待ってよ、私のヒーロー!   作:ののみや

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5話 個性把握テスト

 体操服に着替えてやって来たグラウンドで言い渡されたのは"個性把握テスト"。その種目内容はいわゆる体力テストそのもので、中学まで毎年やって来たことばかりだ。

 

 ただ、これから行われる個性把握テストは体力テストとは決定的に違うルールが二つある。その一つは個性の使用が認められていること。まず自分の"最大限"を知ることがヒーローの素地を形成する合理的手段だ、とは相澤先生の談。

 そしてもう一つ――

 

「トータル成績最下位の者は見込み無しと判断し、除籍処分としよう」

 

 個性を使えると聞いて盛り上がっていた一部生徒も、相澤先生の発言を聞いて一気に静まり返った。

 テストのデモンストレーションとして個性を使いボールを投げた爆豪くんの記録は705メートル。中学では67メートルだったらしいので十倍以上に伸びている。その結果には私も少しだけ気持ちが昂っていたから、気の弛みを咎める先生の対応はズシリと重かった。

 

 自由な校風の雄英では、先生にもその自由さが適応されるのだと今言われたばかりだ。

 無意識に体操服のズボンを握りしめる。波乱の個性把握テストが幕を開けた。

 

 

 個性把握テストの種目は全部で八つ。最初は五十メートル走だ。

 一つ前の組で走っていたのは焦ちゃんと透明な葉隠さん。葉隠さんは更衣室で着替えている時に話しかけてくれた優しい人なのだけど、私は驚いて逃げてしまった。

 葉隠さんは体操服のシルエットを見ると普通に走っているようだ。隣の焦ちゃんは氷を重ねて移動して中学の時よりも大幅にタイムを縮めた。

 

 私が記録を伸ばせそうな種目は全八種目の内五十メートル走、持久走、立ち幅跳びの三種目だけ。勢いを付けるためにもここは絶対ミスせず良い記録を出したいところではあるのだけど。

 

「いちいち人の顔見てビビってんじゃねぇ」

「っう……」

 

 変に緊張してきた。私の隣を走るのは十七番の爆豪くん。緊張と言っても、彼は腰を落として平然とスタートの構えをとっているので私が勝手に身構えているだけだ。

 スターターを使うかは迷ったけど、スタートラインとゴールラインの通過は機械によって判断されるので私も地面に手をついてスターターに足をかける。

 

 スタートの合図と同時に足を押し出す。機械音がすると同時に個性を発動させて、ゴールライン半歩手前に出る。スタートダッシュの勢いのまま少しだけ走り抜けると表示されたタイムを相澤先生が読み上げた。

 

「0秒56」

「0秒?!」

 

 上手くいったことに私はほっと胸を撫で下ろした。隣を走っていた爆豪くんは両掌から爆発を起こして加速させ4秒13。

 

「やっぱりこういう競技だと早ぇな」

「え」

 

 後方から強く感じる視線とざわつく場から逃れるようにこそこそと退散して、待機している焦ちゃんの隣に戻ろうとすると、赤い髪のサメ歯の男子に話しかけられた。

 このテストは出席番号順に十人と十一人の二グループに分かれて行っている。もう一グループは握力の測定中。彼は待ち時間にクラスメイトの観察をしていたみたいだ。私もそうだし、ほとんどの人がそうしていると思う。

 まさか話しかけられるとは思っていなくて、少しびっくりしながら返事をする。

 

「えっと……どこかで会ったことありますか?」

「あ~っと……俺、あいつと同じ試験会場だったんだよ」

 

 あいつ、と言って指さすのは私の次の組でまもなく走ろうとしている緑谷くん……を見ている爆豪くん。言わんとすることを察して顔が青ざめていく。

 

「そ、れは……」

 

 自然と視線が地面に落ちた。

 

「大変お恥ずかしいところを……お見せして……」

 

 お腹の前で左手を覆うように握った右手に力が籠る。頭上からは焦った声がして、ほんの少し落ち着いた心臓は再び鼓動を速めていく。

 

「俺は切島鋭児郎だ。よろしくな」

「み、光移道瑠、です……」

 

 新しいクラスで初めて行う自己紹介は、無残にも噛み噛みだった。

 

 

 第二種目は握力。

 また出席番号十一番の人から順番に始めるので自分の順番を待っていた。

 

