待ってよ、私のヒーロー!   作:ののみや

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16話 進んだ針は戻せない

「ほら、起きな。もう放課後だよ」

「ううん……?」

 

 重い眼をこすり、どうにか身を起こす。ぐるりと見渡すと白い天井とカーテンで区切られた無人のベッドが目に映り、薬品の独特な臭いがした。あれ、ここはもしかして。行きついた答えを確かめるように、声に出すと、目の前に薄ぼんやりと見える人物が答えてくれた。

 

「保健室……?」

「そう。お前さん、授業中に急にスイッチが切れたみたいに眠っちまったんだってさ。覚えてないかい?」

「あっ! じゅ、授業っ!!」

 

 私を見上げるリカバリーガールが呆れたように首をすくめた。

 覚えているのは、敵の襲撃で潰れてしまった第一回目の災害救助訓練をやろうとしていたこと。災害時の基本的な注意事項を説明された後に三人一組でチームをつくり、今回私はお茶子ちゃんと爆豪くんと同じチームになったこと。被害者役の先生が出した救難信号を合図に訓練を開始し、倒壊ゾーンに入ったこと。それから――

 

「個性を使おうとして……それから……」

 

 そこから先が思い出せない。ただ、体にはまだ眠気と怠さが残っているけど、リカバリーガールの治癒によるものではないことはなんとなく分かった。

 

「そんな無茶するタイプじゃないだろうに、何やってるんだい」

「だ、だって、やっと感覚掴めそうだったんです」

「それは自分の体力見極めてから言いな」

「うっ……、すみません……」

 

 ごもっともだ。返す言葉もない。私がベッドの上から謝っていると、リカバリーガールは「やれやれ」と呟き保健室を出ていこうとした。え、私このまま放置されるの。内心焦っていたけれど、リカバリーガールは扉を開けただけで出ていくつもりではなかったらしい。廊下に声を掛けて戻ってきてくれた。廊下にいた人物は保健室に入ってきて、私はまた目を丸くした。

 

「起きたのか」

「焦ちゃん……」

 

 焦ちゃんは制服に着替えていて、私のリュックを手に持っていた。その顔はお世辞にも普段通りとは言えず、むすりとしていて、明らかに不機嫌そうだ。

 

「起きたんならさっさと着替えて帰りな。明日は体育祭だろ」

「はっ、はい! ありがとうございました」

 

 私はもう一度頭を下げて足早に保健室を出た。時計を見るのを忘れていたけど、USJから帰ってきた後に制服に着替えて私が起きるまで持ってもらっていた。どれくらい待たせていたのだろう。チャイムが鳴ってから学校に戻ってきたわけではないだろうが、考えると若干気まずくなる。

 更衣室に入ると急いで着替えてコスチュームをケースにしまった。ヒーロースーツの管理は学校で行っているので基本的に生徒個人での出し入れは出来ない。教室で待つのもわざわざ教室に戻るのも不合理だと言うことで職員室に持っていけばいいらしい。焦ちゃんがリュックを持ってきてくれていたのもそれが理由だったようで先生にも目の前の彼にも頭が上がらない。

 

「怪我は治ったのか?」

「怪我って言うか、寝てただけみたい。でも、リカバリーガールには怒られちゃった」

 

 職員室でもちょっとしたお小言を貰ってから、私たちはようやく帰路についた。校門を潜ったあたりでそう訊ねられて、私が答えると焦ちゃんは「そうか」とだけ言って無言になった。

 

 二週間前、先生たちと私の個性について話をした日から、私は改めて自分の個性を知ろうとした。基本的な能力自体は変わるわけではなかったけれど、意識を変えると見えてくるものもあって。特に感知に関しては出来ること、出来ないことの理解を急いだ。

 そして、体育祭が迫っていても当然授業も普通に行われていた。体育祭の参加種目を決めたり、今年の予選種目を予想したり。あっという間に時間は過ぎていって、気づけばもう明日だ。

 

「いよいよ明日だね、体育祭」

「ああ」

「毎年レクリエーションも凄いから、ちょっと緊張するね。焦ちゃんの参加種目なんだっけ」

「覚えてねえ」

「……そっか」

 

 ぶっきらぼうな口調で、前を向いたままに答えた。焦ちゃんは本当に忘れているのか、参加するつもりがないのか。多分後者なのだろう。私は借り物競争で、焦ちゃんは玉入れと徒競走だよ。心の中でそっと付け足した。

