待ってよ、私のヒーロー! 作:ののみや
保健室へ運ばれた緑谷くんがいないまま講評が終わり、続いて二戦目が行われることになった。一戦目で使ったビルは半壊してしまっているので、これから使うのは演習場内にある別のビルだ。
「道瑠ちゃん私ちょっと本気出すわ! 手袋もブーツも脱ぐ!」
「えええっ!」
さっきの戦いを見て気合が入っているらしい葉隠さんは早速手袋を脱いでいた。二戦目はIチームとBチームの戦い。私と葉隠さんの相手は、個性把握テストで肩の触手を腕に変えていた障子くんと無表情な焦ちゃんの二人。
「ブーツは履いておいた方がいい……と思う。あと、手袋も」
敵チームである私たちは核を設置しながら話し合う。迷った結果、飯田くんたちと同様、私たちも五階の広間に核を置いて拠点とすることにした。このビルは五階建てで、高さはおよそ18メートル。廊下の端から端までの距離を考えても、どこにいようと私の個性の射程範囲内だ。
「道瑠ちゃんが私を瞬間移動させて、障子くんか轟くんをまず確保しちゃうって言うのはどう?」
「……それは、出来ないよ」
私の個性の対象は、私が視認できる、定形がある、固定されていない。この三つの条件を満たすものだ。大きすぎたり重すぎるものも
私たちは二人とも近接戦闘型ではない。奇襲を仕掛けるよりも、この部屋で待ち構えて私がヒーローチームのどちらか、もしくは両方を転移させてしのぐ防衛戦に持ち込み、葉隠さんが隙を見て相手を確保する方がいいだろう。各階の全部屋を覗く時間はなかったけど、屋上はチェックしているので屋上もしくは一階の別の部屋等に核を移動させることもできる。
でも相手に焦ちゃんがいることを考えると、例え十五分と言う時間であろうと時間いっぱい使う作戦は避けたい。勝負を仕掛けるなら、二人が五階まで上ってきた瞬間だ。五分と言う短い作戦会議を終えて私は部屋の入り口に隠れるようにして立ち、葉隠さんは壁際で手袋とブーツを柱に隠すように潜んで開始の合図を待つ。
訓練が開始し、神経を研ぎ澄ませる。同階まで上ってきたら仕掛けてくるだろうと考えていたのに、数秒後にはビキビキと氷結していく氷の気配があった。
「避けて!!」
うそでしょ。声には出さず抗議しながら、私は核と一緒に屋上まで跳ぶ。瞬き程度の僅かな時間だったのに、刺すような冷気がビル中を巡り、壁に床、天井まで。ビルの全てを瞬時に凍てつかせていた。
「こんなことまで……出来るように……」
吐いた息が白く染まる。一階分どころか、ビル全体を凍らせるなんて正直予想以上だ。咄嗟に無茶なことを叫んだけど、葉隠さんは無事だっただろうか。屋上に核だけを置いておくわけにもいかないのでまた屋内に移動させ、私も葉隠さんと合流するために五階の広間に戻る。
「道瑠ちゃん!」
「葉隠さん! よかった……」
「床に手をついたときに手袋だけ凍りかけたから、そのまま脱いでなんとか回避できたよ!」
確保テープも無事だよ、とテープを伸ばして見せてくれるが私にはテープが宙に浮いているようにしか見えない。察するに、転回の要領だったのだろうか。やろうと思ってもなかなか出来ることではなさそうだけど。彼女の尋常じゃない体の柔らかさがあってこそかもしれない。
仲間を巻き込まず核兵器にもダメージを与えず、尚且つ敵も弱体化。ヒーローとして最善の策だろう。でも、今の私は敵だ。入り口からそっと顔を出して外の様子を確認する。時間的に考えて、最初の氷結を仕掛けた時は一階にいたはず。ここまで来るのにはおそらく一分程度はかかる。
ビル内は窓もほぼ閉め切られている。隙間があったとしても、その隙間は焦ちゃんの氷によって覆われているだろう。息をする度に肺が凍るような感覚を覚える。この気温の中、ブーツ以外何も身に着けていない葉隠さんのことを思うとどうしても気が急く。
「もしかして、上がってきてるのは一人だけ?」
「うーん……焦ちゃんならやりそうだけど……」
確かに聞こえてくる足音は一人分だけ。わざと一人分だけ聞こえるように音を立てているのか、時間差で上ってきているのか、どちらかだと考えたい。……本当に一人で来たら、それはつまりあの初撃だけで私たちが動けなくなっていると思われているということであって、少しショックだし。
それに、さっき見た五階の廊下は屋上に続く階段だけ通れないように塞がれていた。屋上に潜んでいないことがバレていたのか、屋上に閉じ込めるつもりなのか。わざわざ屋内の階段を上って来ているからきっと前者。だって、焦ちゃんは私が葉隠さんを瞬間移動させられないことも、葉隠さんを置いて核と私だけ屋上に逃げ続けるなんて出来ないこともきっと分かっているから。そして焦ちゃんの個性ではそんな索敵はできない。
だとすると。先に上がってきているのは――
「来た! 障子くん!」
