「カンパーイ!」
寛治の言葉を合図にして、オレたちは缶コーラを互いにぶつけあい、ぷしゅっとプルタブを引き開けた。
中間テストから一夜が明け、その次の夜。赤点組の勉強会メンバーは清隆の部屋に集まっていたのだった。
テストという枷が外れたことで、オレを除いた赤点組の顔はとても明るい。
寛治なんかはコーラを一気に呷り、飲み干してからゲップを出しながら笑っている。
そんな中で笑顔ではないのは、いつも通りに仏頂面な鈴音と部屋主の清隆の二人。
「どーしたんだよ、そんな暗い顔して。須藤が退学にならずに済んだんだぜ?」
「それはよかったと思うし、それで祝賀会を開くってのは賛成なんだが、どうしてオレの部屋なんだって思って」
「俺は部屋はめっちゃ散らかってるし、須藤と山内も似たような理由。海斗の部屋でもよかったんだけど、清隆の部屋の方が近かったからだな。んで女の子の部屋はさすがにマズいだろ? いや、俺としては櫛田ちゃんの部屋とかがいいけどさあ。……にしても綾小路の部屋は何もないよな」
「入学して二月ちょっとだぞ? しかもポイントも0だったんだから何かあるって方が不思議だ」
清隆の部屋にあった本、「さらば愛しき女よ」を読みながら辺りを見回してみるが、オレの部屋と対して変わらないように見えた。むしろオレの部屋よりも生活感があるかもしれない。
「櫛田ちゃんはどう思う?」
「うーん、やっぱり綺麗な方がいいよね」
「だってよ! よかったな櫛田ちゃんに褒められて。ははははっ」
「いたい、いたい……」
相変わらず何の面白みのない平凡な答えを笑顔で返している桔梗。
バシバシと清隆の背中を叩く寛治。
「それにしても本当に危なかったよな、中間テスト。もしも勉強会を開いてなかったら俺はともかくとして、池と須藤と海斗は絶対赤点だったよなあ」
「は? お前だってギリギリじゃねーかよ」
「いやいや? 俺は全力出せば満点だし。マジでマジで」
「でも、これも堀北さんのおかげだよね。みんなに勉強を教えてくれたんだもん」
確かに鈴音なしでの勉強会であったならば、途中で瓦解していたに違いない。ここまで寛治たちが点数を上げられたのは鈴音の功績が大きいだろうな。
もっとも、みんなの頑張りがあったからこそでもある。
「私はただ自分のためにやっただけ。退学者が出るとDクラスの評価が下がるからよ。別にみんなのためじゃないわ」
「そこは嘘でもみんなのためって言っておくところだろ。好感度が上がるぞ」
「そんなの上がらなくてもいいから」
とはいえ、入学当初に比べれば柔らかくなったように思える。
それはこの場にいることからもわかるだろう。
「まあ……でもよ、案外いいヤツだよな。堀北は」
珍しくも須藤が鈴音を褒めた。
こいつもまた丸くなったうちの一人ということか。
「それにしても、まさか須藤くんの退学が取り消されるなんてね。採点に誤りがあったって言ってたけど、堀北さん何したの?」
「あー、それ俺も気になってたんだよね。そこんところどうなんでしょうか、堀北ちゃん!」
「さあ、覚えてないわね」
「うわっ、隠すの下手っ!?」
あの後、須藤の点数は39点から40点に引き上げられたのだ。
理由は桔梗が言ったように採点に誤りがあったということだが、そうじゃないことは誰もが知っている。だとすれば教室を出ていった清隆や鈴音が何かしたとしか思えない。
いったいどんな魔法を使ったのか、オレには想像がつかなかった。
だが、重要なのは何をしたのかではなく、誰も退学することなくテストを乗り切れたことだろう。
「中間テストの次は期末テストがあるのだから、あまり浮かれすぎないことね。今回のような過去問が通用するとは思えないから相応の勉強が必要になるでしょうね。それにポイントを加算するためには、何かしらのプラスとなる行動も積み重ねていかないといけないわけだし」
「えぇー……マジでぇ? これ以上は面倒だなぁ……」
清隆のベッドの上でごろごろと転がりながら、寛治は気怠げに言う。
ベッドの上で壁に寄りかかりながら本を読んでいるオレの方に転がってきたので、軽く蹴っ飛ばしてやる。
まったく、狭いとこだぜ。
「一気にやるから面倒なことになるんだろ?」
「だからコツコツと?」
「できないのか?」
「できない!」
威張って言うようなことじゃないな。
これはアレか? 夏休みの宿題を最終日にやるのは面倒だけど、毎日やるのも面倒だって感じのヤツか?
