待ってよ、私のヒーロー!   作:ののみや

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17話 賽は投げられた

 ゆっくりと意識が浮上して、薄暗い部屋の中で体を起こす。床で寝てしまったからだろうか、体は固まっているし重くてあまり言うことを聞いてくれない。泣きすぎたせいで頭も痛い。

 

「五時……」

 

 部屋の電気をつけて時計を確認する。喉の痛みは感じないけれど、微かに声が枯れている気もする。寝不足だし、目は腫れてるし、コンディションは最悪だ。重たい体に鞭を打って一階に降りる。洗面台の鏡に映る冴えない顔をした私が、大きなため息をついた。

 着替えないまま寝てしまったせいでブレザーもスカートもしわだらけだ。ハンガーにかけてスチームを当てながら手で生地を伸ばしていく。このまま乾かしておけばなんとか気にならないくらいにはなるだろうか。最後にもう一度軽く伸ばして、シャワーを浴びることにした。

 

 熱いシャワーを浴びて、温めたタオルを目に当てる。目の充血も少しだけましになったように見えた。昨日、お父さんが作り置きしてくれていた晩御飯を温めなおして朝食にする。テレビではキャスターたちが雄英体育祭について話していた。生徒の登校時間と取材陣の入場検査開始時間はずらしているそうだから、なかなか校内に入れないなんてことにならないといいな。オールマイトが雄英教師になったことが全国に知れた翌日、校門前には生徒や教師を狙ったマスコミが集まっていて大変だったし。

 

「あの時は……焦ちゃんが助けてくれたんだよね」

 

 朝の校門でも、昼にマスコミが校内に侵入してちょっとした騒ぎになった時も。そう考えて、私はまたため息をついてしまった。

 鏡の中に映る自分はやっぱり暗い顔をしている。駄目だなあ、折角の体育祭なのに。

 

「そうだ」

 

 いつも通りに結んだ髪をおろし、髪型を変えてみる。少し高めの位置で一まとめにすると、下ろしているよりも元気な子に見える気がした。

 なんとか着れる程度にはなったブレザーに着替えて、いつもと同じ時間に家を出る。先に行ってるかな。それとも、待っててくれてるかな。いつもよりも少しだけゆっくり歩いて焦ちゃんの家の門に辿り着く。

 

「え……」

 

 驚くことに、私が着いた瞬間に門が開いた。でも、そこから出てきたのは焦ちゃんではなくて。

 

「おはよう、冬美ちゃん」

「お、おはよう!」

 

 彼の姉の、冬美ちゃんが慌てた様子で出てきた。気まずそうな顔をしている。

 

「ごめんね。焦凍、今日はもう学校行くって言って出て行っちゃって……」

「そうなんだ。教えてくれてありがと、冬美ちゃん」

 

 やっぱり焦ちゃんはいなかった。分かり切っていたことのはずなのに、また涙が出そうになった。

 体育祭見に行くから。応援してるねと言ってくれた彼女に上手く笑えていただろうか。冬美ちゃんと別れて早足で学校に向かう。一人で歩く通学路はこんなにも長かったのか。立ち止まっていても「行くぞ」とは誰も声をかけてくれなくて、私は駅から学校までひたすら走った。

 

「ふう……」

 

 教室の扉の前に立って、深呼吸。まだ集合時間まで余裕はあるけど、途中で通り過ぎた教室はどこも賑やかだった。それに対して1年A組の教室は意外にも静かだった。まだ全員揃っていないのかもしれない。意を決して、やっと見慣れてきた大きすぎる扉をスライドさせる。

 

「みみみみちるちゃん!?!?!」

「おはよう!!?!」

「透ちゃん、お茶子ちゃん……おはよ。ごめんね、昨日は返信できなくて」

「そのくらいいいんだけど……!」

 

 梅雨ちゃんの席で話をしていた二人が凄まじい勢いで駆け寄ってきた。その後ろからはゆっくりと梅雨ちゃんが歩いてきていて、私は梅雨ちゃんにもおはようと声を掛けた。

 

「轟くんが一人で登校してきたと思ったら、道瑠ちゃんはなかなか来ないし……来たと思ったら、そんなだし……」

 

 チラチラ後ろを振り返りながらお茶子ちゃんは小声でそう言った。私はまだひどい顔をしているみたいだ。

 

「心配かけてごめんね。でも、大丈夫だよ。ちょっと夜更かししちゃって」

 

 ずっと緊張してるんだ。と続けると、梅雨ちゃんがリラックスするための方法をいくつも教えてくれた。お茶子ちゃんと透ちゃんは何か言いたそうな顔をしていたけど、話に乗ってきてくれる。

