待ってよ、私のヒーロー! 作:ののみや
雄英体育祭決勝戦は焦ちゃんが場外となり爆豪くんの勝利で幕を閉じた。
とても納得できないと焦ちゃんに掴みかかる爆豪くんはミッドナイトの個性により気を失い、爆豪くんの超火力の攻撃に吹き飛ばされて気絶している焦ちゃんと一緒にリカバリーガールの下に運ばれている。
現在は壊れたステージを表彰式のために修繕し、二人の意識が戻るのを待っている最中だ。
「……爆豪くん、すごく怒ってたよ」
あたかい左手を両手で握ったまま、誰に聞かせるでもなく呟いた。ベッドからは治癒を施され眠っている焦ちゃんの吐息が聞こえるのみだ。
決勝戦でも焦ちゃんは氷結の個性だけで戦っていた。途中緑谷くんの声援で炎を使おうとしたものの、自ら火を消してしまった。爆豪くんにはそれが手を抜いているように映ったようだ。仕方のないことだと思う。彼は口が悪くて、宣誓でも自ら敵を増やすようなことを言う人だけど、それだけ全力でやっていたのだろうから。
「焦ちゃんは迷ってたんだね」
迷い。頑なに使おうとしなかった右の力。以前とは違って、お父さんを否定するためだけの行動ではないのだと思う。それでも、何かあるのだとすれば、それはきっと――。
「ん……」
「っ焦ちゃん……!」
微かな吐息を零すと、焦ちゃんは緩慢な動作で目を開いた。怪我もしているし、表情も少し疲れているように見えたが険しさはないように感じた。
「よかった。目、覚めたんだ」
「ここは……」
「出張保健所だよ。爆豪くんももう少ししたら目が覚めるだろうから、準備が終わったら表彰式だって」
お疲れ様。そう言ってやっと、ハッキリと顔が見られた。左右で色の違う瞳は、どっちも私が大好きなまっすぐで優しい瞳。
ほんの少し戸惑っているようなそれがなんだかあどけなく感じて、少しだけ頬が緩む。
「……ごめんね。ひどいこと言ったし、逃げちゃって」
ゆっくりとベッドから上体を起こした焦ちゃんは、手を握られていることに気付いたようで一瞬下を向いたけど、何も言わないし離そうともしないから私はそのまま手を握っていた。
「……俺も、悪かった。何も分かってなくて……無駄に怖がらせもした」
「……焦ちゃんが怖いのは今更だよ」
「…………」
歯切れの悪い言葉にそう返すと、眉間にしわを寄せて黙ってしまった。
でも、嘘じゃない。焦ちゃんが何を考えているのか分からなくて不安になることもたくさんあった。怖い表情をすることが多くなって寂しかった。
焦ちゃんと目が合うと胸があたたかくなるのも、声を聞いて安心するのも。全部本当だ。
「なんで、あんなこと言ったのか……聞いてもいい?」
言いたいことはたくさんあったのに、最初に出たのはその言葉だった。
でも、私たちには大事なことなのだと思う。焦ちゃんはむやみに人を傷つけようとする人ではないから。理由があった筈だと、今ははっきりと言える。私だって、ちゃんと見えてなかったんだ。
どこか上の空のままの焦ちゃんは驚いた様子もなく静かに口を開いた。
「……おばさんが最後の仕事に出た日。別に死期悟ってたとかそんなわけじゃねえと思うけど、オレに言ったんだよ。道瑠をよろしくって」
そんな話をしてたなんて。一度も聞いたことのない話に、お母さんと焦ちゃんの両方に驚きはあった。いつも通りだと信じていたあの日の記憶が呼び起こされる。
ひとつずつ言葉を選ぶように途切れながら話すのを黙って聞いていた。
「でもお前、怪我しないようにって見てても勝手に転んで怪我するし、自分の体力把握できてねえくせに無茶しやがるし、言うこと聞かねえし」
「うっ……」
「USJで倒れた時だって……」
そこで一度言葉が切られた。耳が痛い。心当たりしかないんだもん。
引き結ばれた唇が開くまで間があった。長い長い時間。外は試合中の喧騒が嘘のように静かで、不思議な気持ちだ。
「どうしろってんだよ」
低い声が、少しかすれていた。伏せられた顔は前髪に隠れてよく見えなくなってしまった。
そうか、そうだったんだ。
「やっぱり、焦ちゃんは私のヒーローだね」
知っていた。分かっていたはずなのに。随分と遠回りをしてしまった気がする。
焦ちゃんは顔を伏せたまま、返事はない。
「私、焦ちゃんのことがずっと心配だったの。強いことは知ってるけど、それでも……」
ううん。強いから、余計に心配だったんだ。不器用でまっすぐで、一人で頑張れてしまう、救けてなんて思ってもくれない人だから。
「本当はね、私は“ヒーロー”になりたいんじゃないのかもって思ってる」
「それは……」
「いいよ、別に。昨日はその……怒っちゃって何も言えなかったけど、それもきっと間違ってなかったから」
ばつが悪そうに口を挟んだ焦ちゃんは、続きを静かに聞こうとしていた。
間違ってなかったんだ。お母さんに憧れたのも、お母さんの死をきっかけにヒーローという存在が怖くなったのも、どっちも本当だから。
「私は、焦ちゃんを守りたかったの」
ぎゅっと、握ったままの手に少しだけ力が込められたのがわかった。驚いた顔も、昔と同じだ。
「守りたかったのに、ずっと何もできなくて……結局、余計に追い詰めるだけだった」
「……」
「焦ちゃんはいつも私を守ってくれてたのにね。……本当に、ごめんなさい」
「何もしてなくねえよ」