なんかそれっぽいな。
「この学校ってよくわからないよね。ポイント制度とか」
「あー、ポイントもなぁ……ほしいよなぁ……もう貧乏生活はイヤだぁ~!」
寛治と春樹は4月の時点でほとんどのポイントを使い切り、その残り僅かなポイントも5月の初週には使い切っていたのだ。今や学校側が用意している無料品や友達に借りるなどをしながら日々を過ごしている。
「ねえ、堀北さん。ポイントを復活させるのってやっぱり難しいのかな」
「中間テストでもめっちゃ頑張ったんだしポイントもがっぽり入らねぇかな~」
「その目は節穴? 私たちのクラスは全クラスで最下位よ。それで頑張ったつもりになれるのなら、これ以上の頑張りは一生無理のようね」
まるで容赦のない言葉が、無邪気に口を開く寛治に突き刺さる。
クリティカルダメージ! しかし言われ慣れていたためにダメージは軽減されたようだ。
「また来月も0ポイントかよ……やってらんねー」
「でも節制生活の経験は全クラスで1番だとでも思うことね」
「大丈夫だよ、池くん。今はポイントが入ってことないかもしれないけど、きっと近いうちにポイントは入ってくるようになるよ! 元気だして!」
「櫛田ちゃんの優しさが身にしみるぜ……うっ、ううっ……」
鈴音のフォローしてんだかわからん言葉をフォローするようにして、桔梗がフォローの言葉を出す。つかこいつらフォローしてるようでありきたりのことしか言ってねえな。
「ね、堀北さんもそう思うんでしょ?」
「何のことかしら」
「もう話してもいいんじゃない? ここにいる皆は仲間なんだし、一人でも多くの仲間がいた方がいいんじゃない? 私と堀北さん。それと綾小路くんで、協力して一番上のクラス、つまりはAクラスを目指すことにしたの。よかったらみんなにも手伝ってもらいたいな」
さらっとした感じで口から飛び出したのは、あまりにも大きな計画だった。
そのことに鈴音が何も言わないのは、この一ヶ月の間で仲間という存在が重要だと気付いたからだろうか。そして、それは掘北兄が懸念していたことの一つが解消されたと見てもいいのかもしれない。
「えっ、Aクラスを目指す? それってマジで本気で?」
「うん。もちろんだよ。今よりも状況をよくするってことは必然的にポイントを増やすことになるわけだし、そうなれば上位を目指す必要も出てくるよね?」
「で、でもさ……Aクラスは言い過ぎじゃない? せめてCクラスかBクラスじゃないと俺たちじゃ絶対無理っしょ」
実際のところ、他のクラスがどの程度の実力なのかはわかっていないのが実情だ。
判断基準としてクラスポイントが存在しているが、今はまだ大して意味のないものだと思っている。なんたって最初の一ヶ月が授業態度での減点方式としているんだから優等生の揃っているAクラスであればポイントを減らさないなんてのは意識するまでもない。
だからこそ学校側はテストいった試験を用意することで様々実力を測り、それを基にしてクラスポイントを反映することで直感的に実力がわかるような構図を作ろうとしていると見て間違いないだろう。
……だから本当の実力がわかるのは、もう少し時間が経った後だな。今はオレたちを除いて最弱であるCクラスがAクラスを下すなんてこともありえるわけだ。
「そうかな? 別に勉強だけがクラスの実力を決めるわけじゃないと思うし。……だよね掘北さん」
「……それだけとは思ってはいないけれども、勉強が出来ないのはAクラスを目指す上では論外中の論外ね」
現在、明らかに戦力外なオレたちを見て、鈴音がため息を吐く。
「い、今はまだまだかもしれないけど、一緒に頑張っていけば何とかなるよ。絶対に」
「いったい何を根拠に言っているのかしら」
