ようこそ禁止区域出身の男がいる教室へ   作:白崎くろね

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第12話 赤点メンバー

 

 いつもの如く、図書室で本を読んでいると桔梗から電話が掛かってきた。

 

「お電話ありがとうございます。朝霧海斗でございます。只今の時間は、絶賛読書タイムとなっております。再度お電話のお掛け直しを――」

『なにそれっ。留守番電話のモノマネ? 結構似てるね!』

 

 電話の相手は裏人格ではないようだ。

 こないだの件があったからな。つい身構えちゃったぜ。

 電話に出るなり罵詈雑言を叩き込んでくると思っていたから、むしろ拍子抜けだ。

 

「繰り返します。拙僧、朝霧海斗と申すものでござるがぁ、読書を満喫中のため再度お電話の――」

 

()()()()?』

 

「は、はひっ!」

 

『今からちょっと顔出せないかな? ほんとちょっとだけなんだけど……だめかなっ?』

 

 言葉こそ優しげな雰囲気を保っているが、オレにはわかる。

 桔梗の言葉を実際の言葉に直すと『今すぐ顔出さないとわかってるよな、あぁん?』と、なる。

 これにはオレも思わず、電話越しであるにもかかわらずに頭をへこへこと下げるしかなかった。

 

「い、今ッスか。そ、そうっすね……秒で行きます。マッパで行きます」

 

『なんか喋り方が変だよ? それと本当に服を脱いだらだめだからね? マッパじゃなくマッハでね?』

 

「は、はいっ」

 

 なんか小声で『訂正しておかないと本気でマッパになりそうだからね……』って聞こえた気がしたが、流石のオレもマッパで行く勇気はない。……ほんの一瞬だけ選択肢のような物が見えたような気がしたのは、気の所為だろう。

 

 

  ・桔梗のところまでマッパで行く

・桔梗のところまで秒で行く

 

 

 というわけでオレは秒で行くぞ。

 行くったら行くからな。

 

「あ、あとちょっとだけ……」

 

 やっぱり本の続きが気になるから読み終わるまでは待ってもらおう。

 

「もしかして、デートのお誘いとかですか?」

 

 ちょっと呆れたような顔で、ひよりがそう言った。

 図書室で電話していることに対して小言を漏らさないのは、オレが言って聞くような人間ではないと理解したからだろう。

 

「デートってお前な。今のやり取りがデートのやり取りに見えたのかよ。どう見てもパシられてるいじめられっ子みたいな感じだったろうが」

 

「私には朝霧くんがふざけていたようにしか見えませんでした」

 

「いやいやいや? めっちゃ怯えた声と顔してただろ」

 

「ちょっと楽しそうに見えましたけど」

 

「これっぽっちも?」

 

 そんな人をMでも見るような目で見ちゃイヤだわ……。

 

「そういうことか」

 

「…………?」

 

 ぽんっ、と手を叩く。

 

「さては嫉妬か?」

 

「…………いえ、嫉妬なんてしてません」

 

「今、お前の言葉には妙な間があった! ふっ、このリハクの目を持っているオレの目は誤魔化されんぞ!」

 

「それはですね、朝霧くんが変なことを言うので何を言われているか考えてしまったからです。それにリハクの目って良い意味で使われませんよね?」

 

「オレに、惚れてるんだろ?」

 

「それはないですね。朝霧くんは読書友達ですから」

 

 ……違ったらしい。

 オレには名探偵としての才能はないようだ。おまけに目も腐ってるかもしれない。

 恥ずかしい勘違いに目を逸らしながら、ひよりがデートだと言った本当の理由を言うことにした。

 

「お前って意外と読んでる本に影響されやすいのな」

 

「……バレましたか」

 

 ひよりは少しだけ恥ずかしそうにして、読んでいる本で目線を隠した。

 どうやら今のマイブームは恋愛小説らしい。

 

 それにしても、読書友達ねぇ……。

 お互いに約束するでもなく、昼休みや放課後に会っては本を読んだり感想を言い合ったりしているオレたちの仲を表現する言葉としては、これ以上ないほどに的確だな、と思った。

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

 

 結局、オレが教室に向かったのは一冊の本を読み終えてからだった。

 もちろん、速読したので時間はかかっていない。

 およそ20分前後ってところか。

 

 桔梗の周りには、前に勉強会をしたメンバー(沖谷はいない)が揃っていた。

 

「あなたが来るって言ってから何分経っていると思っているのかしら?」

 

