待ってよ、私のヒーロー!   作:ののみや

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6話 緑谷出久

 保健室のリカバリーガールに利用許可書を渡すと、簡単な質問をいくつかされた後に治療をしてくれた。緑谷くんの変色して腫れあがっていた指も一瞬で治ったけど、一気に疲れが襲ってきたみたいで憔悴した顔をしていた。

 

「治癒ってのは体力がいるんだよ。大きな怪我が続くと体力消耗しすぎて逆に死ぬから気をつけな」

「逆に死ぬ!!」

「ええっ……!」

 

 シンリンカムイコラボデザインのペッツを手渡しながらリカバリーガールが説明した内容は簡潔なもので、緑谷くんの次に私が呼ばれたときはつい帰ろうかと思ってしまった。でも私の鼻血は止まっていたし、ほとんど擦り傷だったからかそれほど疲れもなかった。

 思ったよりも早く治療が終わり、保健室を後にする。

 

 何もかもが大きい校舎内を歩いていると、朝は気づかなかったが敷地内にも桜が多く咲いていた。

 

「わあ……!」

 

 先生も、校舎のサイズも規格外だけど、桜は普通の学校と変わらない。

 窓際に近寄って、手前に設置されている手すりに軽く手をかける。

 

「朝はどこか違う道を通ってきたの?」

「えと、朝はあんまり校内見て回る余裕なくて……」

 

 教室に入るまでずっと緊張してたから。そう言うと、緑谷くんは僕もだと笑った。

 ちょっとおどおどしてるけど、ふらりと立ち止まる私にも嫌な顔一つ見せない。とても優しい人だと思う。

 

「光移さんはさ……もしかして、かっちゃんと知り合いだったの?」

「かっちゃん?」

 

 再び歩き出して教室――の前に更衣室へ向かっていると、緑谷くんが話を切り出した。

 しかし残念ながら私はまだクラスメイトの名前をフルネームでは覚えていなくて、そのあだ名に該当する人がすぐに出てこない。

 

「あっあだ名じゃ分かんないよね。光移さんの一つ前の人だよ。爆豪勝己でかっちゃん」

「ああ、爆豪くん」

 

 なるほど。爆豪かっちゃんさんのことを指していたらしい。

 

「知り合いっていうか……前にちょっと……」

 

 指をいじりながら、どう答えたものかと逡巡する。緑谷くんの予想通り、一応、知り合いという関係に該当するのだとは思うけど。

 と言うか、私はどうしてこう何度も爆豪くんのことで居心地の悪い思いをしているんだろう。頭の中に浮かぶ爆豪くんに抗議しようとして、同じく頭の中の私は個性を使って逃げてしまった。臆病者!

 

「だって、爆豪くん見てると、食べられちゃうんじゃって思っちゃって……」

 

 こう、頭からガブッと。頭を守る仕草をしながら答える。

 

「い、いくらかっちゃんでも噛んだりはしないよ……」

 

 そう言いながら緑谷君は少しだけ肩が揺れていた。

 

「怖いけど、悪い人じゃなさそう、とは思うんだけどね……」

「……うん。目つきも口も悪いけど、案外良いやつなんだよ」

 

 そう。嫌いなわけじゃないんだ。むしろあれだけ堂々としているのは羨ましいとすら思う。でもやっぱり怖いものは怖かった。

 そして緑谷くんはなんだか保護者みたいだ。それに案外話しやすい。なので、私はテスト中に気になったことを聞いてみることにした。

 

「緑谷くんは爆豪くんと付き合い長いの?」

 

 ソフトボール投げのあと、爆豪くんは緑谷くんのことをデクと呼んで襲い掛かった。でも二人はお互いにあだ名で呼びあっている。爆豪くんの方はあだ名と呼んでいいのかちょっと微妙だけど。

 

「家が近所で、幼馴染なんだ」

「幼馴染……」

 

 歯切れ悪そうに緑谷くんは答えた。

 

「なんか、ごめんね。あんまり気分良くないよね」

「いやいやいや! 僕もかっちゃん怖いって思うし!」

 

 私も焦ちゃんのことをよく知らずに怖がられたり、苦手に思われるとちょっと嫌だと思う。緑谷くんがフォローしてくれるのがとても申し訳ない。

 少し気まずい空気が流れかけて、緑谷くんは話題を変えた。

 

「光移さんは……轟くんとな、仲良さそうだよね……すごく」

 

 さっきよりも歯切れ悪く、緑谷くんは言う。

 

「私と焦ちゃんも幼馴染なの」

「焦ちゃん」

 

 デジャヴだ。復唱された名は、私にとってはもしかしたらお父さんと呼ぶよりも多く呼んでいる名前だけど、緑谷くんには馴染みがなくて当然で。

 

「轟焦凍で、焦ちゃん」

「なるほど」

 