 

「おじさん、今家にいないんだってな」

「え? ああ、なんか仕入れのトラブルみたいで。明日の午後には絶対戻ってくるって言ってたよ」

「そうか」

「うん」

 

 私も焦ちゃんも、今日はなんだか口数が多い。駅から家までの道を歩きながら、隣の焦ちゃんに問いかける。

 

「焦ちゃんも、やっぱり緊張するの?」

 

 きっと明日は炎司おじさんも見に来る。どれほどのプレッシャーなんだろう。今、何を思っているのだろう。その思いを私も知りたい。それなのに踏み込めずにいるのは、拒絶されるのが怖いからだ。焦ちゃんが話してくれるのを待ち続けて、言葉を飲み込むことが増えてからもうどのくらいが経つのだろう。

 結局そこで会話は止まったまま、歩くこと数分。もう焦ちゃんの家に着いてしまう。

 

「道瑠」

「……なに?」

 

 名前を呼んだ声はひどく平坦で、今までになくなんの感情も感じ取れなかった。

 

「お前、体育祭出るの止めろ」

「え……」

 

 聞き間違いだと思った。立ち止まった私を焦ちゃんが振り返る。

 

「なん、で……? どうして急に……そんなこと……」

 

 まとまらない言葉を連ねていく。いつかの帰り道とは比べ物にならない威圧感に若干気圧されつつも、私は見返した。

 

「俺は緑谷に勝つ」

「うん」

「周りの連中も、全員蹴散らす」

「……うん」

 

 焦ちゃんは自分に言い聞かせるように言った。

 

「お前相手だろうと一切手加減はしない」

「…………うん」

 

 スカートの裾を握る手に力が入る。

 そんなの当然だよ。だから、それがどうして止めろって話に繋がるの。変だよ。私がそう返すと、焦ちゃんの顔が苛立ったように歪んだ。

 

「変なのはお前だろ。何気負ってんのか知らねえけど、急に無茶しだしたり妙に浮かれたりして……」

 

 焦ちゃんには私がそんな風に見えていたんだ。声色を低くして告げられた事実に少し驚いた。私が抱えていた不安を見透かされているような気がして、思わず目線が下がる。

 

「この短期間で何回怪我してんだよ」

「うぅっ……」

 

 耳が痛い。私が今日リカバリーガールに怒られたのも、私の保健室通いの多さにも原因がある。怪我の程度こそ緑谷くんに比べると小さいものばかりだけど、利用回数は私たちがクラスのツートップだ。不名誉なことだけど。

 

「い、今はそうでも、これから成長していけば減らせるでしょ」

「そう言ってまた倒れておじさんに心配かけるのか」

「っそんな言い方……!」

 

 私は個性を使いすぎるとだんだん頭が重くなってくる。今まで倒れることがなかったのは、その前の段階で焦ちゃんがストップをかけてくれていたからだ。

 

「ううん……。ごめんなさい、ちょっと楽観的過ぎたかもしれない」

 

 でも、私だって。何にも考えずにやっているわけじゃない。今日に至るまでに掴みかけている感覚がある。あとは、私の調整次第だと感じられるほどに。

 

「私だって少しは進んでるんだよ。……焦ちゃんが、何も知らないだけで」

 

 言ってすぐに後悔した。こんなのはひどい八つ当たりだ。いつもならすぐに謝れるのに、どうしてか何も言えなくなった。無言のまま、ただ焦ちゃんが何か言うのを待っていた。

 

「お前はヒーローに向いてねえんだよ」

「なっ……、なんで……そう思ったの……?」

 

 手が震える。泣きそうだった。

 

「分かんねぇのかよ!」

「ひっ……」

 

 突然、焦ちゃんが声を荒げた。そんな声、知らない。そんな顔も見たことがない。急に焦ちゃんが遠くに感じてしまう。

 

「悪ィ……大声出して」

「わ、わかんないよ……。だって、焦ちゃん何も言ってくれないもん」

 

 私がもっと堂々と向き合えたら。喜んではくれなくても、安心してくれる。そんなことを考えていたけど、現実は全然私の想像通りじゃなかった。

 小さく舌打ちして、焦ちゃんは鋭い瞳を私に向けた。

 

「目標もないのにヒーロー目指してたって、いつか大怪我するだけだって言ってんだよ」

「…………へっ……」

 

 耳を疑った。予想もしてなかった言葉に頭が真っ白になる。

 