「おい」

「ん?」

 

 肩から生えた三本の手で握力540㎏を記録した障子くんに小さく感嘆の声を上げていると、隣の焦ちゃんが話しかけてきた。

 

「やっぱり何かあったんだろ」

「えぇ……」

 

 なんて記憶力だ。推薦入試のことを聞いても答えてくれないのに、焦ちゃんが私の入試について聞いてくるのはこれで二回目。でも今回は少し怒っているみたいで。何か勘違いしているのかちらりと爆豪くんを睨むように見た。

 いや、勘違いではないのかな。悪かったのは私一人だけど。

 うんうん悩んで、結局視線に耐えきれなくなって私は口を開いた。

 

「ば、爆豪くんのこと敵だと思って少し騒いじゃったの!」

 

 隣の焦ちゃんには聞こえるように。でも斜め前の爆豪くんには届かないように。私は早口で言い切る。

 

「……何やってんだお前」

「じ、自分から聞いたのに……!」

 

 見上げた焦ちゃんの顔はとても呆れていて、ちょうど順番が来たので私を置いて測定に行ってしまった。

 

 

 その後も立ち幅跳び、反復横跳び、長座体前屈とテストは続いた。

 そして今はボール投げの時間。残りの二種目である持久走と上体起こしは二人組に分かれて行うから、今は競技者以外全員が待機中だ。

 私も焦ちゃんも投げ終えて、残りの緑谷くんと峰田くん、八百万さんを待っていた。

 

「二年生が一クラスしかいないのって、どんどん除籍されていったからなのかな……」

 

 蒼白な顔でサークルの中に向かう次の緑谷くんを見ていると、弱音が漏れた。

 彼は今までの種目で体力テストなら高得点をとれる成績を残しているけど、個性使用可のこのテストにおいてはどれも中の下くらいの結果で。大記録と呼べるものを残していない。

 ボール投げ一回目の緑谷くんの結果は46メートル。やっぱり、テストに活かすのが難しい個性なんだろう。

 

「除籍処分があるにしても、こんなテストで最下位取ったから除籍なんてする方が合理的じゃねぇだろ」

「テストに応用できる個性ばかりじゃないから?」

 

 基本焦ちゃんの次に測定を行うのは葉隠さんだ。確かに、彼女はこのテスト向きの個性ではないらしく、どの種目も素の身体能力に頼って進めていた。長座体前屈では尋常じゃない柔らかさでトップクラスの成績を収めたものの、個性を活用していたかと言うと疑問が残る。

 葉隠さんの顔色は分からないけど、よく見ると競技が進むにつれて顔色が悪くなっている人は緑谷くん以外にもいた。

 

「ふふ、よく見てるんだ」

「他の奴らなんて興味ねぇよ」

 

 緑谷くんに近寄っていく相澤先生を眺めながら焦ちゃんは続ける。先生は首に巻いていた包帯のような布で緑谷くんを引き寄せて何か話をしている。途中、緑谷くんが叫んだ"イレイザーヘッド"という言葉に反応して、周りのクラスメイトがざわついた。

 

「大方発破をかけてるだけだろ」

「そっかぁ……」

 

 焦ちゃんの言うことはいつも正しい。気休めのつもりだったのかもしれないけど、静かに告げられたその言葉が私にはとても頼もしくて。残りの二種目も頑張れそうだ。

 

 緑谷くんを離した相澤先生が元の位置に戻ると、緑谷君くんがボールを投げる。

 その結果は705.3メートル。人差し指が腫れあがって痛そうに変色していたけど、緑谷くんはその手を握りしめて相澤先生に不敵な笑みを向けた。でもやっぱりすごく痛そうだ。

 その後爆豪くんが叫びながら緑谷くんに掴みかかろうとしたり相澤先生が爆豪くんの個性を封じて動きを止めたりと一悶着あったものの、残りの峰田くんと八百万さんが競技を終えてボール投げは終わった。

 

 

 最後は男女共に1500メートルの持久走。ヒーロー科だからなのか雄英高校だからなのか、こういった部分での男女差は無いらしい。

 でも上体起こしは個性使用に制限がかかる場合を除いて二人一組での測定だったけど、体格差も考慮してかここは男女別だった。

 

「なんでだよおおおおおおお」

 

