待ってよ、私のヒーロー! 作:ののみや
「レクリエーションの前に最終種目を発表するぜぇ!! ……って、どーしたA組!?」
スタジアムにプレゼント・マイクの驚いた声が響く。
「何故こうも峰田さんの策略にハマってしまうの私……」
「ま、まあまあ……」
地面に手をつき、騎馬戦後の私よりも落ち込んでいるように見える八百万さんをお茶子ちゃんが慰めている。実況用のマイクは「なにやってんだ?」という相澤先生の小さな声も拾っていて、私は苦笑するしかなかった。
午後になってまず最初に行われたのは最終種目の発表。全員参加のレクリエーションには本戦への出場が決定した選手16人は参加してもしなくても良いことになっているけど、種目を聞くために今は全員が集まっていた。その中で圧倒的な注目を集めていたのは間違いなく1-Aの女子たち。その理由は、その服装が今までのような体操服ではなく八百万さんが用意したチアガールの衣装だからだ。
その経緯を語るには、話は約十五分前に遡る。
「応援合戦?」
昼休憩の時間が半分以上過ぎた頃。お昼ご飯を食べ終えた私とお茶子ちゃん、梅雨ちゃんと透ちゃんは八百万さんに呼ばれて集まっていた。その場には耳郎さんと芦戸さんもいる。何の用かと問うと告げられたのは、相澤先生からの伝言でチアの格好をして応援合戦をするように、との内容だった。
「そんな話聞いとらんけど……」
「過去の体育祭でも、そんな企画は見たことないわ」
今まで一度もそんな話はされなかったし、体育祭のプログラムにも応援合戦の文字はなかった。お茶子ちゃんと梅雨ちゃんの言い分も尤もで、八百万さん自身も半信半疑のようだ。それは多分、その伝言を伝えにきたのがセクハラの権下と言われている峰田くんと、女性と見ればすぐに声をかけている上鳴くんだからなのだろう。信じるのも難しい内容だったけど、それが嘘とは言い切れないのは相澤先生からの伝言という部分だ。
「ウチも信じられないけど、アイツらがそこまで言うなら本当なんじゃないかなって思うんだよね」
相澤先生に確認してみろよ。峰田くんたちが最後に放ったその一言が、私たち全員の中で引っ掛かっていた。悩んでいる間にも時間は過ぎていき、昼休憩が終わるまで残り十分。仕方なく着替えてスタジアムに戻る。
そして冒頭へと戻り、八百万さんは項垂れていたのだ。
「アホだろアイツら……」
「いいんじゃない?! やったろ!!」
「透ちゃん好きね、こういうの」
耳郎さんが頬を赤くしながら手に持っていた応援用のポンポンを投げ捨てる。反対に透ちゃんは応援合戦にかなり乗り気なようだ。
「光移、着替えなくて正解だったね」
「あはは……そうなのかな」
芦戸さんに言われた通り、A組の女子の中で私だけが体操服のままだった。レクリエーションそのものに参加する気になれなくて、相澤先生には後で謝りに行くと言って俯く私に、誰も強要することはなかったからだ。「ごめんなさい」と繰り返すことしかできなくて、士気を下げてしまうことが辛かったけど。今は一人だけ逃れてしまったことが逆に辛くなってきた。
「おい轟ィ!! なんで光移のやつだけチア着てねぇんだ!? まさか止めたんじゃねぇだろうな??!」
「ちょっ、峰田くん……!」
「ちくしょー!! 幼馴染だから独り占めってか!? ふざけやがって!!」
落ち着けようとする緑谷くんの声にも耳を傾けない峰田くんの怒りが聞こえてきた。急に名前を呼ばれて肩が跳ねる。女子から猛抗議を受けた直後だと言うのに凄いタフネスだ。
A組の間で続いたそんなやり取りも峰田くんの短い悲鳴で中断され、痺れを切らしたプレゼント・マイクによって最終種目が発表される。
「最終種目は勝ち抜きトーナメント形式! 一対一のガチバトルだ!」
総勢16名からなるトーナメント戦の組み合わせはくじ引きで決められるようで、一位のチームから順にくじを引きに行くように言われた。くじの入った箱を持つミッドナイトが一位チームを呼び掛けたところで尾白くんが挙手する。
「すみません。俺、辞退します」
周りがざわついた。尾白くんが棄権する理由は、騎馬戦の記憶がほとんどないかららしくて、様子がおかしかったことと関係があるのかなと芦戸さんに耳打ちされる。私もきっとそうだろうと思った。
