待ってよ、私のヒーロー!   作:ののみや

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4話 入学初日

 桜満開の四月早朝。

 ぐっと伸びをして、寝起きの体をほぐす。時計を見ると、針は既に五時半を指していて慌ててベッドから飛び降りた。

 

 私の家は和菓子屋で朝の仕込みに店開き、店の掃除等朝からやることが多いから、いつもなら自然と私も朝五時には目が覚めてしまうんだけど今日は少し寝坊してしまった。

 荷物は昨日のうちに三回確認しており、忘れ物はないはずだ。着替えを済ませてリビングに行く。

 

「おはよう!」

「おはよう。道瑠」

 

 部屋の扉を開けた途端、空腹の胃を刺激する良い香りが漂ってきた。

 寝ぐせの心配をしている私と対照的に、お父さんは今日も落ち着いた余裕を感じさせる。

 

「お手伝いできなくてごめんなさい」

「今日は入学式だろう。もう少しゆっくりしていてもよかったくらいだよ」

「何もしてないと落ち着かないし」

 

 食器棚を開けてお茶碗を二つ取り出し、お皿を二枚手渡した。それを受け取ったお父さんは、動かずにまじまじと私を見てくるからもう一度着ている制服をチェックする。

  スカートの糸は切ってあるし、ネクタイも慣れなくて手こずったけど結べているはずだ。ネクタイピンも忘れていない。

 

「へ、変かな?」

「いいや、少し前までは中学校の制服を着ていたのにと思ってね。とてもよく似合っているよ」

「よかった」

 

 炊飯器を開けて真っ白なご飯をよそう。お味噌汁やおかずの入った食器も並べ終えると向かい合って座り、手を合わせた。

 

「今日は焦凍くんと学校に行くんだろう?」

「うん。今日は九時集合だから、三十分前には着けるように行くつもり」

 

 入学案内では今日の予定は入学式とガイダンスのみだったので、一日のほとんどが話を聞いて過ごすことになるのだろう。自己紹介も今日の内に済ませちゃうのかな、なんて考えると少し気が重い。

 それでも、もう今日は入学式当日である以上どうしようもない。

 

「お父さんも入学式は来るんだよね?」

「ああ。式だけ見てすぐに帰るけどね」

「ふふ、探してみる」

 

 お父さんは仕事を抜け出して入学式を見に来てくれるらしい。雄英高校は行事で一般開放する場合を除き、普段は学生証や通行許可IDを持っていないと敷地内に入ることができない。一般開放と言っていても、今日はマスコミ対策で参加する父兄のみにそれぞれ許可証を発行するようになっているそうなので凄い徹底ぶりだ。

 

 食べ終えてから食器を洗い、もう一度鏡の前で身だしなみを確認してからリュックを背負う。新品の少し硬いローファーに足を突っ込んで、玄関の扉を開けた。

 

「いってらっしゃい」

「うん! いってきます」

 

 お父さんに手を振って家を後にした。お店の従業員さんにも声をかけると、合格通知が来た日にもたくさんお祝いしてくれたのに制服姿を見るとまた喜んでくれた。少し照れ臭くなりながら焦ちゃんの家の前まで向かう。

 

 そして徒歩一分。広い庭のある日本家屋の前に立った。

 四月になったとは言え風はまだ少し冷たい。ぶわりと吹いた風に腕をさすっていると、目の前の大きな門が開かれ、私と同じ真新しい制服に身を包んだ焦ちゃんがゆっくりと歩いてくる。

 

「おはよう。焦ちゃん」

「ああ」

 

 肩にはショルダーバッグを掛けていて、足元を見ると薄い色のスニーカーを履いている。凄い。制服に着られている感じが全くしない。何を着ても似合うのは素直に羨ましい。

 

「似合うね、制服」

「普通だろ」

「普通かなぁ」

 

 隣を歩く焦ちゃんに小走りで歩調を合わせる。

 小学校からほとんど身長が変わっていない私に対して、焦ちゃんは中学校でもぐんぐん身長が伸びた。焦ちゃんのお父さんとお兄さんももっと背が高いから、高校でもまだ伸びそうだ。

 

 焦ちゃんは口数が多い方ではないから、時々私が話しかけたことに焦ちゃんが相槌を打ちながら歩くこと数分。背中を見つめていると、不意に振り返った薄いグレーの瞳と目が合う。

 

「どうかした?」

「いや……」

 

 そこで言葉を止める。何かを言いかけて、結局言葉にしてくれないのにも慣れてきたから、今回も同じだろうと気にしないつもりでいた。

 春風に煽られた花びらが掌に舞い落ちて。頭上で咲き誇る桜を見上げながら通学路を歩く。

 

「お花見したいなぁ……」

「いいんじゃねえか」

「へ……」

 

 最初、それが何を指すのか理解できなかった。だって、いつもは『いつでも見えるだろ』ってすげなく返されるから。

 

「ほ、本当?」

「別に嘘つく必要ねえだろ」

「じゃあお弁当作っていい?」

「はぁ?」

 

 ぐいと詰め寄っていると、怪訝に見返してくる。

 

「何の話してんだよ」

「お花見の話でしょ」

 

 冬美ちゃんにも相談しようね。そう続けると焦ちゃんはふうと息を吐いてそれ以上は何も言おうとしなかった。

 

 そこからさらに数分歩くと、入試の時にも訪れた雄英高校の前に着く。

 

「やっぱり大きい……」

 

 大きな校門の前で立ち止まり、更に奥にあるガラス張りの校舎を見上げる。ずっと見ていると首が痛くなりそうだ。

 

