待ってよ、私のヒーロー!   作:ののみや

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7話 ヒーロー基礎学(前編)

「ねぇねぇねぇねぇねぇ!」

「っう……は、葉隠さん……」

 

 私の正面には話をする手袋……ではなく葉隠透さん。昨日、急遽言い渡された個性把握テストのために着替えている時、私がお化けだと思って逃げてしまった女の子だ。

 

「もう慣れてくれた?」

 

 気遣わせてしまったのか、昨日とは違って後ろからではなく今日は正面から話しかけてくれたみたいだ。手袋が握ったり開いたり、ぴょこぴょこ動いている。

 

「う、ん……昨日はごめんなさい」

「気にしないで! それよりコスチュームかわいいねえ、ポンチョだ!」

「あ、ありがとう……?」

 

 午後の授業はヒーロー科だけの特別科目"ヒーロー基礎学"で、担当教官はオールマイト。生で見るオールマイトは画風が違いすぎて、教室に入って来たときはちょっと鳥肌が立ってしまった。

 そして今は入学前に提出した個性届と身体情報、要望に沿って作られた戦闘服(コスチューム)を受け取り、着替えているところだ。

 

「お昼休みも狙ってたんだけど、ずっっと轟くんと一緒にいるから話しかけづらくって!」

「そ、そんなに一緒にいないよ……」

 

 畳み終わった制服を入れてロッカーを閉める。ポンチョの内側には、要望には書いていなかった寸鉄が仕込めるようになっていた。ブーツの滑り止めと腰のポーチ、それからゴーグルはほぼ要望通りだ。

 要望をあまり書かなかったらしい麗日さんはパツパツスーツになったと照れながら言っていた。宇宙服みたいで似合っているし可愛い、と思うのに。女子たちの話を聞いていると私は細かく書きすぎた方みたいで、中のシャツとハーフパンツもほぼリクエストしたままだ。

 隣で着替えおわった八百万さんも要望とは少し違っていたそうで。そうなんだ、と横を向き思わず凝視してしまったことは許してほしい。

 

「わわっ……!」

 

 女の私でも頬が熱くなるくらいの、八百万さんの大胆なコスチューム。赤いレオタードは鎖骨から胸の谷間、お臍までぱっくりと分かれていて、体のラインが惜しみなく披露されている。腰に太いベルトを巻いているけど、その下はおそらく生足。

 

「本当はもう少し布面積が少なかったのですが、手直しされたようですわ」

「も、もう少し少ない……」

「法律に抵触する恐れがあった、と」

 

 八百万さんの創造したものは肌から取り出すので、なるべく肌を露出した方がいいのだそう。なるほど、それならミッドナイトが着ているような超極薄タイツも着られない。

 露出に関する法律は、某ヒーローがデビューした当時、過激すぎるコスチュームで論争を呼び、遂には国会に提出され可決された「コスチュームの露出における規定法」だ。どのくらい過激だったかと言うと、私はそのとき五歳くらいだったし、お母さんにデビュー当時のミッドナイトがテレビに映るとチャンネルをすぐに変えられていたからあまり覚えていない。

 

「大胆だねぇ!」

「まあ、少々気恥ずかしさはありますが……私の個性を最大限発揮するために必要な露出です。躊躇ってはいられません」

 

 言葉とは裏腹に八百万さんは恥じらわず、凛としている。かっこいい。

 

「皆さん、そろそろグラウンドβに向かいませんと」

「そだね、道瑠ちゃんも行こ行こ!」

「う、うん……うん?」

 

 手招きするように上下する手袋。その下にはブーツ。他に浮いている、もとい身に纏っているような衣服は見えない。葉隠さんのもっと大胆な姿に気付いて、私は上手く言葉が出てこなかった。

 

 私たちが使っていた更衣室は昨日とは違い、校舎内ではなく演習場近くに用意されてある更衣室なのでグラウンドβまでは三分もあれば到着する。更衣室、シャワー室だけでも複数あるって。雄英高校の規模の大きさにはまだまだ驚いてしまいそうだ。

 グラウンドには男子がほぼ全員集まっていて、コスチュームを見せ合う皆の隙間から焦ちゃんの横顔を見つけた。どんなコスチュームなのかを聞いても教えてくれなくって。なんでだろうと思っていたけど、そろりと近づいてコスチュームを見ると、さっきとは違う意味で言葉が出なくなった。

 

「それが……焦ちゃんのコスチュームなんだ」

 

 絞り出せたのはそのくらいで。お互いのコスチュームについて盛り上がっているクラスメイトたちやそれを見守るオールマイトとは違い、ひどく無感動そうに立っている。

 