「それは……ほらっ、点滴石を穿つって言葉もあるし!」
「……途方もない話ね」
「じ、じゃあ、和をもって貴しとなす、かな?」
何とか気落ちさせないようにフォローの言葉を繰り返していたが、どうも苦しそうだった。
そりゃそうだ。不安要素の塊でしかないからな。オレを除いて。
「……結局は、そうかもしれないわね」
「でしょ?」
……ちょっとドヤ顔気味な桔梗だった。
心なしか鈴音が殴りたそうにしているように見えた。
「ということで、みんなには協力してほしいな!」
「喜んで!」
さっきまで無理だと言っていたにも拘わらず、従順な犬ように答えてみせる寛治と春樹。
「ま、掘北がどうしてもって言うなら俺も協力してやるよ。どうなんだ」
健はらしい返事を返すが、これもまた予想の出来る返事が鈴音から返ってきそうなもんだ。
「私から須藤くんに頼ろうと思ったことは一度もないし、手伝ってもらいたいとも思わない。むしろ今後とも頼む見込みもなさそうだわ」
「て、てめぇ……こっちが下手に出てりゃいい気になりやがって」
……あれで下手に出てたつもりだったのか。
ツッコミ待ちか? 本を読むのに忙しいからツッコまないが。
「っち……ほんとムカつく女だぜ」
「それは褒め言葉として受け取っておくわね」
「はっ、可愛くねぇ女」
「とか言ってよ~、本当のところは?」
まるで素直じゃない健に向かって、寛治がうざったい声でからかう。そんな寛治を目の据わった感じの健が睨みつけて、ヘッドロックでベッドから引きずり落とした。
「ぐえっ、やめ、やめろ!」
「変なことを言うんじゃねえ。次言ったらもっと絞めんぞ」
「も、もう十分絞まってるってぇ……! ギブギブ! ギブ!」
地面をパンパンと叩き、ギブサインを送る寛治。
拘束を解かれても寛治の顔は真っ赤なままだった。
「この学校は実力至上主義よ。多分これからも今回みたいな苦労が待っているわ。その結果が必ずしも報われるものじゃないってのはわかってる。もし、協力するというのなら軽はずみな気持ちで混ざるのはやめてちょうだい。足手まといよ」
「……ああ。腕力が関係しているものなら任せておけ。この学校じゃ一番活躍できる自信があんだ」
「あまり期待はできなさそうね」
おそらく、この先……間違いなく健が活躍する機会は来るだろう。
「それで海斗くんも協力してくれるよね?」
本から顔を上げると、みんながオレを期待の眼差しで見ていた。
その期待はオレにとっては眩しすぎるもので、あの世界では感じることはなかったものだ。
「オレか。オレは――――」
§ § §
放課後になり、ひよりにメールで呼び出されたオレは図書室に足を運んでいた。
日が沈み、真っ赤な夕焼けの光が差し込んだ室内には、照らし出された埃がダイヤモンドダストのように浮かび上がっている。
その先には本を片手に佇んでいる少女――
その光景は幻想的で、写真の1枚にでもすれば映えるかもしれない。
だから、オレはポケットから学校支給の携帯端末を取り出し――パシャ、パシャっと2、3枚ほど写真を撮った。
撮影した写真をアルバムという名前のアプリから確認する。
ささっと撮ったからか、被写体はおろか背景となっている幻想的な図書室はブレッブレだ。これでは何の価値もない乱雑な写真でしかないな。
シャッター音に気がついたのか、ひよりがこっちを向く。
「お呼び出ししてしまって申し訳ありません……何をしているんですか?」
「ちょっと撮影をな……」
ひよりは首を傾げ、不思議そうにこちらを見ている。
オレはもう一度構え直し、今度はゆっくりとシャッターを切る。
パシャ――次の1枚は先程よりも綺麗に撮れていたが、肉眼で見た光景とは程遠い。これを幻想的な1枚というには些か無理があるだろうな。
