ようこそ禁止区域出身の男がいる教室へ   作:白崎くろね

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第10話 過去の記憶

 

 

 ――オレは夢を見ていた。

 

 遠い過去、オレという人間の根幹を支える過去の記憶。

 まだオレがオレではなく、力も何もなかった()の記憶。

 未だに忘れることのない屈辱の日々を夢という形で強制的に思い出させられていた。

 

 身体を完璧に制御出来るからといって、心までは完璧に偽ることはできない。

 だから、これはオレにとっての弱点だ。オレを人たらしめている唯一の弱点。

 

 だが、この経験があったからこそ今のオレがいる。

 大切なものを見つけることが出来た。

 最強になることが、出来た。

 

 まだ人の心を持っていた頃のお父さんが、僕を抱えて優しげな声で語りかけている。

 

『この子は俺とお前に似て、強く賢い子に成長するに違いない』

 

 あの頃の僕にとって、それは安らぎだった。

 確かな幸せがそこにはあった。

 

『お前たち二人は必ず守る。それは絶対だ。約束しよう』

 

 その言葉が、守られることはなかった。

 

 

 場面は移り変わり、僕はお父さんに殴る蹴るなどの暴行を受けていた。

 その理由はとても簡単で、僕が完全に眠っていたからだ。

 意識は痛みによって、強制的に叩き起こされた。

 

 あまりの痛みに腹部を押さえ、悲鳴を上げてしまう。

 しまった、と思った時には既に遅かった。

 

 容赦なく僕は顔面を殴られた。

 痛そうにしてはいけないのに、僕は顔を歪めてしまう。

 また殴られる。次は身体を思いっきり殴られ、1メートルほど吹き飛ばされた。

 

 今度は痛みに耐え、悲鳴を必死に噛み殺す。

 お父さんは言った。

 人が痛みを訴えるのは当たり前の反応だが、それを見て相手が調子づくのだと。

 だから痛みを感じてはいけない。相手に隙を与えてはいけない。

 

『攻撃される前に目を覚ませ。私がお前を殺すつもりであったのならば、お前はもう死んでいる』

 

 そのとおりだと思った。

 これが禁止区域の人間だったのなら、僕は痛みを感じる間もなく死んでいただろう。

 

 そのことに頷き、返事をした。

 たったそれだけのことなのに、僕はまた殴られた。

 今度は今までよりも強烈な一撃。

 

 意味がわからない、と思った。

 僕はただうなずいただけなのに。

 

『理由があると思っているのか?』

 

 そんなものはないのだと言われ、僕はただ黙ることしか出来なかった。

 

『だが理由を付け加えるのであれば、お前は今感心しただろう。それが理由だ』

 

 よくわからなかったが、お父さんの言葉に何かを感じてはいけないらしい。

 僕は必死に心を押し殺す。感心も感動も喜びも感じないように。

 

 

 場面はさらに切り替わり、僕は建物の中にいた。

 いつものが始まる。

 想像を絶するほどの恐怖が待っている。

 身体がぶるぶると震えるが、こんな姿をお父さんに見せたら何をされるか。

 そんな想像に身体の震えるが幾分か治まる。

 

 今から僕が行うのは、建物から飛び降りるという訓練。

 それも1階や2階などといった高さではなく、失敗すれば間違いなく死ぬであろう高さからだ。

 4階からの落下に成功したから、次は5階からのスタートだ。

 

 今にして思えば、5階の高さは15メートル近くはあるだろう。

 人間で換算すれば成人男性9人分の高さだ。

 正気の沙汰じゃないが、その高さを飛ばなければ親父に殺されるのだから飛んだ方がマシだ。

 

 そして、その飛び降りにはルールがあった。

 下を見てから3秒以内に飛ばなければ、お父さんから罰を受ける。

 どちらも地獄だが、飛び降りる方が幾分かマシだった。

 

 僕は5階から飛んだ。

 それを何度も繰り返していく。

 痛みを感じようが、骨を折ろうがお父さんが満足するまでトレーニングは続く。

 一度の成功で楽勝だと高を括れば、常識外れた高さが牙を剥く。

 

 

 次々と場面が切り替わっていく。

 切り替わって、切り替わって、切り替わっていく。

 夢に時間の概念などはなく、何時間であろうと何十日であっても加速したように進んでいく。

 時にはバラバラに。時にはツギハギだらけの記憶が事実を捻じ曲げ、夢という形で現れる。

 