 

「その髪型も似合っているわ」

「えへへ、そうかな」

 

 その後、相澤先生がやって来て、今日の流れを大まかに説明された。私たちは体操服に着替えて控え室に移動した後、開会式を待つ。今は各クラスの委員長が集められていて、開会式での動きを聞いているそうだ。飯田くんが戻ってくるのは、入場開始のとき。

 

「あ、あれっ? 私、お茶どこに置いたっけ」

「はい、お茶子ちゃん。これじゃないかしら?」

「それだ! ありがと梅雨ちゃん!」

 

 朝はそうでもなさそうだったお茶子ちゃんも、開会の時間が近づくにつれて緊張感が増してきているようだ。

 

「道瑠ちゃん落ち着いてるね」

「うん、なんだか変な感じ。でもドキドキはしてるよ」

「私もドキドキ!! 頑張って目立たなきゃ!」

 

 いつもの私なら、分刻みで時計を確認して開会式を待っていただろうけど、今は不思議なくらい落ち着いていた。気合を入れている透ちゃんを見て、芦戸さんたちも一緒に盛り上がっている。

 

「あ……」

 

 振り向かなくても、分かった。焦ちゃんが席を立ち、緑谷くんに近づく。凄みのある声で緑谷と名前を呼んだ。

 

「客観的に見ても実力は俺の方が上だと思う」

「へっ!? うっ、うん……」

「お前オールマイトに目ぇかけられてるよな。別にそこ詮索するつもりはねぇが……」

 

 戸惑う緑谷くんに、焦ちゃんははっきりと宣言する。

 

「お前には勝つぞ」

 

 止めようとした切島くんを雑にあしらい、焦ちゃんは話し終える。いきなりの宣戦布告に身構えていたようだけれど、緑谷くんも同じように宣戦布告で返した。他の科の人たちも本気でトップを狙っていると。自分も後れを取るわけにはいかないのだと。

 

「僕も本気で獲りに行く!」

「……おお」

 

 その後、焦ちゃんは入場の為に部屋から出ていく。私も行かないといけない。でも、足が重かった。ガタガタと動く椅子の音が段々減っていく。皆が部屋から出て行っている。机の上で右手を握る左手に力が籠る。

 

「道瑠ちゃん」

 

 その手を引っ張ってくれたのは、透ちゃんだった。

 

「行こ?」

「……うん!」

 

 会場の入り口に近づくにつれ、プレゼント・マイクの実況が聞こえてきた。鋼の精神とか、奇跡の新星とか。私たちのクラスを持ち上げる内容で煽っている。

 

「皆! 入場だ!」

 

 プレゼント・マイクが生徒の入場を告げた。飯田くんが先導し、私たちは会場に足を踏み入れる。

 

「す、すごい人……」

 

 私たちが今いるのは体育祭の一年ステージ。他学年のステージとは別の会場になっているのに、観客席はどこを見ても人だらけだ。例年競技は個性を使用して行われるから、観客席は少し高めの離れた位置に造られている筈なのに、圧迫感があった。

 A組のあとにB組、そして普通科、サポート科に経営科と続き、計11クラスが入場する。

 

「選手宣誓!!」

 

 今年の一年ステージ進行を担当する主審はミッドナイトのようだ。選手宣誓はヒーロー科入試で一位だった爆豪くん。

 そう言えば、私たちは入学式に参加しなかったから知らないままだったけれど、入学式の新入生代表挨拶って誰がやっていたんだろう。

 

「せんせー」

 

 爆豪くんはポケットに手を突っ込んだまま、気だるそうに主審の前に立った。

 あ、これはよくないやつだ。

 

「俺が一位になる」

「絶対やると思った!!」

 

 案の定の宣言に、切島くんが即座にツッコミを披露してくれた。飯田くんや上鳴くんだけでなく、他のクラスからもブーイングの嵐が巻き起こる。調子乗んなよA組と私たちまでまとめられていたのはとても理不尽だ。他にも言いたい放題言われていたけれど爆豪くんは動じない声音でさらに追い討ちをかけた。

 

「せめて跳ねのいい踏み台になってくれ」

 

 追加のブーイングが飛び交った。聞いていて不憫に思えてくるくらいだ。それでも爆豪くんは涼しい顔をして生徒の列に戻ってきて、開会式が終わった。

 

「さーてそれじゃあ第一種目と行きましょうか!」

 

 ミッドナイトは後方のモニターを指さし力強く告げる。いわゆる予選だ。徐々に動きが遅くなるルーレットが完全に止まり、大きく文字が表示された。

 

「今年は……コレ! 障害物競走よ!」

 

 雄英体育祭が、始まる。

 

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