

 

 麗日さんが驚いている。麗日さんだけじゃない、きっと私以外の全員がそうだ。

 この場から脱するには、私が一番適任だ。脱出した後、学校まで駆けるときだって。足がとても速い飯田くんだけでも頼もしいけど、きっとサポートできる。

 

「手段がないとはいえ……敵前で策を語る阿保がいますか」

「バレても問題ないから語ってるんでしょうが!」

 

 再び襲い来る黒い霧を吸い込もうと、13号先生が個性を発動させる。それを見た瞬間、私は走り出していた。

 

「先生!!」

 

 言うが早いか、駆ける勢いのままに瞬間移動して13号先生を突き飛ばす。本物の宇宙服みたいな重さはなく、勢いを付ければ私でもなんとか倒せた。先生が立っていた真後ろには、先生の個性ブラックホールが、敵ではなく先生を吸い込もうとしていた。

 

「偶然……ではなさそうですね」

 

 少々厄介そうだ。そう呟く敵の姿はぼやけていてハッキリと見えていないのに、不気味な目と目があった気がした。

 ブラックホールに吸われて外套の裾がボロボロになってしまったことに気付いたのは随分後だった。私も13号先生も無事。ホッとしたのも束の間、体勢の崩れたままの私たちにまた霧が迫る。

 

「光移! 早く行け!」

「障子、くん……」

 

 自身の体と複製腕を使って霧を抑え込む障子くんが私を見る。

 

「飯田ァ走れ!!」

「光移さん! 飯田くん!」

 

 砂藤くんが叫ぶ。瀬呂くんと芦戸さん、麗日さんが障子くんの包囲から抜け出した黒い霧の動きを止めていて、13号先生が私を見た。

 

「君たちに託します」

 

 ここは任せてくださいと言われた気がして。

 

「光移くん行くぞ!」

「――うん!」

 

 飯田くんの力強い声に導かれて、私は立ち上がる。一旦USJの入り口に出ようと個性を発動させ、飯田くんと一緒に転移する。これだけのことをしておきながら、私たちが抜け出した途端にゲームオーバーだとぼやいた気味の悪さを私が知る由もなかった。

 

 

 

「直線の道に出たら私が瞬間移動でサポートするから、足は止めないで」

「わ、分かった! よろしく頼むぞ、光移くん!」

「こちらこそ、だよ」

 

 USJの外は、施設内で起こっている騒動などなかったように静かだった。もっと早くに勇気を出していれば、なんて反省は後でいっぱいしようと決めて、飯田くんの背に身体を預ける。一緒に出たはいいものの、私が飯田くんと並走出来るなんて考えてはいなかったけど、まさかおんぶとは。飯田くんの背中に付いていたマフラーは着脱可能の飾りだったみたいで、今は私が預かっている。意外と軽い。

 

「光移くん」

「な、に……?」

 

 私は飯田くんに背負われていて、風を受けているのはほとんど飯田くんなのに、それでも風圧が凄い。

 飯田くんのペースが乱れないように。地面からの高さが一ミリもズレないように。慎重に転移を重ねていく。飯田くんはスピードを緩めないまま、背中越しに私に問いかけた。

 

「こんなときに聞くことではないかもしれないが……委員長を決める投票の時、俺に投票したのは君かい?」

「う、うん……そうだよ」

 

 本当に今話さなくても良い内容だ。なのに、私には飯田くんにとって大事なことに思えて、そうだとだけ答える。

 

「ありがとう。結果として、あの投票では僕は緑谷くんに一歩及ばなかったが、信じてくれる人がいると分かって、胸が熱くなった」

 

 大げさだよ。投票のとき、私は最後まで迷っていたし、決め手は誰よりも真っすぐそびえ立っていた右手だし。

 だけど、その時の自分の判断は間違っていなかったと強く思った。飯田くんはとても真面目な人だ。怖いと思ったのも、真面目過ぎたせい。まだ慣れないところは多いけど、その内、ちゃんと話せるようになったら。飯田くんの一人称って俺じゃなかったっけって、そう聞いてみたい。

 

「代わり……ってわけじゃないんだけど、私のことも信じてくれる……?」

「もちろんだ!」

「じゃあ……」

 

 飯田くんにも見えるように手を前に出して、指を差す。

 

「あと500メートル先のところで左に曲がってほしいの」

「ごひゃく……って」

 

 マスクをしていなくても、前を向いている飯田くんの表情が見えるわけないのに。私には飯田くんが今どんな表情を浮かべているかハッキリと分かった。

 

「そこは林だぞ光移くん?!?」

 

 瞬間移動は空間把握が重要だからか私もお母さんも道に迷うことは滅多になかった。特に、お母さんは地図を見ればその場所に瞬間移動することも出来た。私はまだ見たことのある場所にしか行けないけど、学校からUSJに行くまでの道路や林の様子はしっかり覚えている。前に見た学内の見取り図と照らし合わせると、これが、私の導き出せる最短ルートだ。根拠はそれだけ。

 

「あとは……勘だって言ってた」

「勘??!」

「や、やっぱり駄目かな」

 

 飯田くんは難しそうに唸っている。さっきまで震えあがっていた私の突拍子もない提案を、受け入れろと言われても難しいだろうと私自身言えてしまうのも事実なのだけど。

 

「僕は……」

 

 飯田くんは答えた。

 

「信頼には信頼で応える! 案内は任せたぞ、光移くん!」

「ありがとう……! 飯田くん」

 

 舗装された道路から外れ、私たちは林の中に入っていく。直進可能な道と少し入り組んでいるところで飯田くんはスピードを調整しながら止まることなく駆け抜けていく。正確な時間は分からないけど、バスでUSJに向かった時よりもきっと早い。それは私が今持てる精一杯の希望。

 だから、どうか。どうか無事でいて。皆……焦ちゃん……!

 

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