待ってよ、私のヒーロー! 作:ののみや
雄英高校の授業日は週六日で、基本的な休業日は日曜日のみ。入学してから一週間が経ち、初めての休日を迎えた私は用事で出かけているお父さんの代わりに店番を任されていた。店番とは言うものの、別の従業員さんもいるので私はただのお手伝いだ。
開店前の掃き掃除を終えてお店を開けようとしていると、早速ドアの前に人影を見つけた。早いなあ、なんて思いながらその人物を認識すると、思わず大きな声が出る。
「八木さん! おはようございます」
「やあ、光移少女」
白いシャツを着て随分と生地を余らせたズボンを履いている痩せた男の人は、お母さんの知り合いの八木俊典さん。お仕事は何をしているのか、お父さんは知っているみたいだけど私には教えてくれない。ヒーローにも詳しいしサポート会社の人かなって思っている。いつも忙しそうなのに毎年夏と冬には必ず会いに来てくれる人だ。
「珍しいですね、四月にいらっしゃるなんて。今日は出張でこちらに?」
「それなんだがね、仕事の関係で今はこっちに引っ越してきているんだよ。今日は入学祝の挨拶もかねて伺ったというわけさ」
「わっ、そうだったんですか! ありがとうございます、嬉しい」
そう言って手渡されたのは二本の傘。さあさあと急かす少し子供っぽい視線を受けながらラッピングのリボンを解いていくと、私はまた驚いて短く声を上げてしまった。
「これ、セルキーとシリウスのコラボ傘……! いいんですか? 高かったんじゃ……」
海難ヒーローのセルキーとその
「君が気にすることじゃない。それよりも、気に入ってもらえただろうか」
「勿論です!」
「それなら良かった。ところで、今日は君たちだけかい?」
八木さんはきょろきょろと店内を見回している。
「お父さん、今ちょっと外に出てるんです」
「そうかい。連絡すれば良かったかな」
「多分あと一時間もしたら戻ってくると思いますよ。お時間あるんでしたら、上がって待たれますか? お父さんもお話ししたいと思うので」
「ふむ……迷惑でなければ光移少女の話も聞きたいのだが、難しいかね?」
八木さんはいつも忙しい人で。私も出来れば話したいことがあって。
困って従業員の和田さんを見ていると、くすくすと笑いながら開店間もなく抜けることを許可してくれた。
「あの、いちご大福はいかがですか?」
「いちご大福?」
「引っ越し祝い……って言うには簡素過ぎて申し訳ないんですけど、私が作ったんです」
「是非いただこうか」
きっと二人の顔を交互に見る私の顔には満面の笑みが浮かんでいることだろう。付けたばかりの三角巾を外し、貰った傘を大事に抱えながら小走りで家に案内する。
「学校はどうだい?」
「今は何とかやっているけど、授業や訓練が本格化したら目が回っちゃいそうで。がんばらなきゃって感じですね」
ヒーロー科の時間割は他学科と違い平日は七限、土曜は六限まで授業がある。それに加えて部活に入っている人もいるのだから感服するばかりだ。
ヒーロー基礎学は先週行った戦闘訓練の他に災害救助や看護訓練など、まだまだ初めてのことばかり。体をじっくり休めるよりも、普段通りに過ごしている方が私は緊張せずに済む。
「この間クラスで学級委員長を決めたんですよ。ほとんどの人が立候補してて、さすがヒーロー科だなって思いました」
「光移少女は希望しなかったのかい?」
「あはは……私はあまりそういう役職に向いてませんから」
中学校だとほとんどの人が委員長をやりたがらなくて、年によっては先生が指名していたこともある。
一方、1-Aでは。立候補が多すぎた為、飯田くんの発案により投票で決めることになった。相澤先生が開票結果を黒板に書いていくと、名前が書かれなかったのは焦ちゃんと麗日さん、それと私の三人だけだった。
私は散々迷って飯田くんに投票していた。理由は入試の時や入学初日に迷わず発言出来ていたから。すごく真面目だし、人を纏めるのが上手そうだと思う。あとは、一番手の上げ方が綺麗だったし。結局飯田くんは私の入れた一票のみで、三票を獲得した緑谷くんと二票を獲得した八百万さんがそれぞれ委員長、副委員長になった。
「そうだ。その日にマスコミが校内に入ってきてちょっとした騒ぎになってたんですよ」
「ほう」
「私はおろおろしてただけなんですけど、焦ちゃんは全然慌ててなくて」
昼食をとっていると、突然けたたましいサイレンが鳴り響き、続いて"セキュリティ3が突破された"という放送が流れた。学生手帳に記されていたセキュリティ3が示す内容は、校舎内への侵入者。必死に記憶を手繰り寄せて気づいたとき、パニックになりかけた私を落ちつけてくれたのは焦ちゃんだった。
その後飯田くんが非常口みたいなポーズをとりながら侵入者はマスコミだと伝えて、食堂内のパニックは収まった。その功績と緑谷くんの提案で、なんと飯田くんは緑谷くんに代わって委員長に就任。いろいろ大変な一日だったと改めて思う。
