待ってよ、私のヒーロー!   作:ののみや

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20話 見知らぬきみの夢を見る

「ううぅ……ごめんなさい……」

 

 プレゼント・マイクによって競技終了が告げられ、騎手の爆豪くんを降ろしてすぐ。私は俯いた頭を上げることが出来なかった。最終種目へ進める上位四チームが一位から順に告げられ、会場はさらなる盛り上がりを見せる中で、ギリギリで四位に滑り込んだらしい緑谷くんは目から噴水のような涙を流しているのが見える。でも、私は涙も出ない。ただただ、頭が重かった。

 

「おいおい何言ってんだよ光移! お前もすげー頑張ってくれただろ! 顔上げろって」

「そーだよ、二位だよ? もっと喜ぼうよ!」

「うううぅぅ……」

 

 私たちのチームは最後の五分間、B組の物間くんたちに攻められていて、結局1000万ポイントを奪うどころか、焦ちゃんと緑谷くんたちの争いに介入することすら出来なかった。口に不敵な笑みを乗せ、挑発的な言動で煽ってくる物間くんに苦しめられたものの、自分たちのポイントを守り切り、最後はハチマキを奪ってトータル1480ポイント。私たちは第二種目を二位で通過だ。結果だけを見れば上々だが、攻め込まれる隙を作ったのは間違いなく足を止めてしまった私で。

 手を抜いたつもりはなかったし、全力でやっていた。まあ、全力を出し過ぎたせいで最後動けなくなってしまったんだけど。最初の宣言通りぶっ飛ばされても文句は言えない。ずっと慰めてくれている切島くんと芦戸さんの声を聞きながら爆豪くんが口を開くのを待っていた。しかしいつまで経っても予想していた罵声は飛んでこなくて。切島くんの呼び止める声に顔を上げると、爆豪くんは私たちに背を向けて立ち去ろうとしていた。

 

「あ……あれ?」

「爆豪も気にしてねーってさ! それでも気になるってんなら本戦で取り返そうぜ!」

 

 もちろん、本戦で当たった時には手加減しないけどな! そう言ってニカッと歯を見せて笑った切島くんの顔は、なんとなく懐かしい気がした。

 

「道瑠ちゃん、本戦おめでとう。悔しいわ」

 

 これから一時間ほどの昼休憩。会場を出て外へ向かうときも皆がお互いをたたえ合っていた。梅雨ちゃんたちは焦ちゃんの氷で競技終了まで動けなかったそうだ。背中を向けていて見なかったけど、競技終了後に一度上がった大きな歓声は、焦ちゃんがあの氷を溶かしていたときのものだろうと思った。

 

「ありがとう、梅雨ちゃん」

「おっ、道瑠ちゃんに梅雨ちゃん! おつかれ!」

 

 いつの間にかお茶子ちゃんが側に来ていた。

 

「お、おつかれ!」

「お疲れ様。お茶子ちゃんもおめでとう」

「えっへへー……ありがと!」

 

 緑谷くんとチームを組んでいたお茶子ちゃんも本戦に出場を決めている。だからなのか、今もすごく気合が入っているようだ。ブンブン音がしそうなくらい腕を振っていた。

 

「そうだ! ねえ道瑠ちゃん、お昼一緒にどうかな?」

 

 もちろん梅雨ちゃんも一緒だよ。その名の通り麗かな笑顔でお茶子ちゃんが誘ってくれた。明るくて可愛いお茶子ちゃんと一緒にいると私も楽しくなる。後ろからは騎馬戦で脱いでいた上着をちゃんと着ている透ちゃんも来ていた。

 

「……嬉しい。一緒に食べよ」

 

 黙っていると思考が自己嫌悪に陥りそうな私にとって、思考を中断させてくれる皆の存在がありがたかった。切り替えていかなくちゃ。

 

 控え室を通り過ぎ、正面入り口が見えてきたところで、私は皆と反対側に歩いていく爆豪くんを見つけた。先に行っててと声を掛けて私は皆と分かれて走り出す。

 

「ば、爆豪くん! 待って!!」

 