「行くぞ」

「う、うん!」

 

 校門を潜り先を歩く焦ちゃんを追いかけて、私も敷地内に足を踏み入れた。

 

 毎年三百を超える倍率で、一般入試定員三十八名、推薦入試定員四名。計二十一名の二クラス。例年だと一般の定員は三十六名だけど、今年から試験的に増員してこのような形になったみたいだ。昨年の体育祭でヒーロー科一年生、つまり現ヒーロー科二年生が一クラス分の人数しかいなかったことと関係があるのかもしれないけど、そこは私には与り知らぬところだ。

 

 あの黒髪の人、受かってるといいなあ。爆弾くんはずっと敵ロボットを倒していたから間違いなく受かってそう。同じクラスじゃなかったら嬉しいけど。外観に違わず天井の高すぎる廊下を進み、私たちのクラスである1-Aの教室前にたどり着く。

 

 待ってよ、心の準備が……なんて訴える暇はなく。バリアフリーのこれまた大きすぎる教室の扉を焦ちゃんは躊躇いなくスライドさせた。

 

「ひうっ……」

 

 扉が開かれた瞬間、既に教室にいた人たちが一斉に私たちのいる入り口に視線を移動させた。私は隠れるように焦ちゃんの背中に逃げてしまった。

 間抜けな第一声だった。聞こえてなかったら嬉しいけど、少なくとも目の前の焦ちゃんには聞こえていただろう。おまけに背中を掴んだままだ。手を放して慌てて一歩後ずさり顔を上げると、焦ちゃんは何か言いたそうな顔をしていた。

 大丈夫と伝えるつもりで笑ってみせる。意識して笑おうとすると眉間に皺が寄って明らかに不自然だったと思うけど、結局何も言わずに焦ちゃんは教室へ入っていった。

 

 転がり込むように私も続き、黒板に貼られた座席表を確認する。

 

 右端から順番に見ていくと出席番号順の席だと分かり、焦ちゃんの席も確認する。私とは前後でも、隣の席でもなくて肩を落とす。焦ちゃんは窓側から二列目の、一番後ろの席だ。私は窓側の列の前から三番目。並べられた席を確認すると前後はまだ空席で、少しだけ気が楽になった。

 

 先生が来るまであと何分だろう。教室に備え付けられた時計をぼんやり見ていると、教室の扉がピシャリと勢いよく開けられた。音にびっくりして入ってきた人物を確認すると、まさかのあの爆弾少年がいて。

 

 見間違いだったりしないかな。そんなことを思いながら一度伏せた顔を上げると、やっぱりどう見てもあの時の爆弾少年で。しかも座席表を確認した少年は迷いなく私の方に歩いてくる。

 

 まさか、そんな。

 

 どうか違いますようにという願いもむなしく、爆弾少年改め爆豪くんは私の前の席に腰を下ろした。おまけに机に足をかけて座っている。初めて見る座り方だよ。さらにその座り方を注意するために眼鏡をかけた体格のいい男子生徒が出てきてすぐ目の前で言い合いが始められた。

 

「机に足をかけるな! 雄英の先輩方や机の製作者方に申し訳ないと思わないのか!?」

「思わねーよ! てめーどこ中だよ端役が!」

 

 二人とも声が大きいし、喋り方や表情が高圧的で怖い。爆豪くんは相変わらず敵なのか迷ってしまう口の悪さだ。

 早く終わらないかなあ。肩を窄めて何方も譲らない口論を傍で聞いていたけど、それは新たに教室の扉が開いたことで終わった。

 

 よかった。はああっと息を吐くと、ちょうどよくチャイムが鳴る。

 私にとっての救世主である緑髪の少年が入り口で茶髪の女の子と話をしていると、急に二人の顔が固まった。

 でも、それは多分私も同じで。

 

 寝袋のまま器用に歩き教卓の前で姿を現した男の人を、教室にいる全員が見つめていた。

 

「担任の相澤消太だ。よろしくね」

 

 あまりよろしくって顔をしているようには見えない無精髭の生えたその人は、先程緑髪の少年たちが話しているのを"お友達ごっこ"と言い切った本人で。

 教室中の視線を集めながら、担任を名乗る人物はどこからか新品の体操服を取り出して全員に配布する。

 

「早速だがこれ着てグラウンドに出ろ」

 

 説明はそれだけのようで、私には何が起こっているのかちんぷんかんぷんだ。

 

「先生! これから行われる入学式の会場は、グラウンドではなく講堂の筈ですが!」

 

 さっき爆豪くんに注意していた男の子が挙手して当然の疑問をぶつける。体操服で出席する入学式も気になるけど、会場自体が違うのはおかしいよね。

 そう心の中で話しかけて思い出した。この眼鏡の人は入試の時に説明がされなかった"四種目の敵"について質問した人だ。

 

「ヒーローになるならそんな悠長な行事に出る時間ないよ」

 

 寝袋を持ち運べるように畳み終えた先生は表情も変えずに言い切った。

 

「さ。二度も同じこと言わせるなよ、時間は有限なんだ。合理的にいこう」

 

 そう言うと相澤先生は一人でさっさと教室から出て行く。

 先生が扉を閉めると、教室中から椅子を引く音がして、後ろを見ると焦ちゃんも体操服を抱えて立ち上がっていた。先生から受け取った体操服を持って、私も入学案内に載せられた地図を片手に更衣室へ向かった。

 

 ごめんなさい、お父さん。あなたの娘は入学式に不参加のようです。

 

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