「ほんっとだよ!」

 

「これには止むに止まれぬ事情が……」

 

 そんな事情は何もなかったが、とりあえず誤魔化しておく。

 

「本当かなぁ、海斗くんのことだから最後まで本でも読んでたんじゃないの?」

 

「ひなぎくっ」

 

「あっ、図星かな?」

 

 こ、こいつぁ鋭いぜ……。

 だが一度誤魔化した以上は誤魔化しきるしか道はない。

 

「オレみたいな優等生が人との約束を反故にするわけないだろ?」

「いったい、あなたの何を見たら優等生だと思える人がいるのかしら。仮にそんな人いるのだとしたら目が腐っていると言わざるを得ないわね」

 

 速攻で否定されてしまった。

 

「別に来たんだからいいだろ。それで俺たちに用事ってなんだよ」

 

「そうね。朝霧くんのせいで時間が押しているものね。本題に入るわ」

 

「嫌味の一つでも言わないと会話が出来ないのか?」

 

「何か言ったかしら?」

 

 おっかねぇ女……。

 健のおかげでオレへの追求が止み、ようやく本題に入った。

 

「えっと、もう一度だけ一緒に勉強会しないかなってことなんだけどダメかな? もちろん一夜漬けや一人で勉強することを否定するわけじゃないけど可能性が高い方がいいんじゃないかな。須藤くんの大好きなバスケも赤点を取ったら出来なくなるんだよ?」

 

「それは、確かにそうだけどな……俺はこの女の施しを受けるなんてのは耐えられねぇよ。この間の言葉を忘れちゃいないからな。こっちはこれでも譲歩してんだから謝罪の一つでもしてくんねぇと収まらないぜ」

 

 健は堀北に対して謝罪を求めるが、素直に謝罪するような女にはまったく見えない。それどころか自分が間違っているだなんてこれっぽっちも思っちゃいないだろう。むしろ――

 

「――私はあなたが嫌いよ」

 

「なっ!?」

 

 火に油を注ぐのは目に見えていた。

 

「けれど、今はお互いに争っているような段階は越えたわ。私は私のために。あなたはあなたのために。それでは納得できないというのかしら?」

 

「そんなにAクラスがいいのかよ」

 

「ええそうよ。そうでなければ、誰があなたたちに関わると?」

 

 よくそこまで敵意を向けられている相手にそんなことが言えるのかね。

 こいつの心臓はオリハルコンか何かで出来てるんじゃねえの?

 

「俺はバスケに忙しいンだよ。一時だって休むわけにはいかねぇ。だから勉強なんてしてる暇は」

 

「それなら問題はないわ。前回の反省点を活かして今回は基礎中の基礎からよ。そう上で時間の問題も解決する方法を思いついたの」

 

「へえ、そりゃいいな。で、その方法って何だよ」

 

「今からテストまでの2週間。あなたたちは授業を死ぬ気で受けなさい」

 

 一瞬、みんなが何を言われたのか理解出来ないという顔をしていた。

 そりゃあな、授業すらまともに受けてないんじゃ勉強なんて話じゃないわな。

 

「普段、あなたたちは真面目に授業を受けていないわよね」

 

「き、決めつけんなよ!」

 

「では真面目に受けているのかしら」

 

「いや、その……授業が終わるのをぼーっとして待ってるだけ」

 

「でしょうね。授業を真面目に受けているのならば基礎中の基礎なんてとっくに頭の中に入っているはずよね」

 

 そもそも真面目に出来てないヤツらに真面目な授業というのができるのか?

 まずはそこが問題な気がするが。

 

「本当にそれだけでうまくいくのかな……」

 

「もちろん最初から授業の内容を理解してもらおうってつもりはないわ。ただ、そうね……間休みにその授業で出てきた内容を私が簡単に分解して説明するってことよ」

 

 簡単に言っているが、普通に考えて難しいことを鈴音は言っていた。

 

「ほ、ほんとにできるのかよ……」

 

「そうだよね。そんな短時間で説明とか無理じゃない?」

 

「心配ないわ。少なくとも私は中間テスト範囲の勉強は一通り頭の中に入っているから。あとは授業中に一つ一つの問題に対する説明を考えるだけで済むわ。それを綾小路くんと櫛田さんの3人でマンツーマン……は無理だから誰かが一瞬に教えることになると思うわ」

 

 鈴音がこっちをちらっとだけ見た。

 