「うーむ……」
せっかく撮るからには、最高の1枚に収めなければ納得がいかない。しかし、市販のカメラならともかく……こんな携帯端末に付属しているような雑魚カメラでは難しいのかもしれない。
「撮影、ですか……えっと、カメラにハマったんですか?」
「いや、これが初めての撮影だ。気分は新米探偵のような初々しい感じだな」
「よかったら私も見てもいいです?」
「おう」
近くの椅子を引っ張り、そこにどっかりと腰を下ろす。
小さい画面を二人で共有し、撮ったばかりの写真を確認する。
「私、ですね……」
「ちょうどいい被写体がいたからな。それに夕焼けでいい感じだろ?」
「私が写ってるのは変な感じです」
「ダメだったか?」
「……そんなことはないです、けど」
「けど、なんだ?」
「ちょっと恥ずかしいなって思っただけです」
「安心しろ、オレの超絶テクでどんなブサイクも絶世の美女に変えてやるぜ」
「……む」
そう言って、カメラに切り替える。
先程まで映し出されていた光景と違って、今度は画面を覗き込んでいるオレたちの姿が映し出された。
要は自撮り専用カメラというやつだ。パシャりと1枚だけ撮って、アルバムから再度画像を確認。
そこには1億人がイケメンだと頷くほどのウルトラスーパーイケメンと、どこか締まりのないふわっとした少女が写り込んでいる。
「この程度のカメラじゃオレのイケメンフェイスは反映できねぇみたいだな」
「絶世の美女に変えるほどのテクがあるのでは?」
「それさえ霞む顔とはオレのことよ……」
「あ、撮った画像の確認はカメラの画面から出来ますよ」
「あ? …………ほんまですやん」
なんかさらっと流された感があるが、便利なショートカットを見つけたことだし良しとしてやるか。
「おっ、ここで設定できるな」
歯車マークをタップしてみると、細かい設定ができるようだ。
せっかくだし、この機会にカメラ機能をマスターしてやろう。どうせ暇だからな。
……オレは図書室に何しに来たんだっけか。まあいいや。
「おい、ひより」
「どうかしましたか?」
「ちょっと立ってろ。こう、こうやって――」
素人なりに本で得ただけの知識を総動員し、オレはひよりを窓際に立たせた。
図書室には訪れた時よりも夕日が沈んでおり、この光景もあと僅かだ。
それまでに何とか納得の出来る1枚を撮影してやるぜ。
「こう、ですか……?」
「――――」
パシャ、パシャ、パシャ、パシャ――っとシャッターを切る音だけが図書室に響く。
途中からオレもひよりも言葉を発さず、ひたすら撮影しまくっていた。
そして、夕焼けが終わったのを合図に謎の撮影会は終わりを告げた。
「もうこんな時間か」
時計を確認すると、もう日が落ちていても不思議じゃない時間になっていた。
「満足しましたか……?」
「写真は奥が深いってことはわかった」
本当はまだまだ満足してはいないが、今日はこんなもんでいいか。
次はカメラの本でも読んでから実践してみるのはもいいかもしれない。
「それならよかったです」
「付き合わせて悪かったな」
「いえ、私も楽しかったので大丈夫です」
「後で適当に良さそうなヤツを送るわ。んじゃ」
はて、オレはいったい何しに図書室に足を運んだのか。いつもなら本を読むためなのは間違いないはずだが、今日は別の用事があったような――
「…………」
本来の用事を思い出す。
そういえば、ひよりに呼ばれて来たんだったな……。
「思い出してくれたようですし、ちょっとだけ時間いいですか?」
「――ああ」
「まずは、テストお疲れ様です。どうやら無事に乗り越えたみたいですね」
「まあ、こんなもんだろ」