 男たちに監禁され、想像を絶するほどの屈辱を与えられた日々。

 親父にパン一欠片でオレは売られた。

 男が犯すのは女だけだと思っていたが、その常識はあっさりと覆された。

 今でも夢に見る時がある。

 

 そして、その日々は確かな力を与えてくれた。

 監禁という絶対の拘束の中で信用を勝ち取り、男たちを出し抜いてやった。

 また、一つと壁を越えたのだ。また一歩と最強へ近づいていく。

 

 本来であれば、夢は明確の形を持たない。

 現実では起こりえないことだって容易に起きる。

 だが、今のオレが見ているのは現実を越えていない。

 

 それは、その理由は――オレがこの記憶を頭の中では正確に憶えているからだろう。

 思い出そうと思えば、起きている間だって正確に1分1秒の記憶を掘り起こすことだって出来るに違いないからだ。

 

 その間、オレは数々のことを経験していった。

 獲物の取り方、食料の確保、女の犯し方、拷問の方法。

 そして、人の殺し方を親父――お父さんに教えてもらった。

 

 

 そんなある日、僕は一人の女の子と出会った。

 僕と対して変わらない歳の子供だ。

 髪が真っ白で、子供なのに大人びた口調をしていて、気配を隠すことに関してはお父さんに比類するほどに思えた。

 そして、不思議なのはいつ見ても子供の姿をしていること。数年越しの再会した時だってそうだった。

 

『私はあなたをよく知る者。それにあなたを守る者』

 

 彼女はいつの日だったか、そんなことを言っていた。

 守られたような記憶はまるでない。

 

『それはいつになっても変わらない。あなたを守るのが、私の役目だもの』

 

 その時のオレにとって、女の子に守られるというのは屈辱的だった。

 時には喧嘩を売ったこともあったが、全て容易に捌かれてしまう。

 この禁止区域で生き抜いてきただけあって、彼女は子供なれども強者なのだ。

 

『それでもいつか私はあなたに追いつかれる。でも今じゃないってことだけはわかるよ』

 

 いつしか、そんな少女のことを心の中で認めている自分がいた。

 後に出会うであろう『あいつ』ほどじゃないにしても、大切に感じていたんだ。

 

『あなたを守るのが、私の役目』

 

 あの日、親父を殺した前の日。

 その業を共に共有し、オレの人生を見守ってほしいと頼んだ。

 もしかしたら、本当は親父の差金なのかもしれない。

 でも、それでもオレは彼女に見守っていて欲しいと勝手な願いを約束させた。

 

『いいわ、海斗。私の命が続く限り、あなたを見守っていてあげる』

 

 きっと、その言葉を交わさなければ――オレは殺す覚悟を決めること出来なかっただろう。

 ほんと笑っちまうよな。

 

 次の日、オレは親父を殺した。

 最強になるためではなく、『あいつ』に生きていてほしいからという理由で。

 

 その感触を夢でありながら、まるで二度目を体験しているかのように鮮明だった――

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

 

「――最悪だな」

 

 むくりと身体を起こす。

 全身が雨でも浴びたかのようにびしょびしょだ。

 異常なまでの発汗だった。

 原因は言うまでもなく、夢のせいだ。

 

 下着から何まで着ている服を全部脱ぎ捨て、軽くシャワーを浴びる。

 バスタオルで身体を拭きながら、部屋の備え付けテレビを点けた。

 

 適当に上から順にチャンネルを回していると、一つの番組に目が止まった。

 

 ――禁止区域について

 

 そう、テロップの入ったニュース番組。

 オレにとって、この世界で最も馴染み深い場所だ。

 

『今日は禁止区域についてお話をしていこうと思います。まず、こちらは全国で79箇所も存在しており、その場所に住まう者は人間ではないとの発言もあるほどですの危険地区です。そして、先日、政府の方では『禁止区域強制退去法案』の再提案が行われました。そこにいる人間の9割以上が犯罪者であると言われている禁止区域の住人を排除することで日本から犯罪を取り除こうという考えによる法案。が、それはあまりにも非人道的すぎるという理由で一度は撤回されましたが――――』

 

 何やら専門家が語っているのは、禁止区域から人間を徹底排除するという法案、『禁止区域強制退去法案』についてだった。

 その法案が最初に出たのは、今から三年ほど前。何とかって言う政治家が退去法案を考え、これまた何とかっていう政治家が反対したという。

 禁止区域の中には表の情報はほとんど存在していないため、1年前にオレが表の世界に出てきた時にその事実を知った時には驚いたもんだ。

 

「それにしても人間じゃないねぇ……」

 

 本当に同じ人間の発言か?