 そこで会話は止まった。

 途中で通り過ぎるクラスはまだ人が残っているみたいで、扉の隙間から微かに話し声が漏れ聞こえてくる。

 

「身近にとんでもなくすごい人がいるとさ、ちょっと焦っちゃうよね」

「…………うん」

 

 今日会ったばかりの人に何を言ってるんだろう。そう思ったけど、静かに呟いた言葉に緑谷くんは小さく同意するだけだった。

 

「でも、光移さんもすごかったよ。瞬間移動なんて希少な個性だ」

「あはは、ありがと……でもまだまだ制御が甘いんだ」

「でもさっきのテストでは六位だったし、五十メートル走は単独一位だったじゃないか。自身が移動するだけじゃなくてボールのように別の物体を移動させることもできるかなり汎用性の高い能力みたいだし……。五十メートル走を見る限り瞬間移動前の慣性は移動後もそのまま働いてるのか? 発動までの時間も恐らく一秒未満となると……」

 

 顎に手を当てたかと思うと、緑谷くんはブツブツと小声で呟きだした。正直怖い。と言うよりも怪しい。

 

「み、みどりや……くん?」

「……あっ! ごごごめん!! クセで、つい……」

 

 じっと見ている私に慌てて謝る。

 

 当然だけど、体操服を着たままなのは私と緑谷くんだけで、ちらほらと教室から出てきた生徒たちは全員制服のままだ。通り過ぎざまに視線を感じる。

 戻ろうか。どちらともなくそう言って、顔を見合わせて笑った。

 また少し歩くと朝にも使った更衣室に着いて、緑谷くんとはその場で別れると私はそのまま女子更衣室に入る。

 

 

 シャワールームで血を洗い流したハンカチと、畳んだ体操服を持って更衣室を出た。

 朝よりも少しは早くネクタイを結べたけど、スマホを確認すると授業が終わってから既に四十分以上経っている。保健室に寄っていたし、のんびり歩く私に合わせてもらってたから当然だ。

 

 メッセージアプリを開くと、焦ちゃんからは三十分前に一言だけ送られてきていた。『教室』という単語だけのメッセージに『今から教室行くね』と送ると、すぐに『こけるなよ』と返ってくる。

 焦ちゃんはまだ待ってくれているらしい。ブレザーのポケットにスマホをしまい、早歩きで教室に向かう。一日に二回も転んだりしない。

 

「焦ちゃん~……?」

 

 たどり着いた1-Aの教室はとても静かで、廊下から見ると窓も扉も閉められていた。扉開いてなかったらどうしよう、なんて思いながらゆっくりと扉を引く。鍵のかかっていない扉は私の力に従ってカラカラと動く。

 

「待っててくれてありがと」

 

 廊下とは反対側の、一つだけ開かれた窓から外を眺めてぼーっとしている焦ちゃんに声をかける。ふわりと吹いた風に髪が揺れた。その隙間からエメラルドグリーンがじっと私を見ていて。瞬きすると視線は外され、焦ちゃんは窓を閉めて机に置いてあったバッグを肩にかけた。

 

「何見てたの?」

「別に……見てたわけじゃねえよ」

「ふうん……?」

 

 机に置かれていた書類を折れないようにリュックに詰める。教室を見渡しても机にはもう何も置かれていない。教室に戻ってきたのは私が最後のようだ。緑谷くんも先に帰ったのかな。

 

「そうだ、教室の鍵ってどうするか聞いてる?」

 

 そんなにおかしなことを聞いたわけじゃないのに、焦ちゃんはなんだか変な顔をした。

 

「……お前らが保健室にいる間に担任から預かった」

「相澤先生戻ってきてたんだ」

「十五分くらい前にな」

「へえ」

 

 リュックを背負い駆け寄る。とっくに支度の済んでいた焦ちゃんはすぐに歩き出した。

 職員室に行っても私は後ろで待っているだけだったけど、ちらりと見えた中には入試の説明をしていたプレゼント・マイクやミッドナイトのようないつもテレビで見るプロヒーローが数人いた。ミッドナイト、近くで見ると本当にセクシーだ。スタイルもいいし。オールマイトはいないみたいなのが少し残念だった。

 早く会ってみたいね。常に笑顔を絶やさないヒーローに、人並みに憧れる私の脳裏にはそんな言葉が浮かんだけど、意気地なしの私は振り返った焦ちゃんに「帰ろっか」としか言えなかった。

 




こんばんは、ののみやです。

もう一組の幼馴染について。そして轟くんにとって大きな存在となる出久くんとの回でした。

『待ってよ、私のヒーロー!』は体育祭編で完結となります。
原作で言うと、ちょうど五巻ですね。
本編完結後に、今回の教室で待っている間の轟くんのような別キャラ視点で振り返る番外編を数話予定しておりますので、最後までお付き合いいただけると幸いです。

それでは、次回からヒーロー基礎学の時間です。Plus Ultra!
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