待ってよ、私のヒーロー! 作:ののみや
――あと八分三十秒~
残り時間を告げるアナウンスを耳が拾う。絶え間なく響いている爆音に混じっていても鮮明に聞こえたことに一安心。まだ大丈夫。焦る時間じゃない。大丈夫だ。
「よ、よし……!」
大きく息を吐いて立ち上がる。しゃがんでいるよりもさらに高くなった視線と、おまけに強く吹いた風に足がもつれそうになってすぐ傍にある柵に掴まった。
私が今いる場所は雄英高校の市街地演習場。の、ビルの上。広大な敷地を見下ろすと、数えきれないほどの受験生と、一から三までの番号を振られた大量のロボットがいる。実技試験のために用意された仮想敵だ。
そう。今は雄英高校ヒーロー科一般入試の実技試験の真っ最中。
試験概要は、この演習場内に散りばめられた仮想敵達を十分間でどれだけ倒すことができるかというもの。総数も配置も伝えられていない仮想敵、もといポイントの奪い合いだ。
受験生が密集している場所を避けて仮想敵が単体で動いている地点に降り立つ。標的を捕捉すると近づいてくる仮想敵を正面に捉えて左手を前に出す。私との距離はおよそ五十メートル。
いける! そう確信して左手を前に出す。それと同時にビルのシャッターが開かれ、二ポイントの仮想敵が姿を見せる。
「ひっ!?」
もう私を標的として捉えている仮想敵は不穏な音声を流しながら動き出す。咄嗟に頭の前で両腕をクロスさせた。これは人間の防衛本能だ。仕方ないんだ。
しかしいつまで経っても衝撃はやって来なくて、薄目を開けて腕の隙間から周囲を確認すると、私の正面にいたはずの仮想敵は姿を消していて、シャッターの奥では仮想敵が崩れ落ちていた。原型はよく分からないけど、一と書かれたパーツと、二と書かれたパーツが確認できたので個性が上手く発動出来ていたようだ。
「これで……十三ポイント……」
やっとと言うべきか、まだと言うべきか。何とか立ち回ってはいるが、こんな有り様で、入学できたとしても本当にヒーローになれるのだろうか。焦ちゃんの足を引っ張らずにいられるのだろうか。
……傍にいてもいいのだろうか。
特訓だってしたし、勉強だってたくさんした。筆記試験は問題なく突破できるはずだ。でも、まだ一度も最後まで自分の思った通りに行動は出来ていない。じわり、自分の影がぼやけていく。
こんな時に考えることではないかもしれない。元々ない自信を木っ端みじんにされて帰ったら、きっと、それ見たことかと笑われる。いや、今の焦ちゃんはつまらなそうに言うだけだ。「普通科受けといて良かっただろ」って。それはやっぱり……
「むかつくー!」
手を胸の前で握りしめて空に向かって叫んだ。
推薦入学が決まってから、特に焦ちゃんは笑わなくなった。空返事も増えた。沈黙が増えた分私がたくさんしゃべることなんて出来なかった。ただ、ずっと変わらず後を追いかけているだけだ。
ヒーロー科に合格したからって何かが劇的に変わるわけではないけど、凄いなって驚いてほしくて。また三年間一緒に通えるなって笑ってほしくて。そんな勝手な期待を捨てられずにいる。
声を出したら少しだけ頭もスッキリした気がする。そしてリストバンドで両目を拭う。
まだ私は動ける。ポイントも狩りつくされていない。よし、ともう一度気合を入れる。さっきよりは様になっているでしょ、と誰にともなく主張していると、近くに隠れていた仮想敵も近寄ってきた。上からじゃこんなに確認できなかったから巡回していたものもいるのかもしれない。これ全部倒したら一気に二十ポイント以上稼げるよ。
――あと七分二秒~
中途半端な残り時間のアナウンスが聞こえる。私は走り出した。仮想敵がいない唯一のルートを目指して。
「わあああああん!」
だって、一気に倒すなんてやっぱり無理だし!
遠くでプレゼント・マイクが残り時間四分を切ったとアナウンスする。
「思ったより時間残ってる……のかな」
荒くなった息を整えながら路地から広い道へ出た。
仮想敵の上に仮想敵を落としたり、ご自慢のスピードをそのままに壁に突進させたり。仮想敵を誘導したり事故ったりしながら、私を囲んでいた仮想敵はほとんど戦闘不能に追い込んだ筈だ。途中で他の受験者数名に出会って先に倒されもしたから、全てとはいかない。数え間違えてなければ私のポイントは現在二十九ポイントだ。
一体どれだけ倒せばいいんだろう。最初に比べて戦闘音が少なくなってきた。変わらないペースで聞こえているのはあの凄まじい爆発音だけだ。しかも、かなり大きい。っていうか近づいてきてる!