 と言いたくなったが、事実としてオレらと彼らでは根本的な違いがある。

 それを説いたところでお互いに理解し合うことはないだろう。

 

 まだ退去法案の具体的な日程は決まっていないが、それも時間の問題だな。

 オレはテレビを消し、新品の服に着替えた。

 

 ――ガダッ

 

「……あ?」

 

 天井から物音が聞こえてきた。

 本当に一瞬のことだったが、上の方から確かに足音のようなものを感じた。

 いや、気のせいか? 

 

「誰かいるのか?」

 

 話しかけてみた。

 ……反応はない。

 仮に天井に何かがいるのだとすれば、何か生き物の気配を感じるはずだ。

 ネズミにしろ、虫や新種の動物にしたって気配を感じ取ることができる。

 しかし、そんな気配はまるでない。

 

「…………」

 

 やはり、気のせいか。

 ちょっと恐ろしかったが、スルーすることにした。

 

「喉乾いたな……外にでも出るか」

 

 一人呟いてから、部屋を出ること数秒後。

 気配を完全に殺しながら、部屋に戻ってきた。

 そして、天井を見る。

 

「…………いや、やっぱり気のせいか」

 

 イヤな夢を見たせいで神経質になっているのかもしれない。

 オレは本当に部屋を後にした。

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

 

 ロビーに行き、缶コーヒーを購入。

 そのまま戻るのも何となく気が向かず、寮の外へと出る。

 5月にしては気温が低めで、夜風が心地よかった。

 

「……そういや銭湯があったっけな」

 

 入学初日にほとんどの施設を巡った時のことを思い出す。

 汗を流すためにシャワーは浴びたが、それもさっとだ。風呂には入っていない。

 せっかくだし、銭湯にでも行ってみるか。

 

 学生証端末を持ってきていることを確認し、寮の裏手を曲がろうとする。

 

「んあ?」

 

 その角で清隆のヤツがじっと身を潜めていた。気配も軽くだが消している。

 何やってんだこいつ?

 その先を視線で追ってみれば、鈴音と姿の見えぬ男が何やら立って話し込んでいた。

 

 ははぁーん。

 

「ストーカーは寛治や春樹の専売特許だと思ってたんだがな」

 

「……朝霧、か」

 

「何してんだ」

 

「どうも掘北は兄貴と落ち合ってるみたいだ」

 

「兄貴って」

 

 二人の会話に耳を傾けてみるが……

 

「無理だな。お前はAクラスにはたどり着けない。自分の欠点にも気が付けないようでは、クラスを無用な混乱に陥れるどころかクラスも崩壊するだろう。お前は理解していないのだ。そんな甘すぎる考えで生き抜けるところではない」

 

「絶対に、たどり着いてみせます」

 

「無理だと言っただろう。本当に聞き分けのない妹だ」

 

 どう見たって平和な兄妹の話し合いには見えなかった。

 暗がりから姿を表した男が鈴音の手首を掴まえ、そのまま壁に押し付けていた。

 その顔には見覚えがあったが、どこのどいつかは思い出せない。

 

「……どんなにお前が避けたところで、俺の妹であることには変わりあるまい。お前のことが周囲に知られば、困るのは俺だ。今すぐこの学校から立ち去れ」

 

「で、出来ません……私は、絶対にAクラスを……」

 

「――本当に愚かだな。昔のように痛い目を見ておくか?」

 

「兄さん――私は――――」

 

「クドい。お前にはAクラスを目指せるような格ではない。それを知れ」

 

 男の目に危険な気配が宿った。

 別に鈴音が誰に暴行を受けてようが構わないっちゃ構わないんだが……オレの目の前でやるってわかってんのを見逃せねぇわな。

 禁止区域にいたころのオレであれば、間違いなくスルーしていただろう。

 

『そんなの海斗らしくないよ』

 

 あいつの声が聞こえてきた気がしたが、それは幻聴だ。

 あの場所に置いてきたのは、他でもなくオレなのだから。

 

 飛び出そうとしている清隆を押さえ、オレは前に出る。

 鈴音を投げ飛ばそうとしている手を直前で掴み上げた。

 

「――――何だ、お前は」

 

 男の射抜くような鋭い眼光がオレを捉える。

 

「……朝霧くん!?」

 