退学者が出るところだったが、それは何かの間違いで撤回された。
そんなのは建前で、清隆と鈴音が何かをしたのは明らかだ。その方法も想像はついているが、憶測の域を出ない。本当の答えはあいつらしか知らないだろう。
しかし、その方法を行ったのは何もDクラスだけではないはず。
なぜなら、Cクラスは全員が満点を出すということをやってのけたからだ。
「私たちCクラスは朝霧くんのおかげで、Aクラスへと上がるための大きなアドバンテージを得ることができました」
「オレのおかげ?」
「はい。あなたが過去問の存在を教えてくれたおかげです」
確かにオレはDクラスで配られた問題用紙をひよりに渡したが、その条件はDクラスとて変わらない。それをオレのおかげと言うには少し無理がある。
「全員が100点を取れたのは、お前たちの力だろ。オレは関係ない。違うか?」
「そうですか? 朝霧くんが持ち込んでくれてなければ私たちは普通にテストを受けていたと思います」
「……もう何だっていいが、オレはただ気まぐれで読書友達のよしみでお前に持ってきただけだ。それ以上でもそれ以下でもねえよ」
「読書友達……」
これはもう何を言っても無駄な気がしたが、勝手にオレの功績にされるのも気持ちのいいもんじゃないからな。言うだけは言っておく。効果があるかどうかはわからないが。
「それで? まさかそれだけを言うために呼び出したわけじゃないだろ」
「朝霧くんに会ってほしい人がいるんです」
「オレに?」
「はい」
ひよりが言うからにはCクラスのヤツだろうが……いったい誰だ?
オレにはこれっぽっちも心当たりがない。
「だが断る」
「そう、ですか」
「それだけか?」
「……はい。あの、どうしてもダメでしょうか?」
しょんぼりとひよりは肩を落とす。
それでも諦められないのか。やや上目遣いがちにもう一度聞いてくる。
「ちなみに女か?」
「いえ……Cクラスの男子です」
「悪いが、男と密会する趣味はない」
何が悲しくて男にわざわざ会いにいかなければいけないんだ。
「もしも、相手が女子だったら会ってくれるんですか?」
「いや……今は女とも会いたい気分じゃねえな」
「……わかりました。すいません、急に変なことを頼んでしまって」
「別に構わねぇけどな。言うだけならタダだ」
そう、言うだけならタダだ。
それで相手の心が変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。
だが、言わなければ何も変化が生まれることないからな。
「さて、そろそろ帰るか」
「そうですね。また後日」
「ああ」
オレたちにしては珍しく、本を読まずに図書室を後にした。
「………………」
§ § §
「くくっ。それで諦めて帰ってきたのか」
「……はい」
朝霧くんに断られた後、私は待ち合わせ場所であるカラオケルームをナイトクラブ仕様にしたような場所にやってきていた。
こうした騒がしい場所は苦手なのですが、だからといって別の場所を指定するのも申し訳ないというもの。
それにここには
「例の朝霧だっけ? 所詮はDクラスの生徒でしょ。役に立つとは思えないけど」
「それを決めるのはCクラスの王である俺だ。それにお前も納得したからこそ顔を出したんだろ伊吹」
その言葉に伊吹さんが不満そうな顔を隠そうともせずに反論します。
「ほんと最悪。来ないってわかってれば来たくもなかった」
「朝霧くんが来てくれなかったのは、私のせいです。すいません」
「…………もういい。疲れた。帰る」
私は頭を下げて謝るも、伊吹さんは機嫌を直してはくれませんでした。
それどころか、むしろ機嫌が悪くなったようにも見えます。いったい、何が悪かったのでしょう。