「うわっ!」
突然、目の前の壁が勢いよく破壊され、薄い金髪の少年が煙と共に現れた。タンクトップで雑に汗を拭う口元は楽し気に歪められていて、他の受験者とは一線を画している。
恐らく次なる標的を求めてであろう視線を巡らせて、次に驚いてへたり込む私を見た。焦げた臭いと煙が漂う中で、瓦礫の山に立つ少年の爆発的に釣り上がった目と目が合う。
プレゼント・マイクの嘘つき!! 仮想敵って言ってたのに! 四種って言ってたのに!
見下ろしている少年は誰がどう見たって――
「敵だあぁぁ!!」
「はぁ!?」
思いっきり睨まれた。目が七十度くらいまで釣り上がってる。
「誰が敵だ豆粒ビビり女!! 爆破されてぇのか!?」
「おおお、思いっきり悪役の台詞じゃん!」
震える声で手の平から火花を飛び散らせる少年に言い返す。お互いにヒーローらしからぬ言動だ。目を逸らして周囲を確認すると、他の受験生が様子を盗み見ているのが分かる。そりゃそうだよね。私も同じ立場なら関わりたくない。
気分は蛇に睨まれた蛙そのもの。もう仮想敵でもなんでもいいから爆弾少年の気を逸らしてほしい。そう願っていると、黒髪の男の子が駆け寄ってきた。その後ろからは仮想敵も集まってきている。これだけ騒いでいたのだから当然なのかもしれない。でも、その数はほんの数体で、明らかに減っていることが分かった。
「お前ら試験中に何してんだよ!」
そう声をかけながらサメ歯をのぞかせた少年は仮想敵を殴り飛ばした勢いのまま涙目の私と爆弾少年の前に立った。ここにいる全員がライバルで、残り時間もほとんどないのに。これが漢気ってやつなのかな焦ちゃん。
同じく近づいて来ていた仮想敵を瞬時に三体仕留めていた爆弾君は、新たに現れた妨害者にまた絡もうとしていた。叫びだしたくなるくらい怖い爆弾君にも怯まず、黒髪の少年は逆に宥めようとしている。
「いっ、良い人……」
感動して自然と声が漏れる。
もうなんだか色々ありすぎて足に力が入らなくなってきた。立てるかと声をかけてくれたことに甘えて、差し伸べられた手に腕を伸ばす。
爆弾少年は盛大な舌打ちをしながら両手から火花を噴出させて周辺を見渡している。まだ終了のアナウンスはされていないから、次の狩場を探しているのかな。凄い。私も最後まで粘らなくちゃ。
ふらつく足に力を込めて立ち上がる。助けてくれた少年にお礼を言って移動しようとしたけど、街全体を揺らすような振動に遮られた。
「うおっ?!」
「今度はなにぃっ!?」
地響きを立ててアスファルトを割り、全長五十メートルはありそうな巨大なロボットが姿を現した。今まで日光に照らされていた筈の辺り一面が暗くなる。
「ハッ、こいつが大暴れするギミックってやつか」
「シャレになんねーな!」
「うっ、う゛う゛ぅ……」
これがゼロポイントなんて。避けて通るべきステージギミックなんて!
至る所から受験生たちの叫び声が聞こえる。パニックになっているみたいだ。隣に立つ黒髪の少年も逃げようと私の手を引いて走り出した。
「どいつもこいつも……!」
圧倒的脅威を目の前に誰もが対峙を躊躇う中、爆弾少年は逆に導火線に火が点いたらしい。
「俺の前に!!」
爆弾少年の身体が浮き上がった。仮想敵は大きな腕のような部位を振りかぶる。進路上に立ち並んでいたビルが破壊されていく。少年はその腕に向かって飛んでいった。
「立つんじゃねぇええ!!!」
「っばか!」
「~~っ!!」
ぶつかる!
