待ってよ、私のヒーロー! 作:ののみや
「うっ、うぇ……ううっ、うああああん……」
小さい私が泣いている。
「泣くなよ、道瑠」
「しょう、ちゃん……」
小さな手を伸ばして、過去の私と同じくらい小さい焦ちゃんが私の頭を撫でる。これは私の夢であり、過去の記憶だと分かった。焦ちゃんの顔にはすでに火傷痕が残っていて、それが何歳以降の記憶なのかを裏付けていることに胸が痛む。
「しょうちゃんもヒーローになるの……?」
「え……」
私はうつむいたまま顔を上げようとしない。急な質問に大きく目を見開くと焦ちゃんは右手の動きを止めた。少しの無言の後、小さく頷いて答える。
「なる。かならず、僕はあんな親父を超えたNo.1ヒーローになる」
幼い少年に似つかわしくない、冷たい怒りを携えた双眸。遙か先を憎むような瞳は私にはひどく歪で、火傷痕よりもよほど痛々しく映った。
「やだよ……」
しゃくりあげながら、小さい私は首を振る。
「いやだよぉ……ヒーローになったら、しょうちゃんもしんじゃう……」
「し、しなないよ」
「うそだああああ」
やっと顔を上げたと思ったらさらに大声で泣き叫んだ。だんだん私の方がいたたまれなくなってくる。
お母さんがヒーローとして活躍する姿は誇らしかったけど、いつも通りに玄関から見送って、それっきり家に帰って来なくなったのもヒーローだからだと本気で思っていた。いや、今でもその気持ちがないと言ったら嘘になる。名誉ある華々しい存在として取り上げられる裏で、傷つき泣いている人もたくさんいることを知っているから、今になっても私はまだヒーローになることが本当は怖い。
「約束する。僕は道瑠を守るし、絶対にしなない」
泣きじゃくる頭から手を離し、目をこすり続ける手をとる。目元も鼻も真っ赤になった小さな私は焦ちゃんを見つめ返した。
「じゃあ、わ、……わたしもヒーローになる」
オッドアイが驚きに見開かれる。
「怖いって言ってただろ」
「こわいけどなるの!」
「泣き虫の道瑠には無理だよ」
「それっ、でも、なるもん」
目を丸くした焦ちゃんも、鼻水が出ていることも気にせず小さな私はまっすぐな意志を伝える。
「しょうちゃんはわたしが守るから」
重いまぶたを開いて真っ先に目に入ったのは見慣れた天井。寝ぼけた頭で視線を左右に動かすと、ここが私の部屋だと分かる。まだ少しぼうっとする頭では、まだ夢なのか現実なのか判断がつかない。
「起きたのか」
「しょう……ちゃん……?」
声が聞こえたのは至近距離から。布団から出ている左手に覚えた違和感の正体は焦ちゃんの右手。ずっと握ってくれていたのかな、なんて。まぶたは確かに開いている。でも、さっきも目は開いていたはずだ。あれ、ここはまだ夢の中? なら、なんて都合がいいんだろう。
「リカバリーガールが治療してたから、怪我は残ってねえと思うけど――」
「つめたい……」
少し熱い頭には冷たい手が気持ちいい。抵抗しない右手を引き寄せても、最初にぴくりと動いた以外に振り払われたりはしなかった。
昔のこと、この幼馴染は覚えているのかな。絶対忘れてるでしょ。でも、それでもよかった。
ちっぽけな私の、昔からずっと変わらない決意。本人に伝わっていなくてもいい。ただ、傍にいられたら。少しでも心を和らげられたら。その表情を穏やかにできたらいいんだ。
「気分は悪くねえか?」
「へいき……」
ぼやけた視界に小首をかしげる焦ちゃんが映る。そういう表情は昔と変わらないんだね。
「今日のこと覚えてんのかよ」
「今日……?」
今日のこと。今日、あったこと。ヒーロー基礎学で救助訓練をしようとして、敵に襲撃されて、私は学校まで助けを呼びに行った。プロヒーロー達が来たことによって敵は撤収。教室に戻る途中で私は意識を失って、それから――
「それから……?」
口に出すと急に意識がハッキリしてきた。手を離して勢いよく体を起こすと、ベッドにもたれるようにしてカーペットの上に座っている焦ちゃんがいた。幻じゃ、ない。
「ゆ…………夢じゃ、ない……?」
「……やっぱり寝ぼけてたのかよ」
もう一度周囲に視線を巡らせてみる。間違いなく私の部屋だ。私の部屋に、焦ちゃんがいる。
「夢じゃねえ。もう、全部終わったんだ」
「そ……う、なんだ……」
あんまり家に来てくれなくなったし、私の部屋に来るのも嫌がっていたのに、なんでそんな平然としているんだろう。気になることが、聞きたいことが多すぎる。何より、今気づいた違和感は私の服装で。
「ななな、なんで私……着替えてるの……?」
「なんでって……そりゃ着替えさせたからな」
「着替えさせた!?!」