これ以上は彼女を怒らせてしまうかもしれないので、黙って見送ります。
カウンターに乗せていた鞄を乱暴に引っ張り、伊吹さんが退室しようとした時――誰かが激突するようにしてクラブ内に入ってきました。
「危ねーな」
伊吹さんを跳ね飛ばしつつも、一切悪びれる様子もなく入ってきたのは朝霧くんでした。
「あぁ、もう何なのよっ!」
「あ? オレが悪いのか?」
「当たり前でしょ。それ以外に誰がいるっていうのよ」
朝霧くんは顎に手を当て、少しばかり考え……。
「よく考えてもオレは悪くないだろ」
そう、ハッキリと口にしました。
「喧嘩売ってんの?」
「んなことよりもここはどこだ?」
「Cクラスが拠点にしているクラブですよ、朝霧くん」
今にも手が出てしまいそうな伊吹さんを抑えるためにも、私が場所告げると朝霧くんは今気付いたかのような感じで驚きの声を上げ、その名前に龍園くんたちが反応します。
その反応に若干傷付きますが、奥の方にいましたし気が付かないのも仕方がないのかもしれません。
「ほう、こいつが例の朝霧か」
「はい。実際に会ってみた感想はどうですか?」
「さあな」
「……きっと、龍園くんを驚かせてくれますよ」
「そいつは楽しみだ」
朝霧くんとは初めて会った時から、他の人とは違うと思わせるような何かがあると私は感じていました。人の名前と顔を覚えるのがどうにも苦手な私にとって、その感覚は非常に珍しいもの。それが何かまではわかりませんが、彼にはそう感じさせるだけの何かが間違いなくあるのです。
それに朝霧くんは私がこの学校で初めての友達でもありますし。
「何してんだこんなとこで」
「何ってクラスメイトと話し合いをしていました。それより朝霧くんこそどうしてここへ?」
「特に理由はないが……」
「ないが……?」
「強いて言うなら、オレが持つ少年の心が疼いたといったところか」
「少年の心、ですか」
その言葉の意味しているところはわかりませんが、わざわざ来てくれたと見ていいんでしょうか。でも場所は教えていませんし、朝霧くんの言葉からして偶然と考えるのが自然なのかもしれません。
それとも、もしかして……。
「朝霧くん迷ったんですか?」
「…………迷った? オレが? おいおい一体何を根拠に言っているんだ?」
「いえ、根拠はありませんが……ここは結構入り組んだ先にありますので。違いましたか」
「あ、当たり前だろっ」
「目が泳いでませんか?」
「そぎゃんことなかと!」
声も震えていますし、口調も定まっていませんし、これは間違いありませんね。
迷った先がCクラスの集会場所というのは運命なのかもしれません。
「茶番はそこまでにして、お前がひよりにテストの過去問を渡したっていう愚者か」
「あ? お前誰だよ」
「ククッ、お前はCクラスに貢献したからな。特別に教えてやるよ。オレの名前は龍園翔だ」
「ふぅん……龍園翔ね。いい名前なんじゃねえの?」
そう言って、ドカっとソファに腰を下ろす朝霧くん。
そんな彼の態度に龍園くんは感嘆の声を漏らしますが、周囲の人間はそうは思わなかったらしく目を鋭く光らせます。
入学当時の雰囲気が再現でもされたかのような感じです。それどころか、まるで龍園くんが二人になったような錯覚さえありました。
そこへ怖気づくこともなく、割り込んでいったのは伊吹さん。
「あんた何様なのよ」
「それはオレ様だって答えておくところか?」
「っ……! この……っ!」
「まあ、待てよ伊吹」
足を振り上げ、今にも蹴りを放とうとした伊吹さんを龍園くん肩に手を置いて止める。
「ちっ……」
「彼氏の言葉には素直に従うんだな」
あっ、と私が思った時には既に遅すぎました。
