待ってよ、私のヒーロー!   作:ののみや

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14話 涙の後に

 雄英体育祭は日本全国を熱狂させ、毎年圧倒的な視聴率を叩きだす日本のビッグイベントの一つ。それが、今年も開催される。雄英高校はつい先日敵に襲撃されたばかりということがあって今年の開催には批判的な声も上がっていたようだけど、全国のプロヒーローに見てもらえる年一回のチャンスを潰すのは学校側にとってもプロヒーロー側にとっても得策ではないとの判断なのだろう。

 また、危機管理体制の盤石さを示す意図もあり、警備を例年の五倍に強化することも決定しているらしい。

 

「ヒーロー志すなら絶対に外せないイベントだ!」

 

 相澤先生が鼓舞して皆を奮い立たせる。とは言っても体育祭が開催されるのは実際には二週間後のこと。今日は平日であり、朝のHRの後には授業が始まる。相澤先生が教室を出て行った後、一時間目が始まるまでの五分間ある準備時間はクラス中が体育祭の話で盛り上がっていた。

 

「あんなことはあったけど……なんだかんだテンション上がるなオイ!!」

「おお! 活躍して目立ちゃプロへのどでけぇ一歩を踏み出せる!」

 

 授業が終わり、休み時間になるたびにその話題で持ち切りになる。私は自分の席で眺めているだけだったけど、前の席の爆豪くんがいつ怒りのピークを迎えるかドキドキだった。楽しみじゃないわけではない。けど、怖くないわけでもなくて。気を抜くとすぐに耳を通り抜けそうになる声を聞き漏らさないようにぶんと頭を振った。

 

「食堂行くぞ」

「あ……そうだね。お昼だもんね」

 

 気が付くとお昼のチャイムが鳴っていた。昼休みには弁当を片手に一段と盛り上がりを見せていて、今日の教室はお昼も賑やかなままだろう。そんな教室を後にして私と焦ちゃんはランチラッシュのメシ処に向かう。焦ちゃんは今日も冷たいお蕎麦を注文していて、私は日替わり定食を頼んだ。今日のメニューは肉野菜炒めと冷奴にトマトスープ。ランチラッシュは時々チャーハンに白米を合わせてくるからメニューの確認は必須だ。美味しいんだけど、量がとんでもなく多いんだよね。

 焦ちゃんはお蕎麦だけにも関わらず、食べ終えるタイミングはいつも一緒。食べ方とか、相手にペースを合わせるところとか。この辺は小学校教師でもある彼の姉の指導の賜物だろうか。手を合わせてから食器を片付けて教室に帰ろうと食堂を出た。

 

「おーい道瑠ちゃん(・・・・・)!」

「おおお、お茶子ちゃん(・・・・・・)……!」

 

 後ろから声を掛けてきたのはお茶子ちゃんだ。その隣には飯田くんもいる。

 

「二人とも学食だったんだね。気づかなかった」

「ここ広いもんねぇ。私、食堂でクラスメイト見つけたの初めてだ」

「俺は前に上鳴くんと峰田くんを見かけたぞ」

「えっいつ? 私全然気づかんかったよ!」

 

 二人が交わすテンポのよりやり取りを横目に見ながら、違和感があった。焦ちゃんは気にした風もなく前を向いて歩いている。二人のさらに向こうには窓があって、もう散ってしまった桜が目に入る。

 

「あ」

 

 私はようやく違和感の正体に気付いた。

 

「緑谷くんは一緒じゃないの?」

 

 そうだ、緑谷くんがいないんだ。入学から僅か二週間程度しか経っていないけど、この三人はよく一緒に下校している姿を見る。

 

「あー、デクくんは途中でオールマイトにお昼誘われて今日はいないんだ」

「オールマイトに!? すごい……!」

「彼のパワーはオールマイトに似ているし、気に入られているのかもしれないな」

「へえー……」

 

 トップヒーロー直々にランチのお誘いとは、もしかして緑谷くんってすごい人なのかもしれない。増強系の個性は他のクラスにもいるだろうけど、緑谷くんの個性は確かにオールマイトによく似ている。自分の個性について詳しく言いたがらないところもそうかもしれない。知り合って間もない人に自分の弱点にもなり得る情報を話す人は少ないから、仕方ないといえばそうなのだけど。