我に返った時にはすでに叫んでいた。対する焦ちゃんは相変わらず平然としていて、ベッドから体を離して座り直した。
「俺じゃねえよ。八百万とか、葉隠とか女子の誰かだ。お前が保健室で寝てる間にクラスの女子全員見舞いに行ってたの知らねえだろ」
「だっ、…………だよね……あはは」
だったら最初からそう言ってよ。なんでちょっと溜めたの。あと、ちょっと不思議そうにしないでよ。言いたいことはたくさんあるのに、それ以上声が出ない。
本物だ。本当に焦ちゃんがいる。無事だった。
「今泣くのかよ」
きつく目を閉じた拍子に涙が溢れた。最初の涙がこぼれおちると、次から次へと頬を伝っていく。
「だっで、だっでええ……」
考えるよりも先に体が動いていた。抱きつくようにしてその胸に顔を埋める。勢いもついていたはずなのにカーペットに倒れ込んだりはしなくて、座ったまま私の体を受け止めてくれた。
「ご、ごわがっだああ……」
ずっと必死だったんだ。いっぱいいっぱいだったんだよ。そう伝えたいのにまともにしゃべれている自信がない。
また大切な人が目の前からいなくなってしまったらって。考えないようにしていても、頭を過ぎって仕方なかった。
「焦ちゃんが怪我してなくて、よかった……。生きててくれて、よかった……!」
「…………」
「ううぅ……うっ、ううううううう」
ぎこちなさの増した動きで、昔と同じように焦ちゃんは私の頭を撫でてくれる。すがりつくように顔をうずめて私は子供のようにわんわん泣いた。
変わったのは成長した私たちの体と、自覚してしまった私の気持ち。変わらないのは焦ちゃんのやさしさと私の臆病さ。でも、ちょっとは前に進めたと思うんだ。
あの後、焦ちゃんは教室に戻らず真っ先に保健室に運んでくれたらしい。なぜかあの刑事さんが一緒に行くと言って聞かなかったとぽつりと漏らした。その後私を保健室に置いて教室に戻るとプレゼント・マイクが担任代理として来て、今後の説明を聞いたらそのまま解散。事情聴取はUSJで言っていた通り、後日改めて聞きに来るそうだ。
怪我と言う怪我は転んで擦りむいた膝と手の平だけで、ゆっくり休むべきだと判断された私は、リカバリーガールの治療が終わるとそのまま帰宅することを許されていたみたいだ。仕事中だったのに連絡を受けてすぐに迎えに来てくれたと言うお父さんにもお礼を言わないといけない。そして翌日木曜日は臨時休校。
私が落ち着いた頃合いを見計らって、学校では何があったのかを詳しく教えてくれた。起きたときにはすでに夕飯の時間をとっくに過ぎていて、そこから話していると一時間近くが経っていたと思うのに焦ちゃんは少しも文句を言わなかった。
木曜日は特に何をするでもなく過ぎてしまった。何をしてもしていなくても落ち着かなくて、テレビをつけると私たち生徒のことは伏せつつ、USJ襲撃事件について何度も報道されていた。施設内の監視カメラはあの襲撃事件が起こっている間もずっと誰もいない状態の施設内を映すよう細工をされていたようだとは焦ちゃんから聞いていた話だ。カリキュラムを把握していればすぐに気づけた違和感だけど、クラス数やその時々で使用する演習場が変わる特殊さ故に管理が甘くなってしまっていたのだろう。もちろんこれは学校関係者以外には箝口令が敷かれていることで、テレビでは襲撃後の施設の映像と敵連合の容姿や個性の特徴しか流れなかった。
そしてあっという間に金曜日の朝。ゆっくり休んだおかげか体調も回復した私はいつも通り焦ちゃんと並んで登校する。電車内で時折感じた視線は多分焦ちゃんへのものだったと思う。私たちの顔は映らないようにされていたけど、警察と話す後ろ姿だけはばっちり映っていて、マスクも何も被っていなかった焦ちゃんの特徴的な頭はその映像を見た人ならすぐに気が付けるだろうから。
ひそひそと聞こえる話し声に居心地が悪くなる。もっとも、気にしていたのは私だけだったみたいだけど。
「道瑠ちゃあああん!!!」
「光移さあああああん!!」
「は、葉隠さん! に、麗日さんも……!」
教室の扉を開けると葉隠さんと麗日さんが駆け寄ってきた。
「デクくんも光移さんも無茶したみたいだし……! すっごい心配したんよ?!」
「もう起き上がって大丈夫なの? 気分は悪くない? 知恵熱は?」
「ご、ごめんね、ありがとう……。あと葉隠さん、最後のはちょっと違うんじゃ……」
麗日さん越しに焦ちゃんがスタスタと自分の席まで移動しているのが見えた。置いて行かないでよと視線を送っても無視される。おろおろしたまま二人のマシンガンのような勢いで紡がれる言葉に圧倒されていると麗日さんが泣きそうな顔になった。
そうだ。麗日さんは――
「13号先生を守ってくれてありがとうね」