 一人叫んでいたのは反復横跳びでぶっちぎりの一位をとった峰田くん。反対に、私はその判断にとても感謝してしまった。番号順で行くと私のペアは爆豪くんだ。上体を起こすたびに心臓が飛び出そうで、考えただけでも胃が痛い。

 

 持久走といっても、私が走った距離はその内の三分の一もなかった。

 その理由は一度発動してから次に発動するまでに一秒の間が必要だから。あと、今の私が五分間で使用できる限界は大体十回前後。体調にもよるけど、それ以上連続して使おうとすると頭がグラグラして制御が甘くなってくる。焦ちゃん曰くの処理落ち状態だ。

 

 全種目が終わり、再びグラウンドの中央に集まるよう言われたためゴール地点から移動する。

 その時、ようやく終わったと少し気を抜いてしまったのが悪かったのだと後に思う。

 

「へぶっ」

 

 私の体は宙に浮いていて、咄嗟に個性を使うことも出来なかった。そもそも私の個性では体勢を変えて転移させたりすることは難しい。

 クラス中の視線が集まっているのが分かる。穴があったら入りたい。ぐっと上体を起こすと、グラウンドの一部が赤くなっていて、鼻から温かいものが流れている感触があった。

 

「これをお使いください」

 

 背の高い女の子がハンカチをくれた。多分これも彼女が創造(つく)ったものだろう。渡してくれたのは、個性を使わなかった種目がないんじゃないかってくらい個性フル活用だった八百万さん。

 

「あ、ありがとう……」

「鼻と……腕からも血が出ていますわ」

「へっ」

 

 両肘からも血が流れていた。意識するとじんじんと痛みがやってきて、口をぎゅっと閉じながら八百万さんが差し出してくれた手をとろうとした。

 でも、その前に右腕を引っ張られる感覚があって、考える間もなく私はグラウンドに立っていた。

 

 肩越しにゆっくり振り向く。

 

「悪ぃな」

「……いえ。当然のことをしたまでですから」

 

 汗一つかいてない涼し気な顔をした焦ちゃんが八百万さんと話をしていた。

 綺麗な歩き方で先生の元に向かう八百万さんの背中を見送りながら、ゆっくりと焦ちゃんを見上げる。

 

「ありがと……」

「…………」

 

 焦ちゃんは何も言わなかった。

 

 腕を引っ張られたまま今度こそ相澤先生の周りに集まって個性把握テストの結果を待つ。成績の付け方は体力テスト同様に各種目の結果を得点基準表によって十点満点で評価したものを合計した点数。当然、個性把握テスト仕様の得点表になっているので、五十メートル走なら十点は3秒以下、一点は10秒以上というように、上下幅がかなり広いそうだ。

 

「ちなみに除籍はウソな」

 

 先生は手に持った小型の端末でテストの順位を宙に表示した。鼻をハンカチで押さえたままの私はくぐもった声が出た。

 

「君らの最大限を引き出す合理的虚偽」

 

 相澤先生はしれっと言う。唯一相澤先生から指導のようなことをされていた緑谷くんは多分クラスで一番驚いていた。ちょっと考えたら嘘だと分かる、と呆れた様子八百万さんが告げるけど、私は焦ちゃんと話をするまで信じていた。

 詳しい成績は明日配布されるらしい。

 

「この後は各自着替えたらそのまま解散していい。ただし、教室においてある書類には目を通しておくこと」

 

 相澤先生の合理的の基準ってよく分からない。

 でも、表示された私の順位は六位。私がとった結果だと思うと顔が熱をもって、頬が緩むのを感じる。

 

 またすぐに立ち去るかと思われた相澤先生は、ボール投げで怪我をした緑谷くんに保健室に行けと言って保健室利用書を手渡した。

 痛そうだったもんね。綺麗に治るといいな。なんて思っていると、振り向いた相澤先生と目が合った。

 

「……お前もリカバリーガール(ばあさん)のとこ行っとくか?」

 

 疑問形だけど疑問じゃない。相澤先生、緑谷君に一緒に行けって言ってるし。数秒前とは違う意味で顔が熱くなる。

 

「えっと……行こうか?」

「……うん」

 

 鼻をすする私を気遣う緑谷くんの声が、とてもつらかった。

 




2018.10.14 『独自設定』タグを追加しました。
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