 USJではオールマイトの名前を叫びながら飛び出していったそうだし、その心意気を気に入ったとか、波長が異様にあったとか。オールマイトに限って隠し子はないだろうし、親戚だったりするのかな。私が話を聞きながらふわふわと考えている間、焦ちゃんはずっと考え込むような顔をしていた。怒ってるわけではないけど、あまり良い感情でもなさそうだ。

 教室に戻っても私の後ろの席は空席のままで、緑谷くんが教室へ駆け込んできたのは昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴るのとほぼ同時だった。

 

 放課後。授業が終わり帰り支度をしていると数学担当のエクトプラズム先生が教室を出ていく前に扉が開いた。

 

「光移、飯田」

 

 入ってきた相澤先生はエクトプラズム先生と一言二言会話をしたあとに私たちの名前を呼んだ。

 

「話がある。ちょっとついて来い」

「は、はい!」

「先生! 荷物は置いて行った方が良いのでしょうか?」

「好きにしろ」

 

 咄嗟に返事をしたものの、脳内の処理が追い付かず体は止まったままだ。私だけなら呼ばれた理由に心当たりがあり過ぎるけど、飯田くんも一緒ってどういうことなのだろう。荷物は置きっぱなしでいいのかな。相澤先生は既に教室を出ようとしているし、飯田くんは私を待ってくれている。見た感じだと、お茶子ちゃんに荷物を預けたというところだろうか。

 

「焦ちゃん――」

「待っててやるから早く行ってこい」

「いいの?」

「いい」

 

 短くそっけない声が返ってきた。これはいつものことだけど。焦ちゃんは既に教科書をショルダーバッグにまとめて立ち上がっていたのに、バッグを机に置いて椅子に座り直す。

 

「ありがと。行ってくるね」

 

 廊下には出入り口を塞ぐように他クラスの学生が集まっていて目を丸くした。制服の袖のラインが一本ということは普通科かサポート科、もしくは経営科の人たちだ。相澤先生を見ていたからかモーゼのごとく通り道が出来ていて、私と飯田くんはすんなり抜けることができたけど、人垣を抜けるとすぐにその道は塞がれてしまった。あれだと出られるまでに時間がかかりそうだ。

 相澤先生について行くと、ここだと指さされたのは仮眠室。初めて入る部屋だ。そろりと足を踏み入れると、中にはすでに人影があって。

 

「13号先生!」

「こんにちは。光移さん、飯田くん。わざわざ来てもらってすみません」

 

 私たちを呼んだのは13号先生だった。飯田くんも驚いている。

 

「もう復帰して大丈夫なのですか?」

「僕よりも安静にしておくべき相澤先生が学校に来ているのに、寝てなんかいられませんよ。怪我も片腕だけなので、ほぼ治りきっています」

 

 また改めてA組の皆さんには顔を見せに行きますね。ああ、コスチュームを脱ぐという意味ではありませんよと13号先生は笑った。明るい調子で、もう怪我の影響もなさそうだと分かる。細かい作業は辛そうなコスチュームで、13号先生は私たちにお茶を淹れてくれた。

 飯田くんはほっとしたように息をついたけど、私はうつむいてしまう。

 

「あの……先生、ごめんなさい……」

 

 スカートを握る手に力が入る。包帯でぐるぐる巻きにした顔でも、相澤先生の視線が私に向いたことが伝わってくる。

 

「私、あの時怖くて……皆が待ってるのに、もし迷ったらとか、外にも敵がいたらとか……そんなことばっかり考えて、足が竦んでました」

 

 もし私がもっと早く動けていたら。もし全員を一気に施設外に脱出させられていれば。一日経つとありえないもしもの話ばかりが頭を巡ってしまう。

 

「覚悟してたつもりだったのに、全然……足りてませんでした」

 

 誰かに責められたかったのかもしれない。情けない自分のことを誰も叱らなかったから。でも相澤先生は私の想像よりも更に厳しかった。

 

「自惚れるなよ。誰も、お前のせいで怪我をしたわけじゃない」

「でも! 私がもっと強かったら……学校まですぐに戻って、一回の瞬間移動でUSJに戻ることだってできたって……どうしても、思ってしまって」

「光移くん……」

 

 私だけがあの場で空間移動の個性を持っていたのに。移動距離も、質量も、全てが微々たるもので。全く同じ個性ではないけれど、私はあの敵に劣っていると悟ってしまった。

 