言葉を遮るように、静かだけど強い声で焦ちゃんは言った。
「何もしてなくはねえだろ……。姉さんも……夏兄のこともずっと気にかけてくれてたのも本当は知ってた」
そんなの当たり前のことだよ。私は、焦ちゃんのことも、冬美ちゃんたちのことも好きだから。
「お母さんに手紙書いてくれてるってことも、姉さんから聞いて知ってる」
私が寂しかっただけだ。冬美ちゃんしか会いに行けないおばさんのことが気になって、つらくて。
「俺が……少しでも左の力を肯定できるようにって、手を握ろうとしてたことも知ってる」
喉が詰まりそうになった。手が震えていたのはきっとバレているんだろう。
「USJの時だって、お前らがいなきゃもっと被害はでかかった」
言葉が出ない。何か言いたいのに、じわじわと視界がにじむ。
「後ろをついてくるのが当たり前になってたことも、俺とお前の歩幅が変わってたことも。分かってたはずなのに、分かってなかった。……今朝も、学校までがこんなに遠いと思わなかった」
同じだ。大きな手で握り返されて、涙が溢れるのがわかった。
「悪かった。勝手なことばっか言って、道瑠の気持ち全部踏みにじった」
「っ……わたし、こそ……っ」
嗚咽まじりの言葉は最後まで続かなかった。拭われない涙が次々と零れていく。それでもこの手を放したくなくて、顔も上げられないままでいると、焦ちゃんの肩に頭を押し付けられた。
逆効果だよ。どこでそんなこと覚えるの、なんて言いたくても私の口からは情けない声が漏れるばかりだ。
「泣かせてばっかりだな。お前のことも……お母さんのことも」
「そんっ、な、こと……!」
ない、とは言い切れなかった。それでもこれは違うんだよ。悲しくも、怖くも、辛くもないから。
ゆっくり顔を上げて、瞬きを数度、徐々に鮮明になっていく視界で目が合った焦ちゃんはまるで初めて見たような顔をしていた。
「俺だけが吹っ切れて終わりにしていいわけねえよな」
「…………それが決勝で火を消した理由なの……?」
焦ちゃんはずっと自分の存在がお母さんを追い詰めたと思っている。自分を自分だと、自分の力だと認めて進むためには、同時に自分のしてきたことも清算しなくてはいけないと。
救いたい、笑ってほしいと願っているのに、会いに行くことでまた傷つけるかもしれない、なんて。ハッキリ聞いたことはないけれど、そんな風に思っていることは分かっていた。想像して胸が痛む。なんて悲しい考えだろう。
でも、そんなことはないと伝えられる相手はきっとたった一人だから。
私が言える言葉は何だろう。きっと必要なのは上手い言葉じゃない。
前に進むと決めた、どうしようもなく優しくて、大好きなヒーロー。
「なれるよ」
「え……?」
「焦ちゃんならなれるよ。みんなを安心させてくれるすごいヒーローに」
だから。
「一緒になろうね」
焦ちゃんの瞳に映る私の顔はぐちゃぐちゃでみっともなかったけど、それでも笑ってた。
『ごめん』も『ありがとう』も、ちっとも伝え足りてないから。これから伝えていくんだ。何度だって。
「ああ」
焦ちゃんは小さく頷いて小さく笑った。確かに、笑っていたんだ。
「お」
「わっ」
「あ゛?!」
直後、目を覚ました爆豪くんがベッドの仕切りが勢いよく開かれ、現れたのは爆豪くん。目が合った途端に暴れだし、先生たちに取り押さえられ表彰台に連れていかれるまでは、あと数十秒。
表彰式も終え、焦ちゃんと肩を並べて歩く帰り道。なんだかとても長い一日だった。それでも疲れた体とは逆に足取りは今朝よりもよっぽど軽い。
「明日、お母さんに会いに行くよ」
そう切り出した焦ちゃんに、静かに頷く。
「会って話をして……お母さんのことを
「そこが焦ちゃんのスタートラインなんだね」
「ああ。俺はそれから全力でヒーローを目指す」
ふわり。強い風が吹いてサラサラと髪がそよぐ。一瞬閉じた焦ちゃんの両目が開かれたのを見て、思わず息をのんだ。透き通った瞳。まっすぐであたたかくて、心地の良い瞳。
焦ちゃんの目だ。
「……道瑠と“一緒に”」
名前を呼ぶその声に、どきりと心臓がはねた。その言葉に胸が熱くなる。
ここから私たちをとりまく環境はまた変化を見せ始める。けれど、この日を私は忘れることはないだろう。進むための一歩を共に踏み出したこの日を。
「帰るぞ」
「うん」
繋いでいた手が、まだあたたかい気がした。
気づけば最終投稿から4年も経ってしまっていました。
ののみやです。
余談ではありますが全26話で『焦ちゃん』と出てきた回数は403回。
1話平均だと約16回みたいです。
個性のもろもろや原作と矛盾してしまう箇所等いろいろ直したい点はありますが、いったんこの話を完結させておかないとと思い、最終話のみですが手直しして投稿させていただきました。
更新停滞してしまい長い年月をお待たせして申し訳ありません。
ここまで読んでいただいた皆様、感想をくださった皆様、本当にありがとうございました。
轟くん視点で書きたかった話もいくつかあるので、完結とした後番外編として投稿するか、この話自体をリメイクしてその際一緒に載せるかは考えている途中ですが、せっかくなので何かしら載せられたらなと考えています。
ご縁がありましたらまたお会いできると嬉しいです。
ダビダンスこわいよ~……。