待ってよ、私のヒーロー!   作:ののみや

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12話 幕引き

 林を抜けると広い道に出た。慣れない道を走ったからか飯田くんはかすかに息が上がっている。でも、私も負けないくらい息が荒かった。校舎まではもうすぐだ。最後の数百メートルを全速力で駆け抜けようとする飯田くんをサポートしようとして、前方に見える人影に気づき、止まってと声をかける。

 

「光移少女! 飯田少年!」

「オールマイト先生!」

「先生! なぜここに?」

 

 砂埃を立てながら静止した飯田くんの背中から降ろしてもらう。オールマイトは先日の授業の時のようにコスチュームではなく、黄色いストライプのスーツを着ていた。

 

「嫌な予感がしてね。これからUSJに向かうところだったのさ」

「そうなのですか! 実は――」

 

 何があったのかを飯田くんが簡潔に説明してくれる。私はもう泣かないようにするので精いっぱいだった。

 いつも笑っているオールマイトは、今も穏やかな表情をしているけど自分を狙って起こされた襲撃事件の話を聞くと雰囲気が変わっていく。

 整わない息を落ち着けようと深呼吸していると肩にオールマイトの大きな手が乗せられた。

 

「怖かっただろう。だがもう大丈夫だ。何故なら、私が助けに行く!」

「~っ……う、はい……!」

 

 私たちを安心させるように笑うと、飯田くんの背中を押してオールマイトは走り出そうと足に力を込める。

 

「校長先生にも伝えてくれ。きっと、すぐに動けるヒーローを集めてくれる筈さ!」

 

 そしてあっという間に見えなくなった。先程よりも大量の砂埃を舞わせ、起こった風で髪がぶわりと揺れる。私と飯田くんだけがその場に残された。いつかのヒーロー基礎学の時間をも超える速度に唖然としてしまったが、すぐに気を取り直して校舎に向かって走り出した。

 

「行こう、飯田くん……!」

「ああ!」

 

 飯田くんとは玄関で別れ、私は職員室に向かう。シューズに履き替える時間も惜しくてブーツを脱ぎ捨てて来てしまった。

 広い校舎を瞬間移動しながら移動して職員室に転がり込むように入っていくと、最初にプレゼントマイクが駆け寄ってくれる。

 

「どうした女子リスナー。お前らのとこは今USJじゃなかったのか?」

「プレ……マイク……せんせ……」

 

 息が整わない。個性を使いすぎたせいだろうか。

 

「ヴィ、ヴィラン……が……!」

 

 途切れながらもまずはそれだけを伝えると、先生たちはすぐに察してくれた。キャスター付きの椅子が勢いよく引かれる音がする。荷物をどさりと置いた音に、ばたばたと足音が聞こえてくる。

 

「敵の数と今の向こうの状況は?」

「か、数は多分50以上……相澤先生と13号先生が応戦中で、クラスの半数以上が敵の個性で散り散りに……施設内の別の場所に飛ばされています」

「ワープ系の個性がいるってことか?」

「はい……」

 

 救援の手筈を整えている間に私はいくつかの質問に答える。そうしていると飯田くんが職員室にやって来た。校長先生に話をすると、校内にいるプロヒーローを集めてくれるらしい。1-Aが使ったのとは別のバスを用意しているから玄関まで行けと言われ、私たちは先生たちについて再び玄関口まで走る。

 

「ちょっと待って」

 

 腕を掴まれて後ろに転びそうになると、私の腕を掴んだ主は倒れないように体を受け止めてくれた。……うわあ、すごい。いい香りがするし、なんて言うか、柔らかい……。

 なんて馬鹿なことを考えながら顔を上に向けると逆さまのミッドナイトが私を見下ろしていた。

 

「光移さん、顔色が悪いわ。あなたはこのまま保健室に行った方が――」

「やっ、いやです!」

 

 勢いよく身体を離してミッドナイトに向き合う。

 途中で転んだ膝がヒリヒリ痛むし、個性を使いすぎたせいで頭はグラグラするけど。まだ皆戦っているのに、私だけ安全な場所で待ちたくない。なにもできなかったのに、これ以上逃げていたくない。

 

「行かせてください……!」

 

 私はまだ動けるし、バスを用意してくれるというなら座っていられるから倒れる心配もない。必死にミッドナイトに掛け合っていると、しぶしぶながらも了承してくれた。先生にこんなに反論したのは初めてのことかもしれない。渋い顔のミッドナイトを見ると急に申し訳なくなって謝ると、くすりと笑われた。大丈夫だと私を安心させてくれる姿はまさにヒーローで、私はミッドナイトを追いかけるように玄関までまっすぐに走った。

 

 玄関口に着くと根津校長が職員室にはいなかったブラドキングやエクトプラズム等、多くのプロヒーローを集めてくれていた。最後に私が乗り込むとバスは急発進する。法定速度ギリギリでもないスピードに感じるけど、敷地内だから問題ないのかな。

 少しでも頭を楽にしたくてゴーグルを外して首にかける。ガタガタ揺れる振動を手すりに掴まり耐えながら、私は遠くに見えるドームをじっと見つめていた。

 

 USJに着くとバスは横滑りに急ブレーキをかけて停止する。シートから投げ出されそうになるのをこらえた後、すぐに動き出している先生たちの後を追ってバスから降りた。

 飯田くんが先導し、私たちはUSJの入口へ続く階段を駆け上る。

 

「っ……?!」

「きゃあっ?!」

 

 爆発とは違う、硬質な衝撃音。厚い壁が破られたような轟音が響き、もつれそうになる足を必死に動かした。

 やっと戻ってきた広場では、ぼろぼろになったシャツを着ているオールマイトが顔に掌を張り付けた敵と対峙している。

 

「早……」

 

 敵が首をがりがりと掻きながら苛立ったような声音で呟いた。ひどく不気味な光景だ。

 階下では相澤先生がうつ伏せに倒れていて、両腕が握りつぶされたように歪に変形し、変色していた。遠目からでも腫れあがっているのが分かる。その周りには13号先生と麗日さんたちがいた。

 

「黒霧お前……お前がワープゲートじゃなかったら粉々にして殺してたよ……」

 

 殺すって言った? 仲間じゃ、ないの? 