「こっちも準備オッケーだよ!」
小声で叫ぶ。葉隠さんからの返事を聞いてすぐ、私は障子くんの頭上に瞬間移動する。
「予想通りだな」
転移先に現れた瞬間、障子くんの肩から生えている二対の触手が一斉に私を見た。ちらりと階段を見ても焦ちゃんの姿はない。もし見つけたら一階まで転移させるつもりだったけど、遅れて来ているのなら好都合だ。
テープを巻きつけるように広げた両手は障子くんの頭上で掴まれて、私は思わず口角が上がる。
「お互い様だよ」
次は障子くんを巻き込んで個性を発動する。テープを広げたまま待ち構えていた葉隠さんの前に転移し、障子くんの背中から即座にテープを巻き付けてもらえば確保扱いになる。
発動までもう少し。慎重に、そして確実に移動させようとした刹那。窓の割れる音がすると同時に物凄い勢いで外から風が吹き込み、壁からは垂直に現れた氷の柱が迫ってくる。咄嗟に身を返してギリギリ避けるけど、その間に私を放した障子くんは真っすぐに葉隠さんの入る部屋に向かっている。いくら透明だからと言って、一対一で確保するなんて不利すぎる。氷の隙間からなんとか姿を捕らえて左手を出すと障子くんの姿が消えた。
「障子くん消えた! 道瑠ちゃんがやったの?!」
「うん! 多分どこかから――」
「どこ見てんだよ」
無線で葉隠さんに返事をしていると背後から声がして、まずいと思った時にはもう遅かった。焦ちゃんは体勢を立て直せていない私の手首を掴むと簡単に捻り上げて背中に押し付けた。器用にゴーグルまで凍らされて視界も塞がれている。
「障子か。一人確保した。残りは葉隠だけだ」
『ヒーローチーム、光移少女を確保!』
宣言通り、腕に確保テープを巻きつけられた私はオールマイトのアナウンスを聞き終えるとその場で解放された。ゴーグルを外して今度こそ後ろを見ると、仏頂面の焦ちゃんが立っている。
「外からだなんて……」
焦ちゃんの氷結能力なら氷を重ねて足場にし、外から登ってくることも可能だ。どうして頭から抜けていたんだろう。
「いつも言ってるだろ。お前は追い込まれるとすぐ周りが見えなくなるって」
「ぐうっ……!」
そう言い捨てて恐らく核のある広間に向かおうとする焦ちゃんの背を追うことはしない。確保扱いとなっている私はその場で待機。勿論、捕まっているので手出しはご法度だ。その場の空気を最後まで感じながら見学することも演習の一つ、らしい。攻撃に巻き込まれそうな場合のみ個性を使っての回避も認められているけど、オールマイトが危険と判断した場合は先にモニタールームに戻るそうだ。危険な例は聞かなくても想像がついた。
その後葉隠さんも捕まってしまい、二戦目はヒーローチームの勝利で訓練は終了。オールマイトのコールにうなだれていると徐々にビルの氷が融けていくことに気が付いた。パシャパシャと跳ねる水音を気にせず広間に向かうと、葉隠さんがとても悔しがっていた。思いの外元気そうな姿にホッと息をつくと私に気付いて多分手を振ってくれる。多分、と言うのはらせん状に巻かれた確保テープが見えたからだ。
「う~っ悔しい! 二人ともあんなの反則だよ!」
「お、お疲れさま。葉隠さん」
焦ちゃんと障子くんの間には特に会話はなくて、私と葉隠さんが話をしていると一戦目と同様にオールマイトが私たちを迎えに来てくれた。
「四人ともお疲れ! 戻って講評の時間だ」
優しく声をかけるオールマイトは私たちの肩を労うように叩いていく。葉隠さんにはどうするんだろうと思っていると、二人でハイタッチをしていた。オールマイトは雄英の先生と言ってもとても優しくて、普段テレビで見るイメージと全然変わらない。いや、テレビで見る以上にちょっとお茶目かもしれない。
モニタールームに戻るとさっそく講評が始まった。と言っても、今戦のベストは順当に勝ったヒーロー組の焦ちゃん。私たちの評価は、想定するパターンが少なすぎたのが惜しかったけれど、きちんと連携をとり、対策を立てて最初の氷結を二人とも避けられたのは見事だったというもの。
講評を聞き終えるとオールマイト先生にお礼を言って私たちも観戦に戻る。前の戦いでフラフラになっていた麗日さんは幾分かよくなった顔色でお疲れ様と声をかけてくれた。
その後も戦闘訓練は続き、緑谷くん以外に大きな怪我をした人もいないまま、初めてのヒーロー基礎学は終わった。途中、Lチームに順番が回ってきたときには緑谷くんが保健室に運ばれているため、希望者で再びくじを引いて尾白くんの相方を決めた。折角の機会だから当然、ほとんどの人が手を挙げる。Lチームの対戦相手に、すでに二戦することが決まっている芦戸さんと障子くんと、Lチームの尾白くん。その五人を除いて二戦目を希望しなかったのは渋い顔をした焦ちゃんと、放課後になってもどこか上の空なままの爆豪くんの二人だけだった。