物理的に抑えられていたならともかくとして、精神的に抑えられていただけに過ぎなかった彼女は反射的とも言える速度で蹴りを放っていたのでした。
武道の心得がない私にも理解できるほどに綺麗な蹴りが、朝霧くんの顎に命中します。
ソファごと後ろに倒れ込み、口元の血を拭いながらもぞもぞと這い上がってきました。
「いってぇ……らにしやがる」
「だ、大丈夫ですか……?」
「らいじょうぶじゃない……」
そう言いつつも、大してダメージを受けていなさそうに見えるのは私の気の所為でしょうか。
伊吹さんは蹴ったことでスッキリしたのか、ふんっと視線を逸した。
付近にあったティッシュで口を拭うと再び座り始め――
「……んで、ひよりが言ってた話ってのは何なんだ?」
何事もなかったかのように話を始めたのでした。
「ふっ、そいつをお前は断ったんじゃなかったか?」
「気が変わった。と、言いたいところだが……来ちまったもんは仕方がねぇ。聞いてやる」
「目的自体はもう達成していると言ってもいい」
「はぁ……?」
龍園くんが言う目的とは、朝霧くんがどのような人物であるかを見極めること。今の流れで見極められたとは思えませんが、何か感じ入るものがあったのかもしれません。それは私にはわかりませんが。
「どちらにせよ、お前が持ち込んだおかげで俺たちCクラスはほぼ全員が満点を取ることが出来たんだからな」
「それはよかったな」
「私も感謝しています。ありがとうございます」
そんなことはどうでもいい、と言わんばかりの態度ですが……こういうのは言っておかないといけませんからね。
「……そんな大したことはしてないだろ。ただ、答えがわかってんだからカンニングをポイントで許容させただけの簡単な話だろ?」
そう、彼が考えてきたのは――カンニングを先生に許容させるという内容でした。それには莫大なポイントを要します。しかし、テストが行われているのは月末。これが上旬であれば難しかったかもしれませんが、月末であれば多少の無茶もできる。他にも問題点は色々とあったものの、それらは全てを龍園くんが解決させていたので何の問題もなく実行に移すことができました。
そうして、テスト当日。
Cクラスはカンニングを問題とされることなく、テストを乗り越えることに成功しました。
これでCクラスはAクラスの平均点を完全に上回ることができ、来月からは大量のポイントを獲得することが約束されたのです。
とはいえ、それでもAクラスとBクラスの壁は厚く、総合ポイントで勝つことはできませんでしたが……それでも差を縮めることには成功していますので、大きな邁進と言えるでしょう。
「大したことねぇ、か。こりゃ大物だな。だがわかってるのか? お前が行った行動一つで自分のクラスはさらに突き放されたってことを」
「別に。オレはオレが退屈さえしなければDクラスだとかAクラス何てのはどうでもいいんだ」
「はっ、言い切りやがったな」
「事実だからな」
どこか似ている二人だからこそ、理解し合える何かがあったのかもしれない。
お互いに目を合わせること数秒。もう用が済んだと言わんばかりに龍園くんが解散を言い渡す。
もしも、この二人が敵対するような時が来るとすれば――何かとても大きなことが起きそうな予感がありました。
久しぶりすぎて、何となくですが海斗くんらしさが薄いような気がします。
というか全然ちょっと更新が遅くなるってレベルじゃありませんでしたね。
あと、本当はAクラスの描写も入れようとしたのですが諸条件でカット。
まだ海斗との邂逅シーンもありませんし、妥当なところでしょうかね。
そして、次回から2巻の内容に突入します!
たぶんですが、結構早く落ち着くかと。
……あっ、ちなみに石崎くんは不在です。