 止まらない。し、振り返りもしない。さすが爆豪くんだ。ここまで徹底して無視されるといっそ気が楽かもしれない。いや、やっぱり無視されるのはいやだな。

 ぱたぱたと靴音が響く廊下を走って追いかけていると、急に足の力が抜けた。

 

「あっ」

「あぁっ!?」

 

 大きく体がぐらついて、前のめりに転びそうになったまま私は静止していた。

 

「くっ……苦しい……」

「……何やってんだよおめーは」

 

 私の体操服の首元を掴んだ爆豪くんが、心底呆れたように言った。反射神経がすごい。

 

「あ、ありがとう!」

「は……?」

 

 雑に手を離され、また「うわっ」と声が出たものの、私は立って爆豪くんを見た。

 

「わ、私をチームに入れてくれたのって、少しは認めてくれてたってことだと思うから。……嬉しかった、です」

 

 自惚れかもしれない。結局足を引っ張ることになった不甲斐なさや申し訳なさは今も私の中をぐるぐると巡っているけど、その他にも。少しは認めてもらえていたんじゃないかって思えて。そのことだけはどうしても伝えておきたかった。

 爆豪くんはずっと黙ったままだ。初めて会った入試の日を思い出した。

 

「は、話はそれだけ、で……えと、じゃあ――」

「おい光移」

「へっ?」

 

 立ち去ろうとすると、呼び止められた。聞き間違いかと思ったけど、爆豪くんを見るとそうじゃないと分かる。

 

「なんで俺ンとこ来たんだよ」

「なんでって……?」

「デクにでも頼めば良かっただろ。てめぇ俺見てすぐビビりやがるし」

 

 1000万ポイントを保持する緑谷くんは最後には四人でチームを組んでいたけれど、最初はほとんどの人から避けられていた。ポイントを保持し続けるよりも終盤に奪う方が理にかなっているし、個性がよく分からないという理由もあったのだろう。

 私も彼の個性をよくは知らないけど、親しい人と組んだ方がやり易いと考えると、緑谷くんと組んでもよかったのかもしれない。でも、私は爆豪くんを選んだ。

 

「最初はね……緑谷くんは私と少し似てるなって思ったんだ」

 

 答えになっていない話でも、爆豪くんは静かに聞いてくれていた。

 

「でも、よく見てたら緑谷くんはすごく強くて。爆豪くんにも、焦ちゃんにも逃げずに向き合ってて。私とは全然違う」

 

 戦闘訓練を見て、USJ内部での話を聞いて。ついさっきまでやっていた予選を見ていて、そう感じた。

 

「だから嫌いってわけじゃないんだけどね! すごく良い人だし、優しいし、観察力もすごいし――」

「……俺に何の話を聞かせに来てんだよてめぇは……!」

 

 指を折って数えていると、爆発を押し殺すような声音で遮られた。ああ、これはいけない。私はそこで話を区切り、苦笑いを向けた。

 

「あとは、なんとなく爆豪くんに親近感があったからかも」

「ふざけんな。誰がヘタレと似てんだぶっ飛ばすぞ」

「そ、そこじゃないってば! ヘタレでもない!!」

 

 いつか緑谷くんが言ってたとおりだ。爆豪くんは案外優しいし、周りをよく見ている。口はすっごく悪いけど。

 

 

 

 それから再び回廊に靴音を響かせながら、私はぼーっと爆豪くんの後ろ姿を眺めていた。そういえば、爆豪くんはどこに行くつもりだったんだろう。そんなことを考えていると、勢いよく振り返った爆豪くんが不機嫌そうな視線を向けた。

 

「付いてくんなよ」

「だ、だって私も食堂行くんだから同じ方向になるでしょ」

「うるせえ。離れて歩け」

「今も結構離れてるじゃん!」

 

 お茶子ちゃんたちを待たせているし、お腹もすいているから私も食堂に行きたいのだ。もしかして迷ったのかな、なんて考えが過ぎるけどさすがに口には出せなかった。

 

