ようこそ禁止区域出身の男がいる教室へ   作:白崎くろね

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第1章 入学編
プロローグ


 

 ――弱肉強食の世界。

 

 弱者は容赦なく切り捨てられ、ほんの一握りの強者だけが生きる世界。

 徹底した才能至上主義。

 圧倒的なまでの実力至上主義。

 それが成り立っているのが、この世界。

 

 ゆえに、平等はない。

平等があるとするならば、それは実力を持つ者たちのみ。

 けれど、それもまた同じ話で……実力のある者たちの中であったとしても、才能の劣る者は切り捨てられるのだから。

 

 人が人として生活している限り、争いがなくならないのと同じで平等は存在しない。

 

 ――ああ、しかし。

 それでも平等を諦めず、平和を求め――

 人はありもしない幻想を求めるのだろう。

 

 それこそが人の本質であると言わんばかりに……――

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

 

 東京都高度育成高等学校の入学式。

 学校に向かうバスに揺られながら、片手で漫画を読んでいた。漫画の名前は『ホニョペニョコの大冒険』と珍妙なもので、バスに乗る前に本屋で適当に買ったもの。いつもなら漫画は読まないのだが、たまにはいいかと思って買ってみたものだ。

 内容は美少女吸血鬼が強敵たちを小指だけで相手していくというものだった。所謂流行りの俺TUEEEE物であり、巻末まで見ても苦戦を強いられるような描写は一切ない。それどころか敵側の描写が緻密に描かれており、むしろ敵側を応援してしまいたくなるような作りになっている。

 

 ぱたり、と漫画を閉じるとバスの乗客が先程よりも増えていることに気が付いた。

 そのほとんどが高校の制服を身にまとっており、オレと同じであることからクラスメイトであるとわかる。その中には疲弊した感じのサラリーマン、今にも膝を付いてしまいそうな老婆、ふとしたキッカケで今すぐにでも痴漢してしまいそうな目の怪しい若者、仕事に向かうであろうOL。

 オレは席を譲る気もなければ、痴漢したとしても止める気は一切ない。

 背もたれにしていた続きの漫画を取り出し、今しがた読み終わった方を代わりにする。

 

 さて、続きを読むか……。

 

「席を譲ってあげようとは思わないの?」

 

 数ページほど読み進めた頃、女性のよく通る声が耳に入ってきた。

 自然と意識がそちらの方に吸い寄せられる。

 他とは色の違う席、優先席である所にどっかりと腰を下ろしたガタイのいい金髪の男の正面には、OLが不満顔で立っている。

 

「このお婆さんが困っているのが見えないの?」

 

 人で混雑している車内においては、若い女性の声はよく通るものだ。そうなれば自然と周囲の視線が集まっていく。

 

「ふっ、実にクレイジーな質問だね、レディー」

 

 そして、実際に注意を受けているチャラ男はどこ吹く風といった感じの様子だ。

 客観的に見れば、実にクレイジーなのはチャラ男の方だろうな。だからといって席を譲る気はさらさらないが。

 

「何故私が老婆に席を譲らねばならないんだい? まるで理由が見当たらないが」

「キミが座っている席の表示が見えないの? 優先席をお年寄りに譲るのが当然ではないの?」

「Hmm。“優先”席は優先なのであって、専用席でもなければ予約席でもない席を譲る必要性はどこにも存在しないのだよ。私が学生だから老婆に席を譲るだって? はははっ、実にナンセンスなことだよ」

 

 ……これっぽっちも学生らしさのない口調と堂々っぷりだった。

 オレが老婆やOLの立場だったら、その場違いな金髪を引っ掴んででも退かせるけどな。

 それが出来ないでいるのは、弱者である証拠だろう。これも全ては最初に座れなかった方が悪いのだ。

 本当に世の中は平等じゃないな。

 

「確かに私はこの国を代表とする若者だ。譲ることで立つのにも然程の不自由は感じないだろう。しかし、座っている状態よりも体力を消費することは明らかだ。意味もなく無益なことをする必要がどこにあるのかねぇ? まさかチップを弾んでくれるとでも? ならば少しは考慮するとしよう」

「は、はぁっ!? 目上の人に対する敬意や常識はないって言うの!?」

「目上? 君や老婆が私よりも多くの人生を歩んでいることは明白だ。どこにも疑問の余地はないだろうねぇ。だが目上というのは立場が上の者を指し示す言葉なのだよ。それに君にも至らぬ点はあると思うがね。明らかな歳の差があるとはいえ、生意気極まりない態度じゃないかね」

「な、な……っ!」

 

 まるで信じられないものでも見たかのような、怒りに満ち満ちた声で絶句していた。

 