大ファンなんだって。憧れだって言っていた。
吸い込んだものを塵にしてしまう先生のブラックホールは当然自分自身もその対象。もし背後にワープさせられていたブラックホールに吸い込まれていたらどうなっていたのか、考えると全身が総毛立つ。
「光移くん! おはよう」
「お、おはよう。飯田くん」
葉隠さんの後ろから飯田くんがやって来た。いつも溌剌としているのに今日はなんだか歯切れが悪い。ゴシゴシと目元をこすった麗日さんに葉隠さん、そして私がじっと見ていると、飯田くんは深く頭を下げた。実直な性格そのままな模範のようなお辞儀だ。
「なっ、ちょっ、いっ、飯田くん?!」
「すまない! 俺はずっと付いていながら君の不調に気づけなかった……! 実に不甲斐ない」
「そんなこと……!」
限界を把握しきれずに無茶をしたのは自分で飯田くんが責任を感じることなど少しもないのに。
「私ひとりじゃ、多分できなかったから。飯田くんがいてくれたおかげだよ。――って、これは飯田くんのせいって意味じゃなくて、万が一があっても大丈夫って安心できたってことで……!」
「ブフッ! なんか光移さんデクくんみたいになっとるよ」
「えぇっ!」
いたって真面目に言っていたのに。飯田くんまで肩が小刻みに震えている。私にはちょっと怪しく思えてしまった緑谷くんの突然呟く癖に、まさか自分が似ていると言われるなんて。緑谷くんには申し訳ないけど、ちょっと恥ずかしい。でも不思議と満ち足りた気持ちになって、私も自然と笑えた。
「そだ! 良かったら連絡先交換せん?」
「私も私も!」
「君たち! まだ授業が始まる前とは言え、学校内で堂々と携帯端末を扱うのはどうなんだ」
「……飯田くんはこう、そのまんまって感じだよね。メアドとかアイコンとかも」
「そのまんまとはなんだ! 俺は覚えやすく、かつ識別しやすいようにだな……!」
携帯をブレザーのポケットから取り出した麗日さんがからからと笑う。飯田くんがツッコミの素振りをするように腕を動かす度に髪が揺れた。
「あ……ごめん。嫌だったらいいんやけど」
「あっ! そ、そうじゃなくて……」
背負っていたリュックを下ろして、内ポケットに入れてあったスマホを取り出す。焦ちゃんとお父さんと八木さんの三人しか登録されていない連絡先。ロックを解除して、私はうつむきがちに言った。
「追加の仕方が分からないので教えてください……!」
麗日さんと葉隠さんに聞きながら、格闘すること約一分。登録し終えるとぽこんと音を立てて可愛らしいスタンプが送られてきた。スマホを持つ手が震える。
予鈴が鳴ると飯田くんは教室内に響き渡る声で席に着くように指示しだした。飯田くんフルスロットルだ。席に座りながら周りの人たちに挨拶をすると小声で話しかけられた。今日は今までにないこと尽くしでなんだか顔が熱い。後ろに座る緑谷くんに怪我はどうしたのかと訊くとリカバリーガールに治療してもらったと綺麗に完治した左手を見せてくれた。ちらりと焦ちゃんを見ると、席に座ったまま頬杖をついて窓の外を眺めていた。
「お早う」
「相澤先生!?」
「復帰早っ!」
「お前ら気を抜いてる暇はないぞ。まだ戦いは終わってねぇんだ」
いきなり不安を煽ってくる。昨日の今日――正確には一昨日の出来事だけど、たった二日しか経っていないのにまた敵が襲ってきたのか。そんなことって。ごくりと喉を鳴らし、続く言葉を待っているとその不安は裏切られた。
「雄英体育祭が迫っている!」
胸がドクリと鳴った。
毎年テレビで見ているだけだった雄英体育祭。それに、自分が出る。怖さと緊張でいっぱいなのに、この震えはそれだけじゃないと感じた。
焦ちゃんはどうだろう。きっと私と同じか、それ以上に気合が入っているのかな。いつからか静かに、分析するように見るばかりになっていたけど、小さい頃は興奮しながら、楽しみながら見ていたから。
だから、この時の私は。
「お前、体育祭出るの止めろ」
「え……」
体育祭を目前に、焦ちゃんにそんなことを言われるなんて少しも考えていなかった。
こんばんは、ののみやです。
誤字報告してくださった方、ありがとうございます。
一難去ってまた一難。ようやく体育祭編……の前に数話日常回を挟みます。
次回は13号先生早くも再登場。仮眠室は便利スペース!な話です。
そしてこのssは轟くんにもスポットを当てるための話なのですが、道瑠視点で進んでいくので現時点ではかなり分かりにくくなっているかもしれません。
泣いて泣いて泣き止んだ道瑠ですが、どうなることやら。
最後まで読んでいただきありがとうございました。続きもお楽しみいただけると幸いです。