「別にオレは勉強会なんて必要じゃないんだが」

 

「あなたは一体何を言っているのかしら。一番の懸念材料はあなたよ」

 

「こいつだろ」

 

「てめっ、俺よりも点が低いじゃねーか!」

 

「それを言われると何も言えないな」

 

 こうなることがわかっていれば、ある程度の点数を取っておくんだったとプチ後悔。

 オレの貴重な読書タイムが減ってしまう……。

 

「とりあえずはそんな感じでいくわ。疑問や質問はあるかしら」

 

「俺が言うのも何だがよぉ……間に合う気がしないんだが」

 

「そう? テストの問題は教科書と違って数自体は少ないのよ。だから私がピックアップするのに間違いさえしなければ何とかなるわ。それに問題を完全に理解してとまではいかないから、まずは頭に叩き込むことね。ノートも取らなくてもいいわ。私がわかりやすいように取っておくから」

 

 鈴音の負担は大きいように思えたが、それに関しては特に何も感じていないらしい。

 

「物は試しよ。否定する前に実行くらいはしてほしいわ」

 

「……そう言ってもよぉ、やる気は出ねぇぜ。俺とお前じゃ根本的なところが違うんだから、そんなんで勉強ができるとはまるで思えないんだよ」

 

「勘違いしているようだけど、簡単に頭が良くなる方法なんてのは存在しないわ。それこそ天才なんかじゃなければ、ね。だからまずはコツコツと積み重ねていくのよ。それはバスケットでも同じことではないのかしら?」

「……そう、だな。バスケだって努力しなきゃ始まんねぇ」

 

「だったら――」

 

 そこに畳み掛けるようにして言葉を紡ごうとする鈴音だったが……

 

「いや、それでも俺は参加しねえ。堀北に従って仲良しこよし勉強なんてのは出来ねーよ」

 

 最後の最後で健は認めず、この場から立ち去ろうとする。それを鈴音は引き止めようとするが簡単には行かないだろうな。何かキッカケになるような一言でもなけりゃな。

 オレはそこで清隆の方を見ると、小さくため息を吐いていた。

 

「なあ、櫛田。もう彼氏は出来たか? 軽井沢は出来たらしいが」

 

「か、彼氏っ? 急にっ、どうしたのっ!」

 

「もしも、オレが50点取ったらデートしてくれ」

 

 何を思ったのか、いきなりそんなことを言う清隆。

 突然どうしたって言うんだこいつは。つか50点って小テストの時と一緒じゃねえか。ハードルひっく。

 

「はっ、いきなり何言っちゃってくれてんの綾小路!? お、俺とデートしてくれっ! 51点取るからさ」

 

「いやいや俺だ俺と! 池よりも点数取るからさ! 52点だ!」

 

 寛治に続いて、春樹までもが反応するが……いやいや小っさいな!

 1点ずつしか上がってねえ! 

 

「こ、困ったなあ……私、テストの点数なんかで人を判断しないよ?」

 

「でも頑張ったご褒美は欲しいし。池や山内も乗り気みたいだしさ? 勉強会のご褒美なんかがあればやる気が出るっていうか」

 

「じ、じゃあこうしない? テストで一番点数の高かったと、その……デートするってことでいいなら……。私、嫌いなことでも努力できる人は、好きだな」

 

「うおおおおおおっ、やってやるぞおおおお!」

 

 寛治と春樹が大きな声で雄叫びを上げ、喜びを露わにしていた。

 桔梗も桔梗で満更でもないような表情を浮かべていたが、中身のことを考えると少しだけ恐ろしかった。いや案外喜んでいるのかもしれないな。うん。

 

「なあ須藤。お前はどうする? チャンスかもしれないぞ?」

 

「デートか……そうだな、悪くないよな。ったく、仕方ねえなあ……俺も参加してやるよ」

 

「「お前は引っ込んでてもいいんだぜ!」」

 

 鈴音の説得も虚しく、桔梗の言葉一つで解決するってんだからあまりにも単純すぎるだろこいつら。

 

「憶えておくわ。男子はあまりにも馬鹿で単純な生き物だってことをね」

 

 それにオレも同意だ。

 ほんとくっだらねえよお前ら。

 だがこういうノリも懐かしいような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




果たして、海斗に勉強会イベントは向いているのか。
なんか内容がめっちゃ薄い感じで申し訳ありません。

本当はテストまで全カットしようと思ったのですが、諸事情でカットは見送りに。

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