 強い怒りと苛立ちを隠そうともせず敵は大きく息を吐く。オールマイトがいるから。プロヒーローが何人もいるんだから大丈夫だと思うのに。次々に不安が湧いてくる。

 

「あ」

 

 緩慢な動作で顔を上げた敵が顔をこちらに向けた。掌の隙間から血走ったような眼が覗く。その視線の先にいるのは――私。肩が強張り、息を呑んだ。

 

「あいつの個性があったら代用できるか……っ?!」

 

 敵が言い切る前にスナイプ先生が体中を撃ち抜く。衝撃によろけはしたものの、敵は倒れ込まず後ずさりをするだけだった。今まで姿の見えなかった黒い霧が、敵の側に現れようとしている。逃げるつもりだ。霧から離すために転移させようとするけど、上手く集中できない。片腕がぼろぼろになっている13号先生が相澤先生を庇いながらブラックホールで敵たちを吸い込もうと狙っているのが見えた。

 

「あーくそ……。今度は殺すぞ……平和の象徴……!」

 

 しかし捕獲することは叶わず、ブラックホールに引っ張られながら敵たちはワープしてこの場から消えた。

 

 終わった。全てが。あまりに呆気なく訪れた終幕に心が追い付かない。

 

「完全に虚を突かれたね……」

 

 ブラドキングに抱えられていた校長が地面に降ろされる。校長の言葉を皮切りにその場の時間が再び動き出す。先生たちは襲撃について話していて、セキュリティの大幅見直しがどうとか言っているのが聞こえた。

 飯田くんは階段を駆け下りて広場にいるクラスメイトの元へ向かう。

 

「皆無事か?! 怪我はしていないか!?」

 

 緑谷くんとオールマイトはなんとか立っているけど怪我をしている。13号先生もところどころコスチュームが破けてはいるけど、ずっと麗日さんたちのことを守ってくれていたみたいだ。相澤先生は一目見ただけでも重傷だって分かったけど。でも、皆、生きてた。

 

「道瑠……」

 

 遠くで私の名前を呼ぶ声が聞こえた。小さいのに、私の耳にはよく届く。

 

「しょう、ちゃん……」

 

 私は施設内を見渡すのを止めて、声の主に焦点を合わせる。鼻の奥につんと刺激が走った。にじんだ視界のまま、目が合うと一目散に駆けだす。

 

「焦ちゃん……!」

「っおい!」

 

 あと数メートルのところで足がからまった。まるでコミックのようだ。身体がいやな浮遊感に包まれる。

 

「ぶっ!」

 

 いつかの個性把握テストのときのような派手に転ぶことを覚悟したけどいつまでたっても硬い地面の感触はなく、感じたのは超引き締まっている筋肉と、ゴツゴツした氷。こめかみが少しだけズキズキする。

 がばりと顔を上げると、ぼやけていても分かるくらい驚いている焦ちゃんの顔があった。

 

「け――」

「け、怪我は?!」

「は?」

 

 焦ちゃんの表情は初めてのものを目にするような、そんな顔。驚かせたいとは思っていたけど、もっと違う場面で見たかったよ、私は。

 

「怪我してない?! 痛いところは?」

「かすってもねえよ」

 

 その言葉が真実だと示すように平然としている。両肩を掴まれ身体を離された。支えるものがなくなり、くずれそうになる足になんとか力を込めてその場に立つ。

 

「よ、よかったぁ……」

 

 全身の力が抜ける気分だった。やっと呼吸が上手くできた心地だ。やっと平和が戻ったことが少しだけ実感できて、安堵なのか自分への情けなさなのか分からないため息が漏れた。

 

 その後、先生たちは到着した警察と襲撃について話をし、私たちは先に学校に戻るように言われた。事情聴取はまた後日行うらしい。13号先生は自身の怪我の治療と相澤先生の付き添いを兼ねて病院へ向かい、オールマイトはいつの間にかいなくなっていた。

 USJで戦っていたクラスメイトは数名が頬を切ったり火傷だったりと軽傷を負っていて、一番ひどいのは右手の中指と親指が折れている緑谷くん。彼だけはあとで必ず保健室に行くようにと指示されていた。

 

 現場検証のために数名の教師陣がUSJに残り、私たち1-Aは校内を見回ると言う刑事さんと一緒にバスに乗り込む。青山くんを筆頭に、まだ興奮状態が続いている人が多いのかバスの中は意外なほどに賑やかだった。規則的な振動に揺られながら、私はだんだん意識が遠のいていく。

 

 頭上からは、ちょっと鋭いけど耳に心地のいい声が聞こえてくる。そう言えば、私は焦ちゃんに一つ言い忘れていたことがある。

 

 私、焦ちゃんに名前を呼んでもらうと、もっと安心するんだよ。その気持ちは音にはならず、私の意識は完全に途切れた。

 

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