「何を……言ってるの……?」

 

 鼓動が早まり、足元がふらついた。

 

「お前、本当はヒーローになりたいんじゃなくて俺が雄英に行くから付いてきただけだ」

「待って……」

「確かにお前の個性ならプロヒーロー達にも欲しがる奴は多いだろうけど、個性目当ての連中とお前じゃ上手くやっていけねえ」

「待ってよ……」

 

 確かに数あるヒーロー科の中から雄英を選んだのは、焦ちゃんが行くと決めていたからでもある。でも、それだけじゃない。返したい言葉がたくさんあるのに、私の口からは情けない待っての声しか出なくて。

 

「和菓子屋継いだ方が、お前は幸せだよ」

「っ……」

 

 胸が苦しい。まるで氷の刃で胸を抉られたように、ズキズキと痛む。

 

「ずっと……そんな風に思ってたの……?」

 

 守りたい、なんて焦ちゃんの前では言えなくなった。焦ちゃんはとても強い。憎悪も、苦しみも、全て抱えて一人でも立ててしまうくらいに。それでも、私には焦ちゃんが大事だった。

 救えなくてもいい。焦ちゃんの心を守れれば、少しでも和らげられたらそれでいいと。

 ずっと変わらない、私の決意。だから、本人に伝わらなくてもいい。本当に、そう思っていた。

 

 だけど。

 

「焦ちゃんは今まで私の何を見てきたの!!!!」

 

 私はなんて自分勝手なんだろう。そう思っていたはずなのに、私の気持ちが一ミリも伝わっていなかったことが、今はこんなに苦しい。

 

「悪ィ……」

「何が……?」

 

 いつも、そうだった。

 

「それ、何に対しての"悪ィ"なの?」

 

 身体に不快な感情が充満していく。つらい。かなしい。苦しい。そんな思いが大きく膨れ上がっていって。

 

「わかってないのに……! そうやってすぐ謝るの……やめてよ……」

 

 泣きたくなんかないのに、拭ってもぬぐってもぼろぼろと涙が出てきて、何も言わないのをいいことに私は感情を爆発させた。

 

「自分がなりたかったものすら忘れてるくせに! 私の幸せなんて今の焦ちゃんに分かるわけないでしょ!」

 

 言った後に我に返った。焦ちゃんは今までで一番険しい顔をしている。でも、全然怖くない。ただ――

 

「あ、れ……私、なんっ」

 

 傷つけてしまったと思った。後悔が、ぐるぐると体中を巡っていく。

 

「ご、ごめ――」

 

 私の言葉を遮ったのは、焦ちゃんが門を叩いた音。

 

「……もう帰れ」

 

 私にかけられたのは明確な拒絶で。待ってと言っても止まらず、焦ちゃんは背中を向けて歩いていく。

 

「ま、待ってよ!」

 

 ずっと悩んで、考えて。結果として、最悪な言い方をしてしまった。私が追い詰めた。

 

「焦ちゃん――」

 

 私の手を振り払ったあとも、もう何も言おうとしなかった。

 違うんだよって。私だって目標があって、少しずつ個性も制御できるようになってるんだよって。もっと上手く言えればよかった。焦ちゃんの背中を追ってるだけじゃ嫌なんだよって。

 

「焦ちゃんのばか!!」

 

 耐え切れなくなって、私は走って家に帰った。焦ちゃんの隣を通り過ぎるときに一瞬名前を呼ばれた気がしたけど、確認する勇気が持てなかった。どんな顔をしていたのかも分からない。

 部屋の扉を勢いよく閉めて、扉に背を預けた。そのままずるずると座り込み、膝を抱えて顔をうずめる。

 

「最低だ……」

 

 私は、何をしていたんだろう。焦ちゃんのためと言いながら、一方的に思いをぶつけて、結局自分で傷つけた。

 

「ごめん……なさい……っ」

 

 泣いたってどうにもならないのに。誰もいない家で、私はずっと情けなく泣き続けていた。

 




こんばんは、ののみやです。

二人とも、何をしてんだよ……な感じで体育祭に突入です。
暗雲立ち込めていますが競技自体は滞りなく進んでいきます。

細かなあとがきは最後にまとめて書くとして、第6話あとがきで書いた通り、この小説は体育祭が最終話となります。
と言っても、決勝戦に至るまでにも色々話があり、完結後は番外編も数話予定しておりますので、最後までお付き合いいただけると幸いです。
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