「あなたは高校生でしょう!? 少しは大人の言うことを聞きなさいよ!?」

「も、大丈夫ですから……」

 

 OLが顔を真っ赤にして金切り声で吠えていたが、周囲の視線や不満による居心地の悪さを感じているのか、老婆はOLをなだめている。これでは無意味に騒ぎ立てているだけに過ぎないのだが、怒り心頭であるOLには関係のないことなのだろう。何と本末転倒な光景だろうか。

 

「どうやら君よりも老婆の方が物分りが良いようだ。これが年の功というものじゃないかね?」

 

 チャラ男は無駄に爽やかでイケメンな笑顔を作り、イヤホンを装着して爆音で音楽を聞き始める。あまりに傍若無人な男の姿にOLは悔しそうに歯噛みしている。まさに完全敗北だ。

 

 そんなやり取りに軽く目を置いながら、オレは漫画を半分ほど読み進めていた。今日買ったのは全部で三冊ほどではあるが、この調子であれば目的地に到着するまでに読み終えてしまうかもしれないな。

 険悪な空気を残したままの車内ではあるが、オレは漫画の細かな描写を見逃さないように意識を集中させようとして、

 

「……あの、私はお姉さんの意見に賛成だと思うな」

 

 OLや老婆以外の場所から声が上がった。

 

「ふむ。今度はプリティーガールかね。今日の私はどうやら女性に恵まれているらしい」

 

 チャラ男にプリティーガールと形容されたのは、同じ学生服に身を包んだ少女。

 

「お婆さん、足腰が弱いみたいなの。席を譲ってもらえないかな?」

「社会貢献、か。それは確かに立派な貢献と言えるだろう。しかし、私は社会貢献には然程も興味はないんだ。ただ自分が席に座って満足してさえいれば、それでいいとさえ思っている。それともう一つ言わせてもらおう。どうやら君たちは優先席に座っている私をやり玉に挙げているようだが――」

 

 …………もう我慢の限界だ。

 これ以上は1秒だって我慢なんてしちゃいられない。

 漫画の先がとても気になるが、抗えたもんじゃないぞ、これは。

 

「うっ……! ぼ、膀胱が……っ!」

 

 漫画を背中に素早く収納してから、両手で股関を押さえた。

 膀胱という防波堤が今にも決壊し、溢れんばかりの尿意を必死に我慢する。

 このままじゃバスの中という閉鎖空間の中でションベンを漏らしてしまうだろう。それだけは絶対に阻止しなけれならない。先程の老婆やOLの比じゃないほどに視線を集めてしまうからな。しかも後に控えている展開にも影響が出そうなのだから大問題だ。

 

「うおおおおおおっ!」

 

 拭えるほどの冷や汗を感じながら、オレは必死にトイレに駆け込むのだった。

 

「……………………」

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

 

「ふーっ、危なかったぜ」

 

 嫌な汗を袖で拭いながら、目的地に到着したバスから降りる。

 もう少しで漏らすところだった。

 

 既に周囲に誰もいないのは、オレがトイレで漫画を読みながら時間を潰していたからだろう。

 運転手が呼びに来てなければ、今頃は完全に遅刻していたな。

 

「たまには漫画もいいもんだ」

 

 だが漫画はあまり好きではない。

 読書ということには間違いないが、やはり遊びという面が強いのが残念なところだ。

 根っからの活字中毒者ってことか……。

 

 オレの目の前には、真っ白な石壁の荘厳な門が待ち構えている。

 この先に足を踏み入れてしまえば、戻ってくることは出来ないだろう。

 そんな予感がオレにはあった。

 

「さて、どうするか」

 

 オレは憐桜学園を辞め、この学校へと訪れていた。

 この世で最も嫌うものは、退屈だ。それは身体を蝕む毒のようなもの。

 それが捨てられるというのなら、どこにだって身を投じてみたい。

 

 あの日、あの一年間が退屈で平凡な毎日の連続だったとは言わない。

 だがそれもただの日常風景と代わり映えしなくなり、次第にオレは退屈を感じるようになってしまっていた。

 あの場所には、日常を逸脱した新鮮な出来事がもう存在しない。

 そのことがたまらなく嫌だった。

 

 オレが常に求めるのは、新鮮で刺激的な毎日の連続。

 スリル満点な日常こそ至高と信ずる。

 

 だから試してみる価値は十分にあるだろう。

 もしも、それで何も変わらないというのなら――

 

「行くか」

 

 門の先へ、学校の敷地内にオレはようやく足を踏み入れた。

 まだ見ぬ退屈なき日々を求めて――

 

 

 

 

 

 

 





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