実況は妙なことになってきたと戸惑い、主審であるミッドナイトの采配を待つ。
「尾白の棄権を認めます!」
鞭を鳴らし、ミッドナイトは棄権を許可した。繰り上がりで本戦に出場を決めたのはB組の鉄哲くん。瀬呂くんと青山くんは本戦で成果を出すつもりのようだ。
改めて本戦に進んだ16名が決まり、上位のチームから順番にくじを引いていく。私たち爆豪くんチームは満場一致で最初に爆豪くんが行き、私は最後に引かせてもらった。
最後の鉄哲くんが戻ってきた後、スクリーンに大きくトーナメントの組み合わせが表示される。四回勝てば優勝だ。トーナメント表を見た人たちの反応は様々だった。
「わあ……」
お茶子ちゃんが呟いた。私もとても驚いている。お茶子ちゃんの初戦の相手は爆豪くん。頑張ろうねの意味で芦戸さんとお茶子ちゃんに拳を握って見せると、芦戸さんがポンポンを持った手を勢いよく伸ばした。
「光移お前ェ……どんなくじ運してんだよ……。やべぇよあの轟。お前でもころ――」
腕を振るわせながら歩いてきた峰田くんを梅雨ちゃんが舌でビンタした。くじ運、特別よくなくても、悪くもなかったんだけどな。でも、この結果は多分いいものだ。
焦ちゃんの姿を探すとまだトーナメント表を見ていた。私の視線に気づいたのか振り返ると、すっと顔を背けてステージから降りて行く。やっぱりレクには参加しないつもりなんだ。
「私とは正反対だね」
遠ざかる背中に小さく呟き、私は八百万さんに声をかける。
「チアの衣装、私にも創ってもらえないかな? やっぱり私も皆と応援したくなってきたんだ」
「それは構いませんが……」
八百万さんが首を傾げた。応援合戦は嘘だと分かっているし、レクリエーションに参加しないと言っていたのだから当然だ。それでも八百万さんは了承してくれて、最初の競技である大玉転がしが始まるまでの間、私は八百万さんと一緒に再び更衣室にいた。
「お似合いですよ」
「ありがとう、八百万さん」
スカートは短いし、お腹も出ていて正直ちょっと恥ずかしい。スタジアム入り口まで行くとその場に残っていたお茶子ちゃんたちが既に応援で場を沸かせているのが見えて、改めてスタジアムの広さや観客の多さを実感してしまい、手で顔を覆って立ち止まった八百万さんと一緒に立ち止まった。
「あっ道瑠ちゃんにヤオモモ! おかえり!」
気づいた透ちゃんが振り返って声を掛けてくれた。手を引かれて私たちも皆のいる場所に行く。
体の柔らかい透ちゃんはピョンピョン飛び跳ねながらいろんなポーズで応援をしているし、ダンスが得意な芦戸さんも初めてとは思えないほど様になっていた。私とお茶子ちゃん、梅雨ちゃんの三人も芦戸さんに教えてもらいながらクラスに関係なく応援する。耳郎さんと八百万さんは恥ずかしがって後ろの方で座ったり棒立ちでポンポンを振ったりしていたけど、立ち去ることはなく最後まで一緒にいてくれた。
「オッケー。もうほぼ完成」
「サンキューセメントス!」
レクリエーション最後の競技が終わり、あとは本戦を残すだけとなった。トーナメント戦用のステージを作り上げたセメントスの合図で、プレゼント・マイクが息を吸う。
「色々やってきましたが! 結局これだぜガチンコバトル! 頼れるのは己のみ! ヒーローでなくともそんな場面ばっかりだ!」
再び着替えた体操服を握りしめる。一回戦第一試合は緑谷くんと普通科の心操くん。
「心・技・体に知恵知識! 総動員して駆け上がれ!!」
ルール説明のあとに二人の名前が呼ばれた。歓声が大きく上がり、開戦の合図が告げられる。控室まで届いた声を聞きながら、私は他に誰もいない部屋で二人の試合が終わるのを待っていた。
心臓が早鐘を打ち、手が震える。思い返すのは後ろ姿や横顔ばかりだった。
「二回戦進出! 緑谷出久ーー!!」
聞こえてきた結果に息を飲んで立ち上がる。情けないな。足まで震えていた。
「…………よし!」
大きく深呼吸して扉を開ける。ひどく長く感じられるスタジアムまでの道を、一歩ずつ進んでいく。スクリーンに名前と共に映し出された私の顔は、困ったような表情をしていた。
プレゼント・マイクに呼ばれて私はステージに足を踏み入れ、対戦相手を待つ。
一回戦第二試合。私の相手は、大好きな焦ちゃんだ。