「よう。お前面白い兄貴がいるんだな。兄妹ってのはどこもこんなもんなのか?」

 

 オレには兄妹というものがよくわからなかった。

 

「人様の問題に首を突っ込むのは感心しないな」

 

「だったら誰にも見られないような場所でやれよ」

 

「次からは気を付けよう」

 

 互いに睨み合うが――

 

「……やめて、朝霧くん……」

 

 いつもの鈴音とは思えないか細い声。

 こいつもそんな声が出せたのか。なんて思いながら、ぱっと手を離す。

 

「オレはいいけどな」

 

 その刹那、目前に鈴音兄の拳が迫っていた。

 予備動作をまるで感じられず、為す術もなく直撃してしまう。

 顔面に裏拳が叩きつけられ、オレは地面を転がった。

 

 更に追撃するようにして、顔面に踵が迫る――が、その直前で止められた。

 

「ってえなおい。オレの大事な顔に傷ついたらどうすんだ。人類の損失だぞこら」

 

「――何故避けない。お前には見えていたはずだ。今だって俺の蹴りを目で追いながらも守る素振りすら見せていない。何故だ」

 

「当たり前だろ……。お前の攻撃が早すぎて身体が反応しなかったんだ。いつつ……」

 

「それにしては不自然だったが、そういうことにしておいてやろう」

 

「そういうことも何もないんだが……」

 

 本当に攻撃が早すぎて見切れなかっただけ何だが……。

 鈴音兄はゆっくりと足を戻し、鋭い眼光を和らげた。

 

「鈴音、お前の兄貴バイオレンスすぎんだろ」

 

「鈴音? お前に友達がいたとは。正直驚いた」

 

「い、いえ……彼は、なんかじゃありません。ただのクラスメイトです」

 

 オレの方も友達だとはこれっぽっちも思っちゃいなかったが、目の前で否定されるってのは悲しいぜ。

 

「相変わらず、孤高と孤独を履き違えているようだな。それからお前、朝霧と呼ばれていたな。たしか今年の入学試験で0点を取ったという男がいると言っていたな。それはお前のことか」

 

「……なんで知ってんだよ」

 

「俺は生徒会長だ。他の生徒の知らない情報も握っている。」

 

「あー」

 

 道理で見たことがあるはずだぜ。

 部活案内の時に異様な雰囲気を放ってたヤツがこいつか。

 只者じゃないとは思ってたが、ここまで身体能力が高いとは思わなかった。

 知ってたら少しは警戒したんだがな。

 

「あんたが堀北……堀北……何て名前だっけか」

 

「堀北学だ」

 

「そう、そんな名前だったな」

 

 昔馴染みにもよく言われるんだが、オレは人の名前を憶えるのが苦手だった。

 

「上のクラスに上がりたければ、死に物狂いで足掻け。そうすれば――」

 

 最後まで言い終わることなく、鈴音兄は去っていった。

 

「何だったんだ一体」

 

「朝霧くん……もしかして、最初から……」

 

「あー、偶然っちゃ偶然だな」

 

 何をもってして偶然呼ぶのかは知らんけどな。

 

「鼻がいてぇ……」

 

「その、兄さんが言ってたことは本当? わざと避けなかったって」

 

「んなわけないだろ? あいつはアレだな。強かったからな。避けるのは難しかったんだよ」

 

「空手5段、合気道4段だから……」

 

「そりゃあ道理で強いはずだぜ」

 

 口の中にある血をぺっと吐き出す。

 本気じゃなかったとは思うが、それでもダメージはダメージだった。

 歯が折れてないだけマシだな。

 

「そういうあなたも何かやっていたんでしょう。プールの時にも見たけど立派な身体だったわ」

 

「別に対して何もやってないさ。そう、親父がムキムキのマッチョマンだったんだ。だから遺伝ってやつだな」

 

「そう……あくまでも真面目に答える気はないのね」

 

「いやいや。オレから真面目を取ったら何が残るんだよってぐらいの生真面目くんですから」

 

 朝霧はいつも予想通りの行動をしてくれるとよく褒められたもんだ。

 

「んじゃ後は清隆のヤツに任せるわ。じゃあな」

 

「ま、待ちなさいっ!」

 

 答えも聞かずにオレはその場から立ち去り、銭湯に向かった。

 

 

 

 




【あいつ】の出番はありませんでしたが、海斗の過去です。
もちろん緒方などの出番もカット。無名の女の子の出番はありました。
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