「わ、私が前歩こうか?」

「ふざっけんな! 後ろ歩けや!」

「歩いてるよ……」

 

 やいのやいのと言い合いながら、私たちは会場内の廊下を歩いていた。やっぱり爆豪くんはひどい。理不尽だ。それでも直接言う勇気はなくて、心の中で主張しながら離れて歩く。もう少し歩けば関係者用の出入り口があったはず。少し光が差し込んでいる角を見つけて、あったと思うと同時に、人がいることが分かった。前を歩いていた爆豪くんの足も止まっている。

 体育祭。人のいない通りで二人だけで話。このシチュエーションはまずいよ爆豪くん、多分聞いちゃだめなやつだよ。そんな考えを胸に抱き、足を止めた爆豪くんに足音を殺して近づくと、聞こえてきた声に胸が締め付けられるような心地になった。

 頭一つ分高い位置にある爆豪くんの顔を見上げると、目を見開いて固まっている。焦ちゃんと一緒にいる緑谷くんもきっと同じような顔をしているんだろう。戸惑う緑谷くんの声を気にせず、焦ちゃんはずっと話し続けた。

 

 感情を押し殺したような低い声だ。不機嫌な、怒った時にも似ているけど、私にはただ苦しそうにしか聞こえなかった。記憶の中の母はいつも泣いているなんて言わないでよ。写真で見た回数の方がきっと多いくらいになってしまったけど、それでも。おばさんの笑顔がすごく綺麗だったことは、私だって覚えているのに。

 壁に背を預けてずるずると座り込み、額を膝に当ててうずくまる。

 

 外からは、改めて宣戦布告をする緑谷くんの声が聞こえた。

 やっぱり緑谷くんはすごいな。私は今でも焦ちゃんにかける言葉が見つけられず、何もしてあげられないまま、ひどい言葉を浴びせてしまったのに。きっと何を言って良いか分からなくても、それでも緑谷くんはまっすぐに向き合っている。

 

 二人が完全に立ち去った後も私は動けなくて、先に動いたのは爆豪くんだった。でも外には出ようとせず、爆豪くんは来た道を戻ろうとした。

 

「食堂行かないの? 早く行かないと、きっとすごく混んじゃうよ」

 

 努めて明るい声を出す。でもなんだか情けなく聞こえた。爆豪くんは小さく舌打ちをすると、そのまま私から離れていく。爆豪くんの足音が小さくなって、私はリストバンドで乱暴に目元を拭った。

 外に出て会場を見上げる。あの盛り上がりが嘘のように今は静かだ。

 

「ごめんね、遅くなっちゃって。注文ありがとう」

 

 一人でいるのが嫌で、食堂まで急いだ。先に注文しておくと言う言葉に甘えてお願いした私の昼食も置かれてあって、空けられていた席に座る。テーブルには飯田くんや障子くん、口田くんとなんだか珍しいメンバーが集まっていた。静かな人たちだけど、飯田くんとお茶子ちゃん、透ちゃんたちの話に時折障子くんが小さく返していて、口田くんは無口な分反応が顔に出ていて穏やかな空気が流れていた。

 

「道瑠ちゃん」

 

 話を聞きながら、少し冷めたご飯を食べていると梅雨ちゃんに名前を呼ばれる。

 

「私思ったことをなんでも言っちゃうの。だから率直に聞いちゃうわね。道瑠ちゃんとお昼を一緒に食べられて嬉しいのだけど、轟ちゃんと何かあったの?」

「梅雨ちゃん……」

 

 梅雨ちゃんの表情から読み取れるのは好奇心なんかではなく、ただ、私のことを心配してくれる気持ちで。このまま甘えきってしまっていいのだろうかと思ったときに浮かんだのは、きっと今も一人でいる幼馴染の姿。

 

「なんでもないの。ちょっと疲れただけ。ご飯食べて午後も頑張らなきゃ」

 

 なんで私は今傍にいないんだろう。なけなしの強がりで笑って、空になったお皿をカウンターに戻しに行く。

 今、私は笑えているのだろうか。教えてよ、焦ちゃん。

 

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