ギリギリまで開こうとふんばっていた目を閉じてしまった。爆発音と、ガラガラとビルの崩れる音が轟いて、強い風が吹いて髪が靡いた。
でも、音の発生源は遠い。
「せ……成功……?」
ゆっくりと目を開けると、上空には太陽が、前方には仮想敵の後ろ姿が。隣には驚いた顔の少年がいて、その瞼に小さな傷があることに気づいた。
ガラリ、と音がした場所を見ると、目を開いた爆弾少年が立ち上がっていた。怪我をしたようには見えなくてほっと息を吐く。
「あ、あの」
「てめぇ……」
瞼をぴくぴくさせながら歩み寄ってくる。これはとんでもなく怒ってる。間違いない。声をかけるつもりだったのに口からは息が漏れるだけだ。用意された圧倒的脅威を前にするよりも足がすくむ。
「何して――」
「終ーーーー了ーーーーー!!」
とても大きな爆発少年の声を遮る更に大きな声。プレゼント・マイクが試験終了を告げた。
最後の難関を見て残り時間を気にするどころではなくなっていた受験生たちが確かめるように呟く。
「終わった……の?」
口に出してもまだ私も実感がわかない。怪我をした受験生はリカバリーガールが順番に治療に向かうので、その場で待機しておくようにと説明されたが私は特に怪我もしなかったし一度説明会場に戻ればいいのかな。帰るためにも着替えたいし。
なんて、現実逃避をしていたら。
「てめえええ!!!」
「わーーーー!!!」
底冷えするような怒声に現実に戻された。
「俺を助けたつもりか!? っざけんなよ邪魔しやがって」
「た、助けたつもりはない! けど、邪魔したつもり、も……なくて……」
上手くまとまらなくて要領を得ない話し方しかできない。怒りが収まったようには見えないけど静かになった少年を見て更に焦る。このままだと付き合いきれなくて帰ってしまうかもしれない。ここで別れたらまた探し出すなんて不可能に近いだろう。
どうする。どうしよう。どうすればいいの。冷静になれず思考がぐるぐるする。どうしよう。自分の影を見つめて、頭が冴えた。
「そんなことが言いたかったんじゃなくて!」
少年に向かって全力で叫んだ。叫んだあとは息が切れてまた下を向いちゃったけど、顔を上げた時に爆発君はまだあそこに立ってくれていた。
「さっきの……試験の時はごめんなさい!」
相変わらず目を見開いている少年が口を開かないのをいいことに、私は言葉を続けた。
「びっくりして、敵扱いしちゃって……あと、わた……私のせいで、時間ロスさせちゃったし、個性にも巻き込んじゃって」
頑張ってマックスにした声は、段々言葉尻が小さくなっていって、最後まで届いたのか不安になった。でももうギリギリだ。顔が熱いし身体が震える。気を抜いたらしゃがみ込んでしまいそう。
荒れていた少年は随分と興奮が落ち着いたように見える。観察するような視線は落ち着かないけど、少し間をおいて口を開いた。
「……あれはお前の個性か」
「うん……
少年の質問に答えた後、しばらく無言が続いた。
一番やり易いのは自分一人の移動だけど、私は目で見たものを転移させることもできる。転移先は、目に見える範囲か直径百メートル以内の私が見たことのある場所。さっきは咄嗟のことだったからとにかく一番遠くまで移動って気持ちで個性を発動させた。手で方向を指示した方がより精度が上がるから、いつもはそうして使っている。
何か言った方がいいのかな。でも急に私の個性を仔細に説明し始めるのも変だし、逆に私が彼の個性について尋ねても答えが返ってくるとも思えない。少年の足元をじっと見ていると、また大きな舌打ちを響かせた。
「あっ! け、怪我とかしてなかった? さっき思いっきりビルに突っ込ませちゃっ――」
「あの程度で怪我なんかするか! 寝言は寝て死ね!」
「ううっ……なにそれ……」
話しかけるも素気無く途中で阻止され、最後まで言いきれなかったけど、何を言おうとしていたのかは察しているみたいだし、彼の言葉を信じよう。
爆弾少年はずかずかと歩き去り、その場には私と黒髪の少年だけが残された。
「あの、あなたも色々とありがとうございました」
「ん? ああ、いいって! 俺も最後助けてもらったし、お相子様ってことで」
ニカッと歯を見せた笑顔は、憔悴した心に沁みわたる。私的今回の試験のMVP間違いなしだ。
「うん、分かり゛っ……」
言いたいことが全部言えたら、ぼろぼろと涙がこぼれてきた。止めたいのに、堰を切ったように溢れだした涙はちっとも止まってくれなくて、目の前の少年をひどく慌てさせてしまった。
それからやってきたリカバリーガールにハリボーを貰って、会場に戻りながら塩味のするハリボーを咀嚼した。途中で同じ中学校の受験生を見つけたと言う彼とは別れたので、そこからは一人で行動していた。凝山の同級生とも待ち合わせしてなかったし、そもそも名前もよく知らなかったから。
こうして、目元をヒリヒリさせながら雄英高校の大きな門を後にして、私の入学試験は幕を閉じた。