「なんだよ」

「ううん。焦ちゃんはなんでも似合うなって思って」

 

 焦ちゃんのコスチュームは白のカッターシャツに白いズボンのとてもシンプルな格好だ。タクティカルベストは恐らく体温調整用のものだろう。一際目を引くのは、左半身を封じ込めるように覆っている氷。口にはしないけど、お母さんの個性だけで一番になるという意志はずっと感じていた。その覚悟を表すような姿は、同時に全身からお父さんへの拒絶を感じさせて。

 

「でも……私にはちょっとこわいな」

 

 目が合っていたのかは分からない。左目から目を逸らして、氷に覆われた左手をとる。冷たくはない。けど、寒くないのかな。そう思って手を握る私に、焦ちゃんは相変わらず何も言わなかった。

 

「恰好から入るってのも大切なことだぜ、少年少女! 自覚するのだ! 今日から自分は……ヒーローなんだと!」

 

 授業開始から移動時間も含めて約十五分程度。オールマイトが声を張り上げた。そっと手を離すと、焦ちゃんは体ごと動かしてオールマイトの方を見る。

 

「始めようか有精卵共! 戦闘訓練のお時間だ!」

 

 これから行われる訓練は屋内での対人戦闘訓練。私たちが普段目にするヒーローの活躍は屋外での敵退治だけど、統計的には屋内の方が凶悪敵の出現率が高いらしい。

 肝心の演習内容はヒーロー組と敵組に分かれて二対二の屋内戦を行う。私たちは戦闘、救出活動に関しては基礎訓練も何も受けていないのが現状だが、その基礎を知るための実践が今回の演習だとオールマイトは締めくくった。

 

 ヒーロー組の勝利条件は、制限時間内に敵を捕まえるか、敵がアジト内に隠し持っている核兵器を回収すること。逆に敵組の勝利条件は、ヒーローを捕まえるか、制限時間まで核兵器を守ること。入試のような壊せばオッケーの対ロボット戦ではなく対人戦なのもミソだとのことだ。

 そこまで説明すると、オールマイトはカンペをしまってくじ用の箱を取り出す。

 

「コンビ及び対戦相手はくじだ! アルファベットが二つ書いてあるくじが中に三つだけ入っているので、それを引いた人は二戦やってもらうことになる。よろしくね!」

 

 そして私が掴んだくじはIチーム。相方は葉隠さんだ。

 二回戦う人は、緑谷くん、障子くん、芦戸さんの三人。障子くんと芦戸さんがKチームで、Lチームは緑谷くんと尾白くん。

 

「よろしくね、道瑠ちゃん!」

「う、うん!」

 

 次にオールマイトがヒーロー組と敵組を決めるためにくじを引く。決まった第一戦、ヒーロー組は緑谷くんと麗日さんで、敵組は爆豪くんと飯田くん。幼馴染同士で対決なんだ。昨日の話を思い出して観戦するだけなのに私はどきどきしてきてしまった。

 

 これから戦う四人以外は、訓練を行うビルの地下にあるモニタールームで観戦する。敵組がビルに入った五分後から訓練開始だ。モニタールームでは各階、各廊下に設置されてあるカメラの映像が見られるようになっているけど、音声は届かない。

 五分経ち、緑谷くんと麗日さんがビル内に潜入してすぐ。爆豪くんは二人に奇襲を仕掛けた。

 

「いきなり奇襲かよ!!」

「でも緑くん避けた! やるじゃん!」

 

 峰田くんと芦戸さんが映像を見てそれぞれ思ったことを言い合う。こんな感じで観戦されるんだ。街頭ビジョンでヒーローの戦いを見ている人たちもそういえばこんな風に見ていた気がする。

 

「うおお! 緑谷が一本背負い!!」

 

 熱い実況は切島くんだ。映像では、大きく振りかぶった爆豪くんの右腕を緑谷くんが躱し、さらに腕を掴んで床に叩きつけるように投げていた。その後も、緑谷くんは攻撃をいなし続け、個性を使わずに爆豪くんと渡り合っている。その間に麗日さんは核を見つけだして部屋に身を隠していたのだけど、急に噴き出して飯田くんに気付かれる。

 

「何があったかは分かりませんが……気が緩みすぎですわね」

「爆豪はなんかすっげーイラついてんな……。コワッ」

 

 爆豪くんは威嚇するように掌で爆破を起こしている。音声がなくても不機嫌なことが伝わってくる。怖いよね、上鳴くん。声には出さず同意していると、制限時間は残り五分を切っていた。そして爆豪くんが緑谷くんを見つける。