僅か一週間の出来事を話していただけなのに、すでに一時間近くが経っていた。正面に座る八木さんは、侵入者の話をした時は難しい顔をしていたけど、他はずっと満足そうな笑みを浮かべながら話を聞いてくれた。
「光移少女の話にはいつも"焦ちゃん"がいるね」
「あっ……うう。すみません、無意識に……」
「謝ることはないよ。大事に思っていることが伝わってきて、私も話を聞くのを楽しみにしているんだ」
本人にも言ったことはない。すんなり出てきた言葉には驚きもなかった。
「世界で一番大切な幼馴染ですから」
進路も、入試も、合格のことも。大好きなお父さんよりも先に伝えたいと思った理由なんて、たったそれだけの単純なこと。幼馴染で、生まれた時から傍にいて、私にとってはいつも手を引っ張ってくれる存在で。守りたい理由なんて私にはそれだけで十分だ。
「でも、最近は……なんて言って良いか、分からないことが多くて」
八木さんはさっきまでとは違い、黙って私が話し終えるのを待ってくれた。
「ちょっとは強くなったなって思ってもらいたかったんです。でも、私が一歩進んでる間に焦ちゃんは十歩も二十歩も先へ行っちゃってて」
いつも漠然とした不安がある。焦ちゃんが弱くないことは私が一番分かっているから、折れてしまうんじゃないか、立ち止まってしまうんじゃないかなんて思ったことはない。ただ、道を見失ってしまうことが怖い。自分がどこに立っているか分からなくなっても、きっと歩みを止めることはしないから。
憧れを忘れてしまうことが、こわい。でも、それを口にしてしまうと焦ちゃんを戸惑わせてしまいそうで。でも、気づかずに迷ってしまう前に伝えたくて。うじうじする私はいつも焦ちゃんの足を止めてばかりだ。
「光移少女はとても優しい子だからね。ただ、少し遠慮しすぎてしまうところがある。君の母上とは真逆だな」
「ふふ。お母さん、一度決めたら絶対譲らないくらい頑固だったから」
八木さんは少し笑うと、そうだったねと懐かしむような優しい目をした。
「でも、それがハルさんのいいところだった」
「私もそう思います。お母さんの背中はすごく頼もしくて、いつも勇気をくれて。ヒーローとして活躍する背中を誇らしく思っていたことをよく覚えています」
玄関から出ていくお母さんの背中を見送るのは、本当は辛かった。でも、お父さんの膝に乗せられて、液晶越しに見る母はとてもかっこよかった。そして帰ってきた母の体温に安心して私はよく泣いていた。泣かないのってよく怒られたっけ。いつの間にか、母の温かさも強気な笑顔も、優しい漠然としたものに変わっていっているけど、自慢の母だったことは変わらない。
ただ、焦ちゃんのお父さんを見た私が大泣きしたせいで、お母さんがおじさんと大喧嘩をした話は誰にも言いたくない。二人とも高校の同期で、腐れ縁だと言っていた。
そうだ。あの時は、焦ちゃんのお母さんもまだあの家にいて、笑ってたんだ……。今は親族以外面会禁止で、もう十年近く会っていない。おばさんがどんな顔をしていたかを私はあまり思い出せないでいた。
「君には君の魅力がある。光移少女は傍にいる者の心を穏やかにする。友和くんにそっくりだよ」
「お父さんに……」
よく言われていた。私はお母さん似じゃなくてお父さん似だって。それに、お父さんも本当はよく泣いていたみたいだ。でも、お母さんが亡くなってから、私はお父さんが泣いているところを見ていない。
「勘が鋭いところはハルさん譲りかな」
「うーん、あんまり思ったことはないんですけど……」
八木さんはそう言ってくれるけど私自身はあまりピンときていない。ただ、そうだったらいいな、と思う。
「焦ることはない。光移少女にも、自分にしかできない方法がある筈さ」
「私のやり方……」
八木さんは不思議な人で、根拠のない話でもそうなのかもと思わせる雰囲気がある。弱虫な私にも自信をくれる。
「ありがとうございます、八木さん。少し気が楽になりました」
そんな八木さんにでも、不思議と涙は見せたくなかった。一度堰を切った涙は際限なく溢れて、子供のようにわんわん泣いてしまいそうだったから。多分、泣きそうだったのはバレているけど、それでも。認めてもらえたことが嬉しくて、安心させたかった。
「お茶のおかわり用意しますね」
「ありがとう」
背を向けた私の肩を優しく叩く手はオールマイトのように大きくて力強く、だけどどこか頼りなかった。
ほとんど毎日一緒にいるのに。今は無性に、あの仏頂面な幼馴染に会いたくなった。
こんばんは、ののみやです。
これまでずっと道瑠から轟くんへの想いは曖昧にしていたつもりでしたが、察していらっしゃった方も多いかもしれません。
男女間の友情は成り立つのか、が本作のテーマではありませんのでここで一度道瑠の想いを本人から吐き出してもらいました。
二人がどういう関係を迎えるかは既に確定しておりますが、最後まで、これまで通り明確な表現はなるべく避けつつ、ハッピーエンドを目指して話を進めていくつもりです。
それでは、次回からUSJ編となります。現時点では完全に上位互換の黒霧とも対面ですね。
お楽しみいただけると幸いです。