「確かにお前の個性が一度にあの場の全員を転送できるくらいのものだったら、すぐに脱出するか助けを連れて戻ることもできただろうな」

「……」

「だが、実際はそうじゃないだろ。お前の一度に転移可能な距離を言ってみろ」

「今は……直線距離だと最大で55メートル前後……です」

「そうだ。学校までは全然届かない。俺がそれを分かってなかったと思うか?」

「いえ……」

 

 先生が何を言いたいのかが分からない。最初からそんなことを期待していなかったとも違う気がするけど、ただよくやったと言うわけでもない。

 もし連続して移動していたとしても、極短時間で私が移動出来る距離は良くて一キロメートル程度。学校にたどり着く前に限界が来てしまっていただろう。実際、飯田くんのサポートで十数回使っただけでも私は倒れてしまった。

 

「もしもっと出来ることがあったらと考えるのは結構だ。ヒーローとしての具体的な未来像、成長モデルがあるってことだからな」

「はぁ……」

「だがお前のそれは、今の自分の否定で止まっている。俺の言ってること、分かるな?」

「……はい」

 

 次にどう活かすか。後悔するだけに留まるなと先生は言う。できなかった言い訳を並べて、もしもを考えて落ち込み続けるなと。頭では簡単に理解できることのはずなのに、私には難しい。

 

「これは結果論ですが、君があの場で立ち止まっていたからこそ僕は助けられたとも考えられます」

「13号先生……」

「謝るのは僕の方なんですよ。なにせ、僕は一度、君の可能性を信じようとしなかった」

 

 あの場で動ける人に託すのは当然だったのに。そのフォローの為にわざわざ来てくれたのか。

 

「僕や相澤先生が今ここに立てているのは、オールマイトさんやプロヒーロー達のおかげだけじゃない。君たち生徒が頑張ってくれたおかげでもあります」

 

 13号先生は立ち上がると、狭い仮眠室内を器用に歩き、私の横に立った。

 

「礼を言わせてください。ありがとう。光移さん、飯田くん」

「先、生……」

「恐縮です」

「今の自分を少しは認めて受け入れろ。お前も能力あるんだからな」

「…………はい」

 

 最初に教室で見たときは本当に先生なのかって思ってしまったけど、今の私にはもう十分に頼もしい先生だ。あまり優しくはないけど、決して冷徹でもない。飯田くんにも、先生たちにもこれだけ言ってもらって、いつまでも後ろ向きでいてはそれこそ本当に申し訳が立たない。

 小さく震える唇を噛み締めて、涙を堪える。

 

「あとそのうじうじ引き摺る性格も治せよ」

「ううぅぅ……」

 

 前言撤回。あまりどころか、全然優しくない。一滴伝い始めた涙は、二、三と増して私の頬を濡らしていった。

 

 

 

「それで、本題は別の話だ。折角だし飯田も聞いとけ」

「その口ぶりだとその本題は光移くんについて、ということでしょうか?」

「ああ――」

「ハーッハッハッハーッ!!」

 

 ハンカチで顔を隠しながらすんと鼻を啜り、相澤先生を見る。どこからか笑い声がしてきて、突然の大声に肩がびくりと跳ねた。相澤先生はため息を吐いた。

 

「私が失礼する!」

「オールマイト先生!」

 

 オールマイトが普通にドアから入ってきた。あまり広くない仮眠室の人口密度がさらに高くなる。

 

「話を進めていいですか?」

「いいとも! このせっかちさんめ!」

「……本題ってのは、あれだ。光移がなぜあの黒霧って敵のワープ先を見破れたかについてだ」

「あ……!」

 

 勢いよく立ち上がる。あの後倒れたり休校になったり、二週間後の体育祭の話題もあってすっかり忘れかけていたけど、あの場には飯田くんも13号先生もいた。隣に座る飯田くんは驚きでズレた眼鏡を直している。

 オールマイトは白い歯を見せて笑うと、言った。

 

「さあ、元気に話をしようか!」

 




こんばんは、ののみやです。

一度落ち着いたのにまた考え込んで落ち込んでしまう。面倒な性格の子ですが、これでようやく襲撃事件から立ち直れると思います。

次回は本編の最後にもある通り、道瑠がなぜワープ先を見抜けたかについて話し合います。
お楽しみいただけると幸いです。
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