 さっきまでの威勢が嘘のように落ち着いたまま会話しているようだけど、私はとても嫌な予感がした。爆豪くんが手榴弾のような籠手を緑谷くんに向ける。

 

「爆豪少年ストップだ。殺す気か!」

「えっ?!」

 

 無線で連絡を取ろうとするオールマイトの口からは不穏すぎる言葉が出る。"度が過ぎたら中断"するという忠告は最初にされていた。つまり爆豪くんがやろうとしていることは、度が過ぎていることで――

 

「っわ!!」

「なにやってんだよアイツ! 授業だぞコレ!!」

「緑谷少年!!!」

 

 爆豪くんが籠手の安全ピンを引き抜いた瞬間、カメラの映像が真っ白になり、地下のモニタールームにまで轟音が届いてきた。

 緑谷くんはギリギリで避けていたみたいだ。いくつかのカメラは映像が映らなくなっており、ビルがどうなっているのか考えるとゾッとした。

 

「先生止めた方がいいって! 爆豪のやつ相当クレイジーだぜ! 本当に殺しちまうって!」

 

 切島くんが戦闘を止めるよう訴える。でも、オールマイトは爆豪くんに注意を促しただけで止めようとはしなかった。爆豪くんは納得がいかなそうな顔をして髪をかきむしった後で籠手から手を放して殴り掛かったので注意は聞いていたようだ。ただ、苛立ちが表情から溢れ出ている。

 

「目くらましを兼ねた爆破で軌道変更。そして即座にもう一回……考えるタイプには見えねえが、意外と繊細だな」

「で、でもそれって両手のどっちかが強すぎたらバランス取れなくなるんじゃ……」

「才能マンだ才能マン。やだやだ……」

 

 焦ちゃんは冷静に状況を分析しているけど、左右の爆破がどちらかに偏れば有効打を加えるどころか自分の体が流されて隙を生みかねない。相当繊細な微調整が求められるだろうに、この戦闘速度でやってのけるなんて。しかも、最初に躱された右手の大振りで緑谷くんを殴り、さらに一本背負い。まるで序盤の展開を再現しているようだ。

 でも、序盤とは違って緑谷くんはもうぼろぼろで。何を話しているのか分からないけど、爆豪くんはずっと何かを叫び続けている。どう見ても爆豪くんが緑谷くんを一方的に痛めつけている状況なのに、私が爆豪くんを見て受け取った感情は焦りと畏怖だった。

 

「爆豪の方が余裕なくね……?」

 

 誰かが言ったその言葉は、まさしくその場の全員が思っていたことだろう。

 お互いに何かを叫んだあと、一気に駆けだす。お互いに100%の力をぶつけあえば、きっとさっきの比ではない衝撃だ。二人とも無事でいられるとは思えない。

 

「先生!! やばそうだってこれ!」

「オールマイト先生!!!」

 

 切島くんに釣られて私も叫んだ。オールマイトは口元にマイクを持っていき、言いにくそうに双方中止と告げようとした瞬間、何かに気付いたように画面を注視する。

 爆豪くんが緑谷くんに向かって殴り掛かったけれど、緑谷くんは爆豪くんではなく真上に拳を突き上げていた。別のモニターでは麗日さんが壊れた柱を軽々と持ち上げて、ビルの破片を乱れ打っている。飯田くんが飛んでくる破片から身を守るように腕を出すと、その瞬間麗日さんは駆け出し、核の前で飛び上がる。

 

「ヒーロー……」

 

 オールマイトが再びマイクを口元に近づける。モニターには核に抱き着いている麗日さんと、頭を抱えている飯田くんが。薄れていく煙の間からはフラフラな緑谷くんと唖然とした爆豪くんが映っていた。

 

「ヒーローチーム!! ウィーーーン(WIN)!!」

 

 結末に驚き盛り上がるクラスメイトたちに少し待っているよう伝え、オールマイトは四人を迎えに行く。皆は思い思いに考察や感想を言い合っているけど、私はモニターに映る爆豪くんから目が離せなかった。

 

 泣きながら立ち向かう緑谷くんと、緑谷くんに近寄られないように抵抗する爆豪くん。蔑称で呼んだり、乱暴な態度で傷つけたり、気にしていないように振舞っているけど。本当はきっと、爆豪くんの方が緑谷くんのことを意識している。まっすぐに進む幼馴染のことをどこか恐れているように見えて。

 

 こんなこと爆豪くんに言ったらまた怒られてしまうかもしれない。でも、私は。爆豪くんが嫌いじゃない理由が、分かった気がした。

 


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